IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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 先日買い物した時の話なんですがね。
 小さいお店で、一つしかないレジには3人並んでました。私は最後尾です。すぐに私の番になったんですが、その瞬間に反対側からお婆さんが来てレジにドン! とかごを置き
「これ」

 すると店員さんは100点満点の営業スマイルで
「もうしわけありません。順番にお会計していますので、向こうからお並びください」

 私は自分の後ろに誰も並んでいないことを確認すると
「いえ、そちらの方のほうが老い先短いですから。俺は後でいいですよ」

 店員さんの笑顔が固まりました。お婆さんすっごい眼で私のこと睨んでからちゃんと後ろに並びました。
 かなり大人気なかったと、今は反省しています(めっちゃ気分よかっただなんて言えない)。


第93話 黒い歌声

『ひとつ見つけた』

『上出来よ、シャッテ。最低限の条件はクリアしたから、もう帰って来てもいいけれど……どうする?』

『ん……もうひとつ』

『わかったわ。でも無理だけはしないように。いいわね?』

『ん』

 

 通信を終え、シャッテは周囲を見渡す。敵は五機。内標的となるのは三機。シャルロットとラウラは、極論としては相手にする必要はない。無論、そう都合良く行かないであろうことは、シャッテも理解してはいるが。

 

「お前……お前がっ!」

「?」

 

 しかしそこで、シャッテは気付く。シャルロットはまだ茫然としているが、ラウラは強い敵意を向けて来ていた。心当たりのない感情に、シャッテは首を傾げる。その仕草が、ラウラを更に苛立たせるとも知らずに。

 

「ラ、ラウラ……あの人のこと知ってるの……?」

「!? ああ、いや、そのっ……」

 

 あまりの状況に思考が追い付かないシャルロットは、ラウラが何らかの事情を知っているらしいことだけをどうにか察し、訊ねる。しかし訊かれて取り乱したのはラウラだ、何せ目の前に居る存在こそが、この数日間彼女を悩ませ続けていた原因そのものなのだから。

 

「……ん」

 

 二人の遣り取りはシャッテには良く分からなかったが、どうやらすぐに攻撃してくることはなさそうだと判断した。それよりも問題は、機械的に狙いを自分へと変更した無人機たち。シャッテにとっても主目的であるそれらを、迅速に破壊しなければならない。

 

「交戦開始」

 

 凛とした、しかし感情のこもらない声でそう告げると、シャッテは残りの無人機へと襲いかかった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 いまだ混乱から抜けきれない二人を余所に戦闘を始めるシャッテ。対する無人機たちは、それが基本戦術なのだろう、強襲型が前に出て、銃撃しながらシールドバッシュを仕掛ける。

 しかしシャッテは迫り来る盾の表面に恐るべき身軽さで「着地」すると、盾に取り付いたまま右腕を振った。

 

『――――!』

 キィン――!

 

 瞬間、澄み切った高音が鳴り響く。防御のため咄嗟に掲げた強襲型の銃剣の銃身がいとも容易く切断され、シャッテは盾を蹴って跳び追撃をかわす。盾の表面に、足のブレードにより深い傷を残しながら。

 腕と足、二種のブレードの凄まじい切れ味を見て、シャルロットは驚愕に目を見開き、ラウラは確信をもって呟いた。

 

「なっ……」

「やはり、アレは……!」

「知ってるの!? ラウラ!」

 

 シャルロットは混乱しながらも、再びラウラに訊ねる。今度は強い口調で。

 ラウラは気圧されながらも、一拍の間を置いて答えた。

 

「……シャルロット。必ず……必ず話す。だから今は……何も訊かずに、戦ってくれ。私と一緒に!」

「ラウラ……」

 

 縋るような、泣くことを必死で耐えているような顔のラウラに、シャルロットはこれ以上、何も言うことは出来なかった。ただ頷き、ラウラを安心させるように笑顔を浮かべる。

 

「わかったよ、ラウラ。僕は何をすればいい?」

「シャルロット……!」

 

 ラウラは安堵の表情を浮かべ、すぐに引き締める。戦いを続けるシャッテを睨みながら、自身の持つ情報と状況から導き出された推測を、手早く伝える。

 

「……奴は恐らく、この無人機たちのISコアを回収に来たんだ。持ち帰る先は……亡国機業(ファントム・タスク)

「それって……」

「ああ、なんとしても阻止しなければ……奴を倒して!」

「……わかった。行くよ、ラウラ!」

 

 二人は同時に飛び上がる。意識が戦闘に向いたことで大分冷静さを取り戻したシャルロットが、シャッテの機体、〔シュヴァルツェア・リート〕の性能を分析する。

 

 全体的に、細く鋭いフォルム。両足に四本ずつ装着されたブレードと相まって、鳥のような印象を受ける。

 スラスターは小型だが、背中に四基、肩、腰、腕、脚に二基ずつの、計六対十二基。それが意味するのは、最高速度ではなく加速力・運動能力に重きを置いた設計だ。

 加えて武器と思しき物も、先ほど狙撃型を仕留めた両足のブレードと、両腕に手甲のように取り付けられたブレードしか見当たらない。

 ――近接戦闘型。そう判断したシャルロットは、シャッテに近付くべきではないと考えた。幸い、彼女の武装には中距離以遠でも戦える物が数多く揃っている。わざわざ敵の得意距離に留まる必要はない。

 順当な判断だ。迷うことはない。だがシャルロットには気掛かりがあった。

 

(あの腕のブレード……)

 

 シュヴァルツェア・リートの両腕のブレードは、分厚い片刃が肘の方へ突き出ている。それが腕を覆うプレート部分を支点に折りたたみナイフのように展開し、逆手持ちの形で強襲型を斬りつけていた。

 そこまではいい。堅牢だが使いにくそう、という印象しかない。しかしそのブレードは、防御した銃剣を一刀の下に切断したのだ。

 

(あの切れ味は、どう考えても異常だ)

 

 物理ブレードには、大きく分けて三種類ある。

 一つ目は、重さと速さからなる純粋な運動エネルギーで叩き斬るタイプ。単純な造り故に頑丈で、最も信頼性が高い。一夏(白式)の雪片弐型や(甲龍)の双天牙月がこれにあたる。

 二つ目は、刃を高速で振動させて切断力を高めるタイプだ。優れた威力を待つが、振動機構を内蔵しなければならない柄部分が刃に比して大きくなるため、武器の形状が限定され強度も劣る。(打鉄弐式)の夢現がこれだ。

 三つ目は、ナイフや短剣のような小型のタイプ。これらに求められているのは攻撃力ではなく、接近戦で敵の攻撃を凌ぐための、言わば射撃を得意とする者が間合いを詰められた際に使う最終手段だ。シャルロット(ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ)のブレッド・スライサー、セシリア(ブルー・ティアーズ)のインターセプターのように、これを主軸にした戦術は有り得ない。

 

 それを踏まえた上で、シャルロットは違和感を覚えた。シャッテの両腕のブレードは、どう見ても三つ目――本来なら防御に使われるべき代物だ。だが実際に、シャッテはそのブレードで尋常ならざる攻撃力を見せつけた。

 アレがシュヴァルツェア・リートの第三世代型兵装か? 警戒しつつ距離を保ち、牽制や様子見の意をこめて銃撃を行う。

 

「?」

「な!?」

 

 素直に当たってくれるとは思っていなかった。先の攻撃を防いだ手並みから、そんな温い相手だとは微塵も考えてはいない。

 

 だが、それでも。

 

 まさか、全弾の悉くを斬り落とすとは――!

 

「そ、そんなっ……!」

 

 信じられない。何かの間違いであってほしかった。だが再び行ったアサルトライフルとマシンガンの同時射撃は、再び斬り落とされる。両腕が残像すら見えるほどの速さで幾度となく振るわれ、一発残らず。

 

「なんてこと……!」

 

 どちらも連射系の武器、しかし弾速(スピード)連射速度(リズム)も違う二種類の銃弾。その一斉射撃を、全て見切ったと言うのか。

 それはもはや、人の技ではない。機械ですら不可能であろう、まさに――魔技。

 

「くっ!」

 

 それでも、シャルロットの戦意は衰えなかった。連射がダメなら同時、高速弾ではなく散弾だ。両手にショットガンを構え、引き金を引く。

 

「やああああっ!」

 

 ドンドンドンドン! 重い銃声と共に吐き出された無数の散弾は、広範囲に広がりながらシャッテへと殺到する。攻撃面積ならば全身を覆って余りある、それら全てを小型のブレードだけで捌ききるのは流石に不可能だ。避けるしかない。

 

「ん」

 

 狙い通り、シャッテは回避行動を取る。一瞬で最高速度まで加速し、小刻みな旋回を織り交ぜながら、散弾の範囲からいとも容易く逃れてみせた。もはやその程度では驚きはしない、シャルロットは冷静に次の攻撃に移る。

 

(連弾は切り落とす、散弾は避ける。なら、両方混ぜたらどうする!?)

 

 マシンガンとショットガンを展開し、撃ちまくる。防御と回避、それぞれの限界を見極める為の攻撃だ。

 シャルロットは、銃でシャッテを倒すことは難しいと素直に認めた。相手の距離であることを覚悟して接近すれば効果があるかもしれないが、今はそのリスクを冒すべき時ではない。

 正体不明の無人機部隊に、突然の乱入者――状況が混沌とし過ぎているのだ。まずは堅実に、一つ一つ危険要素を排除していく。

 

 シャルロットはシャッテを銃撃しながら、いまだ散発的に攻撃を繰り返している無人機たちにも警戒を向けた。最も危険な一機が倒されたと言っても、残りも決して無視出来る戦力ではないのだから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「シッ!」

 

 ラウラは強襲型のシールドバッシュを器用にいなしながら、すれ違い様背中にワイヤーブレードを突き刺した。装甲に食らいついた刃を支点にワイヤーを巻き付け、動きを封じる。

 

『――――、――――!』

「ぬぅん!」

 

 ミシミシと音を立ててワイヤーが引かれる。強襲型も必死にもがくが、ワイヤーがスラスターに絡まり噴射口の向きを無理矢理に固定していた。そのせいで十分なパワーを得られず、為す術もなく振り回される。

 

「せぇぇぇええいっ!!」

 

 ラウラは渾身の力でワイヤーを引きながら回り始めた。三回転もする頃には、ワイヤーの先端についた強襲型(重り)は相当な速さとなっている。

 

「っはあああ!!」

 

 装甲に食い込んでいた刃が一斉に抜け、強襲型が砲弾のように撃ち出される。その弾道上に居た支援型が、シャルロットとシャッテを狙っていた腕を引いて慌てて回避する。攻撃を未然に防いだラウラは、全速力でシャルロットの援護に向かった。

 

「ダメだシャルロット、その距離は……!」

 

 シャッテが現れた瞬間から、ラウラにとって無人機たちは敵ではなく、ただの障害物でしかなくなった。戦って倒すのではなく、ただ邪魔だから退けるだけ。意識は、完全にシャッテを向いている。

 

「離れろ!」

「でもっ!」

 

 ラウラが警告する。だがシャルロットは、それに従うことが出来なかった。

 マシンガンとショットガンの猛攻によってシャッテを押さえつけているシャルロットは、下手に距離を取れば回避の余裕を与え反撃を受けると考えていた。優れた洞察力・観察力によって、シュヴァルツェア・リートの性能をほぼ見抜いているのだ。

 

「ダメだ! シャルロット!」

 

 だが、ラウラはシャルロットとは違う。

 ラウラには見抜く必要などない。ラウラは知っているのだ。シュヴァルツェア・リートが失敗作と呼ばれた理由、悪夢のような能力を。

 

 相手を「IS」という枠で捉えているシャルロットには想像もつかない、その性能を。

 

「離れろっ!」

「……くっ!」

 

 ラウラの必死の声に、シャルロットも心を決めた。全力の銃撃を叩き込みながら、慎重に距離を取ろうとする。

 

 その目の前、息がかかるほど近くに、シャッテの顔があった。

 

「――え」

 

 目を離した瞬間などない。機動力には最大限の警戒を払っていた。なのに、知覚出来なかった。至極単純に、余りにも――速すぎた。

 

 一瞬で最高速度に達するなどという、生易しいものではない。

 

 加速という段階をごっそり省略したかのような、文字通りの、初速から最速――

 

「――――」

 

 シャッテが左腕を振り上げる。手甲から伸びるブレードが九十度回転する。ラウラの叫びが届くより早く、その分厚い刃がシャルロットを斬り裂くだろう。

 銃では手遅れだ。既にシャッテは二挺の銃口の内側まで踏み込んでいる。後退は当然間に合わない。

 

 シャルロットは銃を捨てた。判断でも反射でもない、あえて近い物を挙げるとするなら生存本能と呼ぶべきそれが、無意識の内に身体を動かしたのだ。

 

「――ぁぁあっ!!」

「?」

 

 シャルロットの右手がシャッテの左手を止める。手首の外れる音が骨を通じて響く。痛みは感じない。脳が一時的に痛覚を放棄していた。

 左腕を持ち上げる。左腕に装着された鉄杭を。叩き付ける余裕はない、引き金を引きながら押し当てる。威力は落ちるが、弾き飛ばすには十分だ。

 

「っ!!!」

 

 激発。鉄杭が撃ち出される。極度の集中により鈍化した世界の中で、シャルロットは見た。

 

 ――鉄杭の先端が、無い。

 

「ん」

 

 ――リィィィィン――

 

 鈴の鳴るような、透き通った高音。いつの間にか、シャッテは右腕を振るっていた。その刃の軌跡に在った鉄杭は、届くことなく切断されている。

 

 シャッテが廻る。踊るように、くるりと。シャルロットは自分の右手を見る。その手が掴んでいた左手は、もうそこにはない。

 すぐに帰って来た。左から。そちらの手は、激発の衝撃で硬直している。動かない。

 

 シャルロットは、自分の胸に突き刺さる刃を呆然と見ていた。それしか出来なかった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「シャルロットォォォォっ!!!」

 

 ラウラが叫ぶ。シャルロットは意識を失いゆっくりと落下して行った。ISの絶対防御が発動したのだ。恐らく命に別条はないだろう――今は、まだ。

 

「貴様ぁっ!!」

 

 怒りに震えながら突撃するラウラ。シャッテの両腕のブレードは、また元の位置へと戻って行った。シャッテに戦闘の意志がないわけではない。ブレードが展開する勢いすら利用して、斬撃の威力を高めるためだ。

 ラウラは知っている。シュヴァルツェア・リートのブレード、〔アルトキュムラス〕は、プラズマ手刀の開発が間に合わなかった場合、その代わりとしてシュヴァルツェア・レーゲンに装備される予定だった物だ。本来あれほどの攻撃力はなく、シャルロットの推測通り、接近戦における防御手段として使われるべき武装。

 

 ではそんな小型ブレードが何故、不可解なまでの攻撃力を発揮しているのか。

 

「おおおおっ!!」

 

 プラズマ手刀を起動し接近する。レールカノンやワイヤーブレードはシャッテには通用しない。ましてや停止結界(AIC)など。ならば危険を承知で、接近戦に持ち込むしかない。

 

 そう、危険なのだ。シュヴァルツェア・リートに、接近戦を挑むのは。

 

「ぐぅっ!」

 

 刃に浅く腕を切られる。僅かでも反応が遅れていれば、プラズマ手刀を破壊されていた。一瞬遅れて、高く澄んだ鈴の音。その音を聞き、ラウラが憤怒に顔を歪める。

 

(ローレライ……これほど厄介だとは!)

 

 〔歌姫(ローレライ)〕。それがシュヴァルツェア・リートの第三世代兵装の名だ。

 シュヴァルツェア・リートは、機体自身が機関部となって、身に着けた武器を高速振動させることができ、それによって攻撃力を飛躍的に高めているのだ。シュヴァルツェア・リートにとっては全ての近接武器が強力な振動兵器であり、その刃が届く範囲は彼女の領域である。不用意に踏み入るならば即座に切断されるだろう。

 そしてローレライ発動時の特徴的な音を、ラウラは以前に一度聞いたことがある。その時に起きた「事故」によって、シュヴァルツェア・リートは失敗作の烙印を押され、廃棄されたはずだったのだ。

 

「ん」

「ぐあっ……ぐ、おおおお!!」

 

 シュヴァルツェア・リートは、全ての近接武器を振動兵器として扱うことが出来る。それは猛禽の爪に似た両足のブレードとて例外ではない。左足は狙撃型のISコアを掴んでいるため塞がっているが、右足は健在だ。そうでなくとも、元々の運動性能の差は大きい。肩の装甲を易々と切り取っていく右足のブレードを、ラウラは悔しげに睨むことしか出来なかった。

 

「きさ、まぁっ……!」

「…………」

 

 手数が違い過ぎる。プラズマ手刀はアルトキュムラスと比べても軽く小回りが利く筈なのに、ラウラが一撃打ち込む間に四撃が返って来る。しかもその刃は、触れただけで斬り裂かれるほどに鋭利な代物。シュヴァルツェア・レーゲンは瞬く間に傷だらけになった。

 対するシュヴァルツェア・リートは、無傷。

 

「ぬぅぅぅっ!」

 

 刃を受けながら、プラズマ手刀を突き出すラウラ。このままでは勝ち目はないと、捨て身の攻撃に出たのだ。シャッテは自分の顔目掛けて真っ直ぐに迫って来る光刃を、それ以上の速度で後退してかわした。

 

 一瞬で距離が離れる二人。そのまま後退を続けるシャッテを、ラウラが追う。

 

「おおおおおおっ!!」

 

 ラウラには、自分が何をすれば良いのかも、何をしたいのかも分かっていなかった。ただ目の前の存在に対し、何かをしなければならない――そんな強迫観念に突き動かされて、戦い続けている。

 

 否。それはもはや、ただの逃避に過ぎなかった。ここでシャッテを消してしまえば、何もかもがなかったことになるという……自分のことすら誤魔化せない、虚しい嘘。

 その嘘を必死に信じ込もうとするあまり、ラウラは気付けなかった。シャッテが何故、距離を空けたのか。

 

『――――』

「ぐ、あっ……?」

 

 背中に衝撃。スラスターが支援型の熱線を受け爆発したのだ。

 ラウラは己の愚かさを呪った。シャッテの行動は、距離を取るためのものではなく、回避だったのだ。自分は空いた射線にわざわざ飛び込み、無様に直撃を受けた。

 

「く、そ……」

 

 機体の制御を失い、シュヴァルツェア・レーゲンが墜落する。その様を横目でちらりと見て、シャッテは無人機たち――当初の目的に向き直った。

 

 ラウラのことなど、初めから眼中になかったかのように。

 

「くっそぉぉおおおおっ……!!」

 

 遠ざかって行く絶叫に、シャッテは何の反応も示さなかった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 邪魔者を片付けると、シャッテは再び任務に取り掛かった。恐らく、時間的猶予はもう少ない。手早く終わらせなければ。

 

「……ん」

 

 少し考えて、頷く。獲物に定められたのは支援型。近くにおり、何より防御力・機動力共に高くない。攻撃さえかい潜れば、短時間で倒せる敵だ。

 

『――――!』

 

 そして次の瞬間には、シャッテは支援型の至近距離まで移動していた。移動に際し強引に押し退けられた空気の塊が四方に散り、爆発に似た音が轟く。

 突然目の前に現れた敵に、支援型は冷静に対処した。ビームカノンと一体化した両腕を持ち上げ、すぐさま発射。無数の熱線を乱れ撃つ。

 

「ん」

 

 だが既に、放たれた熱線がばらける余裕もないほどの近距離だった。そうなれば、せっかくの乱射もまとめて回避されるだけだ。しかも二射目からは、後ろに回り込もうとするシャッテの動きにまるでついて行けていない。

 シャッテは既に射線から逃れるどころか、支援型の真横にまで来ていた。腕その物が砲となっている支援型は、接近されれば対抗手段に乏しい。だからこそ敵から一定の距離を取り火力支援に徹していたというのに、仲間が迎撃する暇も咄嗟に逃げる隙もなく近付かれた。

 

 では、どうすればいい? どうすれば、支援型はこの危機を脱することが出来る?

 

 答えは簡単だ。どうにもならない。

 

「ん」

 ――リィィィィン――!

 

 ローレライが破滅の歌声を上げる。振るわれる右腕。高速振動するアルトキュムラスの刃が、支援型の胸部を深々と斬り裂く。

 

『――――!?』

 

 甚大なダメージ。支援型が全速力で後退する。当然逃げられる筈はなく、瞬く間に再接近される。左腕の刃が閃き、胸部の中心で交差する十字の傷が刻まれた。

 

『――、――――!』

 

 バチバチと火花を散らすそこへ、更なる追撃が迫る。左腕を振り抜いた勢いで回転したシャッテは、強烈な後ろ蹴りを繰り出した。隙の大きな技だが、支援型には回避する術はない。斬り裂かれた胸部に蹴りを受け、同時に足のブレードに、がっきと装甲を鷲掴みにされる。

 

『――――……――……!』

 

 シャッテが身体ごと足をひねると、ブレードが無慈悲に胸部の装甲を抉り取った。その奥に、ISにとって心臓であり脳である最重要存在、ISコアが覗く。

 故に、最も厚い装甲により守られていたが……その守りも、今や破られた。コアの輝きを見て取ったシャッテは、小さく頷く。

 

「……ん」

 

 シャッテは右腕を素早く引く。アルトキュムラスは折り畳まれ、右手を包む装甲がローレライにより凶悪な殺傷力を得る。

 その右手を、支援型の胸部へ真っ直ぐに突き入れた。

 

『――、――――ッ!!』

 

 ビクンと大きく痙攣し、声無き悲鳴を上げる無人機。その様子に些かの感情も示さないまま、シャッテは機体に繋がる様々な機器を引き千切り、ISコアを抜き取った。

 途端に全身から力を失う支援型。センサーアイが放つ無機質な赤い光も次第に弱まり、間もなく消えた。

 残り二機。それらに注意を払いつつ、戦闘による高揚も敵を倒した達成感も感じさせない無表情で右手の中のISコアを確認し、シャッテは通信を繋げる。

 

『ふたつめ』

『十分ね。帰還しなさい、シャッテ。そっちに学園の増援が向かっているわ……潮時よ』

『了解』

『最後まで気を抜いてはダメよ。帰って来るまでがミッションなんだから、追っ手がないかしっかり確認しながら、それでいて急いで、何より無事に帰ってきなさい。いい加減、オータムがあなたのこと心配してうるさく――痛っ。ちょっと、叩かなくてもいいでしょう? ……まあ、そう言うことだから、くれぐれも気をつけてね』

『……ん』

 

 初めて感情らしい何かを浮かべたシャッテは、一目散にアリーナを、IS学園を飛び去った。圧倒的な加速に追い付ける者などいるわけもなく、加えてステルス機能を起動したシュヴァルツェア・リートの姿は誰にも認識出来なかった。

 例え追えたとしても、無人機は決して追わなかっただろう。勝てる相手でないのは明白であり、そもそも相手にする必要もない。無人機たちにとっての本来の敵は、既に地に墜ちているのだから。

 

 後は、追い詰めるのみ――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ぐぅ、くそ……!」

 

 墜落直前で体勢を立て直したラウラは、なんとか着地に成功した。とは言え、無事とは言い難い。機体のダメージは大きく、メインスラスターも破壊された。サブはまだ生きているが、戦闘に耐えられるとは思えなかった。

 

「シャルロット……!」

 

 そしてすぐ近くには、力なく倒れ伏す親友の姿があった。重い身体を引きずって駆け寄り、状態を確認する。

 傷は浅い。絶対防御が上手く働いたようだ。だが完全に意識を失っている……しばらくは目を覚まさないだろう。少なくとも、この戦闘中には。

 そう。戦闘はまだ続いている。敵は、まだ残っている。

 

『――――』

「くっ……!」

 

 強襲型と奇襲型。二機のゴーレムが、ラウラとシャルロットに狙いを定めていた。

 攻撃力はさほど高くない二機だが、それぞれが防御力と機動力に特化している。スラスターを破壊され、意識のないシャルロットを庇わなければならないラウラには最も厄介な手合いと言える。

 

「おおおおおおっ!!」

 

 ドンドンドンドン! レールカノンを連射するが、奇襲型には容易くかわされ強襲型には盾で防がれた。穴の空いた盾でも、固定砲台と変わらぬ今のラウラの攻撃では、破ることは叶わない。

 少しずつ、距離を詰められる。攻撃力が低いとは言え、近距離から連続で銃撃されれば一溜まりもない。故に、これ以上近付かせるわけにはいかない。

 ラウラは必死に迎撃する。レールカノン、ワイヤーブレード、停止結界。持てる武装の全てを尽くしても、有効打は与えられない。

 

 そして。

 

 ついに、射程に捉えられ――

 

「――やらせませんわよ」

 

 閃光の矢に機先を制された二機が、二人から大きく距離を取った。

 

「な……」

『――――?』

 

 二機が警戒し、防御態勢を取る。センサーアイがせわしなく周囲を精査し、射手の姿を認めた。

 

 アリーナの外壁の上で仁王立ちする、青き装甲のISを。

 

「先ほどと同じですわ。いいですわね?」

「ふん、自分だけ楽しちゃって……こっちの身にもなってみなさいっての」

「あら、よろしいのですか? そんなことを言って。あなたに当たるかもしれませんわよ」

「はんっ! アンタがその程度だったら、こんな役、引き受けるわけないでしょーがっ!!」

 

 その隣には、赤黒の装甲のIS。肩に担いだ巨大な青竜刀を雄々しく構え、無人機目掛け飛び立つ。

 襲撃して来た無人機たちを全て破壊したセシリア・オルコットと凰鈴音が、仲間の応援に駆け付けたのだ。

 

「どうしたってのよラウラ! こんな雑魚どもにやられるなんて、らしくないじゃない!」

「シャルロットさん……やってくれましたわね。お二人を傷付けた報い、しかと受けていただきますわっ!!」

 

 二対四で圧勝した彼女らが、二対二で苦戦する筈もない。

 瞬く間にゴーレムを撃破する二人を、ラウラは力のない眼で眺めているだけだった。

 

 

 




 一方その頃、多分拠点ではオータムとかが初任務達成おめでとうパーティーの準備してる。

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