IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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先日献血に行ったのですが、その時こんなことがありました。

「血ぃ置いてけ! なあ! A型だ!! A型だろう!? なあA型だろおまえ」

 お医者様の問診表に薬の欄があったので、最近花粉症対策に薬を飲んでいることを正直に書きました。

「……ようもやってくれたのう。やっぱりお前の血などいらねえ」

 ごめんなさい、確かに薬飲んでるのに献血なんて馬鹿ですよね、と謝ると、スタッフの方は優しく笑いながらこう言ってくれました。

「貴様の血はいらん。気持ちだけ置いてけ!!」

 その言葉に、しばらくしたらまた献血に行こうと思いました。


第44話 OPERATION OMIAI BREAK(ヘッドオン編)

「なんなんだ、こいつらは……!?」

 

 茂みの影から現れた敵の姿に、箒が戦慄する。

 

 ヒトガタではあった。

 ヒトガタではあったが、どう見てもただの人ではなかった。

 

 真夏の陽光を受けても全く輝かない、鈍色の装甲。

 顔は目も鼻も口もない、不気味なのっぺらぼう。

 二メートルほどの体躯は、俊敏さと強靭さを感じさせる。

 脚には移動用のローラーがあるが、それが回転しても一切音が聞こえない。

 

 ISとはまた別の、ヒトガタの機械。

 

「パワードスーツだと……!?」

 

 その正体を、軍人であるラウラは知っていた。驚きに目を見開き、自分たちがどれほど厳しい状況に置かれているかを理解する。

 

「こんなものまで持ち出すとはな……!」

「知っているのか、ブレイズ!?」

「ああ、如月重工が開発したパワードスーツ、〔明星(みょうじょう)〕だ。ISほど図抜けた性能はないが、大量生産出来る上に当然男にも扱えるので、いくつかの軍隊は極秘で採用している」

『スペックはどの程度ですか?』

「一対一でM1エイブラムスと戦えるほどらしい。だがあれよりも遥かに小型で、機動力もある。編隊を組まれるとかなり手強い」

 

 ちなみにM1エイブラムスとは湾岸戦争などで活躍したアメリカの戦車である。戦車としては最高水準の性能を誇り、当時のイラク軍の主力戦車ではほとんど相手にならなかったほどだ。

 

「現在の装備で倒せるのか……?」

「総合的な戦闘力は戦車と互角でも、装甲では流石に及ばない。加えて奴らは銃火器を装備していない。不可能ではない筈だ」

 

 明星は全部で三機。数の上では互角であり、ラウラの言う通り武器の類は持っていないように見える。

 現在はラウラと箒の周りをグルグルと回っており、どうやら様子を見ているようだった。

 

「なるほど、動きは速いな……」

「脚部のローラーで、最大時速300キロほどで移動出来る。旋回性能、走破性能も高い。ISが開発されなければこれが現代の主力になっていたと言われる代物だ」

『さすがは如月重工、技術力はダントツですわね』

 

 戦車と戦えるほどの銃火器を装備出来るのなら、パワーアシストも相当なものだ。素手だからといって油断出来る相手ではない。

 

「……待て、ブレイズ。こいつら、人の気配を感じんぞ」

「なに? 無人機か?」

「おそらくは。だがこの動き、AIによるものとは思えない。恐らく遠隔操作だ」

「ではアーチャーに連絡を。操作している者が近くにいるかもしれない」

「了解」

 

 これほど複雑かつ高度な動きを遠隔操作で実現するには、莫大な量の情報の遣り取りが必要になる。ならば、それほど遠くない場所から操作している筈――ラウラはそうあたりを付けた。

 

『アーチャー、聞こえていたか?』

『ええ。それでは捜索に移ります。その間わたくしからの援護はありませんが、大丈夫ですか?』

『仕方あるまい。それとブレイズが言うには、操作は車両などに機材を載せて行っている可能性が高いが、如月重工の技術力を考えるとそれすら必要ないかもしれん、とのことだ』

『アーチャー了解。周囲を徹底的に捜索します』

 

 こうしてセシリアは明星を操っている者を探し、その間ラウラと箒で明星を足止めする、という分担になった。

 

 

 

 ――絶望的な戦力差。それでも、諦めはしない。この敵を、仲間たちの下へ行かせるわけにはいかないのだから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 一方そのころ、いささぎにて。

 

「なるほど、井上さんは小さい頃から剣術をやっているんだね」

「……ええ……」

「ふむ。それは一度見てみたいな、井上さんの試合。……けど難しいかな、IS学園じゃ」

「…………」

「兄さんはしょっちゅうIS学園に行ってるみたいだけど、クレストはISとは関係ない会社だからね。なにかよほどの理由がないと」

「…………」

「残念だな、とても綺麗だろうに」

「……いずれ……」

「うん?」

「……機会があれば……」

「……うん。その時は是非とも見せて欲しいな」

「…………」

 

 真改と皐月の会話は、弾んでいた。

 

『ちょっとちょっと、ナニコレどういうことよ!? なんか良い雰囲気っぽいんだけど!?』

『俺に言うなっ! くそっ、どうにかしないと……!』

『ああ……なんでこんなことに……』

 

 そしてその様を見ていた隊員たちは焦っていた。

 

 真改が話すことを苦手としていることに気付いた皐月は、自分から話し掛けるようにしていた。といっても決して真改を無視する形ではなく、真改が趣味と言った剣術について、真改でも答えやすいように質問しているのだった。

 それにより、真改との長時間の会話という、一夏ですら滅多に出来たことのない偉業を果たしていた。

 

「井上さんは、どこかの道場に通っていたのかな?」

「……篠ノ之道場……」

「篠ノ之? ……それってもしかして、篠ノ之束博士の?」

「……その妹が、幼なじみ……」

「ああ、そういえば聞いたことがあったよ。篠ノ之箒さん、だっけ? 篠ノ之博士の妹さんが、IS学園の一年生だって」

「……親友……」

「なるほど、篠ノ之さんのご実家が剣術道場をしていて、井上さんもそこに通っていた、と」

「……はい……」

「それじゃあ井上さんの剣術は、篠ノ之流……でいいのかな? それなんだ」

「……いえ……」

「え? 違うの?」

「……我流……」

「我流……ていうのは、ええと。自己流、てことかな?」

「……そう……」

「へえ、不思議だね。篠ノ之さんの道場に通っているのに、そこの剣術を学ばないだなんて」

「……貴方も……」

「え?」

「……如月なのに、クレストへ……」

「……そうだね。あはは、これは一本取られたな」

「…………」

 

 真改は驚いていた。

 会話が苦にならない。それどころか、楽しいと感じている。

 気心の知れた友人たちが相手であればともかく、そうでない者との会話は苦手なのだ。だというのに、会ってまだ一時間ほどの皐月との会話は、友人たちとのそれには劣るものの、確かに楽しんでいる。

 

 それに気付いた真改は、驚きながらも小さく笑みを浮かべた。

 

 それは、本当に小さな笑みで。

 

 家族や、一夏や千冬といった長く深い付き合いのある者くらいしか、気付くことはない筈なのに。

 

「……驚いた。そんなに綺麗なのに、笑うともっと綺麗になるだなんて」

「……!?」

 

 皐月の言葉に、真改はさらに驚いた。まさか自分の僅かな表情の変化に、この短時間の付き合いで気付くとは。

 そして笑みに気付かれたことが恥ずかしくなり、ほんの僅かに頬を染める。

 

 それもやはり、極一部の者にしか気付けないほどに微小なものだったが――

 

「……面白いなあ。普段は格好良くて、笑うと綺麗で、照れると可愛くなるんだね」

「……っ!!」

 

 優しげな笑顔でそんな風に指摘され、真改は俯く。無表情でいても見抜かれそうなので、顔そのものを隠してしまおうと考えたのだった。

 しかしその浅はかな策は当然のように裏目に出て、皐月は真改の様子に益々笑みを深める。

 

 ――こうして真改は、(自分にとっては)悪循環へと陥っていくのだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

『シャムロック!! シャムロォォォォォックっ!!! 許可を! あたしに奴を衝撃砲で粉微塵にぶっ飛ばす許可をぉぉぉぉぉっ!!!』

『待てピクシー! 粉微塵にするなら後でも出来るだろ!? その前に零落白夜で微塵切りに――』

『サイファーもピクシーも落ち着いてよ! 狙撃ならともかく、店内でそんなことは出来ない! 僕たちにはアンを信じるしか――』

『そういう問題じゃねえんだよっ!!』

『あんな表情、あたしは見たことないわよっ!!』

『完全に私怨じゃないかっ!!』

『『他に何があるっ!?』』

『作戦の目的を忘れたの!? ジョーがアンに相応しい人物か見極めること、もし相応しくなかった場合はお見合いを妨害すること!

 けど今まで見た限りではジョーは良い人だよ! この人なら、きっとアンを――』

『分かってねえ。分かってねえよ、シャムロック』

『え?』

『考えてみなさい。もしジョーがアンを気に入ったとして、アンもジョーを受け入れたとして! その先に何があるのか、考えてみなさいっ!!』

『何って、アンが幸せに――』

『『そこじゃないっ!!』』

『え!?』

『もう忘れちまったのかよ、シャムロック!』

『ジョーには人格よりも、もっと重大な欠点があるでしょ!?』

『え? 欠点……?』

『思い出せ、ジョーの名前を』

『そして考えてみなさい、ジョーと結ばれた時、アンがなんて名前になるのかを――』

 

 ――如月真改――

 

『………………………………殺そう』

『そうこなくっちゃ!』

『さすがシャムロック、話が分かるな』

『けどやっぱり、ここで殺るのはまずい。店にも迷惑が掛かるし、アンも立場がなくなる。……殺るなら、後日だ』

『……なるほど。冷静だなシャムロック、頼りになるぜ』

『アンタが仲間で良かったわ』

『任務はこのまま遂行するよ。まだアンがジョーに惹かれると決まったわけじゃないし、ジョーの趣味とかが分かれば後の予定も立てやすくなる』

『『了解』』

『一応ここから見た限りでは、店内には怪しい人はいない。……けどあのブレイズが不意を突かれたんだ、僕らには気付けないレベルの手練れかもしれない。気をつけて』

『『了解』』

『……今外で、みんなが必死に足止めしてる。僕らのために。……失敗は、許されない。必ず成功させるんだ』

『『了解』』

 

 ――こうして。

 

 混乱は、さらに加速していく。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 時を同じくして、公園では。

 

「箒、俺だ!! 結婚してくれっ!!!」

「セシリアたんくんかくんかしたいお!!!」

「ラウラ様踏んで下さい!!!」

「くそ、なんだこのおぞましい気配は……!?」

「中身空っぽのくせに……!! 遠隔操作でこれほどの威圧とはな、変態どもめっ!!」

『……ごめんなさい。わたくし、今その場に居ないことに心から安堵していますわ』

 

 別働隊は、苦戦していた。

 

「ほおおおぉぉぉぅきちゃああああんっ!!」

「はあっ!!」

 

 某大泥棒のような声を上げながら飛び込んで来た明星の一撃をかわしながら、すれ違い様にナイフを叩き込む。しかしそれは装甲に弾かれた。

 

「ちい、やはりこの程度では通らんか……!」

「関節を狙え! そこは装甲が薄い!」

「了解! 無人機ならば遠慮する必要もないからな、切り落としてやる!!」

 

 箒はすぐさま明星に攻撃を掛けようとしたが、しかしその機動力に生身では追い付けない。距離を取られれば、再び向こうから近づいてくるまでは攻撃出来ない。

 

「仕方ない、ISで……!」

「ダメだ、よせっ!!」

「ヒヤッハー!! ISは無効化だー!!」

 

 箒が紅椿を展開しようとした瞬間、その一瞬の隙を突き明星が手榴弾のような物を放り投げた。それが空中で爆発し、眩い光を放つ。

 

「ぐああああ!?」

「タリズマン!」

 

 その光を浴び、箒は全身に電気が流れたような衝撃を受けた。それはすぐに止んだが、直後に異常に気付く。

 

「っ!? ISが反応しない……!?」

「くそ、お前もか! これでアーチャーとも分断された……!」

「例のジャミングか!? 迂闊だった……!」

 

 ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンと同じく、箒の紅椿も封じられた。

 

 ISの無効化という、世の常識を覆すような兵器。それを目の当たりにし、二人が戦慄する。

 

「如月重工め、こんな物まで作っているとは……!」

「これは、想像以上か……!」

 

 最後の手段を潰された。

 これで二人は、戦車と同等の戦闘力を持つ敵を三機、生身で相手しなければならなくなったのだ。

 

「……行けるか、ブレイズ?」

「当然だ。司令官が諦めては、部下は誰も付いては来ない」

 

 だが二人には、絶望は微塵もない。

 

 自分たちを信じ任せてくれた、仲間のために。

 

 退くわけには、いかないのだ。

 

「離れるなよ。私の背中は、お前に預ける」

「寄りかかるなよ? 荷物を背負っていては、存分に戦えんからな」

 

 明星たちは再び二人の周囲を回り、隙を窺っている。高い性能に酔わず慎重な戦術を選べる、油断ならない変態だ。

 

「さあ、往くぞっ!!」

「遅れをとるなよっ!!」

 

 剣士と軍人と変態。

 

 馬鹿と馬鹿と変態。

 

 壮絶な戦いは、尚も続く。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 説明しようっ!!

 

 僕らが開発したパワードスーツ、〔明星〕は、地上制圧を目的とした歩兵用兵装なのだっ!!

 

 ISは数も少ないし、歴史も浅いからねえ。戦術も戦略も、まだ確立されてない。けど明星なら、何十年もの間実戦の中で(みが)かれてきた歩兵のそれがそのまま転用出来るからねえ。軍には結構ウケが良いのさ。

 

 そして明星のスペックだけどっ!!

 最高速度は大体時速300キロくらい。跳躍力は20メートルとちょっとかな。

 装甲はまあ薄めだけど、通常の銃火器は効かないよ。対物ライフルとかロケットランチャーは危ないけどね。

 パワーアシストは、そうだな、500キロくらいの物なら片手で持ち上げられるかな。

 そして顔だけど、あれは実はただののっぺらぼうじゃないんだ。顔全体が無数のカメラの集合体で、視認能力を高めている。昆虫の複眼をヒントにした、名付けて〔クラスターカメラ〕だ。……まあ、ハイパーセンサーにはかなわないけどね。

 

 そしてそしてぇ、対IS用のジャミング装置、その名も〔(ついたち)〕!!

 これはISの機能、その一切を封じる装置だよ! まあ一時的に、だけどね。

 ちなみにこれはISに作用しているわけじゃない。流石にIS自体の機能をダウンさせることは出来なくて。じゃあどういう仕組みなのかというと、これはパイロットに作用しているんだ。

 ISはパイロットとの強いリンクによって稼働している。ならパイロットからISへの信号をシャットアウトすれば、ISも動かないということさ。

 まあ展開されている間は流石に無理だけどね。けど展開していない時は絶対防御も発動しないからね、そこに目を付けたってわけさ。

 

 ……え? なんでそんなことをぺらぺら喋るのかって?

 

 

 

 ――ふ。悪役っぽいだろ?

 

 

 

――――――――――

 

 

 

『アーチャーからシャムロックへ。タリズマンの信号途絶』

『ええ!? まさか、やられたの……!?』

『いえ、まだ戦いの気配がしますわ。おそらくは例のジャミング装置かと』

『そう、良かった……。それでアーチャー。遠隔操作している人は?』

『まだ見つかりませんわ。……公園内の人たちは、おそらく囮です。わたくしたちの目を引き付け、公園に一般の人たちが入るのを防ぐことが目的でしょう』

『シャムロック了解。狡猾だね……。それじゃあ、引き続き捜索を』

『アーチャー了解』

 

 店外警戒班のため箒の異常にいち早く気付いたセシリアは、二人の身を案じながら公園周辺の捜索を続ける。

 ヴァイオリンのケースにスナイパーライフルを隠し、観光に来た外国人を装いながら、周囲の人や車の中に不審なものはないかを確かめていく。

 

(見つかりませんわね……。く、急がないといけないのに……!)

 

 内心の焦りを顔に出さず、自然な仕草で周りを見渡しながら街中を歩く。

 一応ブルー・ティアーズによる電波探知もしてはみたのだが、近くから発せられているということしか分からなかったので、その辺りを隈無く探すくらいしか手段が残されていないのである。

 

(不審な人物……不審な車…………ん?)

 

 そしてセシリアは見つけた。

 路肩に停められた、一台の黒いバンを。

 

(こういうシチュエーションで、如月社長が好みそうな車ですわね……)

 

 そう判断し、セシリアはバンへと近付いて行く。

 中はスモークで見えないが、ハイパーセンサーを使って耳を済ませると――

 

「…………篠ノ……力化……した…………」

「…………よし……通り…………油断……まで…………」

(……ここで間違いなさそうですわね)

 

 スカートをそっとたくし上げ、内股に巻いたホルスターから小型の拳銃を取り出す。

 車の取っ手に手を掛け軽く引くと、少し引いたところで抵抗を感じた。

 

(しめた。ロックされていませんわね)

 

 それを確認すると、セシリアはバンの扉を一気に引いた。少女の細腕によるものとは思えぬ速度でドアがスライドし、同時に銃を構える。

 

「動くなっ!」

「「!?」」

 

 中に居たのは二人の男。一人は頭に何かの装置を取り付け、もう一人はコンソールを操作している。

 服装こそスーツ姿の、ごく普通のサラリーマンではあったが、この状況でこの二人が何者であるかなどあまりにも明白だ。

 

「如月重工の方ですわね?」

「はい、そうですよ」

「あー、見つかったか」

「……は?」

 

 意外にあっさりした男たちの態度に、セシリアは拍子抜けする。如月重工の社員なら、ねちっこく粘るだろうと思っていたからだ。

 

「……それが無人機を操っている機械ですか?」

「ええ、明星のリモート操作用のユニットです」

「まあ色々弱点が増えるから、使い難いんだけどね」

「ではなぜ遠隔操作型を?」

「有人機相手ではあなた方が戦い難いからと、社長が」

「そういう訳わかんないとこ気ぃ遣うんだよねぇ、ウチの社長は」

「……わかりました。では直ちに操作の停止を」

「ええ、分かってますよ。もう動かしていません」

「見つかったらやめるようにも言われてるんで。それじゃあ、俺らはフケますかね」

「お待ちなさい。その言葉をわたくしが信用するとでも?」

「我々はサラリーマンです」

「信頼されることが一番大切な能力なのさ。約束は守るよ」

「………………わかりました。信じましょう」

「おや、こんなにあっさり信じてもらえるとは」

「はは、君も相当お人好しだな」

 

 言って、二人は本当に撤収準備を始めた。そして運転席と助手席に乗り込み――

 

「あ~、もっと遊びたかったなぁ」

「ええ、折角明星を持ち出したのですから、色々な装備を試したかったのに」

「アレとかアレとか、アレとかな~」

「ええ、あとアレとアレとアレも、ね」

「「うふふふふふふふふ」」

「…………」

 

 如月重工の社員はみんなこんなか、と思いながら、セシリアは発進する車を見送った。

 

(……あの二人が動かしていたのは、一機だけでしょうね)

 

 一人が操作、そして一人が情報処理の支援をしているようだった。残りの二機は、彼らとは別の者が操作しているのだろう。

 

(探すしかありませんわね)

 

 残り、二機。

 

 本来なら生身で相手出来るようなものではない兵器が、二機。

 

(……止めなくては。一秒でも早くっ!!)

 

 決意を新たに、セシリアは再び歩き出すのだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「! 一機止まったぞ!」

「アーチャー、やってくれたか……!」

 

 押されていたところに光明が差し、二人の士気はさらに高まった。疲れた腕に力を込め、得物を握り締める。

 

「ストーンヘンジがやられたか……」

「だが奴はこの中で一番の小物」

「しかしジェッ○ストリームアタックはやりたかったな……」

「ああ、死亡フラグと分かっていてもな」

 

 しかし相手も当然余裕があるようで、動揺している様子はない。

 

「これで勝ち目も見えてきたな」

「ああ。連携なら、私たちが上だ」

 

 互いに睨み合い、機を窺う。

 

 ほんの些細なきっかけがあれば、すぐにでも戦闘が再開されるだろう。

 

 ――そして。

 

「如月重工の技術力は世界一ィィィィィィッ!!」

「不可能などないィィィィィィッ!!」

 

 自らきっかけを作り出すのが、如月重工であった。

 

「各個撃破だ!」

「了解!」

 

 挟み撃ちの形で飛びかかって来る明星。その一機に狙いを定め、間合いを詰める。

 

「僕の胸に飛び込んでおいでっ!!」

「断る!」

「というかお前そこに居ないだろ!」

 

 ナイフと銃弾を膝に叩き込むが、装甲の薄い箇所からは僅かに逸れた。動きが速く、捉えきれなかったのだ。

 

「うふふ……わかってないね。この明星は特別モデル、女の子の柔らかさだけを感じ取れるセンサーが搭載されているのだ!!」

「また無駄に高い技術を……!」

「面妖な……変態技術者どもめ……!」

「さあ、それがわかったところで!!」

「抱きしめてあげよう!!」

 

 再び突撃して来る明星。だがやはり軍事的な訓練は受けていないのか、連携は世辞にも優れているとは言えなかった。

 

「これなら――」

「――いける!」

 

 箒とラウラを捕まえようと伸ばされた手をかいくぐり、関節を狙って一撃。しかしそれも外れた。

 

「動きを止めねば……!」

「私が囮になる! ブレイズ、頼むぞ!」

「任せろ!」

 

 三度、突撃。

 今度は箒は避けるのではなく、衝撃を受け流しつつ脚にしがみつく。そして膝裏にナイフを突き立てた。

 

「今だ!」

 

 ナイフは装甲に浅く食い込むだけで駆動系には届かなかったが、人一人の重さが加わったことでほんの僅かに明星の動きが鈍る。

 その僅かな遅れにより、ラウラは完全に照準した。

 

 ――箒が突き立てたナイフの、柄に。

 

「っ!」

 

 パシュ、パシュ、パシュ、と。

 サイレンサー付きの銃口から発射された弾丸が、狙い通りにナイフの柄に命中する。金鎚で釘を打ち込むように、ナイフが膝裏に突き刺さって行き――

 

 バチンッ!!

「おお!?」

「よしっ!」

「まずは一本!」

 

 明星の一機が片膝をつき、動きを止める。ISとは違って地に脚を着いているので、脚が動かなければ機動力に大きな支障が出るだろう。半減以上に殺がれた機能では、もはや脅威とは呼べない。

 

「動けるか? アイガイオン」

「いや、厳しいな」

「そうか。では俺だけでやるしかないか」

「頼む、エクスキャリバー。……俺の分まで、彼女たちを抱き締めてくれ」

 

 残るは一機。だがここまで追い詰められても、戦意は全く萎えていない。

 

「気をつけろ。あんな奇策、二度は通じんぞ」

「分かっている。気を引き締めろ、ここが決めどころだ」

 

 しかし戦況が箒たちに傾いているのも事実。二対二で一機倒したのだから、二対一になれば残りも倒せる筈。ましてや相手は変態とはいえ民間人、戦術の幅も箒たちには及ばない。

 

 箒とラウラは残りの一機をいかに倒すか、素早く思索を巡らせ――

 

「なああぁんちゃってええぇぇ!!」

「こんなこともあろうかとおおおぉぉ!!」

 

 ――奇襲への反応が、遅れた。

 

「な、なに!?」

 

 片膝を破壊された明星はその脚をパージすると、その場で逆立ちをした。すると腕からローラーが出てきて、脚による移動と変わらぬ速度で突っ込んで来たのだ。

 

 無人機だからこそできる、荒技だった。

 

「とおおおぉぉぉう!!」

 

 逆立ちのまま腕でジャンプし、ラウラ目掛けて飛びかかる。ラウラも当然回避しようとしたが、しかしもう一機に回り込まれ逃げ場を塞がれた。

 

「ブレイズ!」

「くっ……!」

(くそ、迂闊だった。こいつらは機械、完全に破壊するまで何をしてくるか分からないというのに……!)

 

 ラウラは己の油断が招いた危機に歯噛みする。

 明星は二人のコンビネーションがあって初めて倒せる相手だ。ラウラが戦闘不能になれば、箒にも勝ち目がなくなる。

 

(何か……! 何かないか!? 何か――)

 

 危機に瀕したことで集中力が高まり、引き延ばされた時間の中で必死に考える。

 

 だが、思い付かない。少しずつ、敗北が迫って来て――

 

 

 

 ガシャアアアァァンッ!!

「「「!?」」」

 

 

 

 飛びかかった明星が、粉々に砕かれて吹き飛ばされる。

 巨大な金属の塊が、亜音速で衝突したことによるものだった。

 

「お前は……!?」

「まさか……!!」

 

 明星をただの一撃で破壊したモノは、急停止してその場に留まる。

 

 ――その姿に、箒とラウラは覚えがあった。

 

「来てくれたか……!」

「……ふん。見せ場を持って行かれたか」

 

 箒は素直に感激し、ラウラは憮然とした態度の中にも喜びを滲ませて。

 

「認めよう。今この瞬間から、お前も同志だ――」

「歓迎する。お前が居てくれれば心強い――」

 

 それは、機械だった。

 

 その身を形作るのは、六対十二の翼。

 

 淡く静かな、銀色の輝き。

 

 明星と同じく遠隔操作だが、操っている主が何者なのか、二人は知っている。

 

 ――それは。

 

「「――月船っ!!」」

 

 

 




 月船(朧月)反抗期。

朧「ちょっと、私の服、一緒に洗濯機に入れないでよ!」
如「!?」

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