IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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まあ一回目ヴァオーと来たら次はこの人だよね!
外伝はACfA知らない人は本編以上に置き去りになってしまい申し訳ありません。しかしもしこれを機にfAに興味を持っていただけたら、プレイしてみたり動画見たりしてもらえるととても嬉しいです。


外伝2 自動人形は誰が為に踊る

「織斑一夏は学園に入学、クラスメイトには篠ノ之博士の妹にイギリス代表候補生。中国、フランス、ドイツも、候補生を転入させる準備をしてる……。

 やりすぎね、メルツェル」

「良く言う。誰が手間を掛けさせたのか」

「あら、なんのことかしら?」

「まあいい。なんにしても、これで準備は整ったわけだ」

「ええ。さあ、始めましょう? 亡霊どもを誘き出して、一網打尽にしましょう」

「……亡霊、か」

「? どうしたの?」

「いや、なんでもない。……では、亡霊狩り(ファントム・ハント)を始めよう」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

(……胃に穴が開きそうだ……)

 

 今俺は、世界最強にして女性にしか使えない兵器、IS(インフィニット・ストラトス)の操縦を学ぶための施設、IS学園の入学式に出席している。

 

 ……ちなみに、俺は男だ。身も心も男だ。断じて女ではない。

 なのに何故ここにいるのか。

 答えは実に簡単、俺が男なのにISを動かしたからだ。

 

 その圧倒的な性能と女性にしか扱えないという特殊性から、世界を極端な女尊男卑に変えたIS、それを世界で初めて、そして唯一動かした男、それが俺だ。

 

 俺がISを動かしたニュースが流れた時、世界は揺れた。そりゃもう揺れた。本物の宇宙人が捕まった時と同じくらい揺れた。まだ捕まってないけど。

 

(……胃に穴が……もう開いてるかも)

 

 そんな俺は保護、監視、研究その他諸々の事情により強制的にIS学園に入学させられたわけだが。当然周りは全員女、そんな中に一人だけ男、その扱いは丸きりUMAであった。

 

(早く……早く、終わってくれ……)

 

 神聖な式典の最中であるにもかかわらず、周囲から俺に突き刺さる視線。

 もはや物理的な圧力があるんじゃないか、これ? なんか体が小さくなった気がするんだが。

 

「それでは最後に、本日は生徒会長が用事によりお休みのため、代わりに副会長から挨拶をお願いします」

 

(最後……やっと終わりか……)

 

 ようやくこの視線地獄から解放される……。

 そう思ったら、呼ばれて壇上に上がった人物に驚いた。

 

「――生徒会副会長、メルツェルだ」

「……は……?」

 

 その人は、俺の良く知る人物で。

 

「IS学園へようこそ。諸君の入学を歓迎する」

「メ……メル姉……?」

 

 昔から世話になっている近所の二つ上のお姉さん、メル姉ことメルツェルだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「久しぶりだな、一夏。最後に会ったのは半年前か」

「ああ、それくらいかな」

 

 放課後、突然教室までやって来たメル姉に誘われて、俺は食堂に来ていた。食事も終わり、今は食後のティータイムだ。

 

「また少し背が伸びたか? 顔立ちも、幾分精悍になったようだ」

「メル姉はあんま変わんないな」

「ふ……」

 

 そう笑ってティーカップに口を付ける様は妙に様になっていた。

 

 メル姉は色素の薄い金髪にシャープなシルバーフレームの眼鏡、理知的な顔立ちの美人である。

 小柄だがキチッとした服装と姿勢、切れ長の眼からは「出来る女」のオーラが放たれている。

 

「まさかISを動かすとはな。昔からなにかとやらかす奴だったが、流石に今回は驚かされた」

「メル姉こそ、生徒会の副会長やってるなんて聞いてなかったぞ」

「言っていなかったか?」

「雑用係って言ってただろ」

「同じようなものだ」

 

 いや違うだろ、全然。

 

「女ばかりの環境で大変だろうが、まあ頑張れ。私でよければ相談に乗ろう」

「……サンキュ、メル姉」

 

 知り合い、それも付き合いの長い人がいてくれて助かった。孤立無援で生活するには、ここは厳し過ぎるぜ。

 

「時間を取らせて悪かった。もう部屋に戻って、荷物の整理をするといい」

「え? いや、俺はしばらく家から通うんだけど」

「いや、お前は急遽寮に入ることになった。これが鍵だ」

 

 そう言って鍵を渡される。どうやらこれはそのための呼び出しでもあったらしい。

 

「では、またな」

「ああ。会えて嬉しかったぜ、メル姉」

「私もだ、一夏」

 

 そう言って颯爽と去って行くメル姉。その後ろ姿は実にカッコいい。

 さて、じゃあ俺も部屋に行くか。……周囲の目も痛くなってきたし。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「どうだった? 一夏くんは」

「変わらんな。悪事を働けるようには思えん」

「ふ〜ん。じゃあそれはやっぱり、私たちの役目かな」

「お前がやる必要はない。それは私が引き受けよう」

「なに? この更識楯無が、友達に汚れ役を押し付けると思うの?」

「お前は学園最強の生徒会長でありロシア代表、比べて私は一介の生徒にすぎん」

「副会長じゃない」

「会長とは天地の差だ。私なら、万一ことが公になっても私ごと切り捨てれば良い。だがお前では大きな混乱が起きるだろう。そんな隙を晒すわけにはいかない」

「……そんなこと、言わないでよ」

「お前は更織の当主だろう。前線で戦う雑兵に、目的のために死ねと命ずるのも、指揮官の仕事だ」

「……メルツェル」

「これは戦争だ。犠牲なくしては収められん」

「…………」

「亡国機業は強大だ。そしてそれだけの力がありながら、その姿を完全に隠している。まるで――」

「……メルツェル?」

「……いや。気にするな、ただの独り言だ。……ともかく、奴らは一筋縄で行く相手ではない。いざという時に切れる尻尾は多い方がいい」

「……私はこの学園の生徒会長よ。生徒を守る義務があるわ」

「だから、私を切れと言っている」

「……あなたも、この学園の生徒なのよ?」

「私のことはただの人形と思え。目的のために動くだけの、心のない自動人形と」

「…………」

「さて、お互いやることがあるだろう。今日はこれでお開きとしよう」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「イギリス代表候補生、セシリア・オルコットか。相手にとって不足はあるまい、一夏」

「不足どころか余りがでるよ」

 

 売り言葉に買い言葉で決まった決闘に、メル姉は駆け付けてくれた。しかしどうも俺、過大評価されてる気がする。

 

「弱音とは男らしくないぞ、一夏」

「分かってるよ。やるからには勝ちに行くさ、全力でな」

 

 幼なじみである箒の言葉に返事をする。

 そう、千冬姉の弟として、無様な戦いは出来ない。相手が格上だからと言って、負けるつもりはない。

 

「メル姉、なんかアドバイスとかないか?」

「ない」

「……即答かよ」

「私の領分は戦術ではなく戦略だ。格上相手と正面から一対一になった時点で、私にとっては負けだ」

 

 なるほど、「勝敗は戦う前に決まっている」ってやつか。メル姉らしい、含蓄のある言葉だ。

 

「だが勝敗は関係あるまい。お前はまだ素人、実戦経験を得ることが最重要だ」

「関係あるさ、男の意地がかかってるんだ」

 

 それは俺にとっては当然のことだ。しかしその俺の言葉に、メル姉は眉根を寄せて辛そうに答える。

 

「意地、か。……私にはわからんな。お前の、言うことが」

「……メル姉……」

 

 以前メル姉は言っていた。

 

 ――私には、ヒトの心がない、と。

 

「……じゃあしっかり見てなよ。メル姉の分まで、俺が戦ってくるぜ」

「では頼む。私はどうにも戦うのは苦手でな。悪巧みならば、得意なのだが」

 

 そう言うメル姉は、いつものメル姉に戻っていた。まあ確かに、悪巧みをさせたらメル姉の右に出る者は早々いない。

 

「勝ってこい、一夏」

「ああ、行ってくるぜ、箒」

 

 さて、行くか。

 

 ――負けられない理由が、一つ増えちまったしな。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「雪片弐型………それに零落白夜、か」

「織斑先生と同じね。姉弟だから……じゃあ説明つかないわよねぇ」

「だろうな。二次移行前に単一能力が発動するのも、前代未聞だ」

「う〜ん……どういうことかしら?」

「さあな。それについては門外漢だ」

「良く言うわよ、私のISを組んだクセに」

「半分はお前が組んだろうに。……白式の武装の謎はこの際どうでもいい。重要なのは、対IS戦において一夏は切り札足り得る、ということだ」

「……幼なじみの男の子まで、道具扱い?」

「目的のためには全てが駒だ。一夏も、箒も、鈴も、お前も――この私も」

「……いつかあなたにも、好きな人が出来たらいいわね」

「……どういう意味だ?」

「さあ。それは自分で考えてね」

「……ふむ、考えておこう。……さて、戦力のあては出来た。あとはどれだけ、代表候補生たちを引き入れられるか」

「う〜ん、少なくとも、セシリアちゃんはもう大丈夫だと思うわよ」

「そうだな。一夏はそういう面でも役に立つ。亡国機業のことを考えれば、一夏自身はいつでも味方に出来るだろう」

「問題はタイミングね。一夏くんがある程度女の子を落としてからじゃないと、向こうから協力を申し出た、っていう形が作り難くなるもの」

「一夏自身も鍛える必要がある。いくら機体の性能が良くても、今のままでは使えん」

「それについては私がやるわ。折を見て、コーチを買って出る」

「急ぎ過ぎるなよ。あれだけの才能だ、潰すには惜しい」

「……ねえ、メルツェル」

「なんだ」

「あなたが一夏くんを気にかけるのは、彼が戦力になるから?」

「そうだが」

「……そう」

「……なんだ」

「なんでもないわ。ただあなたも、少しずつ、変わっていってるんだな、って」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「久しぶりだな、鈴」

「メ、メルツェルさん!? わあ、お久しぶりです!」

 

 転入初日、夜に学園に到着したあたしを、見知った顔が出迎えてくれた。

 

「相変わらず、元気そうでなによりだ」

「メルツェルさんも、お変わりないようで」

「ああ……変わらんよ、私は」

 

 ……なんだろう? 少し、気になる言い方だ。

 

「代表候補生になったそうだな。たった一年で、大した才能だ」

「いえ、そんなこと……」

 

 飾りない賞賛の言葉に嬉しくなる。

 メルツェルさんは所謂「大人の女性」といった感じの人で、昔から憧れていた。

 同じく大人の女性な千冬さんは少し……いやかなり苦手だが、メルツェルさんには良くしてもらったこともあって気軽に接することが出来る。

 

「時間も時間だからな、盛大な出迎えは出来ないが、許してくれ」

「いえ、そんな! メルツェルさんだけで十分ですよ!」

「そうか。では寮に案内しよう」

 

 そう言って歩き出すメルツェルさん。

 この人は運動はあまり得意じゃないけど、背筋をピンと伸ばして歩く姿はカッコいい。その理知的な容姿と合わせて、スーツを着たらきっとすごく似合うだろう。

 

「けどなんでメルツェルさんが? それもこんな時間に」

「私では不足か?」

「いえ、そういうことではなくて!」

「生徒会の副会長だからな。これも仕事だ」

「……仕事、ですか……」

 

 メルツェルさんが副会長と言うのには、驚く前に納得してしまった。サポートや裏方は、メルツェルさんの能力を大いに発揮できるポジションだ。

 それよりも、あたしを出迎えたのを仕事と言われたことが少しショックだった。

 

「だが、役得とも言えるな。また会えて嬉しい、鈴」

「あ……あたしも嬉しいです、メルツェルさん」

「IS学園にようこそ、鈴。歓迎しよう」

 

 ……うん、メルツェルさんはやっぱりメルツェルさんだ。この頼りになるお姉さんっぷりは、昔から変わっていない。

 

「これからよろしくお願いします、メルツェルさん!」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「随分懐かれてるわね、メルツェル」

「まあな」

「人の心は分からないんじゃなかったの?」

「分からんよ。だから、良く観察している」

「まるきり悪人のセリフよ、それ」

「善人に謀略家は務まらないからな」

「……せめて策士とか言いなさいよ」

「呼び名などどうでもいい。とにかく、今回は幸運にも私の知り合いだったが、次も上手くいくとは限らん。そして鈴も、まだ味方になったわけではない」

「ことは慎重に運ばないと、ね」

「お前にも手伝ってもらうぞ」

「なんなりと申し付けてくださいな、軍師殿」

「ではまず、妹との関係を改善しておけ」

「うわー……いきなりヘビーね……」

「我々には余裕がない。使えるものは、なんでも使わせてもらう」

「……あんまり、簪ちゃんを巻き込みたくないんだけど」

「安心しろ、戦ってもらうだけだ。……裏のことは、私がやる」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「はああああ……」

 

 学園に三つしかない男子トイレの個室の中で、深く溜め息をつく。

 僕の心は、沈みきっていた。

 

「……いつまで、こんなことを続ければいいんだろう」

 

 男子のフリをして、僕はIS学園に転入した。父の命令で、世界で唯一の男のIS操縦者、織斑一夏に接触するためだ。

 学園で二人だけの男子ということでルームメイトになりもう四日目、それなりの信頼関係を築けていると思う。

 

 ――そしてそれこそが、僕の悩みの種でもあった。

 

「いつまで……一夏を騙し続ければいいんだろう」

 

 一夏は優しい。僕になにかと気を使ってくれて、友達として接してくれる。僕は最近では友達がいなかったので、とても嬉しかった。

 

 そんな一夏を、僕は騙している。

 

 父の命令で、一夏と一夏の専用機のデータを、盗むために。

 

「僕……最低だ。一夏は僕のこと、信じてくれてるのに」

 

 友達を裏切ることが、こんなに辛いだなんて思わなかった。

 いっそ全部打ち明けて、楽になりたい。その結果牢屋に入ることになったほうが、よっぽどマシだと思う。

 

「……はあ……」

 

 けど、踏ん切りがつかない。

 ……いや、僕はただ、怖いだけだ。本当のことを知った一夏に、罵られるのが。

 

「……考えてても、仕方ないよね」

 

 そうして、僕はトイレを出る。

 

 一夏を、僕の友達を、騙し続けるために。

 

「……む、君は……」

「あ……」

 

 トイレを出たところで、三年生の先輩に会った。

 前に一度だけ会ったことがある。この人は……

 

「……副会長?」

「メルツェルと呼んでくれていい。副会長など、大した肩書きでもないからな」

 

 そう言って、生徒会副会長のメルツェルさんは僕と目を合わせる。

 

「シャルル・デュノア、だったか。学園にはもう慣れたか」

「え、あ、はい」

「そうか」

 

 メルツェルさんは僕が転入してくる際に出迎えてくれた人で、一夏からは「頼りになるお姉さん」と聞いている。

 

「女ばかりの環境で生活するのは大変だろうが、一夏と協力して頑張ってくれ。あれは中々頼りになる」

「は、はい」

「困り事があれば私にも相談してくれていい。出来ることに限りはあるが、協力しよう」

「はい、ありがとうございます」

 

 他の人たちは僕が二人目の男子生徒ということで騒ぐばかりだけど、メルツェルさんは僕のことを気遣ってくれている。その落ち着いた雰囲気と相まって、なるほど確かに、一夏の言うとおり「頼りになるお姉さん」という感じだ。

 

「では、失礼する。……ああ、それと。まだ正式に決定されたわけではないが、今年の学年別トーナメントはタッグ戦になるようだ。騒がれる前に組む相手を決めてしまうといい」

「わかりました、ありがとうございます」

 

 ……うん、いいことを聞いた。今のうちにペアを決めてしまえば、押し掛けられずに済むかもしれない。

 

 けれど、僕の心は沈んだままだ。

 メルツェルさんのことも、僕は騙しているんだから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「思った通り、デュノア社の社長に息子はいないわ。記録はあるけど、明らかに最近捏造したものよ」

「だろうな。シャルル・デュノアに会ったが、匂いや骨格が男のものではなかった」

「追い詰められたデュノア社が、一夏くんに近づくために男装させて送り込んだってところかしら」

「本人は乗り気ではないようだ。真面目で、善人なのだろう」

「このこと、フランス政府が知ってると思う?」

「知っているだろう。隠し切れるものではない。黙認しているのか、協力しているのかは分からんが」

「知らないフリしながらそれとなく協力しているってところじゃない?」

「上手くいけば良し。失敗するか、ことが公になれば、デュノア社諸共切り捨てる。そんなところか」

「やることがえぐいわねぇ、いたいけな女の子を利用するだなんて」

「好都合だ。一夏はシャルル・デュノアの境遇に義憤を抱くだろう。そうなれば、シャルル・デュノアも引き入れ易くなる」

「……あなたも大概、えぐいわねぇ」

「誉め言葉と受け取っておこう。……さて、大分、揃ってきたな」

「ええ。あとは、向こうがどう仕掛けてくるか……」

「そして、こちらがどう応じるか。……私は引き続き、戦力を集める。お前は奴らの動向に注意していろ」

「りょーかい。……ねえ、メルツェル。あなたはなんで戦うの? あなたなら、もっと別のことで力を発揮できると思うけど」

「突然どうした」

「いえ……ただ、そういえば訊いたことなかったなって思って」

「……ISは本来、宇宙開発のために作られたものだ。今では軍事に使われているが、その必要性を少しでも薄めれば、本来の役目にも使われ始めるだろう」

「そのために、武装組織である亡国機業を潰すってこと?」

「そういうことだ」

「……じゃああなたは、なんで宇宙開発のために戦うの? 特にそっち系の道を目指してるようには見えないけれど」

「私が目指す必要はない。私は、そのための地盤を築ければいい」

「……どうして、そこまでするの? あなたは何を望んでいるの?」

「決まっている。

 

 

 

 ――人類に、黄金の時代を」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ふむ、メイド喫茶か」

 

 夏休みも終わり、そろそろ学園祭が近付いてきた。俺たちのクラスの出し物はメイド喫茶。発案者はなんとラウラである。

 

「お前はどうするんだ? 執事服か」

「そうなんだよ。……参るよなあ、絶対すごい騒ぎになるぜ」

「だろうな。しかしもう慣れたものだろう」

「んなわけないだろ……」

 

 今俺は、学園祭に向けてアドバイスをもらうべくメル姉に相談に来たのだが、メル姉は面白がるばかりで特に役に立ちそうな話はしてくれない。

 ……困ったことがあれば相談に乗るって言ってたクセに。

 

「学園祭は言うまでもなく学校行事だ。当然私にも仕事がある。お前にばかりかまけているわけにはいかん」

「そうだろうけどさ、そこをなんとか。アドバイスだけでいいんだよ」

「そう言われてもな。私も、喫茶店の経営など経験がない」

 

 ……言われてみれば、メル姉はバイトの経験さえなかった。

 頭がいいからなんでも知ってるように思ってしまうが、メル姉にだって分からないことくらいあるのは当たり前だ。

 

「素人考えでよければ、言わせてもらうが」

「お? 是非頼むよ」

「特に凝ったことをする必要はあるまい。お前のクラスには目玉となる者が多い。お前を含めて」

「あー……やっぱり?」

 

 つまりは顔で勝負ってことか。ぶっちゃけて言えば。

 

「メイド喫茶というだけで十分だろう。これ以上手を加えても、それに見合う成果は上がらんと思うが」

「うーん……そんなことするくらいなら、接客の練習した方がいいってことか……」

「飽くまで、素人の考えだがな」

「いや、助かったよ。サンキュ、メル姉」

 

 やっぱりメル姉は頼りになる、おかげで方向性が決まった。早速明日から、練習を始めよう。

 

「ところでメル姉は学園祭、何やるんだ?」

「秘密だ」

「えー……そう言わずにさ」

「学園祭には分かる。楽しみにしておくといい」

「せめてヒントだけでも」

「何故そうまで食い下がる」

「え? いや、それは……」

 

 いや、だって気になるじゃん。メル姉がメイド喫茶とかやるんなら行くぞ、俺。

 

「そうだな。ヒントと言えるかは分からんが、一つだけ」

「お? なになに?」

 

 そしてメル姉は一拍置き、ひどく真剣な表情で、こう言った。

 

「――二世一代の、大勝負だ」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……来ると思う?」

「来るだろうさ。外部の人間がIS学園に侵入する、最大の好機だ。無駄にするほど、愚かな連中ではあるまい」

「どんな手で来るかしらね、亡国機業は」

「我々が戦力を集めているように、奴らもISを集めているだろう。現在、世界で強奪されているISの数は多くない。亡国機業の規模を考えれば、全く足りていないはずだ」

「つまり、ISを狙ってくると?」

「この学園ほど多くのISが集中している場所はない。他に狙うものはなかろう。問題は、数か、質か」

「大量に配備されている訓練機か、代表候補生たちの専用機か。亡国機業がどれだけの技術力があるかによるわね」

「今まで狙われてきた機体は新型ばかりだ。おそらく、今回も狙ってくるのは専用機、それも――」

「一夏くんの白式か、箒ちゃんの紅椿ね。性能で言えばダントツだもの」

「性能なら紅椿が上だが、白式には世界で唯一の男のIS操縦者である一夏のことがある。……注目度は五分というところか」

「両方守るしかないわね。それで、分担はどうするの?」

「箒がお前、一夏が私だ」

「あなたが? 勝てるわけないでしょう。いくら亡国機業でも大勢は送り込めない、来るのはきっと、精鋭よ?」

「まあ、そうだろうな。……その時は、私が死ぬだけの話だ」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「――そこまでにしてもらおうか」

 

 突如現れた謎の女。

 亡国機業のオータムと名乗るソイツは、第二回モンド・グロッソの決勝で俺を誘拐したのは自分たちだと言い、俺の白式まで奪った。

 ……許せねぇ。許せねぇが、しかしISを失った俺は、〔アラクネ〕というISを装着したオータムを相手に手も足もでない。

 

 どうすればいい――そう歯噛みしているところに、聞き慣れた声が聞こえた。

 

「メ、メル姉……?」

「遅くなったな、一夏。まあ、どうにか間に合ったか」

 

 メル姉は黒い装甲のISを身に纏っていた。

 分厚い装甲に、左右の手には大型のライフル、肩にはそれぞれ馬鹿でかいミサイルとグレネードランチャーを装備している。

 

「ああん? 誰だ、てめえ?」

「生徒会副会長、メルツェルだ。IS学園にようこそ。歓迎しよう、盛大にな!」

 

 そう言って、ライフルを連射するメル姉。

 

 ――助けに来てくれた。

 

「メル姉っ!」

「下がっていろ。巻き込まれるぞ」

 

 戦闘中だと言うのに、ひどく落ち着いた声。その冷静さは実に頼りになるが、しかしメル姉の操縦技術はお世辞にも優れているとは言えなかった。

 

「はっ! 大したことねえなあ、副会長さんよ!」

「生憎、頭脳労働担当でな」

 

 メル姉の戦い方は基本に忠実で、それ故に読みやすい。

 逆にオータムのアラクネは通常の手足の他に、八本の装甲脚を持つ異形のISだ。その変則的な戦術は、確実にメル姉を追い詰めていく。

 

(畜生っ! 見てるしかできねぇのかよ!?)

「教科書通りの戦い方だなあ! 次になにすんのか、手に取るようにわかるぜ!」

「何事も、重要なのは定跡(オープニング)だからな」

「何事もやり過ぎはよくないって知らねえのか!?」

「過ぎたるは及ばざるが如し、か。なるほど、覚えておこう」

 

 メル姉の重装甲が見る見るうちに削りとられていく。

 

 どう考えても勝ち目のない相手に、ボロボロになりながら、それでもメル姉は戦い続ける。

 

 ――俺を、庇って。

 

「メル姉、もういいっ! 逃げてくれっ!!」

「そうはいかん。これは、私の戦いでもあるからな」

 

 力強い瞳で、メル姉はオータムを睨みつける。

 その眼差しに、その言葉に、どんな意味があるのか。

 それは、俺には分からなかったけれど。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

『亡国機業のメンバーを、どうにかして捕らえなければな』

『そうね。追い返すだけじゃ、準備してきた意味がないもの』

『学園側にも手を回す必要があるな。ただ尋問しても、効果はないだろうからな』

『なにかいい情報、持ってると思う?』

『さあな。だが来るのは間違いなく、ISを持つ者だ。恐らくは幹部、若しくは精鋭部隊の者だろう。期待は出来る』

『もしそうだとしたら、あなたでも情報を聞き出すのは難しいんじゃない?』

『侮らないでもらおうか。私の業は、お前の比ではない』

『……何者なのかしらね、あなたは。いくら調べても、普通の人生を送ってきた、普通の女の子のはずなのに』

『普通、か。そんな上等なものではないよ、私は』

『……いつかあなたと、もっと色々なことを話したいわね』

『意味があるとは思えないが』

『あるわよ。すごく、大きな意味が』

『…………』

『いつかきっと、分かる時がくる。だからそれまで――生きて、メルツェル』

 

 

 

――――――――――

 

 

 

(お前との約束……守れんかもしれん、楯無)

 

 亡国機業が送り込んだエージェント、オータムのISは第二世代型のようだが、私如きに抑え切ることは出来ないようだ。

 元々戦闘は私の領分ではないから仕方ないが、しかし私自身の力不足は痛いところだ。

 

(一応増援は呼んであるから、時間稼ぎだけでいいのだが……果たして、あとどれだけ保つものか)

 

 私の専用機、〔オープニング〕は重装甲だが、敵IS〔アラクネ〕の攻撃力は高い。多少の装甲などものともせずにダメージを与えてくる。

 

(あと一手、欲しいところだな)

 

 せめて逃げ場を塞ぐくらいはしておかなければ、今までのことが無駄になりかねん。それだけは避けたいところだ。

 

「そらそら、どうしたあ! もうあとが無いぜえ!?」

「ふむ……どうしたものか」

「余裕こいてんじゃねえぞ!」

「性分だ、余裕があるわけではない」

「ムカつく野郎だな、てめえ……!!」

 

 さて、本当に余裕がなくなってきた。

 この女の様子を見る限り、私のISが解除されればそのまま殺されるだろう。

 ……まだ死ぬわけにはいかんのだがな。

 

「そろそろ終わらせるかあ!」

「む……」

 

 八本の装甲脚が一斉に襲いかかってくる。捌ききれず、五本にISを貫かれた。

 すぐにライフルをオータムに向けたが、残った脚が翻ってきてライフルを弾き飛ばし、続いて両肩のミサイルとグレーネードも破壊された。

 

「メル姉ぇぇぇっ!!」

「ふむ……万事休す、か」

「てめえ……ここまで来ても、余裕かよ」

「言ったろう、性分だと。生憎、人並みの感情の持ち合わせがなくてな」

「はん……マジでムカつく野郎だぜ」

 

 ……潮時、か。

 幸運にも二度目の生に恵まれたが、そこで私の運も尽きたらしい。宿願まで叶えることは、出来ないようだ。

 

(……いや、宿願などという、上等なものではないか。……ただの、妄執だ)

 

 感情の欠けた私にある、唯一の目的。

 人類に、黄金の時代を。

 死して尚、私はそれだけに執着した。

 

(馬鹿は死んでも治らない、か。ヴァオーのことは言えんな)

 

 まあ、悪党らしい死に様だ。

 目的を達することなく、志半ばで果てる。ただもう一度、同じ事を繰り返すだけ。

 

(すまんな、テルミドール。私はまた、届かないようだ)

 

 

 

――――――――――

 

 

 

(畜生、畜生っ! ふざけるな、ふざけるなよ! 俺は、メル姉を守りたいのに———)

 

 メル姉は俺が小さい頃から、ずっと世話をしてくれた。

 千冬姉が家を空けるようになってから、一人で家にいる俺を良く訪ねて来てくれた。

 二人で下手くそな料理を作ったり、千冬姉が散らかした部屋を片付けたり。

 色々相談に乗ってくれたし、勉強も見てくれた。

 

 そんなメル姉が、俺を庇って戦っている。なのに、俺にはただ見てるだけしか出来ない。

 

(……力が、欲しい……)

 

 ふざけるな。

 俺は、守るって決めたんだ。

 俺の大事な人たちは、みんな。

 

(……力が要るんだよ……)

 

 力を奪われ、無力な俺を守ってメル姉が戦っている。

 それは、俺がやらなきゃならないのに。

 

(……いつまで、そんなところにいるつもりだ……)

 

 有りっ丈の力を視線に乗せて、オータムを睨み付ける。

 その手の中の、俺の相棒を。

 

(……さっさと戻って来い……!)

 

 願う。

 ただ強く、ただ一心に。

 

 ――みんなを守るための、力を。

 

(お前は俺の相棒だろうが! なら、俺と一緒に戦え!!)

 

 だから、まずは。

 目の前で戦っている、俺の、もう一人の姉さんを。

 

(メル姉を、守るためにっ!!)

 

 力を、貸してくれ――相棒。

 

「来い……白式ぃぃぃぃっ!!」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ふと、目が覚めた。

 白い壁、白い天井、白いカーテン――清潔なその空間には、覚えがあった。

 

「……地獄……では、ないようだな」

 

 どうやら私は死に損なったらしい。あの状況で生き残ったとなると――

 

「お前か、一夏」

「……良かった。目ぇ覚めたんだな、メル姉」

 

 ベッドに横たわる私のすぐ横に、弟分の姿があった。私の声に、心底嬉しそうな笑顔を向けてくる。

 

「ごめん、メル姉。俺のせいで、無茶させて……」

「私の目的のためにやったことだ。お前が気に病むことはない」

「あのねぇ、一夏くんはあなたを助けて、眠ってるあなたをずっと看てたのよ? 感謝くらいしてもいいんじゃないの、メルツェル?」

 

 友人の声。

 そちらに顔を向けると、呆れ顔の楯無がそこにいた。

 

「首尾はどうだ、会長」

「起きてさっそくそれ? 仕事熱心ね、副会長」

 

 楯無はひとつ溜め息をついて、話し始めた。

 

「ごめんなさい、逃げられたわ」

「……ふむ」

 

 一夏を見るが、特に反応を示さない。

 

「……楯無さんから聞いたよ。メル姉、あいつらを倒すために、俺や箒たちを利用しようとしてたって」

「ああ、その通りだ」

「……話しておいた方がいいと思って」

「だろうな。いつまでも隠しおおせるとは、私も考えていない」

 

 とは言ったものの、予定よりも大分早まったな。

 さて、この先どうするか……。

 

「……言ってくれよ、メル姉」

「なに?」

「隠す必要なんてなかった。言ってくれれば、喜んで手伝ったのに」

 

 ……驚いた。私のやり方は、一夏の好むものではないと思っていたが。

 

「怒らないのだな。私はお前と接する時、仮面を被っていたというのに」

「関係ねえよ。メル姉はずっと、俺のことを守ってくれてた。何か思惑があったんだとしても、その事実は変わらない。メル姉がいてくれたから、今の俺があるんだ」

 

 私の目を真っ直ぐに見て、一夏は語る。

 

「手伝わせてくれ、メル姉。あいつらは俺を攫って、千冬姉のモンド・グロッソ優勝を潰した。今回も学園まで殴り込んで来て、メル姉を傷つけた」

「狙われたのはお前だろう」

「……とにかく。俺は、メル姉の力になりたいんだ」

「お前の知る私は、本当の私ではない」

「だからさ、そんなことは関係ねえんだよ。メル姉は、メル姉なんだから」

「……相変わらず、分からんな。お前の、言うことは」

 

 人は理屈だけでなく、感情で動く。

 その感情が欠けている私は、他人の言動を理解出来ないことが多い。だからこそ、人を観察することでそれを埋めていたのだが。

 

「メル姉、前に言ってたよな。私には、ヒトの心がないって」

「ああ。今も、お前がなにを思っているのか、私には分からない」

「ねえ、メルツェル。あなたは自分が人形だって言うけど、そんなことないわ」

「……なに?」

「だってあなた、一夏くんの言葉が分からないって言う時……辛そうな顔、してるもの」

 

 ……そんな、ことは。

 

「気づいてなかったのかよ、メル姉。心がないだなんて嘘だ。メル姉はちょっと感情が弱いだけで、ちゃんと心はあるよ」

「……そんなものはない」

「あなた、言ったわよね。前線で戦う雑兵に、目的のために死ねって命ずるのも、指揮官の仕事だって。……そんなの、真っ当な神経なら相当キツいわよ。命令する相手が、大事な人たちなら尚更ね。

 だけどあなたの目的のためには、そんな感情は邪魔になる。だからあなたは、誰かをリーダーとして持ち上げて、自分は参謀として汚れ役に徹している。……自分の心を、押し殺して」

「…………」

 

 かつての仲間たちを思い出す。

 クローズ・プランのため、私は多くの仲間を死に追いやった。その中には、長年共に戦い続けた友人もいた。

 彼らが私の策に従い、死んだ時……私は本当に、なにも感じていなかったか?

 

「人類の黄金の時代のため。そんなことを本気で目指すような人が、優しくないわけないじゃない」

「メル姉、知ってるか? メル姉を慕ってる人はたくさんいる。本当に心がなければ、こんなに大勢の人に好かれるもんか」

「…………」

 

 かつての私の、最後の戦い。

 あの時私に付いて来たあの男は、死の間際、一体なんと言っていた?

 

『悔いはねえ。……楽しかったぜ、メルツェル』

 

 あの、どこまでも真っ直ぐな男は。

 自分が捨て駒であると、分かっていながら。

 

 ……私のために。戦ってくれたのでは、なかったか――?

 

「あなたは、人形なんかじゃない。ひねくれ者で、腹黒くて、抜け目なくて……そのくせ自分のことには気づかない、ただの人間よ。

 ……そして、私の友達よ、メルツェル」

「ついでに言えば、俺にとってはもう一人の姉さんだ。……だからさ、メル姉。自分には心がないとか、自分は人形だとか、そんなこと言うなよ。

 ……メル姉は、人間だ。ちゃんと心のある、人間だよ」

「……そうか。そうかも、知れんな」

 

 相変わらず、こいつの言うことは、分からないが。

 

 いずれ、分かる時が来るのかも知れない。

 

 その時が来れば、私は――

 

「……人間らしく、なれるかも、知れんな」

 

 

 




メルツェルの設定

セシリアより全体的にちょっと小さいくらいの、運動苦手なインテリ。生徒会副会長として、知力で楯無を支えている。
専用機を与えられているのは国家代表候補生だからではなく、研究・開発のため。整備科所属で、虚と並んで成績トップ。
きっと趣味はチェス。きっとめちゃくちゃ強い。
けど運動苦手。100メートル走でフラフラになる。

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