IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

68 / 122
ネタ回です。ついて来れる人はもっと現実を見て生きた方がいいですよ。

……え?私?
現実なんて都市伝説に決まってるじゃないですか何言ってんですかそんなモノが実在するとでも思ってるんですか馬鹿馬鹿しいああ明日ホワイトデーかみんな準備忙しいんだろうなお菓子業界の策略にまんまとハマり踊らされる愚か者どもめ俺なんか毎年ホワイトデーは楽ちんだぜ何もしなくていいからな0に3をかけたって0にしかならないなんて小学生にも分かるもんなさて明日もまた変わり映えのない平穏な一日が始まるのかあはははははははは俺は幸せ者だなあ平和バンザイ


第54話 師弟

「さっきはごめんなさいね、真改ちゃん。どうしても一度、直接あなたと戦っておきたくて」

「…………」

 

 生徒会室に戻り、再び虚先輩の淹れた紅茶をごちそうになる。

 一息ついたところで、何故こんなことをしたのかを聞かせてもらいたいのだが。

 

「……何故……?」

「う~ん。ほら、一夏君って弱いでしょ? だから鍛えてあげようと思ったんだけど、それには一夏君の師匠であるあなたの実力を把握しておいた方がやりやすいでしょ?」

「……?」

 

 ……一夏の師匠? 己が?

 

「……誤解……」

「うん? 何が?」

「……教えたことはない……」

「……え? そうなの?」

「…………」

 

 確かによく共に鍛錬するが、しかし剣術や体術を教えたことはない。一夏とは、ただひたすらに打ち合うだけだ。

 己自身の邪剣など誰かに教えるようなモノではないし、「彼女」の剣は誰にも教えたくない。一夏には精々、基礎中の基礎、剣術云々以前の心構えや体捌き、あとは身体の鍛え方くらいしか教えていない。

 

「へえ……そうなんだ。てっきり真改ちゃんが一夏君に教えてるんだと思ってたけど」

「…………」

「ふうん。それじゃあ、真改ちゃんは一夏君の師匠じゃないんだ」

「……応……」

「それじゃあ、おねーさんが一夏君に教えてあげてもいいかな? ISのこととか」

「…………」

 

 その許可を己に求める理由が分からん。ISについては己も一夏とそう変わらないのだ、元より教えるような立場ではない。

 

 ……己よりも、あの五人の方が確実に厄介だろう。現に今、生徒会室の外にぞろぞろと気配が集まっている。

 

「入りま~す。おいす~」

「……本音」

 

 弛みきった挨拶をしながら生徒会室に入って来た本音に、虚先輩が頭を押さえる。本音の様子に頭痛でも感じているのだろう。

 

「お客様をお連れしました~。おりむーと愉快なハーレム御一行様で~す」

「ハーレム言うなっ」

「だから、みんなただの仲間だって」

「なんて冷めたリアクションなんでしょう……」

「…………」

 

 本音もそうだが、他の面子も初めて生徒会室に来たというのに普段通り過ぎる。なんとも神経の太いことだ。

 

「いらっしゃい。こうして会うのは初めてね。もう知っているとは思うけど、私はこの学園の生徒会長、更識楯無よ。よろしくね」

「ええっと、はじめまして。俺は――」

「織斑一夏君、でしょ? 知ってるわよ、この学園の者なら誰だって。他のみんなのこともね」

「私たちも?」

「そりゃそうよ。代表候補生たちのことくらい、生徒会長として把握しておかないと。そうでなくても有名だしね」

「みんないっつも騒ぎを起こすからね~」

「本音もね……」

「…………」

 

 まったくだ。そしていつも己が巻き込まれるのだ。いい加減自重してもらいたい。

 

「いのっちは~、巻き込まれるというか~」

「いつの間にか中心になっているというか」

「むしろ元凶というか」

「人気者は辛いというか」

「…………」

 

 人気などいらん。平穏が欲しい。

 

「ええっと。更識会長」

「やん、楯無って呼んで。私も一夏君って呼ばせてもらうから」

「「「「「……む」」」」」

「…………」

 

 ああ……また諍いの種が……。

 

「……それじゃあ、楯無さん。今日はなんであんなことを?」

「あんなことって?」

「シンとの勝負のことですよ。今まで二人に接点なかったんじゃ?」

「うん……実はね。一夏君を巡って女の戦いが………」

「え!?」

「……嘘八百……」

「あら、つまんないなあ。もうちょっと慌ててくれると思ってたのに」

「な、なんだ……冗談ですか」

「…………」

 

 質が悪い。この御仁との付き合い方には細心の注意を払う必要があるな。

 

「それで、本当のところは?」

「いや、あながち嘘ってわけでもないんだけどね」

「……え?」

「一夏君の師匠の座を譲ってもらおうと思って。いちゃもん付けて勝負に持ち込んだんだけど、話を聞いてみたら真改ちゃん、師匠じゃないって言うのよねえ」

「まあ、確かに。シンは剣については、ほとんど教えてくれませんけど。俺に剣を教えてくれたのは千冬姉と、箒の親父さんですよ」

「あちゃあ……やっぱりそうなんだ。失敗したなあ」

「…………」

 

 そんなことを言いながらも、まったく反省した様子でないのはどういうわけか。

 

「なら、別に真改ちゃんの許可を得る必要はないわよね。一夏君、私がISについてコーチしてあげるわ」

「「「「「なにぃ!?」」」」」

「ええっ? なんでですか?」

「だって一夏君、弱いんだもの。すっごく」

「「「「「なんだとぅ!?」」」」」

「……そんなことないですよ。それなりには、弱くないと思いますが」

「…………」

 

 楯無会長の無遠慮な物言いに、流石の一夏もムッとする。

 だが楯無会長の言うことは正しい。一夏はまだまだ力不足だ。少なくともISで己に勝てないようでは話にならん。

 一夏もそれは重々承知している筈だが、しかし意地によりそれを素直に認めることは出来まい。

 

「それじゃあ、私に勝てる? ISでも生身でもいいけど」

「う……」

「ほら、やっぱり弱いじゃない。だから、私が鍛えてあげるわ」

「「「「「ちょっと待ったぁっ!!」」」」」

 

 ここまで来て、皆が楯無会長に待ったを掛ける。先ほどから色々言ってた気もするが恐らく気のせいだろう。

 

「一夏に教えたくばっ!!」

「僕たちを倒してからにしてもらいましょうかっ!!」

「さあ、あたしたちに示してみなさいっ!!」

「お前の力をっ!!」

「まずはわたくしがお相手いたしますわっ!!」

「ふ、望むところよ。さあ、かかってらっしゃいっ!!」

「ISバトル~、ふぁい~っ」

「……………………」

 

 こうして、よくわからないノリのまま、楯無会長と皆の対決が決まった。

 

 ……どういうことだ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「さあ、行きますわよっ!!」

「とうりゃー」

「きゃあああああああっ!!」

 

 セシリア・オルコット、撃破。

 

「セシリアがやられたようだな……」

「ククク……奴は四天王の中でも最弱……」

「待て、四天王だと? 私たちは五人いるぞ?」

「え、だって箒は代表候補生じゃないでしょ」

「そういう括りなのか!?」

「お待ちなさい! わたくしが最弱ですって!?」

「うっさいわね、負けたんだからさっさと引っ込みなさいよ」

「納得いきませんわっ!!」

「よし、次は僕が行くよっ!!」

「ふっふっふっ、見せてもらうわよシャルルロットちゃん、あなたの力をっ!!」

「変な名前付けられてるっ!?」

 

 戦闘開始。舞い飛ぶ銃弾、交わる刃、そして墜ちるシャルルロット。

 

「コンナハズハー!」

「ああ! シャルルロットがやられた!」

「落ち着け箒、次はお前が行くんだ」

「ていうかその呼び方やめてよ!」

「ふっ……いざ、推して参るっ!!」

 

 ジョインジョインタテナシィデデデデザタイムオブレトビューションバトーワンデッサイダデステニーナギッペシペシナギッペシペシハァーンナギッハァーンテンショーヒャクレツナギッカクゴォナギッナギッナギッフゥハァナギッゲキリュウニゲキリュウニミヲマカセドウカナギッカクゴーハァーテンショウヒャクレツケンナギッハアアアアキィーンカンザシチャンチョープリチーK.O.カンザシチャンヨリカワイイイモウトナゾソンザイシネエ

 

「イチカーーッ!!」

「ぬうっ、三タテだと……!?」

「仕方ない、あたしが出るしかないようねっ!!」

「さあ、来なさい鈴ちゃん! 私もそろそろ体力の限界よっ!!」

 

(スタミナ切れ……ならじわじわ追い詰めて、確実に倒す!)

「くらえ、衝撃砲っ!」

「覚悟ハ良イカ……」

「え!?」

「愚カ者メッ!!」

 ズシャアアアアアンッ!!!

「ぎにゃあああああっ!!?」

 

 またつまらぬモノを禊いでしまった。

 

「ば、化け物め……!」

「ひどいわねえ、うら若き乙女に向かって。おねーさん、傷ついちゃうわ」

「く、よ、寄るな! 寄らばシュナイデン!」

「ああ、心が痛むわー。激痛ー」

「ぬうう……うおおおおおおおおっ!!」

 

 対IS戦用意! 戦闘開始!

 

「む、なかなかやるわね……流石はシュヴァルツェ・ハーゼの隊長」

「ぐうっ、強い……!」

「そら、ドリドリドリ~」

「な、ドリルランスだと!? おのれ、なんというロマン兵器を! さては貴様、あの変態の同類だなっ!?」

「ん? 如月さんのこと? メル友よ」

「シュテルベェェェェェンッ!!」

「てーい、クロスカウンター」

「ぐっはぁ!? ……ぐふ……流石は学園最強……強、い……がくっ」

 

 ……その後。彼女たちの行方を知る者は、誰もいなかった……。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「「「「「ま、負けた……」」」」」

「あ~……流石に五連戦は疲れたわー……」

「お疲れ様です~、楯無お嬢様~。肩を揉み揉みします~」

「あ、お願い本音ちゃん」

「揉み揉み~」

「あー、生き返るー」

「…………」

 

 年寄りのようなことを言いながらリラックスしきっている楯無会長は、とてもついさっき五人抜きをやらかした人物には見えない。この切り替えの上手さは見習いたいところではあるが、見習ってはいけないような気もする。

 

「いや、凄かったな、楯無さん。生身も強いけど、ISでもとんでもねえな」

「……同意……」

 

 国家代表なのだから相当なものだろうとは思っていたが、想像以上だ。ISではまだ、勝てる気がしない。

 

「なんか専用機も、個性的なのにバランスよさそうだし」

「…………」

 

 一夏の言うとおり、楯無会長の専用機、〔霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)〕は、「水を操る」という他に類を見ない機能が備わっている。無数のナノマシンで構成された水で、攻撃、防御を行うのだ。

 四連装ガトリングガンが内蔵された突撃槍(ランス)の表面を水が流動し、ドリルのように装甲を抉る。

 ワイヤーで連結された無数の刃――蛇腹剣も同じように、水を纏って切れ味を向上させている。

 装甲は全体的に少な目だが、これも水が装甲代わりになっている。着弾の衝撃などを、水が柔軟に受け止めて吸収する。そして水であるが故に、どれほどの猛攻を受けても瞬く間に再生する。貫くには絶大な威力の一撃が効果的だろうが、しかしそんな大技を受けるような楯無会長ではない。防御力と回避技術が絶妙な具合に噛み合っているのだ。

 

 遠距離射撃戦でも近距離格闘戦でも強大な攻撃力を持ち、防御面でも隙がない。武装がどれも大型なので、限定空間での戦闘だけは唯一の弱点と言えるだろうが――

 

(……隠し玉が、ありそうだ……)

 

 そんな弱点、彼女が承知していない筈がない。そこには罠とも呼べるだろう、とっておきが隠されていると見て間違いない。

 古より、優れた城塞には、敵をおびき寄せ一網打尽にするための偽りの弱点があるものなのだ。

 

「う~ん、本音ちゃん。もうちょっと強く」

「無理です~。握力の限界です~」

「ええ~。そこをなんとか」

「んもう~、しょーがないですね~」

 

 楯無会長にお願いされた本音は、両袖をまくって腕を広げた。手首に嵌められた銀色のブレスレットが、きらりと光る。

 

「――おいで」

 

 呼び掛けに応じ、十の球体が本音の周囲に現れた。如月重工から預かったIS整備ユニット、〔十六夜〕の起動である。

 十六夜はゆらゆらと動いて、楯無会長の肩や腕、腰などにその身を押し付けると――

 

「おおおお、気持ちいー。マッサージチェアに座ってるみたいー」

「てひひ、どうですか~? この子、結構芸達者なんですよ~」

「むー、素晴らしいわ、本音ちゃん」

「…………」

 

 複雑な動きや細かな振動で凝った筋肉を揉みほぐす十六夜。……おかしい、そんな目的で作られたモノではない筈なんだが。

 

「あー、楽になった。ありがとうね、本音ちゃん」

「どういたしまして~」

「…………」

 

 がっくりとうなだれる五人組を完全に無視して、楯無会長と本音のやりとりは続く。

 ……なんとも、マイペースな二人である。

 

「とにかく、これで文句はないわね? これからは私が一夏君のコーチよ」

「「「「「ぐぬ……ぐぬぬぬぬぬ~……!!」」」」」

 

 ギリギリと奥歯を噛み締める五人。なんと凄まじい怨念か。生徒会室がおどろおどろしい気配に満ちている。

 

「そういうわけだから。これからよろしくね、一夏君」

「え……あ、はい……」

「「「「「お……お……おのれ~~~!!」」」」」

「…………」

 

 ――こうして。皆に認められて、楯無会長は一夏のコーチに就任した。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

(……師、か……)

 

 放課後の寮の裏手で、真改は木刀を手に静かに佇んでいた。その心に思い浮かべているのは、一人の女傑。

 

 剣士として、憧れていた。

 

 人間として、尊敬していた。

 

 異性として、愛していた。

 

 その想いのどれもが、届かなかったけれど。

 

(……それでも……)

 

 「彼女」を失ってから二十年以上の時が経ったが、真改の想いは微塵も色褪せてはいなかった。「彼女」の姿はその瞳に焼き付き、「彼女」の声は今尚その耳に残り、「彼女」の剣はその身に刻み込まれている。

 

 ――逢いたい。もう一度と言わず、ずっと彼女の側にいたい。

 

 けれどその望みは、その願いは、叶わないから。

 

(……ならば……)

 

 ならば、自分がそこに行くしかない。彼女が居た高みに至り、そして超えるしかない。

 

 かつての約束を、どうしても、果たしたい。

 

 自分はいつ死ぬか分からないからと、約束をしようとしなかった「彼女」との、生涯でたった一つの約束。

 

 いつか、真改が「彼女」よりも強くなったら、その時は――

 

『聴かせてくれ。お前を強くした、お前の「信念」を。その先にある、お前の「答」を』

 

(……まだ、足りん……)

 

 まるで足りない。生涯を掛けて追い続けた背中は、遥か遠くにある。

 

 だからまだ、伝えるわけにはいかない。けれど、いつか必ず、墓前に手向けるために。

 

「……いざ……」

『さあ、往くぞ。良く見ておけよ、私の剣を。そして、魅せてもらうぞ、お前の剣をっ!』

 

 すうっ、と瞳を閉じれば、そこに「彼女」の姿が浮かび上がる。両手に剣を持ち構えるその姿は、まさに威風堂々。

 

 真改の心に刻まれた、「彼女」の在り方そのもの。

 

「疾っ……!」

『ハァッ!』

 

 同時に踏み込み、同時に斬りつける。刃が交わる衝撃すらも、完全にその手に記憶されていた。

 

「……っ!」

『せいっ!』

 

 一刀を防いだ「彼女」は、すかさず双剣の片割れを振るってくる。刃が風を切り――否、刃自体が風になったかのような、目を疑うほどに速く、目を見張るほどに自然で、目を奪われるほどに美しい太刀筋。

 

 咄嗟に一歩退がり、鼻先を掠める刃を見送る。

 

「……っ!」

『ハッ!』

 

 だが「彼女」の攻撃は、それだけでは終わらない。振るわれた刃が恐るべき速度で翻り、再び真改を襲う。

 

「オオオッ!!」

『ぜぇあっ!!』

 

 上段からの唐竹。逆袈裟で逸らす。

 

 最短距離を走る刺突。身を捻ってかわす。

 

 弧を描く横薙。切り上げで弾く。

 

 逆からの横薙。木刀を構えて防ぐ。

 

 反撃に袈裟切りを放つ。片方の剣で防がれ、同時に振るわれたもう片方に素早く切り返した一撃を当て、止める。

 

『やるなっ!』

「オオオッ!!」

 

 そこからは、剣の極みと呼ぶに相応しい応酬が続く。暴風のように激しく、しかしそよ風のように静かに、刃が乱れ飛ぶ。

 瞬く間に十の斬撃が放たれ、次の瞬間にはさらに二十、刃が交わっている。

 

 その剣舞を彩るように、剣戟の幻想曲が奏でられる。

 

「オオオオオオォォォッ!!!」

『ハアアアアアァァァッ!!!』

 

 それは、裂帛の気合い。

 

 それは、闘争の咆哮。

 

 それは――歓喜の雄叫び。

 

「『ゼェェェアアアアァァァッ!!!』」

 

 渾身の、力を込めて。

 

 全霊の、想いを込めて。

 

 振るわれた一太刀はしかし、「彼女」を捉えることはなく。

 

『……ふっ。また、私の勝ちだな』

「……く……」

 

 自らを切り裂く空想の痛みに、真改は苦悶ではなく、笑みを浮かべる。

 

 やはり「彼女」にはかなわない。だが――

 

 ――今のは惜しかったな、と。

 

「……く、くく……」

 

 我ながら、随分子供じみた意地だ。自分にこんな可愛げが残っているとは思わなんだ。

 だが恐らく、これは、悪いものではないのだろう、と。

 

 そんなことを考えながら、真改は再び、最強の仮想敵を相手に鍛錬を始めた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……はあ……はあ……」

 

 ……熱を入れ過ぎた。

 

 歩くだけでも一苦労なほどに疲労した体を引きずりながら、今日の鍛錬を反省する。とりあえず、何事もやり過ぎは良くないという教訓は得た。そう前向きに考えることにしよう。

 

「……ぜえ……ぜえ……」

 

 異常に長く感じる廊下をどうにか歩ききり、ようやく部屋にたどり着く。

 ……なんたる無様。こんな姿、絶対にアイツらに見られたくない。

 

「……ぐ……」

 

 もはや握力の残っていない手で、なんとかドアノブを回す。そして体重を掛けて、扉を押し開けた。

 

 ガチャリ。

「「「「「「お帰りなさいませ、お嬢様っ♪」」」」」」

 バタン。

 

 

 

「………………………………………………………………」

 

 

 

 どうやら想像以上に疲れているらしい。なにやら幻覚が見えたような気がするし、幻聴も聞こえたような気がする。

 うむ、これは重傷だ。極めて深刻な事態だ。皆に心配を掛ける前に、こっそりと保健室に――

 

「「「「「「逃がさんっ!!」」」」」」

 

 爆発音(に聞こえるほどの轟音)を響かせながら、扉が開く。中から現れたのは六人のメイド。

 

 ……そう、メイド。メイドだ。メイドなのだ。なぜそんなモノが己の部屋に居るのか分からないが、とにかくメイドが六人。しかもどの顔も見覚えがある。ていうか本音と箒と鈴とセシリアとシャルとラウラだった。一人くらいは知らない奴が混じっていて欲しかった。たとえ混じっていてもどうなるものでもないが。

 

「ちょっとシン、逃げんじゃないわよ!」

「我らのご奉仕、受けるがいいっ!」

「……拒否……」

「ねえシン、どう? この服。可愛い? 似合ってる?」

「う~む、さよりん、いい仕事してますな~」

「…………」

 

 やはり小夜か。仕事が速すぎる、あれから数日と経っていないぞ。サイズを合わせるだけでも大変な作業だと思うのだが。

 

「ふふ、メイド服ですか。こうして着てみると、悪くないですわね」

「そういえばセシリアは奉仕される側だったな。そう考えると、メイドについて一番知識があるのはお前かもしれんな」

「…………」

 

 話が盛り上がっているところ申し訳ないが、いい加減なんのつもりか答えろ。己は疲れているんだ、さっさと休ませてくれ。

 

「ようし、それじゃあさっそくお仕事ね!」

「軍隊仕込みの整体術、とくと味わってもらおうか」

「私も多少なら心得があるぞ。その……い、一夏にも、やってもらったことが、あるしな……」

「……じとー」

「し、真改さんの、お、お、お体に……ハァハァ」

「うわ~、せっしー、目つきがヤバイ~」

「……全員、失せろ……」

 

 そんな素人の整体などいらん。余計身体の調子が悪くなりかねん。

 そしてセシリア、お前は特に駄目だ。一体何をする気だ貴様。

 

「遠慮することはないぞ、真改。友の好意は素直に受け取るものだ」

「そうそう~。ちゃんとマッサージするから~」

「メイドに囲まれご奉仕されて喜ばない者はいないという話だぞ」

「真改さんを……揉み揉み……」

「セシリア、落ち着いて。ホントに目つきが危ないから」

「と、いうわけで。そこに寝なさい、シン。ほら、早く」

「……失せろと言った……」

「ふっふっふ。抵抗しても無駄よ、いくらアンタでもそんなへとへとの状態で、あたしたちを相手にはできないでしょ」

「さあ、大人しく床につけ、真改」

「床につけ~」

「マッサージって、一回やってみたかったんだよね」

「安心しろ、マスター。その手のことに詳しい部下から、とっておきの秘孔を教わって来た」

「……失・せ・ろ……」

 

 ……しつこい。そろそろイライラしてきた。

 

「ふ。口で言っても分からぬようだな」

「仕方ないですわね、実力行使といきましょうか」

「ふっふっふ~。いのっち~、覚悟~」

「…………」

 ブチィッ!!

「「「「「「……え?」」」」」」

 

 覚悟を決めるのは、お前たちの方だ――

 

 

 

「「「「「「ぎ……ぎゃああああああああっ!!?」」」」」」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……ふう……」

 

 ようやく、静かになった。喧しいナマゴミどもを部屋の外に捨て、シャワーを浴びて汗を流して床についた。

 外で千冬さんが説教する声が聞こえる。いい気味だ。

 

「…………」

 

 騒がしいのは苦手だ。それに自分が巻き込まれるのはもっと苦手だ。

 

 本当に苦手だ。苦手だが――決して、嫌いじゃあない。

 

「……く……」

 

 まったく、本当に良い奴らだ。己にはもったいないくらいだ。

 あんな仲間に恵まれたのは、奇跡と呼ぶに相応しい。ならばこの幸運、精々満喫させてもらおう。

 

「……くっくっ……」

 

 アイツらのことだ、これくらいで懲りる筈がない。明日になれば、またくだらない騒ぎを起こすのだろう。

 まったく、いい加減にしてほしい。これではまた、明日が楽しみで仕方なく、待ち遠しくて仕方なくなってしまうじゃないか――

 

 

 




別に来月号から連載が始まったりしない漫画



アンサー・オブ・ザ・デッド

 ある日、突如として世界中のコジマ炉が暴走し、溢れ出したコジマ粒子に汚染された人間たちが生ける屍と化して、生者を襲い始めた。
 普通の高校生であるマクシミリアン・テルミドールもその騒ぎに巻き込まれ、地獄と化した世界でほんの僅かな希望に縋り、戦うことになる。

 仲間たちとの出会い。

 次々と襲い掛かる危機。

 大地に溢れ世界を覆い尽くす、死と絶望。

 抗え。最期まで。

 足掻き抜け。命ある限り。

 ――生き抜いた果てに、「答」はあるのか――



登場人物


マクシミリアン・テルミドール

 主人公。中の人なんていない。
 普通の夢見がちな高校生だが不思議なカリスマがあり、いざという時の行動力と決断力に溢れ、リーダーとして仲間たちから頼られている。どんなこともソツなくこなす器用な男。
 でも水没だけは勘弁なっ!

「いきなりこんな物渡されても、レーザーバズーカの使い方なんて分からんよ」


ウィン・D・ファンション

 テルミドールの幼なじみ。ブラスメイデンが娼婦という意味もあることとは一切関係がない。
 テルミドールと同じく普通の高校生の筈だがやたらとスペックが高い。父親が軍人でマーシャルアーツと銃剣術を仕込まれている。何故か父親の階級である少佐が渾名になっている。

「二人の男を想う。それを愚かだと言うか」


メルツェル

 テルミドールの友人。天才的な頭脳を持ち、身体能力の低さを補って余りある。
 目的のためには手段を選ばない冷酷さと、それにより誰かが危険にさらされることに心を痛める優しさを併せ持つ。別に自分の賢さを鼻にかけたりはしない。

「紹介しよう。この世の全てを自分の価値観で決め、最終的に全て面倒の一言で片付ける男。私の父、スティンガーだ」


ヴァオー

 怪力と巨躯を持つが頭が悪く、誰からも必要とされなかった男。
 今回の騒ぎでその力の有用性をメルツェルに見いだされ、以後彼のために戦うことを誓う。軍事オタクと見せかけて、実はただのアッパーシューター。

「ハッハー! 初めて持った試射もしてないガトリングガンを軽々扱えるなんてやっぱ俺ってすげえなメルツェェェェェェルッ!!」


アンジェ

 剣道部名誉主将。特にルール違反したとか素行が悪いとかの問題があったわけではないが、あまりに強すぎるせいで試合出場永久禁止に。
 普段は理性的だが、戦闘が始まると途端に暴走する。

「面白い、この感覚……濡れるっ!」


メノ・ルー

 保険医。別に作者が優しげなロリボイスで巨乳美女医のメノたんに看病してもらいたいだけとかそういうことは一切ありません本当ですいやマジ違うんですって。
 けどドジっ娘だったらさらに可愛いなあいやいや違いますって誤解ですから。

「ええっと、十字架と聖書と、他に必要なものは~」


リリウム・ウォルコット

 テルミドール御一行様が逃亡劇の途中で拾ったロリっ娘。お爺ちゃんと一緒に逃げていたが、お爺ちゃんは色々あって死んでしまいました。めでたしめでたし。

「王大人、死んでしまったのですか……?」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。