IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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如月重工のとある一日 その4



如「さて、今日の会議だけど。議題は、「井上君を主役にした魔法少女アニメを作る場合、タイトルはなにか?」だ。とりあえず、みんな意見を出し合ってくれ」
幹部1「魔法少女 ブレード☆しんかい」
幹部2「マジ狩る侍 辻斬り☆しんかい」
幹部3「魔女っ子シンちゃん」
幹部4「ソードマスター・シンカイ」
幹部5「闘☆技☆王」
幹部6「決闘戦姫 シンカイダー」
幹部7「真―Shin―」
幹部8「子連れ山猫」
幹部9「美少女戦士 スプリットムーン」
幹部10「大月光峠」
幹部11――





第63話 夏の雪が白く輝き、赤く染まる

亡国機業(ファントム・タスク)……? なんだよそりゃあ」

「ああ? 知らねえのかよ。しょうがねえな、次会うまでの宿題だ。ちゃんと調べておけよ? ……まあ、今日死ななかったらだけどなあ!!」

 

 白式を展開し、オータムと名乗った女を迎撃する。雪片弐型を八双に構え、八本の装甲脚を大きく広げて突撃してくるオータム目掛けて振り下ろした。

 

「ぜぇあっ!!」

「おっとお!!」

 

 その一撃はひらりとかわされ、オータムは一足一刀の間合いの僅かに外で止まる。挑発的な笑みをますます深め、嘲りを隠そうともせずに言った。

 

「はっ、なんだよその太刀筋は。温過ぎるぜ」

「ちぃっ……!」

 

 なんだ、今の動きは? 速いだけじゃない。正確なだけじゃない。ユラユラと、なんて言うか――

 

「へえ、一回で気づいたか。腕はナマクラだが、眼は良いみてえだな。

 ――ご明察、ってヤツだ。この〔アラクネ〕は、八本の装甲脚ごとに独立したPICを展開しているのさ」

「……なるほど、道理で」

 

 なんだか風に吹かれて落ちてくる木の葉みたいな、掴みどころのない動きだった。長距離移動では役に立たないだろうが、今みたいな限定空間ではかなりの脅威だ。

 俺が必死になって身に付けてる最中の、PICのマニュアル制御。それを俺よりも遥かに高い練度のモノを、あくまでもオートで再現できるのだ。

 

 ――それはつまり、他の操作の精度も落ちることがない、ということだ。それだけで、オータムのアドバンテージは相当なものになる。

 

「手品のタネを、随分とまあペラペラ喋るんだな」

「なに、お前みたいな雑魚相手に、ハンデもなしじゃあつまらねえだろ?」

「そりゃどうも。それじゃあその礼に、油断すると痛い目見るってことを教えてやるよ!」

 

 スラスターを噴かし、オータムに斬りかかる。オータムは機体の特性である複雑なPIC機能を駆使してその斬撃を避け、八本脚の先端、その中から出てきた銃を俺に向けた。

 

「そぅら、食らいなあ!!」

 ガガガガガガガガッ!!

「ぐうっ!?」

 

 八つの軌道で襲いかかる銃弾。斬撃を空振った隙に放たれたそれらの大半はなんとか避けたが、それでもかなりの数を受けてしまう。

 

「ちぃっ、数撃ちゃ当たるってか……!」

「はっ、そんな見当違いなこと言ってるようじゃあ、私には勝てねえなあ!!」

 

 負け惜しみで言った言葉は、オータムを益々調子付かせるだけだった。

 ……分かってる。オータムの攻撃は、単に命中率が低いんじゃない。狭い空間内に弾丸を広く散らして逃げ場を塞ぎ、少しずつじわじわと、確実にダメージを与える戦術を取っているのだ。

 

 本来なら、オータムにとって敵地であるここで選ぶには不適切な戦術だ。戦闘が長引くと、いつ誰が、俺の増援としてやってくるか分からないからだ。

 

 だが俺は――俺の白式は、極端に燃費が悪い。こうして絶え間なく攻撃を受け続けていると常に雪花を消費し、エネルギーを消耗してしまうのだ。シールドエネルギーこそ無事だが、それも時間の問題だ。このままではあっと言う間にエネルギーが尽き、スラスターも雪花も使えなくなってしまう。

 

 そうなれば、攻撃をかわすことも防ぐこともできなくなる。オータムも、わざわざ攻撃を散らすような面倒なことは止めて、集中放火を浴びせて来るだろう。そしてあの猛攻を直接受ければどうなるかなど、火を見るより明らかだ。

 

 これは白式に対して、極めて有効な戦術。

 

 つまり、コイツは。

 

 白式の性能を、知り尽くしている――

 

「わかったか? お前には端っから、勝ち目なんざねえんだよ!」

「この程度で、勝った気になってんじゃねえ!!」

 

 そうだ、白式の性能を知られているからと言って、それで負けが決まったわけじゃない。

 

 思い出せ。ここ数週間、楯無さんから徹底的に叩き込まれたことを。

 

 あの特訓は、まさにこんな場所でこそ、成果を発揮するはずだ――!

 

「ついて来いよ、蜘蛛野郎――!」

 

 回避も兼ねて一気に加速し、壁際で反転しつつ上昇、天井付近から急降下して、雪片弐型を大上段から振り下ろす。

 

「でやああああ!」

「ほお、アラクネの特性を知ったうえで機動戦を挑むとは良い度胸だ。……いいぜ、付き合ってやるよ――!」

 

 渾身の一撃をかわしたオータムは、銃撃をしつつ距離を取り――と思えば、すぐさま近づいて来て、両手に展開したカタールで斬りつけてくる。その斬撃に刃を合わせつつオータムの後ろへ駆け抜け、更衣室内をぐるりと大回りし、遠心力を載せて雪片弐型を叩き込んだ。

 

「おおおおらあああぁぁっ!!」

「ははっ、いいねいいねえ! 少しは楽しくなってきたぜ!!」

 

 その斬撃をカタールで弾き上げ、同時に装甲脚を振り回すように叩きつけて来る。さらに踏み込むことで内側に逃げ、握り締めた左拳で顎を狙う。首を捻ってかわされ、そのまま回転し繰り出された蹴りの衝撃を退がって軽減しつつ、再び距離を取る。

 

「こ……の、やろおおおおおおっ!!」

「はははははっ! どうしたどうしたあ!? 逃げてんじゃねえよ、クソガキィィィィ!!」

 

 壁際まで後退する俺と、追い掛けるオータム。狭い更衣室内を目まぐるしく移動し、雪片弐型で斬りつけ装甲脚を突き出し拳で殴りつけカタールで薙払い、雪花で減殺しPICで避け瞬時加速で追い壁を蹴って飛び跳ねる。

 

 そうして交錯するたびに――俺のダメージが、蓄積していった。

 

(くそっ、手数が違いすぎる……!!)

「かははは! 大変だなあ、腕が二本しかねえとよお!!」

「ぐううううぅぅ……!」

 

 まずい、このままじゃ追い詰められる一方だ。なんとかしないと……!

 

「はあっ!」

「おおっとぉ!」

 ガギィッ!

「なっ……!?」

 

 横薙の一撃を受け止めた四本の装甲脚が、そのままガッチリと雪片弐型を固定する。その器用かつ繊細な動きに反して、押さえ込む力は相当に強い。押しても引いてもビクともしない。

 

「くそっ……!」

「さあて、それじゃあ――幕引きといこうかあ!」

「……っ!!」

 

 残った四本の装甲脚、そして両腕のカタール。その切っ先が俺に向けられ、突き出され――

 

 

 

「――あら。アンコールにも応えられないようじゃ、一人前の奏者とは言えないわよ」

 

 

 

 ――突如横から割り込んだ突撃槍(ランス)に、弾き飛ばされた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「よっ」

 ガギャン!

「なにっ!?」

 

 続けて振るわれた一撃が、雪片弐型を拘束していた装甲脚を弾く。解放された隙に距離を取り、突然の乱入者に視線を向けた。

 

「た……楯無さん!?」

 

 そこにいたのは、IS学園生徒会長にして俺の今の同居人兼コーチ、更識楯無だった。楯無さんはISを部分展開した腕にランスを持ち、もう片方の手をヒラヒラと振っていた。

 

「やっほー、一夏君。楽しそうなことしてるじゃない、おねーさんも混ぜてよ」

 

 そんな楯無さんの姿を見て、オータムが身構える。全身を程よく緊張させ、程よく弛緩させる、あらゆる事態に即応できる構えだった。

 

「てめえ……何者だ」

 

 先ほどまでの戦闘を楽しんでいた様子はどこへやら。オータムは一切の油断なく、楯無さんを睨み付けている。

 

「私? ……私は、更識楯無。IS学園生徒会長。ここの生徒たちの長。故に――そのように、振る舞うのよ」

 

 歌い上げるようにそう言って、楯無さんはISを展開する。

 

 狭く小さい装甲。

 

 その不足を補うように、全身を包み込む水のヴェール。

 

 左右一対に浮かぶ、青く輝く結晶――アクア・クリスタルからも水が流れ、マントのように広がっている。

 

 ロシア代表、IS学園最強、更識楯無の専用機――霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)

 

「……ここは完全にロックしてたはずだ。どうやって入って来やがった」

「ここのセキュリティを掌握するだなんて、なかなかだけど――残念だったわね。私の友達に、その手のことにもの凄~く強い人がいるのよ」

「はっ、そうかよ。随分ひどい友達もいたもんだな――てめえを死地に送り込むなんてなあ!」

 

 オータムは八本の装甲脚を広げ、楯無さんに襲いかかる。楯無さんは微笑みすら浮かべながら、手にしていたランスを構えた。

 

「オラア!」

「ほっ、よっ」

 

 繰り出される猛攻を、大振りのランスで捌く。こんな狭い更衣室内では普通に振るだけでも苦労しそうなほどに大きなランスを、まるでレイピアのように軽快に扱っている。その技量は、俺なんかじゃ足元にも及ばない。

 

「ちぃっ、やるじゃねえかよ、ガキのクセに……!」

「当たり前でしょう。このIS学園において、生徒会長とは学園最強の称号なんだもの」

「へえそうかい! ならてめえをぶち殺せば、私が学園最強かあ!」

 

 オータムは顔に狂笑を浮かべ、さらに攻撃の激しさを増した。装甲脚は格闘モードと射撃モードを何度も切り替えながら銃撃と斬撃を繰り出し、僅かな隙を両手に持ったカタールで埋める。

 楯無さんはランスに纏わせた水をドリルのように流動させ、オータムの格闘攻撃を弾く。放たれる弾丸は全身を包む水が柔らかく受け止め、一発たりとも装甲まで届かない。そしてランスによる刺突や薙払いと同時に、ランスに内蔵された四連装ガトリングガンが火を吹き、容赦のない銃弾の追撃を加えていた。

 

「す、すげえ……!」

 

 目の前で繰り広げられる、ハイレベルな戦い。格の違いをまざまざと見せ付けられ、俺は――

 

「う……お、おおおおおっ!!」

 

 ――なにをぼやっとしてる。こんな戦い、見てるだけだなんてとんでもない無駄だ。

 

 強くなると決めた。誰よりも、強くなると。

 

 なら、飛び込め。刃が、銃弾が舞い踊る、戦場へ。

 

 俺には、立ち止まってる暇なんざ、ないだろうが――!

 

「楯無さん、挟み撃ちだ!」

「OK、一夏君! 存分に戦いなさい、おねーさんがリードしてあげるから!」

「上等だ! 二人まとめて、ぶっ潰してやるよっ!!」

 

 雪片弐型が形を変え、光り輝く刃が形成される。白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)、零落白夜の発動だ。

 

 楯無さんが来てくれた以上、エネルギーを温存する意味は薄い。むしろこの勢いに乗って流れを掴み、一気に決めるべきだ。

 なにせ今は、オータムを挟んで反対の位置に楯無さんがいる。この好機を逃す手はない。

 

「ぜえらあ!」

「はあっ!」

「オオオオラアアァァッ!!」

 

 俺の零落白夜をカタールで弾き、楯無さんのランスを装甲脚で防ぐ。その意識の大部分は楯無さんに向いていて、俺はほとんど片手間で相手をされていた。

 

 ……上等だ。なら、俺を無視できなくしてやるよ――!

 

「でええりゃああああ!!」

「はははははっ! 足りねえ足りねえ、足りねえなあ! そんなんじゃあ全っっっ然足りねえっ!!」

「うおおおおおっ!!」

 

 渾身の力を込めて斬りかかるが、するりと避けられ、あるいは容易く弾かれる。そして俺の攻撃の悉くを防ぎながら、楯無さんにもしっかりと対応していた。

 

(さっきから思ってたが、コイツ……!)

 

 オータムの防御技術は、なんというか……バランス。そうだ、バランスが悪い。俺はともかく、楯無さんのランスまで完全に防いでいる。だというのに、ガトリングガンはたまにとは言え当たっているのだ。

 

 それは、つまり。

 

(接近戦……いや。格闘戦に、異常なほど慣れている……!?)

 

 剣、槍、拳、脚。そういった肉弾攻撃への対応力が、飛び抜けて優れている。

 逆ならまだ、それほどおかしなことじゃない。ISにおいても、戦闘で主に使われるのは遠距離武器だからだ。俺のように近接ブレードしかないなんてのは例外中の例外であり、近距離戦闘が得意なシャルだって、つかず離れずの距離から銃撃を叩き込むというのが主戦術なのだ。最大攻撃力を持つパイルバンカー、灰色の鱗殻(グレー・スケール)もあくまで切り札であり、間違ってもそれをメインに据えての格闘戦なんてしない。

 

 だから、銃撃戦には慣れているが格闘戦には慣れていない、ということはあっても(セシリアなんかはまさにそうだ)、その逆はそうそうあるもんじゃない。元々剣道をやっていた俺や箒ですら、今では対射撃と対格闘の練度にそう大差はないくらいなのだから。

 ましてやこの女は、どう見ても実戦経験が豊富だ。専用機だって大量の銃火器を装備してる。そんな奴が対格闘に特化しているなんて、有り得るのか――?

 

「おいおいどうしたあ!? 手が止まってるぜ、クソガキィ!」

「ぐあっ!?」

 

 考え込んでしまった隙を見抜かれ、カタールの一撃をモロに受ける。オータムはすぐに追撃をかけようとしたが、楯無さんが割って入りそれを阻止した。

 

「一夏君、平気?」

「はい、なんとか。……すいません、楯無さん」

 

 ――これで、挟み撃ちの陣形が崩れた。これから先は、今までよりもさらに厳しくなる。

 

「う~ん、思ったよりもやるわねえ」

「へっ、二対一でこの程度かよ。大したことねえな、学園最強ってのも」

「この野郎……!」

 

 俺たちを馬鹿にしたその言葉に、自分でも意外なくらいに腹が立った。

 楯無さんは強い。俺なんかを庇いながらじゃなけりゃ、もっと上手く戦えるんだ。

 

 ――畜生。俺はまだ、弱いままかよ……!

 

「あー、結構疲れたわね。汗かいちゃったわ」

「そんなこと言ってる場合ですかっ」

「だってー、しょうがないじゃない。――この部屋、なんだか暑いし」

「――あ?」

 

 突然ボヤき始めた楯無さんの言葉に、オータムが不審そうに眉をひそめる。

 俺にとっては、その反応こそ不審だったが――

 

「ねえ、知ってる? 体感温度と実際の温度、その差が何によって変わるか」

「……何を」

 

 そのまま言葉を続ける楯無さんに、さすがに俺も不審に思った。

 

 ……さっきのは、ただボヤいたわけじゃ、なかった――?

 

「不快指数、て言ってね。それは湿度に依存するの。

 ……ねえ。この部屋、なんだか――湿度が高くない?」

「……まさか」

「そう、そのまさかよ」

 

 言った瞬間、オータムの周りに霧が漂う。全身に纏わりつくように、異様なほどに、濃い霧が。

 

「私の専用機、ミステリアス・レイディの能力は、水を操ること。エネルギーを伝達する、無数のナノマシンによって」

「てめえ――!?」

 

 ようやく楯無さんの意図を察して、オータムから距離を取る。オータムも慌ててその場から離れようとしたが、楯無さんはランスを突き出すことで牽制し、いとも容易くその動きを遅らせた。

 

「残念でした。あなたはとっくに、罠にかかっていたのよ」

 

 ぱちん。

 

 楯無さんが指を鳴らすと、オータムに纏わりついている霧、それを操っているナノマシンに、一気にエネルギーが送り込まれる。そのエネルギーを熱に転換したナノマシンが、一斉に。

 

 ――爆発した。

 

「ガアアアアアッ!!?」

 

 それは例えるのなら、ガス爆発を数十倍強烈にしたものだろう。その爆風を、楯無さんは水の壁を発生させて受け止めた。

 

 ……いや、それは、受け止めたんじゃない。爆風の逃げ場を塞ぐことで、威力をさらに増幅させたのだ。爆風は狭い更衣室の中を荒れ狂い、全方位からオータムに襲いかかる。空気が膨張と圧縮を繰り返し、アラクネの装甲を噛み砕いた。

 

「〔清き熱情(クリア・パッション)〕。こんな狭い場所でしか、あまり効果はないけれど――お喋りしながらでも準備できるのは、素敵でしょ?」

 

 天使のような微笑みを浮かべながら、優しい声で語られたその言葉に、俺は戦慄した。

 

 こんな強力な攻撃を、あんなに激しい戦闘と同時進行で準備できる。そして準備が終われば、発動するのは一瞬だ。

 戦闘中に湿度なんか気にするヤツはそうそういないだろうし、ナノマシンも攻撃や防御にあれだけ派手に使っていれば、周囲に大量に漂っていても不思議じゃない。

 こういう限定空間でしか効果は薄いと言ったが、逆に言えば、限定空間でなら防御も回避も不可能に近い、ということだ。

 

 ――なんて、狡猾な罠。全てこの人の、手の平の上だったってのか。

 

「さて、タネ明かしも済んだことだし、たっちゃんのマジックショーはこれでおしまいだけど――まだやる?亡国機業(ファントム・タスク)のオータムさん」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「まだやる? 亡国機業(ファントム・タスク)のオータムさん」

 

 苦戦していると思っていたが、蓋を開けてみれば圧勝だった。あの戦闘は、クリア・パッションの準備だけでなく、俺に実戦経験を積ませるためのものだったのだろう。

 

 ……すごい余裕だ。こんな時まで、俺のコーチをしてくれるなんて。

 

「ぐううぅぅ……!!」

 

 爆発のダメージが体にまで届いたのだろう、オータムは片膝をつき、苦しそうに呻いている。まだ戦う余力くらいは残っているだろうが、それでも楯無さんには勝てないだろう。

 

「今のは効いたぜ、クソガキィィィィ……!」

 

 勝負はついた。だがオータムは、怒りと憎しみが滲む声を発しながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「舐めた真似してくれるじゃねえか、ええ、おい。可愛い顔して、えげつねえガキだぜ……!」

「あらやだ、可愛いだなんて。そんな手放しに褒めても、手加減してあげないわよ」

「……うわあ……」

 

 自分に都合の良いところだけ抜き出しやがった。やっぱりおっかない人だ。そんなこと言いながらもしっかりガトリングガンの狙いをつけてるところとか特に。

 

「ぐう……く、ククク。かははははははっ!!」

「……?」

 

 追い詰められたオータムが、急に笑い出した。ヤケになった――てわけじゃあなさそうだ。それよりも、もっと嫌な感じがした。

 

「……何かおかしいことでもあった?」

「おかしいことだあ? 何もかもが、だ! ったく、馬鹿みたいだぜ! この程度で、勝った気になるなんてなあっ!!」

 

 オータムは八本の装甲脚を大きく広げ、カタールを構えた。満身創痍でありながら、その眼に宿る戦意は微塵も衰えていない。

 

「……そう。降参するくらいなら、最後まで戦う、てわけね。立派な覚悟。なら、私も――戦って、倒してあげる」

 

 その姿に応え、楯無さんもランスを構える。回転する鋭い矛先をオータムに向け、真っ直ぐに突き出し――

 

「――え?」

 

 ――届く直前に、停止した。

 

 楯無さんが、自分で止めたんじゃない。それは呆然とした声からも明らかだ。

 

 なら、何故――

 

「く、か、はははははっ。教えてやるよ、生徒会長さん。「蜘蛛」ってのはな――」

 

 目を凝らして見ると。

 

 楯無さんの、そして俺の全身に。何か細い、糸のようなモノが。

 

「自然界じゃあ、並ぶ者のいない――「罠師」なんだぜ」

 

 絡み付いて――雁字搦めにしていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「く、これは……!」

「見ての通りだよ。蜘蛛の糸ってのは恐ろしく丈夫でな、しかも細くて見え難い。さらに言えば粘着性も強く、一度くっつけばそう簡単には離れない。気付いた頃には、全身に絡み付いて――ご覧の有り様ってわけだ! はははははっ!!」

 

 ……なんてこった。楯無さんだけじゃない、オータムもまた、戦いながら、罠を張っていた。

 

 ――文字通りに、張り巡らせていた。

 

「コイツは少し、お前の技に似てるかもなあ。エネルギーがなきゃ機能しない特別製だ。だからこそ――バレないように仕掛けられるし、任意のタイミングで発動できる」

「くっ、この……!」

「聞いてなかったか? 蜘蛛の糸は丈夫なんだよ。力ずくじゃあ逃げられねえ。てめえのとっておきも、準備には時間がかかるしなあ!」

 

 手の平の上で踊らされていたのは、オータムじゃあない。……俺たちだ。

 

「くく、コイツを使うつもりはなかったんだがな。まあ、保険をかけといて正解だった、てわけだ」

 

 縦横無尽に飛び回っていたのは、俺たちの挟撃から逃れるためではなかった。

 

 楯無さんのクリア・パッションを受けたのは、気付いていなかったからではなかった。

 

 全部計算ずくで。

 

 より確実な勝利のための、策略だった。

 

「……意外ね。そんなふうに頭を使うようなキャラには見えないけれど」

「もう一つ教えてやるよ。蜘蛛は擬態の名人でもあるのさ」

「……なるほど」

 

 エージェント、というのは伊達ではないらしい。言動からは想像できないほど頭がまわり、堅実なようだ。

 

 ……くそ、どうにかしないと。このままじゃ、二人ともやられる。だがどんなにもがいても、糸はまるで切れる様子がない。楯無さんも焦っているのか、表情こそ余裕を見せているものの、頬を伝う汗は隠し切れていない。

 

 ……何か。何か、手は――

 

「……ち。だが、思ったより食らっちまったな。まだアイツが残ってるのによ」

「……アイツ?」

 

 ……なんだろう。今、何か。

 

 背筋が、ゾワリと――

 

「いや、考えようによっちゃあ丁度良いか? フラッドが勝てるとは思えねえが、アイツも無傷じゃ済まねえだろうしな。条件は対等(イーブン)ってわけだ」

「……おい。誰のことを、言ってるんだよ」

 

 ひどく気になって、思わず訊いた。

 

 するとオータムはキョトンとして、逆に俺に訊いて来た。

 

「ああ? 誰って、そりゃあ――井上真改に、決まってるだろうが」

 

 

 

 ――ドクン。

 

 

 

「……なんで、お前が。シンのことを、知ってるんだ」

 

 もう一度訊くと、オータムは得心がいったように頷いた。

 

「……ああ。そういやてめえは――あの時、無様に気絶してやがったな」

 

 

 

 ――ドクン。

 

 

 

「……どういう、ことだ」

「あ~あ、ったく。てめえからすりゃあ、私は初対面だったわけだ。うっかりしてたぜ」

「どういうことだって、訊いてるんだ」

 

 悪寒が加速していく。

 

 全身を拘束されているのに、震えが止まらない。

 

 なのに、声からは。

 

 どうしてか、色が失われていた。

 

「どうもこうも、第二回モンド・グロッソ決勝戦の日にてめえを攫ったのは――私たちだぜ」

 

 

 

 ――ドクン。

 

 

 

「なん……だっ……て?」

 

 

 

 ――ドクン。

 

 

 

「ついでに言えば、私もその時、そこに居たぜ。アイツがてめえを助けに来たから、私が――」

 

 

 

 ――ドクン。

 

 

 

「アイツと、殺りあって――」

 

 

 

 ――ドクン。

 

 

 

「左腕を――」

 

 

 

 ――ドクン。

 

 

 

 ドクン。ドクン。

 

 

 

 ドグン――

 

 

 

「――もいでやったのさ」

 

 

 

 ――ブヂリ。

 

 

 

「――お前が」

 

 

 

 ………………………………る。

 

 

 

「お前が、シンを」

 

 

 

 ……………………やる。

 

 

 

「シンの、腕を」

 

 

 

 …………てやる。

 

 

 

「お前は」

 

 

 

 オマエヲ

 

 

 

「お前が――」

 

 

 

 ――コロシテヤル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおぉぉぉぉおおぉおおおおおおぉおおおおおおおっっっ――!!!」

 

 ――雪火(せっか)、発動します――

 

 心の奥底から熱くドロドロとした何もかもを呑み込んで焼き尽くすマグマのようなけれどどす黒い感情が噴き出して来てそれとは真逆の白く眩い光が俺の周囲を照らし拘束する糸の悉くを消滅させた。

 

「なあ――!?」

 

 同時に零落白夜を発動させ雪片弐型の柄をギシギシと手の骨が砕けるほどの力で握り締めて振り上げると勢い余って背骨がミシリと鳴ったがそんなことは気にせず渾身の力と瞬時加速の推力を載せて。

 

「があああああああぁぁぁあああぁあああああぁぁあああああああああっっっ――!!!」

 

 頭を目掛けて、真っ直ぐに振り下ろした。

 

「ちいっ!」

 

 オータムは八本の装甲脚全てを頭上に構えて防ごうとしたが、そんなものは紙切れのように、全部纏めて斬り落とした。

 その衝撃に体勢を崩したところを蹴り倒し、そのまま瞬時加速で踏みつける。

 

「ごぶっ……!?」

 

 オータムの口から血が吐き出されたが、今は視界が隅から隅まで真っ赤に染まっていて、水と見分けが付かない。

 

 だけど血を吐くってことは、まだ生きてるってことだよな。

 

 ――ナラ、コロサナイト。

 

「て……め――!?」

 

 

 

 だから俺は。

 

 

 

 雪片弐型を、逆手に持ち替え。

 

 

 

 その柄を、両手でしっかり握って。

 

 

 

 零落白夜の、白く輝く、光の刃を。

 

 

 

 ――コイツノ血デ、ヨゴスタメニ。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■っっっ――!!!!」

 

 

 

 もう一度、顔を目掛けて。

 

 

 

 真っ直ぐに、振り下ろした。

 

 

 




念のため言っておきますと、前書きやら後書きやらで書いてることは、基本的に本編とは一切関係ありません。つまり如月重工の面々は真改の過去を知ってるわけじゃありません。

……本当ですよ?

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