IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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皆さんこんにちは。クリスマスは楽しかったですか?
私はクリスマス大好きです。ケーキが安くなりますから。
ワンホール一気食いってサイコー(泣)


第20話 役目(激戦編)

「はあぁぁっ!」

 

 両手に持った六二口径連装ショットガン〔レイン・オブ・サタディ〕を連射する。

 僕とシンの距離は、この銃の間合いにはまだ遠い。けれど威力が落ちるかわりに、攻撃範囲は広くなる。

 機動力と攻撃力を合わせ持つ朧月を近づけるのはまずい。水月と月光で一瞬でやられてしまうかもしれない。だから余裕のある距離から、少しずつシールドエネルギーを削る作戦だ。

 

 

 ――だけど、シンはそれを避け切った。

 

「ほんと、デタラメだね……!」

「……ッ!」

 

 ショットガンの弾が切れた。一体どうやって見切ったのかはわからないけれど、シンは弾切れと

同時に突撃してきた。

 理想的なタイミング。けれどそれは、僕と〔ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ〕には通用しない。

 

 

「――いらっしゃい」

「……!」

 

 弾が切れた次の瞬間には、僕の両手に握られている武器はマシンガンに替わっている。

 高速切替(ラピッド・スイッチ)。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの大容量拡張領域を

活かす、僕の得意な技術だ。実弾兵器主体の機体が持つ弱点、リロードの隙は、僕には存在しない。

 

 ガガガガガガガッ!

 

 至近距離からのフルオート射撃。いくら機動力があっても、これを避け切ることはできない。

 

 

 だからシンは、起動した月光の光を盾のように構えて、すべての弾丸を焼き尽くした。

 

「そんな……!?」

「……ッ!」

 

 

 ガコン、と、水月の装填音が聞こえた。

 この距離じゃ逃げ切れない。後ろに退がっても、上下左右に避けても、きっとシンは食らい付いてくる。

 

 

 ……なら!

 

「はあぁぁっ!」

「……!?」

 

 

 逃げられないなら、前に出る!

 スラスターを全開にして前進しながら、居合いの構えで突っ込んできたシンの右腕に向けて、右足を突き出す。

 

 ガンッ!

「うあ……!」

「ぐっ……!」

 

 ギリギリのタイミングで間に合った。水月の加速を受け止めたことで膝が悲鳴を上げたけど、今はそんなことを気にしていられない。

 シンの右腕を抱えこんで拘束し、左手に持ったマシンガンをシンのこめかみに突きつける。

 

(これなら……!)

 

 ――外さない。

 

 引き金を絞り、銃弾を撃ち込む。

 けれど撃てたのは数発だけで、僕はすぐに吹き飛ばされた。僕に抱えられたまま、シンが月輪を起動したからだ。

 

「くぅ!?」

 

 腕一本が丸ごとスラスターになってる月輪の推進力は凄まじく、遠心力によって僕は拘束を緩めてしまった。

 するとシンは僕のお腹に右肘を叩き込んで引き剥がし、回転の勢いのまま月輪で斬りつけて来た。

 

 ガギィンッ!

「っつう……!」

 

 咄嗟に展開した近接ブレードで月輪を防ぐ。

 両手でブレードを構えたけど、その両手を痺れさせて僕を弾き飛ばした水月の威力に驚いた。

 

(なんて推進力……! こんなものを制御してたの!?)

 

 再び距離が離れた僕目掛けて、シンが突撃してくる。マシンガンと再装填したショットガンを連射するけど、衝撃の抜けきってない両手ではシンを追い切れない。瞬く間に距離を詰めてくる。

 

(なんとか、あの機動を封じないと……!)

 

 朧月の機動力は桁外れだ。

 直線の水月と、曲線の月輪。この二つを使って、複雑で高速な三次元機動を行う。

 

(空中じゃダメだ! 危険だけど、一旦降りる!)

 

 剣士であるシンの技量は、両足をしっかりと踏ん張れる地上でこそ発揮される。僕の個人的な感覚だけど、地上では空中での倍は剣技が鋭くなる。

 けど、朧月の機動力は制限できるはずだ。懐に入れさえしなければ、抑え切れる。

 

 そう考えて、射線を上にズラしてシンの上昇を封じる。合わせて僕も高度を下げ、シンを地上に誘い込んだ。

 

(さあ、真っ向勝負だ……!)

 

 地上に降りたシンは案の定、時々地面を蹴ることでさらに速さを増してきた。

 けど僕の目論見通り、上下の動きはなくなった。

 

 ――けど。

 

(大丈夫、追える! これなら……!?)

 

 失敗に気付いた時には遅すぎた。やっぱり、いくら狙い難くても空中戦を続けるべきだったんだ。

 

 シンはある程度近付いてくると、突然月光の刃を地面に突き立てた。

 何を、と思う間もなく、シンはそのまま月光を振り上げる。

 

「な……!」

 

 月光の超高熱により一瞬で蒸発した土が爆発的に体積を増し、周りの土ごと巻き上げて僕に迫る。

 視界いっぱいの、土砂の壁。本来ならそんなものは、ISの防御力があれば何も怖くない。

 

 ――その影に。必殺の剣を構えた侍さえ、隠れていなければ。

 

(これは、まずいっ……!)

 

 どう考えても危険過ぎるそれから逃げるために、全速力で後退する。

 けどシンより先に、握り拳くらいの大きさの弾頭が土砂の壁を貫いてきた。

 

 カッ――!

「…………っ!!?」

 

 凄まじい閃光に、思わず目をつむってしまう。けどこの光はハイパーセンサーに干渉しているのか、視覚を直接光で埋め尽くしてくる。

 本能的に体が硬直した。時間にすればほんの数秒。

 

 そしてそれは、シンが相手では永遠と同義だ。

 

 ――ヴオンッ!

 

 月光の音。

 それが、真っ直ぐに僕に近付いて来て――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「おおおぉぉっ!」

「はああぁぁっ!」

 

 俺の雪片弐型と、ラウラのプラズマ手刀が激突する。

 軍隊仕込みの格闘術が容赦なく俺に襲いかかるが、俺だってずっと剣の鍛錬を続けていたんだ。接近戦だけなら、遅れを取るつもりはない。

 

「ふん、剣一本でよく粘る!」

「優秀な師匠が三人もいるもんでね!」

 

 剣を振るう心は、千冬姉が教えてくれた。

 剣を振るう技は、箒が魅せてくれた。

 剣を振るう体は、シンが鍛えてくれた。

 俺の剣は、俺だけの剣じゃない。

 

 しかしその言葉はラウラの逆鱗に触れたようだった。ついさっきまで酷薄な笑みを浮かべていたというのに、今では憎悪に歪んでいる。

 

「貴様まで、教官の教えを受けたと言うのかっ!」

「当たり前だ! 千冬姉は、俺の姉さんだ!」

「認めんぞ……! 貴様如きが、教官の弟だなどと!」

「そうかい! まあ確かに、俺には勿体ないくらいの姉さんだけどな!」

「貴様ぁぁぁ……!!」

 

 俺の言葉に激昂するラウラ。

 シュヴァルツェア・レーゲンから六本のワイヤーブレードが射出された。俺を囲い込むように複雑に動くそれと、プラズマ手刀で全方位から同時攻撃を仕掛けてくる。

 

「消えろぉぉっ!」

「おおおぉ!」

 

 プラズマ手刀だけならどうにかなるが、さすがにこれは厳しい。ワイヤーブレードは数が多いだけでなく、なにより軌道が読み難い。

 

 ――だが、これを見るのは初めてじゃないんだ。対策くらい考えてある。

 

「おらぁっ!」

「なにっ!?」

 

 瞬時加速を発動、突き出されたプラズマ手刀を雪片弐型を縦に構えて捌き、ラウラの右側に抜ける。

 この近距離だ、いくらラウラでも反応しきれない。俺もラウラ自身に攻撃を仕掛けるほどの余裕はないが、それが目的ではないので問題ない。

 

 ――俺の狙いは、ワイヤーブレードだ。

 

 縦に構えたままの雪片弐型が、右腰から伸びる二本のワイヤーブレードを根元から切断する。

 そう、先端の動きが読めないのなら、根元を狙えばいい。ワイヤーブレードは強靭な造りをしているが、対IS用近接ブレードの斬撃に耐えられるほどじゃない。

 ましてや衝撃を逃がすことの出来ない根元ならなおさらだ。振らずとも、加速と重量に任せて押し当てるだけで十分に斬れる。

 

「これで腕は残り六本! 足と合わせて八本だ、烏賊から蛸になっちまったな!」

「おのれ……おのれえぇぇぇぇっ!!」

 

 ラウラが俺に向けて両手を突き出す。これの正体は鈴とセシリアから聞いた。

 AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)。対象の動きを止める第三世代型兵器。

 俺のような近接戦闘主体の者には天敵といえる兵器だが、今は瞬時加速により距離が離れている。避けるだけならなんとかなる。

 

「ちぃっ、ちょこまかと……!」

 

 俺の動きを制限しようと、残った四本のワイヤーブレードが伸びてくる。さらには肩の大型レールカノンの連射。

 中距離はラウラの独壇場だ、一旦ワイヤーブレードが届かない距離まで離れるか、もう一度近付かないと。

 

 だが俺は近接ブレードしか武器がない。近づかなければ攻撃出来ない。

 そしてラウラの攻撃を掻い潜って近付くにはダメージを覚悟しなければならず、距離が離れれば離れるほど、接近の際に払う代償は大きくなる。

 

 そう判断し、俺は前傾姿勢を取り、一気に加速した。

 

 ――後ろへ。

 

「なに……! 逃げるか、臆病者め!」

「言ってろ!」

 

 そうだ、ラウラの罵倒なんて気にする必要はない。

 

 ――なにせパートナーがピンチなのだ、俺のプライドなんて、秤にかけるまでもない。

 

「シィィィンッ!!」

「……っ!」

 

 地上戦に移り、硬直しているシャル目掛けて振り上げられていた月光に、零落白夜を叩きつける。そのまま落下の勢いを乗せた蹴りを放つが、それはあっさりかわされた。

 俺は攻撃の手を緩めることなく零落白夜を振り上げようとするが、シンはさらに零距離まで間合いを詰めて、理解の範疇を超えた動きで俺の右腕を絡めとった。

 

「ぐあっ……!」

 

 肘と肩から骨の軋む音が鳴り、同時に激痛が走る。

 関節技。そして動けなくなった俺に、月影が向けられた。

 

 この距離で月影の連射を浴びれば、一瞬でシールドエネルギーが空になる。

 さらに言えばシンの関節技は完璧で、右腕だけで完全に俺の動きを封じていた。まさに万事休すだ。

 

 戦っているのが、俺一人なら、だけどな。

 

「ようやく、動きが止まったね」

「……!」

 ドガァンッ!

 

 三連装の砲身が回転を始め、発射寸前だった月影が爆散する。

 理由は言うまでもない、硬直から立ち直ったシャルによる攻撃だ。

 そう、関節技で俺の動きを止めている間、シンも動きを止めている。俺一人なら、このまま為す術なく倒れていただろう。だが俺は一人じゃない。

 

 足りない力はチームワークで補う――そう言ったはずだぜ、シン。

 

 これこそが俺たちの作戦。

 ラウラとシンを同時に相手するのは危険過ぎる。

 対多数に優れるシュヴァルツェア・レーゲンと、一騎打ちに特化した朧月。

 相手の動きを止めるAICと、一撃必殺の月光。

 この二人は、タッグとしてあまりにも相性が良いのだ。

 

 ならまずは一対一の状況を二つ作り、機を見て合流、対多数に向いていない朧月を、奇襲でもって先に沈める――!

 

 ドンドンドンドンッ!!

 

 アサルトカノンの連射。

 シンはすぐに離脱しようとしたが、今度は俺がシンの右腕を掴んでそれを阻止する。

 

「逃がすかよっ!」

「ぬぅ……!」

 

 しかしシンはやはりとんでもなかった。俺に右腕を掴まれたまま、僅かな動きだけで弾丸の直撃を防いだのだ。

 

「なら……!」

 

 シャルがアサルトカノンを撃ちながら近接ブレードを展開し、突っ込んでくる。

 いくらなんでもこれはかわせまい。そう思ったが、シンはどこまでも俺の想像を超えていた。

 

 シンは水月を起動、その加速力でもって、俺に強烈な頭突きを叩き込んできた。

 

「ぐおっ……!」

「……ッ!」

 

 ISの防御を貫通したのだろう、シンの額から血が吹き出るが、そんなことを気にするやつではない。

 続いて月輪を起動、俺を斬りつけて弾き飛ばしつつ右腕を引き抜き、目前まで迫っていたシャルを目掛け、光の刃を振り抜いた。

 

「ぐああああっ!」

「うわあああっ!」

 

 シャルは直前で急ブレーキをかけて直撃だけは防いだが、右腕の装甲と近接ブレードを吹き飛ばされた。

 俺は重い斬撃を受け、零落白夜の連発もあってか既にエネルギーが三割を切っている。

 

(くそっ、このままじゃ……!)

 

 見れば、ラウラがすぐそこまで来ている。

 今シンを倒せなければ、俺たちの負けだ。

 この作戦は二度も通じない。ラウラはそれでも俺に執着するかもしれないが、シンの方が合わせるだろう。

 

 そうなればもう、打つ手がない。

 

 だから、今、シンを倒さなくちゃいけないのに――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ――強い。

 

 僕たちの作戦はほとんど成功していた。一対一で戦いながらもお互いの状況を確認、タイミングを図って一夏がボーデヴィッヒさんを振り切り僕を援護、そのままシンを挟撃して、一気に決める――

 

 挟撃までは上手くいった。月影も破壊できた。朧月は機動力重視で、装甲はそれほど厚くない。

 だから動きさえ止められれば、集中攻撃で倒せると思ったのに。

 

 ――本当に、強い。

 

 技術だけじゃない。技術ならむしろ、僕やボーデヴィッヒさんの方がシンより上だ。射撃武器である月影を機動中に撃ってこないのがその証拠。機動と射撃を両立できないんだ。

 シンの技はあくまで剣士としてのものであって、ISの操縦技術そのものは一般生徒と大差ない。

 

 ――なのに、こんなにも強い。

 

 シンの強さは、心の強さ――精神面での強さだ。

 どんなに有利な状況でも決して油断せず、どれほど不利な状況でも絶対に諦めない。

 どんな時も勝利への道を模索し、必要なら自分の身を危険に晒すことも、それによって傷付くことも厭わない。

 

 シンには、どんな技もあっという間に身につけるような才能はなかった。

 シンには、大きさと重さで相手を圧倒できるような恵まれた体はなかった。

 だからシンは、どんな逆境にも耐えられて、どんな強敵にも怯まない、不屈の心を手に入れた。

 

(……勝ちたい)

 

 シンの戦い方は一生懸命で、がむしゃらで、泥臭くて、だからこそ、とても綺麗で。

 

(シンに、勝ちたい)

 

 シンは普段の様子からは想像もつかないほどに、熱い魂を持っていることがよくわかる。戦いに対してとても真摯で、その姿は見る人の心をうつ。

 

(僕は、シンに勝ちたい!)

 

 今もシンはピンチを撥ね除けて、一夏と僕を吹き飛ばした。そしてそのまま月輪を振り上げ、僕目掛けて突っ込んでくる。

 

(勝ちたい……ううん!)

 

 これが、最後のチャンスだ。

 

 ボーデヴィッヒさんはもう、すぐそこまで来ている。合流されれば、消耗したリヴァイヴと白式じゃ、あっという間に押し切られる。

 

 ここでシンを倒せなければ、僕たちの負けだ。

 

 けれど、ここでシンを倒せれば――!

 

(絶対に、勝つ!!)

 

 スラスター全開、吹き飛ばされそうになるのを全力でこらえる。上体を捻り、有りっ丈の力を左腕に込めた。

 

 バシュン、と、左腕に取り付けられていたシールドがはじけ飛び、中から巨大な杭打ち機が姿を現す。

 

「行くよっ!!」

「……ッ!!」

 

 これは、第二世代型最強の威力を持つ兵器。

 

 六九口径パイルバンカー〔灰色の鱗殻(グレー・スケール)〕、通称〔盾殺し(シールド・ピアース)

 

 ――僕の、切り札。

 

「あああぁぁっ!!」

 

 左拳を握り締め、渾身の力を込めて叩きつける。

 シンが振り下ろした、月輪へと。

 

 ズガンッ!!

「くあああっ!!」

「があっ……!!」

 

 大量の炸薬により撃ち出された鉄杭が月輪に突き刺さり、粉砕する。頑丈な月輪の外郭がひしゃげ、損傷したエネルギーバイパスが圧力に耐えきれず、月輪を爆散させた。

 

 まだだ。これくらいじゃあ、シンは倒れない――!

 

「おおおぉぉっ!!」

「……ッ!!」

 

 シンは爆発に体勢を崩されながらも、月光を振り上げた。

 僕も振り抜いた左腕を引き戻して二撃目を放とうとするけど、間に合わない。

 

 シンの方が一拍速い。今度こそ紫色の極光が僕を捉え、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを機能停止に追い込むだろう。

 

(それでもっ! 最後まで、諦めて、たまるもんか――!)

 

 諦めない。最後まで、絶対に。

 だって僕には、一緒に戦ってくれる、仲間がいるんだから――!

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ほんの少しでも絶望した自分が恥ずかしい。相棒が必死に頑張ってるってのに、ほんの一瞬とはいえ、俺は諦めかけた。

 

 ……ふざけるな。それは、それだけは、俺がしちゃあならねえだろうが――!

 

「逃がすものか、織斑一夏ぁっ!!」

 

 追い付いて来たラウラがワイヤーブレードを伸ばす。

 構うもんか、今はもっと、優先することがある。

 

「おおぉらあぁぁっ!!」

 

 瞬時加速を発動、シンに最後の突撃をかける。

 ワイヤーブレードが、無防備になった白式の装甲を切り刻んだ。

 知ったことか、その程度はくれてやる。だからラウラ、俺はお前の相棒を貰う――!

 

 零落白夜を振るう。この距離からじゃシンには僅かに届かないが、俺の狙いはシン自身じゃない。

 俺が狙うのは、シンの右腕から伸びる光の剣。

 力を込める必要なんてない。ただこの切っ先が、ほんの僅かでも触れさえすればいい――!

 

「行っけぇ、シャアアァルゥゥゥゥッ!!」

「おおおあぁぁっ!!」

 

 月影、月輪、月光。すべての武器を失って、それでもシンは足掻き続けた。右拳を握り締め、一時的にただの金属の塊と化した月光で、シャルを殴りつける。

 しかしそれくらいじゃあシャルを止められないことは、シンも分かっている筈だ。なのに何故、そうまでして足掻くのか。

 

 簡単だ。たとえほんの少しでもシールドエネルギーを削れば、残されたラウラがそれだけ有利になるからだ。

 

(ったく。お前ってやつは)

 

 その真面目っぷりに思わず苦笑が浮かぶ。そんな俺に、シンは一瞬だけ振り向いた。

 

 その口元が、ほんの少しだけ笑っている。

 

 それが、子供の成長を喜ぶ母親の笑みのように、俺には見えた。

 

「あああぁぁっ!!」

 ズガンッズガンッズガンッ!!

 

 パイルバンカーの三連撃。

 月輪の爆発により既に大きなダメージを受けていた朧月は沈黙、シンは片膝を着いて動かなくなった。

 その様子を見ている暇もなく、ラウラが襲いかかって来る。

 

「私と戦え、織斑一夏ぁっ!!」

「てめえはっ……! 相方やられて、言うことはそれだけか! ラウラ、ボーデヴィッヒィィィッ!!」

 

 プラズマ手刀とワイヤーブレードの波状攻撃を必死に捌きながら、ラウラへ突撃する。

 こいつは俺以外は眼中にない。シンの戦いすらも、こいつにはどうでもいい。

 

 いい度胸だ。その傲慢、身を持って後悔させてやる!

 

「何故だ、何故貴様なんぞが、教官の弟なのだっ!」

「知るかそんなもん! 大事なのは生まれじゃねぇ、生き方だっ!」

「貴様が……! 選りに選って貴様が、教官の栄光を汚した貴様が、それを言うのかっ!!」

 

 ラウラの言うことはもっともではある。だがそれは、言い方は悪いが過去の話だ。

 過去を変えることは出来ない。なにをどうしたところで、失ったものは戻らない。

 千冬姉の栄光も、シンの左腕も。

 

「君は過去のことばかりだ、ちっとも前を向いてない! いつまで同じ所で足踏みしてるつもりなの!?」

「部外者が、口を出すなあ!」

「部外者じゃねえ! 俺の仲間だ!!」

 

 合流したシャルの、銃弾と言葉による援護。

 

 知らなかった。一人じゃないってことが、こんなにも心強いとは!

 

「行くぜラウラ! 俺たちは、お前には負けない!」

「君はシンの戦いを侮辱した! 絶対に、謝ってもらうから!」

「いいだろう、二人纏めて叩き潰してやるっ!」

 

 状況は完全な二対一になったが、それでもラウラとシュヴァルツェア・レーゲンの能力は脅威的だ。

 加えて俺もシャルもかなり消耗している。決して楽な戦いじゃない。

 

「さっきから聞いてりゃ教官、教官と! 千冬姉はもう教官じゃねえ!」

「黙れ! あの人はいつまでも、私の教官だ!!」

「それが過去のことばかりって言ってるんだ! 君は織斑先生に縋ってばかりで、あの人の教えをちっとも理解していない!!」

「黙れ……黙れぇぇぇぇっ!!」

 

 プラズマ手刀で俺と戦いながら、ワイヤーブレードとレールカノンでシャルを牽制する。その狙いはどちらも正確で、ラウラの尋常ならざる技量を物語っている。

 

「貴様に何が分かる! 私にはあの人しかいない! あの人から与えられた力しか、私にはない!!」

「ざけんな! 千冬姉から力しか与えられなかっただと!? そりゃあ千冬姉に対する侮辱と見ていいんだなっ!!」

 

 プラズマ手刀が顔面に迫り、急ブレーキで避けたところにワイヤーブレードが繰り出される。

 ラウラの猛攻に、俺もシャルも攻め切れない。

 拮抗状態。この状況は、消耗した俺とシャルに不利だ。いずれ押し切られるのは目に見えている。

 

 だから、強引に攻める!

 

『行くぞ、シャル!』

『合わせるよ、一夏!』

「「はあぁぁっ!」」

 

 二人で同時に突撃をかける。

 その捨て身に近い攻撃で俺もシャルもダメージを受けたが、ラウラとの距離は詰められた。

 シャルが武装をショトガンに変更、ワイヤーブレードに貫かれながら、装填された弾丸を一気に撃ち尽くす。

 

「があぁぁっ!」

 

 それを受け、ラウラのレールカノンが爆散、シュヴァルツェア・レーゲンにも大きなダメージを与える。

 

「これで五分ってところかっ!」

「このまま一気に行くよっ!」

「ぐううう……!」

 

 ラウラが悔しそうに呻く。しかしその眼に宿る憎悪は増すばかりで、攻撃はさらに激しくなった。

 

「排除してやる、織斑一夏……! 貴様さえ、貴様さえいなければ、教官はっ……!!」

「その手の言葉はなあ、とっくの昔に、言い飽きてんだよおぉぉぉぉっ!!」

 

 俺さえいなければ。

 そんな言葉は、何万、何億と繰り返して来た。

 けれどそれがなんになる? もしも、たら、れば、そんな言葉にどんな価値がある?

 過去がなければ今はない。けれど過去に縛られていては、未来に向かえない。

 失われたもののために出来ることは、それをいつまでも引き摺ることじゃない。

 

「教官の栄光を奪っておいて、何故貴様はのうのうと生きている!」

「俺だけじゃねえ、みんな同じなんだよ! 世界は犠牲の上に成り立ってる! 俺たちが歩いている道は、大勢の屍で出来てる!」

 

 歴史を見れば分かる。人類がその発展のために、どれほど多くのものを犠牲にしてきたのか。

 それが必要なものだったと割り切れるほど、俺は大人じゃない。もっと上手くやれたんじゃないかって、終わったことに対してどうしようもないことを考えることはしょっちゅうだ。

 

 ――だけど。

 

「犠牲があったら全部台無しになるのか!? 誰かの屍の上にある幸せは全部嘘っぱちなか!? そんなわけがねえ、犠牲が出たのなら、誰かが踏み台になったのなら、その人たちの分まで前に進むのが、俺たちの役目だろうが!!」

「いつまでも同じところで足踏みしてるってことは、いつまでも同じ人を踏みつけてるってことだよ! それじゃあ犠牲が無駄になってしまう、犬死にになってしまう! それだけは、許さない!!」

 

 千冬姉は世界最強の称号を放り出して、俺を助けてくれた。

 シンは左腕を捨ててまで、俺を守ってくれた。

 その事実は重い十字架となって、俺にのしかかっている。

 

 けれど、だからこそ、誓ったんだ。

 

 あの犠牲は、あの喪失は、決して無駄ではなかったのだと。

 

 俺が、証明するんだ。

 

「だから俺は、お前には負けない! 負けられない!

 なにより、負けたくねえんだよ、ラァァァウゥラァァァァァッ!!」

「駄々をこねるのはもう終わりだ! 織斑先生の教え子なんでしょ、君にも、前を向いてもらうよっ!!」

「消えろ……消えろ、消えろ、消えろ消えろ消えろ消えろぉぉぉぉっ!!」

 

 俺たちの言葉を拒絶するかのように、ラウラはワイヤーブレードを振り回した。

 鋭利な刃が嵐のように吹き荒れ、俺とシャルを吹き飛ばす。

 

「ちぃっ!」

「まだこんな力が……!」

 

 だが、いくらなんでももう限界のはずだ。

 そしてそれは、俺たちも同じ。

 

 次で、勝負が決まる。

 

「おおおぉ!」

 

 雪片弐型を構え、スラスターを噴かす。

 フェイントをかける余裕はない、一直線に突っ込む!

 

「無駄だっ!」

 

 ラウラが右手を俺に向ける。

 停止結界。今の俺には、これを避ける手段はない。

 

 だから、前に伸ばした左腕で、それを受けた。

 

「馬鹿め! そんなことをしても、この距離では剣は届かん!」

「そいつは、どうかなぁっ!」

 

 そう、この距離からでも剣は届く。

 ISに精通している者にこそ盲点となる攻撃手段が、俺にはまだ残っている。

 

 思い出すのは、シンとセシリアの最初の試合。あの時、シンが実演してみせたこと。

 

 高速で動きまわるISには、投擲攻撃は当たらない。

 だが、相手が止まっていれば話は別だ。

 

 そして停止結界を発動したラウラは今、その動きを止めている――!

 

「行っっっけぇぇぇぇっ!!」

「な……にぃ!?」

 

 ラウラ目掛けて、渾身の力を込めて雪片弐型を投げつける。回転しながら自分に迫る刃に驚きながらもラウラは停止結界を解除、緊急回避を行った。

 雪片弐型は、シュヴァルツェア・レーゲンには当たらなかった。しかしその左腰から伸びるワイヤーブレードを二本、切り落とす。

 

 残り二本。これなら――!

 

「「おおおおおおっ!!」」

 

 俺とシャルの咆哮が重なる。

 シャルが構えるのは、第二世代型最強の威力を持つパイルバンカー、灰色の鱗殻。

 俺は無手だが、掴みかかってでもラウラの動きを止める!

 

「おのれ……! おのれぇぇぇぇっ!!」

 

 ラウラは無理な回避で体勢を崩していて、ワイヤーブレードも二本だけでは俺たちを抑え切れない。

 

 瞬く間に距離を詰め、シャルが左腕を振りかぶり――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……見事……」

 

 バラバラだった己たちとは対照的に、一夏とシャルは最後まで二人で戦った。その連携は素晴らしく、未熟な己では抑え切れなかった。

 月輪は完全に壊れており、朧月も大破、エネルギーは僅かに残っているが、スラスターと月光を併用出来るほどではない。

 

(……強くなったものだ……)

 

 一夏も、シャルも。力や技ではなく、心が。

 互いを信頼し合い、決して諦めない心を二人は持っている。一人で戦った己の敗北は、当然の結果と言える。

 

(……だが……まだ、詰めが甘い……)

 

 では、最後の悪足掻きといこう。

 

 

 ――コード認証。水月、外装をパージ――

 

 

 受け取れ。これは、己からの教訓だ。

 

 

 ――カートリッジ、残弾十二。……装填完了――

 

 

 手負いの獣は、恐ろしいぞ?

 

 

 ――〔月渡(つきわたり)〕、起動。……全弾、一斉起爆――

 

 

 それに、ラウラは己の相棒だ。己はまだ動けるというのに、敵を二人も任せられん。

 

 一人くらいは、道連れにさせてもらう――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 耳をつんざく轟音が聞こえたのは、紫色の光の剣が僕を切り裂いた後のことだった。

 

「な……!?」

 

 それがなにかなんて、考えるまでもない。シンと、朧月の月光だ。

 一体なにをしたのか、さっきまで地上に居たはずのシンが一気に飛び上がり、すれ違い様に僕に一撃を叩きこんでいった。

 最後のエネルギーだったのだろう、シンは減速も出来ずにアリーナの天井に激突して、そのままバウンドするように落ちていく。

 

(……まったく、無茶するなあ……)

 

 けれど、シンらしい。きっとラウラの相棒として、役目を果たしたかったんだろう。

 

(ほんとに、生真面目なんだから)

 

 どうやら朧月はまだ展開できているようだ。このまま落ちても大丈夫だろう、シンのことは心配いらない。

 

(なら僕も、役目を果たすよ!)

 

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは、今の一撃でシールドエネルギーが底をついた。地面に落ちるまでは保つだろうけど、FCSは機能を停止していて、もう攻撃はできない。一夏も白式の唯一の武器である雪片弐型を投げてしまった。

 あとほんの少しなのに、ボーデヴィッヒさんにダメージを与える手段が残っていない。

 

 ――ボーデヴィッヒさんは、そう思っただろう。

 

「一夏ぁぁぁぁっ!!」

 

 最後の力を振り絞って一丁の銃を展開、一夏に投げ渡す。

 

 五五口径アサルトライフル、〔ヴェント〕。

 

 以前一夏と訓練した時に、一夏と白式に使用許諾を出した銃。

 

 一夏が、唯一使える銃。

 

「これで、終わりだああぁぁぁぁっ!」

 

 銃を受け取った一夏が、マガジン内に込められた十六発の銃弾を発射する。

 一夏の射撃は上手くないけど、この距離なら問題ない。

 

 放たれた弾丸は、既に限界だったシュヴァルツェア・レーゲンに致命傷を与え。

 

 勝った。僕がそう思った、その瞬間。

 

 ――異変が、起きた。

 

 

 




さて、年内にもう一回くらい更新したいですね。

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