IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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一日1500文字書けば、一週間で一話仕上がる。

そう思っていた時期が、私にもありました。


第67話 宣戦

「そういえばさ」

 

 放課後。

 各々訓練や宿題を終えた己たちは食堂に集まり、皆で夕食をとっていた。毎日違う、それでいて味と栄養バランスを極めて高いレベルで両立させている日替わり定食に舌鼓を打っていたところ、一夏がふと思い出したように切り出したのだ。

 

「今度唐沢さんが俺の誕生日パーティー開いてくれるんだけど、みんな来るか?」

「「「……………………」」」

 

 突然、フォークやスプーンを止めてピタリと硬直した者が三人。セシリア、シャル、ラウラである。

 

「……一夏……」

「今……」

「なんておっしゃいました?」

「え? いやだから、今度俺の誕生日パーティーやるんだけど、来るか、って――」

 

 再度言うと、三人の首がグルンと同時に動き、箒、鈴、そして己を睨み付けた。

 

「どういうことだ?」

「なんで、今まで黙ってたのかな?」

「まさか、その日が過ぎるまで黙っているつもりだったわけではありませんわよね?」

 

 静かな、しかしドス黒い覇気のこもった問い。箒と鈴が視線を顔ごと逸らす。

 

「だ、黙っていたわけではない。ただ言うタイミングが分からなかったというか……」

「そ、そうそう。みんな最近、訓練忙しそうだったし。余計なこと言わない方が良いかなー、って……」

「……訊かれていない……」

 

 一応、理由を答える。しかしどうやら、言い訳と思われたようだ。眼力が凄まじいことになっている。

 

 ……少し怖い。

 

「ふぅ~ん……まあいいや。それで一夏、誕生日っていつなの?」

「え? ああ、9月27日だよ」

 

 とても「まあいい」という顔ではないものの、表面上は冷静なシャルの質問に一夏が答える。するとセシリアは上質な革表紙の手帳を取り出した。

 

「そういうことは早めに言っていただけませんと。9月27日……日曜日ですわね。……あら、ちょうど予定が空いてますわ」

 

 その手帳をテーブルの上に置くと、セシリアの肩に座っていたチビ上が飛び降りて、どこからともなく取り出した赤ペンで九月二七日に二重丸を付けた。

 ……その日の欄には予定がビッシリと書き込まれていたように見えたのだが、どれも二重線で消されてしまった。

 

「私も予定を空けておこう。唐沢さんには参加すると伝えておいてくれ。……ふむ。そういえば、マスターの誕生日を訊いたことはなかったな。いつだ?」

「……十一月九日……」

 

 素直に答えると、残る二人も手帳を取り出し、予定表に書き込む。

 するとシャルが、ん? と顔を上げ。

 

「……あれ? シンって……一夏や箒よりも、年下?」

「「……あ」」

「…………」

 

 年下……と言えば、そうなのだろう。学年は同じだが、生まれた時期は確かに二人よりも遅い。一夏と比べれば一月半、箒とならば四ヶ月も遅い。

 だからなんだ、と言いたいところではあるが。

 

「そうでしたの……意外ですわね」

「……?」

「いや、ほら、シンってなんか、お姉さんみたいな雰囲気があるじゃない? みんなに頼られてるし……」

「うむ。てっきり、誕生日はかなり早いものと思っていたぞ」

「…………」

 

 それがどうした。他がどうかは知らんが少なくともこの国では、学年が同じなら皆「同い年」だ。誕生日が四月だろうが三月だろうが変わらん。

 己はそう思っていたのだが、皆は違うらしかった。

 

「じゃあさ。なんでシンは「姉貴分」なの?」

「……………………」

 

 ……そういえば、深く考えたことはなかったな。己の主観からすれば幼なじみたちは皆かなりの年下で、つい弟や妹のように思ってしまっていたのだが。逆に周囲が、自分よりも誕生日が遅い者に年下のように扱われることを受け入れたというのは、少々不思議ではある。

 

「うむ……なんというか、落ち着いていて大人びた雰囲気がある、というのももちろん大きいのだが……」

 

 腕を組み眉根を寄せて、悩むような声を出す箒。それに頷きつつ、鈴と一夏が続ける。

 

「ある意味、もっと単純な理由なのよね」

「シンは背が高かったんだよ」

「………………………………」

 

 ……そ、そんな理由だったのか……もっとこう、頼りがいがあるとかだと思っていたのだが……。

 

「背が高いって……確かに高いですが」

「きょ……織斑先生と比べてもそれなりに差があるほどだしな」

「日本だと珍しいよね、170センチ以上ある女の子は。……けど、それでも一夏の方が背は高いよね? ちょっとだけど」

「最近ようやく追い越したんだよ。ここ一年くらいかな。それまではシンのほうが背が高くて、特に昔は結構差があったんだ」

「「「へえ~……」」」

「…………」

 

 しかしそう言われてしまうと、最近努めて気にしないようにしていたことが気になってしまうではないか。

 

 ……おのれ一夏、昔はあんなに小さかったクセに……。

 

「いや、嬉しかったなあ。目標の一つだったんだよ、シンを身長で越えることは」

「ふふ、男の子らしい目標ですわね」

「……………………」

 

 ふん、今に見ていろ。己とてまだ身長は伸び続けている、いずれ追い抜き返してやる。

 

 ……最近伸びが少々悪くなりつつあることと、一夏が順調に伸び続けていることを考えると、かなり不利な形勢であることは確かだが……。

 

「……な、なんだよ」

「……………………」

 

 …………今に見ていろ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 そして夜。

 ISではなく生身の鍛錬を終え、シャワーで汗を流した後水分を補給しようとしたのだが、迂闊にも冷蔵庫内のスポーツドリンクを切らしていた。ただの水分補給であれば洗面所の水でもいいのだが、運動後は水分以外にも色々と不足するものだ。明日に疲労を残さないためにも、やはりスポーツドリンクの方が良い。特にこの学園で売られている物はかなり上質で普段から愛飲しているので、買い溜めしておかねば。

 というわけで、既にベッドで寝息を立てている本音を置いて部屋を出た。

 

(……む……)

 

 すると廊下の向こうから、一夏が歩いて来ていた。廊下には己たちしかおらず、当然、一夏と目が合う。

 

「お? シン、珍しいな。こんな時間に部屋出るなんて」

「…………」

 

 この時間になると、普段は寝る準備くらいしかやることがない。他の者たちは仲の良い者の部屋に遊びに行ったりしているようだが、己はそういうことをしたことはない。

 なので一夏の言う通り、こうして出歩くのは珍しいことではある。

 

「どうしたんだ?」

「……水……」

「水? ああ、スポーツドリンクかなにか切らしたのか?」

「…………」

 

 頷いて答える。しかしコイツも、こんな返答でよく分かるものだ。付き合いが長いだけはあるな。

 

「そっか。んじゃ、湯冷めしないように気をつけろよ」

「…………」

 

 偶然会っただけで、特に用事があるわけでもない。一夏が出歩いている理由にも興味はないし、そのまますれ違おうとしたのだが――

 

「……………………」

「……な、なんだよ」

 

 ふと、先の食堂での会話を思い出してしまった。目の前に立つ少年の頭は、己のそれよりも少し――ほんの少しだけ、高い位置にある。

 

 ………………むぅ。

 

「な、なんだよ、シン」

「……………………」

 

 ……生意気な、一夏のクセに。十年前はカルガモのように己や千冬さんの後にちょろちょろと付いて来ていたクセに。

 

 ………………一夏のクセにっ。

 

「ど、どうしたんだよ」

「……ふん……」

 

 我ながら負け惜しみのように鼻を鳴らして、ついつい大きくなってしまう歩調でその場を去った。

 

「な……なんだってんだよ……」

 

 ……………………おのれ、今に見ていろ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 翌朝。

 食堂に集まった皆でテーブルを囲み、朝食をとる。話題に上がったのは、一夏の誕生日のことだった。

 

「そういえば、一夏さんの誕生日は9月27日ということでしたが。その日は〔キャノンボール・ファスト〕の大会でしたわよね?」

「ああ。誕生パーティーと、キャノンボール・ファストの祝勝会――に、なればいいんだけど。とにかく、兼ねてるんだ。だから、大会のあとになるから、疲れてるだろうと思うけど……」

「そんなのへっちゃらだよ。絶対行くから」

「お、おう。よろしくな」

「…………」

 

 さて。

 〔キャノンボール・ファスト〕というのは、大々的な国際大会も開かれるIS競技のことだ。これはISの最大の特徴一つである機動力を競う。スラスターの増設や高機動パッケージにより機体の機動力を極限まで高め、決められたコースを駆け抜ける。無論最速でゴールした者が勝者となるが、キャノンボール・ファストでは相手の妨害が認められる。所謂バトルレースだ。モンド・グロッソや国際大会の歴代優勝者たちの中には、他選手を全て撃墜して優勝した猛者もいる。それについては賛否両論あるようだが。

 そのキャノンボール・ファストだが、一夏の誕生日に市の特別イベントとして開催される。それにIS学園の生徒たちも実習目的で参加するのだ。学園の外にあるIS用競技場で、一般生徒と専用機持ちに別れて競うことになる。

 

「しかし、キャノンボール・ファストか。一夏、お前は初めてだろう?」

「ああ。どんな感じなんだ?」

 

 キャノンボール・ファストもある程度経験しているだろうラウラに、一夏が尋ねる。それに対する答えは早かった。

 

「超高速戦闘だ。目を回すなよ」

「……ええっと、それだけ?」

「それだけだ。いくら説明したところで、実際に体験しなければ感覚は分からん。詳しくはその後教えてやろう」

「なるほど……訓練あるのみってか」

「おりむーふぁいと~」

「…………」

 

 超高速戦闘か……ISでは臨海学校での一件が始めてだったな。だが昔のことも含めればかなり経験がある、特にVOBでの戦闘は役に立つだろう。

 

 ……まああれは、とても旋回が出来るような代物ではなかったが。コーナリングが課題だな。

 

「ま、どんな感じかはわからなくても、対策くらいはしておけるでしょ」

「おう。白式はパッケージないし、スラスターも増やせないからな。エネルギー配分の調整とかだろ?」

「ええ。キャノンボール・ファストでは、まず後退することはありませんから。左右の移動に関しましても、スラスターを使うより風を上手く受けて曲がるほうが負担も消費も少なく済みますわ」

「そっか、かなりスピード出るもんな。空気抵抗もかなりのものになるわけか。単に邪魔物扱いするのはもったいないよな」

「スカイダイビングなんかだと、身体全体で風を受けて移動するからね。鳥や戦闘機なんかも空気抵抗を上手く使って飛んだり曲がったりしてるわけだし」

「その点では、白式はかなり有利だな。雪花なら、空気抵抗の調整はお手の物だろう」

 

 箒の言う通り、雪花の力は絶大な防御力だけではない。雪花――白式を守る無数のナノマシン、その一つ一つが気流を操作し、機動を助けるのだ。確かにキャノンボール・ファストでは相当な強みとなるだろう。

 

「みんなはどうするんだ?」

「あたしは本国から、キャノンボール・ファスト専用の高機動パッケージが送られることになってるわ」

「専用? そりゃすごいな。セシリアのストライク・ガンナーは、高機動パッケージではあるけど専用ではないんだよな?」

「ええ。ですが少々調整すれば、専用パッケージにも劣ることはありませんわ」

 

 胸を張って腰に手を当てる、いつものポーズ。

 ……様になってはいるが、恥ずかしくはないのだろうか。毎度のことではあるが。

 

「ラウラは? やっぱり本国から装備が来るの?」

「ああ。キャノンボール・ファスト専用ではないが、姉妹機の〔黒き枝(シュヴァルツェア・ツヴァイク)〕の高機動パッケージを流用する」

「速そうだな。レーゲンのことを考えると、ツヴァイクもかなり高性能なんだろ? その高機動パッケージってどんなだ?」

「悪いが、敵対勢力に情報を漏らすほど愚かではない。詳細は実戦で見極めるか、若しくは――自力で調べてみせるんだな」

 

 ニヤリと笑うラウラ。自力で調べろとは、ドイツの軍事機密にハッキングしろということだろう。出来るものなら、と付くが。

 ……そんなことをする馬鹿がここにいないことは分かっているだろうに、まったく。

 

「そういうお前こそどうなんだ、シャルロット」

「僕は〔ラファール・リヴァイヴ〕の増設スラスターを使おうと思ってるよ。ラファールシリーズは元々速度関係を増設しやすくなってるからね。まあ細かいところは、まだ悩んでるんだけど」

「さすが、疾風(ラファール)の名を冠するだけはあるな」

 

 ふむ、シャルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは第二世代型だからな。新型の装備こそないが、信頼性は高い。シャル自身も機動に関する能力は高い、これは手強い相手になるな。

 

「それで、箒は?」

「う、む……紅椿は展開装甲の調節次第で、かなりの機動力を確保できるんだが……燃費が、な」

「ああ~……」

 

 紅椿は圧倒的な性能を持っているが、それを発揮するためには膨大なエネルギーを必要とする。燃費の悪さで言えば白式以上かもしれん。

 ……正直、実戦的とは言い難いほどだ。束さんは何を考えて、こんな極端な機体にしたのか。まさか本気で、箒なら紅椿を使いこなせると思っているのか? あのままでは、千冬さんですら難儀するだろうに。

 

 ……燃費の悪さを補う「何か」が、紅椿にはある。そう考えるのが自然だろう。

 

「……ところで、シンは――」

「……月船……」

「いや、それはわかってるんだけど」

「アレ、ルールに引っかからない?」

「…………」

 

 ……言われてみれば。

 朧月の高機動パッケージである月船は、単純な推進力だけなら図抜けている。そして旋回能力に関しても、分離飛行モードを利用すれば確保出来る。

 しかしこの分離飛行モード、文字通り朧月から分離して飛行する。操作もほぼ朧月が行うため、自立機動兵器に近い。

 

 ……大会のルールはどうなっていたか。自立機動兵器の持込は可能だったか?

 

「……不可だ。自立機動兵器はキャノンボール・ファストでは凄まじい脅威となる。前を飛んでいる敵に後ろから撃たれるのだからな。単純な戦闘なら「戦術の一つ」で片付くのだが、キャノンボール・ファストはあくまでレースだ。先頭を飛ぶ者が追いつかれてもいないのに攻撃できることも、逆に後続が追いついてもいないのに攻撃できることも望ましくない」

「そりゃそうか。やりたい放題になっちまうもんな」

「わたくしのストライク・ガンナーも、ブルーティアーズ全機を機体に固定するからこそ使えるわけですから」

「…………」

 

 ……困ったことになった。月船の分離が出来ないのでは確実にコースアウトだ。かといって月船なしでは、朧月が元々高機動型とはいえ少々不安が残る。なにせ皆も機動力を高めてくるわけだからな。

 

(……どうするか……)

 

 社長にまた何か装備を頼むことになるか。……不安だ、月船なしで挑む以上に。

 

「それとね~、私はね~」

「いやアンタはいいから」

「ええ~!?」

「うう~ん……正直に言っちゃうと、本音がキャノンボール・ファストで活躍するのは無理なんじゃないかな……」

「私だって~、ちゃんと訓練してるんだよ~?」

「適性の問題だな」

「お前は援護は上手いんだが、それ以外はちょっと、な……特に高機動戦闘は、その、なあ……」

「むう~。いのっちからもなにか言ってあげてくださいよ~」

「……無理……」

「え~!?」

 

 シクシク泣き出した本音。まず間違いなく嘘泣きだろう。その肩をポンポン叩いているチビ上が滑稽だ。しかしなぜコイツは本音にだけは懐くんだ、主人でもないのに。

 

「う~ん、みんな色々考えてるんだな……」

「そりゃそうでしょ。キャノンボール・ファストはそれ単体の国際大会もあるし、モンド・グロッソの正式競技にもなってるのよ。ここで活躍すれば、かなり名前が売れるんだし」

「もっとも、ここに居るのは名が売れるどうのよりも、単に負けたくないというだけの理由しかない者だろうがな」

 

 箒の言葉に、全員(本音は除く)が不敵な笑みを浮かべる。

 

 ……そう。ここに居るのは、目先どころか将来の利益よりも、何の役にも立たない自己満足のために全力を尽くすような大馬鹿者ばかりだ。

 だからこそ面白い。富も名誉も関係ない、「勝利」というたった一つの報酬こそが、欲しくてたまらない。

 

 ――まったく。どいつも、こいつも。

 

「おい、お前たち! いつまで食べているつもりだ!? 食事は素早く効率的にとれ、何度も言わせるな!」

「やばい、千冬姉だ」

「急ぐよ~。ずるずるずる~」

「お茶漬けを音を立ててすするなっ」

「……ていうか何よそれ」

「烏龍茶漬け鮭の切り身と生たまも付き~」

「…………何よそれ」

「しかも噛んでるし……」

 

 ……結構旨いのだがな。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ふう、今日の訓練もきつかったな……」

 

 キャノンボール・ファストも近づき、そろそろ超高速戦闘の訓練が始まる。その前に機動の基礎を徹底的におさらいしようと、楯無さんの特訓も厳しさを増してきた。今までの下積みのおかげでどうにかこなせているが、やはりきつい。明日もあるし、早いとこ寝よう。

 

 ガチャリ。

「お邪魔してるよ、織斑君」

 バタン。

 

「………………………………」

 

 ……オーケー、ここは俺の部屋だ、それは間違いない。なんかこうして部屋を確認するのも何度目だろう、だがこれほどまでに殺意を込めてドアのプレートを睨みつけたことはなかった。

 

(なんで……如月社長(変態野郎)が俺の部屋に居るんだよっ……!)

 

 もう一度ドアを開ける。さっきの不気味な薄笑いが幻覚だったことを祈りながら。

 けど祈りなんてのは、大抵無情に踏みにじられるもんだ。今回もそうだった。

 

「お邪魔してるよ、織斑君」

「邪魔だって自覚あるなら出てけよ」

「まあまあ、そう言わずに」

 

 ほんっっっっっっとうに嫌だが、コイツが俺の部屋に居るなんてはらわたが煮えくり返るが、どうにか抑える。コイツは無駄なことはいくらでもするが、しかしその中には必ず、必要なことが含まれている。

 

 ……マジでムカつくなコイツ。

 

「なんの用だよ」

「うふふ。ちょっと君に話しておくことがあってね」

「話、ね」

「まあ、座りたまえ」

 

 そう席を勧められる。……ていうかなんだよこのバカデカい丸テーブルは。どうやって部屋に入れたんだ、明らかにドア潜れねえだろうが。

 

「……で、話って?」

「うん。この前の学園祭で、君を襲った連中のことだよ」

「……っ!」

 

 ……ふざけやがって、よりによってその話か。

 怒りが加速する。なんせ奴らは、シンの――

 

「楯無君から、どこまで聞いているかね?」

「……奴らが亡国機業(ファントム・タスク)とかいうテロ集団で、俺のISを狙ってて、それから守るために楯無さんが俺の部屋に同居してて、学園祭じゃ俺だけじゃなく、シンのことも襲った、ってところまで」

「ふむ、大体聞いてるみたいだね」

 

 それは先日、楯無さんから聞いたことだった。俺が未熟でなければそんなことも必要なかったんだろうが……楯無さんの特訓がなければ、そして楯無さんが助けてくれなければ、やられてた。

 

「まあ、そんなことはどうでもいいんだ」

「どうでもいい? どうでもいいだと!? 連中は、シンの――」

「織斑君」

「……っ」

 

 激昂しかけた俺をいさめる社長。

 その声が、眼が、あまりに真摯だったから。

 俺は振り上げかけた拳を握り締め、席に着いた。

 

「どうでもいいんだよ、織斑君。それは過去のこと、終わったことだ。僕は今、これからどうするかを話しに来てるんだよ」

「……くそっ」

 

 ……正論だ。論点から外れた内容は、確かに――どうでもいい。少なくとも、重要なことではない。

 感情的になるな。怒りや憎しみに呑まれるな。それは判断を、そして剣を鈍らせる。

 

「じゃあ、続けるよ。僕がここに来たのは、君に協力してほしくてね」

「協力って、奴らをぶっ潰すことをか? だったらわざわざ来る必要なんかない、亡国機業はもう、俺の敵だ」

 

 シンの腕を奪った犯人がわかった以上、野放しにするつもりはない。いつか必ず捕まえて、唐沢さんたちの前に引きずり出して土下座させてやる。

 

「それは重畳。なら次は、君になにをしてほしいのかだけど」

「なんだ?」

「今はまだ、何もしなくていい。「その時」のために、力を蓄えておいてくれたまえ。正直今の君じゃあ、使い物にならないからねえ」

「ぐっ……」

 

 遠慮なさ過ぎるその言葉にまた怒りがこみ上げてくるが、しかし間違いじゃない。

 学園祭で襲ってきたオータムとかいう女はかなり強かった。アイツと同等以上のエージェントが他にもいるなら、今の俺じゃあ瞬殺されるのは目に見えている。

 

「……その使い物にならない俺に、一体なにを期待してるんだ?」

「もちろん、君の伸びしろにさ。聞けば君は、目覚しい成長を遂げているそうじゃないか。織斑先生の弟君なだけはあるよ」

「それだけじゃないんだろ、どうせ」

「うん。僕は君の将来に期待しているけど、それと同じくらいに、君の専用機に期待してるんだよ」

「……白式に?」

 

 確かに白式は、基本性能は紅椿に次いで高い。けど武器が雪片弐型(ブレード)一本しかないトンデモ機体だ。コイツが期待するほどの代物でもないと思うんだが……。

 

「正確には、その単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)――「IS殺し」とも言える、〔零落白夜〕にね」

「……そりゃ確かに、零落白夜は強力だけどさ。単純な威力なら、シンの〔白銀月夜〕のほうが上じゃないか?」

 

 零落白夜が相手の防御力を無視してダメージを与える必殺なら、白銀月夜はどんな防御力も力ずくでぶち破る必殺だ。零落白夜が強力なのはISの防御がシールド・バリアに頼ってるところが大きいからであって、IS以外にも大ダメージを与えられる白銀月夜のほうが使い道は多いはず。まあ白銀月夜にも、色々弱点はあるみたいだけど。

 

「君の言うとおり、白銀月夜なら、どんな物質だろうと一瞬で蒸発させられる。それだけの熱量がある。

 ……けどもし、相手の防御が、白銀月夜を遥かに超える「エネルギー」によるものだったら?」

「……マジ、かよ……」

 

 そんな、まさか。

 あの白銀月夜を防ぎきるほどのエネルギーを、持ってるってのか……?

 

「その可能性が高いんだよ。ほぼ100パーセントと言ってもいい。……白銀月夜じゃあ、亡国機業の本拠、その守りを突破できない」

「……だから、必要なのか。あらゆるエネルギーを消滅させる、零落白夜が」

「そういうこと。君にはその守りを切り裂いてもらいたい。そしてその守りを抜きにしても、亡国機業は強大だ。どれだけ強大なのかもわからないほどにね。だから、君が役目を果たすまで護衛を付ける、なんて余裕はない。君には、自分の身を自分で守れるくらいの力をつけてもらわなきゃ困るんだよ」

「…………」

 

 つまり、俺は城門を突破するための破城槌ってわけか。けどそれを守り動かすだけの人手はないから、自力で走って城門まで辿り着け、と。

 

「僕が君に求めるのはそれだけだよ。敵を倒せとか本拠を制圧しろとか、そういうことは要らない。それはこっちで、あるいは他の人に頼むからねえ」

「俺以外にも、こんな話をしてるのか? ……まあ、当然か」

「いや、今はまだ誰にも。一応楯無君も手伝ってくれてるけど、彼女とは前から付き合いがあるからねえ。この件のためだけに、っていうのは君が最初だよ」

 

 なぜ、俺が最初なのか。いくら必要だと言っても、シンのことがあるんだから俺が協力するのはわかってただろう。後回しにしてもよかったはずだ。

 

 ……何故、俺なのか。

 

「僕はね、織斑君。亡国機業が嫌いだ。憎いと言ってもいい。奴らは僕と君、共通の怨敵というわけだ。だからこうして、まず君に、この話しを持ちかけてる。

 ……さて、織斑君。改めて訊くけど――僕たちに、協力してくれるかね?」

「…………」

 

 仲間、ではない。ただお互いの目的が一致し、そしてその目的のためにはお互いの力が必要だというだけ。

 信用も信頼もない。ましてや友情や仲間意識なんて有り得ない。

 

 だが、それでも。

 

 この男は、絶対に裏切らない。

 

「……いいぜ、やってやる。俺の目的のために使われてやるよ。俺の目的のために使ってやるよ。

 ――ぶっ潰すぞ、亡国機業を」

「……うふ、うふふふふふふ……! それじゃあ頑張って、使えるようになってくれたまえよ、織斑君。ああそれと、このことは他の人には言わないでね。僕から正式に頼まなくちゃいけないことだからねえ」

「千冬姉にもか?」

「もちろんだとも。織斑先生にも協力してもらおうと思ってるからねえ。まあ単純に、君の保護者である彼女に無断でこんなことをしてるなんて知られるのは困る、っていうこともあるけれどね」

 

 こうして、如月社長との意外すぎる大真面目な話は終わった。もう用はないとばかりに立ち上がり、不気味な笑い声を残して、社長は部屋を出て行った。

 

「……亡国機業、か」

 

 それは俺にとって、一番大事なことじゃあない。それよりもっと、やらなきゃいけないことがある。

 

 けどそのために、ケリをつけなきゃならない。俺の決意、その原点である罪に。

 

「……お前は、こんなことは望まないんだろうな……」

 

 こんな危険なこと、アイツは反対するかもしれない。それに、千冬姉も。

 けどどうせ、二人とも、自分だってやるに決まってる。

 

「……ごめんな。けどこの我侭だけは、通したいんだよ」

 

 怒らせるだろう。心配させるだろう。

 

 それでも、これだけは。

 

 どうしても――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ていうかこのテーブル持って帰れよ! 邪魔だよこんなデカいの部屋のど真ん中に置かれたら!」

 

 ふと気づき慌てて如月社長を追いかけたが、その姿は見つからなかった。

 

 ……どうすんだよこれ。




本日のNG



「ふう、今日の訓練もきつかったな……」

 キャノンボール・ファストも近づき、そろそろ超高速戦闘の訓練が始まる。その前に機動の基礎を徹底的におさらいしようと、楯無さんの特訓も厳しさを増してきた。今までの下積みのおかげでどうにかこなせているが、やはりきつい。明日もあるし、早いとこ寝よう。

 ガチャリ。
「――キ――」
 バタン。

「………………………………」

 ……オーケー、ここは俺の部屋だ。それは間違いない。なんかこうして部屋を確認するのも何度目だろう、だがこれほどまでに恐怖に震えながら眺めたことはなかった。

(なんで……あのバケモンが俺の部屋に居るんだよおおおおおおおお!!?)



如月社長からのプレゼント。あまりにも意味不明すぎる展開なのでボツ。

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