というお声がありましたので、ちょっくら追記します。
コジマ粒子
なんかよくわからん物質。
有澤重工
浪漫。
アクアビット
ヘンタぁぁぁぁいッ! 説明不要ッッッ!
こんなところか。
私は説明苦手なんですが、今回は我ながら分かりやすくまとめられたと思います。これもAC愛のなせる技ですね。
IS学園。普段はよほどの用件があるか、もしくは限られた極一部の人間しか立ち入ることのできない、学園であると同時に研究所であり、要塞でもある場所。
そのIS学園の正門に、よほどの用件もなければ限られた極一部の人間でもない、いたって普通の少年と少女がいた。
「ふっ。ついに来たか、この時が……!」
「何カッコつけてんの? お兄」
織斑一夏、井上真改、凰鈴音の友人である、五反田弾と五反田蘭である。
蘭はIS学園の広大さと各施設に使われている技術の高さに感動し、弾は女生徒の多さとその質の高さに感涙していた。
「なんと素晴らしき眺めか。まさに絶景よ。心が洗われるようだ」
「これ以上その調子でいるつもりなら、他人のフリするからね」
同じ赤毛にお揃いのバンダナ、男女の違いこそあれどことなく似ている顔立ち。誰が見ても一目で兄妹とわかる二人の仲むつまじい様子に、周囲の人々が微笑ましいものを見るかのような視線を送る。その人々も、どこにでもいそうな至って普通の一般人がほとんどである。
――今日は、年に一度の学園祭。
ISと全く関係のない部外者がIS学園を訪れる、数少ない機会の一つである。
「さーて、行こうぜ。ヒャッホゥウウウッ!!」
「あ、ちょ、待ってよお兄!」
歓声を上げながら突入する弾を、蘭が慌てて追いかける。
――そこに、声をかける一人の女生徒がいた。
「あなたたち、誰かの招待? 一応チケットを確認させてもらえるかしら」
落ち着いたデザインの眼鏡に丁寧に三つ編みにされた髪、服装には僅かな乱れもない。学園祭における様々な資料だろう、手には分厚いファイルを抱えている。
いかにも生真面目で仕事ができそうな、大人びた雰囲気の少女。弾と蘭は知らないが、IS学園生徒会会計、布仏虚である。
「うお!? なんだこの人、めっちゃカワイイ! いやなんか年上っぽいし、キレイと言った方が……いややっぱカワイイっ!!」
(あ、はい、チケットですね。ちょっと待ってください、たしかこの辺に……)
「……お兄、逆になってるよ」
「ぎゃあああ!? いきなりやっちまったあああ!?」
「…………」
突然の事態に混乱する弾。そんな馬鹿丸出しの兄に蘭は呆れた視線を送り、虚はノーリアクションでチケットが出てくるのを待った。
「あ、ありました、これです!」
「では、拝見させてもらいます。……あら、差出人は織斑君? それにあなたは凰さんね」
「い、一夏さんを知ってるんですか!?」
「ええ。この学園で、彼を知らない人はいないわよ。……はい、確認できました。お時間を取らせて申し訳ありませんでした、ごゆっくりお楽しみください」
事務的な挨拶をして、虚が去っていく。その颯爽とした後ろ姿を、蘭は憧れにも似た尊敬の眼差しで、弾は絶望にも似た沈みきった瞳で見送った。
「……なんてこった、第一印象最悪じゃねえか……」
「まあ、ある意味ロケットスタートなんじゃない?」
トボトボと歩き出す弾をおざなりに慰める蘭。兄妹は割といつも通りの遣り取りをしながら、校舎へと向かって行った。
一方、虚は。
(か、カワイイ……? 私が? 楯無お嬢様や簪お嬢様、本音がそう言われるのは良くあるけど……わ、私が……カワイイ……)
気を抜けばすぐにでも顔が真っ赤になりそうなのを必死にこらえながら、表面上は冷静そのものな様子で、手にしたファイルのページをしきりに捲っていた。
その内容は、全く頭に入っていなかったが。
(……あ……)
そして、自らの失敗に気付いた。
――チケットに書かれていた、一夏に招待された少年の名前を、確認し忘れたのだった。
――――――――――
学園祭は大いに盛り上がっていた。
招待できるのは生徒一人につき一人だけだが、生徒が招待した者以外にも、IS関連の企業の人間や政府、または軍関係者も学園を訪れており、来客はそれなりの人数になっているからだ。
各クラスごとの出し物は主に教室を使うため、クラス全員が同時に活動することはできず、二班、若しくは三班に別れ、休み中の生徒たちが他のクラスの出し物に繰り出していることも要因の一つである。お祭り騒ぎが大好きなIS学園の生徒たちが、学園祭ではっちゃけないわけがない。学園の各所で騒ぎまくり暴れまくりハメを外しまくっていた。
――中でも混沌としているのは、一年一組である。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
執事服を身に着けた少年、織斑一夏が、直角に曲げた右腕を胸の前に添えて、恭しく頭を垂れる。その様子に、一時間並んだ末に入店した少女が歓声を上げた。
「きゃああああっ! 執事、執事よ!」
「握手してください!」
「それじゃ満足できないわ! さあ、跪いて足を舐m「お嬢様、当店ではそのようなサービスはしておりません」」
早速暴走しだした女生徒の首に、メイド服姿の箒が手刀を叩き込んで気絶させる。一名様お帰りです。
「……俺もう逃げたい」
「駄目だ。そんなことをすれば暴動が起きる」
心底嫌そうな顔の一夏の言葉を、不機嫌極まる声で一刀両断する箒。
想い人が見世物にされキャーキャー言われてオマケに名前も知らない女の子たちにご奉仕する姿は箒にとって不快以外の何物でもないが、しかし今一夏がいなくなれば本当に暴動が起きかねない。なにせ教室の外にできている二時間待ちの行列、その約七割は一夏執事バージョンが目当てなのだから。
そして、残りの三割は――
「……お帰りなさいませ、お嬢様」
「…………ふう。」
ぱたりこ。
「また一人倒れたわよ!」
「医療班を呼んで!」
「ああもう、この忙しい時にっ!」
「………………」
一夏と同じ執事服に身を包み、長い黒髪をうなじの辺りでリボンで纏めた井上真改が目当てのコアなファンたちである。
「……大人気ですわね、真改さん」
「まさかここまで似合うとは想定外だった……」
「ファンの数は一夏より少ないけど、一人一人の思い入れが半端じゃないね……」
「……解せぬ……」
ほとんどの客は一夏か真改が目当てであり、二人が忙しく手が回らない時に他の者が接客するという、色々と間違った構図が出来上がっていた。しかもこの二人、ただ注文の品を運ぶだけでなく、客が望むのならゲーム(主にトランプ。王様ゲームやポッキーゲームは危険なのでやってない)の相手もしなければならない。
そんなわけで二人は、学園祭が始まってから一度も裏に引っ込めず、そろそろ正午になろうというのに水分補給すら出来ていなかった。
「……働くのって、大変なんだな……」
「……過酷……」
肉体的にはまだまだ余裕があるが、精神は既に疲れきっていた。
「井上さん、ご指名よ! 五番テーブルへ! 織斑君は四番ね!」
「……応……」
「……りょーかい」
そしてまた、指名を受けた二人がテーブルへ向かう。
――ところで真改は、サポートとして布仏本音が常についていた。片腕しかない真改は、トレイを持ちながらその上に載せた品をテーブルに並べる、ということが出来ないからだ。そして颯爽と歩く真改にトコトコとついて行く本音の姿は、多くの客の頬を緩めさせていた。
――指名を受けた真改が、メイド服姿の本音を連れてテーブルへ向かう。
「……お帰りなさいませ、お嬢様」
「お帰りなさいませ~♪」
見てるとどうにも不安になる手つきでトレイを持つ本音を控えさせ、真改が礼をする。虚との特訓のおかげか、ほんの僅かに微笑みを浮かべる頬は、ギリギリ痙攣していなかった。
「ああっ、井上さん、カッコいい……!」
「すごく似合ってるわよ!」
「……どうぞ……」
興奮するお客様のテンションにはついて行けないので、さっさと仕事を済ませようとする真改。最初の微笑みとは正反対のつれない態度が、さらに客を興奮させる。
そんな客たちの反応を努めて無視し、本音が持つトレイからソーサーを受け取り、テーブルに置く。その飾らない、しかし洗練された動作に魅了された少女たちが、ほぅと溜め息をついた。
「…………」
その熱っぽい視線を全方位から浴びせられている真改は、教室の窓をぶち破って逃走することを割と本気で考えた。出入り口には順番待ちの少女たちがひしめいていて、そこから脱出しようとすれば血の雨を降らせることになるからだ。
――そんな時。
ドン。
「あ!?」
「お~!?」
客の少女が一人、本音とぶつかった。本音はどうにか持ちこたえ、トレイの上のカップから中身がこぼれることもなかったが、客の少女はそうはいかなかった。外部から来た招待客であるその少女は訓練など一切受けておらず、スポーツすらほとんど経験がなかったため、咄嗟に対応出来なかったのである。
ぐらり、と大きく体勢を崩し、テーブルへと倒れていく少女。テーブルの上には熱い紅茶やコーヒーの入ったカップ、ケーキを切り分けるための小さなナイフなどが置いてある。
――怪我をする可能性は、十分にあった。
「危ないっ!」
「きゃあああ!」
周囲の悲鳴を聞きながら、少女は、このまま転ぶと痛そうだな、と場違いなほど呑気に思い、反射的に目をつむった。
だが、覚悟した衝撃も痛みも、いつまで経ってもやって来なくて。
代わりに、ふわりと優しく、何かに包み込まれた。
「……へ?」
不思議に思って、少女が目を開く。
すると吐息がかかりそうなほどすぐ近くに、黒曜石のように輝く瞳があった。
その瞳の持ち主は、少女の腰に腕を回して、少女が倒れないよう支えていて。
目を開けてもいまだ呆然としている少女の顔を覗き込みながら、無表情に、それでいてどことなく心配そうに訊ねた。
「……無事……?」『副音声:お怪我はございませんか、お嬢様』
「「「「「………………はぅ。」」」」」
ぱたぱたぱたぱたぱたりこ。
「今度は五人倒れたわよ!」
「しかも一人セシリアじゃん!」
「ああもう、役に立たないわねコイツ!」
「………………解せぬ………………」
こうして、倒れた者の介抱のために人手が減り、さらに忙しくなるのだった。
――――――――――
ようやく与えられた休憩時間。といっても食事と着替えをすれば終わってしまいそうな、最低限の時間だ。この僅かな時間で、己は午後の部に備えなければならない。
午後三時からは己は自由時間となっているが、それまではずっとここで仕事だ。
(……やれやれ……)
執事服を脱ぎ、メイド服に着替える。髪を纏めていたリボンを解き、姿見で服装に乱れがないかを確認。
……駄目だ。鏡に映る自分の姿を見ていたら、叩き割りたくなってきた。
だが、そんな装飾過多なこのメイド服だが、意外にも動きやすい。一体どのような細工が施してあるのか、外見だけでなく機能性も両立しているのだ。
……素人の仕事とは思えん。小夜め、我が義妹ながら恐るべし。
(……さて……)
着替えが終われば、表に出なくてはならない。今は昼時、その半ばに差し掛かったところ。忙しい時間はもうしばらく続くだろう。いつまでも一夏に任せきって、倒れられたらかなわない。
不本意ながら――本当に不本意ながら、虚先輩の特訓のおかげか、今のところ顔が怖いなどの苦情は入っていない。この調子で続けられれば、なんとか乗り切れるだろう。
――己のシフト終了、三時まで残り二時間半。それまでの辛抱だ。
「……すぅ」
深呼吸を一つ。顔を揉み、表情筋を解す。
――問題ない、かつて己が潜って来た修羅場に比べれば、この程度は子供の遊びだ。
集中しろ。余計なことを考えず、自身の能力、その全てをただ一点に収束させろ。
想起するのは一振りの刀。玉鋼を練り上げ打ち上げ研ぎ上げ、切断以外の一切の機能を排除した、究極にして至高の凶器、極論にして暴論の産物。
己は今しばらくの間、その在り様を模せばいい。
(……井上真改……)
――そう、己はメイドだ。この身は主人への奉仕、ただそのためだけに在る――!
「井上さーん、出番ですよー! 出撃ー!」
(……いざ、参る……!)
――――――――――
「「「いらっしゃいませ、ご主人様♪」」」
「……こ……ここが桃源郷か……!」
「お兄……いい加減にしてよね」
あちこちのテーブルに呼ばれてんてこ舞いになっていると、聞き慣れた声が聞こえた。そちらに目を向けると、そこに居たのは弾と蘭だった。
「おお、弾。来たか。それに蘭も」
「一夏てめえざっけんなこんな夢と希望と幸福が溢れまくってるところを独り占めかよコノヤロウ今日は呼んでくれてありがとう心の友よっ!!!」
「すげえテンションだなお前……」
「ちょ、お兄やめてよ恥ずかしい!」
「蘭も久しぶり。ようこそ、IS学園へ」
「あ、はい! 今日は呼んでいただいてありがとうございます!」
「いや、蘭に招待状送ったのは鈴なんだけどな……」
IS学園へ来れたことがよほど嬉しかったのか、蘭はすごく楽しそうだ。うん、呼んだのは俺じゃないけど、喜んでもらえたのなら俺も嬉しい。
「いやー、すげえなIS学園は! こんなレベルの高い子が揃ってる学校なんて他にないぜ!」
「そりゃ倍率一万倍以上の超難関校だからな。合格するのはエリートばっかだよ」
「……相変わらずだな、お前。病気なんじゃないのか?」
「失敬な。何を突然」
うん、本当に失敬だ。俺は毎日体に気を遣う、健康優良日本男児だというのに。
「まあいいや。それよりさ、お前シンと同じクラスなんだよな。じゃあやっぱり、シンもメイド服なのか!?」
「いや、シンは執事服……ああ、そういやもう服装チェンジの時間か。次出てくる時はメイド服だな」
「ええ!? 真改さん、執事服も着てたんですか!?」
食い付いて来たのは蘭だった。
……そういえば、蘭はシンに、俺や箒とは違う意味で憧れてたな。なんでも「こんなに格好いい女の人は千冬さんと真改さんしかいません!」とかなんとか。
……まあ、分からんでもないけどな。
「あ、ああ。さっきまでな」
「そ、そんな……ああもう、お兄のせいだよ! あっちこっちにフラフラしてるから間に合わなかったじゃない!」
「いや、あの行列じゃあどっちにしろ無理だったんじゃあ……」
「最長で二時間待ちだったからな……どこの夢の国だっての」
しかしそれだけの行列、よく並ぶよなあ、みんな。そんなにご奉仕喫茶に興味があるのか?
「まあとにかく、それじゃあご指名といこうか! 井上真改さんお願いしまーす!」
「はい指名一丁入りましたー! 井上さーん、出番ですよー! 出撃ー!」
威勢のいい呼び出しに応じて、控え室からシンが現れる。
こちらを見て、弾の姿を見た瞬間――一瞬だけ、頬がヒクリと痙攣した。
そのまま仏頂面で近付いて来て、スカートの端を片方だけ持ち上げ、お辞儀をし――
「……お……お呼びでしょうか……ご……ご主人様……」
――滅茶苦茶嫌そうだった。もはや頬も盛大に引きつりまくってるし。
「ぐっはあああぁぁぁあぁぁあああっ!!!!?」
突然断末魔の悲鳴を上げ、弾が倒れ伏す。
と思ったら一瞬で起き上がり、シンに詰め寄った。
「おいシンてめえ長身スレンダークールビューティおれっ娘メイドとかどんだけの属性を詰め込むつもりだコノヤロウ結婚してくださ「「「「「「シネ」」」」」」ぎぃぃいやあああああぁぁぁっ!!!!?」
なんかとんでもないことをシャウトしようとした瞬間、真友会のメンバーたちにより、その言葉を息の根ごと止められた。
……訂正、息の根は止まってない。まだ。多分。
「ナンダコノオトコハ……」
「イキナリナニヲイッテルンダロウネ……」
「バンシニアタイシマスワ……」
「キル……」
「ゴ~ウトゥ~ヘ~ル……」
だがそれも時間の問題だろう。みんなの背中が語っている。
――お前生きて
「ごめんなさいごめんなさいもういいませんにどといいませんぜったいにいいませんごめんなさいかんにんしてくださいおねがいです」
そのあまりに強烈で禍々しいオーラを前に、弾は男らしく土下座した。
それを冷たく見下ろしながら、ラウラが訊ねる。
「何者だ、貴様」
「はい。わたくしめは五反田弾と申します」
それを怖い笑顔で見下ろしながら、シャルが訊ねる。
「五反田君。シンとはどういう関係なの?」
「はい。井上さんとは中学校で同じクラスでした」
それを前髪を掻き上げつつ見下ろしながら、セシリアが訊ねる。
「あなた、自分が真改さんに釣り合うと思ってらっしゃるの?」
「いえ。そのような恐れ多いことは、決して」
それをどこからか取り出した刀を抜き放ち構えて見下ろしながら、箒が訊ねる。
「身の程を弁えない者がどのような末路を辿るか、理解した上での狼藉か?」
「いえ。あまりにも思慮の足りない、わたくしの浅はかさ故の愚行にございます」
それを全機展開した十六夜と共に見下ろしながら、のほほんさんが訊ねる。
「処刑にします~? 極刑にします~? それとも、し・け・い~?」
「いやそれ全部同じていうかちょ、まっ、ぎゃああああああああ!!!!」
「弾……無茶しやがって……」
「お兄……私、お兄のこと、忘れないよ……」
一名様、お帰りです。指名料は俺にツケといてください。
――――――――――
多くの者が訪れる学園祭には、招かれざる客も多数、潜り込んでいた。
ラウラ・ボーデヴィッヒ率いるドイツ軍最強の特殊部隊、〔シュヴァルツェ・ハーゼ〕の副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉もその一人である。
「なかなかの警備だが……この程度で私の愛を抑えきれるものか」
偽造チケットで潜入したクラリッサは、まずは警備の穴を探ろうとした。だが探るまでもなく明白に、IS学園の警備は穴だらけだった。
と、いうのも――
「ISに関係あるエリアはかなり厳重だな……あそこに忍び込むのは、透明人間にも不可能だろう。だがそれ以外、通常の学園と変わらぬエリアは、警備レベルも通常のそれと大差ない」
そう、監視カメラや巡回する警備員こそ多いが、特殊部隊員の中でも精鋭中の精鋭であるクラリッサにしてみれば、あまりにも温い警備であった。
「まあ、こちらにとっては好都合だが。……ククク。さあ隊長、あなたの心のお姉様、クラリッサ・ハルフォーフが授業参観に来ましたよ……!」
故に、見るからに不審者な笑みを浮かべていても、誰にも見咎められることなく学園内を歩き回り、一年一組の教室を覗けるポイントを探していた。
「直接行けば流石に見つかるからな……そうなれば、まず間違いなく、隊長に追い出されてしまう」
学園内の見取り図は事前に入手してある。クラリッサはそれほど時間をかけることなく、目的に適したポイントを発見した。
「ここだな。ここからなら教室内が全て見渡せ、逆に教室内からは木々が私の姿を隠してくれる。まさに理想的だ」
それは、校舎から少々離れた場所にある、ちょっとした庭のような場所だった。小さな柵に囲まれた奥に花壇があり、その更に奥に数本の木が植えられている。
クラリッサはその木に登り、一年一組の教室から木の幹で体を隠すようにして、太い枝に陣取っていた。
「さて、隊長は……」
肩から下げたケースから、違法改造を施したカメラ、クラリッサスペシャルを取り出す。ズーム機能を使い、教室の中を覗き込んだ。
「……おお! 隊長、なんと愛らしい……!!」
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
連写モードに設定されたカメラがマシンガンの如き速度でシャッターを切る。ラウラが冷たい態度で客にご奉仕する姿、その一挙手一投足まで見逃すまいと、鼻血を噴出しながらレンズを向ける。
「うぇへへへへへ……隊長ぉぉぉ~~……」
完全に怪しい人だった。
「……む? あれが織斑一夏か……」
レンズの向こう、執事服の少年が、せわしなく教室内を走り回っている。その様子を見つめるクラリッサの眼は、軍人の鋭さを宿していた。
「織斑教官の弟……果たして、隊長に相応しい傑物か……」
ここから見る限りでは、極普通の少年である。客である少女たちから騒がれ、時には過剰気味なコミュニケーションを求められても、動じながらもしっかり断り一線を越えない姿は紳士的とも言えなくもない。
だがそれは、クラリッサからすれば必要最低限の要素の一つでしかない。ラウラに対しても同じような態度であることも知っているので、おのれこのガキ隊長の何が不満だと言うのだコノヤロウという気持ちだった。
しかしそれ以上に重要なのは、一夏の実力だ。隊長の嫁たるもの、少なくとも自分よりも強くなければ話にならない――それがクラリッサにとっての大前提だった。
「身のこなしは、それなりに洗練されているが……剣道をしているのだったな。だがISではどれほどだ……?」
ある意味最重要事項であるが、それはここからでは確かめようがない。とりあえずは保留である。
「ふむ、次は……井上真改」
ラウラが相棒と認めた少女。その少女の姿を探し、教室内を見回す。
クラスで一番高い身長。腰まである黒髪。刃のように鋭い目つき。そして欠けた左腕。
見付けるのは、簡単だった。
「……奴か」
一目で慣れていないと分かる、固い笑顔。そもそも接客業に向いていないのだろう、気疲れしているのが感じられる。
だが、それでも一生懸命に働いている姿は大きなプラスだった。
「ふむ……真面目なのだな。信用には値するか……」
だがやはりそれも、クラリッサにとっては必要最低限、大前提の要素に過ぎない。最も重要なのは、ラウラの背中を任せられるか。
つまりは一夏と同じく、実力が十分であるか、だ。
「…………」
カメラのシャッターボタンの隣にある、もう一つのボタンに指をかける。このボタンはクラリッサスペシャルの中でも最大の秘密兵器、30口径ライフル弾の発射ボタンである。
「……さて、どう対処するかな……?」
僅かに開いた窓、その隙間と真改が重なった瞬間、鼻先を掠めるように撃ち込む。頬を撫でる風に、壁に開いた小さな穴に、気付くのにどれだけかかる?
そして気付いた時、どのような反応をする――?
――その後発生する大問題をまるで考慮に入れていない、とんでもない暴挙であった。
「……今だっ――!?」
だがその暴挙は、未然に防がれた。クラリッサが発射ボタンにかけた指に力を込めようとした瞬間、
真改と、目が合ったからだ。
「ば……馬鹿な……!?」
真改は、手にナイフを持っていた。ケーキを切り分けるための、小さな銀のナイフ。それは、本音が持つトレイの上にあった物だが――
「いつ、そのナイフを取った……!?」
その瞬間が、全く見えなかった。気付いたら、ナイフを持ち、構え、クラリッサを睨み付けていたのだ。
ただでさえ鋭い瞳を、更に鋭くさせて。
クラリッサを真っ直ぐに射抜くその瞳が、言っていた。
――撃ってみろ。その弾丸ごと、貴様を斬り捨てる――
「……く。くくく、ははははは……!」
その真改の姿に、クラリッサは楽しそうに、嬉しそうに笑った。その様子に、真改が訝しげに眉をしかめる。
「なるほど、流石は隊長が認めた女! まさか撃つ前に気付くとはな! 合格だ、井上真改。お前は、隊長の相棒足る者だ! ははははは!」
やはり、隊長の目に狂いはなかった。
それをこの上なく明確に証明されて、クラリッサは心から楽しそうに笑う。
そのまま、しばらく笑い続け――
「――おい、そこの不審者」
「ギックゥ!!?」
――見つかってはならない者に、見つかった。
「お、お、お、織斑教官……!?」
「はて、誰だお前は? なぜ私の名を知っている?」
「ク、クラリッサです! シュヴァルツェ・ハーゼのクラリッサ・ハルフォーフです!」
「知らん名だな。お前の顔にも見覚えがない。うむ、全く覚えがないな」
「ひいいいいいぃぃぃ……!!?」
千冬は激怒した。必ず、この超ド級大馬鹿者を除かなければならぬと決意した。
「偽造チケットによる入場。違法改造を施した撮影機器、及び銃器の持ち込み。さらには生徒に対する盗撮行為。
……判決、死刑」
「いや流石にその判決はどうかと思うんですが!!」
「いや。判決は死刑、死刑、死刑だ」
「きょ、教官! お許しくださぎゃああああああああああ!!!!?」
――一名様、退場です。
クラリッサスペシャルはサプレッサー(サイレンサーとの違いがイマイチ分からん。消音機と減音器の違いらしいですが)付きなので銃声ではバレません。弾痕でバレますが。