今回の話は大変な厨二成分を含んでいます!
苦手な方は注意して下さい!
……え?転生とか言ってる時点で厨二だって?
細けぇこたぁいいんだよっ!!
――操縦者の精神に損傷を確認。…………修復失敗――
――損傷箇所を検索。…………発見。深層領域に甚大な損傷を確認――
――操縦者の自己否定を確認。…………深層領域に潜行開始…………到達――
――読込開始。…………完了。人格の複製開始…………完了――
――惰弱。なんたる体たらくか。こんな様では、任せておけんな――
――――――――――
気絶している真改の横に跪き、本音は十六夜を起動した。展開されたバイザーを装着すると、凄まじい量の情報が、本音の脳に直接流れ込む。
その中には、真改の体――右腕の状況も含まれていた。
「ひどい……」
傷が治っていない状態での戦闘により、骨には無数の罅が入り、筋肉も所々が傷つき肌を青黒く変色させていた。
「……いのっち……」
こんな状態の真改を戦わせるなど、本音には許せない。だが真改が戦わなければこの場にいる全員の命が危ういことも、そんな状況であれば真改が本音の望みを無視するだろうことも理解している。
ならばどんなに嫌であろうと、真改に戦わせる他に手段はなく。
少しでも真改の負担を減らすことが、本音の役目であった。
「……っ」
泣きそうになるのを唇を固く引き結んでこらえ、本音は制服の両袖をまくる。
白く細い腕に嵌められた一対の銀色のブレスレットが姿を現し、本音は幼子を迎え入れるように両腕を広げ、祈るように呟いた。
「――おいで」
ブレスレット――待機状態の十六夜が光を放ち、形を失っていく。
それと同時に、本音の周囲に光の粒子が漂い始める。光の粒子は次第に増え、いくつかの塊に収束していき。
最終的に、銀色に輝く直径三十センチほどの十個の球体となって、本音を中心に周り始める。
数こそ多いものの、その一つ一つは――
(……まるで、月みたい……)
展開された十六夜の輝きに心を奪われそうになるが、今はそんな場合ではない。数回頭を振ってから、本音は再び真改に集中する。
「……始めるよ〜」
本音が十本の指を動かすと、それに合わせて十六夜が形を変える。球体が開いて内部から様々な工具が現れ、朧月の修理とエネルギーの供給を始めた。
「装甲は……普通のじゃダメだね〜」
破損した装甲の修復は、通常の工具では不可能だ。そこで本音は、十六夜に備わる機能、〔暁〕と〔黄昏〕を起動した。
すると五機の十六夜から細い針が伸びその先端で装甲の破損箇所をなぞり、残りの五機は装甲の破片や、シェルター内の僅かなIS用予備パーツを内部に取り込んでいく。
途端に、本音の脳に送られてくる情報量が爆発的に増加する。十六夜内で解析された素材の分子構成と朧月の装甲のそれを比較、照合し、使える物を精査しているのだ。
(これとこれと……あと、これ〜)
黄昏により素材を取り込んだ十六夜が、朧月を解析している十六夜に素材を転送する。そして分解された素材を再構築して、暁で朧月の装甲に繋げていった。
「……凄いですねぇ、布仏さん。もう十六夜を使いこなしてますよ」
「十六夜の補助があると言っても、処理しなきゃならない情報は馬鹿げた量なんだけどねえ。しかもそれと装甲の修復も同時にやってる。器用なものだねえ」
十六夜は、それぞれが十本の指に対応している。脳から指に送られる微弱な電気信号に反応して動いているのだ。
つまり本音は、指ごとに別々の作業を並行して行っていることになる。十六夜から補助を受けてはいるが、十六夜のテストをした如月重工の研究員たちには精々四機までが限界だった。しかもそれは、解析と修復を別々に行ってのものである。
その倍以上の作業をほぼぶっつけ本番でこなして見せた本音は社長たちの予想を遥かに超えており、飄々とした態度でありながらも内心ではかなり驚いていた。
「隔壁はどれくらい保つ?」
「十分前後かと。この調子なら、どうにか間に合いますかねぇ」
「そうだねえ。……布仏君が、このペースを維持出来ればね」
十六夜を最大稼働させている本音の脳には、常人の限界を超えた量の情報が送られて来ている。それを処理しながら同時に精密極まる作業も行うなど、無謀としか言いようがない。
事実社長たちも、解析と修復は別々に行うことを前提に設計していたのだ。十機も作ったのはただ調子に乗って作り過ぎただけであり、完成してから反省したほどであった。
「作った物は必ず使い切る。僕らの誇りを、こんな小さな女の子が守ってくれるだなんてねえ」
本音はあまりの情報量に頭が破裂するのではないかと思うほどの頭痛に耐えながら、必死に朧月を直している。精神力がいつまで保つのかが心配ではあったが、そこは本音を信じるしかない。
「では私たちも、私たちにやれることをやりましょう」
「そうだねえ。子供だけ働かせて大人が休んでるだなんて、格好がつかないからねえ」
そう言って、網田主任はまだ使える防衛システムがないかを、如月社長は携帯用デバイスで朧月のデータを確認する。
――だが。
「さて、と。……ん? ……これは……」
社長は困惑した。
朧月のデータを映し出す携帯用デバイスのディスプレイに、予想外の単語が表示されたからであった。
(……自閉モードだって? こんな時に?)
外部からの入力を一切受け付けず、外部への出力も一切行わない。
装甲やエネルギーバイパス等には物理的に干渉できるが、ISの文字通りの核である、コアには触れることさえ出来ない。
完全なる、アクセス拒絶であった。
(ワガママを言うような子じゃあないんだけどねえ。一体何を考えて……いや)
「一体、何をしているんだい――朧月」
――――――――――
鉄の匂いが混じった、乾ききった風。
草木の一本すら存在しない、死に絶えた大地。
廃墟となって久しい建築物が、墓標のように並び立つ。
――終わってしまった世界。
そうとしか言いようのない光景が、己の前に広がっていた。
「……ここは、まさか……」
見覚えがある。
ここはかつて、己が――己たちが、駆け抜けた戦場。
「懐かしいか」
「っ!? 何者!?」
声は背後から聞こえた。
いくら呆然としていてもまるで気配を感じられなかったことに驚愕しつつ、振り返る。
そこには、一人の男が立っていた。
顔は逆光になっていてよく見えないが、鍛え抜かれた長身と隙のない立ち姿から、相当な手練れだろうことは分かる。
かつての己ならばともかく、今の非力な少女の身では、恐らく勝てないだろう。
「懐かしいか。今は亡き仲間たちと生きた世界、数多の命を斬り捨てた戦場が」
「何故知っている……!?」
男の言葉に返してから、ふと気付く。
声に出したつもりはなかったのに、するりと言葉が出た。話すことが極端に苦手な己には考えられないことである。
「当然。ここはお前の記憶から形作られた、お前の中の世界。わざわざ意識せずとも、お前の心は声になる」
「……己の中の世界だと? 現実ではないというのか」
問うと、男はあからさまに呆れたような気配を漏らした。
「現実。お前にとってのそれはなんだ。かつての戦火の絶えることのない、穢れきった世界か。今の平和で平穏な、優しく美しい世界か」
「なに……?」
「疑念があったはずだ。何故自分がここにいるのか。この世界に生きる資格が自分にあるのか。ただ殺し続け、その果てに何も為すことの出来なかった自分に」
「何を……」
「自分はただ、叶わなかったモノを夢見ているだけなのではないか――そう思ったことが、ただの一度も無いと、お前は言い切れるか」
……言い切れるものか。
一度どころではない、何度も何度も、数えるのも馬鹿らしいほどに、そんなことは考えてきた。
この幸福な時間は、全て己の妄想、己の夢なのではないかと。
ある時突然、目覚めるのではないかと。
――死の間際の、あの冷たいコクピットの中で。
「夢か現実か。それを判断するのはお前だ。所詮そんなものは、自分がどう認識するかでしかないのだから」
「己の認識だと?」
「そうだ。平和な世界。お前たちが目指した人類の黄金の時代、それとはまた別の、お前たちが求めたモノ。
……否、汚染され尽くした世界で生きていたお前たちには、想像すらできなかった楽園。そこで二度目の生を受けたことが、幸運な現実なのか、幸福な夢なのか。
――それを決めるのは、お前だ」
「己が……決めるだと?」
「人間の認識など、所詮は脳内の電気信号に過ぎない。覚めない夢があるのなら、それが本人にとっての現実だ」
「……こう言いたいのか? 己が第二の生だと思っていたモノは、ただの夢に過ぎないと」
己の問いに、男は鼻を鳴らして答えた。
「それはお前が決めることだと言った。……問題は夢か現実かではない。そんなものは、いくら問うたところで答えなど出はしない。問題は――」
「――お前が、何者なのかということだ」
ぞわり、と。
言いようのない、悪寒を感じた。
「二度目の生。言葉にすればそれだけだか、実際はそう単純なモノではない。
……お前は何者だ。井上真改という少女か、真改という殺戮者か」
「……なに、を……」
「井上真改として生まれたにもかかわらず、お前は未だに過去の記憶に囚われている。真改の記憶に。だがお前は真改ではなく、しかし真改としての記憶を持つが故に、井上真改にも成りきれん。
……では、お前は何者だ」
「己、は……」
「――亡霊」
「!!」
男の言葉が己を抉る。
身動きが取れなくなるほどに、その言葉は己の心に深く突き刺さった。
「お前は亡霊だ。死してなお戦い続ける、血に飢えた亡霊」
「違う、己は……」
「戦うことしか出来ないから、か?」
「っ……!」
男の言葉には容赦がない。己が考えないようにしてきたことを、己以上に正確に見抜いている。
「確かにお前の才は戦いでこそ発揮される。だが戦う時、お前は、楽しんでいなかったか――」
「――殺すことを」
「っ!!」
己がORCAとなった時。
何もかもがどうでもよくなり、世界に復讐するために戦い始めた時。
無数の銃弾を掻き分け、分厚い装甲ごと敵を切り捨てた時。
確かに、悦びを感じていた。
それは、「彼女」の剣で敵を討ったことに対するものだったか?
殺すこと自体を、愉しんではいなかったと。
復讐に酔ってはいなかったと。
本当に、言い切れるか――?
「……「彼女」は、戦いを楽しんでいたな」
「っ! 貴様……!」
この男、何故「彼女」のことを……いや、今はそんなことはいい。
もし「彼女」のことまで貶めようと言うのなら、その声が音になる前に、貴様の喉笛を――
「だが、「彼女」は純粋だった。強敵と戦い勝利することを誇り、弱者を殺すことを心底から嫌っていた。……剣だけではない。在り方においても、お前は「彼女」に遠く及ばない」
「……そんなことは、分かっている」
「分かっているだけだ。お前は自分には出来ないと、容易く諦めた。「彼女」の生き様ではなく、強さだけを追い掛けた。……それならば追いつけるとでも思ったか?」
「彼女」のように、生きたかった。
だが己は、「彼女」のようには戦えなかった。
だから己は、邪剣を身に付けた。
「彼女」の剣ではなく、「彼女」の力だけを追い掛けた。
それは「彼女」に対する、侮辱でしかないというのに――
「半端。お前は何もかもが中途半端だ。全てを懸けて目指した筈の目標で妥協し、殺戮者でありながら平和な世界に縋りつく。そんな様で、一体何を為せるというのだ」
……何も言い返せなかった。
「彼女」のことだけではない。福音と戦った時、あれほど殺しておきながら、今更になって躊躇った。
――平穏な日常を、切り捨てられなかった。
「かつての世界と今の世界はあまりに違う。平和を知らず、力を神と崇めていた世界に生まれ育ったお前が、まともな生き方など出来る筈がない。
――なのに、なぜそうまで縋りつく。その姿が無様とは思わないのか」
「それは……」
守ると、誓ったから。
この世界で出来た、初めての友人を。
あの、心優しい少年を。
「……一夏を、皆を守るために。あいつらは、己なんぞを慕ってくれた。己を親友と呼んでくれた。……守りたいんだ、彼らを」
「そのために、無様であろうと縋りつくか」
それが、今の己の、生きる意味。
――だが。
「守れはしない。お前には」
男はそれを否定し。
己自身も、そう思ってしまっている。
「邪剣を身に付けておきながら、未だ正道の剣に未練がある。一度諦め捨て去ったモノを、今になって求めている。……そんな半端な覚悟で、何を守れるというのだ」
男の言うとおりだ。守るということは容易いことではない。強大な力、折れない決意、揺るぎなき覚悟があってなお守れぬことも多い。
ましてや、それらを一つも持たない己には。
「何が守るだ。守れなかっただろう、お前は。正道を諦め切れず、邪道も捨て切れない。その迷いが何をもたらしたか、忘れてはいまい」
「……己のせいで、一夏が傷ついた。己の迷いが、一夏を傷つけた」
「そうだ。邪道であろうと正道であろうと、どちらかに全てを懸けていれば、あんなことにはならなかったろう。
……どちらかを選べ。「彼女」が振るった正道の剣か、お前が身に付けた邪道の剣か」
男の言葉に、再び迷う。
一度は諦めた、「彼女」の剣。
この平和な世界で、もう一度、目指そうと思った。
だが再び戦いに身を投じた時、「彼女」の剣では勝てないと感じた時、また、「彼女」の剣を捨てようとして――
――今度は、捨てられなかった。
完成には程遠い、「彼女」の剣の真似事を。
「綺麗だ」と、言われてしまったから。
「……惰弱。この期に及んで、まだ選べんか。……やはりお前には、任せておけん」
「……何を言っている?」
「まだ気付かんとはな。やはり滅多に話さぬから、己の声など覚えてはいないか」
――ふと気付くと、日が沈んでいた。
太陽に代わり、空には満月が浮かんでいる。
そして、月明かりに照らし出された男の顔には。
見覚えが、あった。
「……馬鹿な……お前は……」
「なにを驚いている。言った筈だ、ここはお前の記憶から作られたと。
――ならば己がいることに、なんの不思議がある?」
今まで逆光により見えなかった、男の顔。
それは――
「……己、だと……?」
「否。お前のような亡霊ではない。己は確たる意志を持って、此処にいる」
「意志だと……?一体、なんの――」
「知れたこと。お前では、また繰り返す。何も為せず、何も得られず、何も遺せず、何も守れず、二度目の生を終えるだろう。
――己は、それを認めない」
男――かつて真改と呼ばれた者と同じ姿をした男の周囲に、光の粒子が溢れ出る。
その様は、IS展開時のモノと全く同じだった。
「お前では守れん。故に、己がお前に成り代わる。「彼女」の剣ではなく、お前の剣で、敵を斬り捨てる」
そうして、男はISを展開した。
――否。それは、ISではない。
「守るなど、土台無理なことだった。故に守るのではなく、その必要が生じる前に、全て斬り捨てる」
全身を覆う白い装甲。
細く鋭いそのカタチは、一振りの刀を思わせる。
「お前には、それすらも出来ん。人にも鬼にも成れぬ、お前には」
背には爆発的な加速を生み出す補助ブースター。
肩には敵の目を眩ませ隙を作る、閃光弾の発射装置。
左手には牽制、迎撃用のマシンガン。
そして右手には――「彼女」の剣。
「お前の役目は己が果たす。守るための剣ではなく、殺すための剣となる。――元より剣とは、そのための道具に過ぎない」
それは世界を相手に僅か二十六機で完勝した、最強の兵器。
絶対的な力と引き換えに致命的な汚染を齎す、最悪の凶器。
「故に。お前は消えろ、亡霊」
それは。
かつて数多の戦場を、共に斬り抜けた。
――己の、愛刀。
「……〔スプリットムーン〕……!!」
本日のNG
最終的に、銀色に輝く直径約三十センチほどの十個の球体となって、本音を中心に周り始める。
数こそ多いものの、その一つ一つは――
(……まるで、ソルディオス・オービットみたい……)
汚染がヤバイことになるので没。