IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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最近知ったこと

・小指が折れると箸が持てなくなる
・人差し指の付け根に穴が空くと中指が痺れる
・右足がつると左足もつる
・デスソースは飲んではいけない


第92話 シュトゥルム・ウント・ドランク

 シャルロット・デュノアは困っていた。

 専用機持ちのみのタッグマッチ、その試合が間もなく始まるというのに、相棒であるラウラがどこか上の空だからだ。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは兵器であった。血と肉からなる生まれながらの兵器であった。人としての心を持たぬヒトガタの兵器であった。その機能こそを存在の全てとする兵器であった。そのように生み出され、そのように育てられ、そう成り切れずに捨てられた兵器であった。

 とは言え、それも昔の話。今のラウラは感情豊かに生き、自分なりの楽しみを見いだしている。自覚したばかりの感情を持て余し奇行に走ることも少なくはないが、それを悪い傾向と危惧する者はIS学園内にはいない。

 ラウラは兵器ではなく、ようやく人として歩み始めたのだ。豊富な知識や戦闘経験を持っていても、その心はまだ幼い。だからこそ、彼女の試行錯誤や迷走、突拍子のない行動を誰もが見守った。

 だがそれでも、こと戦闘に関しては、ラウラは友人たちから絶対の信頼を得ていた。戦いの場において、ラウラは誰よりも優秀だった。兵器ではなく、戦士として。

 

 そのラウラが、目前に迫った戦いに明らかに集中していない。最近、ラウラが何事かに悩んでいることは皆が知ってはいたが、まさかこれほどとは――そう心配するシャルロットもまた、戦いに集中出来ていないと言えるのだが。

 

(ラウラ……大丈夫かな……)

 

 機体の最終調整を終え、実際に展開して各動作を確認しながら、横目にラウラの様子を見る。顔を僅かに俯けたその姿には、いつものような覇気はない。兎の耳に似た頭部センサーも、心なしか垂れているように感じる。

 

(う~ん……できればラウラのほうから頼ってくれるまで待ちたかったけど……さすがにこのままじゃ、危ないよね……)

 

 高水準の安全性を持つ競技用ISによる公式戦と言えど、戦闘である以上怪我は付き物だ。ましてや集中力を欠いたまま臨めば、事故の確率は極めて高い。ラウラの抱える悩みが想像以上に深刻で、どうしても試合に集中出来ないのなら。

 シャルロットは、最悪棄権するつもりさえあった。ラウラは激怒するだろうが、取り返しの付かないことになってからでは遅いのだ。

 

(……うん。最後にちょっと話をして、その様子を見て……決めよう)

 

 無論、シャルロットとて悔しくない筈はない。人は誰しも、努力して身に付けた技術は試したいものだ。それはシャルロットとて変わらない。むしろ生真面目な彼女だからこそ、その想いは人一倍強かった。

 しかしそれでも、大切な友達の安全とは比べられない。操縦者の生命を最優先で保護するIS、能力が制限された競技用の機体、厳重に安全管理された公式戦……それらの要素が十全に作用したとしても、扱うものモノが人殺しの兵器であることに、変わりはないのだから。

 

「……ねえ、ラウラ――」

 

 意を決して、シャルロットはラウラに声を掛ける。ラウラは驚いたように顔を上げ、シャルロットに心配を掛けたことを察し、慌てて言い訳をしようとして。

 

 その瞬間、壁を破り、黒いISがピットに飛び込んで来た。

 

「な――」

「危ないっ!!」

 

 一瞬呆然とし反応が遅れたラウラを、シャルロットが庇う。襲撃者――無人機(ゴーレムⅡ)の強襲型が繰り出した銃剣の刺突を、左腕の盾で真っ向から受け止めた。

 

「ふぅっ!!」

『――――!』

 

 シャルロットは鋭い呼気と共に床を踏みしめ、盾を素早く押し出す。ごく短い距離を一瞬で加速した盾は銃剣を弾き返し、衝撃に強襲型がよろめく。鈴から教わった中国拳法の極意、寸勁の応用技である。

 

「っ!」

 

 強襲型の体勢が崩れ、間合いが開く。撃ち合うには近過ぎ、斬り合うには遠過ぎる。シャルロットが最も得意とする間合いだ。

 

『――――!』

 

 強襲型が盾を構える。再度攻撃するには体勢が悪く、回避しようにもピットは狭い。防御するしかなかった。当然の判断だ。

 故に、シャルロットがその判断を読み切っているのもまた当然である。

 

「あああっ!!」

 

 シャルロットが選択した武器は、六二口径連装ショットガン〔レイン・オブ・サタディ〕。扱い慣れた得物を両手に持ち、交互に、連続して発砲する。銃口から我先にと飛び出した散弾は強襲型へ殺到し、丸みを帯びた盾により大半を弾かれた。しかしその衝撃全てを完全に受け流せるわけはなく、また次々に襲い来る散弾をたった一つの盾で受けきれるはずもない。

 強襲型は盾を構えた姿勢のまま散弾の奔流に押さえつけられ、盾で覆い切れなかった部分が削り取られる。ダメージは決して小さくない。だが致命傷には程遠い。戦闘になんら支障はない。素早く分析し、強襲型は防御を続けた。機械である彼女は、データとして知っているのだ。シャルロットの持つショットガンには、何発の弾丸を装填出来るのかを。

 

『――――!』

 ガチンッ!

「っ!?」

 

 左右共に最後の一発が放たれる。続けて落ちた撃鉄が虚しい音を響かせる。その一瞬の隙を、強襲型は完璧に見切った。押さえつけられながら溜めに溜めていたスラスターを一気に噴出し、シャルロットに肉迫する。

 実弾兵器は、一度撃ち尽くせばリロードしなければならない。そしてリロードにかかる時間は、身を隠す遮蔽物も回避する空間もない場所では致命的だ。そのタイミングを悟られることは勝機を逃すことに等しい。

 

 それは決して間違いではないが――必ずしも、正解というわけでもない。

 

『――――!』

 

 ショットガンの弾が切れたと同時、シャルロットもまた前進していた。元々大して離れておらず、IS二機が互いに接近しあえばその距離はすぐさまゼロになる。

 強襲型は突撃の勢いを乗せた渾身の刺突を繰り出すため、大きく銃剣を振り上げていた。間に合わない。シャルロットは右足を振り上げ、真っ直ぐ前に突き出した。最も出の早い蹴り技の一つである、前蹴りだ。

 

「てぇい!」

 

 足裏を胸部に叩き込まれ、強襲型は大きく吹き飛ばされた。ピットの壁に空けられた大穴から、通路にたたき出される形だ。

 

「……何、今の!?」

 

 一連の攻防を半ば反射的に行ったシャルロットは、敵の姿が視界から消えてようやく疑問符を浮かべた。

 今の「敵」は、全身装甲(フル・スキン)で肌が見えないだけでなく、動きに違和感があった。人間的な、「クセ」のようなモノを感じなかったのだ。加えて、かつて直接戦闘した一夏、鈴、セシリアからちらと聞いた話から、シャルロットは敵の正体を判断した。

 

「……無人機……!?」

 

 そう考えると腑に落ちる。まるで事前に決められていたかのような正確さ、迷いのなさ……そして対応力の低さ。単なる未熟者では説明が付かないが、経験値が足りないプログラムと考えれば。

 となると、敵はこのまま諦めるものだろうか? そこそこのダメージを与えたが、破壊には至っていない。それどころか戦闘能力は未だ十全のままだ。生命の危機など微塵も感じない無人機は、命令がなければ決して撤退などしない。

 そもそも、敵の狙いも分かっていないのだ。たった一度襲撃を凌いだだけで、安心など出来る筈もない。

 

「ラウラ、大丈夫!?」

「ああ……すまない、シャルロット……!」

 

 今の自分の不甲斐なさ、常とは余りにかけ離れた有り様は、ラウラ自身も重々承知してはいるようだった。だがそれでもどうしようもないのが悩みというもの、シャルロットはラウラを責める気はなかった。

 

「あれは……多分、無人機だと思う」

「ああ、情報はある……以前学園を襲った物の発展型だろう」

「……その時は、一夏と鈴を攻撃したんだよね? 今度は僕たち? ……一体、何が目的なの……?」

 

 シャルロットとて、後ろめたい過去が皆無というわけではない。しかしいくらなんでも、研究・開発が禁止されている無人ISにいきなり襲われるような心当たりはない。

 

「……とにかく、倒さないと」

「ああ。機械には倫理観などない、必要とあらばいかなる手段も辞さんだろう。放置すれば、観客や生徒にも累が及ぶぞ……!」

 

 不安はある。疑問もある。だが、戦わないわけにはいかない。

 ならば、全力を尽くし討ち倒すのみ。IS学園は、二人にとって心の拠り所だ。それを無人機如きに蹂躙されるなど我慢ならない。

 

「……行くよ、ラウラ!」

「ああ!」

 

 そして、二人はピットを飛び出した。敵を倒すために。自分たちの居場所を、守るために。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 シャルロットとラウラが通路に出ると、まず目に付いたのは壁に空けられた大穴だった。慎重に覗き込んでみれば、それはアリーナの外まで繋がっていた。どうやらここから侵入して来たようだ。

 

「……あの穴……」

「先ほどの機体の仕業とは思えんな。こんなことが可能なほどの武装を持っているようには見えなかった」

「うん。ということは……」

 

 敵は、最低でも二機。それも恐らく、前衛後衛が分かれている。さらに加えて、その火力はアリーナの壁を一息に貫くほど。極めて危険な相手だ。

 

「……レーダーに反応」

「外、か……あからさまに誘っているな」

 

 追撃して来たところを迎え撃つつもりなのは明白だ。だがアリーナの外に出たということは、学園の敷地内に居る全ての者が攻撃に晒されかねない。来賓はもちろん、一般の生徒や教師たちも、普段はISを持ち歩いてはいない。攻撃を受ければ一溜まりもないだろう。

 

「……行こう」

「……ああ。行こう」

 

 恐らく、敵は待ち構えている。自分たちにより有利な場所で。誘いに乗ってのこのこ出て行くのは愚かとしか言いようがないが、しかし放置することは出来ない。学園内にまで攻め込まれた時点で、シャルロットたちの選択肢はたった一つに限られているのだ。

 故に、危険を承知で二人は迎撃に出る。未だ本調子ではないラウラのことは気懸かりであるが、もはやそれを理由に戦いを避けることは出来ない。

 

 戦うしかないのだ。これはもう、「勝負」ではないのだから。

 

「……僕が前に出る。ラウラ、援護して!」

「了解!」

 

 二人は同時に、一気に加速する。最も狙われやすいのは、大穴を出る瞬間――必ず通らなければならず、しかも狭い。攻撃を集中してくる筈だ。一瞬で駆け抜けるしか、無傷で出る方法はあるまい。

 

「っ! 来る!」

 

 シャルロットの警告。直後放たれる、無数の熱線。二人は大穴を出ると同時に左右に分かれ、それを回避する。背後で熱線を受けたアリーナの外壁が崩れ落ち、退路が塞がれた。

 問題ない。元より、撤退する気など毛頭ない。

 

「……四機!」

 

 周囲を見渡したラウラが敵の数を報告する。シャルロットは敵の姿を確認し、素早く分析する。

 統一された基礎フレームに、武装と追加パーツの組み合わせで役割を持たせる……明らかに、大規模な部隊運用を目的とした「量産型」だ。ならば敵が、この四機だけとは考えにくい。

 本来、数が限られ厳重に管理されているISに対し、そのような考えは誰も口にしない。あまりにも馬鹿げた、有り得ないことだからだ。

 しかしIS学園に来てからの数ヶ月で、馬鹿げたこと、有り得ないことは何度も体験してきた。おかげで常識に囚われない柔軟な思考が可能になったシャルロットは、ごく自然にその解答を導き出した。

 

 ――その先に在る、この無人機たちの創造主すらも。

 

(……ダメだ。今は違う。後のことは、後になって考えればいい。じゃないと……勝てないっ!)

 

 武装をアサルトライフルとマシンガンに切り替え、無人機を睨む。その眼に迷いはなく、覇気に曇りはない。

 

「……やるよ、ラウラ」

「ああ。こいつらに、自分たちがどこに攻め込んでいるのかを思い知らせてやる」

 

 ラウラもまた、自らを奮い立たせ戦闘体勢をとる。腑抜けている場合ではない、敵は容赦なく、命を奪いに来る。

 

 集中しろ。ラウラは自らに言い聞かせる。集中しろ、全性能を戦闘に集中させろ。

 

 戦え。戦って、勝って――それから、また存分に悩め。

 

 自分たちを見下ろすように浮かぶ無人機に向け、ラウラはレールカノンを発射した。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 複数の敵と戦う場合、重要なことは何か。いくらでもあるが、まず分かり易いのは「どの敵から倒すか」である。無論、こだわりすぎればかえって自らを追い詰めることになり、そもそも乱戦になってしまえば特定の敵を狙い続けることはほぼ不可能だ。

 しかし最初の一撃は、比較的小さなリスクで優先して倒すべき敵を狙うことが出来る。ラウラがまず狙ったのは、一際離れた場所に居る狙撃型だった。

 ラウラの専用機、シュヴァルツェア・レーゲンの主砲であるレールカノンが小さく見えるほどの、巨大なビームカノン。アリーナの壁を貫いたのは間違いなくあれだ。直撃を受ければISとて撃墜される、残しておくには危険過ぎる敵である。

 

「っ!」

 ゴキィン――!

『――――』

 

 だが放たれた砲弾は、分厚く巨大な盾に弾かれた。全身を覆い隠すほどの大盾は、破壊するには手間取るだろう。かと言って横から回り込もうにも、こうも距離があってはそれも難しい。

 ラウラは考える。どうするべきか。馬鹿正直に近付こうとしても逃げられるのは目に見えている。その隙に背後から攻撃を受ければ、大ダメージは免れない。しかし放置するわけにもいかない。まだ直接は見ていないが、あの砲の威力が尋常なモノではないことは間違いない。

 

 どうするべきか。逃げる敵を素早く追い詰め、確実に倒す。そのためには。

 

「挟み撃ちだ」

「了解!」

 

 ラウラの言葉に、シャルロットは脊髄反射で頷いた。二人が同時に動き出す。ラウラが右に、シャルロットは左へ。無人機たちを牽制しながら距離を詰める。

 

「っ!」

 

 しかし無人機たちも、当然容易くは行かせない。ラウラの前に、特異な機動力を持つ機体――奇襲型が立ちふさがった。すぐさまロックオン、レールカノンを撃とうとする。だが奇襲型は、砲弾が発射される直前にひらりと動き、射線から逃れる。

 

「邪魔だっ……!」

 

 いくら弾速が速くとも、単発の攻撃ではこの敵を捉えることは出来ない――そう判断し、今度は六本のワイヤーブレードを伸ばす。前後上下左右から迫る刃。奇襲型は正面から向かって来るワイヤーブレードに向けて、両手のパルスガンを発射する。

 

『――――』

 

 銃口から無数の光弾が放たれ、内数発がワイヤーブレードに命中する。刃の軌道が変わり、出来た隙間からするりと抜け出す。精密で感情を持たない、機械ならではの回避方法だった。

 

「ちぃっ!」

 

 舌打ちを一つ、ラウラは即座に戦術を切り替える。中距離がダメなら近距離だ。奇襲型の前進に合わせて距離を詰め、両腕の装甲からプラズマ手刀を伸ばす。

 

「シィッ!」

 

 鋭い呼気と共に、左腕を伸ばす。本来ならば牽制に使われるジャブが、プラズマ手刀により十分な殺傷力を得て奇襲型を狙う。奇襲型は異形の脚部からスラスターを噴かし、プラズマ手刀の間合いの僅かに外で急停止する。ラウラがワイヤーブレードを引き戻し接近戦に備えるのを見て取ると、上昇してワイヤーブレードの包囲から逃れた。

 

『――――』

「妙な動きを……!」

 

 今まで戦ったどのISとも違う独特な動きに翻弄されるラウラ。倒すには時間がかかるだろうと考え、ひとまずは無視することにする。レールカノンとワイヤーブレードで奇襲型を牽制しながら、狙撃型への接近を再開。その直後、狙撃型の砲が発射され、ラウラは急上昇して凶悪な熱線を避けた。

 

「く、なんて威力だ……!」

 

 焼かれた空気が頬を撫で、ラウラは暑さとは別の汗を流す。想像以上。直撃すればISがあっても生き残れまい。やはり最優先で倒す必要がある。背中に降り注ぐ奇襲型の光弾は、一発の威力は低い。受け続ければ危険だろうが、今は無視だ。

 歯を食いしばり速度を上げるラウラ。狙撃型は巨砲と大盾を構え、これを迎え撃った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「やあっ!」

『――――』

 

 強襲型の銃剣を近接ブレード〔ブレッド・スライサー〕で逸らし、盾で殴りつける。

 

「えぇい!」

『――――』

 

 体勢を崩した隙にアサルトカノン〔ガルム〕を展開し、支援型に向け発砲。先手を打たれた支援型は攻撃の機を逃し、回避行動をとった。

 

「やぁああああっ!」

『――――!』

『――、――――』

 

 防御を固める強襲型に重機関銃〔デザート・フォックス〕で弾丸の雨を降らせ、回避を続ける支援型をアサルトライフル〔ヴェント〕で追撃する。

 次から次へと武器を取り出し絶え間なく攻撃を続けるシャルロットに、二体の無人機は押されていた。シャルロットが得意とする戦闘技術、〔高速切替(ラピッド・スイッチ)〕。通常に比べ遥かに早く武装を展開出来るこの技能と、状況や相手に合わせ的確な武器を一瞬で選択する判断能力。この二つがシャルロットの専用機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの豊富な拡張領域(バススロット)と組み合わさり、スペック以上の火力を引き出していた。

 

『――――!』

 

 強襲型が盾を構え、ビームライフルを連射しながら突撃して来る。体当たりじみたシールドバッシュでシャルロットの体勢を大きく崩し、一気に押し潰すつもりだ。

 

 本来ならば、その突撃への対処は回避以外有り得ない。攻撃は盾に阻まれ、防御は体当たりに対しては意味が薄い。しかし避けること自体は容易なのだから、誰しも回避を選択する――そして、回り込んでいる支援型の追撃を受けるのだ。

 

 だが。

 

 シャルロット・デュノアは違う。

 

「そんなのっ!」

 

 気迫と共に、左腕の盾が弾ける。分厚い金属板が取り払われ、その下から現れたのは無骨なシリンダー。そして、シリンダーの先から伸びる鉄杭。

 それは、六九口径パイルバンカー〔灰色の鱗殻(グレー・スケール)〕。通称――

 

 ――盾殺し(シールド・ピアース)

 

「つああああああ!!」

『――――!?』

 

 ズガンッ! 重々しい爆発音に混じり、金属が破砕する音が響く。強襲型の盾は丸みを帯び、物理攻撃を受け流し負担を軽減する効果を持つが、寸分違わず垂直に撃ち込まれればそれも無効となる。自らの銃身にすらダメージを負わせるほどの過剰装薬により押し出された杭は、分厚い盾を、支える左腕ごと貫いた。

 

「もう一ォつ!」

 

 シリンダーの回転に合わせ、杭が引き戻される。左腕を振りかぶると同時にガチンと鳴った。次弾装填。

 

 ――ズギィンッ!!

『――――、――!』

 

 先とは別の場所に突き刺さる鉄杭。二つの穴が空いた盾は全体に亀裂が入り、表面が歪み、物理攻撃を受け流す丸みは失われた。慌てたように後退し灰色の鱗殻(グレー・スケール)の射程から逃れた強襲型にショットガンを叩き込むと、シャルロットは急上昇した。背後に迫っていた支援型の攻撃を間一髪で回避する。

 そこでふと、周囲の様子に気付いた。

 

(これだけの騒ぎなのに、人がほとんど居ない……みんな、アリーナに閉じ込められてるんだ……!)

 

 さらに言えば、そのアリーナからも黒煙が上がっている。謎の無人ISの襲撃、外に繋がる扉は開かず、火と煙が迫って来る……アリーナ内はパニックに陥っているだろう。一刻も早く事態を収めなければ大勢の怪我人が、最悪死人が出る。どれほどの猶予があるかは分からないが、長くはないのは確実だ。

 この攻撃で、決める。

 

「……倒れてもらうよっ!」

 

 支援型をマシンガンで牽制、強襲型を蹴り飛ばし、シャルロットはスラスターを全開にして加速する。狙うは他の無人機と距離を置きラウラを狙っている狙撃型。瞬く間に接近すると、反対側からラウラが飛んで来る。完璧なタイミングだ。

 

『――――!?』

「一気に……!」

「……潰すっ!」

 

 いかな大盾とは言え、所詮は一枚。左右からの同時攻撃を受けることは出来ない。加えて狙撃型は、腰の補助脚で機体を固定している。元々低い機動力のせいもあって、咄嗟の回避も間に合わない。

 

 ――貰った。二人は同時に確信する。

 シャルロットが灰色の鱗殻を振り上げ、ラウラが両のプラズマ手刀と六本のワイヤーブレードを狙撃型に向ける。

 二人と無人機たちの戦闘力の差は歴然だ。一撃で撃墜される危険のある狙撃型さえ倒せば、敗北する可能性は低い。それは過信でも慢心でもない、事実である。それを正確に察していたからこそ、二人は他の無人機を捨て置き、狙撃型に集中したのだ。

 

「「はああぁ――」」

 

 己の武器に渾身の力を込める。この一瞬、二人は確かに、互いの呼吸を感じ取れるほどにシンクロしていた。

 

「「――ぁぁぁああああっ!!」」

 

 そして放たれる、必殺の同時攻撃。それが届く直前に。

 

 二人の間、狙撃型の背中に、黒い影が舞い降りた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「なっ……!」

 

 シャルロットが驚愕の余り息を飲む。だが突き出した拳は止まらない。灰色の鱗殻(グレー・スケール)の鉄杭は炸薬の激発に伴い、超音速で押し出される。

 

「…………」

 ギャリィィン!

「えっ!?」

 

 だがその鉄杭は弾き返された。第二世代型では最強、第三世代型を含めても屈指の威力を誇る筈の一撃が、容易く。

 

「ぐうっ!」

「そんなっ……!」

 

 それはラウラも同じだった。プラズマ手刀とワイヤーブレード、計八つの刃が、悉く防がれた。自身の切り札の威力、ラウラの技量を知っているシャルロットにとって、信じられないような事態。だが現実として、それは起こっている。

 

『――――、――!?』

 

 黒い影はそのまま、狙撃型へと襲い掛かった。一撃、一瞬の出来事。戦いにすらならない、完全なる不意打ち。 

「お……お前は……!」

 

 ラウラが目を見開き、乱入者を茫然と見る。その視線を意に介さず、乱入者は狙撃型を踏みつけている左足に力を込めた。その足に取りつけられた猛禽の爪のような四本のブレードが背中に食い込み、狙撃型が苦しげにもがく。

 

「その機体は……黒い歌(シュヴァルツェア・リート)……!」

 

 乱入者が左足を持ち上げると、狙撃型も併せて持ち上がった。爪により鷲掴みにされているため、逃げることが出来ないのだ。

 

「では、お前がっ……!」

 

 乱入者は狙撃型ごと持ち上げた左足を地面に叩きつける。二度、三度。機能を停止したことを確認すると、左足を振り上げた。そこには四本のブレードに鷲掴みにされた、金色に輝く正六面体(キューブ)

 

 ――ISコア。

 

「お前、が……」

 

 二人は茫然と、その様を見届けていた。

 シャルロットは驚愕していた。見慣れた顔によく似た、しかし印象がまるで違うその姿に。

 そして、ラウラは――

 

「お前が――影打(シャッテ)か!」

 

 それは怒りなのか、恐怖なのか、絶望なのか、あるいは罪悪感なのか。ラウラには分からない。ただ彼女は、小首を傾げながらこちらを見る無垢な瞳を、睨み返すことしか出来なかった。

 

 

 




 先日自転車がパンクしまして。自転車屋さんに修理に持ってこうと思ったんですが、パンクした自転車って押してくとホイールとかチューブがダメになっちゃうことあるじゃないですか。
 で、担いで持って行くことにしたんですよ。その際ハンドルが揺れると担ぎにくいし危ないのでハンドルロック掛けて、ワイヤー錠もめんどくさいので掛けたままにしてたんです。
 するとあら不思議、お巡りさんが声を掛けてくれたじゃありませんか!
 一瞬手伝ってくれるのかと思ったら、普通に職質でした。そうだよね、一見したら自転車泥棒だよね私。ごめんなさいお巡りさん。今日もお仕事お疲れ様です。

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