IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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もしも真改がツイッ○ーをしたら。

真「…………」
カコカコカコカコカコ。
真「…………」
ポチ。



『終止なう』


第59話 学祭(来客編)

 ……ようやく終わったか……。

 

 三時になり、やっと仕事から解放された。

 ……疲れた……なんと過酷な任務か。こんなに疲れたのは……結構あったかもしれん。IS学園(ここ)に来てからは。

 ともかく、ここから先は自由時間である。早く着替えて、待ち合わせ場所に行かねばならない。

 

 ――あの人を、一人で待たせるわけにはいかんからな。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 学園祭も午後の部に突入し、しばらくして。

 IS学園の正門に、一人の青年の姿があった。

 

「へえ、ここがIS学園か。……すごいなあ、まるで未来にタイムスリップしたみたいな気分だ」

 

 スラリと高い身長。なにかスポーツでもしているのか、仕立てのいいスーツに包まれた体躯は引き締まっている。年不相応に落ち着いた柔和な微笑みに、年不相応に輝く、少年のような瞳。それらを併せ持つ顔は整っていて、街を歩けば多くの女性の目を惹くことだろう。

 

 ――青年の名は、如月皐月。夏休みに行われた、真改のお見合いの相手である。

 

「井上さんには悪いことをしてしまったかな。僕なんかよりも、他に呼びたい人がいただろうに」

 

 この如月皐月、容姿端麗、頭脳明晰、品行方正、高身長高学歴高収入というチートクラスの優良物件なのだが、驚くべきことに異性とお付き合いした経験が皆無であった。

 

 それと言うのも――

 

「井上さんの性格を考えれば、義理立てして僕を呼ぶのは当然だよね……そんな約束もしちゃったし……失敗したなあ、まさかこんな貴重な機会を使わせてしまうだなんて」

 

 皐月は基本的に、自己評価が低めであった。年の離れた従兄弟である如月重工社長があまりにもハイスペック(人格はともかくとして)であり、その姿を見て育った彼は、どうしても自分の能力に自信が持てないのである。

 もっとも、彼が昔「兄さんみたいになりたい」と言った際には、それを聞いた全員が「血迷ったか」旨のリアクション後に全力で説得にあたったのだが。

 

 ともかく、そのような経緯から一夏にも匹敵するほどの朴念仁、スペックが高過ぎて高嶺の花状態、生来の奥手っぷり、その他複数の奇跡により、皐月は年齢イコール彼女いない歴な青年なのであった。

 故に今回真改から学園祭に招待されたことも、真改に気を遣わせてしまった、という風にしか考えていなかった。

 

「うーん……けど井上さんも、IS学園での学園祭は初めてのはず……。うん、ここはせめて、僕を呼んだことを後悔しない程度には楽しんでもらえるように頑張ろう」

 

 さて、自己評価は低くとも決して卑屈ではない彼は、自分の足りないところを補う努力を何より大事にする青年であった。気を遣わせてしまったのなら、その埋め合わせは早急に行わなければならないというのを信条にもしていた。

 故に皐月は、正門近くで配布していたパンフレットを熟読し、どうすれば学園祭を楽しむことができるかというプランを組み立てつつ真改を待つことにした。

 

 ――さて。

 

 男女を問わず、見目麗しい者が書物を読みながらたたずむ姿は絵になるものだ。

 そしてそんな皐月を、IS学園に大量に生息する、恋に恋する十代乙女たちが見逃す筈がなかった。

 

「あ、あの!」

「うん?」

 

 突然声をかけられて、皐月が振り返る。するとそこには、顔を真っ赤にした少女が三人。ちなみに当然、皐月はその少女たちに見覚えはない。

 

「ええっと……どちら様かな?」

「わ、私たち、学園祭の実行委員の者なんですが!」

「外からのお客様ですよね!?」

「チケットを拝見させていただきます!」

「……ええっと」

 

 端から見れば実行委員の立場を利用して皐月の名前を確認しようという魂胆が透けて見えるが、社会人にあるまじきピュアさを誇る皐月は気付かない。少女たちの勢いに、もしかして僕って不審者なんだろうか、と見当違いにもほどがある不安を感じながらチケットを取り出した。

 

「はい、どうぞ」

「は、はい! それでは……!」

「ええと……如月皐月さん! 素敵なお名前ですね!」

「招待したのは……ええ!? い、井上さん……!?」

「うん? 井上さんを知っているのかい?」

 

 疑問符を浮かべる皐月と、戦慄する少女たち。

 

「え? この人、井上さんとどういう関係?」

「まままままさか、か、か、か、彼氏……!?」

「……ん!? 如月って、もしかして……!?」

 

 そこで、皐月の名字、それがなにを意味するのかに気付く。

 

 ――そう、「如月」とはIS学園において、「変態」をあらわす名であった。

 

「どういうことなんだろう……」

「この人も変態さんなのかな……?」

「こんなに格好いいのに……」

「?」

 

 ひそひそと話す少女たちに、再び疑問符を浮かべる皐月。

 

 外見は申し分ない。だが万が一にでも、中身があの社長と同類であった場合、それはもうとんでもねーことになる。

 

「「「……どうしよう……」」」

「???」

 

 貪欲なる恋の狩人、IS学園女子たちをも怯ませる如月の名の意味を知らない皐月は、相変わらず何が起きているのか分かっていない。

 

 ――そんな時。

 

「あ、井上さん」

「「「!?」」」

 

 校舎の方へ視線を移した皐月に反応し、少女たちが振り返る。

 するとそこには、残念なことに制服に着替えてしまった真改が歩いて来ていた。真改は皐月を見つけると、その周りの少女たちを努めて無視しながら近づいて来る。

 

「やあ、井上さん。お久しぶり。今日は招待してくれてありがとう」

「……いえ……」

 

 皐月の挨拶に簡単な返事だけして、群がる少女たち(ちなみに真改も、この少女たちには見覚えがない)を睨み付けた。

 

 ……が。

 

「「「ちょっとこっちに!」」」

「……!?」

 

 ヤの付く仕事の人さえビビらせる真改の眼力が、一切通用しない。そのことに驚いている隙に、少女たちは真改の腕をとってズルズルと引き摺って行く。

 

「ちょ、ちょっとちょっと井上さん!」

「誰あの人!? いや名前はさっき教えてもらったんだけど!」

「つまり何が訊きたいのかっていうと井上さんあの人とどういう関係!?」

「…………」

 

 まあこうなるだろうことはだいたい予想していたが、しかしここまでとは予想を超えていた。瞬く間に包囲され、尋問が開始される。

 

「ねえねえねえ、どういうことなの……!?」

「井上さん、織斑君という人がいながら……!」

「ていうかあの人如月って、もしかしてあの社長さんとなにか関係あるの!?」

「…………」

 

 皐月は真改のお見合い相手で一夏とはそういう関係ではなく皐月は如月社長の従兄弟なのだが、それを全て説明するには真改の口数は足りなすぎる。

 

 さて、どう乗り切るべきか。

 と、考えていると。

 

「僕はその社長の従兄弟だよ。その関係で、井上さんとは一度会ったことがあって」

「そ、そうなんですか……」

 

 その言葉に一先ず安堵する少女たち。一度会っただけならそれほど親密な仲でもないだろうし、如月社長の親族と言っても従兄弟なら、あそこまで強烈な変態ではないはず――そんな失礼な考えをしている少女たちの隙を突いて包囲を脱出した真改は、状況を理解していない皐月の手を取り素早く離脱を図る。

 

「うわっと、い、井上さんっ?」

「……危険……」

「へ? どういうこと?」

「…………」

 

 そう、恋愛に飢えている(男に、ではない。ここ重要)IS学園女子にとって、見るからに純朴そうな皐月は狙われる危険が極めて高い。その辺も含めて待ち合わせ場所を正門に設定したうえで早めに来たのだが、皐月もまた早めに来てしまったためにその作戦は失敗に終わったのだった。

 

 そのせいで、このような強行手段をとらねばならず。

 

 そして、それは当然、諸刃の剣であった。

 

「な、あれは井上さん……!?」

「誰あのイケメンっ!?」

「手っ、手え繋いでるっ!!」

「おのれ、私の井上さんにっ……!!」

 

 そう、こうしてまた騒がれる要因となってしまうからだ。

 

 一部の危ない発言を出来る限り耳に入れないようにしながら、真改はさっさと校舎へと向かうのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 一方そのころ、一夏は。

 

「よ……ようやく休み時間か……」

 

 ご奉仕喫茶の忙しさもピークを過ぎ、一夏に食事休憩以来、初めての休憩が与えられた。しかしその時間は、たったの一時間。学園祭全てをまわりきることは不可能。だがご奉仕喫茶における一夏の重要性を考えれば仕方のないことではある。

 

「さて、どうすっかな。休憩時間っていわれても、特に行きたいところもないし、蘭は弾を保健室に連れて行ったまま帰ってこないし。……のんびりするかなあ」

 

 そしてその貴重な休憩時間を純粋に休憩のために使おうとするあたり、一夏はかなり枯れている。

 だがそんな一夏に近付く影が。

 

「い、ち、か~♪」

「うおっ、シャル? どうしたんだ?」

「えへへ、一夏、休み時間でしょ? 僕と一緒に学園祭をまわろうよ」

「うん? ……う~ん、そうだな、ただのんびりしてるのももったいないしな。よし、それじゃあ行くか」

「「「ちょぉぉぉっと待ったぁぁぁぁ!!」」」

 

 もう少しで一夏とデート(一夏には自覚なし)できるところだったのに、邪魔が入った。言うまでもなく、箒、セシリア、ラウラである。

 

「シャ~ル~ロ~ットォォォォ……」

「抜け駆けはあ、許さないとお、言った筈う、でえすうわあよおねえぇぇぇぇ……」

「いい度胸だな、シャルロット。それだけの度胸があるのだ、死ぬくらいのことにはなんの恐怖もあるまい?」

「ごめんなさいごめんなさいほんのできごころなんですゆるしてください」

 

 そのあまりにおどろおどろしいオーラを前に、シャルロットは屈伏した。ガタガタ震えて命乞いをした。

 

「まったく、少し目を離すとこれだ。油断ならないヤツめ」

「許せませんわ。ええ、許せません。そこから先は、このセシリア・オルコットの名にかけて、許せません」

「ふふふふふ……今宵の紅椿は血に飢えているぞ……」

「ちょ、ちょっと落ち着けよ三人とも! いくら忙しかったからって、シャルにあたるのは良くないぞ!」

 

 そこで一夏の待ったがかかった。それを受け、箒たちも舌打ちと共に引き下がる。

 

「……ふん。まあいいだろう。だがそれでも、お前の抜け駆けを許すわけにはいかん 」

「わたくしたちもご一緒しますわ、一夏さん」

「うむ、まあ、あれだ。私もちょうど休み時間でな、ただ休むだけというのももったいない。というわけでだ、お前に付き合ってやらんでもないぞ……?」

「え? けど大丈夫なのか? そんなにいっぺんにいなくなるのはさすがにまずいんじゃないのか?」

「そんなことはどうでもいい!!」

「今はもっと優先すべきことがありますわ!!」

「一夏! どうなんだ! 行くのか、行かないのか!!」

 

 だが当然、彼女らがただで引き下がるなどあり得ない。一夏とのデート権のためには、僅かなチャンスをも見逃すつもりはない。

 この学園祭は、なんとしても利用しなければならないのだ。

 

「ええっと……いいのかなあ……」

「いいわよ、行ってきて」

「え?」

 

 突然、一夏たちのやりとりに入って来たのは、クラス一のしっかり者と名高い鷹月静音であった。この色々と入り混じった空間に平気な顔して侵入して来るあたり、なかなかの大物である。

 

「いいっていうのは?」

「正確には、ここでみんなに暴れられると困るの。だから連れて行ってもらえると助かるわ」

「う~ん……よく分からないけど、まあ分かった。じゃあ、行ってくるよ」

 

 というわけで、一夏たちは出発した。時間もないので、一夏は執事服を、少女たちはメイド服を着たまま。

 

 ――そしてすぐに、コスプレ娘が一人、増えることになる。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「いぃぃぃぃちぃぃぃぃかぁぁぁぁ!!」

「お? 鈴、どうしぐふぉううぅぅぅ!!?」

 

 みんなと一緒に教室を出た瞬間、腹に小さな脚が突き刺さった。

 

 ……すげえダメージだ。体が小さいとか体重が軽いとかそんなことは関係ない。速さを一点に集中して放たれた一撃は、俺の腹筋など容易くぶち破った。

 

「げふぅぅぅぅ……! い、ひゅう、息がはぁぁぁ……!」

「なにアンタ、女の子はべらせていい気になって、学園祭をウハウハカーニバルってわけ?

 ……調子乗ってんじゃないわよっ……!!!」

 

 一体なにが気に入らないのか、突然現れ俺に流星脚をぶちこんだ少女――チャイナドレス装備の鈴はものすごくご立腹だ。まるで鬼の顔である。

 

「さあ、一夏。これから学園祭まわるんでしょ? あたしも連れて行きなさいよ」

「げはあ……ぐ、な、なにしやがるんだよっ。死ぬかと思ったぞ!」

「聞こえなかったのかしらあ? あたしが「お願い」してるうちに、答えたほうがいいと思うけどお?」

「おい鈴、何を突然――」

「アンタたちは黙ってなさい」

「「「「うひぃ……!?」」」」

 

 ギョロリと鈴の瞳が動いてみんなを睨み付けると、みんなガタガタと震えだした。

 ……なんてこった。百戦錬磨のみんなを、ただの一睨みで黙らせるなんて。

 

「文句があるのなら、今ここで言いなさいな。叩き潰してあげるから」

「「「「……いえ、なにも文句はありません」」」」

 

 そしてそれにより、鈴の参加が決定した。

 

 ……そんなことしなくても、普通に言ってくれればいいのに。

 

「ようし! それじゃあ行くわよ!」

「……おー。りょーかい……」

 

 いまだに呼吸が苦しいが、ちょっと無理して歩き出す。

 

 ……やれやれ、これじゃあ全然、休憩にならないな。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 皐月さんと共に学園祭をまわり始めること、三十分。

 

 既に、注目を集めまくっていた。

 

「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!! なにあれなにあれ!?」

「い、い、い、井上さんが……!」

「知らない男と一緒にいる!?」

「な、なんだろう……なんだかすごく、注目を集めているような……?」

「…………」

 

 皐月さん、貴方はどれだけ純粋なのですか……。

 まあ仕方ない、それがこの人の短所ではあるが、同時に他に類を見ないほどの長所でもあるのだから。

 

「ええっと。井上さん、どこか行きたいところとかあるかい?」

「……いえ……」

 

 呆れたことに、己はこの後の計画を立てていなかった。なるべく早く、皐月さんと合流する。それで終わりだった。

 ……さて、如何にすべきか。

 

「う~ん。それじゃあ井上さん、いくつか希望があるんだけど、いいかな?」

「……是非……」

 

 望むべくもない。皐月さんに行きたい出し物があるのなら、それを優先しよう。

 

「ええっと。……あ、あったあった。ここなんだけど」

「…………」

 

 差し出されたパンフレットを確認すると、そのページには園芸部の出し物、「誕生花のアクセサリーショップ」が紹介されていた。

 

「いいかな、井上さん?」

「……ええ……」

 

 うむ、これはなかなかに面白そうだ。花は育て方しか知らないが、誕生花というものがあるのか。

 

「それじゃあ、行ってみようか」

「……はい……」

 

 パンフレットに従い、園芸部の活動場所、学園の隅にある温室に向かう。程なくして、巨大なビニールハウスが見えてきた。

 

「……すごいな、さすがはIS学園。部活動の設備まで立派だね」

「…………」

 

 皐月さんの言うとおり、IS学園は部活動にも力を入れている。

 というよりも、一言で言えば金が有り余っているのである。生徒たちのやる気を維持するために、その金を湯水のように使ってあらゆる環境を最高の状態に仕上げているのだ。

 

 ……それでも十分以上に元が取れるあたり、世界がどれだけ優秀なIS操縦者を求めているかが伺える。

 

「まあとにかく、入ってみようか」

「……はい……」

 

 二人で温室に入る。中には己たちの他にも、それなりに客が入っていた。

 

「いらっしゃ……あら、井上さん」

「うん? この人も友達かい?」

「……いえ……」

 

 声をかけてきた女生徒に見覚えはなかった。だが向こうは、己を知っているらしい。

 

「私が一方的に知ってるだけよ。井上さん、有名人だから」

「へえ、そうなんだ。すごいね、井上さんは」

「ええ、すごいですよ。たくさん活躍してますし」

「…………」

 

 三年生らしきこの女生徒は、随分と落ち着いた雰囲気の人物だった。この温室に入ってからというもの、己たちを見た者たちが騒ぐか呆然としているのだが、この女生徒だけは平然としている。

 

「そっちのお兄さんとの関係は、気になるところだけれど。お客様のことをあれこれと詮索するわけにもいかないし、ウチの店員にもその旨言い聞かせておくから――ごゆるりと、お楽しみ下さいましね」

「…………」

 

 ……そういえば、いつだったか聞いたことがある。園芸部の部長は、古くから続く華道の名家、その跡取り娘らしい。そんな人物がなぜIS学園(ここ)に居るのかは分からないが。

 

「へえ……誕生花って、一日ごとにあるんだね」

「……多彩……」

 

 日ごとの誕生花の一覧表を眺めながら、各々の感想を述べる。ふむ、まさかこれほどまでに種類があるとは。その全部が花としてここにあるわけではないが、それらを模したアクセサリーが並べられている。

 

 ……しかし、温室にアクセサリーか。どうにも合ってないような気がするが。

 

「井上さん、誕生日はいつだい?」

「……十一月九日……」

「11月9日……あった、これだ。花麒麟(ハナキリン)

 

 淡い赤色の小さな花弁と、そこから伸びる、鋭い棘が生えた茎。その美しい花が刻印されたペンダントに、皐月さんが手を伸ばす。

 

「これなんか、井上さんに似合うんじゃないかな?」

「…………」

 

 ……いや、どうだろう。このような少女らしいモノは、どうにも苦手なのだが……。

 

「あら、ハナキリンね。素敵だわ」

「うん、綺麗な花だね」

「いえ、そうじゃなくて。……ハナキリンの花言葉、ご存知ない?」

「花言葉?」

「……?」

 

 そこまで言って、園芸部部長(と思われる女生徒)はなにやら含みのある笑顔を浮かべ。

 

「それはね――

 

 ――「純愛」」

「「!!?」」

 

 ビシリ、と。

 二人して固まった。

 

 ……いや。いやいやいや。不味いだろうそれは。いや、何が不味いのか自分でも分からんが。

 

「……あは。あははは……これはちょっと、やめておこうかなあ……」

「………………」

 

 恥ずかしそうに顔を赤くした皐月さんの言葉に、うむうむと頷いて答える。そんな己たちの様子を、部長(仮)は楽しげに眺めていた。

 その視線に耐えられず、あさっての方向に顔を背けると――

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 ――その先に、居た。

 

 歳は二十代半ばほどか。黒いスーツにタイトスカート。長く艶やかな黒髪は緩やかに波打ち、顔立ちも十分に美しいと呼べるほどに整っている。

 

 だが、その顔に浮かべる。

 

 あまりにも――あまりにも、禍々しい、笑みが。

 

 その女の危険性を、物語っていた。

 

「…………」

「……井上さん?」

 

 己と目が合ったその女が、踵を返して温室から出ていく。

 

 ……皐月さんには申し訳ないが、己の学園祭はここで終わりだ。ここからは――

 

「……失礼……」

「ちょっと待って、井上さん」

「……?」

 

 立ち去ろうとすると、皐月さんに呼び止められた。今はそれに答える余裕はない。だが無視するわけにもいかず、振り返る。

 

 すると――

 

「井上さん。……何か、あったんだね?」

「……っ!」

 

 ……この人は。何も知らないというのに、随分と察しが良い。

 

「……そっか。井上さんは、色々な事情を抱えているんだね。……けど、それを話してはもらえないんでしょ?」

「……申し訳ありません……」

「井上さんが謝ることじゃないよ。むしろ、力になれない僕のほうが謝らないと」

「……いえ……」

「けどせめてもの応援に、これだけは持っていってくれないかな?」

「……?」

 

 そう言って、たった今買ったのだろう、皐月さんは小さな布袋を手渡してきた。

 

 これは――

 

「……御守り……?」

「うん。さっき教えてもらったんだけど、誕生花は一日に一つじゃないんだって。

 ……これは、11月9日の、もう一つの誕生花」

 

 御守りの中には、何か小さな丸いものが入っている。これが恐らく、十一月九日のもう一つの誕生花なのだろう。

 

数珠玉(ジュズダマ)、て言うんだって。花言葉は――

 

 ――「祈り」」

「……!」

 

 御守りを受け取ると、皐月さんはその手を包み込むようにして己に握らせた。

 

 そして、己の目を真っ直ぐに見て。

 

「気を付けてね、井上さん。君が怪我をすると、たくさんいる君の友達が悲しむからね。……もちろん、僕も」

「……承知……」

 

 ……ありがとうございます、皐月さん。

 

 己が、無事で在るように。

 

 ――その「祈り」、確かに受け取りました。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「あ、あれは……!?」

 

 それに最初に気付いたのはセシリアだった。驚愕に彩られた顔で一点を見つめているので、みんなも気になってそちらを向く。

 

 すると、そこには――

 

「な、あれは、如月皐月!?」

 

 夏休みに行われたシンのお見合いの相手、あの変態の従兄弟である如月皐月と、その皐月さんと一緒に歩いているシンの姿だった。

 

「そんな、それじゃあ、シンが招待状を送った人って……!」

「そんな……そんなああああ!!」

「くそ、この世にあるのは絶望ばかりかっ!!」

 

 みんながみんな、あまりのショックに取り乱している。俺もガックリとうなだれて膝をつき、非情な現実に打ちのめされていた。

 

「くそ、どうする!? どうすれば……!?」

「邪魔をするわけにはいかない……今度こそ、織斑先生に殺されるっ……!!」

「けれど、このまま何もしないわけにも……!」

「くう……! 初めから敗北しかないって言うの!? あたしたちには……!」

「みんな落ち着け! まだ、まだ何か手はあるはずだっ!」

 

 とは言ったものの、妙案があるわけでもない。仕方ない、とりあえず尾行するか、となったところで――

 

「……あ」

「む? どうしたセシリア」

「そろそろ……抽選会の時間ですわ」

「「「「!!?」」」」

 

 抽選会とは、如月重工が行うイベントだ。これに当選すると、如月重工の技術支援を優先的に受けられるというものだ。

 

 そして、それとは別に――

 

「真改さんの人形、なんとしても手に入れなければ……!」

 

 この抽選会で当選した者には、1/6井上君人形なるアイテムが贈られるのだ。これは如月重工の総力がつぎ込まれている極めて高性能な一品らしく、技術支援以上にこっちを狙っている人も多いくらいなのだ。

 

 ……少なくとも、ここにいるメイド四人とチャイナ娘はそうだろう。

 

「く……どちらを優先すれば……!」

「う~ん……こうしてても、何もできることはないよ……」

「むうう……背に腹は変えられんか……」

「……仕方ないですわね。抽選会に行きましょう……」

 

 ギリギリと悔しげに奥歯を噛み締めながら、抽選会の会場へと向かうみんな。俺は特にシンの人形を狙っているわけではないし、あの変態の技術支援もなんだか嫌なので、抽選会に行くつもりはなかったんだが……。

 

「……ふう。仕方ないな、俺一人でまわってもつまんないし」

 

 というわけで、みんなに少し遅れてついて行くことにした。

 

 ――の、だが。その直前で。

 

「ちょっといいですか?」

「へ?」

 

 声をかけて来たのは、知らない女の人だった。

 黒いスーツをキチッと着込み、ニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべるその人は、キャリアウーマンという言葉がバッチリ当てはまる感じだ。

 

 ……なんとなーく、次の展開が予想できる。

 

「失礼しました。私、こういう者です」

「えーっと……IS装備開発企業「みつるぎ」渉外担当……巻紙(まきがみ)礼子(れいこ)さん?」

「はい、以後お見知りおきを」

 

 そう言ってお辞儀をすると、巻紙さんの緩いウェーブがかかったロングヘアーがふわりと揺れた。

 

「実は織斑さんに、是非とも我が社の製品を使っていただけないかと思いまして」

(あー……やっぱりそういう話か……)

 

 予想的中。実は以前から、このテの話は山のように来ている。どうやら世界で唯一の男のIS操縦者である俺に装備を使ってもらうというのは、俺には想像もつかないほどの宣伝効果があるらしい。

 将来のことを考えれば、それらの誘いは受けた方が良いんだろう。スポンサーが付くし、コネもできる。みんなと相談して、どこの企業が良いかを考えるべきなんだろう。

 

 しかし俺は、今まで全ての誘いを断っていた。それと言うのも――

 

(けどなあ……白式って装備足せないしなあ)

 

 そう、白式は装備を量子変換して格納しておくための拡張要領(バススロット)がまったく空いていないのだ。だからどんな装備も、これ以上足すことができない。

 

(雪片弐型を外せばいいんだけど……そうすると零落白夜も使えなくなっちまうし……)

 

 それだと白式の最大の長所、一撃必殺の攻撃力がなくなってしまう。それに雪片弐型を外しても、拡張要領の大半を埋めているのは零落白夜を発動するためのプログラムなので、代わりに装備できる武器も精々一つだ。

 

 それに、なにより――

 

(白式が嫌がるんだよなあ……)

 

 最近知ったことだが、ISのコアにはそれぞれ好みのようなものがあり、それから外れるものは装備できないのだ。

 特に白式はかなりのワガママで、雪片弐型以外のものは一切装備したがらない。

 

 ……ホントに欠陥機だな、おい。

 

「ええっと……すいませんが、そういうのは学園を通してもらわないと……」

「そう言わずに!」

「うお!?」

 

 ずずい、と詰めよって来る巻紙さん。ち、近い近い!

 

「どうでしょうか? こちらの追加装甲や補助スラスターなどは、我が社の自信作です。それに今ならサービスで、こちらの脚部ブレードも――」

「すいません、人を待たせてるんで! 失礼します!」

「あっ!」

 

 肩から提げた鞄からカタログを出そうとしている隙に、ダッシュで離脱。そのまま抽選会場へ向かう。

 

 ……ふう、危ないところだった。ああいうのは本格的に捕まるとなかなか脱け出せないからな。向こうも仕事だから、必死なのは分かるんだが……少々うっとうしいと感じてしまうのは、しょうがないかもしれない。

 

「ああもう、みんな先行っちゃったよ……」

 

 ぐるりと見回してみても、みんなの姿は見当たらない。よほどシンの人形のことが気になっているのか、俺のことなんかは意識の外らしい。

 

「まあいいか、どこに行くかは分かってるわけだし。……けど、なんだろう」

 

 さっきの人。巻紙礼子さん。

 

 彼女からは、なんとなく……どことなく、嫌な気配が、したような――

 

 

 




先日買ってしまった、デッ○スペース3。ようやくクリアしました。次はco-opに挑戦です。
もしあなたが、上下にファイアレートとクリップをフル改造したチェーンガン、アタッチメントにアモボックスとアモサポートを付けて「機銃弾200発とチェーンガンを、フルパック……!」ごっこしてるアッパーシューターを見かけたら、もしかしたらそれは私かもしれません。

……ええ、完全に楽しみ方間違えてますねすいません。

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