IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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 昔からたまに、ACシリーズにおける最強の「敵」は誰か、と考えることがあります。けれど私が辿り着く答はいつも一人。

 ジナイーダです。

 他にも理不尽なまでに強い敵は何人かいます。例えば、ナインボール・セラフなんかはその代表格と言えるでしょう。しかし、アレは「敵」というよりは「事故」「災害」あるいは「抑止力」の類だと思っています。ストーリー上戦うことにはなりますが、本来ならば出会うことのない存在、出会ってしまえば諦めるしかない存在なのです。
 ACシリーズの主人公たちは、あくまで傭兵。大義名分もなければ、崇高な信念もありません。金の為に戦い、金の為に命を懸け、金の為に敵を倒し、金の為に命を奪う。そんなストイックなクズが、いつしか――という流れに魅力を感じています。
 そんな主人公たちの前に立ちはだかるラスボスたちもまた、魅力的なキャラが揃っています。その中で、ACとはまったく別の機体を操る者たちを、私はどうやら「敵」とは思えないようです。
 例えるなら、英雄譚に出てくる「ドラゴン」に近いかと。つまり、「人を超越した、人には到底立ち向かうことの出来ない存在」です。それをどうにかして倒す、というのももちろん大好きですが、それはどちらかというとRPGの領分だと思います。
 その点、ジナイーダは主人公と対等の存在です(どう考えても強化人間なのはこの際忘れてください)。しかもラストレイヴンの主人公は、シリーズ屈指のストーリー分岐数のあちらこちらへフラフラする、とても不安定な、成り行き任せの傭兵です。
 そんな主人公の最後の依頼に、彼女はやってきます。同じ傭兵として、依頼を受けて。
 依頼主の目的は、主人公とジナイーダによって達成されます。つまりその瞬間、二人の仕事は終わったのです。仕事が終わったら、その次は? そう、プライベートです。
 ジナイーダは主人公に牙を剥きます。どちらがより強いのか――そんなくだらないことを、ひとまずの平和が訪れた世界で、彼女は主人公に問い掛けるのです。その答えを導き出す方法はひとつだけ。彼女と闘うこと。
 ただひたすらに「強さ」を目指す彼女にとって、「戦う者」全てが相容れない存在なのでしょう。たったそれだけの理由で殺し合いを仕掛けて来た彼女は、その圧倒的な攻撃力とは裏腹に、最期は静かに、満足そうに逝きます。
 何度も挑戦し何度も負け、どうにか彼女を倒した私は思いました。「ああ――強かった」
 撃破後の彼女の僅かなセリフに、感動し涙した人、言葉に出来ない達成感を得た人は多いと思います。私もそうです。そしてこの瞬間、私の中で確定したのです。彼女こそが、最強の「敵」だ、と。彼女を超える「敵」は、生涯現れないだろう、と。

 つまり、何が言いたいのかと言うと。

 ジナたんクンカクンカしたいお


第95話 眠れない夜

「――ボーデヴィッヒさん? ラウラ・ボーデヴィッヒさん、ですよね?」

「……?」

 

 代わり映えしない、地獄のような毎日。その日もまた、何かしらの実験だか試験だかに駆り出された私は、一人の少女に出会った。

 

「……誰だ、お前は」

「ああ、すみません。私は――」

 

 その少女がなんと名乗ったか、今はもう、思い出せない。……いや、初めから覚えてなどいなかったのだ。その時の私は、そんなことに微塵も興味を持てなかったから。

 

「初めまして。でも私、ボーデヴィッヒさんのこと知ってるんです。この前、ボーデヴィッヒさんの実戦訓練を見て……」

「…………」

 

 この前の訓練、と言われても、心当たりが多すぎる。もっとも、ここ最近の訓練や演習は見るに耐えない有り様だったので、恐らくそれ以前のものだろう。少女が浮かべる悪意のない笑顔に、無意識にそう思った。

 

「私、感動しました! 素早く正確な身のこなし、柔軟で無駄のない立ち回り、まるで未来が見えているかのような戦術眼……兵士とはかくあるべきだと思います! あの訓練を見て以来、私、ボーデヴィッヒさんに憧れて――」

「黙れ」

 

 私に向けられる、少女の純粋な好意は、鬱陶しくて仕方がなかった。この少女が語る私は過去の私だ。今の私は見る影もなく、もうあの頃のようには戦えない。かつてどれだけ優秀だったとしても、今使い物にならないのなら意味はない。ちょうど今のように、訳のわからないことに使い潰されるだけだ。

 

「……黙れ。興味がない。お前が、私をどう見ているかなど」

「……ごめんなさい」

 

 ここに居るということは、この少女も遺伝子強化素体(アドバンスド)なのだろう。そうとは思えないほどやかましいが、しかし遺伝子強化素体(アドバンスド)であるのなら、私がどうなったかは知っている筈だ。

 

 最優秀と持て囃され調子に乗り、しかし移植された〔越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)〕を制御出来ず、満足に動くことすら出来なくなった不良品――それが、今の私だ。

 

「…………」

「…………」

 

 私は少女を意識から締め出し、存在を忘れようとした。触れてほしくなかったのだ。初めて負った、心の傷に。

 だが、少女はそれでも踏み込んで来た。

 

「……諦めないでください」

「……なんだと」

「諦めないでください、ボーデヴィッヒさん。私も……まだ、諦めてませんから」

「……貴様」

 

 いい加減に頭に来て、私は少女を見た。その時初めて、はっきりと。

 そして気付いた。少女の右目、その瞳は白濁し、世界の一切を映していないことに。

 

「……お前」

「あはは。……移植に失敗して……もう、治らないそうです。まあ私はボーデヴィッヒさんとは違って、元々あまり優秀じゃなかったんですけど……」

「…………」

 

 片目を失う。そのハンデはどれほどの大きさか。……少なくとも、私以上であることは間違いあるまい。

 

「誰も、私には期待していません。能力もない、適性もない、ただの役立たず……そう思われています。それでも、私は諦めません」

「……何故だ。希望などないだろうに。辛いだけだろう……?」

 

 理解出来なかった。性能で劣るうえ、更にハンデまで背負う。もはやいつ廃棄されてもおかしくはない。

 なのに何故、この少女は、「諦めない」などと口に出来るのか。

 

「だって、悔しいじゃないですか」

「……悔しい……?」

「私たち遺伝子強化素体(アドバンスド)は、普通の人とは違います。産まれたのではなく、産み出された……いえ、作り出された存在です。でもだからと言って、それで自分の運命とか……そういうものまで全部決められてしまうのは、悔しいじゃないですか」

「…………」

 

 少女の言うことは、私には良く分からなかった。だがどういうわけか、私の心を揺らした。

 

「私は、実戦には耐え得ないと評価されています。そんな私が、与えられた性能ではなく、私自身が努力して得た力で実績を残す。それはきっと、私が私の、押し付けられた運命に勝った証だと思うんです」

「…………」

「だから私は、頑張りたいんです。諦めたくないんです。私は道具かもしれない、兵器かもしれない。それでも、私には私だけの意思がある。

 それを、見せてやりたいんです。そして、見たいんです。私が結果を出した時の、私を使えないと言った人たちの反応は、きっと痛快でしょうから」

 

 ……ああ。もしかしたら、こういうのを「感動した」と言うのかもしれない。

 他に大きく劣る遺伝子強化素体(アドバンスド)がどうなるか、知らぬわけではあるまい。なのにこうして、希望を語る。

 ……いや。自ら希望を手にするため、未来を切り開くのだと。こうも力強く、語ることが出来る。

 それに比べ、私はどうだ。ただ一度の挫折で腐り、希望を見失った。押し付けられた運命に流されるままに。

 こんな有り様では、たとえ越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)のことがなくても、いずれは心折れていただろう。

 

「……すまない。お前の名前を、よく聞いていなかった」

「あはは。なんというか、流石ですね。そういうことをはっきりと言えるの。……わかりました。じゃあ、もう一度言いますね。私は――」

『――時間だ。準備しろ』

「あっ、はい!」

 

 呼ばれて、少女はピットへ向かって行った。そこには今回私たちが試運転する新鋭機、シュヴァルツェア・リートがある。

 

「また後で、ボーデヴィッヒさん! 次はちゃんと、私の名前を覚えてくださいね!」

「……ああ。必ず!」

 

 少女はピットへと消え、数分後、控えている部屋のモニターに現れた。漆黒の装甲を身に纏って。

 

『では、まず――』

 

 指示を受け、少女が機体を操る。ぎこちなくも、基礎を押さえた堅実な動きだ。ひとつひとつ指示をこなし、澄み渡った高音を響かせながら、少女が舞う。

 期待した。このまま少女がシュヴァルツェア・リートを乗りこなし、夢を果たすのではないかと。

 

 ……だが。

 

『……よし。次は――』

 

 指示を受け、少女がスラスターを噴かす。

 すると、予想を超えた推力ゆえか、少女が体勢を崩した。

 

 ほんの、少し。

 

『あ――』

 

 その時。

 

 通信以外はスラスターの轟音に遮られ通らない筈のそれが、聞こえた。

 

「――え」

 

 ……私は。

 

 少女の身体が、捻れ砕ける音を、確かに聞いたのだ――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ッ……! ハァッ、ハァッ……ハァー……っ!!」

 

 目が覚めて、自分の居る場所が無機質な軍施設ではなく、見慣れた自室であることに気付いた。

 

「ハァッ、ハッ、かっ……ハァ……」

 

 息が苦しい。呼吸自体が出来ていない。恐怖に身体が硬直し、肺すらまともに動かないのか。私は陸に打ち上げられた魚のようにパクパクと口を開け閉めしながら、必死に呼吸をしようとする。

 

「ぐ、く……かは……」

 

 服を握り締め、胸を強く圧す。外部から刺激を与えることで、僅かに息を吐き出せた。あとはエンジンと同じだ。一度動けば、自然と呼吸は再開される。浅く遅く不安定な呼吸が、次第に深く、安定していく。

 

「……ふぅー……ふぅー……!」

 

 呼吸が整えば、自分の状態に意識が向く。全身が汗に濡れ、パジャマが肌に張り付いていた。なのに、身体の芯まで冷え切っている。額の汗を拭おうと持ち上げた手は、ひどく震えていた。

 

「……う……」

 

 時計を見れば、日が昇るまで随分と時間がある。同部屋のシャルロットは……当然ながら、まだ眠っている。規則正しい静かな寝息には、私に睡眠を妨げられた様子はない。

 

 ……あの時の夢を見たのは、いつ以来か。忘れたわけではない。だが私は、過酷な作戦や危険な実験にも幾度となく携わってきた身だ。私の目の前で命を落とした知り合いや仲間は、一人や二人ではない。その中でも、あの少女とは短い付き合いだった。特別仲がよかったわけでもなく、それどころか名前すら知らないのに。

 

 なのに、どういうわけか。私自身にも理由は分からないが、あの少女の最期は、鮮烈に刻み付けられていたようだ。

 

(……このままでは、寝れないな)

 

 いくら遺伝子強化素体(アドバンスド)と言えど、風邪をひかないわけではない。免疫力は人並み以上ではあるが、完璧ではないのだ。減らせるリスクは減らしておくにこしたことはない。

 身体を拭こうと服に手をかけた時、その重さに気付いた。思っていたよりもかなり多く、汗を吸い込んでいたらしい。着替え終えれば、水分を補給せねばなるまい。

 

(……しまった)

 

 冷蔵庫を開けると、中はほぼ空。飲料水の類にあってはひとつもない。私もシャルロットもあまり冷蔵庫には物を入れないため、確認を疎かにしていた。水だけなら部屋のキッチンでいくらでも補給出来るが、しかしこの汗だ。水分以外の物も大量に失われているだろう。

 

(……仕方ない)

 

 着替えを終え肩掛け(ストール)を羽織り、部屋を出る。消灯時間中のIS学園は、普段の喧騒が嘘のように静まり返っていた。先を見渡せない真っ暗な廊下。左右に並ぶ閉じられた扉。隅々まで清掃が行き届いたその場所が、いつか見た監獄に重なる。

 ……くだらない。こんなものはただの妄想だ。ここは監獄などとは比べ物にならないほど上質で、清潔で、空気が澄んでいるというのに。

 

(……情けない)

 

 昨日の無人機襲撃事件。その後、私が告げたドイツの罪。全てをさらけ出し、心は一旦落ち着いたのかもしれない。だがその後、深く深く落ち込んで行っているのが、自分でも分かる。

 ……ここまで参ってしまうとは。私は、なんて弱いのだろう。

 

(……ふう)

 

 寮内の様子を極力見ないようにしながら、どうにかラウンジにたどり着く。当然ながら、そこに人影はない。天窓のガラスから、僅かに欠けた月が覗く。おかげで照明が落ちていても、視界に難儀することはなかった。

 私は寮生たちの歓談用にしつらえられたソファやテーブルを迂回し、隅に置かれた自動販売機へと向かう。最低限の灯りだけをともすその機械の中では、十代半ばから後半の少女たちを対象とした様々なジュースに交ざり、一流スポーツマンたちが愛用するドリンクが控えめな存在感を放っていた。

 人体が水分と共に消費するあらゆる物質を効率的に補給出来る一品だ。味も申し分ない。ストイックに上を目指す者も多いこの学園では、売り切れになることも珍しくはないそれだが――幸運にも、まだ残っているようだ。

 

「……む」

 

 だが、コインを投入しようと懐を探ったところで、ようやく気付いた。……財布を部屋に忘れてきた。初歩的で、なんとも情けないミスだ。自分を嗤うほどの気力もなく、乾いて粘つく口内で舌打ちをして、財布を取りに戻ろうと振り返ると。

 

「……あ」

「うん……?」

 

 そこには。見慣れないが知らないわけでもない顔があった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……どうした、こんな時間に」

「え、えと……それは、ボーデヴィッヒさんにも……言えると思う……」

「ふん……まったく、その通りだな」

 

 私と更識簪は、並んでソファに腰かけていた。私は月を見上げて、簪は手に持ったココアを見つめながら。

 

「……眠れなくてな」

「……わ、私も……」

「…………」

 

 ちらと簪を見ると、その細い肩は小さく震えていた。……確か、簪にとっては今回の事件が初のIS戦だった筈。模擬戦すら経験したことのない身で、いきなりの実戦――それもアクシデントによる、更に加えればあれほど大規模な戦闘だ。身体に残る興奮と恐怖を鎮めるには、まだまだ時間が必要だろう。

 

「…………」

「…………」

 

 簪は黙ったまま、ちびりちびりとココアを飲んでいる。私も何を言えばいいのか分からないまま、手にしたスポーツドリンクのボトルを傾けた。

 そして、今更になって気づく。この礼をまだ言っていなかったことに。

 

「……ありがとう」

「……え……」

「このドリンクだ。すぐ言うべきだったのだが……どうやら、自分でも思っていた以上に混乱しているらしい」

「え、あ……うん……」

 

 そう。今私が飲んでいるスポーツドリンクは、振り返った先に居た簪が、気を利かせて買ってくれた物だ。無論、後で代金は払うつもりだが、部屋とここを往復するのは今の私にとっては重労働なので、大いに助かった。

 そしてその簪はと言うと、自分の分の飲物を買いソファに座ったので、こうして私もそれに倣ったという形である。

 

「……ボーデヴィッヒさんは」

「……む」

「た、戦う、のは……怖く、ないの……?」

「…………」

 

 簪の問いに、私はしばし考えた。

 戦うことが、怖くはないのか。その答えは、正直に言えば――

 

「……分からない」

「え……?」

「私は、きっと……本当の意味で、戦ったことは、ないのだろうから」

「…………」

 

 今まで、いくつもの任務をこなしてきた。命の遣り取りも、幾度となくあった。

 だが私は、戦っていたわけではないのだ。ただ、仕事をしていただけ。機械が、与えられたプログラム通りに動くように。

 

「この学園に来てから、多くを学んだ。戦うということは、単に敵を倒すことではない。お互いの目的や、意志や……夢を、ぶつけ合うことだ。……私は、そのどれもを持っていなかった。ただ言われた通り、与えられた命令をこなしていただけ。そんなのは、わざわざ人がやる必要などない」

「…………」

「ああ、そうさ。私は――兵士ですら、なかったんだ」

 

 今ようやく、それが分かった。私は、ラウラ・ボーデヴィッヒは、正しく兵器だったのだ。だから、兵器としてあり得ない感情を持った途端、こうも弱くなってしまった。

 だから、それを自覚した途端――身動きひとつ、とれなくなってしまった。

 

「……更識簪」

「……か、簪で、いい……」

「……簪。教えてくれ」

 

 その私に比べて、この少女はどうだ。

 簪は、ずっと悩み続けてきた。迷い、躊躇い、躓き、それでも歩き続け、ついにはひとつ、夢を叶えた。他人から見れば、とても小さな、些細な夢かもしれないが――それでも確かに、簪は、「戦って」いたのだ。

 

 私などよりも、遥かに強い。人として、比べるのも失礼なほどに。

 

「私はただ、与えられた目的を達成すればそれでよかった。どれだけ困難な目的だろうと、与えられさえすれば、それでよかったんだ。そのための力や、知識や、技能は、とうに叩き込まれていたから」

「…………」

「だが……その目的自体を、自分で探さなければならなくなった。それを探すのが人生だと言われてしまった。……どうすればいい? 私はそれを探す手段を、何ひとつとして、教えられていないんだ」

「…………」

 

 まるで禅問答だ。それも、ひどく低俗な。我ながらそう思った。

 だがそんな私の問いにも、簪は真剣に考え込んでいた。根が真面目なのだろう、私はわけの分からない罪悪感に苛まれて、発言を撤回しようとした。

 その直前に、簪は私を見て、答える。

 

「別に……さ、探さなくても、いいんじゃ……ないかな……?」

「……なに?」

 

 何を言われたのか理解出来ず、そんな声を発してしまった。機嫌を損ねたとでも思ったのだろうか、簪は必死に弁解を始める。

 

「じ、自分が何をしたいのか、なんて……自分でも、わからないよ。わからなくても……ただじっとしてるって、ことは……それも、ない……と、思う……。いつの間にか、何かに、手を付けてたり……考えごと、してたり……それを、やりたいって、思ってるわけでもないのに……」

「…………」

 

 言いたいことは分かっているのに、上手く言葉に出来ない。そんな風に、簪はたどたどしく、しかし真摯に話し続ける。

 

「私も……ずっと、わかっていなかったの……私が、やりたいこと。でも……その時の私は、周りからなんて言われても……打鉄弐式を、完成させようとしてた……。失敗するのが怖かったのに……毎日が、苦痛でしかなくて……楽しくなんか、全然なかったのに……それでも、毎日、毎日」

 

 手にしたココアに目を落とす。俯いてはいるが、簪からは、言葉では言い表せない強い何かを感じた。

 

「なんでこんなことしてるんだろう、って……何回も、思ったよ。……私は、打鉄弐式を完成させたいのかな……? それとも、お姉ちゃんに追いつきたいのかな……? ……でも、どっちも違う、気がして……」

 

 簪の姉。更識楯無。才気に溢れ人望があり、歳若くして大国ロシアの力の象徴となった、偉大な人物。あのおちゃらけたキャラクターからは想像しがたいが、彼女は確かに、世界中からエリートが集まるこのIS学園において、最強足り得る人物なのだ。

 その楯無と姉妹というだけで、簪が背負ったプレッシャーは余人に計り知れるものではないだろう。

 

「……ううん。違ったわけじゃ、なくて……なんて言うのかな……。それは、手段であって……目的じゃ、なかったの」

 

 偉大な――偉大過ぎる姉。そんな姉の姿を見続け、そんな姉と比べられ続けながら育った簪。

 更識楯無の存在は、更識簪の心にどれほどの影を落としたのだろう。その人生を、どれほど狂わせたのだろう。少なくとも、以前の簪は楯無に苦手意識を持ち、接触を避けていた。

 

 ……だが、それでも。

 

「私は、打鉄弐式を完成させて、お姉ちゃんに追いついて……お姉ちゃんと、また昔見たいに、話したかったんだ」

 

 それでも。

 

 簪にとって、楯無はたったひとりの姉なのだ。

 

「ま、まあ……本当は、私が勝手に、そうしないとお姉ちゃんと話せないって、思ってただけで……全然、そんなことは、なかったんだけど……」

 

 簪はさらに俯いて、ココアの缶をくるくる回す。気恥ずかしいのか、僅かに顔を背けているようにも見えた。

 

「……ふ」

「わ、笑わないでっ……ほしい……」

「……ああ。すまない」

 

 ……なんとなく。どことなく、この少女とは、自分と似たところがあるように思えた。

 小さな殻に閉じこもり、僅かな隙間から見える光だけを求めて、必死にあがき続けた。殻は固く、自分は非力で、いくら力を込めたところでびくともしない。それでも、正体のない恐怖に突き動かされて、もがくことをやめなかった。

 ……なんのことはない。ただ一言、声を発すればよかったのだ。見えていなかっただけで、周りにはこうも、お人よしが集まっているのだから。

 

「……あの、だから、ボーデヴィッヒさんも」

「ラウラだ」

「え……?」

「ラウラでいい、簪」

「……ラウラ、さんも」

「さん付けもいらん」

「…………ラウラも」

 

 簪が、私を見る。その眼には迷いが、悩みがあり、先を見通せない不安がある。

 

 そして、それでも進もうという、強い意志がある。

 

「……ラウラも。いつかきっと、見つかるよ。自分の目的……自分のやりたいこと。……ううん。本当はもう、見つかってるのかもしれない……自分で、気づいてないだけで」

「……そうか」

 

 ああ、まったく。私は、本当に弱く、愚かだ。歳の同じ少女に、こうも大きく離されている。

 

 ……ならば、追いかければいいだけのことだ。

 

「……ありがとう、簪。少し、軽くなった」

「……えっと、……こちらこそ、話を聞いてくれて、ありがとう……」

 

 お互いに礼を言って、ソファから立ち上がる。水分を補給した身体にはある程度の力が戻り、足取りも確かなものになった。また悪夢を見るかもしれないが――きっと、耐えられるだろう。

 

「もう寝よう。さすがに遅くなってしまった、これ以上は明日の……いや、もう今日か。授業に差し支える」

「……そう、だね……ふあ……」

 

 小さくあくびをする簪。緊張は幾分かほぐれたようだ。目を眠そうに瞬かせながら私に並び、歩く。

 

「……ところで、私はいまいち娯楽に乏しくてな……簪は、気分が落ち込んだ時などはどうしているのだ?」

「……私は……アニメ観たり……」

「アニメか……部下に好きな者がいたな。おすすめはあるか?」

「……今、面白いのは……「ここたま!」とか……」

「……ここたま?」

「うん……主人公の女の子がね――」

 

 部屋までの帰り道。私と簪は、他愛のない会話を楽しんだ。

 それはまるで、普通の少女の、普通の友人のように――

 

 

 




最近の悩み・困りごと

 ・ 酔った時にぶつけた足の小指が妙に痛いと思ったら折れてた
 ・ 深爪した。超痛い
 ・ 今後発売するPS4のソフトが楽しみすぎる
 ・ やりたいことが多すぎて時間が足りない
 ・ 金も足りない
 ・ 愛車のバッドボーイ29erが盗まれた
 ・ 職場に小林さんが10人くらいいる
 ・ 小柳さん、小池さん、小島さんも合わせると20人もいる
 ・ 佐藤さんと鈴木さんは一人もいない

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