IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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もういっそこのまま外伝までやっちまうか!
ちなみに外伝は、原作1巻分が終わるごとに投稿します。


第21話 役目(決着編)

(活動限界だと……!? どうした、まだやれるだろう、シュヴァルツェア・レーゲン!)

 

 だが、機体は応えない。シールドエネルギーはほとんど残っておらず、レールカノンと四本のワイヤーブレードを失った。

 

(もう少し……! あと一息で仕留められるのだ! なのに、ここまで来て……!)

 

 目の前には、憎き男の姿。骨董品の銃を構え、下手くそな射撃で私を狙っている。

 そう、織斑一夏の射撃技術はひどいものだ。これでよく銃を使う気になるものだと、普段の私なら思うだろう。

 だが今の私には、その程度の射撃をかわすことも、耐えることも出来ない。

 

 

 ――機体、損傷甚大――

 

 

(何故だっ! 何故私が負ける!? 私が、貴様より劣っていると言うのか!?)

 

 シュヴァルツェア・レーゲンはもう、限界だった。たった数発の弾丸が致命傷となるほどに。

 その証拠に、機体表面に紫電が走り、強制解除の兆候を見せ始めていた。

 

(負けるというのか、この私が……? こんな男に、負かされるというのか……!)

 

 それは、嫌だ。

 私は、負けるわけにはいかない。

 教官の栄光を奪っておきながら教官の優しい笑みを受けるこの男を、私は認めない。

 だから、叩き潰す。

 

 そう決めた、はずなのに――

 

 

 ――精神状態、設定値に到達――

 

 

(……力が、欲しい)

 

 そう、力だ。

 力があれば、織斑一夏を倒せる。

 力があれば、織斑一夏に勝てる。

 

 力さえ――教官ほどの力さえあれば、私は、織斑一夏を排除出来る。

 

 だから。

 

 力さえくれるのならば、相手が誰であろうと、構わない。

 

 力さえ手に入るのならば、何を対価に捧げることになろうと、構わない。

 

 どうせ、私には。

 

 力以外は、何も無いのだから――

 

 

 ――承認、受領。……〔VTシステム〕、起動――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……醜悪っ……!」

 

 思わず呻くように呟いた己を、一体誰が責められようか。

 それほどまでに、それはおぞましい光景だった。

 

「ああああああっ!!!!」

 

 始まりは絶叫。ラウラからそれが発せられると同時、シュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれる。

 

「な、なにが……!?」

「これは……!?」

 

 そしてラウラが身に纏うISが泥のように溶け、黒い、深く濁った闇が、ラウラの全身を飲み込んでいった。

 

 「それ」はその表面を流動させながらまるで心臓の鼓動のように脈動を繰り返し、ゆっくりと地面へと降りていく。

 そして地面にたどり着くと、急激に形を成していった。

 

 現れたのは、ラウラの体型を模した『何か』。

 腕と脚には最小限の装甲を、頭部には首から上全てを覆う装甲を身につけ、目の箇所には装甲の下にあるラインアイ・センサーが赤い光を漏らしている。

 

 だが、姿形などこの際どうでもいい。

 問題は「それ」が、その手に持つ武器。

 そして、構え。

 

「雪片……!」

 

 思わず漏れたのだろう一夏の呟きに反応した、わけではないだろうが、刀を居合いに見立てて構えていた「それ」が、一夏へ向け、必中の間合いから必殺の一閃を放つ。

 

 その一撃は、手にした刀や、構えと同じく。

 

 紛れもなく、千冬さんの太刀筋を模したものだった。

 

「ぐうっ!」

 

 その一撃を、シャルから借り受けたアサルトライフルで受ける一夏。しかしアサルトライフルは真っ二つに断たれ、そしてそのまま上段の構えへと移る。

 

「!」

 

 唐竹の一撃。

 得物を失った一夏に、それを受ける術はない。

 だから一夏は、素早く後ろへ退がることで避けた。

 

 ――その反応は、まるで相手の動きを予め知っていたかのようで。

 

(……やはり、あれは……!)

 

 だ流石にあの間合いから完全に避けることは出来なかったようで、左腕から僅かに血が流れていた。白式も限界だったのだろう、光とともに解除されていく。

 

「…………が、どうした……」

 

 俯いた一夏の呟き。

 

 ……まずい、この声色は……!

 

「それが、どうしたあっ!!」

 

 烈火の如き怒り。

 最愛の姉を真似る者に対し、一夏は我を忘れていた。

 

 無理もない。己には、一夏の気持ちが痛いほど良くわかる。

 

 およそ、有り得ないことだが。

 もし、あれが模しているのが千冬さんではなく、「彼女」であったなら。

 

 己も、正気を保っていた自信はない。

 

「うおおおおっ!!!」

 

 武器を失い、ISを失い、ただの無力な生身の拳を振り上げて、一夏は「それ」に向かっていった。

 

 理屈など関係ない。そんなもの、濁流のような感情の前にはなんの意味もない。

 そう言わんばかりの、一夏の激情。

 

「おおおおああぁぁぁぁっ!!」

 

 一夏に最初に剣を教えたのは千冬さんだ。一夏は己の剣に憧れたと言うが、その根本にあるのは彼女の教えだ。

 それを汚され、黙っているなど出来はしないだろう。

 

 だが今の一夏にはなんの武器もなく、なんの防具もない。ISと戦えば、その先にあるのは、「死」だけだ。

 

 だというのに、己には何も出来ない。朧月は辛うじて展開出来ているが、シールドエネルギーはもう空だ。スラスターを噴かすほども残っていない。

 ここからでは、間に合わない。

 

 だがそれでも、己にあるのは絶望ではない。一夏には、共に戦い支えてくれる、仲間がいるのだから。

 

 だから己は、己の役目を果たすとしよう。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「一夏、落ち着いて!」

「離せ! あいつ、ふざけやがって! ぶっ飛ばしてやる!!」

 

 黒いISに向け振り上げた拳は、しかし敵には届かなかった。活動限界となりISが解除されたシャルが、タックルで俺を止めたからだ。

 

 だけどそれでも、俺の怒りは鎮まらなかった。

 鎮まるわけがない。だってアイツは、千冬姉の真似をした。

 それも形だけの、中身の伴わない、空虚な模倣。

 

 剣とはなにか、それを振るう者はどう在るべきか、厳しくも優しく、千冬姉は俺に教えてくれた。

 俺の剣の始まり、俺の剣の原点、俺が剣を取った理由。

 箒との出逢いも、シンへの憧れも、全ては千冬姉から始まったんだ。

 

 それを、アイツは――!

 

「どけ、シャルっ!!」

「うわっ!」

 

 俺にしがみつくシャルを引き剥がし、もう一度黒いISに踊りかかった。

 途中、地面に突き刺さっていた近接ブレード、シャルがシンに吹き飛ばされた〔ブレッド・スライサー〕を引き抜く。

 その瞬間、今までこちらを見ようともしていなかった黒いISが俺に反応し、雪片もどきを構えて俺に切りかかってきた。

 今の俺は生身だ。武器だけIS用のものを持っていても、ISと打ち合えるはずがないが、そんなことはどうでもいい。

 

 今はただ、コイツをぶちのめすことしか、俺の頭にはない――!

 

「おおおああぁぁぁっ!!」

「――――!」

 ガギィンッ!

 

 だが、ISは想いだけでどうにかなるような兵器ではない。俺は一撃でブレッド・スライサーを弾き飛ばされ、続く二撃目が振り上げられる。

 やはりそれは、俺が良く知る、この眼に焼き付いた太刀筋で。だけど、俺にはもう、これを凌ぐ手段が残されていない。

 

(畜生……ちくしょぉぉぉぉっ!!)

 

 そして、忌々しい紛い物の刃が、俺の頭に振り下ろされ――

 

 

 

 ――しゃらん、と。

 

 どこまでも澄み切った、鋼の音が響いた。

 

 

「……え?」

「…………」

 

 

 そこに在ったのは、ボロボロの銀の装甲に身を包んだ、俺が憧れる少女の背中。

 

「……シン?」

 

 それは、俺が投げた雪片弐型を持ち、黒いISの斬撃を受け流したシンの後ろ姿だった。

 

「……ッ!」

 ガギャンッ!

 

 シンは返す刃で黒いISを吹き飛ばす。

 先ほどの斬撃を受け流した柔の剣とは真逆の、片腕でどうしてそんな威力が出せるのか不思議なくらいの剛の剣。

 しかしそれは、人知を超えた神業でも、人の理を無視した魔技でもない。

 地面を踏みしめる両足から得た力を全身でもって増幅しながら、余すことなく切っ先に伝えることで生み出される、ただ只管に鍛錬を積み重ねることで身に着けた、どこまでも無骨な〔人の技〕だ。

 千冬姉に劣らない、俺の心に焼き付いた剣閃だ。

 

「…………」

 

 シンが黒いISを睨み付ける。距離が離れたからか、ヤツはこちらへの興味を失ったかのようにその場から動かない。

 

「一夏、大丈夫!?」

「……ああ……」

「…………」

 

 心配そうな顔をしたシャルが駆け寄って来る。

 シンのおかげで冷静になって、思い出した。俺の身を案じてくれたシャルを、俺は突き飛ばしてしまった。

 

「……ごめん、シャル。俺……」

「……いいよ。けど、説明はしてくれる?」

 

 溜め息ひとつで、シャルは俺を許してくれた。その姿に、また罪悪感が湧き上がる。

 

「……あれは、千冬姉の剣だ。千冬姉だけの剣だ。それを、あんな風に真似しやがって……!」

「……空虚……」

 

 そう、何より許せないのは、千冬姉の剣を真似されたことそのものじゃない。

 ただ動きだけ再現すれば千冬姉の剣になるという、侮辱以外の何物でもないその考えだ。

 

「許せねぇよ。千冬姉の剣は、ただの暴力じゃない。あんな形を真似ただけの偽物、絶対に許さねぇ……!」

「……けど、どうするの? 白式はもうエネルギー切れだよ。ひどいことを言うけど、一夏には何も出来ないよ」

「分かってる! 分かってるんだよ、そんなことは……!」

「…………」

 

 今ここにいる中で、ISを展開できているのはシンだけだ。しかし朧月ももうシールドエネルギーは残っていないはず。雪片弐型も朧月の装備ではないから、その性能を発揮できない。

 そして、なにより――

 

『非常事態発令! トーナメントの全試合は中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む! 来賓、生徒は教師の指示に従い速やかに避難すること! 繰り返す――』

「一夏、ここは先生たちに任せよう。悔しいのはわかるけど、このまま戦っても……死んじゃう、だけだよ」

 

 そう、俺がなにもしなくても、問題は解決される。

 むしろ俺は邪魔なだけだ。今すぐここから逃げ出すのが最も正しい選択だろう。

 

 ――だけど。

 

「……分かってねぇ。分かってねぇよ、シャル。俺がやらなきゃならないんじゃない。俺が、やりたいんだ。

 ……アイツは俺がぶちのめす。先生たちに、くれてなんか、やるもんか」

「でも、どうするの? 一夏にはもう、戦う力は残ってないんだよ?」

「くっ……」

 

 問題はそこだ。

 ISはない。武器はあるが、ISがなければ意味はない。

 黒いISにもさほどエネルギーは残っていないはずだが、攻撃手段がなければ倒せない。

 

「……一夏、ここは先生たちに任せよう。シンだってボロボロなのに、一夏を助けてくれたんだよ。……これ以上、心配かけちゃいけないよ」

「……シン」

「…………」

 

 その言葉に、誘拐された時のことを思い出す。

 俺を庇って、左腕を失ったシン。なんの力もないくせに、俺の無謀な行動で彼女を傷つけた。

 

 あの時と、何も変わらない。

 強くなってなんかいない。俺はまだ無力なままで、そんなことにも気付かないほどに無知で、身勝手で無謀なガキのままだ。

 

「俺は……」

「…………」

 

 シンが俺に近づいてくる。

 またいつものように、言葉少なに俺を諭すのだろうか。

 このままじゃ俺だけでなく、シンとシャルも危険に晒すことはわかってる。

 それでも心が納得できない。

 けれど俺のせいで、誰かが傷つくのにも耐えられない――

 

 そんな葛藤を続ける俺に、シンは。

 

 

「……ここまでが……」

 

 

 手にした雪片弐型を、ゆるりと持ち上げ。

 

 

「……己の、役目……」

 

 

 その柄を、俺に差し出し。

 

 

「……ここからは……」

 

 

 いつものように、俺の眼を真っ直ぐに見つめて。

 

 

「……お前の、役目……」

 

 

 戦え、と。

 

 俺の背中を、押してくれた。

 

 

「なっ、シン……!? 本気なの!?」

「…………」

「一夏はもう戦えない! 白式はもうエネルギーが残ってないんだよ!?」

 

 シャルの言葉に微動だにせず、シンは雪片弐型を差し出し続けている。俺はまだそれを取ることができず、硬直したままだ。

 

 心では、戦いたいと思ってる。

 だけどその選択のリスクが、俺を躊躇わせていた。

 

 と、そこに。

 

『エネルギーがあればいいんだね?』

「「うわぁ!?」」

 

 朧月の開放回線から突然聞こえてきた声。

 覚えがある、この、人の神経を逆撫でする声は――

 

「き、如月社長っ?」

「如月って、朧月の……?」

『うふふ、久しぶりだねぇ、織斑君。今日はありがとう、おかげでいいデータが取れたよ』

「…………」

 

 どうやら朧月を通じて俺たちの様子を見ていたようだ。外から回線を繋げるのも、こいつからすれば朝飯前なんだろう。

 

「……なんでまだいるんだよ。避難しなかったのか?」

『当たり前じゃないか。これほど面白い事態を、僕が見もせずに逃げると思うかい?』

 

 相変わらずふざけた野郎だが、こらえる。

 なぜならこいつはさっき、気になることを言ったからだ。

 

「エネルギーがあればって言ったな。……あるのか?」

『あるよ。朧月に』

「そんな……もうスラスターも使えないはずなのに……」

『正確に言えば、確かに朧月にはエネルギーは残ってないよ。朧月にはね。けど朧月には別のエネルギー源がある。IS本体のエネルギーだけじゃ、月光の出力は支えられないからね』

 

 確かに言われてみれば、あんな大出力の兵器を使うにはISのエネルギーだけじゃ足りないだろう。朧月の図抜けた機動力だけでも、かなりのエネルギーが要るずなんだから。

 

『朧月の第三世代型兵器は、月光じゃないんだよ。強力な兵器ではあるけど、使われている技術は実験段階を終えたものだからね』

「じゃあ、朧月の第三世代型兵器って……?」

『神無月と神在月さ。量子状態のままでエネルギーの貯蓄、供給ができるこの二つの装置こそが、朧月の実験兵装なんだよ。見たところ神無月にはまだ少しだけ、エネルギーが残ってる。そして神在月なら、それを白式に供給できる』

「なら、それを使えば……!」

 

 いけ好かない男だが、その技術力は本当に凄い。

 あれだけ月光を連発して、まだエネルギーが残ってるとは。

 

『けど、そんなに余裕があるわけじゃない。展開する装甲を限界まで絞っても、君の零落白夜が使えるのは一回だけだろうね』

「……そんだけあれば、十分だ」

『ならやりたまえ。データのお礼だよ、僕も協力しよう。井上君、コア・バイパスを白式に繋いでくれたまえ』

「…………」

 

 シンは雪片弐型を地面に突き立てると、朧月からケーブルを伸ばし、待機状態の白式に繋げる。

 そこから流れ込む、エネルギーの奔流。

 

 力強く。どこまでも、どこまでも真っ直ぐに。

 

 俺を、支えてくれる――

 

『これで全部だ。シールドエネルギーも渡したから、もう本当に空っぽだよ』

「……ああ。受け取ったぜ」

 

 シンの体から、朧月が光の粒子となって消える。

 それに合わせて、白式は再度俺の体に一極限定モードで再構成を始めた。

 

『ふむ、右腕だけか。当たれば即死だけど、まあ当たらなければ問題ないよ』

「充分だ」

 

 俺は雪片弐型の柄に右手を伸ばす。

 しっかりと掴み、引き抜こうとしたら、そこにシャルの手が重ねられた。

 

「……約束して、一夏。……必ず、帰ってくるって」

「心配すんな。あんなやつには負けねぇよ」

 

 シャルが安心するように笑いかけると、シャルは少し顔を赤くしながら手をどけた。

 

「……勝ってこい……」

「任せろ」

 

 シンがくれたエネルギーだ、無駄にはしないさ。

 

 さて、行くか。

 

 ……と、その前に。

 

「おい、社長」

『なんだね?』

 

 俺の相当失礼な物言いにも、こいつは全く気にした様子はない。そんなものに興味はないのだろう。

 

「一つ訊きたいんだけどよ」

『なんでも訊いてくれたまえ』

「その機能使って、シンのプライベートまで覗いてねえだろうな」

『では僕もそろそろ避難させてもらうよ。井上君が戦わないのなら、見てる意味もないしね』

「おい待て! 覗いてるのか!? 覗いてるんだなてめえ!!」

 

 返事はない。あの野郎、マジで逃げやがった!!

 

「………………次に会ったら絶対ぶっ飛ばす」

「シン……今度から、トイレとかお風呂とか着替えのときは、朧月は外そうね」

「……応……」

 

 さすがのシンもかなり嫌そうな顔をしている。今度学園に言って如月重工に注意してもらおう。

 

「……じゃあ、行ってくる」

 

 気を取り直して、黒いISに向き合う。

 敵を前にして、俺の心は不思議なほどに凪いでいた。

 

「行くぜ、偽者野郎」

 

 雪片弐型に力を込める。

 イメージするのは、一振りの日本刀。

 華奢な刀身に硬さと鋭さを秘めた、折れず曲がらず良く切れる、そんな刃。

 俺の意志に呼応して、極限まで研ぎ澄まされた刀を模した、光の刃が形成される。

 

「……行こうぜ、相棒」

 

 零落白夜を腰に添え、居合いの構えで走り出す。

 

 ただ真っ直ぐに、敵の下へ。

 

『いいか、刀とはその重さを利用して振り抜くのだ。手にするのではなく、自らの一部と思って扱え。無駄なく、隙なく、油断なく、それを振るえ』

『ええい、どうしてわからんのだ!やってみせるからちゃんと見ていろ!』

『……一心、一刀……』

 

 俺の剣を支えてくれる三人。

 彼女たちの教えは、たとえ記憶から忘れてしまったとしても、俺の魂に刻み込まれている。

 

 だから俺は、この体の動くままに。

 

 ただ、目の前の敵に集中すればいい。

 

「………………」

 

 俺に反応したのか、黒いISが刀を振り下ろす。

 それは千冬姉と同じ、速く鋭い袈裟斬りだが、形だけで中身のない真似事だ。

 千冬姉が教えてくれた、刀を振るう心が、そこにはない。

 

 だからその一撃は、あまりにも――

 

「軽いんだよ」

 ギンッ!

 

 腰から抜き放って横一閃、相手の刀を弾く。

 そしてすぐさま上段に構え、唐竹の二閃目で断ち斬る。

 

 千冬姉が教えてくれた心。

 箒が魅せてくれた技。

 シンが鍛えてくれた体。

 

 俺が負ける道理は、存在しない。

 

「ぎ、ぎ……ガ……」

 

 紫電が走り、黒いISが真っ二つに割れる。

 そして、気を失うまでの一瞬に、俺とラウラの目が合った。

 

 眼帯が外れ、あらわになった金色の左目と。

 

 その目は弱り切っていて、まるで捨てられた子犬のように、俺には見えた。

 

「……自分には力しかないなんて、言うなよ」

 

 ラウラが力なく倒れる直前、その小さな体を、できるだけ優しく抱き止める。

 

「お前のために、シンはあんなに、頑張ってくれたんだからさ」

 

 それでもまだ、力しかないと思うのなら。自分が空っぽだと思うのなら。

 これから、手に入れていけばいいさ。

 きっとみんな、色々なものを与えてくれる。

 

 なにせこの学園には、お人好しが大勢いるんだから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 力とは、なにか。

 

 強さとは、なにか。

 

 私が求めているものは――一体、なんなのか。

 

『さあな。それが分かれば、苦労はないよ。力が欲しいやつ、強くなりたいやつは、みんなそれを探してるんじゃないのか?』

 

 ……そう、なのか?

 

『まあ、それを探し続けているうちに強くなるって、誰かさんは言ってたけどな』

 

 ……探す……。

 

『若いうちの苦労は買ってでもしろって言うだろ? そうやって、一つ一つ乗り越えてくたび、強くなれるんじゃないか?』

 

 ……乗り、越える……。

 

『嫌なこととか辛いこととか、苦しいこととか……色々あるけどさ。全部逃げてたら、きっといつまでも、強くはなれない。まずは、ぶつかってみないと』

 

 ……ぶつかる……。

 

『ぶつかって、失敗して、挫けて……ちょっと休んだら、またぶつかって。そして、いつか乗り越える。そうやって、少しずつ、前に進むんだ』

 

 ……何故だ……? 何故お前は、そうまでして強く在ろうとする?

 

『弱いからだよ。弱いのが、嫌だからだ』

 

 ……弱い? お前が……?

 

『ああ、弱い。俺はまだ、無知で、無力で、無謀な――ただのクソガキさ。俺が求める強さには、まだまだ全然足りない』

 

 ……お前が求める、強さ……?

 

『俺はまだまだ、強くならなきゃならない。強くなって、どうしても負かしたいやつがいるからな』

 

 ……負かしたいやつ……? 誰だ、それは……?

 

『教えてやらねえよ。俺にだって、意地くらいある』

 

 ……意地……?

 

『そう、意地さ。男が意地をなくしたら、そりゃもう男じゃねえよ』

 

 ……男じゃ、ない……?

 

『今じゃ男は弱いって言われてるけどさ。昔はそうじゃなかった。男は、強かったんだ。だから俺も、強くなりたいのさ』

 

 ……強く、なりたい……?

 

『ああ、強くなりたい。強くなりたいよ。強くなって、どうしても――守りたいヤツがいるんだ』

 

 ……守りたい……? 負かしたいのでは、ないのか……?

 

『同じさ。俺の方が強ければ、そいつを守れるだろ?』

 

 ……守る……。

 

『俺のせいで誰かが傷つくなんて嫌だ。俺のせいで、誰かが犠牲になるなんて耐えられない。だから、俺が守りたい』

 

 ……守りたい……?

 

『守りたい。もう二度と、失いたくない。だから、俺の全てを使って、戦うんだ』

 

 ……戦う……。

 

『暴力じゃあ何も解決できない。けれど暴力に対抗できるのは、暴力だけだ。だから、俺が暴力を担う。みんなが、暴力を背負う必要がないように』

 

 ……だから、戦うのか……?

 

『そうさ。剣は所詮暴力だ。人を傷つけ、殺す術が、剣術だ』

 

 ……殺す、術……。

 

『それが真実だよ。……だから、俺が証明するのさ。暴力でも、何かを為せるって。……剣術は、人を傷つけ殺すだけの術じゃないって』

 

 ……証明……。

 

『あの人たちが持っている力。それが素晴らしいものだって、証明する。……守りたいんだよ。命だけじゃなく、あの人たちの、誇りを』

 

 ……誇り……。

 

『お前は、自分には力しかないって言ったよな。ならその力を、誇りに想えるように――一緒に、強くなろうぜ』

 

 ……強く、なる……。

 

『それでももし、お前が、自分には力しかないって言うのなら。お前の力を、俺が証明してやる。お前のことも、守ってみせるよ――ラウラ』

 

 言われて、私の胸は初めての衝撃に強く揺さぶられる。

 

 そうか、これが……。

 

 これが、この男の、「強さ」か。

 

 なるほど、こいつの前では、私はただの、無力な少女だ。

 

 ……強く、なりたい。

 

 こいつのように、織斑一夏のように。

 

 私も、誰かを守れるほどに。

 

 強く、なりたい。

 

 強くなって――こいつに、認めてもらいたい。

 

 私には、まだ、分からないけれど。

 

 この気持ちは、きっと――「恋」というやつなのかも、知れないな。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「う、ぁ……」

 

 天井から降りてくる光を感じて、私は目を覚ました。

 

 白い部屋。ここは……保健室か……?

 

「気がついたか」

 

 聞き覚えのある声。

 いつどこで聞こうと、それが誰の声か、私は一瞬で判断できる。

 私が敬愛してやまない教官――織斑千冬の声。

 

「私……は……?」

「全身の筋肉にかなりの負荷がかかっている。骨にもな。しばらくは大人しくしていろ」

 

 教官はそれとなくはぐらかしたつもりなのだろうが、私には分かる。

 私は、ずっと教官を追い続けていたのだから。

 

「何が……起きたのですか……?」

 

 体を起こそうとしたが、全身に痛みが走り動けなかった。

 それでも、瞳だけは真っ直ぐに教官に向ける。

 眼帯が外れあらわになった、この忌々しい左目――〔越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)〕を。

 

「……ふう。まったく、これは本来、話していいことではないのだがな」

 

 私がその程度で引き下がる相手ではないことを、教官は知っている。

 だから教官は、他言無用であることを沈黙で伝えてから、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「VTシステムは知っているな?」

 

 ……知っている。正式名称、〔ヴァルキリー・トレース・システム〕。

 過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きを模倣(トレース)するシステム。

 

 だがそれは、アラスカ条約によりどの国家・組織・企業においても、研究・開発・使用すべてが禁止されている。

 ……それが、シュヴァルツェア・レーゲンに積まれていたということか。

 

「巧妙に隠されてはいたがな。条件が揃った時にのみ、起動するようになっていたようだ」

「……条件……?」

「深刻な機体ダメージ。操縦者の精神状態。……そして、願望。お前自身が願うこと、それが最後の起動キーになっていた」

 

 ……願望。

 それには、心当たりがある。

 

「私が……望んだから……」

 

 あなたに、なることを。

 ずっと憧れていた、教官のような、最強の存在になることを。

 その言葉は、口にしなかった。

 けれど、教官には伝わった。

 

「……ふん」

「…………」

「……ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「は、はいっ!」

 

 突然名前を呼ばれ、驚きと習慣で顔を上げる。

 

 私の目に入った教官の顔。

 

 初めて見る、筈なのに。

 

 私は、これと良く似た顔を。

 

 いつだったか―― 

 

「お前は……「誰」だ?」

「……わ、私は……私……は……」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 それが、私の名前。

 そして私にとって、名前など……ただの、記号だ。

 

 ならば、私は誰だ?

 私は一体、誰なんだ――?

 

「……答えられんか。まあ、誰でもないのなら、ちょうどいい。お前はこれから、ラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。ラウラ・ボーデヴィッヒの道を探し、見つけ、歩むがいい。

 ……この学園に在籍している限り、国も軍も手は出せん。ここならば、きっと――他の誰でもない、お前だけの道があるだろう」

「……あ……」

 

 もしかして……励まして、くれたのか?

 教官が、私を?

 

 突然のことに混乱して、何を言えばいいのかわからない。

 そして教官は、そんな私を置いて去っていこうとする。

 

「ああ、それから」

 

 そして教官は、ドアに手をかけたところで、振り向くことなく、再度言葉を投げかけてきた。

 

「井上には感謝しておけよ。あいつは最後まで、お前のために戦った。お前は試合開始と同時にあいつのことを忘れたようだが、あいつは、最後まで――お前の、相棒だった」

 

 ――井上、真改。

 私が、倒そうとしていた女。

 あいつはただ、織斑一夏と戦うために、私と組んだのではなかったのか……?

 

「生真面目なやつだからな、井上は。お前と組んだ以上、お前の相棒として、役目を果たしたかったんだろう。

 ……いや。そんなことは関係ないか」

 

 ふっ、と。

 教官は、ひとつ笑って。

 

「放っておけなかったんだろうさ、あいつは。

 ……お前は、まるきり、ガキだったからな」

 

 それだけ言って、今度こそ教官は去っていった。

 

「ふ、ふふ……ははっ」

 

 教官が去って数分後、私は急におかしくなって、笑い出してしまった。

 まったく、なんてズルい姉弟だろう。二人揃って、言いたいことだけ言って逃げた。

 

「ははは……ふふ、ふふふ……」

 

 笑いが漏れるたびに全身が引きつるように痛かったが、それさえも嬉しいと感じた。

 

 そうしてさらに数分、笑っていると。

 

「……失礼……」

 

 急に、井上が部屋に入ってきた。

 

 私の笑い声を聞かれたか、と思ったが、しかし井上相手には関係あるまいと思い直した。

 

「……何の用だ?」

「…………」

 

 井上は黙ったまま、ベッドの横に座る。

 

 沈黙。

 

 それがどういうわけか、心地良くて。

 

「……敗北……」

「……ああ、負けたな」

 

 そう。

 ……私の、負けだ。

 

「……否……」

「……?」

 

 しかし井上は否定した。

 それはきっと、井上にできる、精一杯の即答だったのだろう。

 

「……己たちの、敗北……」

「……お前、は……」

 

 まだ、私を。

 

 相棒と、言ってくれるのか。

 

「……不足……」

「……そうだな。私の――」

 

 ……いや。私の、ではない。

 

「――私たちの、力不足だ」

「…………」

 

 私の言葉に、井上は満足そうに目を閉じた。

 そしてまた数分が経ち、井上が口を開く。

 

「……次は、勝つ……」

「……ああ。次こそは、私たちが勝つ。……あいつを、負かしてやる」

「…………」

 

 そして目を開き、真っ直ぐに私を見て、言った。

 

 思えば、井上は。

 

 いつだって、私のことを――私自身のことを、見つめていた。

 

「……まだ……己に、挑むか……?」

 

 思わず笑いそうになった。

 

 ……いや、私は実際に笑っていただろう。

 

「まさか。……相棒と戦う理由など、私にはない」

「…………」

 

 そして、井上も。

 

 ほんの少しだけ、笑っていたような、気がした。

 

 

 

 




本日のNG



(……力が、欲しい)

 そう、力だ。
 力があれば、織斑一夏を倒せる。
 力があれば、織斑一夏に勝てる。

 力さえ――教官ほどの力さえあれば、私は、織斑一夏を排除出来る。

 だから。

 力さえくれるのならば、相手が誰であろうと、構わない。

 力さえ手に入るのならば、何を対価に捧げることになろうと、構わない。

 どうせ、私には。

 力以外は、何も無いのだから――


 ――不明なユニットが接続されました――



一夏たちはともかく、観客席が大変危険なので没。
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