IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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投稿が遅くなり、申し訳ありません。
さらに申し訳ないのですが、そろそろバイオの新作が出ますね。さらに更新遅れるかもしれませんね。


第8話 翌日

 セシリアに勝利した翌日。五時ちょうどに目が覚めた。

 

「…………」

 

 いつも通り、まずは体調の確認。特に今日は、ISで初めて本格的な戦闘をした翌日だ。少々長めに時間を掛けて、念入りに確認する。

 

「…………」

 

 疲労が残っているのか、若干体が怠い。しかし気にするほどではない、それにISに体が慣れれば、あの程度で疲労が溜まることもなくなるだろう。

 隣のベッドで眠る本音を起こさないように(起こしたところで起きないだろうが)、箪笥からジャージを取り出し、着替える。箪笥に立てかけてある竹刀袋を手に取り、外へ。

 

 今日もまた、いつもと変わらぬ一日が始まった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 と、思った己が甘かった。

 

「お、おはようございます、井上さん!」

「今日もいい天気になりそうですね!」

「お弁当作って来たんです! よかったら、朝ご飯に食べてください!」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 ――なんだ、これは。

 

「おはよ――て、なんだこれ? なんでこんなに居るんだ?」

 

 ……己に訊くな。

 

「誰だ彼女たちは? 真改の友人か?」

 

 そんなもの、己にいるわけなかろう。

 

 一分ほど遅れて来た一夏と箒が話し掛けてくる。

 この状況については知らん。己が訊きたい。

 

「あの、えっと。私たち、昨日の試合を見て……」

「感動しました!」

「それで、井上さん、いつもこの時間に走ったりしてるって聞いて……」

「…………」

 

 それは、つまり……どういうことだ?

 

「真改のファンということか?」

「……何故……」

「何故って……考えてもみろ。お前は専用機持ちの国家代表候補生に、訓練機で勝ったんだぞ。あれほどの勇姿、魅せられるのも無理はないだろう」

「…………」

「大人気だなぁ、シン」

 

 他人事だと思って気楽に言う一夏を睨んでから、少女たちの方を向く。

 

「…………」

「あの、ご一緒してもいいですか?」

「邪魔はしませんから!」

「お願いしますっ!」

「……………………」

 

 

 

 ……どうしよう。全く予想していなかった事態に、思考が追い付かない。

 

「あの……ダメ、ですか?」

「……構わない……」

「やったあ!」

「ありがとうございます!」

 

 なにやらすごい喜ばれようだ。己のような剣術馬鹿のどこがいいのか。

 

「なにやら妙なことになったが……」

「うし、じゃあ今日はよろしくな」

「はい!」

「織斑くんと篠ノ之さんもよろしくお願いします!」

「私、お二人の剣道場での試合も見てました!」

「…………」

 

 急に騒がしくなった朝の鍛錬風景。

 まあ、走り始めれば彼女たちも考えを改めるだろう。己の朝の走り込みは、陸上部員にもきついと言われるほどのペースだ。軽い気持ちで来ているようなら、すぐに音を上げる。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 と、思った己は大甘だった。

 彼女たちは三人とも、疲労困憊になりながらもついて来たのである。良く考えてみればここはIS学園、誰しも体を鍛えているのは、当然と言えば当然である。

 

「はっ、はっ、はぁっ……す、すごいなぁ……」

「こ、こんなペースで、はぁっ、走ったの、初めて……」

「ダメだなあ、ふぅっ、もっと、走り込まないと……」

「……すげえ、シンのペースについて来たよ」

「お、お前たち……いつもこんなペースで走っているのか?」

「あんまり長時間走るよりも、中距離を速く走るようにしてるんだよ。そっちの方が体のキレが良くなるからな。後はダッシュを何本も繰り返して、回復力つけたりな」

「そ、そうか……」

「…………」

 

 箒も僅かに息が乱れているが、他の三人に比べれば遥かに余裕がある。流石に柔な鍛え方はしていないようだ。

 

 さて、当初の目論見は外れたものの、彼女たちは本当に邪魔はしなかった。己たちが木刀を取り出し素振りを始めると、休憩すると言って素振りの様子を大人しく眺めているだけだった。どうやら木刀までは用意出来なかったようだ。

 

 ……だがその熱っぽい視線は止めて欲しい。どうにも落ち着かないんだが。

 

「わあ、速い……!」

「キレイだなあ、ただ木刀振ってるだけなのに……」

「なんだろう、踊ってるみたい……」

「…………」

 

 横から聞こえて来る声は全力で無視。少々鬱陶しくはあるが、これはこれで精神統一の鍛錬になるかもしれん。

 そうして素振りも終え、さて帰るか、という段階になると、

 

「お疲れさまでした!」

「タオルとスポーツドリンク持ってきましたよ!」

「はい、織斑くんと篠ノ之さんの分です」

「お、おお……ありがとう」

「……や、やりにくい……」

「…………」

 

 まるで運動部のマネージャーのような手際だ。一夏も箒も、少し引いている。

 

「あ、あの、井上さん。これ、お弁当です」

「…………」

 

 ……朝からか。五時の鍛錬に間に合うように作ったとなると、この娘は一体何時に起きたんだ?

 

「……ありがとう……」

「は、はい!」

「……明日からは、いらない……」

「え……」

 

 途端にしゅんとなる少女。どうしろと言うのだ、この己に。

 

「シンは、朝飯作るのは大変だろうからいい、て言ってるんだよ」

「え?」

「それに明日からは、てことは、また来てもいいってことだ。だろ? シン」

「…………」

 

 一夏の振りに答えず、帰り支度を続ける。特に否定もしなかったが。

 

「まあ、真改はこんなやつだからな。分かりにくいことも多いだろうが、めげずに仲良くしてやってくれると、私も嬉しい」

 

 続いて箒。お前たちは己の保護者かなにかか。

 

「はい!頑張ります!」

「じゃあ、戻るか。タオルとドリンク、ありがとな」

 

 一夏の仕切りで解散し、寮へ戻る。

 

 ……明日はさらに増えていないだろうな。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「お、いのっちお帰り〜」

「…………」

 

 ……なんと。

 

 本音が起きている。IS学園に来てから一週間と経っていないが、初めてのことだ。今日は朝から驚きの連続である。

 

「む〜、わたしだって早起きくらい出来るよ〜」

「…………」

 

 念のために言っておくが、今起きても別に早起きと言えるほどではない。

 

「とにかく、シャワー浴びといで〜」

「……応……」

 

 己の呆れ顔に気付いた本音が、動物の着ぐるみのようなパジャマに隠れた手を振って促す。

 ……むう。何故本音が起きているのかは分からないが、とりあえず汗を流そう。

 

 シャワーを浴びていると、扉の向こうから本音が尋ねてきた。

 

「あれ〜?いのっち、このお弁当どうしたの〜?」

「……貰った……」

「ふ〜ん。昨日のいのっち、かっこよかったもんね〜。ファンがいっぱいできるかも〜」

「…………」

 

 勘弁してくれ、騒がれるのは苦手なんだ。特にこの学園の生徒たちの盛り上がりは凄まじく、己ではとてもついて行けん。

 

 シャワーを終え、体を拭き、下着を身に付ける。

 サラシを巻き、ISスーツを着たところで、本音が包帯のような布を持って来た。

 

「じゃあいのっち、そこに座って〜」

「……?」

 

 言われるままに本音のベッドに座ると、本音は己の左腕に持ってきた布を巻き始めた。

 

 ――己の疵痕を、隠すように。

 

「いのっちも女の子なんだから〜、ちょっとは気にしないと〜」

「……勲章……」

「う〜ん……そういうとこも、いのっちらしいけどさ〜」

 

 そこで本音は一度、言葉を止めて。

 

「いのっちの疵痕見たとき……おりむー、泣きそうだったよ」

「…………」

 

 以前から思っていたが、本音はぼうっとしているようで、周りを良く見ている。そして大事なことを無意識に見抜き、気負うことなく言葉に出来る。

 きっとこの少女は、そうやって多くの人の心を癒やしてきたのだろう。本人が気付いているとは思えないが。

 

(……似ているな……)

 

 己が暮らしていた孤児院の経営者、唐沢さんも、そういうところがあった。もっともあの人は天然の本音と違い、孤児たちと暮らしていくうえで必要だから身に付けたわけだが。

 

「ほい、出来上がり〜。じゃあ次は、髪梳くよ〜」

「…………」

 

 今度は袖の中から上質そうな櫛を取り出し、己の髪を梳き始める。髪の手入れは、IS学園に来る前は妹たちがしていたことだ。

 

「ちょっと傷んでるね〜、こんなに長くて綺麗なのに〜。いのっち、誰かにやってもらってた〜?」

「……妹……」

「へ〜! いのっち、妹さんいたんだあ〜!」

「……孤児院暮らし……」

「あ……」

 

 本音の手が止まる。こんな足りない言葉から、聡い本音は、己の身の上を理解したのだろう。

 

「……ごめんね、いのっち」

「…………」

 

 静かに首を振る。それに合わせ、腰まである黒髪も揺れる。

 

「……大家族……」

「……うん。ありがとう、いのっち」

 

 再び、髪を梳く本音。

 その手付きは、妹たちのそれに劣らず優しいものだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「おはようございます、真改さん」

「…………」

 

 次はこいつか。まだ朝のSHRも始まっていないというのに、早くも疲れてきたぞ。

 ちなみに、貰った弁当は旨かった。

 

「昨日はお疲れさまでした。実に素晴らしい試合でしたわね」

「…………」

 

 昨日までとは180度違う態度のセシリアに、ここ数日で学習した己は悟った。

 

 ――懐かれた。

 

「真改さんの視界の広さ、反応の速さ、剣技の鋭さ、心の強さは十分に見せていただきましたわ。ですがISの扱いはまだまだ荒削り、動きに無駄があります」

「…………」

 

 言われなくとも分かっている。生身ともネクストとも勝手が違うISの操縦に、己はまだ習熟していない。

 所謂天才と呼ばれる者たちのように、感覚やカンで機体を操るような真似は、己には出来ない。時間を掛け回数を重ね、骨と肉と神経に、業を刻み込むしかないのだ。

 

「ですがわたくしも、あなたのおかげで自分の弱点の重大さに気付きました。そこで、わたくしと真改さんで訓練をすれば、お互いの足りないものが鍛えられると考えましたの」

「…………」

 

 別にお互いでやる必要はない気がするが、まあ、野暮なことは言うまい。

 

「ですから、真改さんの専用機が完成しましたら、二人で訓練をいたしませんか?」

「……構わない……」

 

 セシリアにとってはあまり利のあることとは思えないが、己にとっては有益だ。セシリアの技術や知識は、己より遥かに上。訓練に付き合ってくれるのなら、断る理由はない。

 

「……! そ、そうですか、さすがは真改さん、よく分かっていますわね! それでは、専用機の完成を楽しみにしていますわよ!」

 

 スキップでもしそうな足取りで自分の席にもどるセシリア。浮かれているというより、本当に浮いているのではと錯覚しそうなほど軽い足取りである。

 

 ……PICでも使っているのではあるまいな。

 

「……なんだったんだ?あれ」

「…………」

 

 己に訊くな、一夏。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 昼休み。いつもの三人で食堂に行くと、いつにも増して視線が多い。

 

 ……飯抜きでもいいから帰りたくなった。

 

「なんかすげえ見られてる気がする……」

「そうだな……」

「…………」

 

 昨日までは主に一夏に向いていた視線が、今日は己と一夏で半々といったところか。試合一つでここまで注目を集めることになるとは思わなかった。これは来週の一夏の試合に期待するしかあるまい。

 

「ほら、あの子が昨日の……」

「代表候補生に勝ったって子? 部活サボって、私も見に行けばよかったなあ……」

「あ、私映像持ってるよ。千円でどう?」

 

 おい、誰に断って商売している。

 

「あ、買う買う」

「昨日見たけど、買おうかな」

「私も、部屋でもっかい見よーっと」

「まいどー♪」

 

 ……千冬さんに言いつけるぞ。

 

「シン、早く食わないと冷めちゃうぞ」

「……いただきます……」

 

 周囲の雑音を気にしていると身が持たない。とにかく飯を食おう。

 

「しかし強かったなぁ、アイツ。俺、勝てるのか?」

「弱音を吐くな。男らしくないぞ、一夏」

「分かってるよ。だからISの使用申請書出したんだろ。練習しないと話にならねぇからな」

「そういえば、一夏の専用機はいつ来るんだ?」

「分からない。早いとこ来てくれないと、このままじゃぶっつけ本番になりそうだよな」

 

 一夏とセシリアの試合は三日後。それまでの訓練機の使用許可は出ているが、一夏が本番で使うのは専用機だ。

 格上の相手と不慣れな機体で戦うのは、不安があるだろう。

 

「まあなんにしたって、俺は俺にやれることをやるだけさ」

「う、うむ、そうだな、どうしようもないことで悩んでも仕方がない」

「…………」

 

 気負わず、しかし頼もしい表情で言う一夏に、箒の顔が僅かに赤くなる。

 しかし一夏はそんなことには気付かない。うまいうまいと言いながら、和食セットを次々胃に放り込んでいる。

 

「「ごちそうさまでした」」

「……ごちそうさまでした……」

 

 食事を終え、席を立つ。連動するように視線が付いて来るが、やはり無視。

 

 そう、一夏の言う通り、己たちはやれることをやるだけだ。さしあたっては勉強である。

 さて、午後の授業はなんだったか……

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 一日の授業の締めくくり、SHR。教壇に立つ千冬さんから、驚愕の事実が前置き無しに告げられた。

 

 

 

「井上の専用機が完成した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!?!!?」」」」」」」」」」

「データ取ったの昨日ですよね!?」

「いくらなんでも早すぎませんか!?」

「如月重工が一晩でやってくれましたっ!」

「流石変態企業! 私たちに想像もつかないことを平然とやってのけるッ!」

「そこに痺れる! 憧れるゥ!!」

 

 大混乱に陥る教室。かく言う己も驚いている。

 

 ……まさか一日で出来上がるとは。

 

「やかましい」

 バァァン!!

 

 千冬さんが教卓を叩く。途端に静まる教室。

 

「落ち着け、馬鹿者共」

 

 千冬さんは険しい顔で言う。頭痛でもするのか、こめかみを揉みながら話を続けた。

 

「機体は昼過ぎに完成し、各種チェックを済ませ、今学園に向けて搬送中だ。あと三十分ほどで到着するらしい」

「…………」

「先方はすぐに起動させたいと言っている。場所は第三アリーナ。井上、準備しておけ」

「……はい……」

 

 予想外ではあったが、早くて困ることはない。如月重工の仕事振りに感謝するとしよう。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 と、思った己は胸焼けするほど甘過ぎた。

 

「やあやあ一日振りだねえ井上君! また会えて嬉しいよ!」

「…………」

 

 如月社長はかなり興奮していた。昨日の別れ際に言っていた通り完徹したのだろう、その目は血走っている。

 

 その様子に、己について来たクラスメイトたちが一歩引く。己も一歩下がりたかったが、肩をガッチリ掴まれて下がれない。

 

「……随分と早かったですね」

「もともと七割方出来てたからねえ」

 

 千冬さんの問いに即答する如月社長。しかしそれだと、単純計算でIS一機を四日で開発出来ることになるのだが。

 

「じゃあ最終調整を始める前に、うちの開発主任を紹介しとこうか。彼は僕が学生だったころから一緒に色々やってきた、網田君だ」

 

 如月社長に促され、白衣を着た男が前に出る。

 背はかなり高いが、体つきは細いどころではない。ちょっとしたことで折れそうだ。

 黒い髪は伸び放題で、前も横も全部纏めてうなじの後ろで束ねている。

 気味の悪い笑みを浮かべる顔には丸い眼鏡が掛けられており、レンズが光を反射して、その下の目を見ることは出来ない。

 

 ………………なんだ、この、得体の知れない威圧感は。

 

「はじめまして、井上さん。如月重工開発主任の網田です」

 

 網田主任の声は妙に甲高く、聴いていて落ち着かない。しかしそんな己の心中を察する気は皆無なのだろう、網田主任は無遠慮に己をじろじろと見る。

 

「いやはや、昨日の映像を見たときから思っていましたが、実物はさらにお美しい。特にその左腕! まるでミロのヴィーナスのようだ!」

「…………」

 

 何故だろう、褒められている筈なのに、全く嬉しくない。己の後ろにいる一夏が殺気じみた怒りを発しているからか?

 

「さあ、紹介も終わったことだし、早速始めよう! すぐ始めよう! 網田君、やってくれたまえ!」

 

 子供のように目を輝かせながら、如月社長が指示を出す。

 眼鏡のレンズをギラリと光らせながら、網田主任がそれに応じた。

 

「では御披露目といきましょう! これが我々如月重工IS開発部が総力を結集して作り上げた、第三世代型IS――」

 

 第三アリーナのピットに搬入されたコンテナが、重々しい音をたて、ゆっくりと開く。

 

 そこに在ったのは、淡い銀の輝きを放つ機体。

 

 己の、専用機(かたな)

 

「――朧月(おぼろづき)ですっ!」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 集まっていたクラスメイトたちが、一斉に息を飲む。

 

 コンテナから現れた銀色のIS、朧月。その姿は、どのような方向性を与えられたのか、一目で分かるモノだった。

 

 通常のISより細く、内部機関が一部剥き出しになった脚部。

 

 頭部の装甲は、額から頭頂部までを覆う流線形。

 

 腕は肩や肘が広く張り出し、動きを阻害せずにパワーアシストを確保している。

 

 ――この機体は、速い。

 

「では早速、武装の説明をさせてもらいます。……うふふ、どれもこれも、自慢の逸品ですよぉ」

 

 そう言って網田主任が指したのは、その左腕。

 

 ――否、それはとても腕とは呼べない。それは長く分厚い、片刃の大剣だ。

 

「まずはこれ、左腕のない井上さんに合わせて、腕の代わりに取り付けた大出力特殊スラスター、その名も月輪(がちりん)。左右の推力バランスをあえて崩すことで、複雑かつ変則的な機動を可能にします」

 

 いきなりイカレた装備。流石如月、という声がそこかしこから聞こえる。しかもこの見た目でスラスターとなれば、ただの推進装置ではあるまい。

 

「それだけではありません!この月輪はこれ自体を刃として使える、スラスターを兼ねた武器でもあるのです!」

 

 クラスメイトたちが、うわぁ、と呻く。

 それをまったく気にせず、網田主任は説明を続けた。次に指したのは、ISにはかなり珍しい、非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)ではないスラスター。推力のロスを少しでも減らす為か背中に直接取り付けられたそれは大型の双発式で、間には砲口のような何かがある。

 

「続きまして、背部の大型スラスター、水月(すいげつ)。これはエネルギー噴射による推進だけでなく、二つの噴射口の間にあるユニットに特殊な炸薬が装填されており、瞬間的、爆発的な加速を生み出します」

 

 操縦者に与える反動をまるで考えていないかのような、正気の沙汰とは思えない代物である。もはや言葉を失うクラスメイトたち。

 

「次は、左肩のガトリングガン、月影(つきかげ)。射角が広く、精密な射撃よりも弾幕を張るのに向いています」

 

 ようやくまともなものが出てきた、とクラスメイトたちが一息つくが、

 

「牽制を目的としていますので、弾頭は散弾を採用しました」

 

 それは罠だった。

 

 いずれ劣らぬ変態装備の数々に皆が戦慄している中、己は機体の右腕に取り付けられた武器に、全ての意識を奪われていた。

 

 朧月を見たその瞬間から、「それ」以外は視界に入っていなかった。

 

 「それ」は細長い、菱形の板のような形をしており、一見しただけでは武器とは思うまい。

 

 ――だが、己にだけは分かった。なんの説明も受けず、ただ見ただけで、まるで最初から知っていたかのように、「それ」がどのようなものであるかを理解していた。

 

「……こ……れ、は……」

「ううん?さすが井上さん、目の付け所が違いますねぇ。そう、今まで説明してきた朧月の武装は、それを最大限活かすための、言わば引き立て役でしかありません」

 

 そんなことは分かっている。

 

 ここにいる誰でもなく。如月社長でも、網田主任でもなく。

 

 この己こそが、「それ」のことを最も深く理解している。

 

「これこそが、朧月が持つ最大にして最強の武器、膨大なエネルギーを極狭い範囲に収束させることで絶大な破壊力を生み出す、光の剣――」

 

 

 

 ――だって、「それ」は。

 

 あまりにも――

 

 

 

「――月光ですっ!!」

 

 

 

 ――「彼女」の剣に、似ているから。

 

 

 

 




朧月について。

性能はスプリットムーンに近いです。装甲はさらに薄くなってますが。
見た目については、ISの基本として胴に装甲はありません。右腕と脚はアリーヤ似、頭もカメラアイより上が載っかってる感じ。
スラスター〔水月〕の形は、スプリットムーンの追加ブースターをISのサイズ非にして背中に付けたような。「炸薬を使った加速ユニット」がコアの噴射口にあたります。
月輪は、デビルメイクライ4のレッドクイーンの峰全体が噴射口になってると思ってください。名前がどこぞのお爺さんの機体みたいですが関係ありません。

……いやあ、形を文章で表現するのって難しいですね。自分で書いててわけわかんなくなってきました。



リリ雪姫の続きは次回で。

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