私たちは幽霊 作:カムパネルラ
幽霊なのに涙が出てきて止まりませんでした。その涙も地面に染み込むことなく、消えてなくなってしまいましたが。行冥兄ちゃんは人殺しなんかじゃない。それを1番分かっているのに私は誰にも伝えられない。どうして私はここにいるのでしょう。どうして幽霊なんかになってしまっているのか。行冥兄ちゃんの罪を晴らすことも出来ないのに、私がここにいる意味はあるのでしょうか。
あの大人たちの声を聞きたくなくて走り出しました。走って走って走って。足を動かす必要も無いのに無駄な動きで走り続けて。気がついた時には監獄の前に来ていました。もしかしたら、この中に行冥兄ちゃんが投獄されているのかもしれない。せめて一目見たい。行冥兄ちゃんの傍に居たい。そんな気持ちで中に入りました。
誰も私に気がつきません。だって私は幽霊ですから誰の目にも入りません。中は案外広くて迷いそうになりましたが、一つ一つ探してようやく行冥兄ちゃんの姿を見つけることが出来ました。
「行冥兄ちゃん・・・」
行冥兄ちゃんは血だらけの甚平を身に纏ったまま、背を丸めて正座をしていました。行冥兄ちゃんのそんな姿は初めて見ました。いつも綺麗に背筋を伸ばして、凛としていた行冥兄ちゃん。今はこの世の絶望を纏ったような姿でした。
「行冥兄ちゃん、行冥兄ちゃん。私ね、知ってるよ。私は最初に死んじゃったけど、行冥兄ちゃんはみんなを助けようとしてくれてたよね?じゃなかったら、沙代だって死んでるはずだもん・・・」
行冥兄ちゃんの真横に座り、話しかけました。どうせ聞こえてはいないのでしょう。それでもいいんです。私が勝手に話したいだけなんです。ただ、行冥兄ちゃんと一緒にいたいだけなんです。それだけだったのに。
「・・・誰か、いるのか」
行冥兄ちゃんは見えないはずの目で私の目を見ました。首を曲げて、本来なら誰も居ないはずの横を見て。少し目線を下にズラして。
見えてない、聞こえていない筈なのに、行冥兄ちゃんは私の存在に気づいてくれたのです。ああ、なんということ!
「行冥兄ちゃん、行冥兄ちゃん、私だよ、弥生だよ、分かる?ねえ、行冥兄ちゃん」
「・・・こんな所に誰かがいる筈もない。嗚呼・・・」
「行冥兄ちゃん、ねえ、気づいて!お願い!」
服を掴もうとしても、身体に触れようとしても、私の腕は無情にもすり抜けていきます。気づいてくれたと思ったのに、それは私の勘違いだったのか。絶望して地面に蹲ると、だらんと垂らした腕が転がっている小石に当たりました。小石は小さな音をたてて転がります。・・・小石が、動いた?
「もしかして、これなら・・・動かせる・・・?」
透けている腕を小さく震わせて小石に手を伸ばしました。人差し指と親指で挟み込んだ小石は少しだけ浮かびます。目を見開き、これなら私の存在に気づいて貰えると歓喜しました。少しでも音が出せれば、いることを分かってもらえる!
「・・・やはり、誰かいるのか?誰だ?何故、こんな所に」
カツン、カツン・・・カツン
小石を地面に叩きつけて音を出します。私と気づいてくれるかは賭けでしかないのですが、これしか伝える方法がないのです。行冥兄ちゃんの手のひらに文字をかければいいのですが、行冥兄ちゃんを傷つけてしまうかもしれないのでそれは出来ません。せめてこの小石がもう少し丸かったら、なんて考えるだけ無駄ですけど。
「もしや、化けて出てきたのか?子供たちの中の誰かだろうか・・・。私を、怨んでいるか?」
カツカツカツカツカツカツカツカツッ!
そんなわけない、怨んでるわけない、今まで育ててきてくれた行冥兄ちゃんのことを、感謝こそすれ怨むわけないでしょう!
そんな感情が爆発して小石を勢いよく何度も叩きつけました。行冥兄ちゃん、私感謝してるんですよ。親に捨てられた私を拾って育ててくれたこと、私のわがままを聞いて尺八を吹いて聞かせてくれた事。一緒に遊んでもくれましたね。私もみんなも、行冥兄ちゃんの事が大好きなんですよ。
「・・・すまない。そこに居るのが誰で、何を思っているのかが私には分からない。怒っているのかも嘆いているのかも分からない・・・」
「はいなら1回、いいえなら2回。音で教えて欲しい・・・いいだろうか」
カツン
行冥兄ちゃんに育てられていた子供は10人いた。大所帯だから、行冥兄ちゃんとゆっくり話す時間もあまり取れなかった。
今から始まるのは、生前に取れなかった分の対話の時間です。行冥兄ちゃん、私行冥兄ちゃんのことも兄弟たちの事も大好きなんです。私はもう死んでしまったけれど、それをちゃんと知って欲しいな。怨んでいるかなんて、聞いて欲しくないの。怨んでいるわけないでしょう?