クラス代表決定戦が終わった翌朝。
己と箒は剣道場に居た。一夏は昨日の試合の疲れからか、まだ寝ているそうだ。
「肩の調子はどうだ?」
「……十全……」
本来なら剣道部が朝練に使うここに、元々剣道部員である箒はともかく、部外者の己が居るのには訳がある。
肩の怪我は昨日医者の許しを貰い、ではひとつ手合わせでもしようか、となったのだが、どうせなら剣道場でやろうと箒が言い出した。邪魔になるのではないかと思ったのだが、
「剣道部の先輩たちから、お前を連れて来てくれと言われている。もう一度、お前の剣を見たいそうだ」
とのことなので、お言葉に甘えることにした。
しかし己の邪剣のどこがいいのか。少なくとも、剣道家には参考にならんと思うのだが。
ともかく、そういった経緯で今、己は箒と対峙している。
剣道着を着込み、防具を身に着けた箒に対し、己はジャージ姿のままだ。
少なからず失礼かとも思ったが――
「井上くんの動きやすい格好でいいよ? そのほうが参考になるしね?」
という剣道部部長の言葉に甘えることにした。
……どうでもいいが、あの部長は何故疑問系で話していたのか。
「前回は頭に血が上って、ろくに戦えなかったからな。今日こそ、お前の剣を見せてもらうぞ」
「…………」
今の箒には、前回のような隙はない。面具の下から、油断なく己を見据えている。
「それでは――始め?」
間近で見たいと、審判役を買って出た剣道部部長の声。それを受け、青眼に構えた箒がじりじりと間合いを詰める。
己は竹刀を肩に担ぎ、箒の接近を待つ。
箒が一足一刀の間合いに入った瞬間、前に倒れ込むようにして、体重を乗せた袈裟切りを放った。
「っ!」
箒はそれを防ぐが、無論一撃で終わる筈がない。前傾姿勢になることで関節にバネのように力を溜め、一気に解放。体を跳ね起こしつつ、竹刀を叩きつける。
箒は素早く反応して防ぎ、即座に反撃してきた。
だがそこには既に己は居ない。二撃目を防がれた瞬間、後ろに跳んで距離を取っている。
己は基本的に、受け太刀をしない。体重を乗せた一撃は、片腕では受けきれないからだ。
――故に、避ける。
「はあぁっ!」
「……っ」
再び間合いを詰めて来た箒の繰り出す連撃を、間合いからは逃げず、体捌きのみで避け続ける。唐竹は半身になり、袈裟切りは上体を逸らし、横薙は身を屈めて、動くたびに靡く髪にさえ触れさせない。
「せいっ!」
鋭く踏み込んでくる箒。その足を払った。
「うわっ!?」
踏み出した足が床を踏みしめる瞬間に払われたことで勢いのまま倒れる箒に、竹刀を振り下ろす。
「くっ!」
ぎりぎりのところで追い打ちを防ぎ、転がって間合いを取る箒。立ち上がって、己を睨む。
「足払いとは卑怯だぞ――と言いたいところだが、これだけ見事に決められると、むしろ感心してしまうな」
「…………」
己は一夏や箒のような正道の剣士ではない。剣に対するこだわりはあるが、戦う時は蹴りも投げも使う。
当然、隙あらば足払いをしかけ、倒れた相手に追撃をかけることに躊躇はない。
……もっとも、こういった奇策が通じるのは精々一度だ。その一度で確実に仕留められなければ、邪剣など大した役には立たん。殺し合いならばともかく、こういった試合で使うべきではないのだが。
「まるで戦場の技だな……お前らしいと言えば、お前らしいが」
「…………」
呆れ半分、感心半分といった様子で言う箒。だから言ったろう、剣道家には役に立たんと。
……しかし箒もこの学園に籍を置く以上、いずれ火の粉が降りかかるかもしれん。たとえ僅かでも、「殺し合い」の汚さを体験しておいてもらいたい。
「仕切り直しだ、行くぞ!」
言って、今度は一気に間合いを詰めてくる。
「胴ォォォッ!」
素速い足運びから繰り出される胴打ちを、身を屈めてくぐり抜ける。箒とすれ違い、振り向き様に一撃。
それは防がれたが、そのまま駆け抜けて距離を取る。
体捌きは鈍っていないことは確認出来た。次は足腰を診るとしよう。
反転した箒に向き直る。距離、約三間。
一歩で最大速度に達し、二歩目で地を這うかのように低く身を沈める。己の動きを追って、箒が視線を下げた。
――瞬間、跳ぶ。箒の頭上を越えるほどに、高く。
「なぁっ!?」
その高さに驚き反応が遅れる箒の頭を目掛け、全体重を乗せて竹刀を振り抜く。
「くぅっ!」
箒は半身になることでかろうじてその一撃を避けたが、体勢を崩した。そこに、空振りしたことで流れた体の勢いを利用して蹴りを放つ。
「くあっ!」
側頭部に命中。加減はしたが、衝撃にふらつく箒。
着地し、そのまま連撃へ。
「ちぃっ!」
「…………」
剣道のそれとは違う、体重の乗った剣。特に己は、片腕というハンデを補うために全身の筋力を使って剣を振る。
体当たりじみた、剣を体ごと叩きつけるようなそれは、生身であればこそ出来る芸当だ。足の形や宙に浮いている関係から、ISで再現するのは難しいだろう。一夏はスラスターを使って似たようなことをしていたが。
「むぅ……!」
「……っ!」
箒は良く凌いでいるが、その身に馴染んだ剣道のそれとは別物の攻撃に対し戸惑っている様子だ。
しかしこの技は、体力の消耗が激しい。一撃ごとに全身運動をするのだから当然のことであり、つまり長期戦に向いていない。今のように相手に粘られると、厳しい戦いになる。
――まあ、まだまだ余裕はあるが。
「せぇっ!」
現状を打開すべく、箒が鋭く竹刀を振り上げ、面打ちを放つ。
己の連撃の隙を見切り、そこを突いた一撃。今己は右腕を振り抜いた直後であり、体が大きく開いている。箒の面打ちを防ぐことは出来ない。
――故に、防御でも回避でもなく、攻撃を仕掛ける。
腰を低く沈め、一歩、大きく踏み込んだ。振り上げた竹刀の下に潜り込み、箒の胸に左肩を叩きつける。
左腕がなくとも、こういう使い方ならば問題ない。
「ぐ……!」
当て身を受け、よろめく箒。竹刀を振り下ろし損ね、がら空きになったその胴に、横薙の一閃を打ち込んだ。
「……胴有り……」
――――――――――
「ふぅ……流石だな、真改」
「…………」
改めて認識したが、一夏だけでなく箒の才能も凄まじい。己が数十年掛けて体得した剣技に、この年で既に追い付きつつある。非才の身には羨ましい限りだ。
もっとも、まだまだ負けてやるつもりはないが。
「お疲れ様? いやいや、二人とも流石と言ったところかな?」
審判役を務めていた部長が話し掛けてくる。
「技もそうだけど、凄いジャンプ力だね? 一体どんな鍛え方をしてるのかな?」
「…………」
そんなことを言われても、ただ日々の鍛錬としか答えようがない。
「まあ、君さえ良ければ、これからもちょくちょく遊びに来てね? みんなも喜ぶだろうし、勉強にもなるしね?」
「…………」
気が向いたら来ることもあるかもしれんが、先ほども述べた通り、己の剣は邪剣だ。未来ある若き剣道家たちが見るべきものではない。
……今は己のほうが年下だが。
「まあ本当に、気が向いたらでいいからね? 気長に待ってるよ?」
「…………」
どうにも何を考えているのか分からない笑みを浮かべる部長に一礼し、剣道場を後にする。
その内また来てみるのもいいかと、考えながら。
――――――――――
そんなことがあった朝のSHR。壇上には山田先生の姿。
「というわけで、一年一組のクラス代表は――織斑一夏君に決定ですっ!!」
「「「「「わあああああっ!!」」」」」
「…………………………え?」
教室中から歓声が上がり、それに混じって一夏の疑問の声が聞こえた。
「……山田先生、質問です」
「はい、なんですか?」
「なんで俺がクラス代表になってるのか分からないのは、俺が馬鹿だからじゃないですよね?」
「はい、織斑君はお馬鹿さんじゃないですよ?」
「…………」
「…………」
「「…………………………」」
……なんだ、この沈黙は。
「……で、なんで俺がクラス代表なんですか?」
「ああ、えーっと、それはですねー」
「なぜならば! わたくしが辞退したからですわっ!!」
張りがあり良く響く声が聞こえたと思ったらセシリアだった。相変わらず元気なヤツである。
「確かにわたくしは一夏さんに勝ちました。ですがそれも紙一重の勝利、最後までどうなるか分からない勝負でした」
目を閉じ胸に手を当てて、試合を思い返すように語るセシリア。……ところで今、「一夏さん」と言ったか?
「国家代表候補生であるこのわたくし、セシリア・オルコットに、初めて乗った専用機であれほど食い下がった……その資質、この先の成長を考えれば、一夏さんの方がクラス代表になるべきですわ」
うむ、間違いない。「一夏さん」と言ったな。
……やれやれ。
「今はまだ、初心者の域を出ませんが――クラス代表となり実戦経験を積めば、実力もそれに追い付くでしょう。なにせこの、セシリア・オルコットを追い詰めたのですから!」
要所にポーズを挿みながらのセシリアのセリフ。演劇でも見ているような気分になってきた。
「そして専用機持ちである一夏さんの訓練には、同じく専用機持ちが務めるのが合理的ですわ。具体的にはブルー・ティアーズを持つわたくしと、朧月を持つ真改さんとで教えれば、すぐにクラス代表に相応しい実力が身に付きますわ」
……己を巻き込まないでくれないか。セシリアとの訓練は承諾したが、そこに一夏も加わるとなれば、確実に厄介なことになるんだが。
「ふん、専用機がなんだと言うのだ。一夏はまだ基礎を固める段階だ、汎用型の訓練機で十分だ。お前の出番はない」
思ったとおり、箒がセシリアを牽制する。しかし以前はその眼力に怯んでいたセシリアだが、今はしっかりと箒と目を合わせている。
「あら、わたくしは基礎もしっかりしていますのよ? ISランクAのわたくしが才能に頼って、基礎を疎かにしているとお思いですか? ISランクCの篠ノ之さん」
「ふ、ふん! ランクAには分かるまい、出来ぬ者の苦労がな! そんな者は教えるのに不向きだ!」
ちなみに己もISランクCだ。つくづく才能に恵まれない。
「え、箒ってランクCなのか……?」
「だ、だからなんだ! ランクなど気合いで覆す物だ!」
「……ええー……」
一夏は確かランクBだった筈。束博士の妹である箒が自分よりランクが低いことが意外だったのかもしれん。
バシンバシン!
「座れ、馬鹿ども」
連続する打撃音と共に、千冬さんが現れた。箒とセシリアは頭を押さえて悶絶している。
「ランクなどただの適性だ。いくらISを思い通りに動かせようが、その「思い通り」のレベルが話にならん段階で偉そうにさえずるな。せめて殻を破れる程度の技術と経験を身に付けてからにしろ、未熟者ども」
流石は元世界最強、言うことが違う。
「生身で出来んことはISでも出来ん。出来ると思っている内は、まだまだ機械に頼っているだけだ。それをお前たちの骨身に刻み込むのが私の役目だということをまずは理解しろ。成長したいのなら、私の言うことには従っておけ」
……ううむ、含蓄のある言葉だ。生身で出来んことはISでも出来ん、か。骨身に刻ませてもらおう。
「……さて、静かになったところで、改めて確認する。
一年一組代表は、織斑一夏。この決定に異議のある者はいるか」
手は、挙がらなかった。
挙げても意味はなかったろうが。
――――――――――
「お~、これが朧月の待機状態ですか~」
「…………」
夕食後の自由時間、食堂にて。己は本音と一緒に、先ほど如月重工から届けられた品を眺めていた。
「綺麗だね~」
「…………」
その品とは、調整を終えた己の専用機、朧月だ。問題だった特殊スラスター、〔水月〕を使っても傷を負わないように、保護機能を改良したらしい。出力を抑えるという発想が初めから存在しなかったのは流石の如月重工である。
その朧月であるが、2メートルを超える装甲がここにあるわけではない。専用機はその機体ごとに異なるアクセサリーとなって身に着けることが出来、この状態を待機状態という。セシリアのブルー・ティアーズの待機状態は、左耳に着けられた青いイヤーカフス。そして一夏の白式は右腕の白いガントレットだ。……ガントレットはアクセサリーではなく防具だが、そこは問うまい。一夏自身が既に規格外な存在だからな。
そして朧月の待機状態は、銀色の細い鎖と、それを中に通した銀色の指輪だ。これについて如月社長は、
『朧月は井上君の専用機、つまりはパートナーだ。これはいわゆる、
と言っていた。それを聞いた一夏が怒りを露わにしたことは言うまでもない。
しかし己はそれを嵌める気はなく、実際問題として嵌めることが出来ないので、このように鎖を通して首から提げる形をとっている。身に着け方として正しいかどうかは別として、アクセサリーには変わりあるまい。
「うんうん、いのっちは飾り気がないからね~。ちゃんとアクセサリーにも気を使わないと~」
「…………」
その指輪を掲げて眺めていた本音がしみじみと呟くが、まったくもって余計なお世話である。
「……ん~? あ、ほら、準備できたみたいだよ~」
「…………」
にわか騒がしくなったのを感じて、本音が食堂の中央に視線を移す。己も本音に倣うと、クラスメイトの一人が炭酸飲料の注がれたグラスを高々と掲げ、満面の笑顔で宣言するところであった。
「というわけでっ!!これより、「織斑一夏クラス代表就任おめでとうパーティー」を開催しますっ!!」
「「「「「かんぱ~い!!」」」」」
……ついに始まってしまったか。食堂を貸し切って(というよりも占拠して)の、馬鹿騒ぎが。
「かんぱ~い。お~いえ~」
「……かんぱーい」
「…………」
一夏は即席のパーティー会場の中心で、クラスメイトたちから口々に祝いの言葉を贈られていた。全くめでたくない顔の一夏だが、女子に囲まれているその姿が、箒には気に入らないようだ。先ほどから不機嫌そうに茶を飲んでいる。
そんな幼なじみたちの様子を茶を飲みながら眺めていると、一際賑やかな気配が近付いて来た。そちらに目を向けると、フレームの無い眼鏡をかけ赤みがかった髪をポニーテールにした二年生が居た。
「はいはーい、新聞部でーす。色々と話題の織斑一夏君がクラス代表に就任したそうで!早速インタビューに参りましたー!」
「「「おおお~!!」」」
「いよ! 待ってましたーっ!!」
途端に盛り上がる一同。要は騒ぎたいだけなのだろう。
「あ、私は二年の
「あ、どうもご丁寧に」
「それじゃー本題いってみよー! 織斑君、クラス代表になった感想を、どうぞっ!!」
「……えーと……」
一夏にそんなことを期待するだけ無駄だ。
「せいいっぱいがんばります」
「そんななんの面白みもないコメントは要りません!」
「……そんなこと言われても」
「ほら、あるでしょ? 俺の背後に立つんじゃねえ! とか!」
「いや、俺スナイパーじゃないんで。ていうか銃とか一個も持ってないんで」
「銃はなくてもボキャブラリーはある! さあ、頭をひねって!」
もう一度言おう。一夏にそんなことを期待するだけ無駄だ。
「……え~っと……」
「仕方ないなあ、適当にカッコいいこと書いとくか。……ええと、「織斑一夏氏はただ一言、「言葉を飾ることに意味はない」と答え、行動で実力を証明する意気を見せた」、と」
「ちょ、なんですかそれ!?」
「そんじゃ次ー。イギリス代表候補生、セシリア・オルコットちゃんお願いします!」
「ふふ、このわたくしからコメントを求めるだなんて、高くつきますわよ?」
「じゃあいいや。勝手に書いとくから」
「え!? な、ちょ」
「あとは……あ、噂の井上真改ちゃん!」
まずい、見つかった。セシリアめ、もう少し引き付けていてくれれば逃げられたのに。
「こないだのセシリアちゃんとの試合で一気に有名人になったわけだけど、それについてコメントお願いしまーす!」
ひゅばっ! と己の前に移動する黛先輩。凄まじい歩法である。
「…………」
「なにかコメントちょうだい!」
「………………」
「えーと、コメントを……」
「……………………」
「えっと、その……」
「………………………………」
「ごめんなさい」
勝った。しかしそれは虚しい勝利だった。
黛先輩は気を取り直してカメラを構える。
「三人ともコメントがダメダメだから、写真くらいは良いの撮らせてね!」
「……やっぱり撮るんですか」
「そりゃもう、三人とも注目の専用機持ちだからねー。ほら、並んで。織斑君が真ん中、真改ちゃんとセシリアちゃんで挟んで、両手に花って感じに!」
「ええっ!? それはさすがに――」
「ま、まあまあ一夏さん! いいではありませんか、せっかくのおめでたい席ですしっ!!」
「いや意味分かんないから!」
「…………」
抱き付くような勢いで一夏に接近するセシリア。腕組みでもしようというのか手を伸ばすが、一夏はそれを必死に捌く。
……箒の目がかなり危険になっている。巻き込まれないよう細心の注意を払わねば。
「ほらほら、早く早く。いいよもう並ぶだけで」
「むぅ……仕方ないですわね」
「それじゃあ撮るよー。はい、チー――」
瞬間、風が吹いた。
「――ズ!」
パシャッとデジタルカメラのシャッターが切られる。その直前、フレームに収まるべく滑り込んでくるクラスメイトたち。風の発生源はこいつらか。
「うお、いつの間に?」
箒を含めた一組の全員が、一瞬で集まっていた。雀蜂をも凌駕するチームワークである。
「な、な、な、なんということを!! せっかくのスリーショットを――」
「まーまーいーじゃんこれくらい」
「そーそー、青春の思い出だよ」
「わ〜い、いのっちと写真〜」
「先輩! その写真、あとで絶対くださいね!」
再び騒ぎ始めるクラスメイトたち。そのエネルギーが一体どこから供給されているのか、「織斑一夏代表就任おめでとうパーティー」は、夜の十時まで続いた。
挿絵やアニメを見る限りでは白式の待機状態はガントレットじゃない気がしますがあえてツッコミません。
ちなみに朧月の待機状態ですが、実は初め、銀の懐中時計にしようと思ってたんです。真改は腕時計使いにくいでしょうし。
しかしそれだと如月が全然変態じゃないのでエンゲージ・リングに。