IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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如月重工のとある一日 その3



網「社長、文学部が今度はアニメを作りたいと」
如「へえ、どんな感じだい?」


タイトル:退魔真音伝


ストーリー

 とある名家の少女である本音は、高校入学の前日、好奇心で忍び込んだ家の蔵で、大量のお札を貼られた一振りの日本刀を発見する。何かに誘われるようにその刀に触れると、どこからともなく声が聞こえた。
 その刀は、あまりに多くの人を斬ったために妖刀として封印されたものだった。永き時を経た刀に魂が宿り、本音の気配を感じて呼び掛けたのである。
 刀は本音に語る。妖刀として朽ちるのは嫌だ。この身の穢れを浄化し、本来の務めを果たしたい。どうか力を貸して欲しい、と。
 そして本音は知る。この世には妖魔と呼ばれる、人ならざるモノたちが存在することを。妖魔たちは影に潜み闇に蠢き、人を襲っていることを。そしてこの刀は本来、妖魔を討つために鍛えられた業物であることを。
 本音は立ち上がる。まだ見ぬ友人たちを守るために。美しい刀の願いを叶えるために。

 ――これは少女と刀の、恋と戦いの物語――



登場人物


布仏本音

 主人公兼ヒロイン。名家・布仏家の次女で、家を継ぐ必要もなく普通の少女として暮らしていた。
 家の古い蔵に封印されていた日本刀を手にしたことで、人外たちとの壮絶な戦いに首を突っ込み、忘れ去られた布仏家の宿命に巻き込まれていくことになる。
 戦いの才能も心得もないが、言霊使いとしては高い資質を持つ。


井上真改

 もう一人(?)の主人公。刀に宿った魂で、いわゆる付喪神。本来は破魔の刀として打たれたが、人を斬ることにしか使われず、挙げ句妖刀として封印された。
 その刀身は無数の戦場を切り抜け永き時を経たにも関わらず、曇りや刃こぼれが全くない。
 極めて無口だが要所で的確なアドバイスをして、戦いに不慣れな本音をサポートする。本音の祈りの力を受ければ魂を実体化させ戦うこともでき、その際は長い黒髪の少女の姿をとる。



如「触手は?」
網「あります」
如「GO」






秘「……さて、仕事が増えましたね」


第56話 特訓

特訓、三日目。

 

「残り十秒ー」

「くうっ!」

 

 青いターゲットは残り五つ。時間的にはかなり厳しいが、この五つは近くに固まっている。ギリギリ、間に合うかもしれない。

 

(……いや、間に合わせる!)

「うおおおおおおっ!!」

 

 スラスター全開、瞬時加速発動。最大速度から雪片弐型を振るい、ターゲットを一つ撃破。その先に待ち受けていた大量の赤いターゲットを、錐揉みするようにして避ける。気分は火の輪くぐりのライオンだ。

 

 そのまま、すれ違い様に一つ撃破。

 

(残り三つ!)

「チェェェェストォォオオオアアアっ!!」

 

 速度を殺さず反転し、三つ目を撃破。残りは二つだが、時間が――

 

「よーん、さーん、にーい……」

(普通に行ったら間に合わねえ!)

「なら、これでどうだあ!!」

 

 再び瞬時加速を発動、と同時に、渾身の力を込めて雪片弐型をターゲットに投げつける。亜音速で飛んでいる状態からパワーアシストをフル活用して投げられたブレードは、まさに弾丸のような勢いでターゲットへ突き進む。

 

 あのターゲットの影に赤いターゲットがないことは、すでに確認している。そしてこの位置からは赤いのが邪魔で回り込まないと近づけないが、ブレードだけなら、その隙間を通り抜けられる――!

 

「行くぜっ!!」

 

 俺自身は最後のターゲットへ向け突撃し、振り上げた両手を頭上でガッチリと組んだ。

 

(今はこの手を、手と思うな)

 

 ギュウゥゥ、と音を立てて、装甲に包まれた十指と両手が硬く握り締められ、一つの鉄塊となり。

 

(ただ力任せに叩き潰すだけの、戦鎚だ――!)

「うらああああぁぁぁっ!!」

 ゴシカァァァァンッ!!

 

 俺が最後のターゲットを粉砕すると同時に、投げたブレードがもう一つのターゲットを貫き――

 

「……残り一秒。おめでとう、一夏君。目標クリアよ」

「いよっしゃあああっ!!」

「じゃあもう一回行こうか。次は赤いターゲットが動くから」

「ですよねー!」

 

 よーし、俺やっちゃうよお! こうなりゃ自棄っぱちだぜコンチクショー!

 

「はい、設定終わり。体力は大丈夫?」

「ハッハー! まだまだ行けるぜ、楯無さぁぁぁぁん!!」

「そう、良かった。まあガス欠でもやってもらうけど」

 

 最後のセリフはあんまりにも恐ろしい内容だったので、聞かなかったことにして飛び出した。

 

 眼前に広がるのは、五十の青いターゲットと無数の赤いターゲット。青いターゲットは空中で静止しているが、赤いターゲットはそれぞれが違うパターンで動き続けている。しかも結構なスピードで。

 

 だが俺だって、この三日間特訓を続けてきたんだ。赤いターゲットが動くようになったくらいで、怯んでられるかっ!

 

「うおおおおおおっ!!」

 こつん。

「あ。」

 乗り物を運転する時は「かもしれない運転」を心がけましょう。曲がり角の向こうから車が来るかもしれない。横から急に歩行者が飛び出して来るかもしれない。そういった常に危険を予測した運転こそが安全運転の基本であり、それを怠るとこうなりまチュドーーーンッ!!

「ギャァァァァァッ!!」

 

 久しぶりの爆発に吹き飛ばされ、墜落する。疲労も相まって受け身も取れず、ベチャリと地べたに落ちた。

 

「素敵な爆発っぷりよ、一夏君! さあ、もう一回行ってみよー!」

「………………はい」

 

 もう自棄になる元気もない。ノロノロと立ち上がり、ユラユラと浮き上がる。

 そして再び、訓練開始。紅蓮の花火が、アリーナに咲き乱れた――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「第一段階クリア、か。……一週間くらいかかると思ったんだけどなあ……」

 

 疲れ果てた一夏君が去ったアリーナのピットで、先ほどの訓練の映像を見直す。

 そこに映っているのは、無茶な体勢で障害物をかわしながら、それでも速度を維持して飛び続ける一夏君の姿だ。

 

「動きにはまだ、無駄が多いけど……これはもう、完全に、「見えて」いるわね」

 

 ISの基本機能の一つに、ハイパーセンサーがある。これは全方位の情報を直接脳に送り込み、なおかつ情報処理のサポートをする機能だ。これがあるから、相対速度が音速を優に越えるIS同士の戦闘に、操縦者がついていけるのだ。

 しかしこのハイパーセンサー、一見完璧な代物のようだけれど、当然そんなことはない。全方位が見えると言っても、ちゃんと「死角」があるのだ。

 

 考えてみてほしい。ある日突然、腕が四本になったとして、新しく増えた二本の腕を自在に動かすことが出来るだろうか? 少なくとも、私は自信がない。

 それと同じだ。たとえハイパーセンサーから全方位の視覚情報が送られて来ようと、人間自身には全方位を見る機能は備わっていないのだから、そのままでは対応できない。ハイパーセンサーが人間にも分かるように情報処理をするための時間が必要で、それにより生じる、実際の状況と認識の間のタイムラグ――それが「ハイパーセンサーの死角」と呼ばれるものだ。

 

 けれど一夏君には、その死角がほとんど存在しない。背後や頭上、足下といった、本来死角となる範囲にも鋭く反応する。それは極めて高度な技術で、モンド・グロッソ出場者の中にも出来ない者がいるほどなのに――

 

「体を鍛えただけ、か……確かに、「眼」も体の一部よねえ」

 

 一夏君のそれと同じ芸等を、さらに高い練度でやって見せた人を私は知っている。真改ちゃんだ。

 彼女がIS学園で行った最初の試合、セシリアちゃんとの戦い。執拗に死角に回り込むセシリアちゃんのブルー・ティアーズを、真改ちゃんは完全に見切っていた。

 対多数の戦闘で特に効果を発揮する、空間把握能力。視界外にいる相手の配置や動き、地形すらも利用して戦闘を有利に進めるその能力が、彼女は図抜けている。ISとは直接関係のない、戦士としてのその能力を、真改ちゃんは一夏君にも叩き込んでいたんだろう。

 だからこそ、死角にも対応できる。見えずとも、頭の中に周囲の状況がリアルタイムで描かれていて、タイムラグを埋めているからだ。

 

「一夏君は……気づいてないだろうなあ。自分が平然とやってることが、どれだけとんでもないことなのか」

 

 一夏君に課している特訓の第二段階。赤いターゲットが動くこれは、障害物ではなく攻撃を掻い潜っての機動を想定したものだ。

 第一段階でハイパーセンサーとシンクロした空間把握能力を、第二段階で数手先を読む予測能力を身に付けさせる。この二つが高いレベルで備われば、一夏君の回避能力は格段に上がる。機動の精度はそれからじっくりと磨いて行けばいい。基本と応用の順番は逆になってしまうけれど、一夏君くらい才能があるならこれくらいで丁度良いと思う。

 

 ――時間もないことだしね。

 

「けどこの調子なら、なんとか間に合うかな。……それより、第三段階も今のうちに準備しておいたほうが良さそうね」

 

 予想よりも、一夏君はずっと速く成長している。教えたことを次々吸収していく様は見ていて楽しく、実に教えがいがある。むしろ私が教えられることもあるくらいだ。

 

 ――うん、頑張ろう。頑張って、一つでも多くのことを一夏君に教えて、少しでも一夏君を強くしよう。

 

 ――私が、ここに居られる内に。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「…………う゛あ゛ー…………」

「だ、大丈夫、織斑君? なんだか最近、疲れてるみたいだけど……」

「んあ……へーきへーき……もーまんたいー……」

「とてもそうは見えないよ……」

 

 隣の席の女子が心配そうに聞いてきたので俺が元気なことをアピールするが、なんだか逆効果だったみたいだ。余計に心配そうな顔になったので、余計なことをせずに机に突っ伏すことにした。

 

 

 

 ……あー、だりぃ。ねみー……。

 

 

 

 ………………………………。

 

「――いつまで寝てるつもりだ、馬鹿者」

 バキョッ!!

「ぎゃあすっ!?」

 

 か、角がっ。角が脳天にっ!!

 

「チャイムはとっくに鳴っているぞ、織斑。睡眠学習でもするつもりか? だとしたら、貴様の脳は既に手遅れなほどに腐り果てているぞ」

「ち、千冬姉……」

「織斑先生と呼べ」

 ベキョッ!!

「ひぎぃっ!?」

 

 ま、また角が、おんなじところにぃっ!!

 

「目は覚めたか? まだ寝ぼけているようなら、いくらでも気合いを注入してやるが?」

「いえ、もう十分です!」

 

 これ以上気合いを注入されたら破裂(かんぼつ)する、冗談抜きに。

 

「さて、馬鹿も起きたことだし、授業を始めるぞ」

「……はい」

 

 教科書とノートを開き、お勉強の準備。実技は楯無さんが教えてくれるが、学科はちゃんと授業に集中しなければ。

 

「今日はPICのマニュアル制御についてだ。普段PICはオートになっているが、この状態では一定以上の機能は発揮出来ない。安定しているが、特化はしていない。状況によってはPICをマニュアルにし、機体や慣性の制御も自分で行うことで、通常とはまるで違う機動を可能とする」

 

 ……それ、楯無さんにも言われた気がする。例の特訓で赤いターゲットの隙間を縫うように飛ぶ時、オートだとどうしても引っ掛かることがあるのだ。

 そんな時はPICをマニュアルにするといい、ということなんだが――

 

「だが言うまでもなく、これは高等技術の一つだ。ただでさえ同時にやることの多いISの操縦に、さらにやることが増えるのだからな。それも機体と慣性の制御という、普段は機械任せにしていることが、だ。……当然、容易いことではない」

 

 そう、これは本当に難しい。PICをマニュアルにすると、機体の流れること流れること。瞬時加速一回で、アリーナの端から端までぶっ飛んだこともある。

 ……その間にある赤いターゲットにも吹っ飛ばされて、ピンボールのようにアリーナをビュンビュンしたりもした。俺、もうジェットコースターに乗っても絶対スリルを味わえないだろうな。まあ今更だけど。今更すぎるけど。

 

「だがこのマニュアル制御をある程度でも身に付ければ、戦術の幅は一気に広がる。極めれば、機動において並ぶ者などいなくなる。……まあそれは、極めた者などいないという意味でもあるがな。私も含めて」

「「「「「……っ!」」」」」

 

 千冬姉の言葉に、教室にいる全員が息を飲む。

 

 ――世界最強の千冬姉ですら、極めていない技術。

 

 それだけ、難しい技術。

 

 それだけ――挑む価値のある技術。

 

「…………」

 

 知らず、拳を握り締めていた。

 

 千冬姉が、あの千冬姉が、極めていない。

 

 それは、つまり――

 

(超える余地がある……てことか? 俺が、千冬姉を――)

 

 ――ドクン。

 

 心臓が、一つ大きく鼓動した。

 

 今やってる特訓は、俺の夢、その一つに――

 

「精進しろよ、ガキども。お前たちには想像もつかないだろうが――この世に、果てなんてものはないのだからな」

 

 ……いいぜ、やってやる。へばってる場合じゃない、目指す背中はまだ遥か遠く、豆粒みたいに見えるほどだ。

 

 だから、走らないと。

 

 だから、飛ばないと。

 

 だから――強くならないと。

 

「……ははっ」

 

 体に満ちる気合いが、笑い声となって漏れる。ああくそ、早く放課後にならねえかな、訓練したくてたまらな「授業中に笑うとは良い度胸だな」グチャアッ!!

「ひでぶ!」

 ついに割れたああああっ!?

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「真改ちゃん、ちょっと」

「……?」

 

 アリーナへ向かう途中、楯無会長に声を掛けられた。

 ……なんだ。己は一夏の訓練に合流しようと思っていたんだが。あんな話を聞いてしまっては、体が疼いて仕方ない。邪魔をしないでもらえないか。

 

「やる気に満ち溢れているって感じね。丁度いいわ、実はあなたにも特別メニューを組んで来たところなの」

「……!」

 

 おお、それは……!

 ありがたい、剣に関しては「彼女」というこの上ない手本がいるが、ISに関してはそうもいかない。一夏に教えている手腕を考えれば、楯無会長の教えに間違いはあるまい。

 

「考えてみれば、真改ちゃんにも借りがあるじゃない? それを返さないと、更識の名が廃れてしまうわ」

「…………」

 

 ふむ、騒ぐのが好きな困った人かと思っていたが、しっかりとした一面もあるのだな。誤解していた、非礼を詫びよう、更識楯無。

 

「とりあえず準備があるから、こっちに来てもらえる?」

「……応……」

 

 楯無会長に連れられて、生徒会室へと行く。促され、年甲斐もなくウキウキしながらその扉を開けると――

 

 

 

 

 

 

「――いらっしゃい、井上さん。それじゃあ始めましょうか――メイドの作法の、特訓を」

 

 

 

 

 

 

 ………………………………罠だった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「うん、寸法はピッタリね。さすが井上さんの妹さん、見事な腕だわ」

「……………………」

 

 小夜特製の、やけに気合いの入ったフリルだらけのメイド服に袖を通した己は、虚先輩に布仏流奉仕術を教え込まれていた。

 

 ……なんということだろう。

 

「井上さん、あなたは身のこなしには問題ないわ。私よりもよほど洗練されているくらい。けれどその無表情は減点よ、常に淑やかな微笑みをたたえて、仕える相手に安らぎを与えないと」

「……無理……」

「諦めてはそこで終わりよ。出来ないことを出来るようにするための練習なんだから」

「……不向き……」

「井上さん、それは言い訳の中では最低の部類よ。やりもしないうちから、自分の適性を決めてはダメ。才能なんて、案外自分では分からないものなんだから」

「…………」

 

 正論だった。己の必死の抗弁がいとも容易くねじ伏せられた。

 

「それじゃあ笑顔の練習を始めましょう。さあ、笑って」

「…………」

「……いきなり言っても難しいかしら。まずは顔の筋肉のマッサージからにしましょうか」

「……っ!?」

 

 言うなり、虚先輩が己の顔に手を伸ばして来た。好意で(飽くまでも虚先輩は、である)やってくれているものを振り払うわけにもいかずその手を受け入れると、そのまま頬や顎、首を揉み始めた。

 

 ……数分経過。

 

「やっぱり、表情筋が大分固いわね。筋肉自体は鍛えられているみたいだから、ストレッチをして柔らかくすればすぐに素敵な笑顔ができるようになるわ」

「…………」

 

 ……確かに、顔が少し軽くなったような気がする。それがなんの役に立つのかと言いたいところだが。

 

「ちょっと失礼するわよ」

「……?」

 

 口角を押し上げられ、口だけ笑顔の形にさせられる。そして、その状態のまま――

 

「このまま、い、と言ってみて」

「……い……」

「もう一回」

「……い……」

「もっとハッキリと」

「い」

「次は、いち、にい、いち、にい、と」

「いち、にい、いち、にい」

「うん、その調子。もう一回言ってみましょうか」

「いち、にい、いち、にい」

 

 ……何故だ。どういうわけかこの人からは逆らい難い雰囲気を感じる。特に威圧感があったりはしないのだが……。

 

「笑顔の基本は口よ。顔の筋肉は連動しているから、口が上手く笑顔を作れるようになれば、目元や眉でも笑えるようになるわ」

「…………」

 

 別に笑えるようになれなくてもいい。己は楯無会長に騙されてここに来ただけで、自分の意志ではない。

 

 ……その楯無会長は、さっさと一夏の訓練を見に行ってしまった。おのれ。

 

「井上さん、あなたが笑うのが苦手だということは聞いているわ。けれど学園祭はクラスみんなの協力がなければ成功しない。だからこの練習が必要なの。……本音はこの学園祭を楽しみにしてるから、成功させてあげたいの。手伝ってもらえないかしら」

「…………」

 

 そう言われてしまうと、強く断れない。まあ本当に笑顔を披露することになったとしても、学園祭の一日の間だけだ、我慢しよう。

 

「分かってもらえたみたいで嬉しいわ。ありがとう、井上さん」

「……本音には、借りがある……」

「……ふふっ。ありがとう」

「…………」

 

 嬉しそうな笑顔からは、妹を大切に思う気持ちが伝わって来る。

 

 ……やるしかない、か。

 

「それじゃあ続けましょう。次は発声練習よ」

「…………」

「まずはさっきの笑顔を作って」

「…………」

 

 ……やってはみたが、頬が痛い。筋肉痛になりそうだ……。

 

「……まだ少し固いわね。これからも時間を見つけて、練習するようにしてね」

「…………」

「とにかく、今は発声練習をしましょう。ではまず、

 

 ――お帰りなさいませ、お嬢様」

「………………………………」

 

 ………………最初から難易度が高過ぎないか………………?

 

「ほら、言ってみて。

 

 ――お帰りなさいませ、お嬢様」

「…………お帰りなさいませ…………」

「お嬢様」

「…………お嬢様…………」

「はい、もう一回」

「………………………………」

 

 ……誰か助けてくれ。

 

「ほら、井上さん」

「……お帰りなさいませ、お嬢様……」

「もっとハッキリと」

「……お帰りなさいませ、お嬢様……」

「もっと明るくっ」

「……お帰りなさいませ、お嬢様」

「笑顔を忘れずにっ!」

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「さあ、もう一回! お淑やかかつ爽やかにっ!」

「……すぅ」

 ガチャリ。

「入りま~す。うぇ~い」

「お帰りなさいませっ、おじょ……さ…………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「「………………………………」」

「……あらあら」

 

 ………………………………なんということだ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「や~ん、可愛かったな~、いのっち~」

「ああっ、わたくしも見たかったですわ……!!」

「メイド服のシンにお出迎えしてもらったなんて、羨ましいなー、本音」

「なんであたしを呼ばなかったのよっ!」

「写真は撮ってないのか!?」

「いや、音声付きの動画は!?」

「ないよ~。私の独り占めだもんね~」

「「「「「むむむうううぅぅ……!」」」」」

「………………」

 

 ……さて。こいつら全員の首を切るか、己の腹を切るか、悩むところだ。

 

 あの後、歓声をあげながら逃げる本音を追おうとしたのだが、人の気配がしたので慌てて生徒会室に逃げ帰り、本音を取り逃がした。

 全速力で着替えて後を追ったが……間に合わなかった。

 

 ……なんということだ。おのれ更識楯無、ここまで計算の内か。戦闘力だけでなく知恵も回るとは、油断ならない奴。愉快犯な分、どこぞの謀略家よりもよほど質が悪い。

 

 とりあえず、いつもの面子に言いふらした本音に制裁を加えた後、陰鬱極まる思いを抱えて食堂に向かった。そこでニヤニヤしながら待ち受けるこの馬鹿どもを見つけた時の己の気持ちは推して知るべし。

 

 ……今ならば、引き篭もりの気持ちが分かるかもしれん。

 

「ねえシン、今日はメイドの練習をしたんでしょ? じゃあ次は執事?」

「……しない……」

「真改らしくない、学園祭まであまり日はないぞ。一日も無駄には出来ない筈だ」

「うむ、しっかりと訓練を積まねばな」

「…………」

 

 好き勝手言うな、叩き斬るぞ。

 

「ふふふ、まさか真改さんが、ここまでやる気になってくれるとは思いませんでしたわ」

「……なってない……」

「照れなくていいのよ、実はアンタもメイド服着たかったんでしょ?」

「……阿呆……」

 

 ふざけるな、いい加減本当に斬るぞ貴様ら。

 

「ところで本音、小夜から送られてきたメイド服はどんな感じだ?」

「ん~。これで~す、じゃじゃ~ん」

「……!?」

 

 持って来たのか!? ていうか今どこから出した!?

 

「おお、これが……!」

「むむ、オーソドックスながらも凝ったデザイン、やりますわね……!」

「か、可愛い……僕も着たいなあ」

「……く……」

 

 本音が取り出したメイド服に皆釘付けになる。

 ロングの黒いワンピースに、白いエプロン。所々にリボンやフリルがあしらわれ、仕事の丁寧さが伺える。

 

 ……おのれ小夜、要らぬことを。

 

「ねえシン、ちょっと着てみてよ」

「……断る……」

「ケチくさいことを言うな、マスター。減るものでもあるまい」

「そーだそーだ!」

「ゆ~、着ちゃいなよ~」

「……断る……」

「……ふう、仕方ありませんわね」

「剥いて、着せるか」

「シン、覚悟ぉ!」

「…………」

 

 さて、得物はなにかないか。む、こんなところにケーキ用の銀のナイフが。少々心許ないが、なに、六人解体する程度なら問題あるまい。

 

「な、ちょっと待て、流石に刃物はやめろっ!」

「じょ、冗談! 冗談だから!」

「おおおおお落ち着いてください!」

「………………」

 

 これだけ筋金入りの馬鹿どもだ、一度死んだくらいでは治るまい。

 そうだな、とりあえず、三度くらいで様子を見るか――

 

「「「「「「ひ……ひいいいいぃぃぃっ!!?」」」」」」

 

 

 




悩みましたよ。ええ、悩みましたとも。



メイド真改は無表情か微笑みかをっ……!!

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