IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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甲「やーいやーい、アクアビットマン!」
蒼「ひどい燃費ですわね。それで満足に戦えるのかしら?」
白「う、うう……」
疾「ちゃんと主を守れるの?」
黒「無理だろうな、欠陥品には」
紅「せめてエネルギーの回復手段くらいなければな」
白「う、うえぇ……」
甲「武器もコジマブレードしかないしね!」
白「こ、コジマブレードじゃないもん! 零落白夜だもん!」
蒼「同じようなものですわ」
疾「一撃必殺、バリア無効だもんね」
白「う……うわああん!」
黒「あ、泣くぞ! アクアビットマンが泣くぞ!」
紅「目からコジマが溢れるぞ!」
甲「みんな離れて! 汚染されるわよ!」
白「で、出ないよ! コジマなんて出ないよぉ!」
蒼「アクアビットマンがコジマを出さない筈がありませんわ!」
疾「逃げろ〜!」
白「ち、違うもん……アクアビットマンじゃないもん……!」
黒「やーいやーい、アクアビットマン!」
紅「アクアビットマ〜ン!」
朧「やめなさい!」
「「「「「!?」」」」」
朧「この子はちゃんと頑張ってるじゃない! それなのにこんなことして、恥ずかしくないの!?」
甲「変態の子が来たわよ!」
蒼「変態同士、仲がよろしいようですわね!」
朧「あんたたち……!」
疾「二人で仲良くしてればいいよ」
黒「だが、汚染は人に迷惑がかからないところでな」
紅「うむ、環境は大事だからな」
朧「……もういい、斬り捨ててやる!」
白「も、もういいよ……! 庇ってくれただけで十分だから……!」
朧「……あなたが、そう言うなら」
白「……ありがとう、いつも守ってくれて」
朧「頑張りましょう。あなたはアクアビットマンなんかじゃない、立派なISなんだから」
白「……うん。私、強くなるよ! みんなのこと、守れるくらいに!」






上記の内容は本編とも外伝とも関係ありません。

全く、一切、これっぽっちも関係ありません。

だから気にしないでねっ!!



外伝3 桜色の微笑み

 ピピピピッピピピピッピピピピッ――

 

「……んあ……あと五分……」

 

 毎朝律儀に己の役目を果たす目覚まし時計に、無意味かつお約束なお願いをする。

 けど仕方ないと思う。昨日も遅くまで受験勉強をしていたのだから、休みの日にちょっと寝過ごすくらいは許して欲しい。

 

 というわけで、枕元の目覚まし時計に手を伸ばしアラームを解除。

 いざ行かん、安らかなる夢の世界へ!!

 

「さっさと起きろ、馬鹿野郎」

 ズドムッ!!!

「ぐぶぉうっ!!?」

 

 覚醒仕掛けた意識をもう一度手放そうとした俺の鳩尾に、容赦の欠片もない鉄拳が落とされる。

 

 ぐはっ、息が……! もう一度どころか永遠の眠りにつきそうなくらいのダメージがっ!

 

「いい御身分だな、受験生。よほど余裕があると見える」

「ぐおおお……この的確かつ強烈な一撃、スミカか……」

 

 鳩尾を押さえながら顔を上げると、そこには仁王のように俺を見下ろす、燃えるような赤いショートヘアの見慣れた少女がいた。

 

「帰って来てたのか……」

「今朝な。出迎えも何もないから一言文句を言ってやろうと思って来てみれば、まだ寝ていたとは」

「ざけんな、まだ六時だぞ……」

「そうだな、さあ朝飯を作れ。長旅で腹が減っている」

「暴君め……」

 

 無遠慮の極みなコイツは、霞スミカ。

 俺とは随分長い付き合いの所謂幼なじみなのだが、スミカは日本にいないことが多いので、こうして会うのは三ヶ月ぶりくらいだ。

 

「仕事はもういいのか?」

「金と権力にしか興味のない爺どもの相手はうんざりだからな。さっさと終わらせてきた」

 

 仕事というのは、世界最強の兵器、ISの実験や研究だ。スミカはイタリアでISのパイロットをしているのだ。

 

「そうか。お疲れさん」

「その通り、私は疲れている。分かったら飯を作れ、手早くな」

「へいへい。……くあぁ……」

 

 あくびをしながら起き上がり、厨房に向かう。冷蔵庫を開けると中身を確認。

 ……卵がある。スクランブルエッグでも作るか。ベーコンもある。焼くか。あ、レタスだ。サラダにしよう。あれ、パンとチーズが残ってる。トーストだな。グレープフルーツか。絞ってジュースに――

 

「ふむ、美味かった」

「……食いやがった。作りすぎたと思ってたのに」

 

 これだけ食ってなんで太らないんだ、こいつは。

 

「さて、それでは私は寝させてもらうぞ」

「はあ? 朝だぞ? 俺を起こしといて自分は寝るのかよ」

「時差を考えろ。私はさっきまでイタリアにいたんだ。向こうは今真夜中だぞ」

「ああ、そうか。そういやそうだな」

「というわけで、昼まで休ませてもらうぞ」

「ああ、お休み」

「襲うなよ?」

「……そこまで命知らずじゃねえよ……」

 

 中学二年の時、スミカにしつこく交際を迫った先輩がいたのだが、彼は語るのもおぞましいほどに悲惨な目に遭ったのである。

 それからというもの、スミカに声を掛ける男は激減した。俺の通う中学では知らぬ者のいない話である。

 

「ふん、意気地なしめ」

 

 そう言って、何故か俺の部屋のベッドに寝に行くスミカ。

 ……寝るなら千冬姉のベッドで寝ろよ。匂いが移ったら俺が寝られなくなるだろ。

 

「まあ、起きたら勉強くらいは見てやろう」

「頼むぜ。いくらやっても不安でさ」

 

 スミカは勉強もスポーツも常にトップというトンデモ人間なのだ。性格がキツ過ぎるのと家事がまるでダメなのが玉に瑕だが。

 ……こいつがいると千冬姉が二人いるみたいに感じるのは俺だけでないはず。

 

「私が起きるまで起こすなよ。起こしたら、お仕置きだ」

「分かってるよ、お姫様」

 

 そうして、スミカはベッドに入った。

 静かな寝息が聞こえる部屋で机に向かい、俺は高校受験の勉強を始めたのだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……まさか会場を間違えるとはな。なんのための受験勉強だ、馬鹿馬鹿しい」

「…………返す言葉もありません…………」

 

 結論から言うと、俺は高校には入学できた。それも目指していた藍越学園よりも遥かにレベルの高い、IS学園に。

 

 なら何も問題ないじゃん、むしろ良かったじゃん、と思うのは早計に過ぎる。

 なぜならば、IS学園とは文字通りISについて学ぶ学園であり、ISとは世界最強にして女性にしか扱えない兵器なのだ。

 

 ……つまりこの学園の生徒は俺以外全員女。俺はどういうわけかISを起動出来てしまい、世界で唯一男でISが使える存在として、半ば以上無理矢理ここに入学させられたのである。

 

 当然、入試の成績などどうとも思われていない。俺は学生というよりも、ただの研究対象でしかないのだから。俺の勉強に付き合ってくれたスミカが怒るのも無理はない。

 

「……なあ、スミカ」

「なんだ、馬鹿。どうかしたか、馬鹿者。何か言いたいことでもあるのか、馬鹿野郎」

「……そろそろ心が折れそうなんだが……」

「へし折ってやろうか?」

「遠慮させていただきます」

 

 マジでやりかねん、こいつなら……。

 

 そんな遣り取りをしていると、なにやら鮮やかな金色が目に入った。

 

「ちょっと、よろしいかしら?」

「ん?」

 

 見ると、金髪を縦ロールにした見るからにお嬢様って感じの女の子がいた。

 

「ちょっと、聞いてますの? お返事は?」

「へ? ああ、聞いてるよ。なんか用か?」

「まあ! なんですの? そのお返事は! このわたくしに話しかけられたのですから、相応の態度というものがあるのではなくて?」

 

 うへえ……。苦手だ、こういう子。

 ISが世に出てからというもの、世界は急速に女尊男卑になった。ISは既存の兵器がガラクタに見えるほどの性能により世界のパワーバランスそのものとなっており、そのISを動かせるのが女性だけだからだ。

 つまりISを動かせる女こそが強く、男は精々女の小間使いくらいに考える人が増えてきているのだ。

 

 しかし俺はそんな考えが嫌いである。

 だって、考えてもみてほしい。いくらISを動かせるのが女性だけだと言っても、全ての女性がISを動かせるわけではないし、そもそもISは世界に467機しかないのだ。男の体力はまだまだ必要なはず。

 引っ越しのバイトとかキツいぞ? ISでダンボール箱運ぶのか?

 

「……おい一夏、友人は選べよ」

「なっ!? なんですの、あなた! 失礼ではありませんこと? わたくし、この方とは知り合いですらありませんわ!」

「……そこかよ」

 

 ツッコミどころが違う。

 

「……気分を害したってんなら、謝るよ。けど俺、君が誰だか知らないし」

「まあ! わたくしを知らない? このイギリス代表候補生にして入試次席の、セシリア・オルコットを?」

 

 ……ん? 代表候補生? なんか聞き覚えが……。

 

「スミカもそうじゃなかったっけ?」

「去年まではな」

「あら、成績不振で解任されたのかしら?」

「ほう? それが入試主席に対する口の聞き方か?」

「な、主席……!? それではあなたが、わたくしの他に唯一、教官に勝ったという……?」

 

 スミカの言葉になにやら打ちのめされた様子のオルコット嬢。

 ていうか入試主席か。相変わらずトンデモねえな。

 

「流石は代表候補生、次席でそこまで天狗になれるとはな、恐れ入る」

「な、な、な……!」

「ああ、そうか。だから次席止まりなのか。気付かなくてすまなかったな、入試次席のセシリア・オルコット」

「う、ううぅぅぅ……!」

「……そこらへんで許してやれよ、泣きそうだぞ」

 

 入学早々やりすぎだ。そんなんじゃ友達できないぞ。

 

「俺に用があったんじゃなかったのか?」

「そ、そう! そうですわ! あなた、ISに関しては初心者なんでしょう? わたくしがISについて教えて差し上げてもよくってよ?」

「随分と優しいんだな、入試次席は。だが安心しろ、こいつには私が教える。次席の手を煩わせるまでもない」

「ああ、もう! さっきから次席次席とっ! わかりました、わたくしが悪かったのですわっ!」

「それでいい。これからも身の程を弁えろよ、オルコット」

「く……! 覚えてらっしゃい、いつか必ず、見返して差し上げますわ……!」

 

 お嬢様言葉で三下みたいなセリフを吐きながら去って行くセシリア。

 ……スミカに喧嘩を売ったのが悪いんだ、端っから勝ち目なんてないんだから。

 

「相変わらず、トラブルには事欠かないヤツだな」

「そのトラブルを加速させるヤツに言われたかねえよ……」

 

 スミカは気に食わなければ誰に対しても喧嘩を売るし、誰からの喧嘩でも買う。

 それは俺の姉にして元世界最強である千冬姉が相手でも変わらない。何度我が家が戦場になったことか。

 つまりはスミカとやり合うには、千冬姉くらいの実力と精神力が必要なのだ。

 

 ……世界最強と互角って、どんだけだよ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「納得行きませんわっ!」

 

 バーンッ! と机を叩いて立ち上がったのは、何を隠そうセシリア・オルコット。

 彼女が何について憤っているのかと言うと、現在クラス代表なるものを決めるための話し合いが行われているのだが、物珍しさからか俺が推薦されたのである。

 プライドと自信に満ち溢れたセシリアは自分がクラス代表に相応しいと信じて疑わないようで、そのセシリアを差し置いて俺が推薦されたことが気に食わないのだ。

 

「クラス代表は、その名の通りクラスで最も優秀な者が務めるべきです! そしてそれは、このイギリス代表候補生、セシリア・オルコットを置いて他にありませんわ!」

 

 ……熱の籠もった演説ご苦労様だが、やめといた方がいいと思うな……。

 

「学ばないな、入試次席」

 

 ゆらり、と立ち上がる女子が一名。誰かは言うまでもない。

 

「せっかくだ、私も代表に立候補させてもらう」

「な……!?」

「クラス代表はクラスで最も優秀な者がなるべきなんだろう? ここはIS学園、能力の優劣もISで決まる。ひとつ勝負といこうじゃないか」

「く……! いいでしょう、受けて立ちます! 決闘ですわ!」

「よし、決まりだ。場所は――」

「待て、馬鹿者。勝手に話を進めるな」

 

 どんどんヒートアップしていく二人に、千冬姉が待ったをかける。その顔は呆れと怒りに満ちていた。

 

「霞、お前にはクラス代表は任せられん」

「……ほう? どういうことだ?」

「クラス代表は他のクラス代表や生徒会との会議にも出席する。お前のような狂犬には務まらん」

「……言ってくれるじゃないか」

 

 二人の間で、バチバチと火花が散る。

 ……また喧嘩か。いい加減にしてくれ、もう何年目だよ。巻き込まれる方の身にもなってみてくれよ。

 見ろ、教室中の女の子が怯えているじゃないか。俺と違って慣れてないんだから。

 

「……いいだろう。なら私は、決闘の代理を立てるとしよう」

「なに?」

 

 スミカの言葉に千冬姉が怪訝そうな顔をする。

 そしてスミカの首がぐりんと回り、バッチリ俺と目が合った。

 

「一夏、()れ」

「おい!? なんか今発音がえらい物騒だったぞ!?」

「構わん、()れ」

「構うよ! 構うに決まってんだろっ!」

「ちっ、意気地なしめ……」

「意気地とかそういう問題じゃねえし!」

「どういうことですの!? そんな素人がわたくしの決闘の相手ですって!?」

「私の弟子みたいなものだ。そこそこ戦えるだろうさ」

「いや、ISのこととか全然教わってないし!」

「あれほど稽古をつけてやっただろう」

「あれはただの虐待だっ!!」

 

 そこまで言うと、スミカの眉がギュインと跳ね上がった。

 

「ほう……? 口答えか?」

「ひぃ……!?」

 

 睨みつけ+ドスの利いた声に震え上がる。

 ま、まずい、俺の身に染み付いた恐怖が……!

 

「決まりだな。私の代理として、織斑一夏がセシリア・オルコットと決闘する」

「……その場合、仮に織斑が勝ったとしてもお前はクラス代表にはなれんぞ」

「構わないさ。その女の鼻をへし折ってやりたいだけだからな」

「「「「「うわあ……」」」」」

 

 理不尽極まるその動機に、クラスメイト総どん引き。加えて千冬姉に対する物言いから、スミカに逆らってはいけないと思ったことは明白だった。

 

 ……スミカに友達、できるかなあ……。

 

 ……無理そうだなあ……。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 結論から言おう。

 

 負けました。

 

「………………よくもまあ、恥をかかせてくれたな」

「自業自得だろうがっ!!」

 

 理不尽だ。理不尽すぎる。

 

「あの程度の相手に勝てないとは。見込み違いだったか」

「俺は今回初めてのバトルだぞ!? 代表候補生に勝てるわけないだろうが!」

「そんな弱気だから勝てないんだ」

「精神論でなんでも解決すると思うなよ……!」

 

 ていうかお前精神論者じゃねえだろ。こんな時だけ都合良く持ち出すんじゃねえよ。

 

「とにかく、特訓だな。これから毎日鍛えてやる」

「ま、待て、スミカ。一夏は接近戦主体だ。コーチには私の方が適している」

 

 そこでもう一人の幼なじみ、篠ノ之箒の援護射撃。

 頑張れ箒、お前の特訓も厳しいが、スミカのよりは遥かにマシだ……!

 

「そういうことは私に勝ってから言え」

「お、お前は専用機持ちだろう! 私は訓練機だぞ!」

「生身でも構わんぞ」

「ぐっ!? ……ぐぬぬぬ……」

 

 撃沈。秒殺。嗚呼、無念。

 

「……まあ、お前にも手伝ってもらうか」

「そ、そうだろう! 教え役は多い方がいいからな!」

 

 ダメだ、完全にスミカの手の上だ。

 きっと面倒くさいことばっか押し付ける気なんだ……!

 

「一夏」

「な……なんだよ」

 

 まずい、考えを悟られたか……?

 

「強くなれ。お前の答えを、成就するために」

「……?」

「……さて、流石に今日は疲れたろう。特訓は明日からだ」

 

 ……珍しい、スミカならスパルタ根性で今日から特訓だろうと思ってたのに。

 

 そうして、スミカは去って行く。

 アリーナのピットを出る直前、

 

「……お前は、歪むなよ」

 

 何か、言っていたように聞こえた。

 

 なんて言ったのかは、分からなかったけれど。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「その情報、古いよ」

 

 それはクラス対抗戦の話題で盛り上がっていた時のこと。

 

 突然の来訪者は俺の三人目の幼なじみ、凰鈴音だった。

 

 ちなみに鈴が古いと言った情報とは、クラス対抗戦に出場する専用機持ちが俺以外には一人しかいないというものである。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったから。そう簡単には優勝できないわよ」

 

 そう言って、不敵に笑う鈴。と思ったら、その顔がさーっと青くなった。

 

 ……背後に気配、いや、威圧を感じるな。

 

「久し振りだな、鈴」

「げえ、スミカ!」

「再会をそこまで喜んでもらえるとはな。私も嬉しい」

「お前にはあれが喜んでいるように見えるのか」

 

 病院行け。眼科でも耳鼻科でもない、精神科だ。

 

「迂闊、そういやアンタ、イタリアの代表候補生だったわね……!」

「今は違うがな」

「え? そうなの? 一体どうしたのよ」

「それはまた今度話してやろう。今は後ろを向くといい」

「はあ? 何言って――」

 

 鈴が振り向くと、そこには出席簿を振り上げた千冬姉の姿が。

 

 バァンッ!

 

「もうSHRの始まる時間だ。自分の教室に戻れ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ」

 

 千冬姉にギロリと睨まれて、鈴は逃げて行った。

 

 ……かわいそうに、まさに前門の虎、後門の狼だった。狼が逃がしてくれたけど。

 

「面白くなってきたな。幼なじみ対決か」

「お前も早く席に着け。それに、まだ織斑と凰が戦うと決まったわけではない」

「お互い勝ち残れば戦うことになる」

 

 ……期待が重い。なにが重いって、期待を裏切った時のお仕置きが恐すぎる。

 

 ……訓練、頑張るか。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 結論から言おう。

 

 クラス対抗戦は邪魔が入り、鈴との決着は着かなかった。

 邪魔した無人機と思われるISはどうにか撃破したものの、俺は全身が打撲やら筋肉痛やらで今はベッドの上だ。痛え。超痛え。

 

 だというのに。

 

「いい様だな」

「この上心まで抉ろうというのか……」

 

 思わず声に出るくらいのドSっぷり。流石である。

 

「他にやりようがあっただろう」

「うっせえ、他に思いつかなかったんだよ……」

「お前の武装は剣だけだ。まずは間合いに入らなければ話にならん。剣の稽古よりも、まずは機動を身に付けろ」

「ああ、身に染みて分かったぜ……」

 

 相手に近づくことから出来てなかったからな。剣技云々以前の問題だ。

 

「……いい様だな」

「まだ言うか。勘弁してくれよ……」

「……ふん。だがまあ、最後の一撃は、格好良かったぞ。少しだけ、見直してやるか」

「…………」

 

 ……参ったなあ。飴と鞭じゃないが、たまにこういうこと言われちまうと、キツい特訓も頑張れちまうんだよなあ……。

 

「じゃあ、もう寝ろ。ちゃんと体を休めろよ。治り次第、また特訓だ」

「りょーかい。……また頼むぜ、師匠」

「これからはもっと厳しく行くぞ」

「……ほどほどに頼むぜ、師匠」

 

 ……いや、ホントにほどほどに頼む。頼むから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……貴様は」

「久し振りだな、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「……知り合いか? スミカ」

「まあな」

 

 ある日、転校生がやって来た。

 しかも二人同時。

 しかも片方は男。

 

 当然クラスは二人目の男子生徒に視線が釘付けなんだが、スミカだけはもう一人の転校生、小柄で左目に眼帯をした銀髪の女の子を見ていた。

 しかもその銀髪の子もスミカを知っているようだった。

 

「……スミカ? 偽名か?」

「お前が知っている方の名が偽名だ」

「偽名? スミカ、向こうじゃ偽名使ってたのか?」

「実名を出すと、日本に戻って来た時に色々面倒になりそうだからな」

「……そんな理由かよ」

 

 しかも本気っぽい。

 偽名名乗る方が面倒になりそうだけどなあ……。

 

「……ふん。ちょうどいい、お前への借りを返させてもらう」

「お前に何かを貸した覚えはないんだが」

「ぬかせ。教官への侮辱、忘れたとは言わせんぞ」

「教官? 誰のことだ? それに私は、誰かを侮辱したことなどないぞ」

「嘘吐け」

「……一夏、あとでお仕置きだ」

 

 バカな、絶対に聴こえないように言ったのに!?

 

「……貴様もだ」

「へ? 俺?」

「私は認めない。貴様如きが教官の弟であるなどと、認めるものか」

「また何かやらかしたのか。私を巻き込むなよ」

「そのセリフ、そっくりそのまま返させてもらうぜ」

 

 俺より先にお前がなんか言われてたろうが。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 それは、俺がみんなと放課後の訓練をしている時のことだった。

 

「!? ね、ねえ、アレってもしかして……」

「まさか、ドイツの第三世代型……!?」

「完成していたというの……!?」

 

 周囲の囁きが聴こえたのでアリーナの入口を見ると、黒いISを展開した、例の銀髪眼帯の転校生がいた。

 

「さて、私は帰らせてもらう」

「逃げんな」

 

 面倒を押し付ける気満々なスミカを捕まえる。

 ものすごい目で睨まれたが、以外なことに転校生――ラウラ・ボーデヴィッヒからの援護射撃があった。

 

「セレン・ヘイズ。私と戦え」

「…………」

 

 ……セレン・ヘイズ? それがスミカの偽名か?

 

 ……あれ? その名前、なんか聞いたことある気が……。

 

「セ、セレン・ヘイズ!? あの、世界最年少国家代表の!?」

「……ちっ」

 

 もう一人の転校生、世界で二人目の男のIS操縦者、シャルル・デュノアの言葉。

 

 ……え? 国家代表? 代表候補生じゃなくて?

 

「……あー!! どっかで聞いたことあると思えば、ニュースでやってた! 十四歳で国家代表になったやつがいるって!」

 

 それがスミカだったってことか。

 ……冗談だろ。とんでもないヤツだと知ってはいたが、これほどとは。

 

「なぜ私が戦わなくてはならん」

「言ったはずだ。貴様は教官を侮辱した、絶対に許さんと」

「教官て、千冬姉のことだよな?」

「そうらしいな」

「……いつものことじゃん」

「いつものことなんだが、それがアレには気に食わないらしい」

 

 スミカと千冬姉の喧嘩なんていつものことだし、その際二人ともすごい悪口を言い合うが、どちらも本気で言ってるわけではない。

 俺はじゃれ合いみたいなものだと思ってるんだが。確実に酷い目に遭わされるので、絶対に言わないけど。

 

「何度も負かしてやったろう。まだ負け足りないのか?」

「ふん、私がいつまでも弱いままだと思うなよ」

「それでも、私に勝てるほどとは思えんな」

「……ならば、試して――!?」

 

 ラウラが先手必勝と言わんばかりに、肩に装着されたレールカノンをスミカに向けた瞬間。

 

 ラウラの額に、スミカの持つレールガンが突き付けられていた。

 

「は、速い……!」

「やれやれ、口ほどにもないな。まるで成長していない」

「くっ……!」

 

 心底馬鹿にしたような口調で言うスミカに、ラウラが悔しげに歯噛みする。

 二人の間にある力の差は歴然だった。

 

「今日は勘弁してやる。次は初撃をかわせるくらいにはなってから来い」

「貴様あ……!」

 

 ラウラから銃口を逸らし、スミカはこれで終わりとでも言うようにくるりと背を向ける。

 それは油断などではなく、背中から撃たれてもどうとでもなるという、絶対的な自信の顕れだった。

 

「まったく。あの馬鹿のせいで、私の正体が知られてしまった」

「……そうか、それで去年までは候補生だったって言ったのか」

「去年からは代表になったからな」

 

 衝撃の新事実にみんなが唖然としている中、スミカはセシリアに目を向ける。

 

「良かったな、セシリア。あの時あのまま戦っていたら、恥をかいていたぞ」

「……もう十分かかされましたわ……」

 

 がっくりとうなだれるセシリア。

 それはそうだろう、国家代表ということは、既にISの世界大会、モンド・グロッソに出場できるだけの実力を有しているということなのだから。あくまでその候補の一人に過ぎないセシリアとは、天と地ほどの実力差があるだろう。

 

「……まったく、面倒なことになりそうだ」

 

 しかしスミカはそんなことはまるで気にした様子はなく、ただこれから起きるだろう波乱に面倒そうな顔をしていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 結論から言おう。

 

 面倒なことになった。

 昨日のアリーナにいた生徒がラウラの言葉を聞いており、そこからスミカの正体があっという間に学園中に広まったのである。

 

「ええっ!? 霞さんが、セレン・ヘイズ!?」

「た、確かに、セレン・ヘイズを日本語にすると、霞スミカになるよね……」

「世界最年少国家代表……こんな大物がすぐそばにいたなんて……!」

「サインもらいに行こうっ!」

「あ、私も行く!」

「抜け駆けは許さないわよっ!」

 

 

 

「……あの子兎、やはり先手を打ってぶち殺しておくべきだったな……」

「そういうことは思っても口に出すんじゃねえよ」

 

 千冬姉に対するのと同じようなテンションで躍り掛かってきた女子たちを千切っては投げ千切っては投げ、スミカはようやく一息ついた。

 今では誰も近づけないように、全身から怒りのオーラを放っている。

 

「……しかし、この私が国家代表とはな。皮肉なものだ」

「? なんのことだ?」

「独り言だ、気にするな」

 

 そうは言うが、そんなどことなく寂しそうな顔をされれば気になるのは仕方ないと思う。

 

 スミカのそんな顔は、初めて見たから。

 

「……まあ、バレてしまったのなら仕方ない。面倒だが、売られた喧嘩は買ってやる」

「あの子らは別に喧嘩売ってるわけじゃないと思うけどな……」

 

 ていうかスミカに喧嘩売るような勇者(バカ)は、この学園にはもうほとんど残っていない。上級生の中にさえも。

 

「奴には学年別トーナメントで灸を据えてやるとするか」

「……ほどほどにな。これ以上十代女子にトラウマを植え付けるなよ」

「ふん、精神が軟弱なんだ」

「お前の鋼鉄製精神と比べるな」

 

 いつも通りの軽口。

 どうせまた、凶暴な言葉が返ってくるだろうと、思っていたのに。

 スミカの様子が気になって、いつものスミカに戻って欲しくて、わざとそう言ったのに。

 

「……たとえそうだとしても。その鋼鉄には、亀裂が入っているだろうさ」

「……スミカ……?」

 

 泣きそうな顔で、痛みを堪えるような声で。

 

 スミカは、そう答えた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 そうして、学年別トーナメント。

 今年はどういうわけかタッグ戦になり、俺のパートナーはスミカである。

 

 ……このペアが決まるまでに何度か惨劇があったのだが、あまりにも惨たらしいモノだったので割愛する。

 

「……今日こそ、貴様を倒す。貴様など教官の足下にも及ばないことを、この私が証明してやる」

「懲りない奴だな、ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前では私には勝てんと、いい加減分かりそうなものだが」

 

 対戦相手はラウラと箒ペア。ラウラはスミカしか視界に入れていないので、俺は箒と戦うことになるだろう。

 

 ……ぶっちゃけスミカなら二対一でも余裕っぽいが、そこはアレだ、俺にも意地ってもんがある。

 

「あっちはあっちで盛り上がってるみたいだし、お前の相手は俺だぜ、箒」

「望むところだ。全力で行くぞ、一夏」

 

 こっちは接近戦特化型の専用機の白式、箒は訓練機の打鉄だ。かなり大きなハンデだが、箒はそれで手を抜けるほど甘い相手ではないし、それで喜ぶような温い根性をしていない。

 

 ――やるからには、全力だ。

 

「貴様のその機体。それも、完膚無きまでに破壊してやる」

「なんだ、物にあたるのか? お子様だな」

 

 ラウラの殺気の籠もった視線もまるで効いた様子もなく、馬鹿にしたような口調で話すスミカ。

 それを受け、ますますラウラの殺気が強まっていく。

 

「気に入らん。その名前も、その色も。教官を侮辱しておきながら、教官を模倣するその根性が」

「――ほう」

 

 スミカの気配が変わる。

 さっきまでの面倒そうな気配は完全に消え、代わりに凄まじい怒気を放っていた。

 

「模倣だと? この私が?」

「模倣だろう、どう見ても。

 ……偽物め。貴様はこのラウラ・ボーデヴィッヒと、〔シュヴァルツェア・レーゲン〕が倒す」

「……いいだろう、相手をしてやる。かかって来いよ、子兎。この私を偽物と言ったこと、後悔させてやろう。

 ――この霞スミカと、〔シリエジオ〕がな」

 

 スミカが身に纏う、桜色の装甲。

 

 千冬姉がかつて使っていたIS、〔暮桜〕と同じ色と名前の機体。

 

 だがそれは、決して千冬姉を真似してのモノではない。スミカほど自我の強い奴が、自分の専用機で誰かの真似などする筈がない。

 俺は知らないけれど、そこには何か、譲れないモノがあるのだろう。

 

 それを模倣と言われれば、スミカが黙っている筈がない。

 

 両手に持つレールガンを真っ直ぐにラウラに向け、烈火の如き戦意を滾らせて、スミカは宣戦布告をした。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ……当たらない。

 

 当たらない、当たらない、当たらない――!

 

「口ほどにもないな、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「おのれっ……!」

 

 レールカノンも、ワイヤーブレードも、不可視の筈の停止結界も、何一つ当たらない。

 セレン・ヘイズはあえてワイヤーブレードの届く距離で戦っているというのに、どうしても当たらない。

 

 この女は自らの力を見せ付けるように、今も私の猛攻を、涼しい顔で避けている――!

 

「そら、私はただ避けるだけの的ではないぞ」

「ぐあっ……!」

 

 反撃に一発。

 セレン・ヘイズのレールガンが電磁の煌めきを放ち、超高速の弾丸が私の額を撃ち抜く。

 ロックオンの警告と同時の攻撃。まるで速撃ち(クイック・ドロー)のように、銃を構える前に、既に照準を終えている。

 

「この程度もかわせんか。それで良く私を倒すなどと言えたものだ」

「ぐううう……!」

 

 散発的に攻撃が繰り返される。レールガンの出力を絞っているのか、ダメージは大したことはない。

 だが一発たりとも外すことなく、全ての弾丸が正確に私の額を小突いてくる。

 

 この女は、こう言っているのだ。

 

 お前など、その気になれば次の瞬間には倒せると――!

 

「おおおおぉぉっ!!」

「おっと、危ない」

 

 言葉とは裏腹に私の一斉攻撃をひらりとかわし、また一発、銃弾が撃ち込まれた。

 

 ……完全に、遊ばれている。

 

「ぬうぅ……!」

 

 怒りと悔しさと不甲斐なさが溢れる。

 私はセレン・ヘイズを、教官を侮辱したこの女を倒すために、力を求めたのに――!

 

「やはり成長していないな、ラウラ・ボーデヴィッヒ。少しは期待していたのだが。……終わらせるか」

 

 レールガンの煌めきが増す。両手から交互に発砲され、私の額を連続して撃ち抜く。着弾の衝撃に上体が大きく仰け反り、攻撃もままならない。

 見る見るうちにシールドエネルギーが減っていき、瞬く間に危険域に入った。

 

(力が……力が、欲しい……!!)

 

 この女を倒す。

 そのためだけに、一層訓練に明け暮れて来た。

 

 その全てが無駄だったなど、認めるものか。

 

(……力を……)

 

 必ず、倒す。

 

 そのためならば、何であろうとくれてやる。

 

 だから。

 

 この女を、倒すために。

 

(力を……寄越せ――!)

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……ぅ……ぁ……」

「目が覚めたか、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 全身の痛みと共に目覚めると、枕元にあの女がいた。

 

「……何をしに来た」

「お前の無様を笑いに」

「…………」

 

 ……本当に、気に入らない女だ。

 

「自分が何故そんな状態になっているか、分かるか?」

「…………」

「ヴァルキリー・トレース・システム。名前くらい知っているだろう? それがお前の機体に組み込まれていた」

 

 ヴァルキリー・トレース・システム。

 文字通り、歴代のモンド・グロッソ部門優勝者(ヴァルキリー)たちの動きを模倣(トレース)するシステムで、研究・開発の一切が禁止されている代物だ。

 

「一目見て分かったぞ。あれは千冬の動きだった」

「…………」

「私を模倣だの偽物だのと言っていたクセに、お前自身がそうだとはな。これを無様と言わずになんと言う」

「…………」

 

 ……悔しいが、この女の言うとおりだ。

 

 私は、教官のようになりたかった。

 

 そして、嫉妬した。

 

 教官のように、強く在り続けるこの女に。

 

「……何故だ」

「うん?」

「何故、お前は強い」

「……ふん」

 

 思わず漏れた私の問いを、馬鹿にしたように鼻で笑う。

 

 その眼が言っていた。

 

 ――お前は何を言っているんだ、と。

 

「お前は何を言っているんだ」

「……………………」

 

 ……口でも言いやがった……。

 

「私は強くなどない。ただお前が弱いだけだ」

「なに……?」

 

 強くないだと? この女が?

 

「強くなどない。強ければ、あんなことにはならなかった。……私も、アイツも」

「アイツ……?」

「絶対的に強い人間などいない。人は皆、それぞれの弱さを抱えている。問題は、それとどう向き合うかだ」

「……弱さ……」

 

 では、私の弱さとはなんだ?

 

「そんなモノは自分で考えろ。自分の答えを他人に求めるな」

「……確かに、な」

 

 私の弱さを誰かに教えられたとしても、それでは意味がない。

 

 私が自分で、見つけなければ。

 

「では、お前の弱さとは? お前はどうやって、それと向き合っている?」

「……向き合ってなどいないさ」

「……なに?」

「自分の弱さと向き合うことこそが、強さへの第一歩だ。言っただろう、私は強くなどないと」

「…………」

「私は私の弱さを知っている。その点では、お前よりも強い。だが私は、私の弱さからずっと逃げ続けている。その点では――お前と、比べるまでもないほどに、救いようがない」

「…………」

 

 そう話すセレン・ヘイズの顔は、ひどく辛そうで、苦しそうで、悲しそうで。

 

 その声は、今にも泣き出してしまいそうなほどに、震えていた。

 

「……ずっと、逃げ続けている。アイツから、自分の罪から、ずっと」

「…………」

「……強くなどない。私はただ、私を知っているだけだ」

 

 その姿は、この上なく弱かった。

 

 あんなに強かった、セレン・ヘイズが。

 

「……だがまあ、弱さを知る者として、一つ助言をくれてやる」

「……なんだ」

「他人の模倣など出来はしない。人は誰しもがオリジナルだ。お前も、お前の「答」を見つけるといい」

 

 

 

「私のように、なる前にな」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ふう……」

 

 学年別トーナメントで起きた事件も終わり、その夜、俺は寮のラウンジで一息ついていた。

 体は疲れているのに、どうにも眠れないのだ。

 

 消灯時間は過ぎているので、ラウンジには俺以外誰もいない。自販機で買ったジュースをちびちび煽りつつ、何をするでもなくぼーっとしていた。

 

「まだ起きていたのか」

「……スミカ」

 

 そんな時、俺の幼なじみ兼師匠がやってきた。

 自販機で水を買い、俺の隣に座る。

 

「どうにも眠れなくてさ。スミカこそ、なんでまだ起きてるんだ?」

「少々嫌なことを思い出した。このまま眠ると、夢に見そうなんでな」

 

 そう言うスミカは、嫌なというよりは悲しそうな顔をしていた。

 気になって、質問してみる。

 

「嫌なこと? イタリアでなんかあったのか?」

 

 スミカはイタリアでのことはあまり話さない。

 だから俺は、スミカと出会ってから半分以上の時間、彼女がなにをしていたのかを知らない。

 

「……気にかけていたヤツがいてな」

「…………」

 

 ……過去形、か。

 

「素直で、純朴で、才能があった。……天才、だったよ。それでいて努力を怠らなかったから、あっという間に強くなった」

 

 

「アイツを鍛えるのは楽しかった。私に付いて来る姿が可愛かった。私を超えた時は……この上なく、嬉しかった」

 

 

「アイツが目標を持ち始め、それに向かって走り出し、私もそれに付き合った。

 ……アイツの目標が、私の目標になった。アイツが私の夢になった」

 

 

「だがアイツは、いつの間にか、歪んでしまった。いつ歪んでしまったのか、私はまったく気付かなかった」

 

 

「なんで歪んでしまったのか、今も分からない。……あれほど、アイツのことを見ていたのに」

 

 

「アイツを止めようとした。アイツが狂っていく姿を見ていられなかった。だから、我が身に代えても……殺してでも、止めようとした」

 

 

「……だが、止められなかった」

 

 

「今でもアイツは、きっと歪んだままなんだろう。狂い続けているんだろう」

 

 

「今でも私は、逃げ続けている。アイツを止められなかったことから。アイツから」

 

 

「向き合おうとしたよ。何度も、何度も」

 

 

「だが、出来なかった。アイツのことを考えるだけで、怖くて堪らなくなって、何も出来なくなってしまう」

 

 

「……さっきも、アイツのことを考えていた。そうしたら、眠れなくなってしまった」

 

 

「何故だろうな。アイツとはもう、会うこともないというのに。もう二度と、会えないというのに」

 

 

「手遅れになってから、気付いてしまった」

 

 

「たとえ歪んでしまったとしても。狂ってしまったとしても。私の知るアイツでなくなってしまったとしても」

 

 

「私は……アイツと一緒に行きたかった。アイツと一緒に、生きたかった」

 

 

「……もう……手遅れなのになあ……」

 

 

 スミカは座った椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。

 

 それはまるで、溢れる涙を、俺に見られまいとしているかのようで。

 

「……なんでだろうなあ……あの子兎が千冬を慕う姿が、初めて会った頃のアイツに、重なってしまった」

 

 ……正直、スミカの話は漠然としていて、断片的過ぎて、なんのことかは分からない。

 

 だが、「アイツ」という人物が、スミカにとってとても大事な人だということは分かった。

 

「……一夏」

「……なんだ」

「お前は……歪むなよ」

「……歪まねーよ。そんな暇もないくらいに、スパルタな師匠に鍛えられてるからな」

「……そうか」

 

 安心したように、スミカが微笑む。

 

 ――思えば。スミカのこんな静かな笑顔なんて、初めて見た気がする。

 

「お前は私のものだ。……そうだろう?」

「ああ。しっかり鍛えてくれよ、師匠。俺もいつか、お前を超えてみせる。お前が知ってる、俺のままで」

「当然だ。私が見込み、私が鍛えるのだからな」

 

 不敵な口調で、スミカが応える。

 

 俺の知る、霞スミカの口調で。

 

「私も、強くならねばな。お前を、二人目の〔道を外れた者(ストレイド)〕にしないように」

「これ以上強くなる気か。追い掛ける方の身にもなってくれよ」

「目標は高い方がいいだろう」

「……そうだな。じゃ、もう寝るか。明日からまた、厳しい訓練が待ってるんだろ?」

「当然だ。今まで以上に厳しい訓練だ。目を回すなよ」

 

 ……恐ろしい。何が恐ろしいって、スミカが完全にいつもの調子に戻っている。

 

 ……俺、死ぬかも。

 

「では、私もそろそろ寝るとしよう」

「大丈夫か?」

「ダメだな。魘されそうだ」

「……おいおい」

「……だがまあ、そうも言ってられん。もういい加減、向き合わなければならん」

 

 スミカはもう一度、天井を見上げる。

 

 そして、静かに言葉を紡いだ。

 

 それは、きっと。

 

 「アイツ」に向けた、言葉なのだろう

 

 

 

「……受け入れるさ。

 

 

 

 ――私の、答えを」

 

 

 

 




スミちゃんの設定(モチロン妄想)

父は日本人、母はイタリア人のハーフ。日本生まれだが、ISが世に出た影響でイタリアに。今でも日本に家は残っているが、日本に来た時はなぜか織斑家に入り浸る。

まだ成長途中なので、千冬さんより全体的に一回り小さい。けどキャラかぶってる。千冬さんより凶暴だけど。そして千冬さんとは犬猿の仲。

イタリア政府の人間には、初めはその強気過ぎる性格からかなり嫌われていたが、非の打ち所のない実力となんだかんだで的確な理論と実は結構優しいことから認められてきている。今では「ブリュンヒルデに匹敵する」「イタリアの希望」「さすが姐さんだぜ」「踏んでください」と、なかなかの人気である。

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