IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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先日、友人とこんな会話がありました。



私「くっそー、また負けた。VDの敵強過ぎんよー」
友「けどVに比べて快適だよな、エネルギー関係とか特に」
私「そうだけどさ……けどfA長かったからなー、飛べないってのが……」
友「まあ、慣れるまでは大変だよな」
私「ていうかお前、上手すぎるぞ。なんだその変態機動」
友「ふ、俺だって初めから上手かったわけではないさ。数々の試練を自らに課すことで、鍛えてきたのだ」
私「試練?」
友「ああ。どれも厳しかったが、中でもオワタ式ACシリーズは流石に心が折れそうになったぜ」
私「なにそれキモイ」
友「ミッションの数だけ苦汁を嘗める、地獄のような日々だった……」
私「まさか、クリアしてないよな?」
友「一時は本気で止めようと思った。だがもう一度だけ挑戦しようと、みっともなく足掻いていたんだ」
私「おい聞けよ」
友「そしてある日、ふと気づいた――「苦汁」って、「くぎゅー」に似てね? と」
私「病院行け」
友「すると不思議なことに、どんなミッションも諦めようとは思わなくなった。「苦汁を嘗める」という言葉が、とてもステキな響きに感じるようになったんだ」
私「お前スゴイな、色んな意味で」
友「そうして、今の俺がある。あの気づきは、正に天啓だったよ」
私「俺には真似できねえわ……」


第75話 我が名に懸けて

「雑魚が……」

 

 追跡して来たセシリアを撃墜した襲撃者、エムは、ブルー・ティアーズの絶対防御が発動したことを確認し、つまらなそうに呟く。

 今回の任務は、一種の示威活動、つまりはデモンストレーションだ。秘密組織である亡国機業(ファントム・タスク)にとって、そんなことは害にしかならない筈だが、任務の理由や目的などは一切知らせれておらず、またエムも、そんなものに興味はなかった。

 エムにはエムの目的がある。それ以外のことは、心底どうでもいい。

 

(敵の増援は……まだ少しかかるか。立ち上がりの遅い連中だ)

 

 上司から送られて来たデータを確認し、溜め息を吐く。増援に包囲される前には撤退しなければならないが、それまではある程度暴れる必要がある。かといって、唯一初撃をかわし追跡して来たセシリアも、想像以上に手応えがなかった。

 残り数分、ただ待ちぼうけているのもつまらない。示威活動と言うのなら、セシリアをそこらの鉄塔かアンテナに突き刺してオブジェにでもするか――そんなことを考えていた時のこと。

 

「……ん?」

 

 高速で接近する物体が一つ。その反応は、ISとは少し違う。なんだ、とそちらへ目を向けると、そこには――

 

「あれは……確か、あの女の高機動用パッケージだったか」

 

 ステルス爆撃機のような形状をした、銀色の飛行物体。ISと比べてもなお圧倒的なその速度で、墜落するセシリアを受け止めた。そのまま、エムから離れるように飛んで行く。

 

「操縦者も本体もなしに動くとは、面妖な……変態技術者どもめ」

 

 朧月の高機動楊パッケージ、〔月船(つくぶね)〕が、自立飛行によりセシリアを救助したのだった。エムが与えられている情報によれば、月船はIS学園にある筈。それがここまで飛んで来るというのは、有り得ないことではないが、十分驚愕に値することであった。

 

「……速いな。追い付くことはできんか……」

 

 月船の速力を眼にして、エムは考える。アレを追うべきか否か。その答えはすぐに出る。

 

 ――放っておこう。追う必要などないのだから。

 

(……帰還するか)

 

 不意打ちとはいえ、専用機を六機撃墜。その後追跡して来た一機を、一方的に撃墜。戦果としては十分過ぎる、時間はまだ残っているが、こだわることではない。

 セシリアは逃がすことになるが、それも構わない。なにも殺せと言われているわけではないのだ、命令以上のことをするつもりは、エムにはなかった。

 

「ふん……つまらん任務だった――!?」

 

 だが、撤退しようとした矢先に。

 

 ブルー・ティアーズの反応が、復活した。

 

「再起動だと……? 有り得るのか、こんなISが?」

 

 ブルー・ティアーズのシールドエネルギーは、確かに枯渇した。それがこんなに早く、補給も無しに回復する筈がない。

 

 そう、補給が無ければ、だ。

 

「……そうか、あのパッケージ。確か、エネルギーを他の機体に供給できるんだったな」

 

 そのことを思い出し、エムは銃を構える。照準の先には、エムへと真っ直ぐに向かってくる月船と。

 

 その上で、エムへと銃を向ける、セシリアが居た。

 

「馬鹿な奴だ。そのまま逃げていれば、助かっただろうに」

 

 だがいくら向かって来ようと、セシリアではエムの相手にならない。六基のビットと最大出力のライフルの一斉射撃で、月船もろとも撃ち落とす。小刻みな旋回が出来ない月船ではかわせまい、そう考えての判断だった。

 

 それは正しかった。彼我の実力差を正確に見抜いた上での、的確な判断であった。

 

 ――そう、正しかったのだ。その判断を下した、その瞬間までは。

 

 だが、それまで存在しなかった要素が、突然加わってしまえば。

 

 正しかった解答も、間違いとなる――

 

「……馬鹿な」

 

 それは、呆然とした呟きだった。一瞬の内に脳を埋め尽くした言葉が、声となって漏れ出た。そんな呟きであった。

 エムがそれほどまでに驚愕した、その理由は――

 

二次移行(セカンド・シフト)だとっ……!?」

 

 ブルー・ティアーズから溢れ出た光が、球を成し。

 

 月船ごと包み込んだ、その光景である。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「行けますわね、ブルー・ティアーズ」

 

 それは質問ではなく、確認でもなく。

 

 戦闘再開を告げる、ただの宣言である。

 

 ――リンク開始……完了。ユニット〔月船〕との融合を開始します――

 

 その瞬間、セシリアを、ブルー・ティアーズを、月船を、光が包み込む。その光の中でブルー・ティアーズが形を変えていくのを、セシリアは感じていた。

 

(さあ、あなたの力……わたくしに魅せてくださいな!)

 

 月船の、六対の翼が展開していく。それらは一度、接合部から外れるとそれぞれが対となる翼と繋がった。

 

 その中に、六基のブルー・ティアーズ(ビット)を取り込んで。

 

 ――エネルギーバイパスを接合……完了。ミサイルビット、内部機構を再構成……完了――

 

 月船の銀色の翼が、蒼に染まっていく。それは月船が、セシリアとブルー・ティアーズを受け入れ、自ら制御下に置かれた証であった。

 

 ――内蔵装置を解析……エネルギーの貯蓄及び供給装置を確認。再構成……完了。外部ユニットとして装備します――

 

 ブルー・ティアーズの腰部アーマーに、装甲が追加される。その中では、莫大なエネルギー容量を誇るコンデンサーが稼動していた。

 

 ――全工程、完了。システム、オールグリーン。……貴女に、新しい名を要求します――

(新しい、名前……)

 

 それは確かに、必要なことだ。ブルー・ティアーズはその姿を変え、新たな力を得た。セシリアの誇りのため、自らを作り変えた。

 

 だから、新しい名が必要だ。

 

「……いいでしょう。あなたに名を与えます。あなたのその姿に、そして月船()をくれた朧月に、敬意を表して」

 

 セシリアが名を告げると、ブルー・ティアーズの装甲がきらりと光る。それはまるで、微笑みを浮かべたかのようで。

 

 ――復唱します。私の名は――

「そう、あなたの名は」

 

 

 

『ブルー・ティアーズ・スバル』

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「撃墜直後に復活し、二次移行とはな……どこかで見た展開だ」

 

 吐き捨て、エムはサイレント・ゼフィルスのビットを展開する。六基のレーザービットに加え、二基のシールドビットを。比類なき才能を持つ彼女にのみ許された、攻防両立にして必勝の布陣。

 セシリアを警戒して、のことではない。初の任務失敗という忌々しい記憶を、完膚無きまでに焼き尽くすためである。

 

「ふん……随分と、仰々しくなったものだ」

 

 ブルー・ティアーズの両肩にあるのは、元はビットであったのだろう砲身。セシリアのレーザーライフルに劣らぬ長大さを誇る、見るからに強力な砲。それがまるで翼のように、左右に三門ずつ取り付けられている。

 腰部のアーマーは、そこにあったミサイルビットがなくなっているにもかかわらず、むしろその大きさを増している。それをただの装甲の強化と考えるほど、エムは愚かではない。あの中には、機動力を犠牲にしてまで守りを固める何かが在るのだと、瞬時に見抜いていた。

 

「だが、愚かなことに変わりはない」

 

 しかしそれで恐れをなすのは、それこそ愚か者だ。腰のアーマーが守っているのは、重要な何か。言わば内蔵だ。だが逆に言えば、内蔵以外の守りは変わっていない。脳や心臓を破壊しなくとも、肉と骨が傷つくだけでも、人は死ぬ。それをエムは知っている。

 だから、恐れる必要などない。一撃必殺(ワンショット・ワンキル)はスナイパーの基本ではあるが、それがスナイパーの全てではないのだ。

 

「――死ね」

 

 だから、ほんの僅かなためらいもなく、引き金を引いた。

 セシリアの、脳と、心臓を目掛けて。

 

 ――だが。

 

「なぁっ……!?」

 

 流石のエムも、驚愕を隠すことは出来なかった。

 

 発射した七つの弾丸、その全てを、発射直後に撃ち落とされたとなれば。

 

「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿なっ!!」

 

 スナイパー同士の戦いとは、すなわち読み合いだ。撃てば当たる、それを前提とした上で、ではどちらが先に撃つか。ガンマンの早撃ちとは違う、どちらが先に見つけるか、という勝負。そして相手を見つけるためには、相手の行動、思考を読まなければならない。

 武器がISに変わっても、本質は同じ。エムが行った初撃の奇襲は、スナイパーとして最高の手並みであった。その後のセシリアとの戦闘も、弱みを見抜き圧勝した。エムは、終始スナイパーとして戦ってきた。

 

 そのエムが思う。今の一撃はなんだ。ブルー・ティアーズとサイレント・ゼフィルスの弾速は同じ、なのに射撃の直後に撃ち落とされた。それはつまり、セシリアが先に撃ったということだ。

 

 ――エムが、いつ撃つか。どこから撃つか。どう撃つか。その全てを、読まれていたということだ。

 

 それはすなわち。

 

 スナイパーとしての――

 

「私が……私がっ! 貴様如きに、劣っているだと!?」

 

 怒りと、そして焦りによって。エムは再び、引き金を引く。

 ビットと、ライフルの引き金を。

 

「――残念♪」

「ちぃ……!」

 

 そしてまた、同じように撃ち落とされる。二度続けば、まぐれと言うことも出来ない。

 

 間違いなく、読まれているのだ。エムの思考が、セシリアに。

 

「くっ……!」

 

 だが、エムは冷静だった。心を乱したのは一瞬、すぐに思考を再開する。

 銃撃を撃ち落とす、それがはたして、読み合いを制しただけで可能だろうか?

 

 答えは、否。それはスナイパーであるエムが、最も理解している。

 

(思考を読んだとして、それでここまでの迎撃ができるか? ……まさか。できるわけがない)

 

 何事も、想定不能な誤差というものは存在する。あらゆる事象が絡む戦闘中であればなおさらだ。

 例え思考を読み切ったとしても、それだけでは、銃撃を先んじて撃ち落とすなど不可能。

 では、セシリアが「見た」モノとは。

 

 一体、何か。

 

 

 

「………………まさか」

 

 それは、誰しも一度は望んだこと。特に戦う者からすれば、正に垂涎の能力。

 現実主義者のエムですら、荒唐無稽なそれを欲したことがある。もしこの力が、自分にあったのなら、と。

 

 その力とは――

 

「「未来予知」……!?」

 

 言葉を被せられた。これでもう、疑う余地はない。

 

 セシリア・オルコットには、一瞬先の、未来が見えている――

 

「……これは驚いたな。いくらISとはいえ、こんなことが可能だとは」

「ISだからできるのではありません。わたくしと、ブルー・ティアーズ・スバルだからできるのですわ」

「ふん……なるほど、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)か」

 

 〔貴き者の務め(ノーブル・オブリゲーション)〕。それが、ブルー・ティアーズ・スバルの単一仕様能力の名。

 その力は、一撃必殺の攻撃力でも、絶対不破の防御力でも、電光石火の機動力でもなく。

 

(ISは所詮兵器、機械だ。魔法やら超能力やらを持っているわけではない。未来予知などという能力は有り得ない。ならば、これは……)

 

 エムは素早く思考をめぐらせる。単一仕様能力は、文字通りその操縦者と専用機にのみ発動する能力だ。ただ一つの例外を除いて、他の誰にも、どの機体にも同じ能力は発動しない。

 つまりは、データの蓄積が存在しない。発動する瞬間までどこにも存在しなかった能力の詳細を、事前の情報収集により知ることは不可能だ。

 

 故に、相対した者が、自らの力で見抜かねばならない。

 

「……常軌を逸した演算能力。それによる、高精度の未来予測か」

「あら、こんなに早く見抜くだなんて。さすがですわね、褒めて差し上げますわ」

「ちっ……」

 

 能力は看破した。それは間違いないだろう。

 だがその能力の対抗策は、まだ分からない。先の、射撃を先んじて撃ち落とすという離れ業。それだけでもかなりの問題だが、もう一つ問題がある。

 

 エムは、セシリアの攻撃を察知出来なかったのだ。それは油断などではなく、IS操縦者ならば当然のことであった。

 

 ――何故なら、ロックオンの警告がなかったのだから。

 

(これは厄介だな。まるで正面から不意打ちを食らう気分だ)

 

 ISは単純に速いだけでなく、縦横無尽の三次元機動が可能だ。故に、銃撃の瞬間に相手が居る位置へ撃っても当たるわけがない。どこへ撃てば当たるのか――その計算が偏差射撃だ。

 その計算を、実戦の最中でリアルタイムで行うには莫大な演算能力が必要であり、計算式に当てはめる数値は全て正確でなければならない。そして必要な数値の中でも最も重要で、最も変動の激しい数値。それが相手との距離、相手の移動速度。それらの数値を正確に導き出すには、目視のみではあまりにも不十分だ。

 故に、ロックオンすることによって、その数値を手に入れる必要があるのだ。だがロックオンは、相手にレーダー照射をして行う。イルカやコウモリが、音波の反射によって周囲の状況を把握するように。当然、そのレーダー照射は相手にも感知され、ロックオンしていることが知られてしまう。

 

 だが。もし、偏差射撃を行うための情報など必要なく。

 

 初めから、命中させるための解を、()ることが出来るとしたら――

 

「……厄介な」

 

 そう。貴き者の務め(ノーブル・オブリゲーション)の能力は、一撃必殺の攻撃力でも、絶対不破の防御力でも、電光石火の機動力でもなく。

 

 こと戦闘においてのみ発揮される、限定的な未来予知。

 

 まさに、究極の火器管制システム(FCS)――

 

(だが、「完璧」ではない。そんなモノは存在しないっ)

 

 悠然と宙にたたずむセシリアに、エムが突撃する。貴い者の務め(ノーブル・オブリゲーション)による未来予測にも、どこかに穴がある筈。魔法でも超能力でもない機械には、必ず限界がある筈。

 

 それを見つけ出し、今度こそ、完全に勝利する。そのためにエムは、ビットによる一斉射撃を行った。

 

「視えていますわ」

 

 セシリアがライフルを構えると同時、両肩の六基のビットが動く。もはやビットと呼ぶことが躊躇われるほどの砲が前を向き、砲門から強力なレーザーを発射した。

 以前のビットのような、サポートのための小口径砲ではない。大型のレーザーライフルにも劣らぬ、主砲として十分な威力のレーザー。それを、六発同時に。

 

(この程度では落とされる、それはわかっている。……では)

 

 エムはビットを全其射出し、レーザービット三基、その護衛としてシールドビットを一基ずつ付け、上下に分ける。先の戦闘でセシリアを封殺した戦術、その攻防を同時に行うのだ。

 

「あら……その程度ですの?」

 

 それに対し、セシリアのビットは全て下へと飛んだ。そして上へ向けて、一斉射撃。エムの放ったレーザーは、今度はセシリアに当たる直前で撃ち落とされる。

 

「浅知恵ですわね。攻防一体、それは攻撃と防御のどちらもが有効なレベルで、初めて効果を発揮するのですよ?」

「ふん……二次移行した途端、随分強気になったじゃないか」

「当然ですわ、負ける気がしませんもの――あなたには」

「言っていろ。いくら機体が高性能になっても、貴様と私の差が埋まったわけではない!」

 

 エムによる、再びの一斉射撃。今度はセシリアを狙ってのものではなく、眼下の街へ向けて。

 セシリアは先ほどと同じように、レーザーを撃ち落とそうとし――

 

「ふっ……」

 

 ――エムのレーザーが、曲がった。

 偏向射撃(フレキシブル)。セシリアにはまだ出来ない、BT兵器運用における最高技術。

 

 結果、セシリアのレーザーは外れ。

 

「……ふふっ♪」

 

 それぞれが、別のレーザーを貫いた。

 

「なん、だとっ……!?」

 

 これも、読まれていた。偏向射撃によってレーザーがどちらに、どう曲がるかまで。出力を変え、弾速を調整して、狙い打ったのだ。

 

「たった一度曲げる程度で、わたくしの眼から逃げ切れると思って?」

 

 余裕の笑みを向けられて、エムは奥歯を強く噛む。

 どうやら、射撃戦では勝ち目はないらしい。その悔しさは筆舌に尽くしがたいものであったが、しかし飽くまで冷静に判断を下す。

 

 射撃戦が駄目なら、格闘戦だ。

 

「この屈辱……楽には殺さんぞ」

 

 左手にピンク色の光を放つナイフを展開し、右手のライフルに取り付けられた銃剣をセシリアに向ける。

 セシリアが持つ格闘武器は、小型のブレード、インターセプターだけだ。ブルー・ピアスには銃剣はないし、あったとしても大型のため取り回しが悪く、打撃武器としても使いにくい。セシリア自身の格闘能力の低さと相まって、射撃戦よりは分が良い筈だ。

 

「行くぞ」

 

 接近中、セシリアへ向けて射撃を繰り返す。街の守りを優先するセシリアはレーザーを撃ち落とすことにビットとライフルを使い、エムの接近を防げない。

 瞬く間に、接近される。

 

「はあっ!」

「せぇいっ!」

 

 エムの繰り出した一撃は、容易く防がれる。それは予想済みだ。だが一撃で倒すなど、元から求めてはいない。

 故に繰り返す。二撃、三撃――四十、五十と。

 

「ふっ、く……!」

「……ほう」

 

 そうして続けるうちに、エムは気づく。セシリアの動きの違和感に。

 

「なるほど……くくっ、しかし考えてみれば当然のことだ」

 

 いくら未来が視えようと、どう動けば良いか分かろうと、それに体が付いていくかどうかは別問題だ。セシリアも格闘訓練を受けてはいるが、エムに比べれば遥かに練度は低い。エムの猛攻に対応出来ないのだ。

 アクション映画を見れば分かるだろう。事前に台本を読み、展開を全て分かっている、格闘技に長けた一流の役者ですら、何度もリハーサルをしなければならないのだ。自分の知る内容通りに、体が動くように。

 

(だが、それでもっ……!)

 

 見つけた弱点、見つけたという優位。それを保つため、エムは必死に笑みを作る。

 エムとて余裕があるわけではないのだ。何せセシリアは、エムの一挙手一投足を知っているのだから。今のエムは、セシリアに追いつかれないよう全力で逃げているようなものだ。

 

「くぅ……!」

「はは、辛そうだな」

「あなたこそっ」

「ふっ……!」

 

 だがそれすらも、セシリアには見抜かれている。それでもプライドから、笑みを崩さず。

 お互いに余裕を装いながらの、必死の攻防が続いた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ぐっ、く……!」

「ふっ……せぇ!」

 

 極短い時間で、エムはブルー・ティアーズ・スバルの単一仕様能力、その弱点を見抜いた。その結果、セシリアは苦戦を強いられている。

 

「そういうことか……未来予知ではなく、未来予測。その限界は」

「ふ、ふふっ……あなたこそ、無理をしているのではなくて?」

「ふん……!」

 

 だがその苦戦は、エムにとっても同じだった。今エムは、かつてないほどに自分の脳を酷使している。

 

 格闘戦と八基のビットの同時運用という、神業によって。

 

「く、お……!」

 

 セシリアに格闘戦を挑んだエムは、ビットによる街への攻撃も続けていた。その射撃の全てを、セシリアに撃ち落とされながら。

 

「は、ぁ……!」

 

 それはつまり、セシリアも全く同じことをしているということだ。射撃を撃ち落とすということの難易度を考えれば、むしろエム以上に。

 

「未来を知る「予知」ではなく、未来を考える「予測」……現在が変われば、それに応じて、また考え直さなくてはならない」

「だから?」

「手数の多い格闘戦では、それだけ演算量も増えるということだ!」

 

 セシリアが行動を起こせば、エムはそれに対する行動を起こす。その度に、セシリアの視る未来は書き換わるのだ。それは新たに演算をやり直すということであり、セシリア自身もまた、書き換わった未来に対応しなければならない。

 その回数が、格闘戦では飛躍的に増加する。加えて射撃の撃墜もするとなれば、必要となる演算量は天文学的だ。次第に、セシリアの防御が精度を落としていく。

 

「ぐ、くぅ……!」

 

 エムのナイフがセシリアの首を目掛けて振るわれ、セシリアはそれを腕の装甲で受け止める。インターセプターで受けようとしたが、エムの狙いを読みきれなかったのだ。

 

「はは……本当に、愚かな奴だ。街を見捨てさえすれば、私とも互角に戦えるだろうに」

「今だって、互角に戦っていますわ……!」

「そんな様でよく言う」

 

 セシリアは、既に傷だらけだった。何度も読み違え、装甲でギリギリ受け止める。そんな状況が続いていた。それというのも、演算能力の大部分をレーザーの撃墜に使っているからであった。

 

「見ず知らずの人間を守るために、自らの命を危険に晒すとはな」

「わたくしは貴族。貴族とは、民を守ることが務め。たとえ見知らぬ人であろうと……いえ、見知らぬ人だからこそ、わたくしを知らない人だからこそ! わたくしは、守らなければならないのです!」

 

 誰であろうと、敵でないのなら守る。敵でさえも、場合によっては手を差し伸べる。そう在るからこそ、人は信じ、頼るのだ。

 

「貴族、か。この世で最も愚かな連中だ。いくら人を守ろうと、人は平気で裏切るものだ。結局は自分が大事なのだからな。それすらもわからないから、こうして寿命を縮めている」

 

 銃剣に突かれ、インターセプターを弾かれる。それが街に落ちないよう、レーザーライフルで焼き尽くした。その隙に、ナイフに腕を切りつけられる。

 

「理解できんな。何故そうまで守ろうとする? 貴族など、そう望んで生まれたわけでもあるまいに」

「たとえ死んだって、わからないでしょうね――あなたにはっ!!」

「ぐっ……!?」

 

 ブルー・ピアスのストックで、エムの顎を打ち上げる。ISの保護があってなお視界が揺れるほどの、強烈な一撃。口内を切り唇の端から僅かに血を流しながら、エムは憎悪に、声を荒げる。

 

「わかるものか……わかりたくもない! 貴様らのような人種の考えることなど、微塵もっ!!」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ!」

 

 ナイフと銃剣による連撃が、ブルー・ティアーズの装甲を傷つける。セシリアはダメージを受けながら、反撃に零距離から銃撃を叩き込む。

 

「守るだと!? よくもそんなことが言えるものだな、偽善者がっ!! 裏切られたことも、ないクセに――!!」

「その通り、わたくしの信じる人たちは、皆わたくしを信じてくれている! 裏切られる痛みなんて知りません、だからこそわたくしは、迷わずに戦える! 揺らぐことなく、信じられる――!!」

 

 銃剣がブルー・ピアスに突き刺さり、エネルギーバイパスを破壊された。撃てなくなったライフルを鈍器として扱い、鳩尾にストックをめり込ませる。

 

「ならば信じていればいい、裏切られるその時まで! 裏切られ絶望に染まるお前の顔は、さぞや見ものだろうなっ!!」

「いつか裏切られるとしても! 切り捨てられるとしても! 今この瞬間は、わたくしは信じられる! いつ来るのかも、来るかどうかもわからない未来のことなど知りません! 今ここに居る命を、ただ全力で守る――」

 

 渾身の力を込めた、銃剣の刺突。盾にした左腕の装甲は傷だらけで、刃は止まらず、肉に食い込む。

 その痛みに歯を食い縛り、ブルー・ピアスを、その破損箇所を、エムの胸に押し付けて。

 

「――我が名に懸けてっ!!」

 

 引き金を、引いた。

 

 充填されたエネルギーは正しく供給されず、バイパスの破損した一点に滞留する。それはすぐに臨界を超え――

 

 ――爆発した。

 

「ぐあぁっ!!」

「あああっ!!」

 

 大出力のレーザーライフル、その爆発の威力はかなりのものであった。双方がシールドエネルギーに大きなダメージを受け、爆風に押されて距離が離れる。

 

「無茶なことを……!」

 

 だがエムとセシリアでは、余力に大きな差があった。エムは素早く体勢を立て直したが、セシリアはそうもいかない。その隙は致命的で、エムはライフルの照準を完全に合わせた。

 絶体絶命の状況に、しかしセシリアは微笑みを浮かべる。

 

(無茶もしますわ……)

 

 エムが引き金を引こうとした直前、視界に影が差す。そこでようやく、自らの失敗を悟った。

 

 セシリアとの戦闘に夢中で、レーダーを見ていなかったことに。

 

(だって、わたくしには、守るべき民だけではなく)

 

 慌てて上を向く。

 

 そこには、純白の装甲と。それを上回る輝きを放つ、刀を振り上げた。

 

 少年の姿が。

 

(わたくしを守ってくれる、仲間が居るのですから――)

 

「おおおおおおおらあああああああああっっっ!!!」

 

 空気抵抗という鎖を引き千切り、零落白夜が振り下ろされる。全速で後退するも、僅かに逃げ遅れ。

 顔の上半分を隠すバイザーだけ、切断された。

 

「ぐっ……!」

「くそ、浅かったか……!」

 

 あまりにも軽い手応えに、少年――白式の修復を終え、全速力で駆けつけた一夏が歯噛みする。

 仕留め損ねた敵を警戒しながら、セシリアの様子を確認する。

 

 ……かなりのダメージを受けているようだが、致命的ではないらしい。ふらつきながらも浮遊を続けるセシリアに、ひとまず安堵する。

 

「セシリア、大丈夫か?」

「ふふっ……見ての通り、ですわ……」

「……そっか。なら安心だ」

「……ふふふっ」

 

 安心した。その言葉は、心配されるよりも嬉しかった。

 だからセシリアも安心して、一夏に事の成り行きを任せる。

 

「……お前、何者だ」

「…………」

 

 一夏の問いに、エムは答えない。バイザーの代わりのように、手で顔を隠したまま。

 

「……もう一度訊くぞ。お前、何者だ」

「………………く、くくく。く、は、あはははははっ!!」

 

 繰り返された問いに、突然、エムが笑い出す。

 

 楽しさなど、まるで感じない。

 

 そのワライゴエに在るのは、ただただ、無尽蔵の――憎しみだけ。

 

「……なんだよ、一体」

「私が何者か、だと。……いいだろう、教えてやる」

 

 そしてエムは、顔を覆う手を離す。

 

 当然、手によって隠されていた顔は顕わになり。

 

 その顔を見て、一夏は、セシリアは。

 

 ――硬直した。

 

「私は、織斑マドカ」

 

 何故なら。

 

 何故なら、その顔は。

 

 多少の幼さが、残るとは言え――

 

 

 

「私は、お前だよ――織斑、一夏」

 

 

 

 一夏の姉、織斑千冬と、全く同じだったのだから。

 




オワタ式ACシリーズとは

ステージのギミック等により必ずダメージを受けるミッション以外、全てのミッションをノーダメージクリアすること。可能かどうかは不明。たとえ可能であっても極めて困難であることは確実。

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