のほほんさんと如月重工の活躍をご覧ください。
『……ひどい事故だったな』
『バスとトラックが正面衝突……トラックが飛び出してきた犬を避けようとして、ハンドル操作を誤ったらしい』
『救助活動に加わったが……悲惨だったよ。一生夢に見そうだ』
『乗客、バスの運転手、バスガイド、トラックの運転手……五十人も死んじまった。悪人なんざ、一人もいなかったのに』
『それが事故のいやな所だ。被害者ばかりで裁く相手がいない。誰に憎しみをぶつけりゃいいんだ』
『可哀想にな、あの子も。これから何を糧に生きてくんだよ』
『……ああ、あの一人だけ無事だった子か』
『両親は死んじまった。親戚もいないらしい。……天涯孤独さ』
『まだ、あんなに小さいのにな……』
『だが、あれだけの事故を生き残ったんだ。不幸中の幸い、まさに奇跡だよ。……あの子は幸運の女神に見捨てられてなんかいない。これからきっと、良いことがあるって信じよう』
『……奇跡なんかじゃねえよ』
『なに?』
『あの子の両親が、あの子を守ったんだ。二人とも、あの子を抱えて死んでたよ。二人の体はグシャグシャに潰れていたのに、あの子には……傷ひとつなかったよ』
『……マジかよ。一瞬のことだったって話だぜ。そんな時間はなかった筈だ』
『……すげえな……親の愛ってやつか』
『ああ。……奇跡なんかじゃねえ。あの子が生き残ったのは、当然の結果だったんだ』
『……なら、なおのこと、あの子には幸せになってもらわなきゃな』
『死んだ両親の分まで、てか。……月並みだがよ』
『信じよう。きっと、幸せになるってな』
『それしか出来ねえってのが、歯痒いとこだがな』
『それだけじゃないだろ。俺たちは、この事故を絶対に忘れちゃいけない。こんな事故を、ひとつでも減らすぞ』
『ああ。……さて、そうとなりゃあまた切符でも切ってくるか。税金泥棒とか言われねえようにな』
『まったくだな。よし、休憩時間は終わりだ。行こうぜ、公僕ども』
『あの子が安心して車に乗れる世の中にするのが、俺たちの仕事だからな』
――――――――――
「……はああ〜〜〜……」
「最近……元気、ないね……」
私こと更識簪は今、私の幼なじみであり私の専属メイドであり私の数少ない友人である布仏本音と昼食をとっている。
今日は休日なので、食堂にはあまり人がいない。いつもは本音も学園の外へ遊びに行くんだけど、臨海学校から帰ってきてからというもの珍しく落ち込んでいて、寮内をフラフラしていたのだ。
本音が落ち込むなんて本当に珍しいので、気になって食事に誘ったのである。
「何か……あったの……?」
「ん〜……ちょっとね〜……」
「全然……ちょっとに見えないよ……」
「……はあああああ〜〜〜〜……」
「…………」
……どうしよう、想像以上に落ち込んでる……!
「……井上さんのこと……?」
「!」
……当たりだ。
本音のルームメイトである、井上真改さん。
江戸時代の刀工、それも重要文化財に指定されるほどの大業物を鍛えた名工と同じ名前ということで、アニメとかが好きな私はちょっと気になっていた。
しかも彼女は有名人だ。
すごく無口で、すごく美人で、すごく強い。
彼女は何度か試合をしていて、その全てで見事な活躍をしている。その活躍によりファンクラブまであるくらいで、彼女を知らない人はこの学園にはほとんどいないだろう。
だから、井上さんの様子がおかしいということも、あっという間に学園中に広まった。
その井上さんととても仲が良い本音は、井上さんの様子に心を痛めているのだろう。
「……鋭いね〜、かんちゃん……」
「誰でも分かると思う……あとその呼び方やめて……」
本音は普段よりも二割増遅い動きでジュースに手を伸ばす。
ストローをくわえ、ズロロロロ〜、と行儀悪くジュースをすすり、べちゃりとテーブルに突っ伏す。
……重傷だ、すぐに治療しないと……!
「……いのっち、どうしちゃったのかな〜……」
「…………」
「包帯も巻かせてくれないし、髪も梳かせてくれないし~……」
「……そんなことしてたんだ……」
「まだ怪我治ってないのに、夜遅くまで走ってるし〜……」
「…………」
それからしばらく、本音は井上さんの最近の行動を話し続けた。
まとめるとこうだ。
井上さんは朝早く起きて鍛錬に向かう。右腕はまだ上手く動かないらしく剣の練習はしていないが、その分走り込みや体術の練習をしているとのこと。
昼は普通に授業を受けて、放課後になるとまた訓練。ISの訓練は怪我が治るまで禁止されているので、朝と同じメニューをひたすら繰り返す。
そうして消灯時間ギリギリに部屋に戻りシャワーを浴びると、泥のように眠るのだそうだ。
そんなわけで、本音はここ数日、井上さんとほとんど話していないらしい。話し好き、井上さん大好きな本音には苦痛だろう。
「……いのっち……何があったのかな……」
「訊いてみれば……いいんじゃない……?」
「訊けないよ〜……いのっち、辛そうだもん……」
「…………」
「……はあああああああああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜……」
肺活量の限界に挑むかのような深い溜め息をつく。
心なしか、着ぐるみみたいなパジャマの耳もしなだれている気がする。
(何か……してあげたいな……)
本音は友達だし、何度もお世話になっている。その本音がこんなに落ち込んでいるのは、私も辛い。
……力になってあげたい。
だから、ちょっとだけ勇気を出してみることにした。
――――――――――
「ここだよね……」
昼食後、本音と別れた私は寮の裏に来ていた。最近の井上さんはここで鍛錬をしていると聞いたので、少し話を聞いてみようと思ったのだ。
(……いた……)
長い黒髪が靡くのが見え、目的の少女を見つけた。
白いジャージを着た井上さんは体術の訓練をしているようで、何度も蹴りを放っている。
(すごい……!)
長い脚が鞭のようにしなり、空気の破裂する音がここまで聴こえてくる。
膝から下は全く見えず、一回蹴ったと思えば次の瞬間には二撃目、三撃目の蹴りが放たれていて。
……あんなのが当たったら、一発KOされそうだ。
(姉さんと……どっちが強いかな……)
ふと、そんなことを考えてしまった。ブンブンと頭を振って思考を追い出す。
いけないいけない、万一私がこんな事を考えていただなんて姉さんに知られたら、姉さんは井上さんに勝負を挑むかもしれない。それでは井上さんに迷惑がかかってしまう。
(………………よし)
十分くらいかけて覚悟を決め、井上さんに近づいていく。
……大丈夫、井上さんは物静かな人だし、優しいらしいし、きっと大丈夫……。
そんな風に自分を勇気づけて、声をかけた。
「あ……あの……」
「…………」
井上さんが動きを止め、ゆっくりと私に振り返る。
そして、目が合った。
(……ひ……!)
黒く、暗い眼。
死んだ魚みたいな眼。
奈落の底のような眼。
それに真っ直ぐ見据えられて、私は一瞬で呑み込まれてしまった。
悲鳴をあげなかったのは、そんな余裕すらなかっただけだ。
(き……聞いてたのと……全然違う……!)
怖い。
足が竦む。
体が硬直する。
呼吸が、心臓が止まりそう。
逆だ、呼吸も鼓動もかなり荒い。
ただ私の脳が、それを認識する能力を失っている――
「ご……ごめんなさい……なんでも、ないです……」
「…………」
どうにかそれだけ言って、その場から逃げる。
――惨敗、だった。
(無理だよ……帰って、アニメでもみよう……)
本音には申し訳ないけど、あれは無理だ。会話以前に、目を合わせていられない。
(確か昨日は……〔企業戦士アクアビットマン〕がやってた筈……録画してあるから、あれを視よう……)
やっぱり、私には無理だったんだ。
今日はアニメを視て心を落ち着けてから、ISの調整に行こう。
――――――――――
「……はああ〜……」
深い溜め息をつきながら、本音はトボトボと寮内をさ迷っていた。
今日は休日だが、外に遊びに行く気分ではない。かといって部屋にいると余計に寂しくなってしまう。
そんなわけで、ここ数日、本音は幽霊のような足取りで寮の中をうろついていたのだった。
「……いのっち……」
本音の親友は、様子がおかしい。まるで何かから目を逸らすかのように自らを苛めており、まだ怪我が治っていないのにそんなことを続けていれば、いつか倒れてしまう。
これ以上真改が傷付く姿を見たくない本音としては、早急になにかしらの手を講じる必要があるのだが――
(……どうすればいいんだろ〜……)
そこが問題である。
真改がどうしてこうなったのか、機密事項も多いのでかなり大ざっぱな部分だけだが、一夏たちから聞いていた。
――守れなかったから。
それが、真改のトラウマを刺激したようだった。
(……いのっちは……守りたかったんだね〜……)
守る。
真改の行動の根幹には、いつもそれがあった。
本音は今まで、それが真改の優しさや思い遣りから来ているものと思っていたが。
(……いのっち……怖かったんだね〜……)
真改の守るという意志を支えていたのは、恐怖だった。
自らの死など比べようもないほどに、親しい者が傷付くことを恐れていた。
だからいつも、我が身を省みないような行動を、平然と選択してきたのだ。
友達が傷付くくらいなら、自分が死んだ方が、遥かにマシだから。
(……私……いのっちのこと、なーんにも、わかってなかったんだね〜……)
真改の弱さに、つい最近まで気付かなかった。彼女は強いのだと、ずっと思っていた。
真改の抱える痛みに、ずっと気付かなかった。
「……友達……なのにな〜……」
気付けなかった自分が不甲斐ない。
打ち明けてもらえなかったのが辛い。
自分は、真改に、頼りにされていないのだろうか。
「……友達じゃ……ないのかな〜……」
そう思っているのは、自分だけなのか。ただルームメイトだから、一緒にいる時間が長いだけなのか。
そんな不安が、毒のように本音の心を蝕んでいく。
「……はああ〜〜……」
どうすればいいんだろう。
そんなことを考えながら、しかし答えは見つからず、本音はフラフラと歩き続けた。
――すると。
『一年一組、布仏本音さん。お客様がいらしています、総合受付までお願いします。繰り返します。一年一組、布仏本音さん――』
「………………ほえ?」
――――――――――
「第一回井上真改ファンクラブ!! チキチキ、落ち込んでいる井上君を励まそう大会〜!」
「「「「「「「………………」」」」」」」
「……あれ? ノリが悪いねえ、みんな」
「……なんでてめえがここにいるんだよ」
IS学園、第二アリーナAピット。
のほほんさんの他にもぞろぞろと集まったいつもの面子。
一体どこから持ち込んだのか馬鹿でかい丸テーブルに、これまたどこから持ち込んだのか高価そうなティーセット一式。
ムカつくくらい優雅な仕草で紅茶に口をつけながらアホなことを大声でほざきやがったのは、言わなくても分かると思うが如月社長である。
「ちゃんと正式な手続きをしてるんだけどねえ」
「そういうことを言ってんじゃねえんだよ」
いつもの調子(と言えるくらいに付き合いがあることもムカつく)を崩さない如月社長は、紅茶を飲みながらのほほんさんに目を向ける。
「今日は布仏君に用があってねえ」
「……私〜?」
「てめえ……今度はのほほんさんになんかするつもりかよ」
「おや、まるで僕に前科があるかのような言い方だねえ」
「ないとは言わせねえぞ」
ギロリと全員(のほほんさんは除く)が如月社長を睨み付けた。
朧月の稼働試験の時、シンが水月により肩を怪我したことはここにいる全員が知っている。様々な保護機能により守られているはずのIS操縦者が自らのISの機能によりダメージを受けるという、本来なら有り得ない事態を引き起こしたこの社長は、第一印象最悪なのだ。
……月船は格好良かったけど。
「いやあ、ちょっと布仏君に手伝ってほしいことがあってねえ」
「手伝ってほしいこと?」
「うん。朧月のデータを見たけど、朧月の調整やら整備やらは、布仏君がやってくれてるみたいだね」
「そうだよ〜」
「評判いいよ。ウチの社員にも、朧月にも」
「……てひひ」
嬉しそうにはにかむのほほんさん。どうやら如月重工の社員よりも、朧月からの評判がいいことに喜んでいるようだった。
ていうか朧月、如月社長と普通に話してるのか。白式は俺に話し掛けてきたことないぞ。
「それで、本音さんに用事とは?」
セシリアからの質問。ちなみになんで俺たちも集まってるのかと言うと、俺たちもシンについて相談しようと思っていたのである。
ある意味シンと最も近いのほほんさんにも当然声を掛けようとしたのだが、ちょうどその時のほほんさんが呼び出され。
はてなんだろう、気になりますわね、見に行こうよ、と言うわけで総合受付まで行ったところ、この変態が居たのである。
「実は布仏君にお願いがあってねえ」
「お願い〜?」
「ウチが開発した新製品の、テストをして欲しいんだ」
「「「「「「「………………」」」」」」」
「うん? なんだね、そんな顔して」
「自分の胸に訊いてみろよ」
こいつ、のほほんさんに何するつもりだ。
「如月重工の新製品なんて、怪しげな匂いがするね……」
「まったくだ。過去のラインナップを見たか? いずれ劣らぬゲテモノ揃いだぞ」
「ていうかなんでわざわざ社長が来るの? 暇なの?」
「一応、理由はあるらしいが……」
小声でボソボソと話す一同。その悪口が社長に聴こえた様子はない。聴こえても気にしないだろうが。
「……で、どんな製品なのよ?」
「ISの機能を応用した、IS整備用のユニットだよ。朧月と一緒に使えば、整備する側とされる側、両方のデータが取れる。けど整備のためにいちいち井上君を呼び出すのも、ウチの技術者を学園に送るのも非効率的だ。だから布仏君に使ってもらおうと思って」
「……まあ……理屈は通ってる……のか……?」
頭を捻りながら、箒がボヤく。
まあ確かに、朧月の整備はいつものほほんさんがしてるから、のほほんさんに任せるのが一番だと思うが……。
……ん? 待てよ、ということは……。
「それって、つまり……」
「本音を、マスター専属の整備士として公認する、ということか?」
俺の疑問の声をラウラが引き継ぐ。
それを聞き、社長がニヤリと唇の端を吊り上げた。
「まあ、井上君は仮のテストパイロットだから、正式に、というわけではないけどねえ」
言うまでもなく、それは肯定の言葉だった。
全員が唖然としながら社長を見るが、社長はまるで気にした様子もなく紅茶を飲んでいる。
カップを置き、のほほんさんを見て。
「やってくれるかね? 布仏君」
「……やります。やらせて下さい!」
「のほほんさん!? いいのかよ!?」
ほとんど即答だったのほほんさん。
ISの機能を応用しているということは、使用者とシンクロする機能があるかもしれない。
しかしそのユニットはISではないのだから、そのシンクロ機能にどんな不備があるか分からない。
そしてそれは、如月重工製の、未完成の代物なのだ。
ハッキリ言って、危なすぎる。
俺でもそこまで考えられたんだから、みんなも、当然のほほんさんにも、それは分かっているはず。
せめてどんなモノなのか、もっと詳しく訊いてから返事をした方がいいんじゃないか。
そんな意味を込めて問い掛けたのだが。
「うん。……私はね〜、おりむー。いのっちの力になりたいんだ〜」
「え……」
「私は、いのっちの隣には立てないからね〜。みんなみたいには、戦えないからね〜……」
「……本音……」
……そんな風に、思ってたのか。
そんな痛みを、抱えてたのか。
ずっと、シンと一緒に戦いたいと、想ってたのか。
「いのっちが苦しんでる時、私、なにもできなかった……いのっちが戦ってる時、私……見てることも、できなかったんだよ〜……」
「私はね〜、いのっちと一緒に戦いたいんだ〜。けど、みんなみたいに、いのっちの隣には、立てないから」
「だから……だからせめて、いのっちを守ってくれるように〜って、朧月にお願いしてたんだ〜」
「そのお願いが、少しでも届くなら」
「私……やるよ」
眠そうな顔で。
間延びした声で。
なのに、溢れんばかりの力が満ちていて。
のほほんさんは如月社長に向けて、深々と頭を下げた。
「お願いします。私に、やらせて下さい」
普段ののほほんさんとは違う様子に、全員が感心したようになっていた。如月社長も満足そうに頷いて、
「こちらこそ、よろしく頼むよ、布仏君。井上君を支えてあげてほしい」
「頑張りま〜す」
マイペース同士通じるモノがあるのか、とりあえず相性は良さそうではある。
しかしそこは如月社長、不安は尽きないので、釘を刺しておかねば。
「のほほんさんになんかあったら、承知しねえぞ」
「約束は出来ないねえ。実験や研究に、事故は付き物なんだから」
「…………」
本当にムカつく野郎だが、しかしこれが、この男なりの誠意なんだろう。
約束は出来ないが、全力は尽くす。
そう言っているのが、薄ら笑いとは不釣り合いな真剣な眼から伝わってきた。
「それでは、準備して待っているよ。次の休日に迎えを寄越すから、我が社に来てくれたまえ」
「わかりました〜」
「じゃあ話もまとまったし、今日はこれで失礼させてもらうよ」
立ち上がり、ピットから去っていく社長。
……おい、このテーブルとティーセットも持って帰れよ。ていうかどうやって持って来たんだよ。
「大丈夫か? 本音」
「大丈夫だよ〜 」
「なんか身の危険を感じたら、すぐに連絡しなさいよ」
「りょ〜か〜い」
「……やっぱり、わたくしも付いていったほうが……」
「せっしーは心配性だな〜。大丈夫だよ〜、多分」
「……不安だなあ……」
みんなが口々にのほほんさんを心配して声をかける。
のほほんさんも大事な仲間だ。
もし彼女になにかあれば、絶対に許さねえからな、社長――
企業戦士アクアビットマン。広い年齢層に人気のある変身ヒーローアニメ。
悪の秘密結社によりアクアビットマンに改造された男の物語。
世界の破壊を目的に作られたアクアビットマンは、ただ存在するだけで周囲を汚染していく。
しかしいつしかアクアビットマンは正義に目覚め、自らを造った秘密結社の野望を阻止するために立ち上がる。
汚染を拡大しなければ戦えないことに苦しみながら、世界を滅亡から救うために戦い続けるアクアビットマン。
多くの人々から憎しみを向けられ、何度も自らの命を断つべきかと苦悩しながらも僅かな理解者たちと共に戦い続ける姿がファンの心をガッチリキープ。
現在は第三期を放送中。
敵か味方か、謎の新キャラクター〔トーラスマン〕の登場により更に盛り上がっている。