004
「はぁッ…はぁッ…!」
気付いた時には走っていた。人通りの多い道を俺は走っていた。息を切らせながら。詰まれようとしている命を見据え、ただ走っていた。
「くそったれが!」
赤信号の交差点。俺の声に小さな少女はビックリしたようにこちらへ振り向く。その驚いたような顔は、未だ自身が置かれた状況に気付いていないようだった。馬鹿野郎。ビックリしてんのはこっちの方だってんだ。
その少女のすぐ横には大型トラックが急ブレーキをかけていた。しかしこの距離では到底間に合わないだろう。少女が今にでも轢かれそうになっている。俺は少女へ手を伸ばす。
「間に合えええええええッ!」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!
騒音と共に何かが潰れた音と、べチャリと投げ出された小さい何か。そして次第に俺の意識は薄くまるで霧でもかかったかのように霞んでいく。
ドクン、ドクンと心臓の脈音が耳まで届いて体中を駆け巡っている血は外へ流れ出していく。痛い。苦しい。はっきりしない意識が今にでも消えてなくなりそうだ。
あの少女は助かっただろうか。俺は…死ぬのだろうか。あのトラックはどこへ行った? なぜ俺は倒れている?
ここで俺は『 』のだろうか。
005
結論だけ言うなら、どうやら俺は死んだらしい。
いったいいつにに。どこで。何の経緯で、なんてのは今となっては既に意味を成さないだろう事柄を述べつつ。俺は現在、自身のおかれる状況というやつの把握に勤しんでいるわけだが……どこだここは。
そこはとにかく白い。床も、壁も、天井も、何もかもが白い部屋だった。部屋にはなぜか白衣を着た俺しか居ない。そしてどうやら身長も若干、というか実際かなり縮んでいるらしく。さっきから視点が低い。どうやら俺は子供に若返りを果たしてしまったようだ。いったい全体何が起こっているんだかてんでさっぱりだった。
とりあえず。ここから出よう。何もなさ過ぎてこれ以上ここに居座って居てもおそらく何も得られる情報なんてないだろうからな。
俺はとりあえずそう結論付け、白い円形の機械に適当に文字を当てはめて入力するが『ビーッ』っという音と共に『入力されたパスワードが間違っています』という文面が出てやはり扉は開きそうにない。
どうしたものかと首を捻るも。開かないならどうにもならないし、もはやどうしようもないから、ここはとりあえず。
「寝るか」
床は冷たかった。
006
気付けば、どこかふわふわしたような、不安定な感覚。空は群青色に染められ、星があちらこちらに散りばめられていた。立つ場所には草木が覆い茂っており、すぐ目の前には巨大な桜。気付けばそんなところに立っていた。
「なんだここは…」
『あなたはいったい、何者なのでしょうか』
「…ッ! 誰だ!?」
否。俺以外の他に、どうやら
しかし声の主は構わず話しかけてくる。
『それにしても不思議ですね。なぜ私の中にもう一人の人格が居るのでしょうか。いえ、もしかしたら逆なのかもしれませんね。しかしどういう原理でできているのか見目見当が付きませんが、どうやら今この体の主導権を握っているのは貴方らしいですね。貴方を真似するわけではありませんが。いったい全体。これはどういうことなのでしょうか』
……未だ何もかもいまいち把握できてないが。つまるところ。どうやら俺は得体の知れない何かに巻き込まれてしまったらしい。
「あー。あれだ。何を言えばいいかわかんねぇけど…。とりあえずそのかしこまった喋り方、どうにかならねぇか? 気持ちわるい」
そこら中を見渡してもやはりそれらしい人物はいない。まぁ、とりあえずこの妙な声と喋るしかないだろう。
『我慢してください。これはもう素の口調なので改めようがありませんので。それにしても気持ち悪いだなんて、とても女性へ送る言葉ではないですよね。まぁ、私だったから良かったものを。他の女性に言ってたらコップいっぱいの水を被っていた所ですよ。私だったからよかったものを』
「おもいっきし気にしてんじゃねーか」
ああ、今はそんなことを話している場合じゃなかった。そう、そんな場合じゃないのだ。もしかしたらこいつは何か知っているかもしれない。であるからして、状況をてんで理解できていない俺はこいつに聞くしかないのだ。
「それはそうと。ところでお前はいったい誰だ? このワケのわからん状況を少しでも俺に説明しやがれ。わかるようにな」
人間、長く生きていれば遅かれ早かれ、自分がそれほど頭のいい人間ではないと気付くものだ。
『そのことですが、実は私にもよくわからないんです。いったい本当に。何が起こっているのかでさえ。何一つ』
しかし返って来たのは偉く歯切れの悪いものだった。
「…つまりお前も俺と同じ被害者みたいなものか」
『被害者…なのでしょうか。しかし……。いえ、やはり一概にそうと決めるにはまだ……』
「…あー。まぁ、いい。それよりも、ここはなんだ…?」
『ここは………そもそも、なんでもありません。ただの一つの世界とでも呼びましょうか。出来てしまった『何か』の』
「はぁ…?」
(今は夢の中、と認識して頂ければ結構です)
「へぇ……そうかい」
なんだろう…。こいつもしかしてあっち系のヤツなんだろうか。薬でもキメているヤツみたいに何言ってるのかわかんねぇ野郎だぜ。
『ともあれ。まずはこの”世界”について説明しましょう。その様子ではきっと貴方は知らないでしょうから』
「あー…。そうだな。よろしく頼むわ」
よく聞けばその声は頭から直接響くような声で、だからそこらを探しても見つからないわけで。そして、その声音はまるで少女のような声だったと、今更ながらに気付いたのだ。
そうして説明された内容はあまりにも想像を絶する話だった。というよりも、まったく理解に苦しむ内容だった。
007 Viewpoint change
「なんで俺は…」
「とある魔術の禁書目録の世界にいるんだー!?」
『そのとある『魔術の禁書目録』というものは存じませんが、何をそんなに戸惑っているのですか?』
「そりゃ戸惑うだろ……。自分の世界であったライトノベルや漫画の世界に自分が居るなんて…。まだ信じられないぞ」
脱力したように『彼』はうなだれる。私の姿で。私の声で。なんだか不思議な心地だと、呟く暇もなく彼は私に対して問いかける。
「所で世界の説明はわかったからさ。なんでこんなことになったかの説明を頼むぜ」
これは、外からの干渉…もうそんな『時間』ですか。全く。この非常事態に次から次へと…。いえ。今さら悔いても仕方がありません。
『…いえ。そんな時間はどうやらなさそうです』
「……は? どういうことだy『起きていますか、鎮乃様』…」
………、………。
……………。
……、…。
硬く冷たい床は当然ながらあまり寝心地の良いものじゃなかった。寝ているのか起きているのか定かでない薄い意識の中でしばらく彷徨っていると、誰かに揺さぶられているような感覚でふと目が覚める。目を開けてみると、目の前に居たのは黒服の男だった。いや誰だお前。
…ともあれ。どうやらこの体の持ち主は鎮乃という名前らしい。先ほどの言葉を聞く限り、俺を探していたようだが。いったい何の用なのだろうか、と思案していた所で。男は依然変わりなく続けざまにこう言った。
「検診のお時間です」