IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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二日連続とかwww
この先、同じ更新速度を期待されても困りますw


第28話 福音(報復編)

 殺せ

 

 殺せ

 

 殺せ

 

 殺せ

 

 男を殺せ

 

 女を殺せ

 

 子供を殺せ

 

 大人を殺せ

 

 赤子を殺せ

 

 老人を殺せ

 

 愚者を殺せ

 

 賢者を殺せ

 

 罪人を殺せ

 

 聖人を殺せ

 

 軍隊を殺せ

 

 企業を殺せ

 

 人間を殺せ

 

 世界を殺せ

 

 殺せ 殺せ 殺せ 殺せ

 

 

 

 敵を、殺せ

 

 

 

 己を、殺せ

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 海上200メートル。

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は胎児のように体を丸めて膝を抱え、頭部から伸びる巨大な翼で体を守るようにして、そこに居た。

 

『――――――?』

 

 ふと、福音が顔を上げる。

 福音の各種センサーは、まだ何も感知していない。

 

 だが、何か――とても危険な何かが、近付いて来ている。

 

『――――――』

 

 非科学的な、第六感による警鐘。

 だがそれは、他のどのデータよりも信用に値する――否、信用しなければ自らを滅ぼすだろうと、福音に確信させた。

 

 ――そして。

 

『――――――!』

 

 凄まじい速度で一直線に、あまりにも明確な殺意を撒き散らしながら、敵が迫ってくるのを確認した。

 

『La――――♪』

 

 福音はマシンボイスを発しながら、頭部の大型スラスターを開く。

 そこに備え付けられた三十六の砲門を前に向け、敵に狙いを定める。

 

 銀の鐘(シルバー・ベル)の最大火力による、一点集中の一斉射撃。

 過剰とも言えるその攻撃力をもってしても、福音は心中の不安を拭いきれずにいた。

 

 ……まるで足りない。この程度では、「アレ」は墜とせない――!

 

『――――!!』

 

 ――見えた。

 

 輝くような自分のそれとは印象の違う、淡く静かな銀色の装甲が、弾丸すら置き去りにするような勢いで突っ込んでくる。

 射程距離に入る直前、攻撃開始。

 

 「アレ」を近付けてはいけない。エネルギーのロスは多くなるが、最大射程から削り切る――!

 

 降り注ぐ、光弾の雨。分厚い弾幕に加え、一発一発の威力も申し分ない、嵐のような攻撃。海上に轟音が響き渡り、衝撃波が海面を震わせる。

 

 その、中で。

 

 

 

「――不足」

 

 

 

 静かに呟かれた、その声が。

 

 やけにはっきりと、聴こえた。

 

 

 

『――――!』

 

 爆風を切り裂いて、銀色の装甲――月船を装着した朧月が、福音に迫る。

 

 その操縦者、真改は、血と臓物で出来た底無し沼のようにどす黒く濁り切った瞳で、福音を射抜いた。

 

 

 

「……素っ首……」

 

 

 

 圧倒的な危険を感じ、福音は全速力で後退しながら銀の鐘の照準をさらに絞る。だが密度を増したその攻撃も、足止めにすらならない。

 爆発に装甲を抉られ、白い肌と黒い髪を焼かれながら、それらを一切意に介さず直進してくる。

 

 

 

「……貰い受ける……」

 

 

 

 交錯は一瞬――の、筈だった。

 前回の交戦で、福音は朧月の機動力と月光の間合いを見切っていた。故に、針に糸を通すかのような精度で真改の攻撃を避けることが出来るのだが、正体不明の危険信号に従い大きく避けた。

 スラスターを全開に噴かし、海面へ向け急降下する。剣術は下からの攻撃に弱いという定石に則った、反撃を視野に入れた適切な判断だった。それに、朧月では追い付けない筈だった。

 

 故に、福音の落ち度はただ一つ。

 真改の反射速度が、音速を遥かに凌駕するということを知らなかったことである。

 

 ガンッ!

『――――!?』

 

 分離した月船を踏みつけ軌道を変え、月輪によって半回転、瞬時加速で急停止し、水月で再加速――その一連の動きを、コンマ一秒にも満たない刹那の内に実行する。

 福音からすれば超音速から一切減速せずに、ほぼ直角に曲がったように見えるほどの超絶の機動。当然、いくらPICによる保護があっても、そんな動きに人体は耐えられない。骨格や筋肉、内臓に莫大な負荷が掛かり、派手に吐血した。

 

 ――だが。

 

「…………」

 

 それでも真改は、眉一つ動かさない。

 自ら吐き出した血を顔に浴び、凄絶な化粧として、なおも無表情に福音に斬り掛かる。

 

『――――!!』

 

 その姿に。

 

 機械である筈の福音は、確かに恐怖を感じた。

 

 ヴオンッ!!

 

 紫色の極光。ISの防御力をもってしても、一撃で両断されかねないほどの圧倒的な熱量。その斬撃を、福音は紙一重で回避する。

 真改の剣を見切ったのではない。全速力で避けた結果、本当にギリギリのタイミングで月光の間合いから逃れることが出来ただけだ。

 

 だがどちらがより無茶な機動をしたかと言えば、明らかに真改の方だ。その証拠に、初撃を外した真改の動きは止まっている。

 その奇跡を無駄にせず、福音が即座に反撃に出る。

 再びの一斉射撃。目の前の敵に出し惜しみなどすれば一瞬で敗れると、たった一度の攻防で悟った。

 一対の翼を大きく広げ、真改を挟み込むように光弾を撃ち出す。たとえ殺すことになったとしても、この好機になんとしても仕留める――そんな決意の籠もった攻撃は、しかし。

 

 ゴウンッ!

 

 重々しい炸裂音と共に、かわされた。

 

『――――!?』

「……温い……」

 

 真改が水月を起動、体勢を崩したまま、無理矢理加速したのである。

 それだけではない。真改は次いで月輪を噴かし独楽のように回転、ジャイロ効果により機体を安定させ、さらに二度連続で水月を起動した。

 正三角形を描くような軌道で、一瞬の内に福音の背後に回り、斬り掛かる。

 

『――――!』

 

 福音は驚嘆に値する反応速度でもって、死角からの一撃を全速力で前に出ることで回避、そのまま距離を取りつつ反撃のため振り返り――

 

『――――!?』

 

 その目の前に、真改がいた。

 福音に攻撃をかわされた瞬間、瞬時加速と水月の同時使用により、ぴったりと背後について行ったのである。

 

「…………」

 ヴオンッ!!

 

 再び、光の剣が振るわれる。

 その刃は迷うことなく、真っ直ぐに、福音の首に迫る。

 

 当たれば、死。

 

 福音が、ではない。

 

 福音の、守るべき主が、死ぬのだ。

 

『――――――!!』

 

 そんなことは、許せない。

 だから福音は、なんとしてもその一撃をかわさねばならない。

 たとえ、自身の象徴とも言える翼を失うことになろうと。

 

 首を体ごと傾け、月光の軌跡から逃がす。その際、ウイングスラスターの片方が逃げ遅れ、根元近くから斬り飛ばされた。

 

『――――――!!!』

 

 声無き悲鳴をあげながら、それでも福音は攻撃の手を緩めない。

 残ったスラスターを開き、その砲門を真改に向ける。

 

『La――――♪』

 

 半減した火力で、しかし全力での攻撃。

 これほどの近距離でそれを浴びればひとたまりもない。

 

 だから、真改は。

 

「…………っ!」

 

 福音との距離を、さらに詰め。

 

『――――!!?』

 

 開いたスラスターの中に、右腕を、突き入れた。

 

「………………!!!」

『――――――!!!』

 

 月光と銀の鐘が、同時に起動する。

 

 ぶつかり合う、膨大なエネルギー。

 

 それが内側で炸裂したことで、福音のウイングスラスターが完膚無きまでに破壊された。

 

 そしてその爆発を全方位から浴びた真改の右腕も、ただでは済まず。

 

 装甲が吹き飛び、肌が弾け、肉が千切れ、骨がひしゃげ――しかし埒外の頑強さを持つ月光だけは、大きく破損しながらも機能は失わず。

 

 それだけあれば、真改には十分過ぎた。

 

 ヴオンッ!!

 

 月光を起動。ボロボロの、もはや形だけしか残っていない右腕を、得体の知れないナニカで動かす。

 

 両の翼を失い、膨大なエネルギーの爆発を間近で受けた福音には、既に防御力は残されていない。

 

 月光で斬られれば、確実に、死ぬ。

 

 福音が、ではない。

 

 福音の、守るべき、主が死ぬのだ。

 

 ……そんなこと。

 

 そんな、こと。

 

 許せる、筈がない――

 

「シ――」

 

 だが、福音にはもう、打つ手がない。

 自身の攻撃力と機動力を支える翼は、両方ともが失われている。試験稼働中であった福音には通常の武装は搭載されておらず、あるのは――あったのは、たった今失われた銀の鐘(シルバー・ベル)のみ。

 

 だから、今の福音にはなにも出来ない。福音の力では、どうにもならない。

 

「――ネ」

 

 だから、どうにかなるとすれば。

 

「――ダメだああぁぁぁっ!!」

 

 福音以外の者による、介入があった場合だけである。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……見えましたわっ!!」

「くそ、やはりもう、始まってる……!」

 

 専用機持ち達の中で、強襲用高機動パッケージ〔ストライク・ガンナー〕を装備したブルー・ティアーズ、そして展開装甲の調整により機動力特化機となった紅椿――すなわちセシリア・オルコットと篠ノ之箒が、他の三人に先行して真改を追った。

 

 そして、真改と福音の姿をハイパーセンサーが捉えられる距離まで近付いて――真改の、我が身を省みない戦いを、見た。

 

「真改さんっ……!」

 

 セシリアが、泣きそうな声で真改の名を叫ぶ。

 真改は月輪と水月、ただでさえ体に負担のかかる二種類のスラスターを連続して、時には同時に発動し、福音に食らいついている。

 

 明らかに、無茶をしていた。朧月の装甲も所々にダメージが見受けられるが、操縦者にまで届くほどではない。だというのに、真改の顔は血まみれだった。そして今も、口から大量の血を吐きながら、その血を顔に浴びながら、それをまるで気にもせずに攻撃を続けている。

 

「もうやめてください、真改さん……!」

 

 圧倒的な機動力で逃げ続ける福音に、真改が追いすがる。

 本来、そんなことは出来ない筈だった。

 軍用ISである銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は、性能面で競技用ISである朧月を上回っている。

 操縦者の技量でいっても、ミリ単位の精度で機体を操る福音に真改は遠く及ばない。真改の技は飽くまで剣士としてのもの、つまりは見切りや読み、そして剣技であり、ISの操縦とは関係ない。

 動きに無駄があり、その無駄が体に余計な負荷を掛けると同時に機動を阻害し、それを補うために更なる無茶をする――その悪循環が真改の体を破壊していくのが、この距離からでも見て取れた。

 

「真改……! お前の剣は、そんなものじゃないだろうっ!!」

 

 性能で劣り、技術でも劣る。

 そんな相手と互角以上に戦っている。

 

 そこに、無茶がない筈がない。

 

 それが、箒には我慢ならなかった。

 

「お前の剣は……!」

 

 箒が憧れた、真改の剣。

 

 真っ直ぐだった。

 いつだって、相手の目を真っ向から受け止め、見返していた。

 

 気高かった。

 いつだって、勝利のために全力を尽くし、その勝利を誇っていた。

 

 そして、優しかった。

 決して過剰な暴力は振るわず、余計な怪我をしないように気を使っていた。

 

 なのに、今は――

 

「させない……! お前に、そんなことを、させるものか――!!」

 

 月光が、福音の翼を片方、斬り飛ばす。

 次いで捨て身の一撃で、もう片方の翼も破壊した。

 

 ……それで十分だ。福音はもう、戦う力を失った。

 

 もう、十分だろう。

 

 だから。

 

「――ダメだああぁぁぁっ!!」

 

 その刃を。

 

 振り下ろさせては、いけない。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 月光を振り下ろす直前、横から衝撃を受け、止められた。

 

(……?)

 

 見れば、真紅の装甲――箒が、抱き付くようにして、己の右腕を止めている。

 

「もういいっ! もう十分だ、真改っ!!」

「…………」

 

 痛みを堪えるような顔で、箒が叫ぶ。

 

 ……なんだ? 何故泣いているんだ、箒。

 

「もういいんだ、真改! それ以上やれば、殺してしまうっ!!」

 

 また何か、嫌なことでもあったのか?

 それでまた、黙って耐えたのか?

 

 ……偉いな、箒。己とは大違いだ。

 

「それはダメだ。お前の剣は、そんなものじゃないだろう、真改っ……!!」

「…………」

 

 お前はまた、そうやって、己を助けてくれるのか。

 いつも心配ばかり掛けてすまない。

 いつも支えてくれて、ありがとう。

 

「お前がそんなことをする必要はないっ! そんなことを、お前にさせるものか……!!」

「…………」

 

 ……ありがとう。そして、すまなかった、箒。

 

 だが、もう、大丈夫だ。

 

「もういい。もういいんだ、真改。お前が、そこまでやる必要はないんだ」

「…………」

 

 大丈夫だ。

 

 もう、大丈夫。

 

 己は、今度こそ――

 

 

 

「――邪魔」

 

 

 

 ――確実に、止めを刺すから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ざわり、と。

 

 不意に、寒気を感じた。

 

 真改が、凄絶な血化粧を施した無表情で、私を――私の後ろを、睨み付けている。

 

「箒さんっ!!」

 

 焦ったような、セシリアの声。

 後ろを向くと。

 

 

 

 失った筈の翼を、

 

 

 

 光り輝くエネルギーで再生した、

 

 

 

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が、そこにいた。

 

 

 

「――邪魔」

 

 真改が私を突き飛ばし、福音に躍り掛かる。

 

 新たな翼を大きく広げて迎え撃つ福音。

 

 真改は月光を起動、ボロボロの右腕を動かして構え、

 

(ダメだ……やめろ……)

 

 紫色の光の剣を、福音の胸を目掛け、真っ直ぐに――

 

「真改ああああいっ!!」

「……っ!」

 

 ほんの、僅か。

 

 真改の一撃が、逸れた。

 

 福音はその隙を見逃さずに攻撃をかわし、真改の右腕を抱える。

 

 そして動きの止まった真改を翼で包み込み、零距離、全方位からの一斉射撃を浴びせた。

 

「――あ」

 

 全身をズタズタにされ、真改が落ちて行く。

 

 ――まただ。

 

「ああああぁぁっ!!!」

 

 また、私のせいで――!!

 

『『『『違うっ!!』』』』

「……!!?」

 

 不意に、プライベート・チャネルから、みんなの声が届いた。

 

『お前のせいじゃないっ! お前のおかげだっ!!』

『箒のおかげで、シンは殺さずに済んだんだよ!?』

 

 福音は軍用IS、操縦者も当然軍人だ。

 いかなる理由があろうと、殺してしまえば確実に厄介なことになる。

 

 ……いや、たとえなんのお咎めもなかったとしても、真改の心はさらに傷付いただろう。

 

 真改を、守ると誓った。

 ならば今すべきは、後悔ではない。

 

 ――そうだ。私はもう、迷わない。

 

『大丈夫、真改さんは無事です! 右腕も、きっと良くなりますわっ!!』

 

 海面に激突する寸前、セシリアが真改を抱き止めた。

 朧月はまだ展開されている、最低限の保護は、まだ残っているだろう。

 

 するとどこからか月船が飛んできて、セシリアの前で停止した。

 

『……真改さんを、おまかせします』

 

 その上に、真改をそっと横たえるセシリア。

 物言わぬ機械である月船は、真改を気遣うようにゆっくりと、戦場を離れていった。

 

(お前も、真改を守りたいのだな……朧月)

 

 真改が意識を失っている以上、月船を動かしているのは、月船とリンクしている朧月ということになる。

 主思いなのだろう、もしかしたら先の一撃は、朧月が外させたのかもしれない。

 

 真改の心を、守るために。

 

 直後に受けるだろう苛烈な反撃に、耐えきる覚悟と共に。

 

「お前も、私たちの仲間というわけか。……安心しろ、福音は私たちが倒す。お前は、真改を守ってくれ」

 

 返事などある筈もないが、それでも言わずにはいられなかった。

 

 朧月には、この言葉はきっと届くだろうと、思うから。

 

「……貴様を倒す理由が一つ増えたな、福音」

「さあ、始めますわよ。存分に、踊ってくださいな」

『あたしたちもすぐに着くわ! 出番を残しときなさいよっ!?』

「保証はできませんわっ!!」

「精々急ぐんだなっ!!」

『La――――♪』

 

 二刀を構え、一気に突撃。その私を後ろから掠めるように、しかし決して当たることなく、強力なレーザーが追い抜いていく。セシリアによるストライク・ガンナー用の大型レーザーライフル、〔スターダスト・シューター〕の連射だ。

 ブルー・ティアーズの強襲用高機動パッケージ、ストライク・ガンナーは、六機のビットをスラスターとして使っている。その分低下する火力を補うため、スターダスト・シューターは普段装備しているスターライトmkⅢを大きく上回る威力を持つ。

 

 その閃光を避けながら、福音は私目掛けて突撃してくる。

 翼が光のエネルギーとなり(おそらく、二次移行(セカンド・シフト)だろう)威力と数を増した光弾の雨を雨月と空裂のレーザーで迎撃しながら、剣の間合いに踏み込んだ。

 

「ぜぇいッ!」

 

 繰り出した一撃を避ける福音。相変わらず凄まじい機動力だが、しかしそれにも慣れてきた。返す刃で福音を追う。

 

『La――――♪』

 

 反撃に降り注ぐ光弾を距離をとり回避、再び突撃をかける私を、セシリアが援護する。

 

「はぁっ!」

 

 閃光が福音を撃ち抜いた。僅かに福音の体勢が崩れ、その隙に斬り込む。

 紅椿の機動力ならば、福音を追える。体勢が崩れていても、全身の展開装甲から噴き出すエネルギーにより斬撃に十分な加速を与えられる。

 前回はこれに振り回されていた。今も扱いきれているわけではないが、その隙はセシリアが埋めてくれる。

 

「はあああっ!!」

 

 少々の隙など気にせず攻撃する私に、福音が押され始める。

 それにより、福音は一旦大きく距離をとり、先ずは援護射撃を潰そうとセシリアに躍り掛かった。

 

「くっ!」

「セシリアっ!!」

 

 スターダスト・シューターは二メートルを優に越える巨大な銃だ。取り回しに難があり、近づかれれば為す術はない。

 

 ――だが。

 

『――――!?』

『遅くなったな!』

 

 一キロ先からの砲撃が、福音を阻む。

 砲戦パッケージ、〔パンツァー・カノーニア〕を装備したラウラによる狙撃である。

 

『よくも、マスターを……』

 

 ラウラは両肩に装備した八十口径レールカノン、〔ブリッツ〕による砲撃を続けながら、福音を睨み付け、吼える。

 

『よくも、一夏をっ!!』

 

 ブリッツは反動が大きいために機動と両立することは出来ないが、攻撃力と射程距離に優れている。

 これだけ離れた距離からでも脅威的な威力と命中率を維持しており、後方からの火力支援としては理想的だ。

 

『この装備では接近されれば対処できん! ここから援護するっ!!』

「了解した!」

「頼みますわよ!」

 

 ラウラの砲撃で福音の動きが止まった隙に、セシリアが距離をとる。

 だがセシリアが再び攻撃を仕掛けようとしたところで、福音が動く。両の手足、合計四ヶ所から発動する瞬時加速。

 ストライク・ガンナーの高速機動に易々と追い付き、光弾を放つ。

 

「くぅ……!」

『ちぃっ、速すぎて狙えん……!』

 

 セシリアは必死に逃げているが、福音は執拗に食らいついてくる。引き離すことが出来ず、ついに両の翼に囲まれた。

 

「『セシリアっ!!』」

「きゃああああっ!!」

 

 セシリアが光弾の洪水に飲み込まれ、爆煙でその姿が隠される。

 敵を一機撃墜し、福音は次の獲物としてラウラに狙いを定め――

 

「……おまたせ」

『――――!?』

 

 背後から、ショットガンの連射を浴びた。

 

「助かりましたわ――シャルロットさん」

「二度目は勘弁ね。シールドをほとんど持ってかれたよ」

 

 煙が晴れ、中から実体シールドとエネルギーシールドを二枚ずつ装備したシャルロットが現れる。

 リヴァイヴ専用防御パッケージ、〔ガーデン・カーテン〕により、福音の攻撃を防いだのだろう。

 

「「はあああっ!!」」

 

 セシリアとシャルロット、レーザーと実弾による連射から逃れるべく、福音が再び瞬時加速を発動して距離を取る。

 囲まれつつある状況から脱するために、包囲の薄い箇所を見定め、そこを目掛けて一気に加速し――

 

「――いらっしゃーい」

 

 紅蓮の炎の雨により、その逃げ道を塞がれた。

 

「随分派手にやってくれたじゃない……」

 

 攻撃特化の機能増幅パッケージ、〔崩山〕により衝撃砲を四門に増設した、鈴の甲龍による攻撃だ。

 

「倍返し程度で済むだなんて、思ってないでしょうねえっ!?」

 

 普段は不可視の筈の砲弾が、崩山により赤い炎を纏っている。その連射を受け、さすがの福音もたまらずに後退した。

 

 ――私たちの、包囲の中心に。

 

「全員、揃ったな」

「もう好きにはさせませんわよ」

「油断するな。攻撃力も機動力も桁外れだ」

「身を持って味わったよ。それでも、負ける気はないけどね」

「関係ないわ。ボコボコにして、海に沈めてやる」

『――――――』

 

 全員から溢れる闘志。

 

 必ず、倒す。

 

 絶対に、勝つ。

 

 これ以上、真改を傷付けさせないために。

 

 私たちが大好きな、一夏を守るために――!

 

「行くぞ、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)。お前には、ここで果ててもらう――!!」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ざぁぁぁん……ざぁぁぁん……。

 

「……どこだ? ここ……」

 

 遠くから聞こえる波の音。果てしなく続く、真っ白な砂浜。

 いつの間にか、俺はそこを一人歩いていた。

 じりじりと照りつける太陽の日差しを感じ、今が夏だと分かった。

 

「――。――♪〜〜♪」

 

 ……ふと、歌声が聞こえた。

 とてもきれいで、とても元気な、その歌声。

 なぜだか無性に気になって、その歌声の主を一目見ようと、声のする方に歩き出す。

 

「ラ、ラ〜♪ラララ♪」

 

 少女は、そこにいた。

 波打ち際、わずかに爪先を濡らしながら、その子は歌うように踊り、躍るように謡う。

 眩い輝きを放つ、純白の髪を揺らしながら。

 髪と同じ白色のワンピースを、風の吹くままに舞わせながら。

 

 真白な砂浜で、真白な少女が、踊っていた。

 

(ふむ……)

 

 どういうわけか、声をかける気にはならなかった。

 俺は何をするでもなくぼーっと突っ立ったまま、その少女の歌を聴き、踊りを眺め続ける。

 

 打ち寄せる波の音。それはまるで、少女の歌と合わせて、音楽のようで。

 

 時折吹く優しい風。それはまるで、少女と一緒に、踊っているようで。

 

 それらが、とても心地よくて。

 

 俺はただただぼんやりと、目の前の光景を眺めていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「おおおおおっ!」

 

 箒が二刀を振り上げ、斬り掛かる。福音は高く上昇してそれを避け、光弾の雨を降らす。

 

「させないっ!」

 

 シャルロットが箒の前に割り込み、光弾を防いだ。箒の紅椿はエネルギーの消耗を抑えるために展開装甲のエネルギーを機動力に割り振っているため、防御力が低下しているのだ。福音の攻撃を受ければ危険であり、シャルロットによる援護は不可欠だ。

 しかしガーデン・カーテンのシールドは既に大きく消耗しており、長い時間は耐えられない。

 

 だが、一瞬あれば十分だった。

 

「食らえっ!」

「釣りはいらんぞっ!」

 

 鈴とラウラによる十字砲火。広範囲を埋め尽くす衝撃砲と、弾速と精度の高い砲弾が福音に襲い掛かる。

 

『La――――♪』

 

 福音は更に上昇しながら、一層激しく光弾を放つ。包囲を抜けることを最優先とした動きだった。

 

 しかしそこへ――

 

「どちらへ行かれるのですか?」

 

 素早く回り込んだセシリアが、精密射撃の連射を浴びせた。上昇を邪魔され、福音は包囲を抜けることができない。

 

「今日はここが、貴方の寝室ですわよ?」

 

 次々と放たれる閃光。左右からは砲撃の嵐、そして下からは、箒とシャルロットが福音を追って来ていた。

 

「ここで仕留めるっ!」

「一気に行くよっ!」

 

 箒はレーザーを連射し、シャルロットはアサルトカノンを乱れ撃つ。

 五人の猛攻を受け、福音はエネルギーの翼で身を守るように全身を包み込んだ。

 

「くっ、硬い……!」

「それならっ!」

 

 福音の防御を破るため、シャルロットが接近する。

 左腕に力を込め、盾の下に隠したパイルバンカー、第二世代型最強の破壊力を持つ〔灰色の鱗殻(グレー・スケール)〕を準備する。

 

「これで……!?」

「!? シャルロット、退がれっ!」

 

 間合いに入る直前、突如福音が翼を広げた。

 翼の下から現れた装甲は所々がひび割れ、そこから小さな翼が伸びている。

 

 そして全ての翼から、全方位に一斉に光弾が放たれた。

 

「うわああああっ!!」

 

 目の前まで接近していたシャルロットが、光弾の直撃を受ける。咄嗟に構えた四枚のシールドを紙のように貫かれ、海へと落ちて行った。

 

「シャルロットさん!」

「セシリア、後ろだ!」

「!?」

 

 爆煙で視界が遮られた隙に、福音がセシリアの背後に回っていた。既に翼を広げ、攻撃態勢に入っている。

 

「包囲が……!」

「馬鹿、逃げろ!」

 

 セシリアは福音に銃を向けるが、遅い。

 銃身を掴まれ、光弾の斉射を受けた。

 

 一瞬で、ブルー・ティアーズのシールドエネルギーが枯渇する。

 

「おのれっ!」

「よくもっ!」

 

 鈴とラウラが砲撃の密度をさらに上げる。

 しかし福音は、主翼からの高速連射で衝撃砲の弾雨を、小型の翼からの精密射撃でレールカノンの砲弾を撃ち落とした。

 

「そんなっ!?」

「なんという……!」

 

 驚愕の隙を突き、福音が鈴に迫る。

 咄嗟に双天牙月を展開して迎撃しようとするが、主翼によって薙払われ、機体ごと吹き飛ばされる。

 体勢が崩れたところで光弾の雨を受け、撃墜された。

 

「おおおおおっ!」

 

 雄叫びを上げ、箒が突撃を掛ける。雨月と空裂を振るい、降り注ぐ光弾を切り払いながら福音に迫る。

 しかし福音の手数は圧倒的で、二刀では捌ききれない。それを見たラウラは瞬時加速で距離を詰めてから、再び砲撃を開始した。

 

「援護する! 行けえっ!!」

「おおおああぁぁっ!!」

 

 ラウラは有りっ丈の砲弾を撃ち込み、それにより出来た隙に箒が紅椿を滑り込ませる。

 

 そして、ついに――

 

「はあああぁぁっ!!」

『――――!』

 

 ――剣の間合い。

 

 二刀と全身の展開装甲から伸びるエネルギー刃を振るい、猛攻を仕掛けた。

 福音も同じように、全身の翼から光弾を放ちつつ間合いからの離脱を図る。

 

「ぜええああああっ!!」

 

 無茶な機動、無理な体勢からの攻撃により、全身の骨が軋む。その激痛を気合いで抑え込みながら、機体を更に加速させた。

 

「ああああぁぁっ!!」

 

 捨て身の踏み込みで、ついに福音の懐深くに入り込んだ。

 両腕を大きく広げ、左右から挟み込むように二刀の斬撃を繰り出す。

 

 紅椿の全推進力を乗せた、渾身の一撃。

 

 必殺の意志を込めたそれは、しかし。

 

 無数の小型翼に腕ごと絡め取られ、止められた。

 

「な……にぃ!?」

 

 拘束を振り解こうともがくが、びくともしない。

 ならば蹴りで、と脚部の展開装甲からエネルギー刃を伸ばそうとするが、いつの間にかその脚も絡め取られていた。

 

「箒っ!! くっ、射線に……!」

「構うな! 撃てえっ!!」

 

 だが、撃てない。

 紅椿を盾にされては、福音まで砲弾は届かない。箒を傷付け、それで終わりだ。

 

「く……そおおおぉぉ!!」

 

 福音は翼をラウラに向け、光弾を放った。

 パンツァー・カノーニアにより機動力の低下しているラウラにはかわしきれず、直撃。黒煙を上げて撃墜される。

 

「うあっ……!」

「ラウラ……!」

 

 ――全滅。

 

 ただ一人残っている箒も、身動きがとれない。

 

 そして福音の両腕が、ゆっくりと箒の首を掴み、締め上げる。

 

「ぐ……か、は……」

『――――――』

 

 光輝く翼が、箒を包み込んでいく。

 薄れ行く意識の中で、それでも箒は反撃の一手を模索していた。

 

(決めたんだ! 必ずみんなで、一夏の下へ帰るとっ! 諦めない、絶対に、諦めてたまるかあっ!!)

 

 ……その想いも虚しく。

 福音の翼が、少しずつ、その輝きを増していった――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「…………」

 

 目が覚めると、そこは既に戦場ではなかった。

 

「…………」

 

 どうやら己は、月船の上で眠っていたらしい。出力を絞った月船が、ゆっくりと海上を飛んでいる。

 

「…………」

 

 視線を巡らせると、遥か彼方に光が見えた。

 爆発とマズルフラッシュ、エネルギーの煌めき。

 

 ――戦の、光。

 

「…………」

 

 ならば、行かなくては。

 

 戦うのは、己の役目なのだから。

 

 己には、それしか出来ないのだから。

 

「……?」

 

 月船に指示を出すが、どういうわけか従わない。戦場に戻ろうとせず、ただ真っ直ぐ飛び続ける。

 

「…………」

 

 朧月の損傷は激しい。月船とのリンクに何かしらの不具合が生じたのかもしれない。

 

 ……仕方ない、置いて行くか。

 

「…………」

 

 月船を降り、朧月のスラスターで飛行する。

 

 しかし、戦場に向かう己の前に――

 

「……?」

 

 ――月船が、立ちふさがった。

 

「…………」

 

 スラスターの一部を下に向け、己の前でホバリングしている。

 

 ……どうやら本格的に、故障しているらしい。

 

「…………」

 

 月船を押しのけて再びスラスターを噴かそうとするが、またも月船が己の前に出た。

 

「…………」

 

 ……邪魔だな。斬り捨てるか。

 

 そう考え月光を起動すると、月船は逃げるように飛び去って行った。

 

「……?」

 

 ……なんだったんだ、一体。

 

 まあいい、とにかく邪魔はいなくなった。

 

「…………」

 

 では、行くか。

 

 敵の下へ。

 敵と戦いに。

 敵を、殺しに。

 

 あの頃のように。

 

 あの頃と、同じように。

 

「…………」

 

 

 

 なぜなら、己は。

 

 

 

 ただの、真改なのだから。

 

 

 

 




ACfAにおける真改

① 他の一切をガン無視で主人公に切りかかって来る
② もちろんガトリングの弾幕もグレネードの爆発も無視
③ しかも攻撃は超高速かつ鬼ホーミングかつ直撃数発でオワタ
④ おまけにフラッシュロケットでロックできない
⑤ 装備によっては輝美のプラズマでレーダーも利かない
⑥ 逃げる? 仕方ないなあ、背中から斬っちゃおうねえ
⑦ 攻略法はあるが、熱過ぎるシチュエーションに酔って真っ向勝負を仕掛けてしまう

……なんだこの初見殺し。ていうか私、いまだにちょくちょく殺されるんですが。

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