IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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最近PS3が調子悪いです。初期型かつ雑な扱いでありながら今まで良く頑張ってくれましたが……。


第10話 一夏

 いよいよ今日は一夏とセシリアによる、クラス代表決定戦が行われる。その準備のため、今、己たちは第三アリーナ・Aピットにいるのだが――

 

「……来ないな、IS」

「……そうだな」

「…………」

 

 そう、政府から支給されるという、一夏の専用機がまだ来ていない。

 

「……急に決まったことだからな。準備に時間がかかっているんだろう」

「けどシンのISは一日で出来たぞ」

「あれは如月重工がおかしいんだ。普通はISの開発にはかなりの時間がかかる」

「……あんな変態どもでも、腕は確かってわけか」

「…………」

 

 如月重工の話になった途端に不機嫌になる一夏。よほど嫌いなようだ。

 

「どうすんだよ。これじゃ練習どころか、一次移行(ファースト・シフト)も出来ないぞ」

「わ、私に言うなっ!」

 

 IS、特に専用機には、コアに残っている以前の操縦者の情報を消去する初期化(フォーマット)、新しい操縦者に合わせてコアを調整する最適化(フィッティング)という機能が備わっており、それらを合わせて一次移行(ファースト・シフト)という。

 この一次移行を済ませて、初めてそのISは操縦者の専用機となるのだ。己の朧月も、既に一次移行だけは済ませてある。

 しかしセシリアとの試合はもう間も無く始まる。一次移行をする時間は、もうないだろう。

 

「お、お、織斑くーん!」

 

 まだかまだかと待っていると、聞こえて来たのは山田先生の声。息を乱し足をもつれさせながら、必死にこちらへ走って来る。

 

「まあまあ先生、まずは落ち着いて。深呼吸です、ほら、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「ヒッヒッフー……て、これは違いますよぅ!」

「教師をからかうな、馬鹿者」

 

 一夏の頭に出席簿が振り下ろされる。呆れ顔の千冬さんの登場である。

 

「千冬姉……ぎゃっ!?」

 

 再び振り下ろされる出席簿。

 

「貴様は何度言えば分かるんだ? 私のことは織斑先生と呼べ」

「……はい、織斑先生……」

「そ、そんなことより! 来ました、来ましたよ! 織斑君のISがっ!!」

「……!」

 

 ――漸く、か。

 

「早く準備しろ。本来こんな試合など無用なんだ、アリーナは特別に貸し出されているに過ぎん。調整の時間など与えられると思うな」

「……ぶっつけ本番ってわけか」

「一夏、武術を志す者、常在戦場が基本だ。この程度は言い訳にならんぞ」

「……りょーかい」

「…………」

 

 千冬さんも箒も、口では厳しいことを言ってはいるが、心配しているのが透けて見える。素直じゃないのだ、この二人は。

 

 一夏には、そんなことに気付く余裕も無いようだが。

 

「……俺の……」

「…………」

 

 返事こそするものの、その意識はまったく別の方へ向いている。ピットの搬入口から目を離そうとしない。

 

 ――聴こえる。

 

 その重厚な防壁扉の中から、重々しい駆動音が響いている。

 

 ――それはまるで、忠誠を誓った主のもとへ馳せ参ずる、甲冑を身に纏った騎士の足音のようで。

 

 ――そして、一切の飾り気のない、純白の機体がその姿を顕した。

 

「……これが……」

「はい! これが織斑君の専用機――白式(びゃくしき)ですっ!!」

 

 心此処にあらずといった様子の一夏が、白式に近づいて行く。

 

 親を探す幼子のように伸ばされた手が、白式に触れた。

 

 ――その瞬間、ピット中が、光で満ちる。

 

「う……お……」

 

 一夏の表情は、驚きか感動か。そのまま白式に乗り込み、装甲に手足を入れる。

 

 白式に体を任せると、空気の抜ける軽い音と共に、装甲が閉じる。冷たい金属の塊だった白式に、説明の出来ない何かが巡って行くのを感じた。

 

「システム、オールグリーン。……気分はどうだ、一夏?」

 

 千冬さんの声が、僅かに震えていることに、一夏も気付いたのだろう。その口元を僅かに緩ませて、安心させるように、言葉を紡いだ。

 

「良いよ。……ははっ、なんて言うのかな。全国大会の時より気合い入ってる」

「……そうか」

 

 ほっとしたような声。

 そんな姉弟の遣り取りを、なんと言葉を掛けていいか迷っている様子で、箒が見詰めている。

 

 ――その不安げに震える肩に、そっと手を置いた。

 

「……真改……」

「…………」

 

 黙って頷く。

 己が言うことではないだろうが、言葉にしなければ伝わらないこともある。

 

 だから、言わないと。

 

「……ありがとう」

「…………」

 

 己に小さく微笑みを浮かべてから、箒が一夏を見る。

 

 その瞳を、真っ直ぐに。

 

「……勝ってこい、一夏」

「ああ」

 

 力強く答える一夏に、箒も安心したようだった。

 

 ――まったく。どいつもこいつも、素直じゃない。

 

「……シン」

「…………」

 

 ピット・ゲートの前まで移動し、今まさに飛び立とうというところで、一夏が己に声を掛けて来た。

 

 首だけ振り向いて、その顔に、不敵な笑みを浮かべて――

 

「俺の剣、良く見とけよ」

「……ぬかせ……」

 

 ――いいだろう。見せてみろ、この己に。

 

 お前が、どれほど成長したのかを。

 

「――行くぜっ!!」

 

 そうして、一夏は飛び立った。

 

 ――敵が待つ、戦場へ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ようやく来ましたのね。待ちくたびれましたわ」

「そりゃ悪かったな。けど遅刻したのは白式(こいつ)だぜ、俺のせいじゃない」

 

 腰に手を当てるポーズをしながら言うセシリアに、軽口で答える。

 余裕があるわけじゃない。緊張を紛らわせようとしているだけだ。

 

「……試合を始める前に、訊きたいことがあります」

「なんだよ」

「あなたは、真改さんの幼なじみだと聞きましたが?」

 

 その言葉で、訊きたいこととやらの察しがついた。シンに関わったやつは、大抵そのことが気になるからだ。

 

「……あの方の左腕のこと、どこまでご存知で?」

 

 ――やっぱり、な。

 

 正直、辛い。

 シンの左腕は、俺の罪だ。それを突き付けられて、気分が良いはずがない。

 

 だけど、俺は「力」を手に入れた。まだまだ扱いきれるとは思えないが、それでも俺の目標に向けた足掛かりとしては、この上ない「力」を。

 

 だから――いい加減、覚悟を決めないと。

 

「……全部知ってる。俺が、もぎ取ったようなもんだからな」

「――な」

 

 セシリアの顔が驚愕に歪む。

 

 次いで、怒りに。

 

「……あなたが、真改さんの腕を……?」

「ああ、俺のせいだ。無知で無力で無謀な俺を庇って、あいつは左腕を失くしたんだ」

 

 セシリアの怒りは凄まじい。俺を睨み殺そうとしているかのように、その眼に殺気を載せている。

 

 ――その瞳を、真っ向から見返した。

 

「だから、俺は強くならなきゃいけないんだ」

「……は?」

 

 突然話が飛躍して、付いて来れないのだろう。セシリアがポカンとした顔をする。

 

 構うもんか、これは俺の「決意」だ。まずは、言葉にしないと始まらない。

 

「シンは、初めて会った時から強かった。腕を失くす直前じゃあ、あの千冬姉と、生身でなら互角に戦えるくらいにな。……信じられるか? まだ小さな女の子がだぜ?」

 

 当時のことを思い、苦笑が浮かぶ。あれには度肝を抜かれたもんだ。

 

「腕を失くしてからも、強かったよ。強かったけど、それでもどうしても弱くなった。千冬姉には、勝てなくなった」

 

 当たり前だ。実力が拮抗している二人のうち、片方だけが大きなハンデを負えば、その勝負は目に見えている。

 

「シンがIS学園を受験するって聞いた時、思った。やっぱシンはすげぇなって。シンなら、たとえ右腕しかなくても、もしかしたら千冬姉と同じ、「ブリュンヒルデ」になれるんじゃないかって」

 

 左腕がないなら、右腕だけで剣を振ればいい。

 そんな当たり前で、だけど無謀とも言えることを、シンは黙ってやって見せた。

 

「けどさぁ、そうなったらどうなる? シンの左腕は? 無知で無力で無謀な、なんの役にも立たない男のクソガキを庇って失くして――そんな馬鹿なことのために大事な左腕を捨てたなんていう、汚点になっちまうんじゃないか?」

 

 片腕だけでも最強なら、両腕が揃っていたならばどれほどだったろう。世間の関心はそこに向くに決まっている。

 

 そして、事実を知って思うのだ。

 

 ――なんて勿体無いことをしたんだ、と。

 

「――認めねぇ。認められるか、そんなこと……!」

 

 総身を怒りが満たす。今目の前に鏡があったら、そこに写る愚か者の顔を、俺は即座に叩き割るだろう。

 

「ずっと憧れてた。今だってそうだ。そのシンが、俺のせいで、あんな目にあった」

 

 生涯忘れることはないだろう。

 

 病院のベッドの上で、生命維持装置に繋がれ、眠り続ける少女の姿を。

 

 ――包帯で覆われた、欠けてしまった左腕の、その様を。

 

「シンは気にするなって言う。自分は平気だからって。

 ……そんなわけあるか。あいつは剣士で、女の子だ。それが腕一本失くして、あんな傷つけられて、平気なわけがねぇだろうが」

 

 だから誓った。次は俺が守ると。そのために強くなると。

 

 けれどシンはそんなこと求めてなくて、俺の助けなんか必要なくて、だから、どうすればいいのか分からなくなった。

 

「俺がISを動かせるって分かった時、決めた」

 

 シンを守る。シンだけじゃなく、俺の大切なものは、全部守る。

 その誓いは今も変わらない。

 

 そしてそこに、もうひとつ、新たな誓いを立てた。

 

「俺が証明する。強くなって、シンにも、千冬姉にも負けないくらい強くなって、証明するんだ。

 ――織斑一夏は、井上真改が左腕を捨ててまで守るほどに、価値のある存在だってな」

 

 だから、そのために。

 

「俺の糧になってもらうぜ――セシリア・オルコット」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 アリーナ中に響き渡った、一夏の決意。

 それを全観客に聞かれたという羞恥も忘れて、己は呆然としていた。

 

 ――だって、一夏のその決意は。

 

(……同じ……?)

 

 かつて「彼女」の生き様を世界に肯定させるために戦った、己ととても良く似たものだったから。

 

「……一夏……」

 

 達成感に似た喜びが、心を満たす。

 一夏が「彼女」を知る筈はないが、それでも、一夏は「彼女」を認めてくれる、そう確信した。

 

 己のかつての夢を、叶えてくれたのだ。

 

(……それが、お前の「答」か……)

 

 お前の友であることを、誇りに思う。ならば己も、その決意に見合う強者となろう。

 

 ――お前の目標として、胸を張れるように。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 俺の宣言を聴き終えて、セシリアが表情を引き締める。

 

 手に持ったレーザーライフル、スターライトmkⅢを俺に向け、四機のブルー・ティアーズを展開する。

 セシリアの必殺の布陣。どうやら彼女は、俺を「敵」として認めたようだ。

 

 それを受け、俺も武装を展開する。白式に装備されてるのは……近接格闘用ブレード一振り、のみ。

 ハッキリ言ってこの装備を考えた人間の正気を疑うが、俺にはかえって好都合だ。武器がそれしかないのなら、迷う必要もない。ただ近付いて、思い切りぶった切ればいい。

 

「……いいでしょう。ならその決意、まずはわたくしに証明してみなさいっ!!」

「言われるまでもねえ。行くぜ、セシリア・オルコットっ!!」

 

 一斉に放たれる光の雨を、大きく回避。ビットによる包囲を防ぎつつ、接近を図る。

 あのビットに囲まれるのはまずい。俺にシンのような避け方が出来るとは思えない、囲まれれば一気に圧し潰される。

 

 しかし白式の機動力はかなり高いようで、俺の下手くそな回避でもどうにか避けられる。この速さがあれば、チャンスを見極められれば反撃だって出来るだろう。

 

 ――だから、今は耐えろ。

 

 ブルー・ティアーズの攻略法はシンが見せてくれた。白式はあの時シンが使っていた打鉄よりもずっと性能が良い。

 

 なら、後は俺次第だ――!

 

「うおおおぉぉぉっ!」

「この……!」

 

 何発かはかわせず被弾する。だがそんな程度では、白式に大したダメージは与えられない。防御力もかなりのものだ、基本性能はずば抜けて高いだろう。

 俺にはもったいないくらいだが、ありがたく使わせてもらうぜ。

 

「ブルー・ティアーズ!」

「ちぃっ!」

 

 だがセシリアの技術は、性能だけでは打ち破れない。機体の制御に手一杯な俺では、四機のビットを巧みに操るセシリアに近付けない。

 やっぱりまずは、ビットの数を減らさないと。

 

(落ち着け……! ビットは必ず死角から撃って来る。動きを先読み出来るはずだ……!)

 

 ビットの動きは速いが、白式ならどうにか追いつける。上手く回り込めば、攻撃を受ける前に斬れる。

 

 だから、見極めろ。次に来るのはどこだ。背後か、頭上か、足下か――

 

「……ここだっ!」

 

 ビットが一機、俺の真上に滑り込んで来たのを見計らい急上昇、精密射撃のために一瞬停止しているビットを――

 

「なっ!?」

 

 ――止まって、ない。スライドするように動きながら、レーザーを発射して来た。

 それは狙いが甘く、当たることはなかったが、外れたことの安堵を押し潰すような悪寒が背筋に走った。

 

 ……こいつ、まさか……!?

 

「ふふ……ただ良く狙って、正確に当てるだけが射撃じゃない。わたくしも、あの戦いから学んでいますのよ?」

「くっ……!」

 

 セシリアの長所は、射撃精度の高さだ。だが今はあえてそれを捨て、ビットからの射撃は精度ではなく、四機全てを同時に動かしながら撃っている。当然その命中率は落ちるが、しかしまったく当たらないわけではないし、レーザーの数自体は増えている。

 それの何が厄介かと言うと、射撃が正確じゃないと、その狙いを読むことは逆に難しくなる。何せ撃っているセシリア自身にも、どこにレーザーが飛ぶかがはっきりとは分からないからだ。野球のナックルボールを想像すると分かりやすいかもしれない。

 

 だから俺は、どこに来るか、当たるかどうかも分からないレーザーを避けるために、さらに大きく避けなくてはならず。

 

「はっ!」

「ぐあっ!」

 

 ――そうして出来た隙に撃ち込まれる、スターライトmkⅢの攻撃だけは、恐ろしく正確なのだ。

 

「……そりゃ当然だよな、自分で撃ってるんだもんな……!」

 

 シンと戦った時にはあった弱点が一つ、早くも解消されている。高飛車なお嬢様かと思ったら、随分謙虚なところがあるもんだ。

 これで俺の勝率はさらに下がっただろう。だがそのくらいで、諦めるつもりはねえんだよ――!

 

(こうなったら、ビットからの攻撃は気にするな! ライフルだけ避ける!)

 

 幸い、ビットの攻撃力は大したことはない。数発なら直撃しても大丈夫だ。

 だがこの作戦変更がバレれば、セシリアもすぐにビットの攻撃も当てる作戦に変えてくるだろう。そうなったら、さすがに保たない。

 

 つまり、勝機は一度っきりだ。

 

「う……お、おおおおぉぉぉっ!!」

「な……!?」

 

 スラスターを全開にし、セシリアに向かって一直線に加速する。ライフルから放たれたレーザーをなんとかかわすが、ビットのレーザーが幾条も装甲を貫く。

 

 ――だが、白式(おまえ)なら耐えられるだろ。強引な突撃で悪いが、付き合ってもらうぜ――!

 

「く、固い……! なら、これはどうかしら!?」

 

 セシリアのスカート状のアーマーが外れ、二機のビットが起動する。そこから放たれたのは、レーザーではなく、ミサイル。

 

 これを食らえば体勢が崩れ、一気に畳みかけられるだろう。

 

 だが、これは――

 

「もう、見てんだよっ!」

 

 こうくるだろうことは分かっていた。挟み込むように迫る二発のミサイルを、バレルロールに似た動きで回避する。

 

 ――その、瞬間。

 

「――かかりましたわ」

 

 ミサイルが、ビットから放たれたレーザーに撃ち抜かれ、俺の目の前で爆発する。爆風に煽られ、大きく体勢を崩された。

 

(くそ、ここまでか……!?)

 

 起死回生を狙った突撃は読まれていた。発射直後のミサイルを射抜く技術も想像以上だ。

 

 これじゃあもう、打つ手が――

 

「……? これ、は……」

 

 負けた。そう思った瞬間だった。

 

 白式が光り出し、少しずつ、その形を変えていく。

 

 純白の装甲はさらに洗練され、騎士が身に着ける甲冑のよう。

 

 手にしたブレードは、この目に焼き付いた名刀に、とても良く似た――

 

「……へ、そうかよ。お前はまだ、やる気なんだな――」

 

 ――雪片弐型。かつて千冬姉が振るった雪片(かたな)の名を継いだ、最強の刃。

 

「なら俺が、諦めるわけには、いかねえよなあっ!!」

 

 知識では分かっている。これは一次移行(ファースト・シフト)初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)を終えただけに過ぎない。

 

 けれど俺には、まるで白式が、俺を叱咤しているように思えたのだ。

 

 ――自分はまだ戦える。お前も付いて来い、と。

 

「行くぜ、相棒っ!!」

 

 セシリアは突然の事態に驚き、隙を晒している。この最後のチャンスを逃すわけにはいかない。

 

「うおおおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

 身体が軽い。今まで感じたことのない大きな力が、全身に満ちている。

 

 そして手にした雪片弐型が、目が眩むほどの輝きを発し始めた。

 

 ――知っている。これは、零落白夜。自身のシールドエネルギーを引き替えに、ISのバリアーを含むあらゆるエネルギーを喰らい尽くす、諸刃にして必殺の剣。

 

「チェェエストオオォォァァァッ!」

 

 大上段に構えたそれを、渾身の力を込めて振り下ろす。

 

 この一撃で決める。こいつが当たれば、今までの劣勢を全部ひっくり返しても釣りが来る――!

 

「はああぁぁぁっ!」

 

 だがセシリアも、ただでやられるほど甘くはなかった。二機のミサイル型ブルー・ティアーズ、手にしたスターライトmkⅢを盾にすることで、紙一重で回避したのだ。

 かわしきれなかった切っ先が僅か数ミリ掠めただけで、シールドエネルギーの大半を奪い去って行くが、それでもセシリアは、決して怯まない。

 

「お行きなさい――」

 

 得物を失ったことで空いた両手を、左右に大きく広げる。自らの子供たちを自慢する、母親のように。

 

「――ブルー・ティアーズッ!!」

 

 背後から襲いかかる、四条の閃光。ビットの一斉射撃だ。

 背中を撃ち抜かれる衝撃に歯を食いしばり、零落白夜をもう一度振り上げる。

 

 残るシールドエネルギーは、ごく僅か。発動中常にシールドエネルギーを消費する零落白夜が使えるのはこれが最後。外せばその時点で俺の負けだ。

 

 しかしセシリアも、スターライトmkⅢとミサイルビットを失っている。レーザービットも、次の射撃を行うまでには一瞬の間がある。

 

 本当に紙一重の差だが、俺の方が速い――!

 

「インター――」

 

 静かな、祈るような声。それは目の前の、反撃の手段全てを失ったはずの少女から聴こえた。

 

「――セプターァァァァッ!!」

 

 その声が、雄叫びに変わった瞬間。

 

 少女の手に、強力にはとても見えない、小さな短剣が現れて。

 

 その刃が、真っ直ぐに、俺の胸に突き立てられた――

 

 

 

「……すまねぇ、白式。お前は頑張ってくれたのに、上手く、使ってやれなかったな……」

 

『――試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「あれだけの啖呵を切っておいてこの様か、大馬鹿者」

「はい、すいません」

 

 千冬さんのお叱りを受けてうなだれる一夏。

 己も一夏の暴露話を観客たちに聞かれたことを思い出し、今更ながら恥ずかしくなってきたので、一夏を責めるように睨み付ける。

 

「動きに無駄がありすぎる。決められる確信もなく、後顧の憂いを残したまま突撃するなど愚の骨頂だ。それしか手がなかったなどとは言うなよ、そんな状況に追い込まれること自体が未熟なんだ」

「はい、その通りです」

 

 容赦ない指摘にますますヘコむ一夏。いい気味だ。

 

「と、とにかく、お疲れ様でした。それでですね、織斑君のISは今待機状態になっていますが、織斑君が呼び出せばいつでも展開出来ます。けれどISの扱いにはいっぱい規則がありますから、ちゃんと覚えてくださいね。とりあえず、これの内容は全部覚えてください」

 

 どさっ、と音を立てて置かれたその「IS起動におけるルールブック」なる本の分厚さに、一夏が辟易したような顔になる。

 

「訓練と勉強、どちらが欠けることも許さん。今日は帰って休み、明日からしっかり励め」

 

 そう言って、山田先生を引き連れ立ち去る千冬さん。その背中からは、心中は読み取れない。

 

「……帰るぞ」

 

 そして箒よ、もう少し優しい言葉を掛けてやれ。今一夏は落ち込んでいる、好感度を上げる好機だぞ。

 

「…………」

「……な、なんだよ」

 

 寮への帰り道、一夏を睨み付ける箒。尋ねられ、むすっとした顔で返す。

 

「負け犬」

「ぐはぁっ!?」

 

 一夏が胸を押さえてへたり込んだ。致命的なダメージを受けたようだ。

 

「……一夏」

「……なんだよ」

「その……負けて、悔しいか?」

「……悔しいさ。悔しいに決まってる」

「……そうか」

 

 機体の性能では勝っていた。それでも、勝負には負けた。それはつまり、一夏の力不足に他ならない。

 一夏の心情を感じ取ったのだろう、箒もそれ以上一夏を責めることはなかった。

 

「すげぇなぁ……あんな強いヤツに、シンは訓練機で勝ったのか」

「……そうだな」

「…………」

 

 沈んで行く夕日を眺めながら、三人で歩く。その静けさが、己には心地良かった。

 

「……もっと、強くならないとなあ……」

「……そうだな。そのためには、あ、あれだな、訓練に付き合う者がいなくてはな」

「? まあ、そうだな」

「う、うむ。まああれだ、お前の専用機は接近戦特化のようだし、その……わ、私が、ISでの接近戦を、教えてやっても、いいぞ?」

 

 耳まで赤くしながら、一生懸命に言葉を紡ぐ箒。微笑ましい。

 

「そりゃありがたい。よろしく頼むぜ、箒」

「う、うむ! 幼なじみの頼みを断るわけにはいかんな! よし、私が教えて――」

「シンも教えてくれるだろ?」

「……!?」

 

 お前はあれか、わざとやっているのか?見ろ、箒が縋るような目で己を睨んでいるぞ。

 

「……不可……」

「ええ、なんでだよ?」

「……手一杯……」

 

 まあ嘘ではない。己は己で、朧月の扱いを身に付けなければならないからな。

 

「…………」

 

 箒に頷いてやると、ぱあっと嬉しそうな顔になる。

 ……その顔を、己ではなく一夏に見せてやればいいものを。

 

「うむ、真改にも都合があるだろう。仕方がない、私が、ふ、二人きりで教えてやる!」

「あ、ああ。ありがとう……?」

 

 何故疑問形。

 イマイチ進まない幼なじみたちの関係に溜め息をつきながら、己たちは寮へ帰っていった。

 

(……それにしても……)

 

 先の試合、セシリアの最後の一撃。

 本来ISは、武装を展開する際、イメージによってそれを行う。武器の名を呼ぶのは、イメージが上手く出来ない者が武装を展開するための、つまり初心者用の方法だ。

 

 あのプライドの高い少女が、それを良しとする筈がない。だというのに、大勢が観戦する試合の中で、躊躇うことなく実行した。

 

 ――勝利のために。

 

(……良い戦士だ……)

 

 ああ、まったく。

 

 この学園は、退屈な日常とは無縁らしい。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 熱いシャワーを浴びながら、先ほどの試合を思い返します。

 

 ――初めは、「彼」を問い詰めようと思っていました。

 強く、気高く、美しい「彼女」が、どうして左腕を失ったのか。「彼女」に訊いても答えが返ってくるとは思えないので、卑怯だとは思いましたが、「彼女」の幼なじみだという「彼」に訊くことにしたのです。

 

 ――次に、「彼」に対して強い怒りを覚えました。

 「彼女」の腕を奪ったのは自分だと、自分のせいで「彼女」は腕を失ったのだと、堂々と言い放つ「彼」に、殺意すら抱きました。

 

 ――そして、「彼」の決意がどれほどのものか、見たくなりました。

 失われた「彼女」の左腕に相応しい存在になるのだと、そのために強くなるのだと、そう語った言葉が果たして本物なのか、知りたくなったのです。

 

 ――最後に、「彼」に勝った時にこの胸を満たしたのは、大きな喜びでした。

 どれだけ傷付いても力強さを失わない瞳。どれだけ追い詰められても決して折れない心。拙い技でなお挑み、最後まで足掻き続けた、その姿……。

 

 それが、「彼女」に重なって。

 

 勝ちたい、と。純粋に、強く、そう思いました。

 

 だからわたくしも、最後まで諦めず、戦うことが出来たのです。

 

 だからこそ、そうして得た勝利が、こんなにも嬉しいのです。

 

(これが……勝利を誇る、ということ……)

 

 わたくしを解き放ってくれた、「彼女」の言葉。その意味を、わたくしも知ることが出来た。

 

 「彼」――織斑一夏という、男の子によって。

 

 わたくしの父親、いつも母の顔色をうかがっていて、情けない姿ばかりが記憶にあるあの人とは真逆の、とても男らしい男の子。

 

 ――「彼」のことを、もっと知りたい。そして「彼女」のように、強くなりたい。

 

 織斑一夏と、井上真改。

 

 あの二人のことを思うと、トクン、と、胸が高鳴りました。

 

 

 

 




セシリアが優遇されている?
いやあ、気のせいですよ?

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