IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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先日、友人とこんな会話がありました。



私「なあ、真改が絶対に言わなそうなセリフってなんかないか?」
友「激おこプンプン丸」

会話終了


第81話 一歩

 織斑先生のお説教から解放された時には、もう外が暗くなっていた。整備室に置いてきてしまった打鉄弐式を回収しに行き、そのまま少しプログラムとシミュレーションを続けたけれど――あまり、はかどらなかった。

 

「……無理、なのかな……やっぱり」

 

 もう何日も、同じところで止まっている。思い付く限りのことを試してみて、結局全部ダメだった。

 私が打鉄弐式を預けられてから、半年。未完成だからと配備が遅れていたところを、むしろ好都合だなんて思って、我が儘を言って預かってから、もう半年。

 

 いい加減結果を出さないと、最悪――

 

「……イヤだな……」

 

 このままでは、打鉄弐式を取り上げられてしまうかもしれない。そろそろ白式に回されていた人員にも余裕が出てくるはず、その時になってまだ打鉄弐式が完成していなかったら……それどころか、ほとんど進展がなかったら。

 どうなるかなんて、明らかだ。

 

「……イヤ、だなあ……」

 

 それは、イヤだ。絶対にイヤだ。なんとかしないと、どうにかしないと、打鉄弐式がなくなってしまう。

 完成したら、また預けてくれるかもしれないけれど……それじゃあ、イヤなんだ。

 

 ……ああ、でも。

 

 なんで、イヤなんだっけ――?

 

「よ、簪さん。おつかれ」

「ひゃああああああっ!!?」

 

 本日何度目かの絶叫。そろそろ喉が痛い。

 

 ……じゃなくって。今、この学園じゃめったに聞くことのない、男の人の声が聞こえたような。

 

「び、びっくりした……あ、いや、俺が驚かせたのか。ごめん」

「お……織斑、くん……?」

 

 やっぱりというか、そこに居たのは織斑くんだった。私のリアクションが予想以上だったのか、織斑くんも驚いた顔をしている。

 

「な……何か、用?」

 

 素っ頓狂な悲鳴をあげてしまったことが恥ずかしくて、平静を取り繕って訊く。すると織斑くんは、に、と小さな笑みを浮かべて手に持っていた物――自動販売機で買ったのだろう、ジュースのペットボトルを見せた。

 

「差し入れ。零時の紅茶(ゼロティー)汁量過多・葡萄(オーバード・グレープ)、どっちがいい?」

「…………」

 

 微妙なラインナップだった。

 正直どっちもあまりいらないけど、もう買ってしまっているのに断るのも悪い気がする。

 

 ……どちらかと言うと、フルーツジュースのほうがいいかな。

 

「……じゃあ、グレープで」

「はいよ。……ふぅ。こんな時間までやってるのか、すごいな」

「…………」

 

 手渡されたペットボトルを受け取ると、織斑くんはもう片方のペットボトルを開けて、一口飲んだ。そして蓋をしながら、もう私と織斑くん以外誰も居なくなった整備室を見渡して、言う。

 いつの間にか、こんなに遅くなってたなんて。

 

「……何か用?」

「ん? ああ……うん。なんとか、ペア組んでくれないかな、って」

「……しつこい……」

「う……」

 

 ぼそりと言うと、自覚はあるのか織斑くんの笑顔が若干強張った。それを見ながら、もらったペットボトルの蓋を開けて、紫色の特濃果汁を一口飲む。

 

「…………」

 

 あ、甘い……けど、飲めないほどじゃない。二口目はしばらくいらないけど。

 

「……それが、打鉄弐式?」

「……ええ」

「打鉄と結構形が違うんだな」

「打鉄は、防御力重視のマルチロール機だけど……打鉄弐式は、機動力重視。コンセプトは、どちらかと言うとラファールに近い……」

「へえ……」

 

 無数のコードに繋がった打鉄弐式を見上げて、織斑くんが訊ねてきた。それに対して、簡単なところだけ答える。外装はほぼ完成しているけど、中身は空っぽだ。簡単なところしか答えられない、とも言えた。

 

「確かに装甲はちょっと薄めだな」

「山嵐が重いから……これ以上厚くできない……」

「あ、なるほど。……ふぅん。その山嵐って、どんなのなんだ? いや、多連装ミサイルポッドっていうのは聞いてるんだけど」

「……なんで、そんなこと訊くの?」

「そりゃ見たいからさ。未完成かもしれないけど、簪さんの専用機には変わりないだろ? どんな機体か興味あるんだ」

「…………」

 

 なんでこうも、人の懐にズケズケと踏み込めるんだろう……でもこの学園で一人だけの男子だし、それくらい図太くないとやってられないのかも……。

 なんて思いはしたけど、それでも織斑くんの言葉は嬉しかった。

 

 そう。未完成だし、いつまで持っていられるのかもわからないけれど。

 

 今この時は、打鉄弐式は、私の専用機なんだ。

 

「……これが、最近続けてるシミュレーション……」

「お?」

 

 カタカタとキーボードを叩き、プログラムを起こす。整備室に備え付けのディスプレイに見るからにバーチャルな空間が映し出され、そこに打鉄弐式と、テクスチャだけのハリボテのISが浮かんでいる。シミュレーション用のターゲットだ。

 いつものように、試作したプログラムを入力してシミュレーションを開始する。まずはその場で滞空しているだけのターゲットをロックオン、山嵐を発射。四十八発のミサイルは全て命中し、絶え間ない爆発によりターゲットを破壊した。

 

「おお。なんだ、ちゃんと出来てるじゃないか」

「問題は、ここから……」

 

 その破壊力に驚きながら、織斑くんが頭に疑問符を浮かべる。その間にも、シミュレーションは次のフェイズに。再び現れたターゲットが、上下左右前後にランダムな移動をする。

 それをロックオン。今度こそ、という願いと、どうせまた、という諦めがない交ぜになった気持ちで、発射する。

 

 そして、やっぱり――

 

「……ああー……なるほど。動かれると、当たらないんだ」

「………………そう」

 

 落胆しながら、シミュレーションを見直す。ミサイルはあちこちに飛んで行って、命中することはなかった。数が多いから一、二発はターゲットの近くを通ったけど、そんなのはただの偶然、下手な鉄砲もなんとやらだ。それじゃあ意味がない。

 

 ……結局、このプログラムもダメだったんだ――

 

「……どうすれば……当たるんだろう」

 

 自分で思っていたより、落ち込んでたみたいだ。思わず漏れた呟きには、いつも以上に力が入っていなかった。

 ……どうしよう。プログラムの見直しをしなくちゃいけないんだけど、何度も繰り返したのにまるで進展がないんじゃ、どうすれば良くなるのか見当もつかない。思い付く限りのパターンはとっくに全部試していて、今は手探りの状態だ。先が見えないどころか、今自分が歩いている足下に道があるのかすらわからなくて。続ければ続けるほど、気が滅入ってしまう。

 

 ……今日は、もうやめよう。部屋に戻って、この前録画したアニメを見て休もう。

 

 ――と、思ったのだけど。

 

「あのさ。当てなくてもいいんじゃないか?」

 

 その言葉を聞いて。

 

 それまで頭の中に渦巻いていた色んな考えが、全部吹き飛んでしまった。

 

「……………………え?」

「いや、だからさ。当たらないなら、無理に当てようとしなくてもいいんじゃないか?」

 

 一体何を言っているんだろう、この人は。当てなくていい? 当たらない攻撃なんかにどんな意味があるの?

 そんなことは、全然思わなかった。そんなことを考える余裕なんてなかった。

 

 続きを聞かなくちゃいけない――それしか、頭になかった。

 

「どういう……こと?」

「簪さんはイヤってほどわかってると思うけど、動いてる相手に攻撃を当てるのってすごく難しいんだ。射撃でもそうだし、格闘でも同じ。だから動いてる相手に無理に当てるより、まず動きを止めてから……そうでなくても動きを鈍らせたり、誘導したりしてから当てるほうが確実なんだ」

「…………」

「山嵐は威力もそうだけど、見た目も相当派手だろ? あれだけの爆発なら十分目くらましになるし、物理的にも精神的にも牽制できる。山嵐が強力だからこそ、相手は意識的にも無意識的にも警戒するし、効果が高い。

 だから無理に当てようとするんじゃなくて、山嵐で動きを止めて、そこを追撃する、っていう形もいいんじゃないかと思ったんだけど……」

「……………………」

 

 織斑くんの言葉は、何回も試合をしている彼にとっては当たり前の発想なのかもしれない。けれど私にとっては、まるで天啓のようだった。

 

 当てなくていい。

 

 牽制に使い、追撃する。

 

 山嵐を、布石にする――

 

「……っ!」

 

 突然の風が、深い霧を吹き払うように。今までまったく見えなかった道が、私の前に現れた気がした。

 私はキーボードに飛び付いて、プログラムを試作する。多分今までで最速だろう速さでキーを叩き、流れていく文字列に抜けや誤りがないかを確認する。何を打つべきなのか、考えるより先に思い付き、思い付くより先に指が動く。

 

 そうして、しばらくして。

 

「……出来た……!」

「え?」

「新しい、プログラム……」

「プログラムって……山嵐の? ……マジかよ、十分も経ってないぞ……」

 

 織斑くんが小声で何か言っているけど、全然気にならない。それよりも、早くこのプログラムを試したい。

 シミュレーションを起動し、バーチャル世界の打鉄弐式にプログラムを打ち込む。いつも通り、まずは動かないターゲットを出現させ、試射。

 ミサイルがターゲットに向かって行き――当たることなく、爆発した。

 

「あ、あれ? 動いてないのに当たらないぞ? それになんか、当たってないのに爆発したミサイルもあるような……」

「軌道変更の判断基準を、座標(三次元)から方向(二次元)にしたから……正確には飛ばない。……でも、その分情報がかなり軽くなったから……動かれても、対応できるはず」

「大体この辺、って感じに飛ばすわけか。……それで、途中で爆発したのは?」

「このプログラムだと、直撃は難しいけど……近くまでなら、安定して飛んでくれる……だから、信管を近接起爆式にした……これなら当たらなくても、爆風の効果範囲には捉えられる……」

 

 次第に黒煙が晴れ、ターゲットの姿が見えてくる。破壊には至らなかったけど、表示されているダメージ値はそこそこ大きい。十分だ。

 

「…………」

「…………」

 

 さあ、ここからだ。いつもの手順通り、次はターゲットを動かしての試射。これがダメなら、さっきの天啓はただの気のせいということだ。

 上手くいく。きっと上手くいく。いくらそう言い聞かせても、不安は拭いきれない。

 もし、これでもダメなら――と、思ってしまう。

 

(……今まで何度も、失敗してきたのに……)

 

 なんで今回だけ、こんなに怖いんだろう?

 そう、不思議に思って。

 

(……そっか。今回は、私一人じゃないから……)

 

 今回は、織斑くんと一緒に作ったプログラムだ。そんなことを言えば織斑くんは否定するだろうけど、私にとって、あの一言はアドバイスなんて言葉じゃ表せないくらい有意義だった。

 だから、それを無駄にしてしまうかもしれないと思うと、怖いんだ。

 

(……でも)

 

 でも、大丈夫。

 

 もしダメでも、また考えればいい。また作ればいい。何度でも試せばいい。

 

 だから。

 

 だから、まずは。

 

 そのための、最初の一歩を――

 

「……発射っ!」

 

 タン! と、最後のキーを叩く指に、思わず力が入る。

 それと同時に、四十八発のミサイルが、一斉に放たれた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ミサイルが、ターゲット目掛けて飛んでいく。さっきまでは明後日の方向にばかり向いていたミサイルが、だ。

 簪さんは、どうやら本当に、あの短時間でプログラムを作り上げたらしい。

 

(とんでもねえな、おい……)

 

 このプログラミングの速さは異常なんじゃないか? いや、どう考えても異常だ。もしこの速さを常に発揮できるとしたら、それは凄まじい武器になるだろう。

 敵の妨害を受けたり予想外のアクシデントにあったり、何らかの対策を取られたりしても。戦闘中に、戦いながら修正できるとしたら。

 

 ……もしそんなことが、実際に可能だとしたら。打鉄弐式は、文字通りの万能機だ。

 

(……いや。それよりも今は……)

 

 このシミュレーションの結果を見届けよう。

 

 ミサイルは、それぞれが違う軌道を取りながら飛翔する。正面から螺旋を描きながら飛ぶもの、回り込むように大きく弧を描くもの。

 どれもが、ターゲットに近付いて行く。

 

(……おい、これって……)

 

 ついターゲットを自分に置き換えて、どうかわすかを考えてしまう。

 結論は――かわし切れない。

 

 ギリギリまで引きつけて、紙一重でかわす、というのはできない。近接起爆式の信管だ、引きつけた時点で爆発する。全方位に散らばる爆風と破片をかわすことは不可能だ。

 かと言って大きく避ければ、移動先に別のミサイルが回り込んでいる。それも一つや二つじゃなく、数十ものミサイルが。

 いずれにしても、致命的なダメージにはならないだろう。だが決して、無視できるほど小さくもない。

 そしてなにより。どうするべきかという迷いや、視界を埋め尽くす爆風が。

 

 動きを、止めさせる――

 

「いっ……けぇぇぇ!!」

「!」

 

 簪さんが、彼女のイメージからは程遠い大声を挙げる。その直後、起爆範囲に入ったミサイルが次々に爆発していく。

 直撃したミサイルは一つもない。だが全方位から浴びせられる衝撃に、ターゲットは大きく体勢を崩した。

 完全に、動きを止めるほどに。

 

「や……やった……!」

「ああ、十分だ。これなら――三回ぶった斬っても、釣りが来る」

 

 そう、感想を漏らした瞬間。

 

 画面内に、純白の機体が躍り出た。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「これなら、三回ぶった斬っても釣りが来る」

 

 織斑くんがそう言った時、今まで存在していなかったモノが突然現れた。

 純白の装甲に、白く輝く剣を振り上げたそれは――見間違えようもなく、織斑くんの専用機、白式だ。

 

「えっ……!?」

「ちょ、なんだこれ!?」

 

 織斑くんも驚いてる。ならこれは、織斑くんがやったことじゃない。でもどう見ても、この機体は織斑くんの専用機、白式に間違いない。

 どういうことなのかと混乱しているうちに、白式(?)がターゲットを両断する。

 

「あ……」

「おお……」

 

 一体何がどうなっているのか、それはわからないけれど。

 

 今の一連の流れは、もしかして。

 

 理想的な、連携だったんじゃないか――?

 

「……え」

「……って、ちょっと待て。なんだ今の!?」

「てひひ~。バレちまいやしたか~」

「「!?」」

 

 なんだか間の抜けた笑い声が聞こえた。誰……と思うこともなく、そんな笑い方には覚えがある。

 ……本音だ。

 

「の、のほほんさん?」

「……のほほん? …………ああ……布仏(のほとけ)本音(ほんね)だから……」

「のほほんさんって呼び始めた時は、その名前知らなかったんだけどな」

「…………」

 

 これは、あれかな。名は体を表す、てやつかな。

 

「……それで。今のはなんだ?」

「んーとね~。なんだか楽しそうだったので~、ちょちょちょ~いと白式のデータを割り込ませたのだよ~」

「白式のデータって……うおっ!? いつのまにかコードが!?」

 

 見ると織斑くんの右手に着けられた待機状態の白式に、コードが繋がれている。反対側はシミュレーターに繋がっていて、これでデータを送ったみたいだった。

 

 ……全然気付かなかった……それだけ夢中になってたのかな。

 

「……邪魔、しないで……」

「ええ~? けっこういい感じだったと思うけど~」

「突然割り込まれたら……正確なデータが取れない……」

「それなら大丈夫~、私がちゃーんと取っといたからね~。さーさー、私も手伝っちゃいますよ~、簪お嬢様~」

「その呼び方やめて……」

 

 かんちゃんもイヤだけど。普通に簪って呼んでくれればいいのに。

 

「……いつものことだけど、ISのこういうデータって、何書いてあるのか全然わからないな」

「ま~、そこら辺は慣れだよね~。それで、かんちゃん、どんな感じ~?」

「……軌道とか、起爆のタイミングとか……もっと効果的にできると思う……それに、僚機の邪魔にならないようにしないと……」

「……僚機?」

「…………あ」

 

 しまった。今のシミュレーションで、白式が飛び込むタイミングが完璧だったから……つい協同運用することを考えてしまった。織斑くんに迷惑はかけられ――

 

「……………………あ」

 

 そう言えば。すっかり忘れていたけれど、今度のタッグマッチ、織斑くんに誘われていたんだった。

 ああけどそんな、ちょっと実戦で試してみたいとかそんな理由でタッグを組むなんて失礼だ。あれでもそう言えば、倉持技研からの依頼もあるし別に問題ないんじゃ――

 

「なあ、簪さん」

「は、はひ!」

 

 ど、どうしよう、なんか変な声出た!

 

「自分でも、このタイミングで言うのはズルいと思うんだけど……今度のタッグマッチ、俺と組んでくれないか?」

「う……」

 

 ……本当にズルい。私自身、今はシミュレーションの結果に気分が高揚しているから、実戦で試したいと思ってる。

 けど冷静に考えれば、打鉄弐式は、とてもじゃないけどまだ実戦ができるような状態じゃない。だってまだ山嵐のプログラムをどうするか、っていうのが固まっただけで、完成したわけじゃない。それどころか、そのプログラム以外のソフトなんてほとんど空っぽだ。シミュレーションだから上手くいったけれど、実際にやればそもそも射撃体勢すらまともに取れないと思う。

 

 そんな状態で、タッグマッチのペアを受けるなんて無責任だ。

 

 そう、わかっているのに。

 

「……シミュレーションだけじゃ、なくて……」

 

 でも、試したい。打鉄弐式がちゃんと戦えることを、確かめたい。

 

 私がちゃんと、打鉄弐式(この子)専用機持ち(パートナー)だって、胸を張って――

 

「実際にやらないと、わからないこともあるし……試してみたい、から……」

 

 だから。

 だから、ちゃんと言わないと。

 こんな風にごにょごにょと、言い訳みたいに言うんじゃなくて。

 ハッキリと、言わないと。

 

「……織斑、くん」

 

 なけなしの勇気を振り絞って、顔を上げて。待っててくれた織斑くんと、目を合わせる。

 

「私、と……ペア、を、組んで……くれ、ますか……?」

 

 ……ああ、もう。なんでこう、ハキハキと言えないんだろう。……きっと私が普段から、あまり人と話さないからなんだろう。

 けど私の、そんな下手くそな言葉にも。

 

 織斑くんは、とても真面目な顔で、応えてくれた。

 

「ああ。……こちらこそよろしく、簪さん」

「ぁう……」

 

 こうして正面から向かい合うことに慣れていなくて、恥ずかしくなってしまう。けどなんだか、こっちから目を逸らすのも失礼というかなんというかそんな気が――

 

「うむうむ~、青春ですな~」

「「わぁっ!?」」

 

 び、びっくりした! そう言えば本音居た!

 

「ほらほら~、そうと決まったら、さっきのもっかいやってみようよ~」

「へ? さっきのって?」

「んも~。白式がカッコ良く、じゃじゃ~んて出たでしょ~。あれは私がやったけど~、今度はおりむーが動かして、びしぃ~、とキメるんだよ~」

 

 そんなことを言って、本音は織斑くんにバイザーを被せた。シミュレーション用の装置の一つで、これを使えばシミュレーション内でも、現実と同じようにISを動かせる。

 

「それじゃあ、いってみよ~!」

「おおおおっ? な、なんか妙な感覚だなコレ」

「ほら、かんちゃ~ん。おりむーは準備おっけーだよ~」

「え……あ、うん……」

 

 展開が急すぎて付いていけてなかったけど、取りあえず何をすればいいかはわかった。

 もう一度、山嵐を撃つ。今度は織斑くんの白式が初めから居るから、さっきよりも多くのデータが取れると思う。それにさっきの連携は、本音がデータだけ入れてやったこと……シミュレーションでしかできない。だから今度は、織斑くん本人に動かしてもらって、実際にはどうやって連携を取るのかを調べないと。

 

 そんなことより、他にもっとやらなくちゃいけないことはいっぱいある。そもそもまともに動けるかも怪しいのに、連携について考えるなんて順番がめちゃくちゃだ。

 

 そう、わかってはいるけど。

 

 でも今は、なんだか楽しくて。

 

 もうちょっとだけ、続けようかな――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 やれやれ。本音の帰りが遅いから、探してみれば――こんな時間まで、精の出ることだ。

 整備室に置いてある多様な機械、その中の一つの影から、ああでもないこうでもないと楽しそうに議論を交わす三人を眺める。

 

「まったく、生徒の使用時間はとうに過ぎているというのに。これでは整備室が閉められん」

「…………」

 

 呆れ顔で近付いて来た千冬さんが、肩をすくめながら言う。偶然なのかどうかはわからんが、どうやら今日の戸締まりは千冬さんの番らしい。

 

「……ふん。お前の顔を見て泣きながら逃げ出したと聞いたから、どんな小動物かと思えば……存外、普通だな」

「………………」

「くくく、この話題はあまり良い気分はしないか? 私はお前が落ち込んでいた理由を聞いて、笑いを堪えるのに必死だったくらいなんだが」

「……………………」

 

 ……まったく。自分がからかわれることは嫌いなクセに、他人をからかうのは大好きなのだ、この人は。他の生徒や先生たちの前では控えているようだが、こうして二人になると、ここぞとばかりに攻めて来る。

 困ったものだ、本当に。

 

「……随分盛り上がっているな。この分ではまだ掛かる、か」

「…………」

「また後で来る。ほどほどにしておけよ」

「……消灯までには帰らせる……」

「お前にも言っているんだ、真改。あんな馬鹿どものことを気にかけていては、身が持たんぞ」

 

 楽しげに笑いながら、千冬さんが去って行く。その背中を見送って、また一夏たちに目を向けた。

 

 ……さて。簪も、思っていたほど気が弱いわけではないようだ。いずれまた、機を見て話をしてみるか。

 

 その時は、もう逃げられることのないように。

 

 予め、退路を塞いでおこう――

 

 

 




ちょっと会社で、

「バイクに乗って出勤する」

って打とうとしたんですよ。そしたらミスって、

「獏に乗って出勤する」

になったんです。
冷静になればなんでもないことなんですが、仕事中に危うく吹きかけました。
皆さんも似たような経験はあると思います。変換する前に、タイプミスがないかよく確認しましょう。

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