IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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デュランダル:解説

 デュノア社初の第三世代型IS。アンジェの超人的な反射神経、剣術についていくため、運動性能に特化している。そのせいで精度や安定性が犠牲になっているが、アンジェが自力で補っている。

 スラスターはメイン二基、サブ四基。サブは一つ一つを独立して動かすことができ、小刻みな機動が可能。メインは出力が大きいだけでなく、ちょっとした秘密が。

 武装はオルレアのマシンガンがチェーンガンに、プラズマキャノンがアサルトカノンになってる感じ。月光は真改に引き継いだので、代わりに物理ブレード(機体と同名)を装備。
 このブレードは鍔の部分にスラスターが取り付けられており、これにより凄まじい速度の斬撃を叩き込むことが出来る。まああれです、DMC4のクレドが持ってるやつ、アレを少し小さくしたような。


オルレアンの騎士 第5話 騎士の誓い

「ハアッ!」

 

 デュランダルに装備された、機体と同名の二振りの剣を振るう。

 その際に剣の柄に取り付けられた引き金を引くと、鍔と一体化しているスラスターからエネルギーが噴射され、爆発的な加速を得た刃が金属の塊を両断した。

 

『ターゲット、撃破確認』

「次っ!!」

 

 ハイパーセンサーから送られてくる情報に従い振り向きアサルトカノンを発射、数十メートル先に現れたターゲットを粉砕する。

 するとターゲットの中から多数の小型ターゲットが現れ、動き始める。散開する前に、チェーンガンの連射で纏めて破壊した。

 

 

 

 ここはデュノア社の訓練場。今私は、先日私の専用機となったデュランダルの操縦訓練をしている。一次移行は初日に済ませ、後は経験値を積むだけだ。

 

『ターゲット、攻撃を開始』

 

 無数の飛行ユニットから機銃が発射される。狙いはそこそこ正確、そして次第に数が増えていく。すぐに、四方八方から弾丸の雨が降り注ぐことになった。

 

「フッ!!」

 

 大出力のメインスラスターを噴かし、回避。ターゲットの攻撃範囲から逃れる。

 そのまま旋回、ターゲットの群に突撃し、剣を振るう。

 

「オオオオォォッ!!」

 

 振るう、振るう、振るう。

 空間を埋め尽くすほどに大量のターゲットを次々に斬り捨てていく。

 

(三十……四十……五十……!)

『ターゲット、残り半数』

 

 小型のターゲットは通常の斬撃で、大型のターゲットはブレードスラスターを発動して一気に斬り裂く。

 戦闘に集中することで意識が加速し、破壊されたターゲットの破片が落ちていく様が、まるで止まっているかのように見える。

 

(七十……八十……九十……!)

 

 体が軽い。

 

 周囲の状況が手に取るように分かる。

 

 ……だが、足りない。

 

 もっとだ、もっと。

 

 もっと、闘いを――!

 

(お前では、不足だ!!)

「百っ!!」

 

 一際大きなターゲットに、両の剣を突き立てる。よほど頑丈な造りをしているのか、装甲を完全に貫かれても機能停止しない。

 

(ならばっ!)

 

 引き金を引く。

 

 凄まじい出力のジェット噴射が剣に暴力的な運動エネルギーを与え、ターゲットに食い込んだ刀身を無理矢理に動かしていく。

 

「オオオオォォッ!!」

 

 ターゲット内部の機器を引きちぎっていく感触。

 

 きっと今、私は凶暴な笑みを浮かべていることだろう。

 

「これで……終いだぁっ!!」

 

 剣を振り抜く。

 

 両断された最後のターゲットが、断末魔の叫びのように火花を散らす。

 

 それが爆散する様を見届けながら、剣を納めた。

 

 

 

『全ターゲットの撃破を確認。……訓練終了。素晴らしい成績です、アンジェ・オルレアン』

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「お疲れ様、アンジェ」

 

 訓練終了後。更 衣室に戻ると、クロエさんがスポーツドリンクの入ったペットボトルを手渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 それを受け取り、一口。

 ……うむ。程よい温さの甘味が、疲れた体に心地良い。

 

「調子がいいみたいね、デュランダル」

 

 私の首から提げられている、蝶を模したペンダント――待機状態のデュランダルを指差して言うクロエさん。

 

「ええ、素晴らしい性能です。それに動きやすい。訓練機と専用機でこうまで違うとは」

「それはそうよ。訓練機は誰でも使えるように調整されてる。あなたにはそれがかえって窮屈に感じるのよ。逆に専用機はあなたのためだけに調整されてるから、思うように動けるはずよ」

「はい。生身よりも体が軽いくらいでした。おかげでいい訓練結果を残せました」

「……まあ、いくら専用機でもあの結果は異常だけどね」

 

 なにやら微妙な顔をされた。

 

「……そうですか?」

「自覚無しかよ。どう考えたっておかしいでしょうが。私のハイスコアが、まるで遊んでたみたいじゃない」

 

 ジト目だった。

 ものすっごい睨まれた。

 思わず謝ってしまいそうだ。

 

「……すみません」

 

 ……思わず謝っていた。

 

 そういえば、いつだったか日本からの留学生に読ませてもらった〔サラリーマンJOE太郎〕とかいう漫画にこんなセリフがあったな。

 

『いいか、新入りッ! 俺たちサラリーマンはな! 親や学校の先生に上辺だけ「ごめんなさい」「ごめんなさい」って言って腹の中で舌出してるようなクソガキどもとはわけが違うんだからな』

 

『「ごめんなさい」と心の中で思ったならッ!』

 

『スデに頭を下げちまって、行動は終わっているんだッ!!』

 

 ……うむ、含蓄があるな。思わず謝ってしまった私はデュノア社の会社員として自覚が出てきたということか。

「気をつけなさいよ。私はあなたが嫌味やなんかで言ってるんじゃないってわかってるけど、たとえばあなたがIS学園に行った時にもそんな調子だと、余計な嫉妬を買うわよ」

「……気をつけます」

「まあ、言っても無駄な気がするけど。あなた天然だし」

「う……」

 

 それはここ最近、クロエさんに何度か言われていることだった。私が何か普通の人間とはズレた言動をすると、「まあアンジェは天然だし」で片付けられるのだ。

 

 ……納得いかん。

 

「ま、とにかく。今日はお疲れ様。明日は久しぶりに休みだし、家に帰るんでしょ?」

「はい、そのつもりです」

 

 なんだかんだで、やはり家にはあまり帰れていない。精々月に一度か二度か。

 

 ……最近、シャルロットがあまり怒らなくなってきたのが、逆に寂しい。

 

「シャルロットによろしくね。いつか実際に会ってみたいわ」

「はは、シャルロットも同じことを言っていました」

「あら、私のこと話したの?」

「はい、社でのことはよく訊かれるので。しかし訓練の話をしてもつまらないでしょうし、他の話題となると、やはりクロエさんのことくらいしか」

「ふうん。どんな風に話してるの?」

「気が置けない友人であり、姉のような人だと」

 

 そう正直に言うと、クロエさんはさらに微妙な顔になった。

 

「……そう言ってもらえるのは本当に嬉しいんだけど。それ聞いて、シャルロット、不機嫌になったことない?」

「……よく分かりましたね。確かに、少し不機嫌そうになります」

「……やっぱり」

「む? クロエさんは理由が分かるのですか」

「アンジェは分からないの?」

「お恥ずかしながら、まったく」

「………………はああ〜」

 

 なにやら深々と溜め息を吐かれた。

 

「……ま、仕方ないか。アンジェだし」

「む……」

 

 どうやら私は、またズレたことを言ってしまったらしい。

 

「よければ、教えてほしいのですが」

「嫌よ。自分で考えなさい」

 

 そう言ってクロエさんは踵を返し、ヒラヒラと手を振りながら去って行った。

 

 ……なんだろう、呆れた顔をしていたな。

 

(むう……シャルロットは何故不機嫌になるのだ? 本人に訊くのもまずい気がするし……)

 

 そんな疑問を抱きながらシャワーを浴び、着替えを済ませる。

 

 ……まあ、考えても分からないことは、やはり考えても分からないのだ。

 今日はもう寝て、明日は朝一番で家に帰るとしよう。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ……朝一で帰ろうと思っていたのに、急遽訓練が入ってしまった。

 

 なんでもフランス政府の重役が私の訓練を見たいとデュノア社を訪れたとのこと。いつも通りにやって見せると大変満足した様子で帰って行ったが、おかげで家に帰れたのは午後になってからだった。

 

「ただいま」

「お帰り、アンジェ」

 

 玄関の扉を開けると、出迎えてくれたのは母さんだった。

 

「シャルロットは?」

「友達の家に遊びに行ってるわ」

「むう……間が悪かったか……」

 

 折角シャルロットに会えると思っていたのに、残念だ。まあ、夕方になれば帰って来るだろう。

 

「そうだ。ねえ、アンジェ。ご馳走を作りましょう。それでシャルロットを驚かせるの」

「ほう、それは面白い。……しかし、私が帰って来た時はご馳走ばかりだな。太らなければいいが」

「いやあ……それはないんじゃない? アンジェに限って」

 

 まあ確かに、ISの訓練でも個人的に行っている剣の稽古でも、相当な運動量だからな。

 

「ふふ、それじゃあ買い物に行きましょうか。今日は冷蔵庫がほとんど空っぽなの」

「分かった。荷物持ちくらいなら、私にも出来る」

 

 というわけで、帰って来て早々に出掛ける準備。

 母さんは一旦部屋に戻り、部屋着を着替えてから玄関に来た。

 

 ……そこで、ふと。

 

「……母さん、少し痩せたか?」

 

 ゆったりとした部屋着の時は気付かなかったが、外出用の服になって分かった。母さんの体のラインが、私が知るそれよりも少々細い気がする。

 

 先も言ったが、私が帰るたびにご馳走を作っているのだから、普段ちゃんと食べていれば太ることはあっても痩せることはない筈。

 故に気になって、思わず訊いてしまったが――

 

 

 

「……………………え?」

 

 

 

 ――母さんの反応は、ひどく、不吉なものだった。

 

「……そ、そう? ようやくダイエットの効果が出てきたのかしら?」

「ダイエット? 母さんに必要とは思えないが」

「あら、私だってまだ若いんだから。スタイルを気にすることくらいあるわよ」

「まあ確かに。いまだにモデルでも務まるような美しさだからな。さらに磨きをかけたいと思うのも、無理はないか」

「ふふ、あなたにそうまで言ってもらえると自信が出るわね」

 

 そう言って、母さんは嬉しそうに笑う。

 その様は、いつも通りの母さんのもので――

 

(ふむ……気のせいだったか?)

 

 杞憂だったのかもしれん。最近訓練漬けだったから、私も少々疲れているのかもな。

 

「それじゃ、行きましょうか」

「ああ。……ふむ。母さんと二人で出掛けるのは、考えてみれば久しぶりだな」

「そういえばそうね。いつもシャルロットと三人だったものね」

 

 他愛のない話をしながら、玄関を開ける。

 

 母さんが先に出て、続いて私が。鍵を掛けて、振り返り――

 

「……ねえ、アンジェ」

「?」

 

 私に背を向けたまま、母さんが、呟くように私の名を呼んだ。

 

 その声色が母さんに似つかわしくないものだったので、私は黙って続きを促す。

 

 すると。

 

「……なんでもない。ふふ、呼んでみただけ」

 

 日の光のように輝く笑顔で、そんなことを言った。

 

 それが、あまりに眩しい笑顔だったから。

 

 私は、つい先ほど感じた不安を、忘れてしまって。

 

「? 変な母さんだな」

 

 そんな、間抜けな答えを返した。

 

 

 

 ――後になって、思えば。

 

 それは、燃え尽きる寸前の蝋燭のような。

 

 儚く、刹那的な輝きだったのだろう。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ハアッ!!」

「せいっ!!」

 

 そんなことがあってから、さらに数ヶ月。今日も今日とて朝から訓練。

 デュランダルに乗るようになってから、初のクロエさんとの模擬戦である。

 

「ハッ!」

 

 クロエさんの専用機、ラファール・リヴァイヴ・カスタムが、大量の重火器を展開する。以前戦った時は両手に銃を持っていたが、今はそれに加えて両肩にもスラッグガンとガトリングガンが取り付けられている。

 なんでも私対策らしく、その過剰とも言える火力から生み出される分厚い弾幕が私の行く手を阻む。

 

「ちいっ、懐が遠い……!」

 

 しかしそれら重火器を装備している分、バトルライフルやアサルトカノンは拡張容量を空けるために外してあるので、本来クロエさんが得意としている中距離での射撃戦には向かない機体構成となっている。むしろ相手が真っ当な銃器を装備した機体であれば、一方的に撃たれることすらあり得るだろう。

 既に確立している戦闘スタイルを曲げ、間合いと火力のバランスを捨ててまで、私対策を講じて来たということは――

 

(私に託す、か……)

 

 それは即ち、私の訓練相手に徹する、ということ。自らのフランス代表を諦めるということだ。

 

 ――なればこそ。

 

(真っ正面から、突破する!)

「オオオオォォッ!!」

 

 瞬時加速を発動、一気に距離を詰める。

 

 暴風の如き銃撃に飛び込む私に、クロエさんはニヤリと笑った。

 

「そうこなくっちゃ!!」

 

 一層激しさを増した銃撃を、四基のサブスラスターを駆使した小刻みな機動で避けながら前進する。

 回避も防御も最小限、急所に当たらぬ弾丸は敢えて受け、被弾の衝撃を受け流しつつそれすらも機動に利用し、前に進む。

 

 ただひたすらに、前へ。

 

 前へ。前へ。前へ――!!

 

「オオオオオオオォォォッ!!!」

 

 間合いに踏み込む。同時に剣を振り上げ、ブレードスラスターを起動。

 渾身の力を込めて、大上段から振り下ろす。

 

「ハアアアッ!」

 

 クロエさんは両手に持った銃を交差して構え、その一撃を受けた。私はまだ左の剣が空いているが、しかしこちらはまだ使いたくない。

 

 フランスの未来を、託されるのだ。

 

 ならばそれに相応しい力を、示さねばなるまい――!

 

「ハアアアアアァァァッ!!!」

 

 鍔迫り合いの状態から、瞬時加速を発動。その勢いを余すことなく刀身に乗せ、銃を切り裂きクロエさんを弾き飛ばす。

 

「オオオオォォッ!!」

 

 そのままもう一度、瞬時加速。

 クロエさんを追撃し、二振りの剣のブレードスラスターを同時に発動、限界を超えて加速させた刃を、ラファール・リヴァイヴ・カスタムの装甲に叩き込んだ。

 

 

 

『――シールドエネルギーゼロ。試合終了。勝者、アンジェ・オルレアン』

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「負、け、たあああああぁぁぁぁっ!! 悔しいいいいぃぃぃぃっ!!!」

 

 ……更衣室に戻って来たら、クロエさんが頭をかきむしりながら吼えていた。それもものすごい大声だった。

 

「覚悟はしてたのに……してたのにっ!! なんでこんなに悔しいのよおおおぉぉぉっ!!?」

「……お、お疲れ様でした、クロエさん」

 

 声を掛けたら、ギュバッ!! と睨まれた。

 

 ……凄まじい眼力だ。殺気さえ感じる。

 

「ア、ン、ジェェェエエエエ……」

「ひい……!?」

 

 ……なんだ、今の声は。地獄から聞こえて来たのかと思ったぞ。

 

「いつかは……いつかは負けるとは思ってたけどっ……!! いくらなんでも早過ぎでしょうがっ!!」

「……そんなことを言われましても……」

「ふ、ふふふ……いいわ、あなたがその気なら、私ももっと強くなってやろうじゃない……!」

 

 おどろおどろしいオーラを纏いながら、クロエさんは先の模擬戦の記録を表示、そのデータを反映するためだろう、機体調整のためのピットに向かって行った。

 

 ……しかし、その扉を潜る直前で。

 

「……おめでとう、アンジェ。これで今日から、あなたがフランス最強よ。少ししたら、正式にフランス代表に任命されると思う」

「…………」

「あなたに託すわ。……フランスを、お願い」

「……はい」

 

 これでもう、私は負けられない。私の肩に、フランスの未来が掛かっているのだから。

 

(……重い、な……)

 

 だが、この重さこそ、私が認められた証。

 

 ならば――

 

(背負ってみせる。そして……応えてみせる)

 

 それが、私の責任だ。

 

(……さて、私も着替えるか)

 

 今日の訓練はこれで終わり、続きは明日だ。デュランダルの感覚を忘れない内に剣の鍛錬をしてから寝るとしよう。

 

 そう決めて、ロッカーに向かう。戸を開けると、携帯端末が「着信あり」の光を放っていた。

 

(シャルロットからか。……む……?)

 

 思わず、目を見開いてしまった。

 シャルロットからの着信があること自体は珍しくない。むしろ良くあることだ。

 

 問題は、その着信が――

 

(82件……だと……?)

 

 ……なにか、ひどく嫌な予感がする。

 

 冷たい汗が背中を流れ、震える指で返信ボタンを押した。

 

「……もしもし、シャ『アンジェ!? 今までなにしてたの……!?』……どうした?」

 

 言い終わる前に、シャルロットの悲痛な声が聞こえた。

 それは、まるで叫んでいるかのようで。

 

 ……予感が、どんどん大きくなって行く。

 

「落ち着け。何があった?」

『お、お母さんが……!!』

 

 

 

 ――ドクン。

 

 

 

 待て。

 

 

 

 母さんが、どうした――?

 

 

 

『お母さんが、急に、倒れたの……!!』

 

 

 

 それは、まるで。

 

 

 

 世界が、崩れ落ちて行くかのような。

 

 

 

 そんな、衝撃で。

 

 

 

「………………馬鹿、な」

『アンジェ、とにかく病院に来てっ! 場所は――』

 

 

 

 シャルロットが病院の名を告げると、デュランダルがすぐさま最短距離を私に示した。

 

 頭に叩き込んだ筈のIS使用における規則や法律が全て消し飛び、デュランダルを起動。訓練場に出て、そこを覆う遮断シールドを切り裂いて空を翔る。

 

 

 

「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なっ……!!」

 

 

 

 ――兆候は、あった。

 

 数ヶ月前に、母さんが見せた、あの反応。

 

 あれは、きっと――

 

 

 

「何故だ……! 何故、母さんが……!!」

 

 

 

 ……己の間抜けぶりを呪うのは、後回しだ。

 

 今はただ、一秒でも早く。

 

 

 

 母さんの元へ――!

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「母さんっ!!」

 

 病院に着くと、受付から聞き出した病室に駆け込む。

 そこには、ベッドに横たわる母さんと、その横で俯くシャルロットの姿があった。

 

「シャルロット、母さんは……!?」

「……アンジェ」

 

 顔を上げたシャルロットの目が真っ赤だ。きっと、ずっと泣いていたのだろう。

 

「……寝てる」

「……そう、か……」

 

 母さんの顔を覗き込むと、以前見た時よりもさらに痩せていた。それに顔色もかなり悪い。

 

 ……素人目に見ても、相当な重病だった。

 

「……なんで、こんな、急に」

「……ずっと、前からなんだって。ずっと、黙ってたんだって。ずっと、隠してたんだって。僕たちに心配掛けないように、苦しいのに、辛いのに、ずっと我慢して、ずっと、笑ってたんだって……!!」

「…………」

 

 ……馬鹿な。

 

 それに、気付かなかったのか、私は。

 

「……母さん」

「………」

 

 呼び掛けると、母さんがうっすらと目を開けた。

 ゆらゆらと揺れる目で、私を見る。

 

「……アン……ジェ……」

「……ああ。ここにいる」

 

 返事をすると、母さんは安心したように頷いた。

 そして、シャルロットを見る。

 

「……シャルロット……」

「なに? お母さん」

「少し……アンジェと、二人で話させて……?」

「え……」

 

 母さんの言葉に、シャルロットが愕然とする。

 そのまま私を見るが、しかし私も何故母さんがそんなことを言ったのか分からない。

 

「……お願い……」

「……うん。わかったよ」

 

 涙をこらえながら、シャルロットが席を外す。

 

 その後ろ姿を見送って、母さんに向き直った。

 

「……なんだ? 母さん」

「……半年くらい、前にね。あと三ヶ月って、言われたの」

「……!」

 

 ……半年。そんなに、前から。

 

「……言えなかったの。シャルロットは泣くだろうし、アンジェは頑張ってるから、心配掛けたくなくて」

「……馬鹿なことを……!」

「……うん。本当に、馬鹿よねえ。そんなことしたって、結局、同じことなのに」

「……治らないのか」

「うん。延命はできるけど、そうすると入院しなくちゃいけないから。……二人と一緒にいたかったし、延命しても精々数ヶ月延びるだけらしいから」

「…………」

 

 ……それでも。

 

 その数ヶ月を、大事にしてほしかった。

 

「……何故、私だけと話を……?」

「……うん」

 

 母さんが、手を持ち上げる。

 

 その、骨と皮だけのようになってしまった手を取る。

 

「……シャルロットを、お願い」

「……!」

「あの子もね。IS適性、高いみたいなの。……あの人が、利用しようとするかもしれない」

「…………」

 

 デュランダルは完成したが、デュノア社はいまだ危険な状況だ。なにせ私のような新参者を頼りにしているのだから。

 保険となるモノは、いくらでも欲しいだろう。

 

「シャルロットは、あの人の娘よ。あなたよりもよっぽど融通が利く。……だから」

「……言われずとも」

 

 シャルロットは母さんの娘で、私の妹だ。デュノア社長の好きにはさせない。

 

「……ごめんね」

「…………」

「ごめんね、アンジェ」

 

 母さんは、泣きながら謝っていた。

 

 その言葉が、何に対するものなのか。

 

 私には、分からなくて。

 

「ようやく、家族になれたのに。アンジェに母さんって呼んでもらって、すごく嬉しかったのに。

 ……これから、もっと幸せになれるって、思ってたのに」

「…………」

「シャルロットと、アンジェと……ずっと、一緒にいたかったのに」

「…………」

「……悔しいなあ……悔しいよ、アンジェ……」

「…………」

 

 ……涙を流す母さんの様子に、ようやく、分かった。

 

 シャルロットには強がって見せたのだろうが、それももう、限界なのだろう。誰かに、弱さを受け止めて欲しかったのだろう。

 

 だがシャルロットには、見せられないから。

 

 私に、さらけ出した。

 

 ……母さんは、それを、謝っていたのだろう。

 

「……死にたくない。死にたくないよ、アンジェェェェ……!」

「……っ」

 

 子供のように泣く母さんに、しかし私がしてやれることはない。

 

 何も、出来ない。ただ歯を食いしばって、自らの無力を呪うことしか出来ない。

 

 それを、全部、分かっているから。

 

 だから、謝ったのだろう。

 

 

 

 ――だが。

 

「ごめん……ごめんね、アンジェ……!」

「謝らなくていい。それで母さんの痛みが和らぐのなら、いくらでも背負わせて欲しい。……いや。母さんの想いを、私の心に刻みつけてくれ」

「イヤだ……イヤだよう……! もっと、一緒にいたいよ……!!」

「ああ……私もだ、母さん」

 

 とても軽くなってしまった母さんの体を、抱き締める。

 

 少し力を入れただけで折れてしまいそうな、細い体を。

 

「シャルロットが大きくなっていくのを、見守りたかった。アンジェが活躍するのを、応援したかった。

 ……なのに……こんなの、あんまりだよ……!」

「…………」

 

 溢れ出す、母さんの想い。

 

 ずっとやせ我慢をして隠していた、母さんの本音。

 

 ……一言一句、余さずに。

 

 この魂に、刻みつける。

 

「もう、無理なんだって。もう、限界なんだって。もう……シャルロットにも、アンジェにも、会えなくなるんだって……!」

「…………」

「う……ううぅ……うええぇぇぇ……!!」

「っ……!」

 

 泣きじゃくる母さんの体を、強く抱き締める。

 

 ……もう、折れてしまってもいい。

 

 今はただ、母さんの温もりを、感じていたかった。

 

「……私はもう、ダメだから。だから、お願い」

「ああ……任せてくれ」

「……うん。アンジェは、お姉ちゃんだから。(シャルロット)を、守ってあげて」

「……ここに、誓おう」

 

 いまだかつて、これほどまでに悲しかったことがあっただろうか。

 

 いまだかつて、これほどまでに苦しかったことがあっただろうか。

 

 

 

 いまだかつて、これほどまでに。

 

 

 

 心が痛んだことは、あっただろうか――

 

 

 

「我が誇りに賭けて、シャルロットを守る。……守り抜いてみせる」

 

 

 

 だが。

 

 

 

 この悲しみも。この苦しみも。この、痛みも。

 

 

 

 私が、母さんを愛している、証だから。

 

 

 

「私はソフィー・デュノアの娘、アンジェ・オルレアン。我が母の名の下に、ここに誓う。私は、我が妹、シャルロット・デュノアの騎士となる。私の生涯を懸けて、シャルロットを守る。

 ……母の安らぎと、妹の幸福こそが。

 私の、願いであるが故に」

「……うん。……ありがとう、アンジェ。

 私の大切な、私が愛する、私の娘」

 

 

 

 ……こうして私は、ただ一人のための騎士となった。

 

 こんなカタチで宿願が叶うとは、私らしいと言うべきか。

 

 こんな様で騎士を名乗るなど、おこがましいにも程があるが。

 

 ……構いはしない。私の愛する家族が、私を認めてくれるのだから。

 

「……もう、大丈夫」

「……分かった。では、シャルロットを呼んでくる」

「うん、お願い。……今は、出来るだけ、三人でいたい」

 

 

 

 そうして私は、シャルロットを呼んだ。母さんに心配させまいとしていたのか、シャルロットはもう泣かなかった。

 途中、デュノア社から説明を求められたが、事情を伝えるとそれを聞きつけたクロエさんが手を回してくれ、三人の時間を邪魔されることはなかった。

 

 そのまま面会時間が終わるまで、三人で話をして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母さんが息を引き取ったのは、一週間後のことだった。

 

 

 

 ソフィー・デュノア。

 

 

 

 享年、二十九歳。

 

 

 

 




ちょっと若くしすぎたかもしらん……。

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