学年別個人トーナメントを目前に控えたある日。この日は朝から大事件が起きた。
なんと一年一組に、転入生が来たのである。それも二人同時。
これには己も少なからず驚いた。事前に全く噂になっていなかったというのもあるが、転入生が同時に二人、しかも同じ組になど、通常ならば考えられない。
しかし冷静になってみれば、通常とは言えない要素が二つある。
一つは、ここがただの高校ではなく、世界各国の思惑が入り乱れるIS学園であるということ。
そしてもうひとつは、言わずもがな、己の前の席に座る幼なじみ、世界で唯一人ISを動かせる男、織斑一夏の存在である。
「…………」
一夏の利用価値は計り知れない。どの国も、こいつはなんとしても手に入れたいことだろう。
――まだ幼ささえ残る少女を使って、篭絡せしめんとするほどには。
(……反吐が出る……)
というわけで、盛り上がるクラスメイトたちを余所に己は朝から機嫌が悪かった。
「それじゃあ、入って下さい」
「失礼します」
「…………」
教室の扉を開けて、転入生が入ってくる。
一人は白に近い銀髪を腰まで伸ばし、左目に眼帯をした少女。その身体は華奢で背も低いが、しかし身のこなしは洗練されていて、徹底的に無駄がない。間違いない、相当な手練れだ。だが武術家の動きとはどこか違う……軍人のそれに近い。
この年の少女が軍人であるなど、昨今ではそれほど珍しくはない。ISの影響で、幼い頃からある種の英才教育を受ける少女は多く、その中でも優秀な者が軍に招かれるということがままあるのだ。
故に、己の興味はその眼帯の少女には向かなかった。それよりも遥かに。異質な存在が隣に居たからだ。
「皆さん、はじめまして。シャルル・デュノアです。よろしくお願いします」
もう一人の転入生、シャルル・デュノアがにこやかに挨拶し、お辞儀をする。その背中で、三つ編みに纏められた金髪がさらりと揺れる。
その姿を見て、クラスメイトの誰かが呟いた。
「お……男……?」
「はい。騒ぎになるからとフランス政府に保護されていたんですが、ここには僕の他にもISを使える男性の方がいるので――」
思わず漏れたのだろう呟きにも丁寧に答えようとしたシャルルだが、それは最後まで言えなかった。
何故ならばここは、IS学園の一年一組だからだ。
「「「「「きゃ……」」」」」
「はい?」
「「「「「きゃあああああああっ!!」」」」」
「うわあっ!?」
「…………」
……耳が痛い。衝撃波じみた黄色い叫び声は、己の鼓膜に大きなダメージを与えた。
「まさかの! まさかの二人目!!」
「しかもかなり美形!!」
「織斑君と違うタイプの美形!!」
「かっこかわいいーーー!!」
「え……あの、ええと……」
「…………」
すかさず追撃が入る。二段構えとは侮れんな、耳だけでなく頭まで痛くなってきた。
「やかましい、小娘ども。男が一匹増えたくらいでいちいち騒ぐな」
もの凄く面倒くさそうにたしなめる千冬さん。言葉使いが厳格というよりただ乱暴になっているあたり、相当機嫌が悪いようだ。
「ほ、ほら! デュノア君だけじゃないですから! もう一人いますから!」
必死な山田先生の様子にどうにか静まるクラスメイト。
そう、転校生はもう一人いる。さきほどから身じろぎもせずに口を閉ざし続けている、銀髪眼帯の少女である。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
千冬さんに呼ばれた途端に態度を急変させ、敬礼でもって返事をする少女。
ラウラと呼ばれた少女は、やはり軍人のようだ。それに千冬さんを「教官」と呼んだことから、恐らくドイツ軍人だろう。千冬さんは以前、一年ほどドイツで軍隊教官をしていた時期があるからだ。
「……私はもう教官ではない。そしてお前も、ここではただの生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
敬礼こそ止めたものの、姿勢は相変わらず、見事なまでの「気を付け」である。
それを見た千冬さんがまた面倒くさそうな顔をしたことに気づいた様子もなく、ラウラはクラスメイトたちに向き直った。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「…………」
「…………」
「「「「「……………………」」」」」
……なんだろう、既視感というやつか? 以前にも一度、似たようなことがあった気がする。
「……ええっと……」
「以上だ」
「あ、はい……」
いや、気のせいではない。確かにこれと同じような場面を、己は経験している。しかしいつ、どこで?
――ああ、己の自己紹介の時か。山田先生の泣きそうな顔を見て思い出した。
そんな事を考えていると、突然不穏な気配を感じた。それの元を探すと、一夏を睨み付けるラウラの姿が。
「……貴様が」
肩を怒らせ、大股で歩いてくるラウラ。一夏の前で立ち止まると同時、右手を振り上げ――
――そこに、殺気を感じた。
「……ッ!」
ガタン!
咄嗟に、前に座る一夏の襟を掴み、後ろに引く。勢いが付き過ぎて、一夏が己の机に頭をぶつけた。
「いってえ!?」
「……貴様」
「…………」
己の行動によって平手打ちを空振りしたラウラが、怒りに目を細めてこちらを睨む。その瞳に宿る殺気はさらに増していた。
「おいシン、いきなり何すんだよ!」
「…………」
一夏が何かを言っているが、今は耳に入らない。睨んで来るラウラを、こちらも睨み返す。
この娘は、一夏を殴ろうとした時、確かに殺気を放っていた。徒手空拳ではあったが、そんなモノは己を安心させる要素足り得ない。
IS学園に転入できる者が国家代表候補生にほぼ限られている以上、ラウラも代表候補生であり、専用機持ちである可能性がある。つまりは平手が当たる直前にISを部分展開すれば、一夏の首から上が吹き飛ぶというわけだ。
当然、己が一夏とラウラの間に割って入ったところで盾にもなるまい。だから、一夏を後ろに引くことで回避させたのである。
「……なんのつもりだ?」
「…………」
「お前こそ、なんのつもりだよ」
己の様子に何かを感じ取ったのか、一夏もラウラを睨み付けている。
「……私は認めない。貴様如きがあの人の弟であるなど、認めるものか」
「――てめえ」
「ふん」
その言葉に一夏も殺気立つが、ラウラはひとつ鼻を鳴らすと殺気を霧散させ、教室の前へと戻って行った。
その背中を油断なく見ていたが、もう先ほどのようなことをする気配はなかった。
「…………」
「……転入早々、問題を起こすな」
「はっ。申し訳ありません」
「ふん。……では、HRはこれで終わりだ。一時間目は二組と合同で、ISの模擬戦闘訓練を行う。各人着替えて第二グラウンドに集合しろ。遅れるなよ」
千冬さんがラウラを嗜め、次いで必要事項だけ伝えて教室を出ていった。
一夏は怒り心頭といった様子だが、しかし着替えとなればのんびりしてはいられない。なにせここはIS学園、一夏が着替えを行うような空間など限られており、それは少なくとも教室ではない。
というか教室は一夏の着替え場所としては最悪の選択である。なにせクラスメイト――つまりは女子たちと一緒に着替えを行うことになるからだ。
「あ、君が織斑君だね。はじめまして、これから――」
「ああ、挨拶は後にしてくれ。今はともかく、ここを出よう」
「へ? うわ、ちょっ――」
そんな事情を察していないシャルルが一夏に話し掛けているが、一夏はそれを遮ってシャルルの手を取り、教室を出て行った。
その姿を、ラウラは不穏当な眼で見続けており。
己は、これから何をするべきかに、意識を向けていた。
――――――――――
「さて、そろそろお前たちも実技を身に付けねばならん。座学も重要だが、これも劣らず重要だ。しっかり学べ」
「「「「「はい!」」」」」
二組と合同ということで、今日は返事に気合いが入っている。
まあ二組の連中は、一夏となかなか接点を持てないからな。今日からはシャルルもいることだし。
「真改さん」
「…………」
ふと、隣に立つセシリアが声を掛けてくる。視線だけ向け、続きを促した。
「さっきのことですが……あの人は、一夏さんと何かあったのですか?」
「…………」
知っているわけではないが、ラウラの言動から大体の想像はつく。
しかしそれは己が語ることではない。沈黙する己からそれを感じたのだろう、セシリアは何かを決意した表情で言った。
「必要があれば言ってくださいな。このセシリア・オルコット、必ずや真改さんのお役に立って見せますわ」
「……すまん……」
必要なら、頼らせてもらおう。出来ればそんな事態にはなって欲しくはないが。
「ではまず、手本――になるかは分からんが、一通り実演してもらおうか。凰! オルコット!」
「「はい!」」
「戦闘準備をしろ」
「「はい!」」
二人、前に出る。鈴はともかく、セシリアは妙に気合いが入っていた。
「ふふふ……ついにこの時が来ましたか。これだけギャラリーが居れば、言い訳のしようもありませんしね」
「それはこっちのセリフよ。今日こそケリを付けてやるわよ」
「だれがお前たち同士で戦えと言った? ガキ共の喧嘩などなんの役にも立たん、相手は別に用意してある」
「「へ?」」
――キィィィィィィン――
……なにやら空気を裂く音がする。
音の方向に目を向けると、一夏に真っ直ぐ向かってくる影が。
「ひゃああああ~~っ!? あ、あぶ、危ないですぅ~~!!」
「え? ……うおおぉぉっ!?」
ドカァァァァン!!!
かなり際どいタイミングで白式を展開した一夏に、飛んで来た影――山田先生が操るラファール・リヴァイヴが激突した。
勢いのままにゴロゴロと転がって行く二人。
「あ、危なかった……死ぬかとおも――ん?」
「ひぇ……あの、あの、お、織む――ひゃん!」
妙に艶のある悲鳴。体を起こそうとした一夏が、過失だろうが、山田先生の胸を鷲掴んだことによるものである。
ブワリと殺気が放たれた。発信源は言うまでもない。
「ああ、そんな……こ、こんなところで、こんな明るい内から……あ、いえ、嫌というわけではなくてですね、ただ私は先生ですから、生徒さんには正しい男女のあり方というものを……ああ、で、でもこれはこれで――」
……あなたはなにを言っているんだ。そして一夏、お前は何をしているんだ。早く離れろ。死ぬぞ。
「――ハッ!?」
いよいよ臨界点を超えた殺気が現実に具現したかのように、セシリアが展開したスターライトmkⅢからレーザーが放たれた。
日頃の訓練の賜物か、どうにか避ける一夏。
「あら? おかしいですわね、この国の殿方は、恥を晒してしまった時は自らのお腹を潔く切る、と聞いていたのですが……おかしいですわねえ? ホホホホホホ……」
そのレーザーはライフルからでなく目から出たのではないかというくらいに凄まじい目つきで笑うセシリア。
……落ち着け、皆怯えているぞ。
「仕方ないわね、手伝ってあげるわ♪」
ガシーン!
続いて鈴。二振りの巨大な青竜刀、双天牙月を連結し、振りかぶる。
この武器は双剣としても連結して双頭の剣としても使える便利な代物であり、今の連結状態だと内蔵された軌道制御装置が起動し、投擲武器としても使えるのである。
ゴオゥッ!!
「うおおおおおおっ!!?」
首目掛けて飛んできた双天牙月をのけぞって避ける。しかし体勢を崩したのは拙いな、双天牙月は投げればブーメランのように返ってくるぞ。
案の定、一夏は避けきれないと察したのか、絶望的な顔をしていた。
「はっ!」
ドンドンッ!
突然の鋭い掛け声と、間断のない二発の銃声。その発信源は山田先生と、彼女が展開した五十一口径アサルトライフル、『レッドバレット』だった。倒れたまま上体だけを起こした不安定な姿勢で、しかも狙える時間はほんの一瞬だったというのに、見事双天牙月に弾丸を命中させ、その軌道を逸らしたのである。
今の山田先生の雰囲気は普段のそれではなく、入試の際に己と戦った時のものだった。しかし己以外はそんな山田先生の様子を初めて見るのか、皆唖然としている。
「お前たちは知らんだろうが、山田先生はかつて、私と日本代表の座を争った。この程度は実力のほんの一部でしかない」
「あ、争ったなんて、そんな……ほとんど予備人員でしたよ」
それはつまり、千冬さんの予備が務まるほどの実力ということだ。あの試験では、やはりかなり手加減されていたのかもしれん。
「さて、これで人数は揃ったな。では、始めろ」
「……え? あの、二対一で……?」
「なんだ、二人だけでは不安か? ふん、どうやら自分の実力は弁えているようだな」
「「……む」」
……けしかけるのが上手いな、二人のプライドを見事に逆撫でした。先程までの困惑した様子はどこへやら、今はその瞳に闘志を滾らせている。
「いえ、二人で――というより、一人で十分ですわ!」
「ええ、まったくね!」
「そうか。では、始め!」
そして始まる戦闘。その内容は、開始早々から激しい撃ち合い――と見せて、かなり一方的なものだった。
「ちょっと! さっきから全然当たってないわよ!」
「鈴さんこそ! わたくしの射線に入らないでくださる!?」
「なによ、あたしが悪いっての!?」
「そう言ったのがわかりませんの!?」
「…………」
ギャーギャー言い合いながら戦う二人は全く連携が取れていない。むしろ互いに足を引っ張り合っている。
絶え間なく撃ち続けているにもかかわらず命中弾は皆無であり、逆に山田先生の攻撃は吸い込まれるように二人を捉えていた。
「「きゃあっ!?」」
回避先を誘導され、ついには二人が衝突する。すかさず山田先生がグレネードを投擲、二人をまとめて撃墜した。
「……無様……」
思わず呟いた己を一体誰が責められようか。
否、誰も責めはしないだろう、もし責めるとすれば当の本人たちくらいだろうが、セシリアと鈴は負けた責任をなすりつけ合うことに忙しく、聞こえていない。
「一分……まあ、こんなものか」
つまらなそうに言う千冬さん。山田先生の実力もあったが、それ以上に問題だったのは鈴とセシリアだ。有能な敵より無能な味方の方が厄介だということを、ここまで分かりやすく実演してくれるとは……。
「さて、では実習に移る。まずは基礎、歩行からだ。訓練機の数が限られているので、専用気持ちをリーダーとしてグループに分かれろ。では、始め!」
千冬さんが言い終わるや否や、予想通り一夏とシャルルに人が殺到した。
……と思ったら何人かこっちに来た。
「い、井上さん! よろしくお願いします!」
「…………」
クラスメイトである己に敬語で話し掛けるこの娘は、己たちの朝の鍛錬に付いてくる、〔井上真改ファンクラブ〕なる組織の会員である。
……いつの間にそんなものが出来たのか、己は知らない。
このままでは大変気疲れする実習になってしまうと思ったが、千冬さんから救いの声が。どうやら女子が一夏とシャルルに集中し過ぎてグループ分けが進まないようだ。
「馬鹿共が、グループ分けの意味が分かっているのか? 各グループ均等に入れ! 出席番号順だ、早くしろ!」
瞬間、まるで一つの生き物のように動き始める女子たち。グループ分けに掛かった時間、僅か二分。
そして己は絶望した。己のグループになった者たちの半数以上が、〔井上真改ファンクラブ〕の会員だったからだ。
「お、お願いします!」
「やったあ! 神様ありがとう!」
「…………」
別に彼女たちが嫌いなわけではない。ただそのテンションについて行けないだけだ。
「それでは、訓練機を取りに来てください。一斑に一機ずつですよー。〔打鉄〕と〔リヴァイヴ〕が三機ずつありますので、好きな方を班で決めてくださいね。あ、早い者勝ちですよー」
己の班は打鉄に決まった。己にはリヴァイヴより打鉄の方が似合うらしい。
……いや、己が乗る訳ではないのだが。
「それじゃあお願いしまーす!」
「…………」
とりあえず一人目はファンクラブの会員ではなかったので、普通に実習が進んだ。
打鉄を起動、装着し、歩行する。
「よっ、ほっ……と。……むむ、案外難しい……」
「……慎重に……」
ISは通常浮いているものなので足は少々バランスが悪く、歩くというのはそれなりに難しい。特にこの機体は操縦者に最適化されていないので尚更である。
だからこそ練習になるとも言えるが。
「……ここまで……」
「ふう。ありがとう、井上さん」
一人目が終わり、いよいよファンクラブ会員の番になる。
とそこで、一人目と二人目の間でアイコンタクトが交わされた。なんだと思う暇もなく、一人目がISから降りる。……ISを立たせたまま。
「ああー、ついうっかりー」
「…………」
なんと白々しい。なんだ、何が狙いだ。
「山田センセー。次の人が乗れなくなっちゃいましたー。きゃーたいへーん」
「あー、訓練機は専用機みたいに量子化できないですからね。立たせたまま降りてしまうと、コックピットが高い位置で固定されてしまって乗るのが大変になるんですよ。次からは気をつけてくださいね」
「それで、どーすればいーでしょーかー」
「そのまま乗るのは、ちょっと危ないですから……仕方ないので、井上さんが乗せてあげてください」
「…………」
「ふっ、計画通り」
聞こえているぞ。そうか、それが狙いか。
どうやら彼女らはなにかしらの取引をしていたようだった。
「えっと、じゃあ、あの、その、井上さん、よろしくお願いしますっ」
「……はあ……」
相変わらずのチームワークを発揮する少女たちに溜め息が漏れる。仕方ない、実習は進めなければならないからな。
「…………」
朧月を起動し、ファンクラブ会員第一号――かつて朝の鍛錬で己に弁当を作ってきた少女、菊池日向の前に跪く。
「……掴まれ……」
「は、はい! お願いします!」
日向の腕がしっかりと己の首に回されたことを確認してから、日向の膝の裏に右腕を通し、抱え上げる。
……所謂「お姫様抱っこ」というやつである。
「わわ! ……わぁ……」
「…………」
顔を真っ赤にした日向を極力気にしないように、しかし決して落とさないように注意しながら、打鉄まで運ぶ。コックピットに乗りやすいよう、一メートルほどの高さまで浮かび上がった。
「……注意……」
「は、はい!」
どうにか装着は出来たが、フラついている。危なっかしいので、右手を差し出した。
「……支える……」
「あ、ありがとうございます!」
感動したような面持ちで己の手を取る日向。転倒しないように、ゆっくりと導く。
「……慎重に……」
「うん、しょ……よい、しょ……」
「…………」
……自転車に初めて乗った子供の練習に付き合っているような気持ちになってきた。
どうにか歩行を終え、降りる段階になった時、日向子が三人目とアイコンタクト。振り向けば餌を待つ雛鳥のような顔でこちらを見ているファンクラブ会員たちの姿。
――結局、それ以降の全員を抱えてISに乗せることになった。
――――――――――
実習が終わり、昼休み。
一夏が食事に誘って来たが断った。今日は箒が朝早くから弁当を作っていることを知っていたからだ。
(……頑張れよ……)
箒には箒の戦いがある。相手が一夏では苦戦は必至だろうが、健闘を祈っているぞ。
というわけで己は本音と学食へ向かう。今日は噂の転校生――IS学園創設以来二人目となる男子生徒、シャルル・デュノアを一目見ようと、いつも以上に混雑していた。
「お〜、今日は混んでるね〜」
「…………」
ふむ、これほどの混雑になると午後の授業にはギリギリになるが、逆に好都合だ。普段弁当を持って来ている者や購買で買って済ます者も学食に来ているということだからな、今日は屋上には殆ど、上手くすれば誰もいないだろう。
一夏と箒の二人きりの昼食。図らずもその状況を作り出してくれたシャルルには感謝せねば。
大分並んで食券を買い、日替わり定食を受け取って学食に入る。さて、どこかに空いている席は――
「デュノア君いないね」
「ちぇー、せっかく学食来たのに」
「どこ行ったんだろ?」
「…………」
――なに? シャルルが居ない? どういうことだ?
学食を見回す。確かにシャルルが居ない。一体どこに――いや待て。シャルルだけではない、良く見ればセシリアと鈴も居ない。
「…………」
普段仲の悪い二人が、揃って同じ行動を取る。こういう時は大抵――というかほぼ間違いなく一夏絡みだ。
「…………」
さて、考えてみよう。
箒は一夏のために早起きして弁当を作り、一緒に食べようと屋上に連れ出した。これは箒にとって、ちょっとしたデートの誘いと言って過言ではあるまい。
「…………」
だが一夏はそうと考えるだろうか?
否、一夏に限ってそれはない。有り得ない。
「…………」
そしてシャルルも居ないという。転校してきたばかりで学園に不慣れな人間、しかも注目度の極めて高い男子生徒が、他に気付かれずに行動するには協力者が必要だろう。
ではその協力者とは誰か? ――言うまでもない。
「…………」
右も左もわからないシャルルを気遣って昼食に誘ったであろう一夏。
学食に居ないセシリアと鈴。
ここまで来れば、あとは己の頭でも答えがわかる。
……いい加減にしろよ、一夏。
というわけで、朝から続き午後も己は不機嫌だった。
――――――――――
放課後。
己は急用が出来たと言って、一夏たちとの訓練への参加を断ってきた。昨日も訓練を休んだばかりだからか、シャルルの引っ越しの手伝いを後回しにしてまで訓練に駆け付けた一夏が不満そうにしていたが、しかし本当に急用が出来たのだ。
――緊急の、用事が。
「…………」
1025号室。先週までは一夏と箒の部屋であり、今日からはシャルルと一夏の部屋となったそこの前に、己は居た。
周りに人気がないことを確認し、扉をノックする。
「はい、今開けます」
少し間を置いて、ジャージを着たシャルルが扉を開けて出て来た。引っ越して来たばかりで荷物の整理をしていたのだろう、量はかなり少ないが、部屋の中には開いたままの鞄がある。
「えーと……井上さん、だよね? 一夏から聞いてるよ、幼なじみだって」
「…………」
荷物整理をしている所に突然訪れ、それでいて口を閉ざしたままでいる己に対し、シャルルはにこやかに話し続ける。
「なにか用かな? あ、一夏なら留守だよ。訓練に行くって」
「……否……」
その一夏との訓練を断ってここに来たのだ。ならば己が用があるのは、一人しかいない。
「じゃあ、僕に用かな? なら入って。まだおもてなしはできないけど」
「…………」
柔らかく笑って、己を部屋の中に案内するシャルル。
己も続いて部屋に入り、扉を閉め――鍵を、掛けた。
「――え?」
ガチャリという音に、シャルルが振り向く。己は素早くシャルルに近付き襟を掴むと、大外刈りをかけた。
「うわっ……!?」
なす術なく倒れたシャルルに馬乗りになる。突然のことに混乱している隙にジャージのファスナーを下ろし――その下に着けられていたコルセットを見て、己の考えが正しいことを確信した。
「……やはり、か……」
「な、なんで――」
シャルルの疑問も当然ではある。なにせ転校してきてまだ一日も経っていないのだ。シャルルは中性的な顔立ちで、コルセットのおかげで体つきにも少女らしいふくらみはない。致命的な失敗があったならともかく、上手く振る舞っていたうえ、殆ど接していなかった己にバレるとは考えられないだろう。
「なんで、分かったの……?」
「……一目……」
己は決して、頭は良くない。
だが長い間、法律が通用どころか存在すらしないような、企業が支配する世界の中で、傭兵として生きて来た。
自然、権謀術数には鼻が利くようになり、その己が相手にしてきた間者たちに比べれば、シャルルの男装など粗末なものだ。
「……目的は……?」
「……訊いて、どうするの?」
時間と共に落ち着いたシャルルが、見下ろす己に問う。
その眼は敵意よりも諦観の色が濃いが、油断はしない。いくら鼻が利いても決して賢くはない己は、気を抜けば容易く欺かれるのだから。
「……次第によっては……」
一夏を守る。
戦わねば生きられず、戦い続けた果てに全てを失った
箒も、鈴も、セシリアも、本音も守る。
力こそが神であり、奪わねば何も手に入らないあの世界と、ここは違うのだから。
人の欲望がどれほど醜く、そして恐ろしいものであるか、己は良く知っている。だから、己の友人を欲望を満たすための道具と見ているようならば、許しはしない。
「……学園に、報告する……」
無論、今はまだ、ただの脅しのつもりだが。
シャルルが自らの意思でやったことなのか、止むに止まれぬ事情があってのことなのか、それすらも分からないからな。それも含めて、「次第によっては」だ。
「……殺す、くらいは言いそうな雰囲気だったのに」
「…………」
それは最終手段だ。ここで殺人など犯せば、瞬く間に捕まるのは目に見えている。それでも、いざともなれば躊躇いはしないが。
「……わかった、話すよ。バレちゃったなら、仕方ない」
「…………」
諦めたように溜め息をつき、自嘲するように笑い、話しだすシャルル。
「けど、その前に降りてくれる? このままだと――」
ガチャリ。
鍵の開く音が聞こえ、すぐに誰かが入って来た。
否、誰かなどと言う必要はない。鍵を外から開けた以上、それはこの部屋に住む者であり、その二人のうち一人は今己の下にいるのだから、残りはもう一人の住人しかいない。
つまり入って来たのは一夏だった。
「シャルル? なんで鍵かけ……て…………」
「………………」
「………………」
「………………」
「「「………………………………」」」
――さて、考えてみよう。
一夏はシャルルを男だと思っている。
そして己はシャルルを押し倒して馬乗りになり、ジャージのファスナーを下ろしている。
一夏からは、ジャージの下のコルセットまでは見えまい。というか見えてもそれを気にする余裕はあるまい。
この状況を見て、一夏はどう考えるか。
――いや、どう考えても己がシャルルを襲っているようにしか見えないだろう。
……なんたることか。こういうのは一夏の役割のはずだ、なぜ己が。
おい一夏、いつまで呆けているつもりだ? さっさと扉を閉めろ、誰かに見られたらどうする。
シャルル、なにを黙っている? なにか言え、なんでもいいから。己は話すのは苦手なんだ、別に混乱のあまり言葉が出ないわけではない。
――どうしてこうなった。
(……厄日……?)
無言のまま胸中に疑問を浮かべつつ、己はこれからすることになるだろう釈明に想いを馳せた。
――この状況、いかにすれば切り抜けられるのやら。
なんか原作では文ではシャルの目の色はエメラルドとか言ってたけど巻頭カラーを見る限りだと紫だよねって思いました。紫だとアメジスト?
ちなみに私の好きな宝石はラピスラズリ。名前がかっこいい。持ってませんが。お金がないので。