俺をみじめにさせる奴は皆死なばいい!!
「それじゃあ、最初の特訓を始めましょうか」
「はい」
放課後のアリーナで、俺は楯無さんからISの特訓を受けていた。
楯無さんが俺のコーチの座を力ずくで手に入れたのが昨日のこと。あの激戦の疲れをまるで感じさせないのは底無しのスタミナを持っているのか、それとも回復が速いのか。
……まさか、のほほんさんのマッサージ効果?
「まあ、とりあえずは基本からね。それではメニューを発表します。ぱんぱかぱーん」
バッ! と手を振り上げると、ピットに待機している虚先輩が何かしらの操作をしたのだろう、アリーナ内に五十個ほどの青いターゲットマーカーと、無数の赤いターゲットマーカーが現れる。
「これは?」
「障害物競争みたいなものよ。赤いターゲットに触れないように、青いターゲットだけを攻撃するの。全部の青いターゲットを壊すまでにかかった時間を計るからね」
「……赤いターゲットに、触れないように?」
赤いの、すげえいっぱいあるんですが。少な目に見積もっても千個は軽く超えてるんですが。そして青いターゲットの周りには特にいっぱいあるんですが。
アレに触れないように青いターゲットに近付こうというのなら、針の穴に糸を通すような精密機動が必要だ。その上でタイムを計るなんて 、無茶振りにもほどがある。
「……ちなみに、赤いのに触ったら?」
「モチロン、最初からやり直しよ」
「……わーお」
そんなことだろうと思ったよ。
「それと、赤いのは触ると爆発するから気をつけてね」
「わーお!」
そんなことだろうと思ったよ!
「じゃあ時間も限られてることだし、早速始めちゃいましょうか。準備はいい?」
「……はい」
促され、白式を展開する。……うん、大分時間もかからなくなってきた。一秒を切るまでもう少しかな。
「一夏君、展開遅いわねえ」
「え!? お、遅い、ですかね……?」
「遅いわよ。ある時突然、死角から不意打ちされたら間に合わないわよ」
「そ、そうですか……」
展開以前に反応すら出来ない可能性があるんですが、それだと。
「ま、それについては今すぐどうなることでもないし。けどこれからは、展開する時にそこらへんを意識するようにしてね」
「わ、分かりました」
「それじゃあ始めましょ。最初は、そうね……二分くらいを目標に」
「に、二分!?」
一個あたりの猶予が三秒もねえぞ!?
「さあ、スタート~」
「う、うおおおおっ!!」
勢い良く飛び出した――は、いいものの。まずどのターゲットから行くべきか、それすらも分かっていない状態だ。
ああくそっ、迷ってるヒマなんてない! 取りあえず手近なところから――
「ハァッ!」
雪片弐型を振るう。ピコーン、というどうにも気合いの入らない音と共に、ターゲットが一つ消滅し――て、んなあ!? 青いターゲットの影に赤いターゲットがっ!!
「……ふっ。馬鹿めが、かかりおったわ」
チュドーーーンッ!!
「ぶべら!?」
結構な規模の爆発が起きる。訓練を長く続けるためにと雪花は発動していないので、その衝撃をモロに受けることになった。
「うーん、一夏君。失敗するの早すぎよ」
「す、すみません……」
「じゃ、もっかい行ってみよー」
「は、はい~!」
というわけで、第二ラウンド。さっきのように青いターゲットの影に赤いのがあるかもしれないので、慎重に確かめつつ――
「一夏君、おっそーい。三分も経っちゃったわよー」
「え、まだ半分しか壊してないのに……!?」
「おっかなびっくりやってるからよ。男の子なんだから、失敗なんか恐れずにドーンと行きなさい、ドーンと」
「は、はい!」
第三ラウンド。指示通り、ターゲットの影を確認しながらではなく、間合いを計り浅く斬りつけることで対処する。
「よし、次っ!」
振り返り、次のターゲットを――
「はい、時間切れー」
「な!? くっ、十個以上残ってる……!」
「まだまだビビってるわよ、一夏君。もっと攻めていかないと」
「ぐぬぬ……」
第四ラウンド。スラスターを全開に噴かし、次々とターゲットを破壊していく。
「うおおおおっ!!」
ちょん。
「あ。」
足の先っぽが赤いのを掠めチュドーーーンッ!!
「ぴぎゃああああっ!!?」
「動きが雑になってるわよ。無駄なくかつ勢い良く、慌てずけれど迅速に。さ、次」
第五ラウンド。無駄なくかつ勢い良く、慌てずけれど迅速に。
出来ませんでしチュドーーーンッ!!
「ウボァーーッ!!」
第六ラウンド。今までの失敗を元に戦術を吟味した結果チュドーーーンッ!!
「ぐぎゃあああっ!!」
第七ラウンド。持てる技術の限りを尽くして困難に打ち勝て! たとえ何度失敗しても立ち上がり、決して諦めることなく挑み続ければどうにかなると思っていた時期が俺にもありましチュドーーーンッ!!
「がっはあああっ!!」
第八ラウンド。チュドーーーンッ!!
第九ラウンド。チュドーーーンッ!!
第十ラウンド。チュドーーーンッ!!
第十一――
――――――――――
「うーん。結局今日は一回も成功しなかったわね」
「………………………………」
何回やったかな……百を越えたあたりからどうでも良くなっちまったよ……。
「時間ももう遅いし、このくらいにしましょう。ちゃんと休んで、明日に備えてね、一夏君」
「……………………はい」
フラフラと覚束ない足取りで、部屋に戻る。よほどヒドイ状態なのか、途中ですれ違った人たちがギョッとしていたが、そんなことに構っている余裕なんて当然ない。
「つ、着いた……」
長い道のりだった……。
とにかく、これで休める。さっさとベッドに寝転がりたいところだが、最低限汗を流すくらいはしなければ。
ノロノロと服を脱ぎ、洗濯籠に放り込む。その時ベチャリと聞こえた気がした。どんだけ汗だくなんだ。
「…………あ゛ー…………」
ゾンビみたいな呻き声が聞こえたと思ったら俺だった。シャワー浴びる前に水分補給したほうが良かったかもしれないが、今更部屋に戻るほどの気力がない。
ちよっとだけ迷って、やっぱりシャワーを先に済ませることにした。
キュッキュッ。シャァァァァァァァ…………
「…………うお゛ー…………」
……ヤバイ、水流で倒れそうだ。立ったままだと危ない、椅子に座ってちょっと休もう。
「……あ……や、ば……」
座った途端、強烈に眠気が襲って来た。体が休息を求めているのだろう、立とうとしても足に力が入らない。
(……まずい……このまま、じゃ……)
今眠ったら風呂場の固い床に体を打ち付けてしまう。それに倒れ方によっては、最悪シャワーの落ちる所に顔が行きそうだ。そうなったら窒息しかねん。湯船で溺れ死ぬという話はあるが、シャワーでなんて聞いたこともない。
「……く……そ……」
だから起きないといけないのに、意識は遠のくばかり。次第に視界も暗くなって来て、シャワーが体に当たる感触も、段々、鈍く――
――――――――――
「………………んあ?」
目を覚ますと、見慣れた天井だった。ていうか俺の部屋だった。
どうやらベッドに横になっているらしい。
「……あれ、俺……」
朧気な記憶によると、確か風呂場でシャワーを浴びてる最中に寝てしまったんだと思ったが――
「……どうなって……」
「…………」
「うおっ、シン?」
視線を巡らすと、そこに居たのは千冬姉に次いで付き合いの長い幼なじみ。相変わらずの無表情で俺が起きたことを確認すると、テーブルまで歩いて行ってその上に置いてあるリンゴと果物ナイフ(多分シンが持って来たんだろう)を手に取り、リンゴを軽く放り上げた。
「…………」
「!?」
するとあら不思議、皿の上に落ちたリンゴは芯をくり抜かれた上で食べやすい一口サイズにカットされているではありませんか!
ちなみに皮は剥いていない。うむ、やっぱりリンゴは皮ごとに限る。栄養もあるしな。
「…………」
「……サンキュ、シン」
無言で皿を差し出されたので、一つ貰う。
……美味い。瑞々しい果肉の歯応え、絶妙な甘味と酸味、そして芳醇な香り。品質も鮮度も申し分ない。
「うん、美味い。わざわざ買って来てくれたのか?」
「……食堂……」
「へえ、ここの食堂、果物もこんなに美味いのか。今度貰ってみようかな」
シャリシャリとリンゴを食べる。ただ美味いだけでなく、水分と甘味が疲れた体に染み渡って行くようで、実に心地い――
「……ちょっと待った」
……俺、風呂場で倒れたよな? その時シャワー浴びてたよな? 当然その時全裸だったよな?
……なんか今、Tシャツ着て短パン穿いてるんだけど。倒れた時は全裸だったのに、今はTシャツ短パンという格好なんですけど。感触からしてちゃんとパンツも穿いてるんだけど。
「……ま……さ……か……」
ギギギギ、と錆びたような音を立てて、首を回す。
ゆっくりと視線が動き、シンを視界に収めた。
「……なあ、シン」
「……?」
声を掛けると、相変わらず何を考えているのかわからない無表情を返された。ただ気配だけが、疑問を伝えてくる。
「お前……何した?」
「……運んだ……」
「……それで?」
「……着せた……」
「やっぱりぃぃぃぃっ!!?」
見られた!? それってやっぱり見られたよね!? 俺の生まれたままの姿を見られたっ!!
「なんてこった……なんてこった!!」
「……昔は……共に、入った……」
「どんだけ昔の話だよおおおおおおっ!!」
そりゃあ確かに一緒に風呂に入ったこともあるけどさあ! そういうことを言わないでくれよ、恥ずかしさが加速するからっ!!
「ぐううぅぅぅ……俺もうお婿に行けない……」
「……阿呆……」
のたうち回る俺を、シャリシャリとリンゴを食べながら呆れた目で見下ろすシン。それがなにやら養豚場の豚を見るかの如く蔑みに満ちているような気がするのは、俺の心理状態による幻覚か。
「……一夏……」
「助けてくれてありがとうだけどついでにちょっとそっとしといてくれよおおおおっ!!」
「……はあ……」
俺の様子に溜め息を一つ吐いて、シンは部屋を出た。俺はベッドに飛び込んで、恥ずかしさから布団にくるまってシクシクと泣き続けた。
……我ながら、女々し過ぎる。
――――――――――
「……ふむ……」
己は特に気にしたことはなかったのだが、良く考えてみれば一夏も年頃の少年だ。同年代の異性(己はそもそもその認識が薄い)に裸を見られるのは恥ずかしいだろう。
配慮が足りなかったな。どうせなら箒を呼んで任せてやれば良かったかもしれない。
「一夏君、大丈夫そうだった?」
「……応……」
いつの間にか様子を見に来ていた楯無会長が訊ねる。一夏は大分疲れているようだったが、そうでなくては特訓の意味もあるまい。
それより――
「……見事……」
「うん? 何が?」
「……見極め……」
「……やっぱり。気付いてたんだ、真改ちゃんは」
あの一見滅茶苦茶とも言える特訓は、おそらく一夏の限界を知るためのものだ。
体力の限界。集中力の限界。どこまで追い詰めれば、最も効率良く鍛えることが出来るのか。
教え子の能力を正確に把握することは、教える側にとっては基本にして最重要事項だ。それを容易くやってみせるあたり、楯無会長は師として極めて優秀と言えるだろう。
「一夏君、すごいわねえ。動きに無駄があるから消耗が激しいだけで、地の体力は相当よ。あんな動きをあんなに長く続けることは、私にはとても無理だもの。これも真改ちゃんが鍛えたおかげね」
「…………」
長い時間をかけて、全身を地道に鍛えて来たからな。瞬発力、持久力、柔軟性、どれも申し分ない。身体がまだ成長過程であることを考えれば、最終的にはかなり屈強な肉体になるだろう。
「なんだかんだで才能もあるみたいだし、剣術や剣道をやってたから、ISに関係ない部分での基本はかなりしっかりしてる。切っ掛けさえあれば……化けるわよ、一夏君は」
「…………」
「……ふふっ。まあそんなことは今更かしらね、真改ちゃんには」
「…………」
一夏のことは、ずっと見てきた。アイツの現時点での実力やこの先の伸び代については、千冬さんと同等の認識があると自負している。
……もっとも。その認識を活かすことは、出来ていなかったが。
「ねえ、真改ちゃん。あなたから見て、私は一夏君のコーチに相応しいかな?」
「……任せる……」
「……うん、任されたわ。あなたの一夏君を、ちゃーんと強くしてみせるから」
「…………」
別に己のではない――と言っても、この人には無駄だろう。おそらくこれが、この人なりの義理の通し方なのだろうから。
――それはそれとして。
「………………」
「うん? どうしたの?」
なんだ、それは。楯無会長の後ろにある、荷台に載せられたダンボールの山は。
「ああ、これ? ふっふっふ、知らざあ言って聞かせやしょう! ある時は更識家当主、ある時はIS学園生徒会長、またある時は一夏君のルームメイト、更識楯無たあ私のことよっ!」
「……………………」
……つまり今のは、一夏のルームメイトになりました、ということでいいのか? もう少し分かり易く言ってもらいたいのだが。
「これも生徒会長特権のなせるワザ。一夏君のルームメイトとなり、キャッキャウフフのバラ色デイズを満喫させてもらうわっ!!」
「…………………………」
……まあ、あれだ。師としては、弟子の私生活の管理も大切な役目だからな。そこを理解しているあたり、やはり楯無会長は師として優秀だ。
……そういうことにしておいた方が、皆幸せになれそうな気がする。
「というわけで、私今日から一夏君の部屋で寝泊まりするから」
「………………………………」
……好きにするといい。一夏に関しては楯無会長に任せる。求められれば鍛錬の相手でもなんでもするが、それ以外では特に口出しするつもりはない。
「ふっふっふ。それでは楽しませてもらいましょうか、一夏君……!」
「……………………………………」
不気味な微笑みを浮かべながら、ノックもせずに一夏の部屋に突入する楯無会長。中から一夏の
「…………………………………………」
その代わり、ゴソゴソと荷解きする音が聞こえる。先ほど持ちこんだ荷物の山を開けているのだろう、流石に行動が速い。
(……さて……)
騒ぎになる前に、己は退散させてもらうとしよう。先ほど生徒が一人、楯無会長が部屋に入って行くのを見ていたからな、この学園のことだから、このことが知れ渡るまでにかかる時間はそう長くない。
(……どうなるやら……)
あの五人が暴走するのはまず確実だろうが、それを楯無会長がどう収めるか。それが見ものであり、同時に見たくないような気もする。収めようとせず、むしろ暴走を助長させるような気がするのだ。そういう人騒がせな気配を、楯無会長から感じる。
「……ふう……」
思わず溜め息が漏れてしまった。だがそれも仕方あるまい、その人騒がせな気質の最初の被害にあったのは己なのだから。
今後もまた、巻き込まれることになるだろう。
――――――――――
「………………んあ?」
目を覚ますと、知らない天井だった。
……ていうか天井じゃなくて、楯無さんだった。
「ぎゃああああああああああああああっ!!!?」
「……むー。さすがにその反応は、おねーさんショックだわ」
馬乗りになって俺の顔を覗き込んでいる楯無さんからゴキブリのような動きで抜け出し、ベッドの隅っこに逃げる。楯無さんは言葉とは裏腹にケラケラと笑いながら、そんな俺を眺めていた。
「な、なんですか! なんなんですかっ!!」
「いやー、一夏君の寝顔、可愛かったわよ。眼福眼福」
「そうじゃなくて、なんで俺の部屋に楯無さんがいるんですかっ!」
すげーびっくりしたぞ。まだ心臓がバクバクいってる。
「うん。今日から私、この部屋に住むから」
「え……!?」
「ほら、もう準備もバッチリ」
部屋を見渡して見ると、そこかしこに服やら小物やら、見慣れない物が置いてある。楯無さんの私物なんだろう、すでに荷解きは完了していた。
俺が寝てる間になんてことを。
「私が一夏君に付きっきりになって、マンツーマンで、私生活から鍛えてあげるわ」
「いや、そこまでしてもらわなくていいですから。ていうか俺の部屋、女子は寝泊まり禁止なんですけど」
「そこはほら、生徒会長権限で」
「職権濫用!?」
ああ、これでまた一つ、俺の平穏が奪われた……!
楯無さんがルームメイトになるということは、単にこの人のハチャメチャぶりに振り回されるということだけでなく、絶対にみんなも騒ぎだす。そりゃもう騒ぐに決まってる。
だってほら、早速部屋の外からヌーの大移動みたいな足音が――
ドバアアアンッ!!
「「「「一夏ぁっ!!」」」」
「一夏さんっ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!?」
ほら来たあっ! 来ましたよっ!!
「どういうことだ一夏!」
「聞いたわよ、部屋に女連れ込んだって!」
「しかも大量の荷物と一緒にって!」
「まさかこの部屋に住むと言うんですの!?」
「状況を報告しろ! 正確になっ!!」
「みんな落ち着け、落ち着くんだ! 素数を数えて落ち着くんだっ!!」
「2!」
「3!」
「5!」
「7!」
「11!」
「「「「「はい落ち着いたあっ!!」」」」」
「どこが!?」
誰がどう見たって落ち着いてねえよ!
「どうどう、静まりなさい、みんな」
「「「「「げえっ! 会長!」」」」」
「ジャーンジャーン」
それは静めてるつもりなんですか?
「私はこの学園の生徒会長。生徒会長とは、学園最強の称号。みんなは私に負けたんだから、私の言うことには従ってもらうわよ」
「め、滅茶苦茶だ……」
だが実際、俺のコーチについてもみんなに勝って無理矢理納得させたわけだし。まさかこの学園、力こそ全てなのか? 嫌なところだな。
「それより、せっかくみんな集まったんだし、お菓子でも食べていかない?」
「「「「「「は?」」」」」」
急に話題を変えた楯無さんは、キッチンの隅にある電子レンジへと歩いていった。そしてその蓋を開けると――
「くんくん……なんだろう、すごくいいにおい……」
「むう、食欲を刺激されるな……」
「これは……」
「はい、たっちゃんお手製のマフィンよ。仲良く食べてね」
大皿にのせられた、たくさんのカップケーキと色とりどりのジャム。それをテーブルの上に置き、カップケーキを小皿に分けていく。
「お茶も淹れるわ。もうちょっとだけ待っててね」
再びキッチンへ行く楯無さん。……いつの間にこんなものを作っていたのだろう。まあ俺が寝てる間なんだろうけれど、それも精々一時間だ。荷解きしてお菓子作ってその片付けも済ませてるなんて、手際がいいにもほどがある。
「お待たせ。さ、召し上がれ」
「「「「「「い……いただきます」」」」」」
さすがのみんなも、出されたものを食べないわけにはいかないのだろう、大人しくテーブルに座る。
……そういやこのテーブルも楯無さんが持ちこんだのか? こんなデカいのなかったぞ。どうやって部屋に入れたんだ、ドアを通りそうにないサイズなんだが。まあ今更か、楯無さんだし。
まあそれは置いておいて、せっかく作ってくれたんだ、ありがたくいただこう。
「もぐ……」
「! 美味しい……!」
「わあ、ジャムともピッタリ!」
「素敵な味ですわね」
「むう、いくらでも食べられそうだな……」
「もぐもぐもぐもぐもぐ」
「あはっ。気に入ってもらえたみたいで嬉しいわ」
この人、完璧超人か。こんな美味いお菓子、店に行ってもなかなかないぞ。
「ほらほら、お茶も飲んでよ。虚ちゃんほどじゃないけど、ちょっとは心得があるんだから」
「あ、これも美味しい……」
「す、隙が見当たりませんわ……!」
「ま、負けた……」
「女として負けた……!」
「ごくごくごくごくごく」
「ラウラ……素直に美味しいって認めなよ」
「うん、なかなか好評みたいね。練習したかいがあったわ」
こうして、急遽開かれたお茶会は次第に賑やかになっていき。
終わるころには、楯無さんが俺の部屋に泊まることは流されていた。
……そう、流されただけだ。きっと明日また、楯無さんがいない時に問い詰められるんだろう。
恐るべし、更識楯無。逃げ足すらも一級品か。
――――――――――
一方その頃、別室にて。
「ほら、いのっち~。召し上がれ~」
「………………………………」
井上真改は、戦慄していた。
テーブルに用意された、真改のルームメイトである、布仏本音の手作り料理。
――ウーロン茶漬け、鮭の切り身と生卵つき。
「これはね~、私のだいだいだい、大好物なんだよ~」
「………………………………」
夕食のメニューとしては、いささかカロリー不足である――とかそういうことは、この際まったく問題ではない。
問題は、料理であるのに視覚から強烈に訴えてくる、ナゾの威圧感である。
(……気圧されているだと……この己が……!?)
「ほら、た~んとお食べ~」
ずずいっ、と突き出される丼。かつて極貧の世界に生きた真改としては、食べ物を残すという選択肢は有り得ない。ましてやそれが、親友が自分のために作ってくれた手料理であれば尚更である。
だが、それでも。
箸が、動かない――
「はい、どうぞ~」
「……ぐっ……!!」
邪気や悪意が一片たりとも存在しない本音の笑顔に、ついに真改も意を決する。
震える右手で箸を持ち、異常な粘性を見せ付ける不定形物と化した米を少量掬い、死地に踏み込むかの如く覚悟と共に口に放り込み――
(……案外、いける……)
――二人は今日も平和だった。
これで話のストックが残り一桁に。
いよいよ、だな……