IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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ISもACみたいに、ある程度規格化されてるところがあるように思います。パッケージとかオートクチュールとか。

……え?何が言いたいのかって?

………………うふふ。


第22話 役目(場外乱闘編)

 学年別トーナメントの第一戦――つまりは一夏&シャルロットペア対ラウラ&真改ペアの試合が終わり、その直後に発生した問題も一応解決し、さらには医務室での談話を終えてからしばらくして。

 

 ベッドの上で体を休めながら、ラウラは悶々としていた。

 

(むう……これが恋というやつか……?)

 

 そう、ラウラは恋をしていた。そしてそれを自覚していた。

 相手は自らを負かした男、名を織斑一夏。ラウラが敬愛して止まない教官、織斑千冬の弟であり、世界で唯一ISを動かせる男である。

 

 ちなみにほんの数時間前までは感情の全てを憎しみに染め上げて排除しにかかっていた相手でもあるのだが、それはもう過去の話であった。

 

(だが、どうすればいい? 生まれてこのかた、軍事訓練ばかりに明け暮れていたからな……。見当もつかん)

 

 軍用の遺伝子強化試験体であるラウラは、世間一般の少女たちとはまったく違う人生を送ってきた。

 両親などいなかったし、友人と言える存在もいない。学校に通ったこともなく、必要な知識は全て訓練の一環として教えられてきた。

 

 ……当然、恋愛経験など皆無なわけで。「恋心」という初めての敵、「恋愛」という初めての戦場に、必勝の戦略を見いだせないでいた。

 

(むう……そうだな、ここは……)

 

 だが今回の敗戦を経て、ラウラは学んだ。

 一人で出来ることには限界がある。ならば力を借りればいい。

 

 というわけで、ラウラは自らの専用機、シュヴァルツェア・レーゲンを使い、緊急暗号通信(実際はただのプライベート・チャネルなのだが、その秘匿性の高さは軍用としても十分以上である)を開いた。

 通信相手はラウラが隊長を務める特殊部隊、名実ともにドイツ軍最強の部隊である〔シュヴァルツェ・ハーゼ〕の副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉であった。

 

『受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉です』

「ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だ」

 

 ラウラが名乗った瞬間、クラリッサの気配が冷たくなった。自分と千冬以外の全てを見下しているかのような態度のラウラは、部隊内でも好かれてはいないのである。

 

『ああ……隊長。どうしました? 本日はIS学園の学年別トーナメントが開催されていると記憶していますが』

「ああ、その通りだ。先ほど、私の一回戦が終わった」

『そうですか。それで、二回戦の相手は? 損耗は問題のないレベルですか?』

 

 しかしいくら嫌われていようと、ラウラの実力は部隊内の誰もが認めている。素人同然の一般生徒や所詮は軍人ではない他国の代表候補生に負けるなど、微塵も考えてはいなかった。

 故に、続くラウラの言葉はクラリッサに衝撃を与えた。

 

「いや、私は負けた。二回戦は、私にはない」

『な……!? 負けたのですか!? 隊長が!?』

 

 ラウラが決勝、若しくは準決勝などで負けたのなら、クラリッサは散々嫌味を言ってやるつもりだった。しかしそれさえも確率は天文学的なものだと思っていたのに、まさかの初戦敗退。

 あまりの驚きに、クラリッサはラウラへの嫌悪も忘れて問いただした。

 

『なにがあったのですか!? 相手は……いや、今年のトーナメントはタッグになったのでしたね、ではまさか、味方の裏切りが……!?』

「違うっ!!」

『……!!?』

 

 クラリッサの言葉に、ラウラは思わず声を荒げた。その声にクラリッサが、そして声をあげたラウラ自身が驚いた。

 

『……隊長?』

「……すまない」

『……いえ。ですが、どうしたのですか? 裏切り、に反応したようですが……?』

 

 裏切り。

 ラウラはその言葉を反芻する。

 

 最初から最後までラウラの相棒として、機能停止寸前まで追い詰められても戦い抜いた、井上真改。

 そしてその真改を意識の外に追いやって、一切連携をとろうとしなかったラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 裏切りとは違うかも知れないが、足を引っ張ったのはどちらか、考えるまでもない。

 

「井上は良く戦ってくれた。負けたのは私の責任だ」

『……ふむ』

 

 クラリッサはそんな風に頷きながら、しかし内心はまだ驚いていた。

 

(あの隊長が、織斑教官以外の人間を認めるとは)

 

 その驚愕を隠しながら、クラリッサは質問を続ける。

 

『失礼しました。それでは、隊長の敗因は? それほどまでに、相手は強かったのですか?』

「ああ……そうだな。強かった」

『……そうですか』

 

 負けたというのに、どういうわけか嬉しそうなラウラの声色に何かを感じたクラリッサは、それ以上訊くのをやめた。

 

『……分かりました。ところで隊長、何故通信を? 試合結果については報告書を提出することになっていたはずでは?』

「いや、報告ではないのだ。クラリッサ、実はお前に、個人的な相談があってな」

『……ほう』

 

 なんだろう、すごく、ものすごく興味がある。

 

 人格はともかくとして、容姿は自分の好みどストライクなラウラからの相談。

 今までにそんなことは一度もなかったこともあって、クラリッサは大変興味を持った。

 

『相談、ですか? どういった内容で?』

「うむ、それなんだが、その、な……」

 

 ごにょごにょと言うラウラ。

 怪訝に思うクラリッサ。

 そして数分。

 

「……す……好きな男が、できた……」

『………………は?』

「き……気を引く、には……ど、どうしたら、いいんだ……?」

『………………ふむ』

 

 クラリッサはひとつ頷いて、ポケットから取り出したハンカチで鼻を拭く。

 しかしその鼻から流れる血が止まる様子はない。

 

『ごちそうさまでした』

「は?」

『いえ、こちらの話です。……ふむ、男の気を引くにはどうすればいいか、ですか……』

 

 そしてクラリッサの頭がフル回転を始める。

 その脳内では彼女が今までに視聴してきた作品のセリフ、演出が参考資料として吹き荒れていた!!

 

『隊長、日本では伝統として、気に入った相手を自分の嫁にする風習があります』

「嫁……?」

『そう、嫁です。そして相手の気を引く一番の方法は、自分の存在を刻みつけることです!』

「き、刻みつけるだと……?」

 

 ラウラは混乱した。

 刻みつけると言われてラウラが想像できるのは、物騒なことばかりだったからだ。

 

『相手の印象に、隊長の存在を強烈に残すのです。そして、そのための手段は――』

「手段は……?」

『――隊長の、ファーストキスを捧げるのですっ!!』

 

 ちゅどーーーん!!

 

 クラリッサの後ろで何かが爆発した、ような気がした。

 いや多分錯覚だと思うが。

 

「わ、私の……ファーストキスだと……!?」

『そうですっ! 多少強引でも構いません、相手の唇を奪うのです、隊長っ!!』

「なんと……!」

『そうすれば、相手は必ず隊長のことを意識します! そしてもし、相手もファーストキスであったなら、その効果はさらに高まりますっ!!』

「そ、そんな手が……!」

 

 ラウラは驚愕した。

 そして感動した。

 まさかこんなにも身近に、これほど頼りになる者がいたとは……!

 

「感謝する、クラリッサ! お前の助言、決して無駄にはしない!」

『礼には及びません、隊長。私はあなたの部下です、あなたの力になることは、私の義務ですから』

 

 そしてクラリッサも感動していた。

 まさかあの隊長に、こんなにも可愛らしい一面があったとは……!

 

「うむ、ではクラリッサ、もうひとつ質問があるのだが!」

『なんなりと! お答えします、隊長っ!!』

 

 感動のあまりテンションがおかしいことになっていますがご容赦ください。

 

「もう一人、気になる相手がいるのだが」

『む……二股ですか? それはあまり感心できませんね』

「いや、この相手は男ではなくてな……」

『………………ほほう』

 

 クラリッサはポケットからハンカチを取り出して以下略。

 

『……百合の花とは、美しいものですね』

「お前はなにを言っているんだ?」

『隊長、気になる相手と言いましたね? 好きというわけではないのですか?』

 

 ラウラの疑問も無視して質問をし始めるクラリッサ。

 今彼女は、過去22年の人生の中で最も充実していた。

 

「好き、というのとは違うと思う。……むう、これは、なんと言えばいいのか……」

『では隊長、その方が気になるようになった経緯からお聞かせください』

「分かった。……そいつは井上真改という名でな、学年別トーナメントで、私の相棒だったのだが」

『相棒、ですか』

 

 その言葉に親愛が込められているのを感じたクラリッサは、すぐさま自分の脳内に検索をかけた。

 それと並行してラウラからさらなる情報を聞き出す。

 

『ふむ……先ほど隊長は、「井上は良く戦ってくれた」と言いましたね』

「ああ。……私は井上と組んでいながら、一人で戦っていた。だが井上は、そんな私のために最後まで戦い、試合のあとも私のことを相棒と呼んでくれた」

『なるほど。つまり隊長は、その井上真改に、自分も相棒として応えたい、と』

「そ、そうだ! まさしくその通りだ、クラリッサ」

 

 ここまで聞いたクラリッサは検索を完了、ヒットした言葉にニヤリと笑う。

 

『隊長、相棒として信頼関係を築きたいのでしたら、ひとついい案があります』

「む……? それは、どんな……?」

『呼び名です。気に入った相手を嫁と呼ぶように、日本には、特に信頼を寄せる相棒に対する呼び方があります』

「おお……是非教えてくれ!」

『それでは隊長、今度からその井上真改を、こう呼んでください――』

 

 

 

 ――こうしてクラリッサは、後に真改から敵として認識されることになるのだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

『トーナメントは事故により中止となりました。ただし、今後の個人データ指標と関係するため、全ての一回戦は行います。場所と日時の変更は各自個人端末で確認の上――』

「「……なん……ですって……?」」

 

 食堂で夕食を食べながらテレビでその連絡事項を聞いた鈴とセシリアは愕然とした。

 

「トーナメントが……」

「……中止?」

「それなら……」

「……一夏との、デートは……?」

 

 もちろんなし。というか元々そんなものはなかった。

 だが一回戦の準備をやる気満々で進めているところに試合中止のアナウンスを聞き、なんだよいきなり出鼻を挫きやがってと思いながら避難してきたらこのニュースである。二人の受けた衝撃は相当なものだった。

 

 ……ちなみに一夏に恋心を抱くもう一人の少女、篠ノ之箒は――

 

「………………………………」

 

 ……返事がない。ただの屍のようだ。

 

「………………」

「………………」

「………………」

「「「………………」」」

 

 三人が立ち直る気配はない。学内ニュースの終わったテレビを魂の抜けた顔で眺めている。

 

「……デート……」

「……一夏さんとの……」

「……デートが……」

 

 ちなみにこの三人、当然というか、トーナメント参加のためのペアにまず一夏を誘った。しかし返ってきたのは「悪い、俺、シャルと組むから」という無情な言葉。

 しばらく粘ってみたが「けどもう申請しちまったし」とのことで、まあ男と組むならいいかと渋々納得した。

 ……シャルロットの真実を知ればどれほど怒り狂うか、それは想像にお任せする。

 

 そして一夏にペアを断られた三人は、揃って同じ行動を取った。つまり、「一夏がダメなら真改と組もう」と考えたのである。

 

 その時の遣り取りを掻い摘んで説明すると――

 

「シン! 学年別トーナメント、あたしと組もう!」

「わたくしと組んでください、真改さん! 必ずやお役に立ちますわ!」

「真改、私と共に戦ってくれ! お前となら、優勝も狙える……!」

「……不可……」

「「「な……なんで……!?」」」

「……先約……」

「「「だ、誰と……?」」」

「…………」

 

 答えるつもりはない、ということを理解した三人は、真改の頑固さも知っているので諦めることにした。

 

 ……しかし真改のペアについて真実を知れば以下略。

 

「それではわたくしは……一体誰と組めば……」

「ティナと組もうかな……いや、本音とっていうのも……けどあの子って強いの……?」

「……どうしよう……」

「…………」

 

 こうして三人はペア探しを始めた。

 結論から言うと、戦闘スタイルの相性からセシリアと箒が組み(相手が思いつかずにいた箒にセシリアが声をかけた。ついでに真改のことを色々聞き出そうと企んでいたようだ)、鈴はルームメイトのティナ・ハミルトンが既にペアを決めていたので本音と組んだ。

 

 トーナメントまでの間訓練に明け暮れ、セシリアと箒は優勝した後の一夏とのデート権を巡って度々殴り合い、鈴はマイペース過ぎる本音と組んだことをちょっとだけ後悔した。

 

 そうして準備万端、ようし殺るぞ! と意気込んでいたら、前述の通りトーナメントが中止になったのである。

 

「ふ……ふふふ……」

「うふふ……ふ、ふふふふ……」

「ふふふふ……ふ……」

「「「あははははははははは…………」」」

 

 渇ききった虚ろな笑い声をあげる三人の姿は周囲の生徒たちを怯えさせ、自分たち以外誰もいなくなった食堂で、三人はしばらくの間笑い続けていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 学年別トーナメント一回戦の翌日。

 一夏に頭突きをかました際に切れた額に包帯を巻いた己が教室に入ると、いきなりセシリアと箒が詰め寄ってきた。

 

「真改さん! どういうことですのっ!?」

「どういうことだ、真改!」

「……?」

 

 お前たちがどういうことだ。説明しろ、意味がわからん。

 

「聞きましたわよ! 学年別トーナメント、ボーデヴィッヒさんと組んだそうですわね!?」

「……応……」

「何故だ!? 私とのペアを断ってまで……!」

 

 ……ああ、それか。

 

「……お前のことだ、何かしら理由はあるのだろうが、その理由を教えてくれ」

「是非とも、ええ、是非とも教えていただきたいですわね」

「……黙秘……」

「「な……!?」」

 

 いきなり驚く二人。なんだ、意味分からんぞ。

 

「どうあっても話すつもりはないようだな……」

「ええ、まさかわざわざ言葉にするだなんて……」

「…………」

 

 そこか。お前たちは己をなんだと思っているんだ。

 

 さてこの尋問はいつまで続くのか、と思っていると、山田先生が教室に入ってきた。

 

「……みなさ~ん……おはようございま~す……」

 

 山田先生は朝から目が死んでいた。一体なにがあったと言うのか。

 

「ええとですね……今日は……転校生? を紹介します。……ええと……いろいろいいたいこともあると思いますが……とにかく、お願いします」

 

 ……なるほど。道理で先ほど、聞き覚えのある足音が教室の前で止まったわけだ。

 

「じゃあ、入ってください」

「はい」

 

 その声は、想像通りのもので。

 

 扉を開け、教室に入って来たのは。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 その姿は、想像通りスカートを履いた、少女としてのシャルであった。

 

「……ええと、デュノア君はデュノアさんでした、ということです。

はぁぁ……最近イベントてんこもりで、目が回りそうです……」

 

 そんな風に肩を落とす山田先生を余所に、シャルは己と目を合わす。

 そして小さく微笑んで、

 

『これからもよろしくね。……シン』

『……応……』

 

 プライベート・チャネル。

 これで、ようやく――素になれるな、シャル。

 

 

 

 しかしそんな感動の場面は一瞬で終わった。

 

「え? デュノア君って女……?」

「そ、そんな……せっかくの美少年が……」

「……むしろこっちの方が良い」

「って、織斑君、同室なんだからまさか知らないってことは――」

「まさか、あんなことやこんなことが……!?」

 ザワザワザワッ!

 

 騒がしくなる教室。

 いつもそれを鎮める千冬さんはまだ来ない。昨日の事後処理で忙しいのかもしれない。

 

 バシーン! と、突然教室の扉が凄まじい勢いで開く。

 ……良く壊れなかったものだ、中々に根性のある扉だ。

 

「一夏ぁっ!!!」

 

 鈴が殴り込んできた。その全身からオーラが見えそうなくらいの殺意を溢れさせている。

 

「死ねっ!!!」

 

 そして実際に溢れ出した殺意が衝撃砲の弾丸となり、一夏に迫る。

 

 流石にこれはまずいと思ったが、朧月は昨日の損傷が激しくまだ展開できない。

 しかたない、危険な賭けとなるが、部分展開した月光でなんとか凌ごうと判断、一夏の前に出たが、その己のさらに前に黒いISが立ちふさがった。

 

 その操縦者は――

 

「ら、ラウラ……?」

 

 一夏の呆然とした声。

 その言葉通り、そこにいたのはドイツ代表候補生、学年別トーナメントにおける己の相棒、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 おそらく、AICで衝撃砲を止めたのだろう。

 

「サンキュ、助かったぜ。……っていうかお前のIS、もう直ったのか? かなりボロボロだったのに」

「……コアはかろうじて無事だったからな。予備のパーツで組み直した」

「へえ。そうなん――むぐっ!?」

 

 一夏の言葉を遮るように。

 

 いきなり、ラウラが一夏の唇を奪った。

 

 

 

 ……流石にこれには面食らった。

 

「!?!?!?!?」

 

 目を白黒させる一夏。

 あんぐりする一年一組一同+鈴。

 この瞬間、たしかにこの教室内の時間は止まっていた。

 

「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

「……嫁? 婿じゃなくて?」

「日本では気に入った相手を嫁にするというのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

「いやそんな習わし聞いたことないから」

 

 わけのわからないことを言うラウラに、妙な突っ込みを入れる一夏。

 

 ……誰だ、こいつにこんなことを吹き込んだ阿呆は。

 

「あっ、あっ、あっ……!」

 

 怒りのあまり声が出ない様子の鈴。しかしラウラはそんなものには目もくれず、今度は己に向き合った。

 

「井上真改、学年別トーナメントではすまなかった。謝罪させてくれ」

 

 そう言ってペコリと頭を下げるラウラ。

 ……驚いた、随分素直だな。

 

「死ねぇぇぇぇっ!!」

「わぁぁぁっ!? バカ、やめろ!! 死ぬ! マジで死ぬからっ!!」

「だからっ! 死ねって!! 言ってんでしょうがぁぁぁぁっ!!!」

「お前は私の相棒としての役目を果たしてくれた。私はお前に、あれだけのことをしたと言うのに」

 

 沈痛な声で言うラウラ。かつてのことを悔いているのだろう。

 

「一夏さん? どういうことか、話していただけません? 今すぐ、じっくり、根掘り葉掘り、ね……?」

「ひ、ひぃぃぃ……!?」

「過去のことは変えられん。だから私は、これからの行動で、お前に償いたい。

 ――今度こそは、私も、お前の相棒になりたい」

 

 顔を上げたラウラは、真っ直ぐに己を見て言った。

 だから己も、ラウラを真っ直ぐに見返し、話を聞いた。

 

「一夏、腹を切れ。介錯してやる」

「ざけんなっ!! なんで俺が腹切らなきゃならねぇんだっ!?」

「男だろう、潔く死ね」

「意味わかんねぇよっ!!!」

「私もまだまだ未熟だと痛感した。だから私は、強くなる。お前の相棒として、恥ずかしくないように」

 

 決意の眼差し。

 誓いの言葉。

 なるほど、やはりこいつは――千冬さんの、教え子だ。

 

「まったく一夏ったら、悪い子だなあ。人前で女の子とキスしちゃうなんて」

「いや、俺がしたんじゃない! されたんだ!!」

「言い訳までするなんて、これはお仕置きが必要だね。……抉らせてもらうよ、一夏♪」

「ぎゃあああああっ!!?」

「力を貸してくれないか――井上、真改」

 

 差し出された右手。

 それを取ろうと、己も手を伸ばす。

 

 互いの手が触れ合う瞬間、ラウラは己の手を取り、同時にその場で跪き――

 

 

 

 ――己の手の甲に、口付けをした。

 

 

 

「………………は………………??」

 

 

 

 再び教室内の時間が止まる。己の思考も止まる。

 

 

 

「……誓いをここに。これより私は、お前の相棒として、お前と共に戦う。お前の剣となり、盾となる。……これから、よろしく頼む――マスター」

「………………………………………………」

「「「「「「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!??!?!!!?」」」」」」

 

 

 

 ………………誰だ、こいつに、こんなことを、吹き込んだ、阿呆は。

 

 出て来い、斬って捨ててやる。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 さて、大変な事態になったが、今日はまだまだ終わらない。中断されていた学年別トーナメントの一回戦が行われるのである。

 

 戦場は第三アリーナ、対戦カードはセシリア・オルコット&篠ノ之箒ペア対凰鈴音&布仏本音ペア。

 

 試合はまだ始まっていないというのに、目に見えそうなほどの殺気が渦巻いている。

 

「「「うふふふふふふふ……」」」

「お〜、みんなやる気満々だね〜」

 

 その殺気を直近で浴びている本音はまったく動じていない。そんな本音を観客席から見ていた真改は感嘆半分、呆れ半分といった顔をしている。

 

「アンタたちには恨みは……ちょっとあるけど、でもこれはそんなんじゃない。ただの、八つ当たりよ」

「奇遇だな。私もちょうど、憂さ晴らしがしたいと思っていたところだ」

「わたくしも同じですわ。やっぱりストレス解消には、思い切り暴れるのが一番ですから」

「う〜ん、みんな苦労してるんだね〜」

 

 にへら、と笑う本音の姿に、観客席に集まったギャラリーたちは一様に思った。

 

 ――この娘、ただ者じゃねぇ。

 

「じゃあ、始めますか」

「ああ、始めるか」

「ええ、始めましょう」

「よ〜い、スタート〜」

 

 そして試合開始のブザーが鳴る。

 

「「はああぁぁぁっ!!」」

 

 気合いと共に、箒の打鉄と鈴の甲龍が一気に前進、手にした得物をぶつけ合う。

 

 軍配は甲龍に上がった。やはり訓練機では専用機、それもパワータイプと打ち合うのは厳しいものがある。

 

「貧弱! 貧弱ゥッ!」

「ぬう……!」

 

 弾き飛ばされる箒。しかしその直後、鈴を五条の閃光が撃ち抜いた。

 

「わたくしを忘れてもらっては困りますわ!」

「セシリア……!」

 

 セシリアのブルー・ティアーズ、その同名の特殊兵器と大型レーザーライフル、スターライトmkⅢによる一斉射撃である。

 

「やってくれるじゃない……!」

「行くぞ、鈴!」

「お行きなさい、ブルー・ティアーズ!」

 

 鈴は双天牙月で箒の近接ブレードを捌きながら、衝撃砲でセシリアを狙う。

 しかし箒の打鉄は性能で鈴の甲龍に劣っているが、箒自身の剣腕は片手間で抑え切れるものではない。

 ならばなぜ、鈴が二人同時に相手出来ているかというと――

 

「えい!」

 ドンドンドンドンッ!

 

 鈴は一人で戦っているのではない、ラファール・リヴァイヴを装着した本音による、援護射撃があるからだ。

 

「くっ……!」

「ナイス、本音!」

 

 本音の射撃技術はそれほど高くはない。優れた戦術や戦略眼があるわけでもない。

 だがなんというか、鈴が欲しいと思った時と場所に弾が来る、言うなれば「痒いところに手が届く」援護だった。

 

『ああもうアンタは、トロくてマイペースなくせに、なんでこうまで合わせてくんのよ!』

『わ〜ん、りんりんがいじめる〜』

『頼もしいって言ってんの!!』

 

 本音の戦闘力は低い。単機ではすぐに落とされるだろう。

 だが誰かと組んだ時、本音の気遣いと観察力は大きな力となる。

 

「なら先に本音さんを……!」

「うわあ!」

 

 セシリアは狙いを本音に定めた。

 だがその瞬間、援護の薄くなった箒に、鈴の猛攻が襲い掛かる。

 

「もらったぁっ!」

「ぐあっ!」

 

 双天牙月と衝撃砲の波状攻撃。ブレード一本と打鉄の性能で凌ぎきれるものではない。

 鈴は箒を吹き飛ばし、その隙にセシリアへ向け衝撃砲を放つ。

 

「本音はやらせないわよっ!」

「わ〜、りんりんかっこいい〜」

「緊張感無いわねアンタ!?」

 

 セシリアは衝撃砲をかわすと、レーザーライフルで鈴を迎撃しつつ、ビットで本音を追い立てる。

 

「く、腕上げたわね……!」

「日々の訓練の賜物ですわ!」

 

 多大な集中が必要なビットを操りながらの正確な射撃は、かつてのセシリアには出来なかったことだ。

 今ではそれを、回避行動まで交えながら行える。

 

「真改さんとの訓練で得た力、とくと味わいなさいっ!」

「上等ぉぉぉっ!!」

 

 セシリアに踊りかかる鈴の背中を、箒が睨み付ける。

 中距離射撃特化のブルー・ティアーズが甲龍に接近されては戦いにならない。

 故にセシリアを援護すべく突撃をかけようとし――その背中に、銃弾を受けた。

 

「なに!?」

「失礼しま〜す」

 

 本音の攻撃だ。

 箒の意図を見抜き、ビットの攻撃を受けつつも鈴の援護に回ったその判断に、箒は幼なじみの姿を重ねた。

 

「いいだろう、ならばお前から斬るっ!」

 

 セシリアが鈴の攻撃に耐えている間に、一刻も早く本音を墜とす。そして二人で、鈴を倒す。

 本音の援護の厄介さを理解した上での、迅速な判断であった。

 

『すぐに行くぞ! それまで耐えろ、セシリア!』

『この程度で心配されるなんて……侮られたものですわね。わたくしも、ブルー・ティアーズも』

 

 その言葉にニヤリと笑い、箒は本音に向き合う。

 その鋭い眼光に、本音は銃弾で応えた。

 

「……負けないよ〜……」

 

 間延びした言葉。

 それに、精一杯の力を込めて。

 

「私は、いのっちの戦いを、ずっと見てたんだから……!」

 

 最後まで、絶対に諦めない。

 たとえそれが、明らかに格上の相手でも。

 

「そうよねぇ、負けらんないわよねぇっ!!」

「ええ、負けられませんわ!!」

「ああ、負けられん!!」

 

 負けられない。

 負けたくない。

 たとえ何を得られなくとも、力の限りを尽くして得た勝利そのものに価値がある。

 

「「「「勝つのは……」」」」

 

 だから、最後まで、全力を尽くす。そして相棒と、勝利の喜びを分かち合うのだ。

 

「わたくしたちですわっ!」

「あたしたちよっ!」

「私たちだっ!」

「私たちだよ〜!」

 

 猛々しい笑みを浮かべ、四人の少女は闘志を燃やす。

 手にした得物を握り締め、一斉に突撃を開始した。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 箒は焦っていた。

 すぐにでも本音を倒しセシリアの援護に向かわなければならないというのに、本音が実によく粘っているからだ。

 

「くっ、しぶとい……!」

「はあ、はあ、まだまだ、はあ、行けるよ〜」

 

 本音の戦い方は消極的だった。箒が突撃してくれば背中を見せてでも距離をとり、箒がセシリアの援護に向かおうとした時だけ攻撃する。

 徹底的に箒の邪魔をし、しかし倒そうとはしていない。

 

 完全に、「負けないための戦い方」だった。

 

(見掛けによらず、強かなやつだ)

 

 卑怯とは微塵も思わない。

 自分の役目、自分に出来ることを正確に見極め、自覚し、全身全霊でそれを為す――

 

 そんな本音を卑怯と呼ぶなど、箒には口が裂けても不可能だった。

 

(ならば、私が為すべきことは……!)

 

 ビットの攻撃により本音のラファール・リヴァイヴはかなり消耗しているが、それでも今すぐに倒せるほどではない。

 だがセシリアは、もう限界だろう。

 

(私の、役目はっ!!)

 

 箒は本音に背中を向ける。すかさず銃撃を受けるが、まだ打鉄のシールドエネルギーには余裕がある。今は無視だ。

 

「はあぁぁっ!」

 

 近接ブレードを腰溜めに構え、セシリアと戦う鈴に突撃する。セシリアは既にボロボロだったが、それでも必死に食い下がっていた。

 

『待たせたな!』

『あら、もう少しで勝てるところでしたわよ?』

 

 その軽口に苦笑を浮かべ、そしてその防戦に報いるべく。

 

「食らえぇぇぇっ!!」

「きゃああっ!!」

 ズガアァンッ!

 

 鈴の背中から、ブレードを突き立てる。そのまま鈴を羽交い締めにし、セシリアに言った。

 

「今だっ!! 私ごと撃て、セシリアァァァッ!!」

「な、アンタ……!?」

「遠慮はしませんわよ、箒さん!!」

 

 箒の覚悟に応え、セシリアはレーザーライフルを構える。一瞬も躊躇わずに発射し――外した。

 

「な……!?」

「りんりんっ!」

 

 本音の射撃により、僅かに照準をズラされたことが原因だった。

 

『ごめん、りんりん! 逃がしちゃった!!』

『今アンタに文句言ったらバチが当たるわよっ!!』

 

 セシリアはすぐさま照準を修正、同時に今度こそ仕留めるべく、ミサイル型のビットを起動。

 

 しかしその、本音が稼いだ一瞬の時間に、鈴の衝撃砲、〔龍咆〕が最大威力までチャージされる。

 

「りんりんっ!!」

「来るなぁっ!!」

 

 慌てて駆けつけようとする本音を、裂帛の気合いで押し留める。

 

 そう、これはタッグ戦。どちらか片方でも残れば、勝ちだ。

 

『りんりん……』

『勝つわよ、本音。あたしと、アンタで』

『……うん……!』

 

 だから、勝利のために鈴を見捨てることも。

 

 本音の「優しさ」であり、「強さ」である。

 

「「「おおおおぉぉぉっ!!!」」」

 

 決して放すまいと、渾身の力で拘束を続ける箒。

 逃げられないと悟り、ならばと道連れにすべく衝撃砲を放つ鈴。

 その砲弾に怯むことなく、一斉射撃を行うセシリア。

 

 三人の咆哮が重なった。

 

 

 

 ドガアァァァンッ!!

 

「……天晴れだ、鈴」

「誉めてもなにも出ないわよ?」

「悔しいですわね、負けるのは……」

 

『打鉄、ブルー・ティアーズ、甲龍、シールドエネルギーゼロ。……勝者、凰鈴音、布仏本音ペア』

 

 アリーナに響き渡ったアナウンス。

 

 それを聞きもせず、落ちていく鈴に一直線に飛ぶ本音。

 

「りんりんっ!」

「やったわね、本音。……ほら、あたしは大丈夫だから。アイツに手ぇ振ってあげなさいよ」

「え?」

 

 鈴が指差した方を見ると、観客席に座る親友の姿があった。

 

「アイツ、アンタが戦う姿を、ずーっと心配そうに見てたわよ」

「……いのっち……」

 

 歓声に包まれるアリーナで、真改は静かに口を開いた。

 ハイパーセンサーのズーム機能で、その唇の動きを読む。

 

 

 

『おめでとう。良く戦ったな』

 

 

 

「……うん! ありがとう、いのっち!」

 

 花咲くような笑顔で、疲れた腕を元気一杯に振る本音。

 

 そんな少女に、真改も静かに、手を振り返した。

 

 

 

 




ICHICA旅団。
悪の秘密結社、〔亡国機業〕に対抗するため結成された、IS学園精鋭部隊。


メンバー紹介


№1:織斑一夏
ICHICAの顔。実戦不足の天才。やたらとモテまくるので旅団員集めに大いに役立つ。家事万能で旅団員の世話もしている。けど旅団内での立場は低い。
「織斑一夏は既に死んだ。ここにいるのは、ランク1、ICHICAだ!」

№2:篠ノ之箒
ICHICAの古株。才能は十分だが精神面が未熟。そのうち化ける。天才アーキテクトの姉からもらった専用機は鬼性能。けど使いこなせないので攻撃に味方を巻き込むことも。
「姉さんめ、簡単に言ってくれる。学園を攻めるとなれば、機業の連中も真剣だろうに」

№3:セシリア・オルコット
ICHICAのお財布。家が貴族で莫大な財力を持ち、機体も後方支援向きなので便利に使われている。その立場に不満はあるが、ちょっとおだてると調子に乗るチョロい人。
「どうしました?亡国機業のエージェントなのでしょう……?」

№4:ラウラ・ボーデヴィッヒ
ICHICAの問題児。能力はあるが常識がないのでしょっちゅう問題を起こす。しかも厄介レベルが高い。けど戦闘では役に立つ。子飼いの特殊部隊もいっつも暴走してる。
「あまり手間を掛けさせるな。嫁が待っているのだからな……」

№5:井上真改
ICHICAのストッパー。旅団員の護衛として色んな所について行くが、実は暴走しがちな旅団員を止めるため。胃が心配。普段は大人しいがキレると一番コワイ。
「……茶番……」

№6:凰鈴音
ICHICAの特攻隊長。一番槍は大体コイツ。血の気が多くすぐにケンカをふっかけ旅団員も巻き込むが、いざ戦闘になると冷静になる。敵に回すと恐ろしく味方にすると厄介なタイプ。
「まだまだ行けるわよ!一夏ぁぁぁぁっ!!」

№7:シャルロット・デュノア
ICHICAの参謀。賢く器用で大抵のことはソツなくこなす優等生。けど少し腹黒い。ボーイッシュな容姿でメンバー集めにも活躍。けど少し腹黒い。
「IS学園にようこそ!歓迎するよ、盛大にね!」

番外:織斑千冬
ICHICAのオペ子。コワイ。超コワイ。けどたまに優しい。つまりツンデレ。そしてブラコン。でもそれを言うとキレる。ICHICAの実質的な支配者。でも弟の頼みには弱い。
「お前は私のものだ。そうだろう……?」



次回は外伝です。年内目指して頑張ります。

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