IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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「独立傭兵」と書いて「マーセナリー」と読んでください。
この時点で誰か分かる人がいるかもw


外伝5 気になるアイツはマーセナリー

『まったく、一夏め……今回は本当に驚かされた』

「ああ、俺もだよ。ニュースを見た時はたまげたぜ」

『これでまた仕事が増える。それもとびきり厄介な仕事がな』

「ああ、お疲れさん。……ところで千冬」

『なんだ?』

「俺今運転中なんだが」

『ふん。その程度で運転をしくじるようなお前ではないだろう』

「お巡りさんに見つかって切符切られるのを心配してんだけどな」

 

 携帯電話で会話しながらトラックを運転しているのは、若い男。くすんだ茶髪に無精髭、瞳は緑色。表情はやる気がなさそうではあるが、顔立ちそのものはかなり精悍である。

 

「仕事があるんだろ? 電話してる暇なんかないんじゃないのか?」

『仕事ばかりでストレスが溜まっているんだ。愚痴くらい付き合え、ロイ』

「はいはい、了解だ。お付き合いしますよ、お姫様」

『……ふん』

 

 男の名はロイ・ザーランド。通話相手は彼の幼なじみの織斑千冬である。

 ロイは運送業者で働いており、現在大型トラックで積み荷を運んでいるところであった。

 

「でも少し待ってくれ。今日は早くあがれそうなんだ。話なら後で聞いてやるから、今は――」

『……む? どうした、ロイ?』

「……ドイツ軍の装甲車だと? なんでこんなところに……」

 

 ふと、対向車線を大型のトレーラーが走っているのを見つけた。なにかよほど重要な物を運んでいるのか、護衛であろう装甲車が四台付いており、近くを走る他の車を威嚇している。

 その物騒な気配に、ロイは気だるげな瞳を、鋭く細める。

 

『なに? ロイ、何を言っている?』

「悪い、千冬。なにかきな臭い、切るぞ」

『おい、ロ――』

 

 通話を切り、意識を集中する。

 彼が絶大な信頼を寄せる、自らの直感が告げている。

 

 ――何かが起きる、と。

 

(ちっ……嫌な空気だ……)

 

 トレーラーはまだ遠い。だが警戒レベルは既に最大まで引き上げられていた。神懸かった情報処理能力で周囲の状況全てを見極め、起きるかどうか――いや、十中八九起きないであろう不測の事態に備える。

 たとえ起きると言っているのが根拠のない直感だけでも、ロイは確信していた。その万に一つのことが、今から起きるのだ。

 

「――っ!?」

 

 そして、見つけた。ロイから見て右手にある建物、その屋根に男が一人。

 その男が担いでいるのは――

 

「ロケットランチャーっ!!」

 

 トラックの窓から身を乗り出し、男を指差しながら大声を上げる。そのロイの仕草に装甲車の運転手も気付いたが、僅かに遅かった。

 

 ロケットランチャーが火を噴き、放たれたロケット弾頭が先頭の装甲車に直撃する。かなり大きな口径のランチャーだったのだろう、爆発した装甲車が冗談のように吹き飛び、中央分離帯を越えロイの運転するトラック目掛けて突っ込んで来た。

 

「ちいっ!」

 

 咄嗟にドアを開け、走るトラックから飛び出す。固いアスファルトに全身を打ち付けられるが、完璧な受け身で全てのダメージを逃がした。その直後、装甲車がトラックを押しつぶし、道路は一瞬でパニックになる。

 

「ぐう……くそ、街中でなんてことしやがるっ! テロ屋どもめ、空気を読みやがれ……!」

 

 視線を巡らせば、周りにある建物の影から武装した男たちが数十人飛び出し、一斉に攻撃を開始した。残りの装甲車は道路が砕けたために足止めされ、降りた兵士たちが応戦する。兵士たちは練度と装備で勝っているが、テロリストたちは数が多く、総合的な戦力ではテロリスト有利か。

 

「こりゃあマズいな……」

 

 戦況は徐々に傾き始めているが兵士たちも良く粘り、銃撃戦は激しさを増している。すぐには決着はつかないだろう。そしてテロリストはロケットランチャーを持っているのだ。このままでは、街に大きな被害が出るかもしれない。

 

(だからなんだ……って、言いたいところだけどな)

 

 ロイにとっては、どうでもいいことである。他人がどうなろうが知ったことではない。所詮は他人、自分には関係ない。

 

 だが――

 

「アイツらの泣き顔は……見たくないからな」

 

 この街には、幼なじみとその弟の家がある。彼女らの友人もいる。このまま戦闘が続けば、巻き込まれる可能性もゼロではない。

 そうなれば、あの優しい姉弟は、涙を流すだろう。

 

 ならば――

 

「……まったく。せっかく今まで、平和に過ごしてきたってのに……」

 

 そして、ロイは駆け出した。

 

 銃弾の飛び交う、その場所へ。

 

 かつて慣れ親しんだ、戦場へ――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「状況を報告しろっ!」

「アルファは全滅! 四方から敵が迫って来ています!」

「武装と人数は!?」

「AK47、それにロケットランチャーが4! 人数は……こちらの3倍です!」

「だったら対等だな。交戦を開始しろっ!」

 

 装甲車でとある物を護衛していたのは、ドイツ軍の特殊部隊だった。それを指揮するのはドイツ軍最強と名高い特殊部隊、〔シュヴァルツェ・ハーゼ〕の副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉。数名の部下を引き連れ、この任務に参加していた。

 

(どこかから情報が漏れていたのか? ……いや、考えるのはこの状況を切り抜けてからだ)

 

 幸いにも、最精鋭であるクラリッサとその部下たちは輸送用トレーラーのすぐ後ろの装甲車に乗っていたので無傷だが、人数で勝る相手から奇襲を受けた痛手は大きい。体勢を立て直すのが遅れれば、そのままズルズルと劣勢になっていくだろう。

 

 そこでクラリッサは、自身の専用機、〔シュヴァルツェア・ツヴァイク〕の起動許可を求めることにした。

 

「HQ、こちらチャーリー1! 現在攻撃を受けている! ISの起動許可を求む!」

『チャーリー1、ISの起動は許可出来ない。そこは日本だ、敵がISを持ち出して来ない限り、現状の戦力で撃退せよ』

「……チャーリー1、了解。……ちいっ、頭の固い上層部め……! 積み荷の重要さが分かっているのか!?」

 

 現場からの要請を切り捨てられて、クラリッサは舌打ちする。だがクラリッサは軍人、どれほど不服な内容だろうと、命令であれば従うしかない。

 アサルトライフルを抱えなおし、あらん限りの大声を張り上げる。

 

「装甲車を盾にしろ! スナイパー、まずはロケットランチャーを片付けろ! あれがあっては装甲車も役に立たん!」

 

 素早く指示を出し、自身も戦闘に加わる。だが人数だけでなく地の利も向こうにあり、早くも押され始めていた。やはり最初に受けた損害が大きく、取り返しきれない。

 

「大尉、このままでは全滅です!」

「持ちこたえろ! すぐに増援が来る!」

 

 隊員を鼓舞するが、クラリッサ自身不安だった。

 

 ――果たして、それまで保つものか。

 

「ぐあっ!?」

「くっ、メディック! チャーリー2被弾! メディックっ!!」

「くそ、後がないな……!」

 

 必死に応戦するが、敵は次から次へとやってくる。距離も詰められ、負傷する隊員も増えてきた。元々数で劣るのだ、戦える者が一人減った時の相対的な損失も大きい。

 

 次第に焦り始め、そして――

 

「!? ロケットランチャーっ!!」

「くっ!? しまった……!」

 

 ロケット弾がトレーラーを直撃、その装甲に大穴を空ける。その爆風にクラリッサも吹き飛ばされ、盾にしていた装甲車に叩き付けられた。背中を強打し、肺の中の空気を強制的に吐き出させられる。

 

「ぐはっ! 、ごほ、けほっ……!」

 

 酸欠と軽い脳震盪で、意識が朦朧とする。銃声が遠く聞こえ、近付いて来る人影が霞んで見える。

 

「……く……」

 

 そしてその人影が、味方のものではないと気付いた時には。

 

 既に、頭に銃口を向けられていて――

 

 

 

 ――パァン――

 

 

 

 一発の銃声が響く。

 

 クラリッサは、それが自分が最後に聞くことになる音だと思い――

 

「……?」

 

 ――いつまでも意識が続いていることに、困惑した。

 

 

 

「……悪いな」

「が……は」

 

 見上げれば、テロリストの後ろに男が一人。

 

 銃声は、その男が持つ拳銃のもので。

 

 テロリストは、胸を撃ち抜かれ、絶命していた。

 

 「美人の涙が最優先だ」

 

 軽口に似合わぬ、鋭い眼差し。

 

 燃えるような闘争心と、何もかもを割り切っているが故の冷酷さが同居した瞳。

 

 それは、例えるなら。

 

 必要な獲物だけを、生きるために狩る。

 

「……あばよ、酔っ払い」

 

 「山猫」のような――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 そこら辺に転がっていた誰の物かも分からない拳銃を拾い、女兵士を撃とうとしているテロリストに背後から近付く。

 コイツを持つのはかなり久しぶりだったが、使い方は骨の髄まで染み込んでいるようだ。重さと重心で、この銃の素材、口径、あと何発弾が残っているのかまで分かる。

 

 パァン。

 

 軽い反動。心臓を撃ち抜かれ崩れ落ちていくテロ野郎が、最期に俺を振り返る。 

 その眼に宿っている感情はただ一つ。

 

 ――死にたくない――

 

「……悪いな」

 

 恨みも憎しみも、怒りもない。ただ、死にたくない。そんな、人間の最も根本的な想い。

 別に殺す必要はなかった。頭でもぶん殴って気絶させればそれで済んでた。だがそれだと、いつ目を覚まして後ろから撃たれるか分かったものじゃない。

 

 だから殺した。俺だって、死にたくないのだから。ただそれだけのこと。

 

「美人の涙が最優先だ」

 

 いつものように、軽口を叩く。そうでなければやってられない。なにせ俺は、これでまた、人殺しになったのだから。

 人殺しの最期はみんな同じ、無様に死んで地獄行きだ。

 

「……あばよ、酔っ払い」

 

 そう、みんな同じさ。

 

 どいつもこいつも、誰も彼も、お前も、アイツも、この俺も。

 

「……ち」

 

 嫌なことを思い出しちまった。

 昔のことだ。アイツを守れなかったのも、アイツとの最後の約束すら果たせなかったのも。

 

(まったく……まだ吹っ切れてなかったのかよ)

 

 だがまあ、今はそんなことを気にしている余裕はない。銃撃戦は続いているし、俺の目の前にはなかなかの美女が倒れている。

 左目を覆う眼帯がちょっとばかり無骨過ぎる感じはするが、それもまた一つのアクセントだ。うむ、悪くない。むしろ素晴らしい。

 

「……よう、お嬢さん。大丈夫かい?」

 

 自分でもどうかと思うくらい凶悪になっていた表情を緩め、お気に入りの仮面を被る。眼帯の美女はそんな俺の様子に毒気を抜かれたのか、キョトンとしていた。

 

 ……うむ、結構可愛い。まだ相当若いように見えるが、軍服に付いている階級章は大尉の物だ。かなり優秀なんだろう、さらにポイントアップだ。

 

「な……何者だ?」

「俺か? ただのトラックの運ちゃんだよ。善良な一般人さ。困っている人を見掛けたら助けるくらいの良識は持ち合わせてる」

「…………」

 

 当然の質問にも軽口で返す。しかしやり過ぎたのか、美女の眼は困惑から不信へと変わった。

 

「とにかく、ここに居ちゃ危ないぜ。どこか弾の届かない所に――」

「!? ロケットランチャー!」

「おおっと」

 

 警告に従い、美女を抱き上げて走る。すぐ後ろで爆音が響くが、間一髪爆風と破片の範囲からは逃れた。

 そのまま、トレーラーのコンテナに空いた穴から中に逃げ込む。

 

「き、貴様っ! なにをしている!? 放せ!」

「おっと、失礼」

 

 抱き抱えたままだった美女が暴れだしたので、ゆっくりと降ろす。かなり優しく降ろしたつもりだったが、壁に預けた時に小さく呻き声を漏らした。どうやらかなりのダメージを受けているらしい。

 

「大分苦戦しているみたいだな? 大丈夫か?」

「……ふん。問題ない、すぐに殲滅する」

「そうかい? そんな簡単に行きそうには見えなかったけどな」

「く……」

 

 言い返すことも出来ないあたり、状況の不利さが分かっているのだろう。美女は悔しそうに歯噛みしながら俺を睨むだけだった。

 

「さあて、どうするかね。ここもいつまで安全か」

 

 この美女たちに加勢しても、俺一人でどうにかするのはかなり骨が折れる。まあこれだけの騒ぎだ、いずれ増援が来る筈。その時増援が近付き易いように、ロケットランチャーだけでも片付けて――

 

「……うん? こりゃあ……」

「あ!? 待て、近付くな!」

 

 こんな厳重な警備で何を運んでいるのかと思ったら、コンテナの中にあったのはISだった。

 

 ――正式名称、インフィニット・ストラトス。世界を変えるほどの力を持つ、最強の兵器。

 幼なじみが二人ともそっち方面で有名人なので、俺もそれなりに詳しくなってしまってる。

 

「へえ、見たことない型だな。ドイツの新型か?」

「く……極秘事項だっ」

「ま、そうだろうな」

 

 半ば興味本位で、その機体に近付く。美女は止めようとしたが、どうやらダメージが大きくて動けないらしい。

 

 そしてその機体に手を伸ばし、指先が触れ――

 

「!? な、なんだ……!」

「な!? 馬鹿な、こんなことが……!?」

 

 触れた瞬間、ISが光を放ち、俺の脳に膨大な量の情報が流れ込む。それは随分昔に、慣れ親しんだ感覚だった。

 

 それは、かつて俺が乗っていた――

 

『――接触確認。情報を記録、搭乗者として登録します――』

「……マジかよ。女しか動かせないんじゃなかったのか……?」

 

 そう、それが世界の常識だ。

 ISは、女にしか動かせない。だからこそ、世界はその在り様を大きく変えた。

 

 なのに何故、俺に反応する――?

 

『搭乗者として登録します。氏名を入力して下さい』

「……俺は、ロイ・ザーランド。お前の名前は……?」

『氏名確認。搭乗者、ロイ・ザーランド。本機は開発段階の機体であり、正式名称は決定していません。開発コードは、〔ヒルベルト〕です』

「……はっ。そりゃあまた、お誂え向きというか、なんというか」

 

 ――ヒルベルト、か。その名前には、聞き覚えがある、な。

 

「……いいぜ。名前がないなら、俺がくれてやる。お前は、今から――」

 

 

 

「――〔マイブリス〕だ」

 

 

 

 ――その後。俺がテロリスト連中を黙らせるのに、一分も掛からなかった――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「せせせせせ、せんぱぁいっ!!」

「……どうしたんですか、山田先生。そんなに慌てて」

 

 ISを動かしてしまったことで突如IS学園に入学することになった一夏について書類を纏めていると、突然同僚の山田先生が部屋に飛び込んで来た。

 普段からいまいち落ち着きのない山田先生であるが、いつもは織斑先生と呼ぶ私のことを昔のように先輩と呼んだあたり、その慌てぶりは普段の非ではないようだ。

 

「こ、こ、こ、こ、これを見て下さいっ!!」

 

 そう言って山田先生が差し出して来たのは、携帯用の端末。そのディスプレイに映し出されているのは、緊急のニュース速報だった。

 怪訝に思いながら、その画面を見る。

 

「……なんですか? なにか大きな事件でも――」

『――今日の午後二時頃、○○県○○市で自衛隊との合同訓練に向かっていたドイツ軍がテロリストの襲撃を受けました。しかしその襲撃を撃退したのはロイ・ザーランドというトラック運転手で、ザーランドさんはなんとドイツ軍が輸送中だったISを起動させてテロリストを撃退したとのことです。ザーランドさんは先日ISを起動させた織斑一夏さんに続き、世界で二人目の男性のIS操縦者で――』

「………………………………」

 

 ………………疲れているのかな。なんだか今、信じられないというより信じたくない内容の事件が報道されていたような……。

 

「せ、先輩?」

「はっはっは、どうしたんですか山田先生、こんな質の悪いイタズラをして。む、さてはアレですね? 最近流行りのドッキリとかいう――」

「ち、違いますっ! ホントのニュースですよう!!」

「………………ふう」

 ぱたりこ。

「きゃあああああ!? せ、先輩!? せんぱぁぁぁぁああああいっ!!」

 

 心労が祟ったのか、私はついに倒れてしまった。

 遠くから山田先生の声が聞こえるが、今はそっとしておいてくれないか。私は疲れているんだ、こんな碌でもない幻覚を見てしまうくらいにはな。

 

 いや、これは夢か? 書類整理中にうっかり眠ってしまったのかもしれないな。だから大丈夫だ、少しすれぱ、ちゃんと目を覚ますから――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……夢ではなかったか……」

「何言ってんだ、お前は?」

 

 なにやら絶望的な顔で呟く幼なじみに、ロイは呆れたように返した。

 

 場所は世界で唯一のIS関連の教育施設であるIS学園、その教員室である。

 

「……何をしているんだ、お前は」

「知るかよ、俺が聞きたいくらいだ。あの機体を動かしてテロ屋どもをぶちのめしたら、到着した増援に包囲されてどっかの研究所みたいなとこに連れて行かれて、気付いたらこんなことになってたんだからな」

「……何てことをしてくれたんだ、お前は」

「あー……すまん。仕事増やしちまったか?」

「ああ、お前と私の関係など、調べればすぐに分かる。私も色々と訊かれたぞ、お前がどんな人間かをな」

「へえ、なんて答えたんだ?」

「秘密だ」

「秘密か。いいねえ、良い女には秘密がないとな」

「……ふん」

 

 普段となんら変わらぬ飄々とした態度に、千冬も何かを諦めたように溜め息を吐く。

 そして表情を改め、ロイ・ザーランドの幼なじみではなく、IS学園の教員としての言葉を告げた。

 

「IS学園へようこそ、ザーランド先生。あなたには用務員としてここで働いてもらう他、IS関連の研究にも協力してもらいます。よろしいですか?」

「ええ、構いませんよ、織斑先生。……くっく、お前と同じ職場とはな。小学校から続いてた腐れ縁だが、ここまで来ればこれはもう運命ってやつじゃないか?」

「下らんことを。お前との運命などこちらから願い下げだ」

「はは、照れるなよ」

「て、照れてなどいない!」

「あっはっは!」

 

 ついいつもの調子でロイと話してしまった千冬だが、ここは教員室、当然他の同僚たちも居る。普段とあまりにも違う千冬の様子に唖然としている同僚たちの視線に恥ずかしくなって、千冬はごほんと咳払いを一つ。

 

「んんっ! ……とにかく、あなたはここの職員ですが、その立場はかなり複雑です。あなたに貸し与えられている機体はドイツの物ですが、あなた自身はドイツ所属ではありません。現在、あなたの身柄をどこが預かるか、各国で協議中です」

「そういえば、あの機体って結局なんなんだ? 自衛隊との合同訓練なんて嘘なんだろ?」

「それについては、お答えすることは出来ません」

「ま、そりゃそうか。いいぜ、国家機密なんて知っても厄介事に巻き込まれるだけだからな」

「分かっているのでしたら結構。……とにかく、仕事は明日からだ。それまでに身なりを整えておけよ」

「了解だ。……ふう、しかしまあ、妙なことになったモンだぜ」

 

 今日はただの顔見せであり、これでロイは帰ることになった。すれ違う教員たちに気軽な挨拶をしながら帰路につく幼なじみの後ろ姿を、千冬は微妙な顔で見送った。

 

「……ロイのことだ。確実に、厄介事を呼び込むだろうな」

 

 それも女関係で。

 弟の一夏といい、千冬と関わりの深い男は皆そういう星の下に生まれているのかもしれなかった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……ふう」

 

 部下たちの訓練の様子を眺めながら、クラリッサは溜め息を吐いた。

 先日からどこか上の空で、訓練の指導にも熱が入らない。隊長がIS学園編入の準備で忙しくしている今、副隊長である自分がしっかりせねばならないというのに。

 

「……はあ」

 

 だが、そうと分かっていながら、集中出来ない。気を引き締めようとしても上手くいかず、ふと思い浮かべてしまうのだ。

 

 ――自分を助けた、あの男のことを。

 

「……ほぅ」

 

 どことなく熱っぽい溜め息を吐きながら、クラリッサは自分自身を抱き締めるように、肩に触れた。そこはあの男に、クラリッサを抱え上げた時に掴まれた所だった。

 

「………………」

 

 その時の感触を思い出す。

それなりの重武装をしていたクラリッサを、いわゆるお姫様抱っこの形で抱き上げながら小揺るぎもせず、俊敏に動いて見せた。鍛え上げられた全身は鋼のように硬く、しかしクラリッサを抱える腕は羽毛のように柔らかく感じた。あの状況、極限状態と言っても過言ではない状況で、あの男はクラリッサに絶妙な気遣いをしていた。

 

 決して落とさぬよう、しっかりと。それでいて、怪我が痛まないよう、優しく。

 

「……ふぅ……」

 

 だがあの男は、ただの気障で軟派な色男ではない。

 最初にクラリッサを助けた時の、あの眼差し。

 あの眼もまた、クラリッサの心を射抜いてしまっていた。

 

「……はぁ……」

 

 一体どちらが、あの男の本当の姿なのだろう。

 

 全てを焼き尽くすような熱さと、触れただけで切り裂かれてしまいそうな冷たさが同居した姿か。

 

 軽妙で飄々とした態度の裏に、さり気ない気遣いと優しさを隠した姿か。

 

 一体どちらが、あの男の本当の姿なのだろう。

 

 あるいは、どちらともが――?

 

「……ロイ……ザーランド……」

 

 後で知ったその名を呟くと、心に不思議な熱さが広がっていく。

 

 その熱さは心地良いような切ないような、今まで感じたことのない感覚だった。

 

 胸の高鳴りに戸惑いながら、クラリッサは一つのことを悔やむ。

 

 ――ロイ・ザーランドに、自分の名を告げていなかったことを。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 くわえた煙草から紫煙を吸い込み、肺を満たす。酩酊感に似た独特の感覚を楽しんでから、ゆっくり、深く息を吐き出す。

 

「ふう~……」

 

 馬鹿みたいに広い校舎の屋上で空を見上げながら、これからのことを思う。

 

 ……一体、どうなるんだかな……。

 

「平和な生活も、悪くなかったが……」

 

 まあ、仕方ない。人は自分には過ぎた物を持っていると、いずれ破滅するもんだ。やっぱり何事も、分相応ってのが良い。

 

「……さて、そろそろ行くか。いつまでも油売ってたら、千冬に怒られちまう」

 

 煙草を携帯灰皿にねじ込んで、歩き出す。屋上の扉を開け階段を下り、校舎の外に出た。

 見えるのは、大勢の少女たち。今日から始まる新しい生活に期待と不安を膨らませている、IS学園の新入生たちだ。

 一体どういうわけか将来が楽しみな子たちばかりなことに驚きと喜びを噛み締めつつ、その中に一人、見慣れた顔を見付ける。

 見付けるのは簡単だった。ソイツは周囲の注目を集めていて、かなり目立っていたからだ。

 

 ソイツは、この中で俺を除き、たった一人の男。

 

「よう一夏。顔色悪いな、腹でも壊したか?」

「え!? ロ、ロイ兄……!?」

 

 名前は、織斑一夏。千冬の弟であり、俺にとっても弟みたいな少年である。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「よう一夏。顔色悪いな、腹でも壊したか?」

 

 周囲の好奇心やら何やらの視線に耐え難く、俯きながら歩いていた時のことだった。突然掛けられた、聞き覚えのある声での軽口。

 その声に顔を上げると、かなり高い位置に頼りがいのある笑顔があった。

 

「え!? ロ、ロイ兄……!?」

 

 その人は千冬姉の幼なじみで、俺にとっては兄貴のような人だ。

 名前は、ロイ・ザーランド。だがロイ兄は、普段と大分違っていて――

 

「ど……どうしたんだよ、その格好?」

 

 ロイ兄は普段、ちょっとだらしない感じの格好をしているのだが、今のロイ兄は違った。仕立ての良いスーツをビシッと着こなし、鍛えられ引き締まっている長身にかなり似合っている。

 無精髭はしっかりと剃られ、茶色い髪もキチッと整えられていて、まるで映画俳優が演じるサラリーマンのようである。

 

「ああ、これか? 最近不況で給料悪くてな、ここの職員に転職したんだ」

「て、転職って……」

 

 いや、出来るのか? ここIS学園だぞ?

 

「なんだ、ニュース見てないのか? ……まあ、そんな暇もなかったかもな」

「?」

「俺もIS動かしちまったんだよ」

「……うええっ!!?」

 

 な、なんてこった……昔からなにかとやらかす人だったが、まさかそんなことまで……!

 

「何を考えてるのかなんとなく分かるから言わせてもらうが、お前も似たようなもんだぞ」

「あー……やっぱり?」

 

 がっくりと肩を落とすと、ロイ兄はくつくつと笑いながらその肩を叩く。

 

「まあそう気を落とすなよ。物は考えようだ、お前はこれから、この美少女たちと同じ学校で勉強出来るんだぜ? しかも男はお前一人、選り取り見取りじゃないか」

「それが一番の問題なんだよ……」

 

 こんな女ばかりの中で男一人とか、かなりの地獄だぞ。早くも胃に穴が空きそうになってるしな。

 

「ロイ兄は良いよな。女好きだし、女の子の相手慣れてるし」

「おいおい、俺はただ女性に優しいだけだぜ」

「良く言うよ……」

 

 まあ、この人には何を言っても無駄だ。あらゆる面で、俺より何枚も上手なんだから。

 

「ま、なんか困り事があったら言えよ、力になるぜ。と言っても、俺もここじゃあ新人だけどな」

「いや、ありがとう、ロイ兄。ロイ兄が居てくれるんなら、心強い」

 

 実際、この短い会話だけで随分心が軽くなった。この頼れる兄貴が居るのなら、この先なんとかやっていけるかもしれない。

 

「おっと、そろそろ式が始まるな。時間とらせて悪かった。今度飯でも食いながら、ゆっくり話そう」

「ああ。じゃあな、ロイ兄。……ありがとうな」

 

 感謝を告げると、ロイ兄はヒラヒラと手を振りながら歩き去った。その後ろ姿はモデル顔負けで、俺に集まっていた視線を引き連れて行く。

 

 ……あ、女の子が一人、顔が赤くなった。きっと目が合ったロイ兄がウィンクでもしたんだろう、昔からモテモテだったからなあ。

 

「……なんか不安だなあ。千冬姉がすごい不機嫌になりそうだ」

 

 だがまあ、それでもロイ兄なら、そんな千冬姉の様子さえ楽しんで見せるんだろう。昔っから、千冬姉をいじるのが好きだからなあ、ロイ兄は。

 

 ……それでそのとばっちりが、全部俺に来るんだよなあ……。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「終わっちまったと思ってたが……また、始まったわけだ」

 

 取り出した煙草をくわえ、火を付ける。

 

 考え事をする時は、なんでか煙草が吸いたくなる。

 

「喜ぶべきか? 悲しむべきか? ……なんだか、妙な気分だ」

 

 ずっと、戦い続けてきた。

 

 弱いヤツはただ搾取され、死ぬまで働かされ続ける。それは家畜と同じか、あるいはもっとひどい扱いだ。

 

 だから戦った。力こそが人間の価値であり、俺には才能があったから。

 

「恵まれてるって言えば、恵まれてるんだろうな」

 

 世界でたった二人の、ISを動かせる男。必ずしも幸運なこととは言えないだろうが、それでも俺たちを羨むヤツはいくらでもいるだろう。俺がその奇跡の恩恵を受けたのは、運命と呼べなくもないのかもしれない。

 

 ……皮肉なもんだがな。

 

「俺は……どうすりゃいいんだろうな」

 

 生きるために、戦った。だがここでは、戦わなくても生きられる。

 

 だから戦わずに生きてきたのに、結局また、戦わなくちゃならなくなった。

 

 なら――

 

「なんのために、か……」

 

 理由が欲しい。俺らしく在れる、俺らしい、俺が戦う理由。

 

 とっくの昔に失ってしまった、理由が。

 

「まだ……「答」が見つからねえよ――ウィンディー」

 

 空に登って行く紫煙を見上げる。そのまま呆っと、見上げ続けた。

 

 視線を降ろせば、アイツのいない世界が、見えてしまうから。

 

「ここに居たか。探したぞ、ロイ」

 

 後ろから掛けられた声に振り返る。そこに居たのは、俺の幼なじみ。

 

 どことなくアイツと重なる、けれどアイツとは違う、アイツとは別の、俺の大事な――

 

「何をしている。今日から仕事が始まるんだ、初日からサボるつもりか?」

「仕事の前に集中力を高めとこうと思ってな、瞑想してたとこさ」

「ふん、良く言う。その口と同じくらいに手を動かしてもらうぞ」

 

 キツイ目つきのクールビューティー。ソイツは不機嫌さを隠そうともせず、俺の隣まで歩いて来た。

 

「……私にも一本よこせ」

「お? 弟の入学を祝って、煙草デビューか?」

「いいから、よこせっ」

 

 苦笑しながら煙草の箱を差し出すと、千冬はひったくるように一本抜き取った。くわえられた煙草の先端に、以前誕生日プレゼントとしてもらったジッポで火をつける。

 

「すぅー……っ!? げほっ! げほ、ごほ……!」

「ぷっ、あっはっはっはっは!! そりゃ初めてでラッキーストライクはきつうぼぁ!?」

 

 思わず吹き出した俺のわき腹に、鋭いエルボーが叩き込まれる。そのまま睨みつけてくるが、むせて涙目になっているせいでまったく迫力がない。

 

「わ、げほ、笑うなっ! 仕方ないだろう!」

「いてて……くっく、いや、悪い悪い。最初に教えとけばよかったな。いきなり吸い込むからむせるんだよ。まずは口に煙を含んで、そこからすこしずつ吸うといい」

「む……すぅー……」

 

 教えられて、二度目の挑戦。顔立ちのおかげか、その姿は妙に様になっていて。

 

「……不味い。よくこんなモノを吸う気になるな」

「くっく。まあ、煙草の良さが分かるには、まだちょっと早いってことだな」

「……ふんっ。……すぅー……」

 

 一生懸命に煙草を吸う幼なじみの横顔を、笑いをこらえながら眺めることしばし。千冬が吸い終わるまでにもう一本吸って、二人の煙草を携帯灰皿にねじ込む。

 

「……さて、そろそろ行くぞ。初日から、やることは山積みなのだからな」

「あいよ。そんじゃ、気張って働くとしますかね」

 

 くるりと踵を返したソイツを追い掛けて、歩き出す。

 

「いやしかし、IS学園てのはすげえな。才色兼備なお嬢さんたちがわんさかいる。こりゃあ働きがいがあるぜ」

「手を出すなよ。生徒たちの中には国家からの支援を受けている者もいる。下手なことをすればタダでは済まんぞ」

「おお、おっかねえ。けどそうなったら、元世界最強の幼なじみが守ってくれるさ」

「まさか。その幼なじみが、真っ先にお前を殺すだろうさ」

「くわばらくわばら。それじゃあ、大人しくするしかねえか」

「ふん、どうだかな。お前を縛り付けることが出来る者が、この世に存在するとは思えないが」

 

 軽口を言い合いながら、隣を歩く。この時間が好きで、こんな関係が心地良くて、ずっと続けばいいのにと思い、同時にさらにこの先も、と想う。

 

 ――ああ。なら――

 

(戦うための「答」が、俺にまだないのなら)

 

 少しだけ、この温もりに甘えて、休ませてもらおう。

 

 そうして、また走り出せばいい。

 

(しばらくは、「答」を見付けるために、戦ってみるか)

 

 なに、時間はまだまだある。俺は精々、それが突然無くなっちまわないように気をつけてりゃあいい。

 

 

 

 見付かるさ。いつか、きっと。

 

 

 

 俺の「答」が、俺の――

 

 

 

「それでいいよな――?」

 

 

 

 ――「至福」が――

 

 

 




キャラ設定



ロイ・ザーランド

 千冬、束と幼なじみ。めっちゃハイスペックなクセにそれを活かそうとしないズボラ。けどやる時はやる男。
 口が達者で常に余裕に満ちた飄々とした態度を崩さず、それに見合う実力もある。コイツの前では千冬もただのツンデレと化す。束にとっては唯一の対等な男友達。きっと束からは「ろっくん」とか呼ばれてる。
 基本的に他人を一切信用せず、誰の助けも求めないし誰のことも(打算抜きでは)助けようとしないが、一度「身内」と認識した人間にはとことん甘く、自分を犠牲にしてでも守ろうとする。
 女好きでしょっちゅうナンパしては千冬の逆鱗に触れまくっているが、根は一途。

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