全国の織斑さん。
あなたたちは、あまりにも数が足りな過ぎるので。
少し数を増やします。
主なルール
1:織斑さんが鬼に追い掛けられる。
2:鬼はヒロインが務める。
3:鬼に捕まると、大体十ヶ月後くらいに織斑さんが増える。
4:未成年者は諸事情により参加出来ない。
……やりませんよ?
危機的状況から一転、月船の参戦により箒とラウラは一気に有利になった。
明星は残り一機。月船という強力な味方がいれば、負けることはまずないだろう。
「よし、このまま一気に決めるぞっ!」
「ああ、急いで皆に合流せねば――」
「その必要はない」
「「!?」」
――そう、負けることはない筈だった。
不測の事態さえ、起こらなければ。
「きぃぃぃぃさぁぁぁぁまぁぁぁぁらぁぁぁぁ……」
「「ひいいいぃぃぃぃっ!!!?」」
地獄の底から溢れ出てきたかのような声。その発信源は、怒りで髪を逆立たせた織斑千冬であった。
「きききききき教官!?」
「ど、ど、ど、どうしてここに!?」
「生徒から相談されてな。織斑の部屋から不気味な声が聞こえて来る、と。夏の怪談話の類かと思ったが、一応様子を見に行った。すると部屋の中には呪いの人形のようにカタカタ笑い続ける布仏がいた。ただ事ではないと感じ医務室へ連れて行き見つかった場所が場所なので念のため検査をしたが暴行等の形跡は無し、では何かショッキングなことでもあったのかと話を聞いてみたところひっきりなしに話し続けていて内容も脈絡がなかったが、しかし全て井上に関することであることは分かった。そこで私は今日は井上がお見合いをすると聞いていたのでもしやと思いお前たちの所在を確認したところ全員所在不明、これはもう間違いないなあの大馬鹿者どもめということで学園で整備中だった月船から朧月に通信を入れ叩き起こし月船を操縦させそれに乗りここまで飛んで来たというわけだ」
「そ、それは法律に触れるのでは……」
「月船自体はISではない。よって何も問題はない」
「その理屈はかなり無理が有りませんか!?」
「大丈夫だ、問題ない」
援軍だと思っていた月船は、死神を連れて来たのだった。
しかもその死神は長台詞を一息で言い切り普段は絶対にしないような無茶をするくらいには怒り狂っていた。
「……井上のお見合いについては、保護者である唐沢さんからも連絡が来ている。井上の将来を心配していたところに如月社長から申し出があり、井上も断らなかったそうだ。
つまりこのお見合いは双方同意の上で行われている。それを妨害しようなどと、お前たちは何様のつもりだ?」
「ひゃ、いえ、あにょ、そにょ……」
敬愛する千冬からほぼ全力の殺気を当てられ、ラウラは呂律も回らないほどに狼狽えた。
その様を見てから、千冬の目がギョロリと動いて箒に視線を向ける。
「篠ノ之ぉぉぉぉ……」
「は、はひ!?」
「お前もか? お前も束のように、有らん限りの迷惑を、この私に掛けるのか?」
「い、いえ! 決してっ、そんなことは決して……!」
「そうか、掛けるのか……残念だ。教師として生徒には分け隔て無く接するつもりだったが、お前には特別待遇が必要のようだな」
「ひぇ!? あの、だからそんなことはないと……!!」
「嗚呼、残念だ。残念だが、教職に就く者として、生徒を甘やかすことは出来ん。
……嗚呼、本当に、残念だ。自分の生徒にこれほどの重荷を背負わせ、それに対して罰を与えねばならんとはな」
「おおおおお織斑先生!? お願いです、話を聞いて下さい……!!」
必死に懇願するも、千冬は全く聞く耳を持たない。
どこからともなく竹刀を取り出し、パシパシと手の平に打ち付けて調子を見ながら近付いて来る。
その顔は笑っているのに、仁王像より怖かった。
「……さて。宿題は済ませたか? 本国への報告は? 病院のベッドで絶対安静で夏休みを過ごす心の準備は出来ているか?」
「「いえ! どれもまだですっ!!」」
「そうか、出来ているか。それなら、心置きなく折檻出来るな」
「ダメだ、話を聴く気が皆無だ……!」
「このままでは……!」
追い詰められた二人。戦闘力で千冬にかなう筈もなく、逃げても月船ですぐに追い付かれる。かと言って千冬の説教は、甘んじて受けられるほど生易しいものではあるまい。
下手すれば死ぬ。うっかり手加減に失敗して事故死する。それくらい今の千冬からは怒りのオーラが溢れていた。
「どうする……!?」
「こうなったら残ってる明星を囮にして――」
「じゃあ俺落ちますね。お疲れっしたー」
キュウン。
「明星が止まった!?」
「おのれ変態め! 逃げ足の速い!」
「だがまだ近くに居る筈だ! 探し出すぞ!」
「分かった! 私はあちらを探す、お前は向こうを――」
「……茶番はそこまでだ」
「「ひぃっ……!?」」
逃走失敗。当然と言えば当然だった。
「さあ――お仕置きの時間だ」
「「ひ、ぎゃあああああああああ!!!」」
――――――――――
(早く見つけませんと……!)
二機目の明星を動かしている者がなかなか見つからず、セシリアは焦っていた。
箒とラウラなら明星を倒せるかも知れないが、明星は如月重工製だ。何かしら隠し球があるのは間違いない。早めに数を減らしておかなくてはならない。
(早く……っ!? あれは……!?)
――見つけた。黒いバン。
一台目と同じ車種、同じ塗装。ご丁寧にナンバーも一つ違い。
間違いない。如月重工だ。
(これで二機目ですわね。残りは一機、その程度なら、あの二人が負ける筈ありませんわ)
バンに近付き、取っ手を引く。このバンにも鍵は掛かっていない。おそらく社長から、そういう指示が出ているのだろう。
深呼吸を一度。一息にドアを開け、中に銃を突き付ける。
「動くな!」
「ほう? それが教師に対する態度か?」
「………………………………え?」
中には如月重工の社員と。
千冬がいた。
「………………え? 織斑先生?」
「ああそうだ、オルコット。お前の担任の織斑先生だ」
「…………な、なんでここに?」
「それは篠ノ之とボーデヴィッヒにも説明した。二度もさせるな、私は面倒が嫌いなんだ」
「……ええと。お二人は……?」
「安心しろ。二人がどうなったかはすぐに分かる。……お前も同じ目に遭うからな」
「…………………………」
ドドドドドドドドド、という効果音が聞こえてきそうなくらいの威圧感を放ち続ける千冬に、セシリアは蛇に睨まれた蛙状態だった。今すぐこの場から逃げ出したいのに、身体が恐怖で動かない。
「……お、織斑先生。わたくしは――」
「聞く耳持たん。言い訳なら――閻魔にするんだな」
「ひ、――」
ぬう、と、千冬が手を伸ばす。その手はセシリアの首をがっちり掴み、車内へ引きずり込む。
「ひ、いや、やぁ……!」
幼子のように懇願するも、千冬の手から力が抜けることはない。ずるずる、ずるずると、セシリアの姿が車内に消えて行く。
そして、バンの扉が。
無情に、閉じられた。
「ウッヒョー!! 千冬様の生お説教だぜー!!」
「ヒャッハー!! 今日はお祭r「黙れ」「はい」」
――――――――――
『こちらシャムロック。店内の様子がおかしい』
『おかしい? どういうこと?』
『ちょっと慌ただしい……かな? 予定外のお客さんが来たみたいだ』
『予定外? 完全予約制なんだろ、ここ?』
『うん、だから慌て……て…………』
『シャムロック? どうした?』
「こういうことだ」
「「「!?」」」
店内に乗り込んで来た人物、それが誰かは言うまでもない。
「ち、千冬姉……!?」
「どうしてここに!?」
「私は面倒が嫌いなんだ」
「「は?」」
「とにかく、ここでは店に迷惑が掛かる。……表に出ろ」
「「………………はい」」
逃げられない。そう確信した。なにせ相手は織斑千冬、世界最強のブリュンヒルデだ。逃げられるわけがない。
「……デュノア、お前もだ」
「……ですよねー……」
全員確保され、連行されて行く。その際当然真改と皐月に見つかり、二人とも目を丸くしていた。
「……ええと。織斑千冬さん、ですよね?」
「はい。井上の担任をしています、織斑千冬です。井上の保護者とは懇意にさせてもらっていて、今回のお見合いについても聞いていました」
「ええ、井上さんから聞きました。姉のように思っている、と」
「…………」
そんなことを言われた千冬は驚いて、真改を見る。
しかし真改はそれどころではなく、千冬の後ろに朝食待ちの囚人のように並んでいる織斑一夏御一行様を呆然と見ていた。
「そちらの方たちも、織斑先生の生徒さんたちですか?」
「はい。凰……このツインテールは違う組ですが」
「なるほど、みんな井上さんのお友達なんですね。二十代半ばの男とお見合いすると知って、心配で見にきた、と」
「……申し訳ありません。私の監督不行き届きです」
「いえ、そんな。友達思いの良い生徒さんたちじゃないですか」
「……そう言っていただけると、助かります」
皐月は一夏たちを優しげな顔で眺めている。そこにはお見合いの様子を覗き見ていたことに対する怒りや不信などは微塵もなく、ただ真改に友人が大勢いることを喜んでいるようだった。
「それでは、これで失礼します。お邪魔しました」
「……待て……」
これ以上お見合いを中断させるわけにもいかないので去ろうとした千冬に、真改が待ったを掛けた。
そして一夏たちを順繰りに見渡し――
「……他は……?」
「……箒とセシリアとラウラ。のほほんさんは、シンがお見合いするって聞いてひどいショック受けたみたいで、来てない」
「……伝えろ……」
「?」
「……後で、シメる……」
「………………了解」
割とマジな殺気を叩きつけられ、一夏たちは絶望した。千冬のお説教の後には真改のお怒りが待っている。
(((……生き残れるかな……)))
そうして、一夏たちは千冬に連れられ、いささぎを出て行った。
その様は、絞首台に登る死刑囚のようであった。
「……良い友達が大勢いるんだね、井上さんは」
「…………」
「あの男の子は織斑先生の弟さんかな? ニュースで見たよ。彼とも幼なじみなのかな」
「……はい……」
「やっぱり。……篠ノ之箒さんも来てたみたいだし、それにセシリアさんとラウラさん、それにのほほんさんって言ってたね。……いつか、会って話を訊いてみたいな。普段の井上さんが、どんな人なのか」
「…………」
「優しい人たちだね。井上さんを心配して、こんなことまでしてくれるだなんて」
「……節介……」
「そうかもしれない。けれどそんな人たちだから、井上さんにとっても大事な友達なんじゃないかな?」
「……皆……」
「うん?」
「……温かい……」
「……なるほど。なんていうか、井上さんらしい言い方だね」
「…………」
神経の太さは従兄弟と同じなのか、あんなことがあっても皐月の様子は変わらない。
そんなわけで、お見合いはそのまま続行となったのだった。
――――――――――
「……さて。何か言い残すことはあるか?」
千冬が運転する十人乗りのワゴン車の中、千冬のお説教をたっぷり受けた一夏たちは生気の無い顔で座っていた。
ちなみに千冬を連れて来た月船は、千冬を降ろすと逃げるように飛び去って行った。この車は真耶が運転して来たもので、その真耶は今助手席に座っている。そして一番後ろの席には、回収された本音が相変わらずの様子で座っていた。
「……俺たちはシンのためを思って――」
「何が井上のためだ。どう見てもお前たちが暴走しただけだろう」
「う……」
「なんだ、そんなに如月の名が気に食わないか。井上が如月社長の親族になるのが」
「……まあ」
「井上はそんなことを気にしない。アイツには立場や肩書きなどどうでもいいのだからな」
「けど皐月ってやつは、あの如月社長の従兄弟なんだろ? 同類かもしれないじゃないか」
「それは調べた。如月社長から話を持ち掛けられた唐沢さんから相談を受けて、事前にな。それで問題ないと判断したから唐沢さんもお見合い話を受けた」
「シンはどうなんだよ? なんで受けたんだ?」
「アイツが如月社長と唐沢さんの顔を潰すようなことをすると思うか?」
「なんだよ、それじゃあ強制じゃねえか!」
「だからこそ事前に調べたんだ。唐沢さんも井上の将来を心配している。アイツは恋愛に関して、奥手どころの話ではないからな」
「人のこと言えるかよ」
「何か言ったか?」
「イエナニモ」
織斑千冬。いまだに男と付き合ったことはない。
「けど千冬姉も知ってるだろ? シンには好きな人がいるんだぞ!?」
「……だが、いつまでも過去を引き摺っているわけにもいかん。井上はまだ若いんだ、未来のことを考えなくては」
「……まあ、そりゃそうかも、しれないけどさ……」
「井上の人格や腕のことを考えれば、受け入れてくれる者はあまり多くないだろう。機会は、なるべく多い方がいい」
「…………」
「唐沢さんは色々なことを考えて、井上にお見合いをさせた。そうと決めてからも、これで良かったのかと最後まで悩みながらな。
……お前たちはどうだ。その場の感情に流され、自分たちが嫌だから邪魔しようとしただけだろうが」
「「「「「…………」」」」」
「……ごめん、千冬姉。軽率だった」
千冬が本気で怒っていることが分かった一夏たちは、自らの行いを恥じた。
全員が心から反省していると感じて、千冬はそれ以上責めることをやめた。
「……ふん。だが間違えるな。謝る相手は、私ではない」
「? そういやこの車、シンの孤児院に向かってるな」
「え? シンの?」
「……本当だ。外見てなかったから、気付かなかった」
「……ああ、思い出して来た。確かにこっちの方向だったな」
「むう、ではマスターの孤児院に行くのか?」
「あ、あの、わたくしまだ心の準備が……!」
「なんの準備だ……」
「けどなんで孤児院に?」
「馬鹿かお前は。言っただろう、謝る相手が違うと」
「今回皆さんがしようとしたことは、井上さんのお義父さんにも大変迷惑を掛けることです。ですから担任である私たちと一緒に謝りに行きます」
「あ……」
「……すみません、山田先生。迷惑を掛けてしまって」
「ですから、謝る相手が違いますよ。謝るなら、井上さんのお義父さんに謝って下さい」
「……はい」
というわけで、一行を乗せた車は真改の孤児院へと向かって行った。
ちなみに如月重工は一緒になって悪ふざけに参加したので、謝る必要なしと判断されていたのだった。
――――――――――
「「「「「「「「この度は、まことに申し訳ありませんでした」」」」」」」」
まだ回復していない本音を除く全員が、深々と頭を下げる。謝罪を受けた唐沢は、笑ってそれを許した。
「謝らなくていいよ。私としては、真改にこんなに沢山友達が出来て安心しているくらいなんだから」
「いえ、そういうわけには――」
「いいんだよ。みんな真改のことを心配してくれたんだろう? それでこんなことまでしてくれたんだから、その友情は本物ということだ。先方もなんだか喜んでるみたいだし、言うことなしさ」
「……ありがとうございます。唐沢さん」
千冬、一夏、箒、鈴という唐沢を知る面々はなんとなくこうなるだろうな、と予想していたが、他は驚いた。まさかこんなにあっさり許されるとは思っていなかったからだ。
「さあ、この話はこれで終わりだ。ちょっと早いけど、夕飯の準備をしよう。せっかく真改の友達がこんなに来てくれたんだから、豪勢にしよう」
「いえ、ご迷惑をお掛けしたのに、そんなことまでしてもらうわけには――」
「いいっていいって。千冬ちゃんも久しぶりに来てくれたことだしね」
「「「「「……千冬ちゃん?」」」」」
「んんっ! ……唐沢さん、その呼び方はやめて下さい。私はもう子供ではないので」
「あっはっは、これは失礼」
唐沢の言葉に反応した者たちをギロリと睨み付ける千冬。
その眼が言っていた。誰かに言ったらコロス。
「ただいま……て、なんだこれ。随分靴があるな」
「丁度良い、宗太も帰って来たし」
玄関から聞こえてきた少年の声に、皆が振り向く。
宗太という名前は何度か聞いたことがあった。真改の一つ下の弟で、料理が得意な少年である。
「……やっぱりイチ兄か。また女連れ込んでやがる。しかも見たことねえのが五人もいるし」
「……五人?」
ふと不思議に思って、一夏はぐるりと見回した。
今ここに来ているのは、千冬、真耶、箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラ、本音。
「……私を覚えているのか?」
呆然と呟いたのは箒である。
確かに箒と宗太は面識があるが、最後に会ったのは六年以上前の話だ。記憶はかなり薄れているだろうし、そもそも容姿が大きく変わっている。実際、箒は事前に知っていなければ、目の前の少年が宗太だとは分からなかっただろう。
「はあ? 当たり前だろ。そんな目つきの悪いやつがアンタ以外にいるかよ」
「……お前にだけは言われたくない」
「まあ確かに、目つきも態度も口も悪いからな、宗太は」
「うるせぇよ。つーかなんだよ、コイツらは。イチ兄のハーレムのやつらか?」
「「「「「はははははハーレム!!?」」」」」
「そんなわけないだろ。ただの友達さ。山田先生は副担任だし」
「「「「「………………」」」」」
「……相っ変わらずだな。そのうちマジで刺されるぞ」
「?」
宗太の言葉に、心底意味が分からない、という顔をする一夏。この少年の鈍感さは、当然孤児院の皆が知っている。
「そういえばお前、やけに落ち着いてるな。朝電話して来た時はあんなに慌ててたのに」
「まあ冷静になってみりゃあ、シン姉が男になびくとも思えねえしな」
「……ごもっとも」
「それで親父、シン姉は?」
「ああ、さっき連絡があったよ。お見合いは終わったからもうすぐ帰って来るって。相手さんも、もしよろしければまた会いたいって」
「「「「「「なにぃ!?」」」」」」
ギロリ。
「「「「「「………………」」」」」」
鋭く反応した者たちを、千冬は一睨みで黙らせた。
「ところで宗太。この人たちは真改の友達なんだ。せっかく来てくれたんだし、君の料理でもてなしてあげたいんだけど」
「……まあいいけど。十人分作るのも二十人分作るのも同じだしな」
「さらりとすげえことを言いやがるな……」
ああメンドくせえメンドくせえ、とボヤきながらエプロンを身に付け、宗太は厨房へと向かって行った。元々大勢住んでいる孤児院なので、食材は十分にある。その中からいくつか選び、手際良く調理し始める。
「……優しいんだね、あの子」
「目つきも態度も口も悪いけどね」
「変わらんな、宗太は。私のことも覚えていてくれたしな」
「そういうやつなんだよ、アイツは。優しくて思い遣りがあるやつなのに、そういうのがダサいと思ってるんだ」
「ふふ、可愛いですわね」
「本人には言わないであげてね。きっと真っ赤になって怒るから」
テキパキと料理を続ける背中を眺めながら、皆でニヨニヨし合うのであった。
――――――――――
「……ただいま……」
「おや、帰って来たね」
小さいながらも良く通る声。その声の持ち主を、ここに居る全員が知っている。
「いのっちいいいい!!」
「うおっ、のほほんさん!?」
先ほどまで虚ろな眼をしていた本音がいきなり立ち上がり、玄関へダッシュ。普段のトロさが信じられないような速さであった。
「いのっち、大丈夫!? 変なことされてない!?」
「……されてない……」
「ああもう、心配したんだよ~!? いのっちに何かあったらどうしようって~!」
「……何もない……」
「良かったよう~! ふえええぇぇ~!」
「…………」
本音をしがみつかせたまま、着物から私服に着替えた真改が歩いて来る。その様を見て、唐沢は益々嬉しそうに笑った。
「いやあ、その子はなんだか様子がおかしかったから心配してたんだけど。そうか、そんなに真改と仲が良いからか」
「…………」
「おかえり、真改。如月皐月さんはどんな人だった?」
「……尊敬出来る……」
「それは良かった。安心したよ、真改は無口だから、ちゃんと話せるか不安だったんだ」
「…………」
そう話す唐沢の表情は、言葉通り安堵と喜びに満ちている。
その笑顔を見て、真改は気付いた。何故初対面である皐月との会話が苦にならなかったのか。
(……似てる……)
年齢は倍ほども離れているし顔立ちもまるで違うが、心から信頼する義父と良く似たものを、皐月から感じていたのだった。
「…………」
「「「「「「う……」」」」」」
それはそれとして、真改はとりあえず馬鹿をやらかした連中を睨み付けた。その眼光の鋭さに思わずたじろぐ一夏たち。
「……並べ……」
「「「「「「……はい」」」」」」
ずらりと整列する馬鹿六人。真改はその前に立ち、手刀を振り上げると――
ゴゴゴゴゴゴンッ!!
「「「「「「いったぁ!?」」」」」」
目にも留まらぬ六連打。全員の頭頂部に激痛が走る。
「いっつぅ~……!」
「お、織斑先生並みの一撃ですわ……!」
「頭が割れる……!」
「身長が縮むかと思った……」
皆口々に苦悶の言葉を口にするが、しかし文句は言わない。真改に恥をかかせたことは自覚しているからだ。
「……ごめん、シン」
「…………」
「……着物、似合ってたぜ。すごく綺麗だった」
「……っ!」
ゴンッ!!
「ぐはっ!?」
一夏には追加の一撃が与えられた。
――――――――――
「ただいま~。お、なんか大勢来てる。あ、この靴は一夏さんね」
「おや、この声は小夜だね。帰って来たみたいだ」
その言葉に、皆が玄関の方を向く。小夜という名前にも聞き覚えがあった。真改の衣装担当(?)である。
「やっほー、一夏さん。おひさー。あ! 千冬さん、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな、小夜」
「よ、邪魔してるぜ」
「おお!? 鈴さんじゃん。なによ、あんま変わってないわねー。特に胸とか」
「ぶっ殺すわよ?」
「他にもなんかいっぱいいるし。みんな綺麗ねー、やー、目の保養になるわー」
真改を着せかえ人形にすることに無上の喜びを感じる少女は、集まっている面子の容姿に大変満足しているようだった。
頭の中で皆を好き勝手にデコレーションしながら見渡していると、ふと一人と視線が合う。
「……む?」
「……?」
「……むむむ?」
「……な、なんだ?」
その一人とは――
「……もしかして、箒さん?」
「……宗太と言い、お前と言い。六年ぶりなのに良く分かるな」
「やっぱり箒さんだ! わあ、すっごい久しぶり! なになに、なんかすごい美人になってるじゃない!」
「ひぇ!? なななな何を――」
「うんうん、私好みじゃない! ねえ箒さん、後で私の部屋に来ない? 可愛い服がいっぱいあるんだけどっ!!」
「い、いや、いい! 遠慮しておく!」
「まあまあそんなこと言わずに! きっと似合うから!」
「いいと言っている!」
「こらこら小夜、箒ちゃんはいいって言ってるんだから。無理矢理着せるのは良くないよ」
「ちぇ~。しょうがないなあ」
「……ふう」
唐沢の援護により難を逃れ、安堵する箒。
だがその後ろでは、シャルロットが羨ましそうに箒を見ていた。彼女は可愛い物に目がないのである。
「ただいま~」
「わあ、お客さんがいっぱい来てる!」
「おかえり。うん、みんなそろそろ帰って来るかな。ご飯ももうできそうだし、続きは食べながらにしよう。真改の学園での様子なんかを聞きたいな。本人は全然話してくれないから」
「それでは僭越ながら、わたくしが――」
「いや待て、私が話す。私とマスターの馴れ初めをな」
「それって印象最悪だったような……」
「それじゃ~、私のとっておきのネタで~」
「別に誰からでもいいでしょ。シンの学園での話題なんて、いくらでもあるんだから」
「あっはっは! なるほど、真改は随分と学園生活を楽しんでるみたいだね! これは楽しみだな、面白い話がたくさん聞けそうだ!」
そうして、孤児院でのちょっとしたパーティーが始まった。
真改にとっては家族に学園でのことを、友人たちに家でのことを知られるというあまり喜ばしくない事態ではあったが――
――それでも。その一時の会談は、とても温かいものであった。
――――――――――
「……すっかり遅くなってしまった……」
夜も更け、千冬はがっくりとうなだれていた。久しぶりに孤児院の皆と会って、ついつい時間を忘れて話し込んでしまったのだ。
ちなみにそれは他の皆も同じ様なもので、真改のカコバナに聞き入っているうちにいつの間にか時間が経っていた。
外はとっくに暗くなっており、孤児院の子供たちも宗太と小夜を残して皆寝てしまっている。
「もうこんな時間か。すっかり夢中になって、時間を忘れてしまっていたよ」
「すいません、唐沢さん。私たちはこれで――」
「いや、今から帰れば、IS学園に着くのは相当遅くなってしまうよ。女の子をそんな時間に出歩かせるわけにはいかない。今日は泊まっていくといい」
「お、女の子……」
久しくそんな風に呼ばれたことのない千冬は愕然とした。その様子を見ていた者たちは笑いを堪えるのに必死だった。
「学園も今は夏休みなんだろう? 慌ててやらなきゃならない仕事も無いと思うんだけど」
「……まあ確かに、とりあえず明日は空いていますが……」
「なら決まりだ。明日みんなで朝食を食べて、それからゆっくり帰ればいい」
「……本当に、いつもすみません。それでは、お言葉に甘えさせてもらいます」
柔らかく笑って、深々と頭を下げる。
そんな千冬の様子は、何度見ても皆を驚かせる。
「……すごい。あの織斑先生が、頭が上がらないなんて」
「俺と千冬姉には親がいないから、昔からお世話になってたんだよ。唐沢さんは俺たちを本当の子供みたいに扱ってくれた。だからきっと、いつまで経っても俺たちは子供なのさ、あの人にとって」
「本当に仲がいいのですね、ここの人たちとは」
「まあ、付き合い長いしな」
「付き合い長い分、色々なことがあった。良いことの方が多いけど――悪いことだって、当然あった」
「……どういうことだ?」
突然の宗太の言葉に、事情を知らぬ者が怪訝な顔をする。
その質問に、宗太は眉間に皺を寄せて答えた。
「簡単なことさ。……俺は、イチ兄を許さねえ」
「な――」
「宗太っ、アンタまだそんなこと言ってんの……!?」
宗太の言葉に皆愕然としたが、中でも大きく反応したのは小夜だった。
強い怒りと、それ以上に深い悲しみを含んだ声で、宗太を叱りつける。
「まだ、じゃねえよ。言ったろうがよ。俺は一生、絶対に、イチ兄を許さねえって」
「宗太、いい加減に……!」
「いいんだ、小夜。これは、俺と宗太との約束なんだよ」
「わかってるわよっ! ……ああもう!」
一夏に言われて小夜は引き下がったが、しかし事情を知らない者には何が何やら分からない。
だが、なんとなく――それが、真改の左腕に関わることだということは感じた。
「……一夏?」
「どういうことですの……?」
「……そうだよな。話してなかったもんな」
何かを決意するように、一夏は一度目を閉じる。
数秒後、目を開いて、先ずは千冬を真っ直ぐに見た。
「……いいよな? 千冬姉」
「ああ。……この件に関しては、私は口を出さんと決めている」
その答えを受け、次いで親のように慕う男を見た。
「……唐沢さん」
「私も千冬ちゃんと同じだ。……君に任せるよ、一夏君」
そして最後に、親友の少女を見た。
「……シン」
「…………」
真改はただ黙って頷き、一夏の決意を肯定する。
その様を見て、一夏は深く、深く息を吸い、深く、深く息を吐いた。
「鈴からある程度は聞いてると思う。けど、俺が自分で話さなきゃならなかった。……いや。俺の言葉で、みんなに聞いて欲しいんだ。
――俺の、
いまだかつて聴いたことのない一夏の声色に、全員が息を呑んだ。
一夏は震える手を押さえつけるように握り締め、再び深呼吸をして、語り出す。
「……あの日初めて、本当の意味での痛みを知った。
大切な人たちが、みんな泣いていた。
千冬姉が握り締めた手から、血が流れているのが見えた。
まだ小さな女の子が、ベッドの上で、機械に繋がれて眠り続けていた」
今日まで自らの両足を支えてきた、
「――あの光景を、覚えてる」
オリキャラ紹介
正岡宗太
名前は正宗から。孤児院のツンデrゲフンゲフン料理担当。真改の次に孤児院に来た。
真改ラヴ。それを言うとご飯抜きになる。
烏丸小夜
名前は小烏丸から。真改より先に孤児院に来た。
可愛い女の子に可愛い服を着せることをなにより好み、その趣味の主な被害者は真改。五反田蘭と同じクラスで、蘭も割りと被害を受けてる。
次回からはドシリアスです。