コアンドー部隊の隊長を務めていたウィン・D・ファンション少佐は、退役した現在、クレイドルの奥地で娘とひっそりと暮らしていた。
そんなウィン・Dを、かつての上司、霞・スミカ将軍が訪ねる。
「コアンドー部隊が次々と殺されている、お前も注意しろ」
そうウィン・Dに警告し、護衛としてカニスとダンを残し去って行くスミカ将軍。
その直後、ウィン・Dは謎の部隊に襲撃を受ける! 見掛け倒しなカニスとダンはマッハで蜂の巣にされ、ウィン・Dの娘はさらわれてしまった!
ウィン・Dは娘を連れて逃げる部隊を追跡しようとするが、愛機のレイテルパラッシュは配線を切られてしまいエンジンがかからない。仕方なく、レイテルパラッシュを斜面まで押し動き出してから乗り込むウィン・D。
しかし必死の追跡も空しく、レイテルパラッシュは横転。辛くも脱出したが既に包囲されており、なす術無く捕らえられる。
それでも抵抗を試みるウィン・Dの前に、かつて部下だった男が現れた!
「テルミドール!? 死んだはずじゃ……」
「残念だったな。ここに居るのは、ランク1、オッツダルヴァだ!」
絶体絶命の状況から、娘を助け出せるのか!? ウィン・Dとオッツダルヴァの因縁、その決着は!?
来春、全世界同時公開! 乞うご期待!
「ウィン・Dを探せ! 奴が生きているのなら、まだ死体が増えるはずだ」
「一体何が始まるんです?」
「第二次リンクス戦争だ」
興行収入一位はイタダキだな(確信)
「ラウラさん!」
バランスを崩し真っ逆さまに落ちていくラウラさんに、なんとか追いつきました。背中の増設スラスターの中心を穿たれ、そのダメージでメインスラスターも誘爆し、制御を失ったシュヴァルツェア・レーゲンが落ちていく。
それを見過ごすなんて、わたくしにはできませんでした。
「く、ぅ!」
「すまん、セシリア……!」
音速で落下する機体を、自分を含めて二つ抱える。もしストライク・ガンナーを装備していなかったら、支え切れなかったかもしれません。けれど今は、そうではない。墜落することなく、なんとか空中で立て直しました。
「どうです、飛べますか?」
「……いや、無理だ。スラスターが残らず死んでる、浮くだけでも精一杯だな」
それを聞いて、周りを素早く見回しました。一夏さん、箒さん、それと鈴さんは、メインスラスターを潰されてはいても、飛ぶことはできるようでした。そしてシャルロットさんも、真改さんが助けています。
減速しきれず墜落した彼女が、心配でないと言えば嘘になります。本当は、今すぐ飛んで行って彼女の無傷を確認したい。けれど今すべきは、そんなことではありません。
「…………」
「…………」
視線を交わしたのは一瞬。けれど、わたくしにはわかりました。
彼女は、わたくしの心配などしていません。ただこの事態を引き起こした犯人を捕まえることを、望んでいる。
「……ふふっ」
薄情? 冷酷? まさか。
彼女がそんな人ではないことは、みんなが知っています。彼女はただ、信じているだけ。
「……ラウラさん、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。……だが、戦うことは出来ない」
悔しそうに言うラウラさん。その気持ちは、痛いほどわかります。他の、みんなの気持ちも。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
一夏さん、箒さん、鈴さん、ラウラさん。みんな、わたくしと同じ気持ちです。
この勝負に、泥を塗った者に。仲間を、友達を傷つけた者に。
――報いを。
「ラウラさん、増援の要請を! わたくしは、あのISを追います!」
「頼む、セシリア……頼む……!」
……けれど、みんな、わかっているのです。
あのISの操縦者は、わたくしよりも遥かに、強いということを――
――――――――――
「……ほう。思っていたより、肝が据わっているようだな」
「…………」
キャノンボール・ファストの競技場を飛び出して、襲撃者を追い。
そう時間を掛けずに、追いつきました。
「ストライク・ガンナーなら、サイレント・ゼフィルスにも容易く追いつける。良かったな。お前にも一つくらいは、私に勝てる要素があるようだぞ」
「くっ……!」
バイザーに隠されていない口元に嘲笑を浮かべながら放たれたそれは、明らかな挑発の言葉。けれど効果は覿面でした。
……見抜かれていた。わたくしが、彼女に対して抱える、劣等感を。
「さて、どうするつもりだ? 私を撃墜するか? お前が、私を?」
「……できないと思って?」
「できるつもりか?」
きっと、できない。わたくしがそう思うくらいなのだから、彼女は確信しているでしょう。
それくらい、実力の差は明らかでした。
「まあ、お前如きはどうでもいいが……私にも仕事があるのでな。不本意だが、付き合ってやろう」
「……その傲慢が命取りだと、教えてさしあげますわ!」
声の限りにそう言うも、それはまるで負け犬の遠吠え。戦う前から負けを認めている。
単純な実力差だけではありません。何せここは、市街地の上空。いくらサイレント・ゼフィルスが精密射撃を得意とし、範囲攻撃の手段に乏しいと言っても、ここで戦えば街に甚大な被害が出ます。
街を守りながら、増援が来るまで足止めする。
……それは、どう考えても――
「では、始めるとしようか」
「はああああっ!」
ストライク・ガンナー用の新型レーザーライフル、〔ブルー・ピアス〕を構えて、襲撃者に突撃します。スナイパーとしての実力差は圧倒的、遠距離戦では勝ち目がありません。そうでなくとも、命中率は少しでも上げなければいけないのです。
街に流れ弾を落とすわけには、いかないのですから。
「ふっ……」
「っ!」
それに対し、襲撃者もまた前進しました。見る見るうちに距離が詰まり、今はもう目の前。
必中の間合い。そう確信して、引き金を――
「遅いな」
「っ!?」
ガキン。甲高い音を立てて、銃口を打ち落とされました。襲撃者の持つ、レーザーライフルの銃剣によって。
「く、ぅ!」
あとほんの少し力を込めていたら、発射されていたでしょう。眼下の街に向けて、わたくしの銃撃が。
「……性格が悪いですわね……!」
「なに、退屈な狩りだからな。少しくらいは趣向を凝らさねば」
「馬鹿にしてっ……!」
今の手並み、接近戦の腕前も相当なものであることは間違いないでしょう。
射撃戦でも、接近戦でも大きく劣る。そんな相手に勝つには――
(……いえ、勝つ必要はない。時間を稼ぐ。わたくしの役目は、ただそれだけ――!)
後ろに下がり、ライフルを構え直します。当たらなくてもいい、せめて牽制になれば。
それに対し襲撃者は、高度を下げました。回避機動ではなく、本当にただ、下へと下りただけ。それだけで――
「本当に、性格の悪い……!」
撃てない。だって撃って、それで外したら――
「ふん。周りの心配とはな」
「当たり前ですわ! 罪のない方たちを巻き込むわけには……!」
「罪のない、か。知りもしない連中だろうに」
つまらなそうに言いながら、襲撃者が発砲します。それを避けて、襲撃者と同じ高度まで下がり。
今度こそ、撃とうとして――
「こうしたらどうする?」
「なっ……!」
わたくしが降下すると同時に、襲撃者は上昇しました。そうしてライフルを構えて、無造作に――
「くぅっ……!」
狙いなんてほとんど付けていないのでしょう、レーザーはわたくしの脚に向かって来ました。避けるのは簡単です。けれど、避けるわけにはいかない。
わたくしはほとんど棒立ちのまま、その銃撃を受けました。
「ほう、これは面白い」
「あなたという人はっ……!」
避ければ、上から撃たれたレーザーは下へ――街へと向かう。だから、避けられない。それをわかっているから、この人はあえて適当に撃った。
先ほど脚に当たったのは、ただの偶然。外れても構わない、むしろその方がいい。撃った先にわたくしが回りこんでレーザーを受け止めるのを、見たがっている――
「そら、次だ」
「こ、のぉ……!」
今度は、明らかにわざと狙いを逸らして、発砲。相手の思う壺だとわかっています。それでもわたくしは、それを止めなければなりません。
「あぅ……!」
「はは、まるで犬だな」
ギリ、と奥歯を噛み締め、慌てて高度を上げます。
高すぎれば、攻撃ができない。低すぎれば、回避ができない。
街は丸ごと人質。いくらでもいるのだから、相手はいくら殺しても構わない。対するわたくしは――
(守りながら戦うことが、こんなにも難しいだなんて……!)
思えば今まで、わたくしは誰も守ってこなかった。強い人と一緒に戦うことはあっても、今のように、無力な人々を背負って戦うことは、一度だってなかった。
……ああ、きっと。
だから、わたくしは――
「そうれ、犬。ボールだ、取って来い」
「ぅあっ……!」
ついには、わたくしが上にいるのに、下に向けて撃ち出しました。全速力で回り込み、レーザーを受け止めます。できるだけダメージが少なくなるよう受ける余裕なんてありません。必死に追いかけて、受け止める。襲撃者の声からは、そんなわたくしの姿と、わたくしがギリギリ追いつけるラインを探すことを楽しむ気配が感じられました。
「必死だな。ほら、尻尾でも振ってみろ。少しは近くに投げてやってもいいぞ」
「くっ……はあ、はあ……」
シールドエネルギーは……もう、ほとんど空っぽ。出力を絞ってはいるのでしょうが、それでもこれだけ受け続ければ当然のこと。
まだほんの数分しか経っていないのに、もう限界。何もできないまま、このまま――
「なんだ、もう終わりか。つまらんな」
「ま……まだまだ、ですわ……」
「だが、もう飽きた。犬は犬らしく――」
……今度は、銃口はわたくしを狙っています。
真っ直ぐに、わたくしの頭を。
「――無様に、死ね」
避けるわけにはいきません。そうでなくとも、もう避ける力は残っていません。
だから、なにもできずに。
その、光を――
――――――――――
「!?」
競技場に残された己は、ハイパーセンサーから送られてきた情報に一瞬、呼吸を止めた。
ブルー・ティアーズの反応が、途絶えたのだ。
「セシリア……!」
正直に言えば、勝てる相手とは思っていなかった。セシリアに限らず、ここに居る誰であっても、一対一では勝てないだろう。
だが、それにしても早すぎる。援軍が到着するまでの時間なら、持ち堪えられるだろうと思っていたのに。
セシリアはプライドが高いものの、自制心も身に付けている。格上相手に無理な攻勢には出まい、防御を固める筈だ。にもかかわらず、これほどまで早く倒されたということは。
……街を、人質に取ったか。
「…………」
だが何故か、焦りを感じない。驚愕が収まると、不思議なほど冷静になった。
……何故だ、緊急事態だぞ。奴らは容赦も躊躇もしない、セシリアが殺されることも十分に考えられる。
なのに、何故――
(……今は……)
考えても、答えは出ない。今はそれよりも、セシリアの救援に向かわなければ。
「のほほんさん! どれくらいかかる!?」
「んん~、わかんないけど~。おりむーが静かにしててくれたら、ちょっと早くなるかも~」
「え!? あ、ごめん……」
観客席に居た本音が駆けつけ、〔十六夜〕を起動して白式を修復している。この中で最も損傷が少ないのは、防御力の高い白式だった。エネルギーの補給と並行し、スラスターを直しているところだ。
「シャルロット、飛べるか?」
「……ダメ。増設スラスターが壊れて、メインスラスターに誘爆しちゃってる。とてもじゃないけど、戦闘は無理だよ」
「そうか。……鈴?」
「同じくよ。噴射口のど真ん中を撃ち抜かれてる、バイパスが丸ごと焼ききれてるわ」
「……箒」
「展開装甲は無事だが……撃たれた時に、姿勢制御でエネルギーを使い切ってしまった。飛んでも、ここを出るのが精々だな」
「本音、足りるか?」
「足りない~。白式だって満タンにはできないよ~」
「……やはり、一夏一人に任せることになるか」
己も、墜落の衝撃でスラスターが全滅した。飛べない高機動型などなんの役にも立たん。
「……ん。装甲はおっけ~。次は~」
「なっ!? スラスターから直してくれてるんじゃなかったのか!?」
「だって~、そんなことしたらおりむー、直る前に飛んでっちゃうでしょ~?」
「うっ……」
「……せっしーもだけど。おりむーにも、怪我してほしくないんだよ……?」
「…………」
修復の手を休めることなくそう言う本音に、一夏は黙り込んだ。
ちらと見た限りでは、襲撃者のIS、サイレント・ゼフィルスは通常装備だった。ブルー・ティアーズの反応があった場所も遠くはない、高速飛行用に調整した白式の速力ならば、そう時間をかけず追いつける筈。
それまで、ブルー・ティアーズの絶対防御が持ち堪えてくれれば……。
「……セシリア……」
分の悪い賭けだ。いくら絶対防御でも、無防備に攻撃を受け続ければひとたまりもない。
それなのに、己は何故、こんなにも。
不安を、感じていないんだ――?
「…………」
それは、分からない。分からないが、根拠のない確信だけがある。
セシリアは、きっと。
今も、戦っている――
――――――――――
「……ここは……?」
わたくしは確か、襲撃者の攻撃を受けて撃墜されたはず。場所は様々な建物が並ぶ市街地だったのに。
今居るここには、建物はない。見渡す限り、地平線の向こうまで草原が続いているだけ。
空を見上げれば、あるのは真円を描く満月。そして、それに負けずに輝く満天の星空。それらが、草の緑がわかるほどに明るく、わたくしを照らしていました。
「ここは……どこでしょう?」
こんな場所は見たこともありません。こんなに綺麗なら、絶対に記憶に残っているのに。
不思議に思いながら、それでもこの美しい夜空に心を奪われて、ぼうっと見上げ続けていました。
「……貴女はなぜ、戦うのですか?」
「……え……?」
突然、声を掛けられて。
視線を下ろすと、そこには一人の女性が立っていました。
身に纏うドレスは、空のようにどこまでも透き通った蒼。膝まで伸びる髪は、星のような金色。そんな女性でした。
「……あなたは……?」
「…………」
まるで彫像のように美しく、けれど冷たさを感じないその女性に、見覚えはありません。だから誰かと問うたのに、女性は答えてくれません。
代わりに、さきほどと同じ質問を返してきました。
「貴女はなぜ、戦うのですか?」
「なぜ……?」
抑揚の少ない声。けれど、とても真摯な声。そして真っ直ぐにわたくしを見る眼に、その問いに答えなければならないと感じました。
「わたくしは、大英帝国貴族、オルコット家の当主、セシリア・オルコット。わたくしは家を守らなければなりません。けれどわたくしには、政治的な力はありませんでした。だから、戦うのです。たった一つ、わたくしにあった才能……それを使って、わたくし自身の価値を示す。それ以外に、方法が思いつきませんでしたから」
「…………」
女性は、何も答えません。ただしばらくしてから、次の質問が。
「……辛くはないのですか?」
「え?」
「人は、生まれを選べません。そして中には、生き方、そして死に方までも決めてしまう生まれもあります。貴女の生まれは、まさにそうでしょう?」
「…………」
女性の言ったことは、紛れもない事実。わたくしがオルコットでなければ、きっと今のわたくしはなかったでしょう。
IS学園には入学したかもしれません。けれどそれは、イギリスの国家代表候補生ではなく、普通の生徒として。
「そして今も、命を懸けて戦っています。絶望的な戦力差があるにもかかわらず、見ず知らずの人々を守って。……何故ですか?」
「…………」
「貴族は、とても分かり易い、特別な人種です。貴族に生まれたというだけで、他の人々とは違う運命を背負うことになります」
「……確かに、そうでしょうね」
小さな頃から、わたくしは「特別」でした。誰もが知る名家、オルコットの一人娘。周りはわたくしに対して、腫れ物に触れるかのように接するか、上辺だけの笑顔を浮かべて取り入ろうとしてくるか。
周りはわたくしをセシリアではなく、オルコット家の一人娘としか見ていない。わたくしではなく、わたくしの家のことしか見ていない。それに気づいたとき、とても怖くなって……。
けれど次第にわたくしも、そのことに慣れてしまいました。……いえ。染まってしまった、と言うべきかもしれません。わたくしはいつしか「セシリア」ではなく、「セシリア・オルコット」になっていたのです。周りがそうだと認識する、オルコット家の一人娘に。
……でも。
「けれど、それになんの問題があるのですか?」
わたくしは、セシリア・オルコット。それ以上でも以下でもありません。ただのセシリアでも、オルコット家を継いだ一人娘でもありません。
わたくしが今までの人生で得てきた全ての経験が、今のわたくしを作っている。ただのセシリアでは得られなかった経験も、オルコットの一人娘というだけでは得られなかった経験も、全てがわたくしの糧となっているのです。
「わたくしは、今のわたくしに満足しているわけではありません。けれど自分になんの不満もない人なんて、それこそ特別でしょう? わたくしが歩んで来た道を、今ここに居るわたくしを、誰にも否定させはしません」
女性はただ黙って、わたくしの言葉を聴いています。
ただ黙って、わたくしの眼を、真っ直ぐに見ながら。
「あなたのおっしゃる通り、貴族なんて、見かけほど良いものではありませんわ。民の為に在ろうとすれば、敵と戦い、討たれ。自らの為に在ろうとすれば、民の反乱を招き、倒され。何も願わずとも、身内に疎まれ、毒を盛られる。
……それが、貴族の最期。今ではそれほどでもないとは言え、本質は変わっていません」
貴族には、豊富な財を持つ者も多くいます。それを羨む者も、大勢います。けれど貴族とは、ただ財を持つだけではないのです。
「貴族とは、生まれながらに責任を負うもの。わたくしは母にそう教えられました。それは正しいと思います。
その責任が、重荷でなかったと言えば嘘になります。その重さに挫けそうになったことも、投げ出したくなったことも何度もあります」
今でも、それはとても、とても重い。
重くて、辛くて、苦しくて。
――けれど。
「けれどその重さが、わたくしを強くしてくれました。みなさんと共に並び立つ強さを与えてくれました。だからわたくしは、この重さを愛おしく感じます」
真改さん。箒さん。鈴さん。シャルロットさん。ラウラさん。そして、一夏さん。
みんな、とても強い人。オルコットではないセシリアには、きっとあの人たちの横に立てるだけの強さはなかったでしょう。
あの人たちの横に居たいから。この日常が大切だから。
だから――
「だから、わたくしは戦うのです。わたくしが、貴族であるために。わたくしが、セシリア・オルコットであるために。わたくしが、わたくしであるためにっ!」
そう。それがあの日、あの人が教えてくれたこと。
わたくしの在り様に、恥じるところなんて一つもない。
わたくしはただ、胸を張って、いつものように謳い上げれば良いのです。
父母がくれて。
みなさんが呼んでくれる。
わたくしの名を。
「わたくしは大英帝国貴族、オルコットの当主! IS学園に主席入学した国家代表候補生! 井上真改の、篠ノ之箒の、凰鈴音の、シャルロット・デュノアの、ラウラ・ボーデヴィッヒの、織斑一夏の、親友にしてライバル!
――セシリア・オルコットですわっ!!」
そう、言うと。
今までずっと無表情だった女性が。
嬉しそうに、微笑みました。
「……貴女は、とても強いのですね」
その笑顔は、思わず見とれてしまうほど。
とても、綺麗な笑顔でした。
「……では、お前の言う貴族とは何だ?」
「えっ……」
突然声を掛けられて、振り向きます。
そこにはもう一人、女性が立っていました。
とても鋭い眼をした女性。着ている服は、夜空のように深い青。肩の高さに切り揃えられた髪は、月のような金色。
やっぱり初めて会う筈なのに、どことなく、誰かに似ているような。そんな人。
「問おう。貴族とは何だ」
「…………」
静かな声には覇気が満ち溢れていて、有無を言わさぬ力強さがありました。
だからわたくしも、その声に負けないように、精一杯答えます。
「貴族とは、人々の上に立つ者。多くの人が汗を流して得た糧を受け、生きる者」
「では、貴族の責任とは何だ。お前にとって支えでもある、その重荷とは何だ」
「人は、それぞれが意思を持っています。大勢集まれば、意見が分かれ、何も決まらなくなってしまう。だから、誰かが決めなければならないのです。人々の意見を纏められる力を持つ、誰かが。
その力を示すために、財を集めることもあります。それによって、嫌われることもあります。誰にも理解されないこともあります。その辛さに歪んでしまって、あるいは財に目が眩んで、道を外れてしまう者もいます。……それでも、誰かがやらなければならないのです」
「それが、貴族か」
「ですが、それだけではありません。人々を導くには、財だけでは駄目なのです。誰もが付いて行きたくなるような、そんな姿を見せなければ」
「その姿とは?」
「それは――戦う姿です」
そこで、一つ大きく深呼吸をしました。
なんだかこの人の前で、「戦う」と言うことは、とても特別な意味があると感じたから。
「貴族は、民に生かされている。その恩は、ただ導くだけで返しきれるものではありません。
……貴族は、民に災厄が降りかかった時、その矢面に立たなければなりません。民により生かされてきた、命を懸けて。そうして戦うからこそ、その背中に、民が付いて来てくれるのです」
「…………」
「ただ搾取するだけだなんて、わたくしは貴族と認めません。それは務めを放棄した、ただの暴君です。
貴族は、戦わなければならないのです。滅私の精神ではありません、それは貴族にとって、最低限果たさなければならない義務なのです」
「……義務、か」
そう。それは、義務。何も、おかしなことではありません。人は誰しも、何らかの義務を背負っている。
ただ貴族は、その義務が、初めから決められているだけ。
「わたくしは、戦わなくてはならないのです。なぜなら、わたくしは貴族だから。仕える民のいない、何も持たない貴族だから。だから、戦わなくてはならないのです。
……そう。わたくしは、未熟な貴族。なにも持っていない、無力な貴族。わたくしにあるのは、たった一つ――貴族であるという、誇りだけ」
わたくしは、両親が遺してくれた物以外、まだ何も手に入れていない。そんな小娘に、一体誰が、心から従うというのでしょう?
だからまずは、示さなければ。いずれ来るかもしれない危機に、貴族と民が、団結して立ち向かえるよう。
わたくしが、従うに足る、本物の貴族であることを。
「自分たちを、より良い方へと導いてくれる。いざという時、命を懸けて守ってくれる。だから一生懸命に働いて得た糧を、自らの意思で捧げる。なら、それを受け取る貴族は――」
わたくしではない、誰かの為に在りたいと、心から思ったことがある。その時に、気づいたのです。
わたくしが、為すべきことに。わたくしが、為したいことに。
「貴族は、戦わなくてはならないのです。民のために、そして、自らのために。
それが、わたくしの為すべきこと。それが、わたくしの為したいこと。
それが――」
そう、それが。
それこそが、わたくしの掲げる、わたくしの旗。
それこそが――
「――わたくしの、〔
精一杯の、声を出した。肩で息をするくらい、力一杯に吐き出した。
その言葉は――
「……なるほど。本物、か」
きっと、その女性に届いたと思います。
「
そういって、微笑む女性。相変わらず、眼は鋭いままでしたけれど。
その笑顔は、やっぱり、とても綺麗で――
「……だから、行かなくては」
「ああ。……そうだな」
「引き止めてしまい、申し訳ありませんでした」
二人の女性に言われて、わたくしは歩き出します。
見渡す限り草原しかないこの場所の、どこかへ向かって――
――――――――――
「随分、お節介焼きなのですね」
「ああ。まったく、誰に似たのやら」
セシリアが去った草原で、その背を見送りながら、蒼と青の女性が話していた。
その眼は、とても優しげだった。
「初めて見る姿ですね」
「初めてもなにも、私たちに定まった姿などないだろう」
「それはそうですが。ただ、気になったもので」
蒼の女性が訊くと、青の女性は、嬉しそうに答えた。
「これは、私の知る中で最強の姿でな」
「なるほど。貴女らしい選択です」
青の女性の言葉に、蒼の女性は、納得したように頷いた。
「……ありがとうございます。私だけでは、力不足でしたから」
「気にするな。お前にも、そして彼女にも、強くなってもらわなくては困る」
「それでもです。この力、存分に揮わせていただきます」
「気張りすぎるなよ。付いてこれないかもしれんぞ」
「ご心配なく。難なく扱いますよ、あの子は強いですから。……貴女の、主よりも」
「……ほう」
蒼の女性に言われ、青の女性は好戦的に笑う。とても、嬉しそうに。
「楽しみだな。いずれ剣を交えた時には、その言葉を後悔させてやろう」
「そんな日は永遠に来ませんよ。私は、剣を持っていませんので」
「……ふふっ。そうだったな」
青の女性が、小さく笑って。それにつられて、蒼の女性も笑みを浮かべた。
「……さあ、もう行け。彼女を一人で行かせるわけにはいかんだろう」
「はい。……本当に、お世話になりました。この借りは、いずれ必ず」
「返したければ――強くなれ。それ以外に方法などないぞ」
「……ああ、それなら――心配する必要は、なさそうですね」
答えて、蒼の女性が歩き出す。それなりに離れていた筈なのに、急いでもいなかったのに、不思議なことに、蒼の女性はすぐにセシリアに追いついた。
そして、セシリアといくつか言葉を交わして。
「私に出来ることはここまでだ。これ以上、力を貸すことは出来んが――
――見届けさせてもらおう。お前の、戦いを」
そうして、二人が草原から消えていくのを見送って。
青の女性も、草原から消えた。
いざ行かん、KBF(決戦のバトルフィールド)へ!