IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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真改と王子のコンビに真っ正面から挑むと、どうしてもSが取れません。一回斬られた時点でアウトという鬼畜難度だからでしょうか。


第5話 再会

 昼休みになると、一夏が気楽な声を掛けて来た。

 

「なあシン、飯行こうぜ」

「…………」

 

 ――ざわ。ざわざわ――

 

 教室中の視線が、今度は己に集まった。なんだこの圧力は、冷や汗が出てきたぞ。

 

「井上さんって、織斑君と知り合いなの……?」

「今織斑君、井上さんのこと渾名で呼んだよね……?」

「それに井上さん、如月重工の社長にスカウトされたって……」

「入試で興味持ったって言ってたよね……?」

「どんなことしたんだろう……?」

「私も欲しいなぁ、専用機……!」

 

 ……まずい、このままでは己の平穏な学園生活がっ。

 

「箒も一緒に……て、あれ? いない?」

「…………」

 

 箒なら昼休みになって早々に出て行ったぞ。お前が己に話し掛けている内にな。

 

「しょうがない、二人で行くか」

「…………」

 

 促され、席を立つ。どうせ飯は食いに行かなければならないのだ、腹をくくろう。

 

 数分歩き、食堂に移る。己たちの後ろから付いて来た少女たちは努めて無視。

 カウンターに行き、先ほど買った食券を係の女性に手渡した。一夏は和食セット、己は日替わり定食である。

 

「いただきます」

「……いただきます……」

「もぐもぐ……おお、美味い。流石にデカイだけあるなぁ」

「…………」

 

 確かに中々の味だが、それをじっくり味わう余裕はない。己には今、八方から好奇の視線が浴びせられているからだ。

 それらに込められている想いは、誰に問わずともわかる。「あの子織斑君とどういう関係?」だ。

 分からなくもない。IS学園は本来女子校であり、IS学園に入学するのはIS関連の授業を科目として取り入れている女子校の出身者が多いので、ほとんど関わったことのない男という生き物に興味があるのだろう。そして、その男と一緒に食事している少女にも。

 

「しかし、セシリア・オルコットか。代表候補生ってあれだろ、モンド・グロッソの出場権を競ってるエリートだろ? 強いんだろうなぁ、やっぱ」

「…………」

 

 己を生贄に捧げることで視線の猛攻から逃れることに成功した一夏は、平常心を取り戻していた。

 己にそんな話をするのは、初の戦闘の相手が強敵である不安からか、それともその強敵と戦うことになった己を心配しているのか。この少年のことだ、おそらく後者だろう。

 

「けどやっぱ、シンはすごいな。入学早々専用機貰えるなんてさ。如月重工ってのは知らないけど。お前、入試で何したんだよ」

「…………」

 

 何もしていない。己よりもお前の方がやらかしているだろう、入試の試験会場を間違えるという大馬鹿を。

 

「ごちそうさまでした」

「……ごちそうさまでした……」

「うし、じゃあ戻るか。午後の授業の予習しないとな……」

「…………」

 

 己と一夏が席を立つと、それに合わせて周囲も一斉に立ち上がった。そして再び始まる行進。

 この異様な光景はいつまで続くのか。早くもうんざりしてきたんだが。

 

(……やれやれ……)

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 そして放課後。忘れないうちに復習とノートまとめをすると言う一夏を残し、教室を出る。はて、寮の己の部屋は何号室だったかと考えていると、深刻そうな表情で己を見詰める幼なじみが立っていた。

 

「……真改」

「…………」

 

 

 ――篠ノ之箒。六年前まで己と一夏が通っていた剣術道場兼神社の娘で、ISの開発者である篠ノ之束の実妹である。

 その姿は、己の記憶の中にあるそれよりも背が伸びたくらいで、ほとんど変わらない。気の強そうなつり目も、下ろせば腰まであるだろう黒髪も、その髪を後頭部で纏めるリボンも。

 

 だが、その身に纏う雰囲気は――以前よりも、さらに固くなっている。

 

「……訊きたいことが、ある」

「…………」

 

 何を訊かれるか、予想はついていた。

 

 特に反応もせずにいる己に、躊躇いがちに、箒は言葉を紡ぐ。

 

「お前の――左腕の、ことなんだが」

「…………」

 

 やはり、か。

 

 己が左腕を失ったのは、三年前のことだ。箒と最後に会ったのはその数年前のことであるから、そのことを箒が知る筈はない。去年箒と会った一夏が軽々しく話すとも思えない。

 

「初めは一夏に訊こうとした。だが訊けなかった。お前の名前を出した途端、一夏が辛そうな顔をしたからだ」

「…………」

「左腕をなくしたことと、一夏は関係しているのか?」

 

 箒が詰め寄ってくるが、理由は話せない。このことには己だけでなく、一夏も、千冬さんも関係している。己と箒、二人だけのこの状況で話す訳にはいかない。

 

 ――だから、心情だけを口にした。

 

「……悔いてはいない……」

 

 己の言葉を聞いた箒は、俯いた。

 

 その肩が、声が、震えているのがわかる。

 

「……なぜだ」

「…………」

「なぜお前は、そんなことを言えるんだ」

「…………」

 

 箒が顔を上げ、睨むように己を見る。

 

 けれどその眼には、涙が溜まっていて。

 

「だって、お前は……!」

 

 叫ぶように。

 

 血を吐くように。

 

 絞り出すように、箒は言う。

 

「お前は、あんなに……!」

 

 堪えきれなくなった涙が、頬を伝い。

 

「どうして……そんなに簡単に、諦められるんだっ!!」

「…………」

 

 ――それは、慟哭だった。悲鳴のような、声だった。

 

 昔、己たち三人が、共に剣術を学んでいた時。箒は、己の剣を「綺麗だ」と言ってくれた。

 その己が左腕を失ったことは、箒にとっても辛いのだろう。そこまで己のことを想ってくれていることが嬉しくもあり、同時に心苦しくもあった。

 

「……済まない……」

「何で、お前が謝るんだっ……!」

「…………」

 

 涙を流し続ける箒に、己はどうすればいいのか。

 

「う、く……ぐす……」

「…………」

 

 箒を見詰めて、かつて一夏に語ったものと、同じ言葉を紡ぐ。

 

 一夏も箒も、今はこの場にいないもう一人も。

 

 己の大事な、幼なじみだ。

 

 己の想いだけは、知っておいて欲しい。

 

「……一夏は、一人……」

「……?」

 

 未練はある。己の目指す境地、そこに至るまでの道がより長く険しくなったことは、否定出来ない。

 

「……腕は、二本……」

「……っ!」

 

 だが、後悔はない。道は歩けば前に進めるが、失ったものは、二度と戻っては来ないのだから。

 

 だから――

 

「……惜しくはない……」

 

 ――それは、紛れもない本心だ。

 

「……う、うぅぅ、うぇぇ……うああぁぁぁぁぁぁ……!!」

 

 ついに箒は、泣き出してしまった。そっと近付き、震える肩に、出来るだけ優しく手を置いた。

 

 これでも、孤児院の年長者だ。泣き止まない子供の世話は、慣れている。

 

 だから己は、ただ黙って、泣き続ける箒のことを抱き締めた。

 

「しん、かいぃぃぃっ……!!」

「……済まない……」

 

 幼子のようにしゃくりあげる箒と、それを慰める己との抱擁は――

 

「……何してんだよ?」

「うわああぁぁぁぁぁぁ!!!??」

 

 ――教室から出てきた一夏が、空気を読まずに声を掛けてくるまで続いた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 所変わって、IS学園学生寮。

 一夏は帰っていった。女子校であるIS学園は学生寮も当然女子寮であり、一夏はしばらく自宅から学園に通うことになっている。色々と不便なのでいずれは部屋の都合をつけるだろうが、今日明日のことではないだろう。

 

(……だが、何故か嫌な予感がする……)

 

 多分気のせいだ。そうに違いない。

 

「その……さっきはすまなかったな、取り乱して……ショックだったんだ。お前の剣は、私の、憧れだから」

「…………」

 

 少し恥ずかしそうに言う箒。己の剣などまだまだ「彼女」には遠く及ばないが、それでも「彼女」を目指して鍛錬を積み重ね、昔より強くなった。

 誰かに憧れ、その背中に追い付きたいという想いは、人を大きく成長させる。ならば前を往く者の務めとは謙遜することではなく、高く分厚い壁として在り続けるために、精進を欠かさぬことだろう。

 

「……箒……」

「うん?」

 

 僅かだが、箒が目を見開いた。何故己から自発的に話すと皆驚いたような顔をするのだ。いずれ問い質す必要があるな。

 

「……誇りに思う……」

「そ、そうか。そう言ってもらえると、私も嬉しい」

 

 感謝の言葉と分かったようで、照れたように笑う箒。随分長い間会っていなかったが、どうやら絆はいまだ健在のようでなによりである。

 

「ここがお前の部屋か?」

「…………」

 

 己に振り分けられた寮の部屋に着いた。寮は二人部屋なので、己にもルームメイトがいるわけだが、そいつには同情する。己のような無口な者と生活していては楽しくないだろう。

 箒のように気心の知れた相手ならば、また違ったかもしれないが。

 

「私の部屋は1025号室だ。お前さえよければ、いつでも訪ねて来てくれ。……じゃあ、また明日」

「…………」

 

 思い切り泣いてすっきりしたのか、箒の心も少しは晴れたようである。小さな笑みを浮かべてから立ち去る箒を見送り、己は今日から住むことになった自室の扉を開けた。

 

「…………」

 

 ――広い。テレビでしか見たことはないが、それなりに高級なホテルの部屋がこれくらいだったような気がする。流石はIS学園、世界中からエリートを集めているだけあって、こんな所にも金がかかっている。

 

「…………」

 

 己のルームメイトはまだ来ていないようだ。さっさと挨拶を済ませたかったが、仕方ない。先に荷物を整理してしまおう。

 己は部屋の隅にある、予め送っておいた「井上真改」と書かれたダンボール箱を開け、中の荷物を取り出す。

 量は少ない。服はジャージと部屋着の他、外出用の私服が数着。妹たちは己にやたらと色々な服を着せたがるので、気付かれる前に準備した。その後かなりふてくされていたが。

 その他細々とした生活用品に、木刀二振りと大きな鉢植えが一つ。鉢植えは厳重に梱包したおかげか土がこぼれた様子はなく、花――真っ白なパンジーも無事だ。

 花壇は弟妹たちに任せてきた。普段からよく一緒に世話をしているので、己が居なくとも大丈夫だろう。

 荷物をしまって鉢植えをベランダの日当たりが良さそうな所に置き、さてダンボール箱を畳むか、というところで扉が開いた。

 

 入って来たのは、寸法、特に袖の長さが合っていないぶかぶかの制服を着た少女。赤みがかった茶髪を背中まで伸ばし、頭の両横で一房ずつ、何かのキャラクターのような髪留めで纏めている。確かツーサイドアップという髪型だったか。

 少女は眠たそうな半開きの眼で、キョロキョロ――と言うには些か緩慢に過ぎる仕草で部屋内を見回すと、

 

「お〜、広い〜。ホテルみたいだね〜」

「…………」

「あ〜、ルームメイトのひと〜?わたしはね〜、布仏(のほとけ)本音(ほんね)っていうんだ〜。よろしく〜」

 

 ……やけに間延びした話し方をする娘だ。なんというか、彼女だけ時間の流れが違う気がする。

 

「……井上真改……」

「知ってるよ〜、すごいよね~。いのっちのことは~、もう有名になってるよ〜。学園中が知ってるんじゃないかな~、如月重工にスカウトされたって~」

「…………」

 

 己は戦慄した。

 一つ。もうそこまで知れ渡っているのか、いくらなんでも早すぎるだろう。

 二つ。この娘、己の左腕をまったく気にしていない。視線や意識が、そちらに向いていないのだ。

 そして三つ。「いのっち」って何だ。

 

「すごいなぁ〜、もう専用機貰えるなんて〜。いのっちって、なにかやってるの〜?」

「……剣術……」

「おお〜、かっくいいな〜。うんうん、確かにいのっちって、そんな感じだよね〜」

「…………」

 

 初めて会う人種に戸惑う。そのせいで、いつの間にか己の呼び名がいのっちで定着してることに突っ込めなかった。

 

「なんていうか〜、侍とか、武士とか〜?そんな感じ〜」

「…………」

 

 にへら。

 

「いのっちと同じ部屋だなんて、ラッキーだな〜、わたし。ね〜ね〜、いのっち、入試でなにしたの〜?」

「……戦った……」

「う〜ん、もっと具体的に〜」

「……斬った……」

「もっと詳しく〜」

「……寄って、斬った……」

「もっと微に入り細を穿って〜」

「……避けて、寄って、斬った……」

 

 左腕がなく、極めて無口な己に話し掛けてくる者など中学校にはほとんどいなかったが、本音は馴れ馴れしいくらいに気安く話し続ける。

 不思議なのは、それに付き合うことが不快ではないことだ。

 己が要領の得ない答えを返すたび、本音は楽しそうに笑い、すぐに次の質問をしてくる。どれも他愛のない、正しく雑談である内容。己とそんな会話をするのは、幼なじみくらいのものだったが。

 

(……不思議な娘だ……)

 

 己との会話の何がそんなに面白いのかは分からないが、はしゃぐ本音の姿は見ていて飽きない。

 

(……幸運だったのは、己もか……)

 

 まあ、本音が何を考えているのかは分からんが。

 とりあえず、仲良くやっていけそうだ。

 

「……布仏……」

「んん?なになに、いのっち?わたしのことは~、本音でいいよ〜?」

「……本音……」

 

 

 

「……これから、よろしく……」

 

 

 

 




王「うむ。期待以上の働きだな、ロイ・ザーランド」
兄「……舞台セットやら衣装やら、全部俺の手作りかよ。このために呼ばれたと分かってりゃ、受けなかったぜ」
王「全てリンクスで、というのがコンセプトだからな。お前以外に手先が器用そうな者が思い付かなかった」
兄「まあ、いいけどよ。その分演劇を楽しめるしな」
王「うむ。私の書いた脚本に隙はない。これで企業は民衆の支持を取り戻すことだろう」
兄「どうだかな。……さて、いよいよだ」
王「うむ。リリ雪姫の、はじまりはじまり」


ウ「おお、鏡よ鏡、この世で最も美しいのは誰だ?」
乙「貴様でないことだけは確かだな」


兄「おいちょっと待て、なんだありゃ!?あれアンタが考えたセリフか!?」
王「いや、オッツダルヴァには大まかな流れだけを伝えてある。後はアドリブだ」
兄「そんな脚本があるかっ!!」
王「ククク、奴の資質を侮らぬことだ、ロイ・ザーランド。あれはなかなかの役者だぞ」
兄「あんな鏡にはめ込まれた格好で役者もクソもあるかよ!」


ウ「……んんっ。もう一度訊こう、鏡よ。この世で最も美しいのは誰だ?」
乙「耳まで腐ったか。いや、それとも腐っているのは脳か?私は既に答えた筈だが?」
ウ「………………」


兄「おーおー、怒ってるよウィンディー。なんかプルプルしてる」
王「言い方もそうだが、あの見下しきった顔。あんな顔で言われたら誰であろうと頭に来るだろう」


ウ「……これが最後だ。良く考えて答えろ。鏡よ、この世で最も美しいのは誰だ?」
乙「そもそも、美しさとは見る者の感性で変わるものだ。この世で最も美しいなど、訊くこと自体が間違っている。まあ少なくとも、そんな事も分からん貴様が美しいなどということは有り得」ドガシャアアアアン!!!


兄「うわ、すっげえパンチ。鏡ごとオッツダルヴァの顎を砕きやがった」
王「素晴らしい、これぞまさしく魔女の技よ。ウィン・Dを起用したのは正解だった」
兄「アンタ後で殺されるぞ」
王「それよりロイ・ザーランドよ。何故ああもピッタリなドレスが作れるのだ?技術もそうだが、リンクスは身体データも極秘情報の筈だが」
兄「俺は服の上からでもスリーサイズが分かるんだ」
王「……貴様もしや、リリウムのスリーサイズも――」
兄「さーて次の場面だぜ王小龍」


ウ「……そうか、この世で最も美しいのは、リリ雪姫か」
乙「ごふっ……く、そんなことは言っていない。どうやら耳と脳の両方、ついでに顔も腐って」ドグチャアッッ!!!
ウ「おのれリリ雪!許さん、許さんぞ!この世で最も美しいのは、この私でなくてはならんのだっ!!」


王「さて、いよいよリリウムの出番か。胸が踊るな」
兄「それより、早くアイツ助けてやれよ。痙攣してるぞ」
王「奴はリンクスだ、この程度で死にはすまい」
兄「そうか。んじゃ、もうしばらくはほっといても平気か」


乙「……ぐふっ……ま、魔女め……貴様には、水底が似合」グッチャアアアァァッッッ!!!

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