社長「こいがガチタンの闘法じゃ。火力と装甲になんもかも込め、機動やら回避やらは考えるな」
社員「あの……もし間合いの外から狙撃されたり、後ろに回り込まれたりしたら、どうすれば……?」
社長「さぱっと死せい。ガチタンの生き様じゃ、浪漫じゃ」
ごめんなさい、首置いてくんで許して下さい。
それは、あるいつも通りの一日のことだった。
その日の訓練を終え部屋に戻ると、シャルロットがいなかった。
(……私より先に戻ったはずだが……)
一度戻って来てまた出掛けたのなら、予め言っておくか書き置きか何かがあっていいはずだが、それもない。さらに言えばプライベートチャネルすら繋がらなかった。
……これは……。
(……嫌な予感がするな……)
…………。
…………、………………。
………………まさか………………。
~~♪
「!?」
携帯電話の着信音。見てみれば、シャルロットからのメールだった。
(……既視感が……)
どうにも不吉な気配を感じながら、メールの本文を開く。
そこに書かれていたのは――
――たすけて――
グシャリ、と。
私の手の中で、携帯電話が壊れた。どうやら握り潰してしまったらしい。
「……いいだろう」
自分のモノとは思えないほどに低い声が出る。
はて、この部屋はこんなに赤かったか? ああ、ただの錯覚か。
「そちらが、その気なら」
踵を返し、部屋を出る。
扉を開けようとノブを捻ると何故か壊れてしまったので、蹴破って開けた。
廊下に出て、歩く。
一歩ごとに蟲を踏み潰すかのような不快な感触があるが、まあそれも錯覚だろう。
「私も、それに応じよう」
目指すは社長室。
標的はそこに座する、権力と金の亡者。
あんな汚物を斬るなど、私の剣の穢れとなるが――
「ふん。デュノア社、か」
構うまい。
今はこの、煮えたぎるような憤怒と憎悪をどうにかしなければ。
「随分と、無駄に大きな墓標だ。……奴を埋めるに、不足はあるまい」
でないと。
次に、シャルロットに会った際に。
怖がらせて、しまいそうだ――
――――――――――
「……失礼します」
社長室の扉を開けると――流石に頑丈な造りをしているのか、壊れることはなかった――その奥の机に座る男は、薄ら笑いで私を出迎えた。
シャルロットがメールを送ったのを知っていたのか、それとも私を呼び寄せるためにわざと送らせたのか。どちらにせよ、私が来ることを予測していたのは間違いないようだ。
「……どうかしたのかね、オルレアン君? 今日は君のアポはなかった筈だが」
「はい。取り急ぎ、お訊きしたいことがありまして」
……驚いた。
まだ敬語で話せるとは思わなかった。
「訊きたいこと? まあいいだろう、丁度今は時間が空いていてね、数分ならば話せるよ」
「ありがとうございます」
一度礼をしてから、顔を上げる。
そして、有りっ丈の力を込めて睨み付け――
「……貴様、シャルロットをどうした」
――流石にもう、敬語で話すことはできなかった。
「シャルロット? ……ああ、あの娘か。アレは我が社のテストパイロットなのだよ? オルレアン君。社長である私がどうしようと、私の勝手だろう」
「……ほう」
デュノア社長は私の眼力にも一切怯むことがない。これほどの大会社を率いる胆力は伊達ではない、ということか。
だが今、アレと言ったか? シャルロットが貴様のモノだと言ったか?
……さて、喉を踏み潰すか顎を粉砕するかそれとも舌を引きちぎるか、迷うところだな。
「それで、シャルロットは?」
「今はIS適性に関する研究を手伝ってもらっている。なに、特に何かしてもらうわけではない。体だけ貸してもらえれば、後はこちらでやる。……まあ頭は割れるほどに痛むかもしれないが、大したことではあるまい」
「……そうか」
なるほど、良く分かった。
ならば私は、実際に貴様の頭を割ることにしよう。
「シャルロットに手を出さないということは、暗黙の了解だと思っていたのだがな」
「つまりは正式な取り決めではなく、破っても特に問題はない、ということかね?」
会社経営者にあるまじき発言だが、まあよかろう。
この男は、既にそれ以前の問題だ。
「私は交渉は苦手だ。故に、単刀直入に言おう。
……シャルロットを解放しろ。今、すぐに」
「断る、と言ったら?」
「決まっている。力ずくで居場所を聞き出し、助け出す」
「おお、恐ろしい。フランス最強の騎士にそんなことを言われては、恐ろしくて心臓が止まってしまうよ」
いっそ物理的に止めてやろうか。
おどけて言うデュノア社長に不快感が増し、そう思った。
「だが、それは出来ない。社員の我が儘を容易く許しては、社長としての面目が立たないからな」
……もういいか。そろそろ我慢も限界だ。
まあ私も良く耐えたろう。自分で自分を誉めてやりたい。
「そうか。ならば、仕方ないな」
一歩踏み出し、デュランダルを起動する。
光の粒子が私の周りに溢れ――
「!?」
――形を成すことなく、霧散した。
「な……!?」
「ああ、君の専用機だがね」
くつくつとデュノア社長が嗤う。その眼は蔑みと嘲りに満ちていた。
「君は最近、反抗的だからね。少々細工をさせてもらった」
もう一度デュランダルに呼び掛けるが、全く応えない。展開だけでなく、他の機能も一切使えなかった。
完全な、機能停止状態だ。
「貴様、私の剣を……!」
「何か勘違いしているようだな。デュランダルは君のモノではない。我が社が君に貸しているだけだ」
デュノア社長が吐き気がするほど醜い笑みを浮かべながら手を軽く上げると、社長室の奥の扉から黒服の屈強な男が数十人現れた。全員が、手にスタンロッドを持っている。
「悪いがまだ君を失うわけにはいかないのだよ、オルレアン君。そしてあの娘にも、もっと役に立ってもらわなければならない。君が大人しく従ってくれれば、全て丸く収まるのだよ」
「ふん。ISさえ奪えばただの無力な小娘だと思ったか? ……侮るなよ。たとえ生身であろうと、その程度の人数で、この私を抑えられるものか」
「そうだろうな。だから、もう一人用意してある」
私が入って来た扉が、背後で開く。そこから現れたのは――
「クロエさん……!?」
「…………」
ラファール・リヴァイヴ・カスタムを展開した、クロエ・ルクレールだった。
「何故貴女が……!」
「悪いわね、アンジェ。私もデュノア社の人間なのよ」
「そういうことだ。いくら君でも、生身でISに勝つことは出来まい?」
「くっ……!」
クロエさんは彼女に似合わぬ無表情で銃を展開し、私に向ける。
そして――
「それじゃあ、大人しくしてね。さすがに生身のあなたに勝っても、嬉しくないもの」
――――――――――
それから、一週間が経った。
私はデュランダルを奪われ、どことも知れぬ部屋に軟禁された。訓練などの時にはデュランダルを返されるが、しかし少しでも怪しい動きをすれば、例の細工とやらで強制的に解除される。
そもそもシャルロットが人質に取られているのだ。居場所も分からないのに下手なことは出来ない。
(迂闊だった。完全に、読みが甘かった。まさかデュノア社がここまでの強硬手段に出るとはな。それほどまでに追い詰められていたか)
……いや。読み違えたのは、デュノア社の状況ではない。
(世界最強。それだけでは満たされんか――貴様の、欲望は)
たとえ私がブリュンヒルデになり。
デュノア社が、その私を擁する企業となっても。
まだまだ、まるで足りないのだ、あの亡者は。
(富、権力、名声……全てを手に入れるつもりか? そしてフランスの――あるいは世界の王にでもなるつもりか?)
それでは、全く同じだ。
かつて、とある世界を滅ぼした。
あの、化け物どもと。
(もう一度、墜とすというのか……私を)
私は戦闘狂だ。命を賭した戦いに無上の喜びを感じ、戦いこそが命が最も輝く瞬間だと思っている。
……だがアレは、戦いなどではなかった。
たったの二十六人を相手に、ただの一人も倒せずに、為す術無く、世界は滅ぼされたのだから。
……そして、私は。
その二十六人の、三人目だ。
(……だが、今は違う)
もう私は、企業の尖兵ではない。
私は私の魂にのみ従う。
そして私の魂が主と認めるのは、シャルロットだけだ。
(……成るものか。もう二度と、成ってたまるか)
シャルロットを守ると誓った。
シャルロットと母さんに、胸を張れる騎士になると誓った。
――ならば。
(私を、騎士と認めてくれた。……ならば。騎士ならば、このまま諦めるなど、有り得ない)
故に。
必ず、助け出す。
(考えろ。どうすればシャルロットを助けられる? どうすれば奴を倒せる? どうすれば――)
――と、そこで。
不意に、部屋の扉が開いた。
「……呆れた。全然眼が死んでないじゃない。諦める気皆無、て感じね」
「……クロエさん」
「あら、まだそう呼んでくれるの?」
部屋に入って来たクロエさんは、そのまま壁に寄りかかった。言葉通りに呆れ顔で、しかしどことなく嬉しそうな顔で話し掛けて来る。
「……何をしに来たのですか?」
「つれないわね、せっかく会いに来たのに。……ま、それも当然か。裏切ったんだし」
「…………」
信じていた。
クロエさんだけは、味方してくれると。
だか、そうはならなかった。
「何をしに来たのですか」
「いや、こんな何もない所じゃ退屈かと思って」
「…………」
「……そんな怖い眼で睨まないでよ。ちょっとした冗談じゃない」
「今はそんなものに付き合う気分ではありません」
「そりゃそうよね。シャルロットを助けて、デュノア社長を倒す算段で忙しいものね」
「…………」
「倒せないわよ、いくら力があっても。殺したらあなたが罪に問われるし、いくら痛めつけてもめげないわよ、あの男は」
「……シャルロットへの仕打ちを、公表します」
「無駄ね。証拠なんか残さないだろうし、証拠が無ければいくらでも揉み消すわよ、あの男は」
「…………」
……そう、そこが問題だ。
デュノア社はフランス政府とも繋がりがある。並みのことではビクともしないだろう。
では、どうすれば――
「……だから、これをあげるわ」
言って、クロエさんは懐から取り出した何かを、私に放り投げた。反射的に受け取ると、それは小型の端末で、ディスプレイにはどこかの地図が表示されている。
そしてその地図には、赤い光点があった。
「シャルロットは、そこに居る」
「……!!」
「いやあ、苦労したわよ。社長にも目を付けられ始めてたとこだし。けどまあ、なんとか間に合ったわ」
……馬鹿な。
クロエさんは、デュノア社長に付いたのではなかったのか……?
「言ったでしょ? 証拠がなくちゃ揉み消されるって。だから集めてたのよ、今まで社長がやってきた、黒~いことの証拠。あの時はまだ十分なのが揃ってなかったから、動くわけにはいかなかったのよ」
クロエさんは懐から取り出したディスクをヒラヒラと見せびらかした。その中に、証拠とやらが収められているのだろう。
「……証拠は残さないのではなかったのですか?」
「そーなのよねー。けど完璧なモノなんて存在しない。ほんの少しだけだけど、残ってたわ。……まあかなり念入りに消されてたから、時間は掛かったけどね」
……ならば。
それなら、一体――
「……いつからですか?」
「あなたがデュノア社に来てから。あの社長のことだから、また黒~いことするんだろうなーって思って」
「……そんな」
……裏切ったのでは、なかった。
味方してくれる、などという話ですらない。
ずっと、味方だったのだ。
「助けに行くんでしょ? なら、これも持って行きなさい」
そう言って投げ渡されたのは、蝶を模したペンダント。
待機状態の、デュランダル。
私の、剣。
「起動阻害プログラムは解除してあるわ。あなたもシャルロットも大人気だからね、手伝ってくれる人は大勢いたわよ」
「……その人たちにも、感謝を」
「止めときなさい、喜びすぎて卒倒するかもしれないから」
そんな冗談を言って、けらけらと笑う。
……やはりこの人には、こういう表情が良く似合う。
「……ありがとうございます、クロエさん」
「そんなのいいから、早く行ってあげなさい。その代わり、シャルロットには私の活躍をしっかり伝えておいてね」
「言葉の限りを尽くして、誇張しておきましょう」
「……なんか不安だなあ、アンジェ天然だし、変なこと言いそう」
そう言ってまた笑いながら、扉を指差した。
クロエさんに促され、扉に向かう。
そして、すれ違う時に――
――血の匂いを、感じた。
「……まさか」
「あら、バレちゃった?」
慌てて振り向くと、クロエさんは壁に寄りかかったまま、ズルズルと倒れた。
そして壁には、赤い跡があり。
クロエさんの背中には、銃創があった。
「……デュランダルを盗む時に、見つかっちゃって。ISの展開が間に合わなかったわ」
「そんな……!」
「まあ大丈夫よ。急所は外れてるし、協力してくれた人たちはなんとか逃がしたしね」
……だが、それでも。
傷が残るだろう。女性の、体に。
「……何故」
「?」
「何故、そこまでしてくれるのですか」
クロエさんは、今まで本当に良くしてくれた。だが今回のコレは、今までとは程度が違う。
何故私たちのために、ここまでしてくれるのか。
「……私は、この国が好きよ。フランスを愛してる」
少しずつ悪くなっていく顔色で、クロエさんは語りだした。
己の、戦う理由を。
「祖国のために――なんて言うつもりは、ないけれど。それでも、私が活躍することでフランスも豊かになるのなら、それは凄く素敵なことだなって、思ってた」
クロエさんの傷に応急手当てをしながら、その言葉を聴く。
「けど、私の力は世界に通用しなかった。……悔しかったわ。しばらく、夜も眠れなくなるくらいに」
その時のことを思い出しているのだろう。そう語るクロエさんの顔は、本当に悔しそうで。
「次こそはって、訓練に明け暮れた。けどいくらやっても、あの時戦った人たちに追い付ける気がしなかった。才能の限界を感じて、焦って、焦って、どうしよう、どうすればいいんだろうって悩んで……そんな時、あなたが現れた」
そこでクロエさんは、私と目を合わせた。
真っ直ぐに、力強く、私を見る。
「この子なら。この子なら、必ず世界最強になれる。私が届かなかった所を軽く飛び越えて、想像も付かないほど高い所まで行ける。……根拠なんか何もなかったけど、そう確信したわ」
……だから、クロエさんは。
「それで、決めたの。私はもう、ここまででいいって。後はこの子に任せよう、私の夢をこの子に託そう。……この子がより高く飛べるように、私はこの子の踏み台になろうって」
私のために、血の滲む努力の果てに身に付けた、自らの戦術を捨てた。
私のために、共に戦ってきた相棒を、あんな姿に変えたのだ。
そして、私のために――
「……だから、この子のために出来ることをしようって決めた。こういう回りくどいことは苦手そうだったから、そこを私が補おうって決めた。この子を――私の夢を、守ろうって決めた」
だから、誰にも悟られぬように。
誰の力も借りず、たった一人で。
ずっと、戦っていたのだ。
「……許せない。私の夢が、欲望を満たすための道具にされるだなんて、絶対に許せない。だけどそんなことをする外道と、正面切ってぶつかり合うのもなんか嫌じゃない? だから、背中から刺してやろうと思って」
冗談めかして言っているが、その戦いは、決して容易いことではなかった筈だ。
だがそれを、クロエさんはおくびにも出さない。
「……まあ今までのは、実は全部建て前なんだけど。……本当はもっと、単純な理由」
私がよほど深刻な顔でもしていたのか、クロエさんは急に気配を柔らかくした。
訝しむ私に、不敵に笑う。
そして、悪戯好きの子供のような顔で――
「――私ね。あの社長、大っ嫌いなのよ」
――――――――――
クロエさんの応急手当を終え、私はシャルロットの下へ向かった。
デュランダルを盗み出したことは気付かれたが、証拠を集めていたことはまだ気付かれていない筈。今ならば社長も油断しており、なりふり構わない行動を取る可能性は低い。
故にこの油断を突き、シャルロットを助け出す。そしてそれを見計らって、クロエさんが証拠を公表する。私とシャルロットを失ったところに追い討ちを掛け、デュノア社長を倒すのだ。
(……いくら感謝しても、しきれんな)
クロエさんから渡された地図データを頼りに社内を行くと、地下エリアの入口に辿り着いた。分厚い隔壁を斬り裂いて侵入し、さらに進む。
すると、巨大なドーム状の空間に出た。
『ようこそ、オルレアン君』
スピーカーから、デュノア社長の声。私が来ることを予測していたのだろう。
『ルクレールにも困ったものだ。誰のおかげでフランス代表になれたと思っているのか』
「決まっているだろう。クロエさん自身の力だ」
不快極まる。この男、何様のつもりだ。
『まあ、もはや奴のことなどどうでも良い。それよりも君だ。わざわざ来てもらって悪いのだが、ここまでだ。自分の部屋に戻れ、オルレアン君』
「私の部屋だと? そんなものはここにはない。私が住処と定めるのは、あの家だけだ」
『ふむ。我が社のために尽くす気はないと?』
「皆無だ」
即答する私に、デュノア社長はわざとらしい溜め息を吐いてみせた。その息遣いさえ不快だった。
『仕方がないな。では力ずくで、君を従わせるとしよう』
「やってみせろ。やれるものなら」
『では、遠慮なくやらせてもらおう』
その言葉と同時、ドームの四方にあるゲート、その内の私が入って来たものを除く三カ所から一機ずつ、IS――ラファール・リヴァイヴが飛んできた。そのパイロットたちの顔は、いずれも見慣れぬモノだった。
『その機体はフランス軍から借りてきたモノでね。つまりは軍用機だ。君の機体のように、リミッターなど有りはしない。そしてその者たちはフランス軍のエースパイロットだ。まあ私が潜り込ませたのだがな。……ルクレールほどではないが、腕は確かだ。いくら世代差があろうと、たった一人では勝てんよ』
確かに、軍用と競技用では大きな差がある。競技用の機体には相手を殺傷する危険性を減らすため、そして搭乗者がテロ行為等を起こしても制圧出来るよう、リミッターが設けられているからだ。
そしてこの三人の腕も相当なものだ。なにより連携訓練を十分に積んでいるのだろう、まるで狼のように統率の取れた動きで、瞬く間に私を包囲した。
……なるほど、社長の言う通りだ。彼女たちを相手に一人で戦うなど、無謀も良いところと言える。
――だが。
「……狗め」
「なに?」
小声で呟いた私の言葉を、ハイパーセンサーで拾ったのだろう、一人が怪訝そうに聞き返した。
「狗と言った。貴様らはあの下種に従うだけの、ただの卑しい走狗だと」
「……小娘が。天才と持て囃されて、調子に乗ったか」
「まさか数の理も分からないとはね。チームとして機能する三人の戦力は、単純に三倍じゃあないのに」
「その高々と伸びた鼻、へし折ってあげましょう」
私のあからさまな挑発に、不快感を隠そうともしない。個人の力量ではクロエさんに及ばずとも、三人での連携にはよほどの自信があるのだろう。
――だが。
そんなモノは、この私には無意味だ。
「貴様らこそ、何も分かっていない。英雄譚でも紐解いて勉強しろ」
「……何を言ってる?」
――かつて、とある世界を滅ぼした戦争があった。
その戦争において、たった一つだけ、私が誇るモノがある。
「人喰いの化け物は、必ず人間に斃される。……人間以外には、斃せない」
「だから、何を――」
弱者の殺戮ではなく、強者との戦いを求めた証。
私の在り様の具現であり、生き様の象徴であり。
「それと同じだ。狗には私は斃せない。この私を――」
それは汚名。
それは二つ名。
それは忌み名。
それは、私の名。
「――「鴉殺し」を、斃せるのは」
それは、あの男が手向けに呼んでくれた名。
それは、あいつが一度だけ呼んでくれた名。
「最強の、鴉だけだ」
それは。
今も尚、私が誇る名。
三対一? レイヴンとリンクスには良くあることです。
次回、「オルレアンの騎士」最終回。お楽しみに!