「レーザーはPA貫通するんじゃないの?」
という旨の感想がいっぱいありましたが。
プライ○・アーマーじゃなく、雪花です。ここ重要。
まあわかりやすく言うなら、
白「PAじゃないから恥ずかしくないもん!」
ということですかね。
「……ん~?」
本音が部屋に戻ると、各部屋備え付けの浴室から水音が聞こえた。ルームメイトである真改が、彼女にしては珍しいことに早めのシャワーを浴びているようだった。
不思議に思いながらも、本音はお小遣いを奮発して買ってきた櫛と椿油を準備する。真改は自分の髪にまったく頓着しないので本音が手入れをしているのだが、本音にとっても真改の長い髪を梳き椿油を塗り込む時間は大きな楽しみであった。
「ふんふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら、ノロノロと道具を取り出し、並べる。
今使っている椿油は友達のオススメなのだが、どうやら真改の髪にはイマイチ合わないようだった。ちょうどなくなりそうになっているので、次は別のを試してみよう。そんなことを考えていたせいか――
「…………」
いつの間にかシャワーの音が止み、真改が浴室から出て来ていたことに気付かなかった。
「……いのっち~?」
「…………」
ふと感じた気配に振り向くと、そこには真改が立っていた。
服を着るどころか、身体すら拭わぬまま。
「ど……どうしたのっ、いのっち~?」
「…………」
見るからに様子のおかしい真改に、本音が駆け寄る。そしてその細い肩にタオルを掛け、自分よりもかなり高い位置にある顔を見上げて、気付いた。
――真改の瞳が、妖しい輝きを放っていることに。
「きゃっ……!?」
突然、真改が本音の襟を取る。そしてそのまま、ベッドに押し倒した。いくら片腕のハンデがあろうと、真改と本音の運動能力には天地の差がある。加えて不意を突かれたこともあって、本音は抵抗することすら出来なかった。
「い……いのっち……?」
「…………」
ベッドに仰向けに横たえられた本音に、真改が覆い被さる。長い髪は湯に濡れていつも以上に艶やかな黒色で、瞳に宿る光は今までに見たことのないものだった。
「ど、どうしたの~? なんか……変だよ~……?」
「…………」
怯えたように訊ねる声にも応えない。不安になって、もう一度訊ねようと口を開くと――
「……!?」
――真改の唇で、塞がれた。
あまりのことに驚いている隙に、口の中にぬるりと舌が入り込んで来た。それは直前まで浴びていた熱いシャワーのためか熱を持っており、その熱以上に激しく、情熱的に本音の舌を絡め取っていく。
「んむぅ……!?」
互いの唾液が混ざり合う音が響き、それが長く、永く続く。次第に本音は、まるで真改の熱に侵されていくかのように、体が熱くなるのを感じた。
「……ぷはっ、はあ……はぁ……」
ようやく解放された時には、本音の眼はトロンとして、体に力が入らなくなっていた。
息が苦しい。
意識がぼやける。
ああ、なんだろう――この、気持ちは。
「……本音……」
真改が、言葉を紡ぐ。
その声は静かなのに体以上の熱がこもっていて、ひどく蠱惑的だった。
「己は――お前が、欲しい」
その言葉は蜜のように甘く、猛毒のように瞬く間に本音を蝕んでいく。
そして本音はゆらゆらと両手を持ち上げ、愛おしそうに真改の腰に回して、左腕の傷痕に口付けをした。
「……いいよ~。いのっちに、私の全部をあげる」
一度体を離し、今度は真改の全身を迎え入れるように、両腕を広げ。
「だから、私に――いのっちの全部を、ちょうだい?」
うっとりと。呟くように、そう言った。
「……元より……己は、お前のモノだ」
そう応えて、真改が、本音へと沈み込んでいく。
二人の身体が重なり合い、絡み合い、溶け合い、混ざり合い、そして――
――――――――――
「な、な、な、なんなんですのこれわあああああああっ!!?!?」
来客用のラウンジに、セシリアの絶叫が響き渡る。その両手は如月社長が持って来た結構な厚さの本を持っており、ワナワナと震えていた。
「ウチの文学部が書いた作品だよ。今年の夏の陣に出版する予定だったんだけど、僕の秘書がいつの間にかその計画を潰してたんだよねえ」
「当たり前でしょうっ! こんなもの、世に出せる筈がありませんわっ!!」
バシーンッ!! と本をテーブルに叩き付ける。それにラウラが手を伸ばし、内容を読み始めた。その後ろからシャルロットが覗き込み、二人の顔があっと言う間に真っ赤になる。
「うわ、うわっ、うわぁ……!」
「これはけしからんな。うむ、実にけしからん」
そんなことを言いながらも二人合わせて三つの目はギンギンに光っており、凄まじい速さでページを読み進めていく。
「……如月社長。これは流石に問題があるのでは……?」
「あるに決まってんでしょ。ていうか大問題よ、大問題」
セシリアに先んじて内容を確認していた箒と鈴が苦言を呈するが、当然そんなもの、如月社長には微塵も効果がない。
「この作品はフィクションです。内容は実在の井上君、布仏君には一切関係ありません」
「それは関係ありますって言ってるようなもんじゃないのよ!」
「申し訳ないんだけど、凰君。僕は中国語はわからないんだ」
「ワタシサッキカラニホンゴハナシテルアルヨシャッチョサン!!」
「鈴、落ち着け。社長のペースに呑まれてるぞ」
「シャルロットさん、ラウラさん! そんなモノを読んではいけません、教育に悪いですわっ!!」
「「はぁぁぁうぅぅぅ~……」」
セシリアが本を取り上げようとするが、既にヤバイシーンに入っていたのかシャルロットとラウラは目がグルグルになっていた。
「シ、シ、シ、シンがこんなことを……!」
「ほ、本音……お前がここまで進んでいるとは……!」
そして現実とフィクションの見分けが付かなくなっていた。
「それ布仏君が攻めのバージョンもあるんだけど、いるかい?」
「いらんわっ! 持って帰――いや、全部出せ! 焼き尽くしてやるっ!!」
「無駄無駄無駄ぁっ! データにして残してあるからねっ!」
「むっきぃぃぃぃっ!!」
「鈴、落ち着くんだ。社長が喜ぶだけだぞ」
箒も最初はかなり混乱していたのだが、他のメンバーの混乱ぶりがそれ以上だったのでかえって落ち着いた。
「……まあ、一夏と真改と本音を呼ばなかった理由は分かりましたが。社長、今日はどんな用件で? まさかこのために来たわけではないでしょう?」
「え? このために来たんだよ?」
「…………」
お前は何を言ってるんだ的な顔で返されて、箒は頭を抱えた。本気なのか冗談なのか、この社長ならどちらもありそうで困る。
「まあ主な目的はこれだけど、ついでの目的もある」
「ついで、ですか」
「うん。僕らの技術提供の件なんだけど」
「そっちがついで!?」
「どう考えても優先順位を間違えてますわ……」
「まあとにかく、僕らの技術提供の件だけど。正直対象は、君たち国家代表候補生と整備課になると思う。それ以外だとあまり意味がないからねえ」
整備課というのは二年から始まるクラスで、ISの整備や開発方面の知識、技術を専門とするクラスである。ここに如月重工からの技術支援が入れば、整備課の生徒たちにとってどれほどのプラスになるか計り知れない。
だが逆に言えば、それ以外の生徒は整備課から間接的に如月重工の支援を受けることしか出来ない。自分の専用機を持つ国家代表候補生なら、また話は違ってくるが。
「じゃあ何? こないだの全校集会で言ってたことを反故にするわけ?」
「まさか。だからこそ、一人だけにって言ったのさ。整備課でもない、代表候補生でもない生徒にも十分な支援をするには、一人までが限界なのさ」
「ふうん。如月重工にも限界があるのね」
「そりゃあるさ。たとえ無くても、限界は自分で設定しないと。ここまでならやってもいい、これ以上はやってはいけない、ってね。でないと社会どころか、世界そのものから逸脱していくものだよ」
「……なにそれ。哲学かなんか?」
「いやいや、これはただの事実だよ。その実例を、君たちは知ってると思うけど?」
「実例? ……それって……」
「……うふふ」
――篠ノ之束。あまりに天才過ぎるが故に、その才能で、限界など無いその頭脳で、世界を作り替えた人物。
「まあそういうわけで、抽選会では一切のズルはしない、ということを理解しておいてくれたまえ。普通の生徒が当選した場合、僕らはその生徒を支援する。君たちとは色々と付き合いがあるけど、如月重工の社長としてはあくまで代表候補生、専用機を持つ生徒として接する。特別扱いはしない、ってことだねえ」
「当然ですわ。……というよりも、あなたに特別扱いされるのはあまり嬉しいことではない気がしますわ」
「うふふ、褒め言葉と受け取っておくよ」
「つまり今回は私たちに、変な期待をするな、ということを伝えに来たのですか?」
「まあ、そんなところだねえ」
妙なところが真面目な社長に呆れたような視線を向けながらも、一同はその言葉に納得した。
正々堂々は、彼女たちにとっても望むところだ。
「……分かりました。如月社長、私たちへの気遣いは無よ『ハラショオオオオオオオオオオオオッ!!!』うわあ!? な、なんだ!?」
「おっと失礼、着信だ」
「え!? 今の着ボイス!?」
「な、なんとも個性的な着ボイスですわ『ハラショオオオオオオオオオオオオッ!!!』しかもリピート!?」
「ふむ? 話し合いの途中で申し訳ないんだけど、出てもいいかね?」
「……まあ、緊急の話かもしれないし『ハラショオオオオオオオオオオオオッ!!!』ああもううるさいっ! さっさと出なさいよっ!!」
「それじゃあ失礼して」
如月社長は携帯電話を懐から取り出した。着信は網田主任からのようだった。
「もしもし網田君? どうしたんだい? ……うん。ふむふむ。わかった、社に戻るよ」
ピッと通話を終え携帯電話をしまうと、社長は立ち上がって皆に向き直る。
「急用が出来たから、申し訳ないけどこれで失礼させてもらうよ。それじゃあ、また」
一礼してから、出口へ歩き出す。途中、ふと振り返って――
「如月重工社長としては、井上君と布仏君以外は平等に扱うつもりだけれど。僕個人としては、君たちの内の誰かが当選してくれた方が、やりやすくはあるねえ。だから是非とも、抽選会に参加してくれたまえよ」
そう言って、如月社長は今度こそ去って行った。
その背中を見送りながら、少女たちはどことなく緊張していた意識を緩める。
「……ほんっと……何考えてんのかわかんないわね、アイツは」
「とにかく、油断ならない人物ではあるな。あのふざけてるとしか思えない態度も、どこまでが計算でどこまでが天然なのか」
「それとも全部計算なのか、あるいは全部天然なのか。……本当に、わからない人ですわね……」
「……けどまあ、とりあえず――」
如月社長を見送った三人は、まず最初に。
「わっ、わっ、ここここ、こんなことまで……!」
「けけけけけ、けっ、けしからんな、けけけしけしからららん」
「――この毒物を処分しなきゃね」
見るからに有害なその書物を破棄するべく、行動を開始した。
――――――――――
全校集会の発表から数日。一年一組では、学園祭の出し物について話し合いが行われていた。
なぜ数日経ってからなのかと言うと、楯無会長が発表した織斑一夏争奪戦は部活動間で行われるモノでありクラスでの出し物は関係ないため、蔑ろにされていたのである。しかしいい加減に堪忍袋の緒が切れた千冬さんにより一喝され、こうして会議が開かれたのだ。
「……ええっと。それでは、決を取ります」
現在教壇に立ち会議を進めているのは一夏だ。クラス代表である一夏は、こういったことも仕事の内なのである。
「皆さん、どちらか希望するほうで挙手して下さい」
クラスの出し物は既に決まっている。ラウラの鶴の一声によりメイド喫茶となり、そこから発展してご奉仕喫茶に決定した。衣服はどうするのかという質問には、ラウラは当てがあると答えていた。
……どうもその当てというのは、己の義妹である小夜のことらしい。夏休みに孤児院で見たアルバムの一夏が着せられていたメイド服が、小夜の手作りであることを聞いていたようだ。その写真が撮影されてから数年、増え続けた小夜の作品が大量に保管されていることも。
「え~、それでは――」
そういった経緯があって、出し物はご奉仕喫茶で満場一致となった。それだけでもかなり頭の痛い事態ではあるが、それ以上に己の頭を痛めつけているのは今現在行われている多数決の議題である。
その議題というのは――
「――井上真改に着せるのは、メイド服が良いと思う人?」
「「「「「はいっ!!」」」」」
「……では、執事服が良いと思う人?」
「「「「「はいっ!!」」」」」
「……あ~……やっぱり同数かよ。これじゃ決まんないな……」
「………………」
……まあ。
そういうことである。
「分かっていないな。マスターは普段から私服では男装に近い。執事服は確かに似合うだろうが、似合うだけだ。意外性、普段とのギャップがない。学園祭という短期決戦では力不足だ」
「あなたこそ、何もわかっていませんわね。奇をてらう必要などありません。そんなことをせずとも十分な魅力を、真改さんは持っています。メイド服も確かに愛らしいでしょうが、しかし真改さんの最大の魅力である凛々しさを引き立てるには執事服のほうが効果的ですわ」
「可愛らしさと凛々しさは相反しないよ。シンの容姿で特に印象的なのは、鋭い目つきだ。それはどんな格好をしていても変わらない。なら普段はわかりづらい可愛いところをアピールするべきで、そのためにはメイド服を着せるべきだよ」
「さっきから聞いていれば、見当外れなことを。真改の容姿ばかりに目が行っている証拠だな。いいか、真改の人格は、ただ奉仕するだけのメイドとはほど遠い。主に忠誠を誓い、普段は厳しくも献身的に世話をし、有事の際には全身全霊で主を守る。執事こそが、真改には相応しい在り方だ」
「……………………」
お前たちは何故そんなことを真剣に話し合えるんだ。まったく理解出来んぞ。
「ええっと……シンはどっちがいいんだ?」
「……裏方「「「「却下」」」」………………」
……何故だ。確かに味付けや調理は出来んが、包丁捌きには自信があるぞ。果物ナイフ一振りあれば、リンゴの皮むきからマグロの解体、お望みとあらばフライパンの両断だってして見せよう。
「シンが裏方? 有り得ないよ」
「寝言は寝てから言えよ、真改」
「ご自分のことがわかっていらっしゃらないようですわね」
「まったくだな」
「…………………………」
納得出来ん。己の意見は完全無視か。
「……どうするかな。このままじゃ決まんないぞ」
「は~い。意見がありま~す」
楽しそうに挙手したのは本音である。余った袖を揺らしながら、フラフラと手を振っている。
……輝くようなその笑顔が、どういうわけか不安を掻き立てる。
「両方着せればいいと思いま~す」
「……!?」
――なんということをっ!!
「午前と午後で~、服を分ければいいと思いま~す」
「まあっ、それは名案ですわねっ!!」
「うむ、流石は本音だ」
「決まり、だね」
「では後は、どちらを先に着せるかだな」
「………………………………」
……最悪だ。考え得る限り最悪の展開だ。
どうやら学園祭で、己が晒し者になることは決定事項のようだった。
――――――――――
「いのっち~。ちょっとお話があるんですけど~」
「……?」
授業が終わり、帰り支度をしていると。本音が歩み寄って来て、声を掛けられた。
別にそれ自体は珍しいことでもなんでもないのだが、わざわざ改まって「話がある」などと言われたことは初めてだった。
「いのっちに~、会いたいって人が居るんだよね~」
「…………」
……ふむ。その己に会いたい人とやらに、己を連れて来てくれとでも言われているのだろう。まあ本音の頼みとあらば、極力応えるつもりであるが。
……何故か、嫌な予感がするのが気になる……。
「一緒に~、来ていただけますか~?」
「……応……」
まあ、構うまい。所詮は予感だ、本音の頼みを断る理由にはならない。
というわけで、相変わらずノロノロと歩く本音について行くことにした。本当にゆっくりとした歩みなので随分時間が掛かったが、着いた先は生徒会室だった。
「入りま~す。やっほ~」
「本音、いくら私しか居ないからって、ちゃんと挨拶しなさい」
己たちを出迎えたのは、全校集会の際に見た生徒会の役員だった。
長い髪を三つ編みにし、眼鏡を掛けた三年生。こうして近くで見ると、やはり本音に良く似ている。雰囲気はかなり違うが、顔立ちはそっくりだ。
「は~い、わかったよ~。お疲れ様です~、お姉ちゃん」
「……やはり……」
姉妹だったか。そういえば、本音に家族のことを訊いたことはなかったな。
「いのっち、紹介します~。こちら、私のお姉ちゃんの~」
「生徒会会計の、布仏
「……井上真改……」
己のことは知っているようだが、自己紹介されたのならこちらも名乗らねばなるまい。そんな己の態度に一つ笑みを返して、虚先輩は席を薦める。
「今日はわざわざありがとう。お嬢様があなたに会いたいって言ってて、本音にお願いしたの」
「……お嬢様……?」
「生徒会長の~、更識楯無お嬢様だよ~。私たちの布仏家はね~、代々更識家に仕えてるんだ~」
「…………」
……さて。虚先輩はともかくとして、本音に従者が務まるかは甚だ疑問だ。
「本音は楯無お嬢様の妹の、
「そうそう~。私の速記は世界一~」
「…………」
……さて。虚先輩はともかくとして、本音に生徒会の仕事が務まるのかは甚だ疑問だ。
「……己に会いたい……?」
「ええ。それについては、お嬢様から直接話すわ。もう少しすれば来ると思うから」
「…………」
話しながら、虚先輩は紅茶の用意をした。出されたそれを一口飲むと、爽やかな旨味が口の中に広がる。
……うむ、実に素晴らしい味だ。
「……美味い……」
「ありがとう。ふふっ、あなたに誉められると、なんだか妙に嬉しいわね」
「…………」
そうやって虚先輩の紅茶を楽しんでいると、生徒会室の外から足音が聞こえて来た。
染み付いた習慣で、その足音を分析する。
規則正しく、安定した歩幅。重心にブレが無く、体重移動も滑らか。体幹は真っ直ぐに伸び、全身が隙なく、しなやか且つ強靭に鍛えられていることが伺える。
――間違いなく、相当な手練れだ。
「入るよ」
ガチャリ。
つい警戒してしまっていたことを悟られぬよう紅茶を口に含み、何気ない様子を装いつつ待ち受ける。
そして、生徒会室の上等な扉を開けて、入って来たのは。
「あ、あなたが本音ちゃんの恋人ね?」
「ぶっふぉううぅぅぅぅっ!!!?」
ち、茶がっ。熱い紅茶が気管に入ったっ!!
「ぐはあっ、ごほ、かはっ……!」
「やだな~もう~、楯無お嬢様ったら~」
「あらあら、照れなくていいのよ本音ちゃん。素敵な人じゃない」
「いやいや~。てひひ」
「……ぜえ……ぜえ……」
「噂は色々聞いてるわよ。ファンクラブまであるほどの人気者だしね」
「ちなみに私は~、真友会創設メンバーの一人で~、最初の五人と呼ばれてます~」
「あらあら、流石は本音ちゃんね」
「てひひ~」
「……ふう……」
ようやく呼吸が落ち着いた……。咽せている間になにやら気になる単語があった気がしなくもないが、まあ気のせいだろう。今はそれよりも優先すべきことがある。
「……恋……人……?」
「ええ。本音ちゃんの話を聞いた限りでは、そうだと思ったんだけど」
「……違う……」
「ええ~!? 違うの~!?」
「…………」
……本音、その反応、わざとだろう。
「本音。会長も、お客様をからかってはいけませんよ」
「もう、虚ちゃん。ちょっとした冗談じゃない」
「じゃあいのっち~、私との関係は~?」
「……親友……」
「んん~。まあ、勘弁してあげますか~」
「…………」
ああ、勘弁してくれ。これ以上妙な事態に発展するのはごめんだ。
「井上真改ちゃん。初めまして、私はIS学園の生徒会長、更識楯無よ。以後よろしくね」
「……井上……真改……」
……ちゃん付けか。まあ構わんが。黛先輩もそうだしな。
「悪いわね、わざわざ来てもらって。今日はちょっと、あなたに訊きたいことがあって」
「……?」
「まあ、まずはご足労いただいたお詫びに、こちらをどうぞ」
そう言って、楯無会長は持っていた綺麗な包装の箱を差し出す。僅かに漏れる匂いからして、中身はケーキのようだ。
……甘いものは苦手なんだが……。
「虚ちゃん、お茶のおかわりを用意してくれる?」
「はい、会長」
「本音ちゃんは食器をお願いね」
「はいはい~」
「…………」
楯無会長の指示を受け、二人が動き始める。
……さて。紅茶と食器の用意が同時に終わったのは、虚先輩の手際が良いからか、それとも本音の手際が悪いからか。
……まあ、両方だろう。
「さあ、召し上がれ」
「……いただきます……」
アンティークな皿に乗せられたショートケーキを高級感溢れる銀のフォークで切り分け、口へ運ぶ。
……むう、美味い。甘さ控えめで食べやすい。
「どう? 本音ちゃんから甘いのが苦手だって聞いてたから、それに合わせて選んで来たんだけど」
「……美味い……」
「ふふっ、お口に合ったようで良かったわ」
虚先輩が淹れてくれた紅茶との相性も抜群で、舌を楽しませてくれる。本音も夢中になって食べており、あっと言う間にケーキがなくなった。
「……ごちそうさまでした……」
「うん、お粗末様でした」
その様子を微笑みながら見ていた楯無会長は、表情を入れ替える。
――ようやく、話とやらが始まるようだ。
「それで、真改ちゃん。本題なんだけど」
「…………」
楯無会長は先ほどまでとは打って変わって、ひどく真剣な顔をしている。全身から放たれる威圧は、なるほど、この学園の長を務めることはある。
「あなた、私の妹を――」
すうっ、と眼が細められ、視線に冷気に似た鋭さが宿る。
そして己の喉元に、刃を突き付けるように――
「――簪ちゃんを、泣かせたそうね?」
――その言葉を、紡いだ。
花粉うぜえ……バルス砲で全部吹っ飛ばせないだろうか……