IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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とある浪漫の大艦巨砲(グレネード)

これはISですか? いいえ、ガチタンです。

榴弾のアリサワ

 など、色々タイトルに悩みましたが、結局これに。


外伝6 鋼の雷霆

「お嬢様。お休みのところ申し訳ありません」

「……どうした?」

 

 呼びかけられ、目を覚ます。枕元の時計は、今がまだ深夜であることを示していた。

 平時であれば、こんな時間に私を起こすなど有り得ない。が、今はとても平時とは言えない。こうして起こされることは十分に予想でき、そしてそれは、当たって欲しくない予想だった。

 

「……お父上……社長が、お呼びです」

「……そうか」

 

 やはり、か。悪い予感ばかりよく当たる。覚悟はしていたが、しかしそれは、苦しみや悲しみを和らげる助けにはならない。

 ただ、それらを受け入れられるだけだ。

 

「……すぐに行く。草津、着替えと椅子を」

「はい、こちらに」

 

 私の秘書、草津に指示を出すと、すでに用意されていた。相変わらず有能な男だ。

 仕事用のスーツに袖を通し、椅子に腰掛ける。肘掛のレバーを操作すると、静かな駆動音と共に車輪が回転し、前進を始めた。

 

「……限界か?」

「……はい。医者は、むしろ今までもったことが信じられない、と」

「……そうか」

 

 父の命を、病如きが削り切れる筈がない――そう思っていたが、やはりそれは、ただの幻想に過ぎなかったようだ。

 十年以上に及ぶ闘病の末、今日ついに、父は敗北する。

 

 私は――それを、見届けなくては。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……おお……来たか……」

「……はい」

 

 自宅に作られた病室に入ると、そこにはベッドに横たわる父の姿があった。老いてなお逞しかった肉体は病に蝕まれ痩せ細り、見る影もなくなっている。

 

「……私は、もう死ぬ。だがその前に、お前に伝えなければ……」

「…………」

 

 ゆらゆらと持ち上げられた手を、両手で掴む。ほんの数年前までは私の頭ほどもあったその手が、今はまるで枯れ木のようだ。

 

「……すまん。あいつも頑張ってくれたのだが、お前を満足な身体で産んでやることが、出来なかった」

「…………」

 

 そう言って私の足に向けられた眼は、今まで見たことがない色を宿していた。

 ……私の両足は、動かない。理由は不明、治療法も不明。産まれてこの方、一度たりとも自力で立ったことのないこの足は骨と皮しか残っておらず、車椅子がなければ日常生活もままならない。

 

 だがそんな私に、父は一度だって、優しく接したことはない。ただひたすらに厳しく、一切の容赦なく、様々な知識と技術を叩き込んできた。

 

「……こんな父親で、すまん。辛かったろう? 苦しかったろう? ……だというのに、私は――」

「まさか。辛くなど。苦しくなど。私はあなたが父で良かったと、心から思っています」

「……そう、か……」

 

 ……そう。たとえ厳しく当たられたとしても。優しい笑顔を向けられなかったとしても。

 

 それでも、この人には愛があった。私が産まれた時、既に病に侵されていたこの人は、私を後継者足るに相応しい存在に育てようと心に決めた。

 だがその娘は、足の動かぬ出来損ない。誰もが落胆し嘆くその中で、しかしこの人だけは、私に希望を持ち続けた。

 

 だから、一切の情けを掛けなかった。車椅子なくしては移動すら出来ない幼子を、千尋の谷に突き落とした。

 

 ……遥か昔、侍が愛用していた日本刀は、凄まじい高温で焼かれ、重く硬い鉄槌で幾度と無く打たれ、ようやくカタチとなるモノだった。

 

 ならば、自らの子供に期待する親がとる行動として、おかしいところは何もない。

 

 鍛冶師が、己が鍛える業物に魂を籠めるように。

 

 ただ一人の娘に、精一杯の愛情を注いだだけのこと。

 

「……私の、最期の願いを……聞いてくれるか……?」

「なんなりと。全身全霊を以って、叶えましょう」

「……ありがとう……」

 

 そして父は、私の手を、強く握り締める。痩せ衰えた力の、最後の一滴まで絞りつくすように、強く。

 

「……会社を……有澤重工を、頼む……」

「……はい」

 

 遥か昔。ISどころか銃すらもなく、人々がまだ、剣と甲冑で戦っていた頃。

 その頃から、私たちの祖先は武具を造っていた。大きく、分厚く、重く、そして大雑把な――しかし戦場で用いる道具として、最上級の効力を持つ武具を。

 

「お前は、他のどの社員よりも……私に四十年付き従ってきた部下よりも、色濃く私の魂を受け継いでいる。……血は争えんな……お前は女である以上に、有澤だ」

 

 それは、威力と防御力。そしてそれらにより齎せられる、畏怖。

 一撃で敵を屠り、いかなる攻撃をも受け付けない。その威容は敵を恐怖に落とし入れ、味方を鼓舞する。

 

 それこそが、単純な性能以上の力、有澤の力なのだ。

 

「……任せたぞ……」

「はい……はいっ……!」

 

 だが、時代は変わった。いまや戦場を支配するのは、武器ではなく兵器。兵器に求められるのは、射程距離と命中精度、そして機動力。局地戦における攻撃力や防御力など、大局的に見れば大したものではない。

 それでも、有澤はそれらを追い求めた。追求し続けた。時代遅れと笑われ、技術で及ばぬ者たちの悪あがきと揶揄され、それでも――それでも。

 

「……ならば、今、この瞬間から……」

 

 かつての父の最期を思い出す。あの時も、こうして託されたのだ。

 

 あの時は、果たせなかった。私の魂は時代の流れに取り残され、追いつけぬまま朽ち果てていった。

 

 ならば、今度は。

 

 今度こそは――

 

「お前は――有澤隆文だ」

 

 最期に、全盛の――それ以上の力を宿した瞳は。

 

 静かに、閉じられていった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「お、お嬢様……! 正気ですか!?」

「もうそう呼ぶな。今は社長だ」

「し、失礼しました……しかし、ならば尚更です! おじょ……社長自らが、専用機持ちとして、IS学園に入学するなどっ……!」

「なに? まさか、不安なのか? お前たちの造った機体は、搭乗者の負傷を許すような代物だと?」

「いえ、そんなことは! ……ハッ!?」

「ふ……それが答えだ。私は信頼している。父の……有澤の思想の元、お前たちが造り上げた、不破の鎧をな」

「……お嬢様……」

「ならば後は、その性能を、有用性を世に示すのみ。

 ……往くぞ。かつては女の身であることを呪ったものだが、今は感謝している。有澤の魂を、世界に焼き付けることが出来るのだからな――!」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……今日もまた、一日が始まったか……」

 

 さて、この俺、織斑一夏がこうまでアンニュイな気分である理由はただ一つ。学校に行かなければならないからだ。

 それだけ言うと不登校一歩手前みたいだが、そうではない。俺は学校そのものが嫌なのではなく、通う学校、そしてそこにおける俺の環境が特殊過ぎることが嫌なのだ。

 なにせここはIS学園、女性にしか動かせないISの操縦その他を学ぶところなのだから、当然生徒はみんな女性だ。そんな中でただ一人、どういうわけかISを動かせてしまった俺だけが、男子生徒として在籍している。

 ……いや、在籍させられている、って言った方が正しいな。半ば誘拐みたいな感じで連れて来られたし。

 

「……けど、なんだろう? なんか今日は、ちょっと視線が少ないような……?」

 

 女子ばかりの学園に一人だけの男子、当然注目を集めてしまう。入学してからの数日、俺は四方八方から視線攻撃を受けていたのだが、今日はそれが少し控えめなような気がした。気のせいかもしれないが気になって、ちょっと周囲を見渡すと。

 

「……あれ?」

 

 その原因を、見つけた。

 

 女の子だった。制服のリボンの色からして、俺と同じ一年生。黒い髪はおかっぱで、眼には何か、鋼のように固い意志が宿っている。

 それだけなら、特に珍しいことではない。何せここはIS学園、生徒はみんな女の子だし、その中には強い覚悟を持ってここに入学した子も多い。

 

 ならばなぜ、その子が視線を集めているのかと言うと――

 

「……車椅子?」

 

 そう、その子は車椅子に座っていた。

 IS学園ではISについてを学ぶ。当然、整備や開発なんかの科目もあるし、それを専門とする課もある。けど、ISの操縦だって必須科目の一つだ。乗るというより装着する兵器であるISは、身体が不自由では満足に扱えないと思うんだが……。

 

「何か用か」

「え?」

 

 ぼうっとしている内に、いつの間にか少女は、すぐそばまで来ていた。それまでずっと少女を見ていた俺を不思議に思ったのか、あるいは不快に感じたのか、俺の顔を見上げながら声を掛けてきた。

 

「え……えっと……」

「何か用か、と訊いている」

「…………」

 

 もちろん、用なんかない。ただ車椅子の女の子がIS学園に居るということが気になって、注目してしまっただけだ。

 ……それって、一番失礼なことだよな。

 

「いや、用とかはないんだ」

「そうか」

「えっと……その、ごめん」

 

 なので、謝った。けどその子は、ふん、と鼻を鳴らすだけで何も言わず、そのまま立ち去ってしまった。

 

「……なんか、すげえ子だな……」

 

 なんというか、声に重みがあった。音程が低いとか、そういうことじゃない。ちょっとハスキーな感じではあったけど、それでもちゃんと女の子の声だった。

 

 けれど、その声には。

 

 まるで、天地に轟く雷鳴のような。

 

 重さと、力強さがあったのだ。

 

「……それに……」

 

 あの子、俺に対してなんの反応もなかった。この学園では異質の存在である俺に対して、何も。

 

「……なんなんだろうな」

 

 不思議というか独特というか、色んな意味でインパクトのある子だった。さすがにあんな子を見掛けていたら覚えていると思うんだが、どうにも記憶にない。

 単に今まで会わなかったのか、それとも、今日初めて登校したのか。

 

 なんとなくだが――後者のような気がする。

 

「……まあ、いっか。一年生ならその内また会うだろうし、教室も近いだろうし」

 

 今度、ちゃんと謝りに行かないと。あの子はそういうことを気にするタイプには見えなかったが、それでもだ。

 

「……取りあえず今は、教室に急ごう」

 

 車椅子の少女が去ったことで、また視線が俺に集まり始めた。十字砲火を受ける前に、早いとこ教室に行かないと。

 

 ……教室でも似たようなもんだけどな。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「はじめまして。私はIS学園一年の学年主任、織斑千冬です。よろしくお願いします」

「はじめまして、織斑先生。私はこの度、第43代有澤重工社長に就任しました、有澤隆文と申します」

 

 事務的な挨拶をする私に、同じく事務的に返す。その姿に、私は驚きと感心と、納得を同時に覚えていた。

 

 ――有澤重工。古くは武具を造る鍛冶師の一門、今では兵器を造る軍事企業。その歴史は古く、信念は一貫しており、名門であり異端でもある職人たち。

 

 それを受け継いだのが、目の前に居る少女だ。

 

「先代社長のことは残念でした。ご冥福をお祈りします」

「ありがとうございます。病に倒れたとはいえ、有澤の、そして自らの信念に殉じたのです。父も満足でしょう」

 

 先代の有澤重工社長には、私も会ったことがある。イメージ通りの、頑固で、厳格で、そして大きな人物だった。

 正直に言って、彼の跡を継いだのが一夏と同い年の、それも足の不自由な少女と聞いて心配していた。そんな子供に、彼の後任が務まるのかと。

 

 ――なんという無礼か。見ろ、この眼を。偉大な父親の遺志、有澤重工全社員の運命、その全てを背負って進むという決意がある。足のことなど関係がない、たとえ這ってでも、この少女は決して前進を止めることはないだろう。

 

「しかし、社長。あなたはこの学園に、生徒として在籍することになります。それがどういうことか、お分かりですね?」

「無論です。私のことは、ただの一生徒として扱っていただきたい。社のことも、そしてこの足のことも、一切考慮に入れないでいただきたい」

 

 ああ、まったく。思った通りの答え、思った以上の覇気だ。

 ならば私も、この心に応えねばなるまい。

 

「……分かった。なら、話はこれで終わりだ。早く教室に戻れ、お前一人のために授業を遅らせるつもりはないからな」

「分かりました。手続きに必要な書類は後日提出します。……それでは、失礼します」

 

 突然態度を変えた私に満足そうに笑い、その笑みをすぐに引っ込めて、有澤は教員室を去っていった。小さいはずのその背中が、まるで山のように大きく見える。

 

「ふ……なるほど、ただ娘だから社を継いだ、というわけではなかったか。まああの人のことだ、そんなことはありえんだろうと思ってはいたが」

 

 さて。

 会社の引継ぎなどで入学が遅れた有澤だが、所属するクラスは一年二組。そしてそこには、近々一人、中国の国家代表候補生が転入してくる予定がある。

 

 その転入生は、私の弟の幼なじみ。気が強く、努力家で、負けず嫌いの少女。

 

 有澤とアイツが出会えば何が起きるのか、どうなるのか。

 

「ふふ……面白くなりそうだ」

 

 なにせ、私のクラスではないからな。面倒に巻き込まれることなく、外から観客として、のんびりと事の推移を眺めることが出来る。

 

 一夏絡みの騒動で散々手間を掛けさせられているんだ、このくらいは楽しませてもらおう――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「今日は転入生を紹介します。(ファン)さん、どうぞ」

「はい」

 

 担任の教師に促され、教室の外に待機していたのだろう、転入生とやらが入ってきた。小柄な身体に似合わぬ大きな歩幅。二つに分けて纏められた長い茶髪に、活力に満ちた瞳。顔立ちは東洋系、姓が「ファン」となれば、中国人か?

 

「今日からこのクラスの一員になる、(ファン)鈴音(リンイン)よ。よろしくね」

 

 明るい挨拶と共に、小さくお辞儀をする。しかし口調といい口元に浮かぶ笑みといい、かなり挑戦的な印象を受けた。

 

「早速で悪いんだけど、このクラスのクラス代表って誰?」

「私だ」

 

 問われたので、挙手して応える。

 私が少々遅れて入学した時、ちょうどクラス代表を決める会議中だった。私が専用機を持っていたこと、成って日が浅いとは言えそれなりに規模のある会社の社長であることから、あっという間に決定したのだ。初対面であり車椅子に座る者に対しても遠慮のないその流れに、かえって感心したものだ。

 

「アンタが? それじゃあさ、クラス代表、あたしに譲ってくれない?」

 

 そしてこの少女も、全く人見知りをしない性格であるらしい。

 

「なぜ?」

「あたし、これでも中国の代表候補生なの。クラス代表って、その名の通りクラスで一番優秀な人がなるべきでしょ?」

「なるほど、道理だな」

 

 確かに、合理的な理由だ。だが私は、有澤重工の力を世に示すためにここに居る。公式戦の機会を得られるクラス代表の座を、はいそうですかと譲るわけにはいかない。

 

 ――なにより。

 

 「合理的」と言われれば叩き潰したくなるのが、有澤の血筋だ。

 

「しかし生憎だが、譲るつもりはない。私とて、代表候補生でないとはいえ専用機持ちだ。それに私なりの理由があるのでな。欲しければ、力ずくで奪ってみせろ」

「……へえ。深窓のお嬢様みたいな見た目のクセに、なかなか活きが良いじゃない。気に入ったわ、アンタとは友達になれそう」

「それは光栄だ」

「けど、それとこれとは話が別。あたしにも、クラス代表になりたい理由があるの。だからさっきアンタが言ったように、力ずくで奪わせてもらうわよ」

 

 視線を交差させ、互いの眼を睨み合う。だが不思議と、険悪な空気にはならない。例えるなら、良きライバル同士の対決のような空気だ。

 

「面白い。つい先日、一組のクラス代表も決闘で決まったばかりだ。それに倣わせてもらうとしようか」

「あら素敵。嫌いじゃないわ、そういうの」

「えーっと、その、お二人さん? 自己紹介が終わったのなら、授業を始めt「日取りは、そうだな……今日でいいだろう。確か第二アリーナが空いていたはずだ」ええっと、聞いてる? 授業をh「丁度いいわね。長旅で窮屈だったから、思いっきり運動したかったところなの」……あの、だかr「決まりだな。アリーナの手配をしておこう」「ありがとう、まだ勝手がわからないから、助かるわ」…………あn「楽しみだな。世界最多の人口を誇る中国、その中から選び抜かれた者の実力はどれほどか」「期待していいわよ。絶対退屈させないから」………………「くっくっくっく……」「ふっふっふっふ……」……………………ああ、このクラスは一組と違って、問題児はいないと思ってたのに……」

 

 担任がシクシクと啜り泣きながら何か言っていたが、興味がない。

 

 ……さて、初陣か。念入りに調整しておくとしよう。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……え? 決闘?」

「そ。今日の放課後、第二アリーナで。クラス代表の座を巡ってね」

「……転入初日になにやらかしてんだよ……」

「インパクトは強いほうがいいでしょ?」

「強すぎだっての」

 

 噂の転入生は、去年中国に帰ってしまったセカンド幼なじみ、鈴だった。昔から突飛なことをするヤツだったが、相変わらずみたいだな。まあ元気が有り余ってるのは良いことだとは思うけど。

 

「けどお前、中国の代表候補生なんだろ? しかも専用機持ちなんだろ? 一般の生徒で相手になるのか?」

「アンタだって、代表候補生の専用機持ち相手に、結構食い下がったらしいじゃない」

「いや、俺は一応、専用機だったし。勢いで挑んだだけで、そこまで考えてたわけじゃないけど」

 

 ちなみに、ここは食堂。時間は昼休み。箒やセシリア、それに他のクラスメイトと昼食に来たところ鈴と出くわし、こうして一緒に食べてるのだ。

 

 ……そしてなにやら、さっきから箒とセシリアの目がコワイ。

 

「それに、相手は一般の生徒とは言えないわよ。有澤重工の第43代社長にして専用機持ち、有澤隆文だもの」

「な!? 有澤重工だと!?」

「知っているのか、箒?」

「ああ。とある分野において、世界でも圧倒的なシェアを誇る企業だ」

「とある分野? ……ていうか、そいつも女の子なんだろ? なんで隆文なんて名前なんだ?」

「有澤の歴史は古い。有澤重工という会社になる前は鍛冶師の一族でな、族長が代々、隆文の名を継いできたんだ」

「あー、なるほど。確かに43代目っていったら、相当昔から続いてることになるもんな。

 ……ところで、とある分野ってどんな分野だ?」

「重装甲と炸薬だ」

「……は?」

「だから、重装甲と炸薬だ。昔は大鎧や大太刀、大砲だった。それが時代の流れに従って、超重戦車やら巨大戦艦やらを造り始めたんだ」

「……んで、とうとうISにも手を出し始めたってわけか」

「今でも、有澤重工の理念は変わっていませんわ。多くのIS開発企業が機動力や精度、特殊性を追求しているのに対し、有澤重工だけはいまだに重装甲・高火力の機体を造っていますの」

「へえ、そりゃまた……熱い会社だな」

「ま、とにかく、そこの先代社長さんが、最近亡くなったの。ニュースでもやってたわよ。それで、その一人娘が会社を継いだってわけ」

「むう……」

 

 そんな大変な事情の子もいるのか。最近忙しくてニュース見てなかったから、全然知らなかった。

 

「それで、その有澤さんはどんな人なんだ?」

「さすがは有澤重工の後継者、って感じね。日本人形みたいな髪型に車椅子だったけど、あれは絶対、間違っても、大人しいと言える性格はしてないわよ」

「……日本人形みたいな髪型に、車椅子?」

 

 …………どうしよう、すっごい見覚えあるんだが。

 

「……む、そろそろ昼休みが終わるな。急ぐぞ」

「え? あ、ああ、そうだな」

 

 箒に言われて時計を見ると、確かにそろそろ食事を終えないとまずい時間だ。

 鈴の対戦相手、有澤隆文さんは少し気になるところだが、放課後に試合するみたいだし。その後、もし余裕があったら話してみよう。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 というわけで、放課後の第二アリーナ。噂の転入生vs学生社長というカードが話題を呼んだのか、突然決まった試合だというのに、観客席は満員だ。いや、この学園の噂の広まりが速すぎるだけかもしれないが。

 

「へえ、これが鈴の専用機か」

「ええ。バランスと安定性、持久力に優れた第三世代型、〔甲龍(シェンロン)〕よ」

「突き抜けた性能こそなさそうですが、完成度はかなりのものですわね……」

「しかしいいのか? この試合に勝てばお前がクラス代表、クラス対抗トーナメントで一夏と戦うことになるかもしれないんだぞ。対戦相手に機体の性能を教えるつもりか?」

「ええ、そうよ。録画だけど、あたしは一夏の試合を見た。なら一夏にもあたしの試合を見せなきゃ、フェアじゃないじゃない?」

「う~ん……なんていうか、鈴は勝つためなら手段を選ばないと思ってたんだけどな」

「一夏、あとでぶっ飛ばす」

 

 自分の失言を悔やみつつ、ゲートへと向かう鈴を見送る。飛び出す姿、その安定した飛行を実現する技量に感心しながら、観客席へと移動した。

 

「……うん? 有澤さん、まだ来てないのか?」

 

 アリーナ中央、低空に浮かぶ鈴の前には、誰もいない。そろそろ試合開始の時間だが……。

 

「む、向かいのゲートが開いたぞ。どうやら出てくるようだ」

「遅刻……と言うほどでもありませんわね。時間としてはちょうど――な、なんなんですの、あれは!?」

 

 セシリアの驚きの声。俺も驚き、大口を開けて間抜け面を晒している。隣にいる箒も、きっと鈴も、同じような顔をしているだろう。

 

 だって、俺たちの居る観客席の反対側のゲートから飛び出てきたのは、とてもISには見えなかったからだ。

 

 ――ズゥゥゥゥゥン――

 

 カタパルトで撃ち出されたソレが、重々しい音を響かせて、着地する。固いアリーナの地面にめり込み、しかしそれを意にも介さない力強さで、ソレは鈴の前まで移動した。

 

「遅くなってすまない。カタパルトに固定するのに手間取った」

 

 オープンチャネルで放たれた音声を拾い、スピーカーから観客席へと流される。その声は確かに、少しだけ聞いた有澤さんの声だった。

 

 ――その声がなければ、ソレを身に着けているのが有澤さんだとは思えなかっただろう。

 

「さて、それでは早速、始めようか」

 

 ソレは、ISには珍しい全身装甲(フル・スキン)だった。

 

 だから顔が見えない。けれどソレに乗っているのが有澤さんだと思えなかった理由は、そんなことじゃなく。

 

「……む。一応、名乗りを上げるくらいはした方が良いか」

 

 ソレの脚は、脚ではなかった。有澤さんは足が不自由なので、通常の脚じゃ上手く動かせないのかもしれないから仕方ない。

 

 ソレの腕は、腕ではなかった。あのカタチの脚では普通に武器を持つんじゃ扱いにくいだろうから、腕も脚に合わせるのは納得できる。

 

 ソレの胴は、胴ではなかった。見るからに低そうな機動力を考えれば、強烈な攻撃にも耐えられるよう、装甲を厚くするのは当然だ。

 

 ソレの砲は、砲ではなかった。機動力が下がれば命中率も下がる、一撃で勝てるほどの攻撃力を得るためには武器を大型化するのが一番簡単だ。

 

 こう言うと、ソレは一見、合理的な考えに基づいて造られたように感じる。

 

 けれど、そんな筈はない。ソレの設計思想は、合理なんてチャチなモノからかけ離れたところにあると断言できる。

 

「有澤重工、〔雷電〕だ」

 

 機動力を犠牲にし、装甲と火力を高める。それは至って普通の考えだ。全ての性能を極限まで高めるなんてのは理想に過ぎず、現実を考えればどこかしら妥協しなければならないのだから。

 

 そんな、基本とも言えないような常識を差し引いても。

 

 余りにも巨大なソレを前にしては、こう思わずにはいられない。

 

「正面から行かせてもらう。それしか能が無い」

 

 ――誰が、そこまでやれと言った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ――それ、ISでやる必要あんの?

 

 そう思ったのはあたしだけではないと断言する。

 

「……ある程度は予想してたけど、遥か真上をぶっ飛んでたわ……」

 

 低機動、重装甲、高火力。それがあたしが予想した、隆文の機体だった。それは間違いではなかったんだけど。

 

 低機動? まあ見るからに遅そうだ。一般道も走れないんじゃないの?

 

 重装甲? 確かにそうでしょうね。厚い装甲って言うより、装甲の塊だけど。

 

 高火力? 冗談じゃない。あんな大砲向けられたら、それだけで背筋が凍りつく。

 

『……ええっと……し、試合開始!』

 

 アナウンサーも戸惑ってる。無理もない、あたしだって戸惑ってる。

 だって、ソレ――〔雷電〕は、通常のISとは何もかもが違っているんだから。

 

 脚はでっかい箱。そうとしか言いようのないカタチをしている。キャタピラか何かで動くの?

 腕はでっかい箱。そこに空いた砲口が相対的に小さく見えるけど、どう考えても人の頭よりデカいわねアレ。

 胴はでっかい箱。とにかく頑丈そうだ、あの中は核シェルターより安心できるでしょうね。

 砲はでっかい箱。携行性のためか三つに折り畳まれてるみたいだけど、それでもあれだけデカいのなら、展開すればどれだけデカくなるのか。

 

 ……生まれて初めて戦車に立ち向かう歩兵の気分だわ。

 

「では――」

 

 ガコンガコンガコン。騒音を立てながら、雷電の両肩を占拠していた大砲が展開される。

 ……やっぱり、デカい。なんか柱を背負ってるみたい。

 

「――往くぞ」

「っ!」

 ドゴゥン――!

 お腹に響く轟音と共に、キ○ガイサイズの榴弾が放たれる。しかし弾速は遅く、余裕を持って回避できた。

 

 ……できたけど。

 

 ――ズドォォォォォン!!

「うひゃあっ!?」

 

 避けた榴弾がアリーナの壁に当たると、とんでもない大爆発が起きた。

 

 ……なんて威力。比喩でも誇張でもなく、アリーナが揺れたわよ今……!

 

(あんなのに当たったら即撃墜ね……なら、撃たせる間も与えないっ!)

 

 幸いと言うか当然と言うか、あの大砲、連射はできないようだ。なら次を撃つ前に、最大火力で一気に倒す。あれだけ的が大きくて、しかも鈍足ときてる。撃ち放題の当て放題だ。

 

「食らえっ!」

 ドドドドドドドンッ!

 甲龍の肩アーマー、その中の球体が輝き、不可視の砲弾が放たれる。空間を圧縮して砲身とし、余剰エネルギーを砲弾として撃ち出す衝撃砲――甲龍の第三世代型兵器、〔龍咆〕だ。

 

「ぬっ……!」

 

 ただでさえ避けにくい龍咆を、雷電の機動力で避けられるわけがない。全弾直撃、鉄球を音速でぶつけるに等しいその連射を受けて、隆文は体勢を崩し――

 

「効かんっ!」

「なっ!?」

 

 ――てない。それどころか、ダメージすらなさそう。

 まさかあの箱、中身は電子機器満載とかじゃなくて、ホントに装甲の塊なの!?

 

「くっ……なら、撃ち続けるまでよ!」

 

 龍咆にエネルギーを叩き込み、高速充填。さっきより威力を増した砲弾を、さっきよりも速く連射する。

 

 ――それでも、雷電は止まらない。

 

「頑丈っ……すぎんでしょ!」

「雷電を削るには、その程度では足りんよ……!」

 

 地面に深い轍を刻みながら、雷電が前進する。その移動はやっぱり遅くて、軽くさがるだけで間合いを広げることができる。

 

 ……なのに、なんて威圧感。無数の槍が突き出た壁が、ゆっくりと迫って来るような。

 

「はぁっ!」

「軽いっ!」

 

 最大までチャージした龍咆も、小石のようにはじかれる。そしてあの大砲が、今度は両腕の砲も一緒に向けられた。

 

 ――ドドドゴゥン!

「ちぃ!」

 

 三発の榴弾、それを大きく回避。両腕の砲から放たれる榴弾は肩の大砲に比べればさすがに小さいけど、それでも規格外のサイズだ。直撃はなんとしても避けなきゃいけない。

 避けた榴弾が今度は観客席を守る遮断シールドに当たり、観客席から悲鳴が上がる。

 

(驚かせちゃって申し訳ないけど、こっちも余裕ないのよ……!)

 

 あの榴弾を避けるのは簡単だ。けどそれは、今この段階での話。

 

 ゆっくりとした、しかし決して止まることのない前進。こちらの攻撃は全くと言っていいほど効果がなく、逆にこっちが食らえば一発KO。

 体力や技術じゃなく、精神がヤバイ。凄まじい威圧感にごりごり削られていく。

 

 このまま長期戦に持ち込んだとして、勝てるだろうか?

 

 たった一つのミスが、命取りになるのに。

 

 いつまでも冷静に、正確に対応することが、あたしにできるの――?

 

「……どうした、凰鈴音」

「っ……!」

 

 一瞬の弱気、それで晒した僅かな隙は、隆文にとって絶好のチャンスだったはずなのに。

 

 隆文は榴弾ではなく、言葉を放ってきた。

 

「教室での啖呵はどうした? あの時の、覇気に満ちた眼はどうした? 私から、クラス代表の座を奪うのだろう? ならば掛かって来い、様子見など無意味だ」

「……様子見ですって?」

 

 そんなのはとっくに終えている。ていうかわかりやすすぎて、様子を見るまでもない。

 今はただ、勝つための手段を――

 

(……勝つため?)

 

 本当に?

 

 本当に、そう言えるの?

 

 いや、違う。全然違う。

 

 さっきまであたしが考えていたのは、勝つための方法ではなく。

 

 負けないための――

 

「お前はそんな、つまらん人間ではないだろう。失敗を恐れて成功を逃すような人間ではないだろう。図太く、我侭に、自らの望みを、自らの力で叶える人間だろう。

 ……さあ、来い、凰鈴音。お前の信念で、私を貫いてみせろ」

「……はん、上等よ」

 

 そうだ、こんな安全なところからチマチマ突っつくなんて、面白くない。隆文はあんなに堂々としているのに、あたしだけ逃げ回るなんて我慢ならない。

 

 ……いいわよ、やってやろうじゃない。

 

 アンタの見込み違いじゃないってことを、証明してやる。

 

「それじゃ、遠慮なく行かせてもらうわよ。

 ……覚悟はいいでしょうね? 隆文」

「無論だ。お前がどのような攻撃をして来ようと、全て受け切ってやろう」

「よく言ったわね。それじゃあ、試合開始といきましょうか――!」

「見せてみろ、お前の力を!

 私は、その全てを焼き尽くすだけだ――!」

 

 再び放たれる、三つの榴弾。けれど、今度は逃げない。

 

「はあああああっ!!」

 

 前に出て、榴弾の隙間に滑り込むようにして回避。すれ違う瞬間に龍咆を榴弾に撃ち込んで、爆発させる。

 

「ぬっ!?」

 

 背後で起きた大爆発が、あたしの背中を強く押す。その爆風に乗るようにして一気に加速し、両手に武器を――双頭の大青龍刀、〔双天牙月〕を展開した。

 

「でやああああああっ!!」

 ガギンッ!

 振るった刃は装甲に弾かれ、通らない。

 

 だったら、何度でも切り付けるまでよ!

 

「はあああああああっ!!」

「くっ……はぁ!」

 

 ガコン。かすかに聞こえた装填音。スラスターを横に噴かし、背後に回りこむ。

 

「ちぃっ」

「その大砲、これだけ近いと狙えないようね!」

 

 威力にばかり目がいって、簡単なことにも気づかなかった。

 少し考えればすぐわかる。あれだけ大きいんだから、素早い取り回しなんかできるはずがない。

 

 この距離じゃ、射線に入ればその瞬間に終わりだろうけど。

 

 そうでもしなきゃ、コイツには勝てない――!

 

「せい! やあ!」

 ガギンガギンガギン!

 双天牙月をバトンのように振り回して、遠心力を乗せた連撃を叩き込む。相変わらず弾かれてるけど、それでも雷電の装甲に、確実に傷をつけている。

 

「やるじゃないか、凰!」

「期待していいって言ったでしょ!」

 

 双天牙月の刃が弾かれ、特大の榴弾をかわす。試合は完全なインファイト、超至近距離(クロスレンジ)での攻防だ。

 一撃でも避け損ねれば負けというプレッシャー、さっきまで重荷でしかなかったそれが、今では絶妙な緊張感となって、あたしの精神を研ぎ澄ます。

 

 ――何度だって切りつける。何度だって避け続ける。

 

 雷電の装甲を削り切るのが先か、あたしがミスするのが先か。

 

 そういうわかりやすいの、嫌いじゃないわ――!

 

「はあああああっ!!」

「おおおおおおっ!!」

 

 ごく狭い範囲を目まぐるしく飛び回りながら、渾身の連撃を放つ。反撃の榴弾はあちらこちらへ飛んで行き、時にはすぐそこの地面に着弾して、爆風によるダメージを受ける。

 

 ……状況は依然、あたしが押されてる。このままじゃまずい、何かもう一手打たないと。

 

(一か八か……!)

 

 龍咆を最大チャージ。それを隆文にではなく地面に向け、拡散させて撃ち込む。

 

「なにっ!?」

 

 それによって舞い上がるのは、細かく砕かれた粉塵。それが煙幕の代わりとなり、一時的にあたしの姿を隠す。

 その隙に急上昇。もちろん、逃げるためじゃない。

 アリーナの天井近くまで一気に飛び上がり反転、全速力で急降下。双天牙月を頭上に構え、渾身の力を込める。

 

 簡単なことだ。普通に切っても埒が開かないから、助走をつけて、思いっきりぶった切る――!

 

「っ!?」

 

 しかし突然、粉塵の煙幕が晴れる。

 いや、晴れたんじゃない。吹き払われたんだ。

 

 ――隆文が足下に撃ち込んだ榴弾の、爆風によって。

 

「そこかっ……!」

 

 目くらましがなければ、あたしの居場所はすぐにわかる。隆文は肩の大砲を真上に向けて、自分目掛けて真っ直ぐに落ちてくるあたしに照準を合わせた。

 

「――上等ォ!!」

 

 でも、止まらない。止まるわけにはいかない。

 

 普通にやっても勝てないのなら、それでも勝ちたいのなら。

 

 どこかで賭けに出るしか、ないんだから――!

 

「だああああああああっ!!」

「おおおおおおおおおっ!!」

 

 狙うタイミングは一瞬。まばたきよりも遥かに短い刹那。難易度はインセインかノーフューチャーか。

 

(大丈夫、できる! あたしなら、できるっ!!)

 

 絶対にできる。絶対に勝てる。

 

 そう信じ、そう念じろ――!

 

「ああああっ!!」

 

 そして、必殺の大砲に込められた榴弾、

 

 その雷管を撃鉄が叩き、

 

 薬莢に詰められた炸薬が爆ぜ、

 

 弾頭が薬室から押し出され、

 

 砲身の中で加速していき、

 

 砲口から吐き出される、

 

 その、瞬間に。

 

「――――っ!!」

 

 竹を縦に割るように。

 

 砲口に、双天月牙を叩き込んだ。

 

「なんとっ……!?」

 

 信管を叩かれて、榴弾が砲身内で起爆する。当然、大砲は内側から、粉々に弾け飛んだ。

 

「ぐああああっ!!」

 

 さすがの雷電も、これならかなりのダメージを受けるはず。あたしもそこそこダメージを受けたし双天牙月の片側は吹っ飛んだけど、それでも雷電のダメージに比べれば微々たるものだ。

 

 このまま、一気に攻める。残った片側の柄を握り締め、切りかかろうとして。

 

「ぬぅあああああっ!!」

「ごふっ!?」

 

 ……あーもう、あたしのバカ。なんだって忘れてたんだろう。

 ずっと昔、まだ戦車が最強の地上戦力だった頃。

 戦車の何が恐れられていたかというと、鉄壁の防御力と、圧倒的な攻撃力と。

 

 ――「重い」ってことじゃない。

 

 つまり何がどうなったかって言うと、背中や脚部のスラスターを全開にして急加速した雷電に、あたしは「轢かれた」のだ。

 もちろん、その速度は他のISに比べれば全然遅い。けど目の前まで接近していたこと、あたしも加速していたこと、何より完全に予想外だったので、避けられなかった。戦車みたいに突き出た脚部の先端が、胸に直撃した。

 

 ……けど、まだだ。甲龍のシールドエネルギーは、まだ残って――

 

「これで、」

 

 あ、ヤバイ。隆文のやつ、両腕ともあたしに向けてる。

 

 今そんなの食らったら、確実にオーバーキr「終いだっ!!」

 

 

 

 その直後、あたしは意識を失った。そして目が覚めた時、生きてることに疑問と喜びを同時に抱いたことは言うまでもない。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……すげえ試合だったな……」

 

 内容が滅茶苦茶だったとかISにあるまじきISだったとか、そういうことじゃなくて。

 有澤さんの戦い方に、俺は胸を打たれた。

 

 有澤さんの専用機、〔雷電〕は、特化し過ぎて弱点だらけの機体だ。しかしその弱点は、有澤さん自身が一番わかってるんだろう。

 だけど、その弱点を補うどころか、それすらも戦術に組み込んでいる。弱点を狙わせることで敵の選択肢を狭め、そして討つ。ある意味、捨て身に近い戦術。それはきっと、自身の愛機に、絶対の信頼を持っているからこその戦術だ。

 

 ――どんな攻撃だろうと、その装甲が破られることは決してないという信頼があってこその。

 

「考えさせられるなあ……」

 

 俺の専用機も、特化し過ぎて弱点だらけの機体だ。けど俺は、有澤さんのような戦術の組み方はしていなかった。弱点をどう埋めるか、そんなことばかり考えていた。

 

「……それじゃあ、勝てないかもな」

 

 弱点を埋めたところで、消えてなくなるわけじゃない。必ずどこか別のところで、無理が生じてくる。

 ならば、いっそ――

 

「潔いっていうかなんていうか。……すごいなあ、有澤さんは……お?」

 

 色々と考え事をしながら歩いていたら、有澤さんを見つけた。まあ彼女がいるピットの方へ歩いてたんだから、当然なんだけど。

 

「……む」

「あ、えっと……」

 

 そしてこんな狭くて他に人がいない通路で相手を見ていれば、当然目が合うわけで。

 有澤さんは動き出そうとしていた車椅子を止めて、俺と相対する。

 

「何か用か」

「…………」

 

 以前言われたのと、同じ言葉。あの時は確か、「ごめん」と言って素通りされたんだっけ。

 さて、なんて言えば良いのか。最初は謝ろうと思っていたけど、この子はきっと、そんな謝罪なんか受け取らない。なら、試合の感想? そんなのはこの後、いくらでも言われるだろう。俺が言うことに意味があるとは思えない。

 

「何か用か、と訊いている」

 

 じゃあ、何を言えば良い? 謝罪の気持ち、そして試合の感想。そんなありきたりな思いを目の前の少女に伝えるには、何を言えば――

 

「……次は――」

 

 ……そんなことは、決まってる。

 謝罪も感想も、受け取ってもらえないのなら。

 

「――俺が相手だ」

 

 ――力ずくで、押し付ける。そんな無茶苦茶なやり方が、この少女相手には相応しいと、思うから。

 

「クラス対抗トーナメント、覚悟しとけよ。俺の剣で、自慢の装甲をぶった切ってやる」

「……面白い」

 

 ほら見ろ、あの楽しそうな顔。他のどんな言葉でも、これだけ喜ばせることはできなかっただろう。

 

 そして俺も、これほど胸が高鳴ることはなかっただろう。

 

「楽しみにしている、織斑一夏。お前の零落白夜、雷電が受け切れることを示したかったところだ」

「……はっ」

 

 ああ、まったく。思った通りの答え、思った以上の覇気だ。

 

 俺も男だ、そんな眼を向けられたら。

 

「知ってるだろうけど、俺の専用機はひどい欠陥機でさ。武器がブレード一本しかない。

 ……だから――」

「見ての通り、私の機体は一点特化型でな。出来ることは極々限られている。

 ……だから――」

 

 燃えるだろうが、有澤、隆文――!

 

「寄って、斬るだけだ――!」

「全てを、焼き尽くすだけだ――!」

 

 

 




キャラ紹介

有澤隆文

 見た目は日本人形、中身は装甲とグレネードと温泉を愛する脳筋。きっと車椅子はISの待機状態。
 残念ながらソルディオス・オービットに匹敵する変態兵器やド・ス&シャミアに見合うキャラがいなかったので、ちょっとテンション(?)低め。
 ちなみに、この話の後一夏との恋愛とかはまったくありません。ただお互いぶっ飛んだ機体なので共感しただけです。自分でやってるのと押し付けられたのとの違いはありますが。



雷電

 説明不要の僕らの浪漫。ACシリーズではお馴染みの公式ガチタンだが、その中でもぶっちぎりで偏ってるこの機体こそがガチタン・オブ・ガチタンであると私は個人的に思ってます。
 本文では見た目の説明がかな~り大雑把だったけど、間違いは何一つ書いてないと思ってる。知らない人は画像でも検索してみてください、そのステキ過ぎるフォルムにビビると同時に釘付けになること間違いなしです。
 この話ではネクストじゃないので、社長砲と腕武器は同時に撃てる。ゲームでもこの仕様だったら、グレートウォールのハードは難易度が跳ね上がってたと思う。
 とりあえず今回やりたかったのはブーストチャージ。タンクで突撃して轢き殺すってかっこよくね?

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