酔酒の刃と空飛ぶギロチン 作:黄金収穫有限公司
竈門炭治郎は陣羽織の襟を立て、やや俯き加減でさりげなく顔を隠しながら街へ入っていった。背中には妹の禰豆子、その後ろには同期剣士の我妻善逸と嘴平伊之助が付いている。
「ここが横浜かぁ……」
横浜は日本の中でもかなり大きな街だ。歴史は浅いながらも多くの外国人商館が建ち並び、貿易によって栄える異国情緒ある港町でもある。中心部には日本ではまだ珍しいレンガ造りの建物が建設ラッシュに沸き立ち、市内には日本初の官設鉄道が開通していた。
一目でにぎわっていると分かる横浜は、鬼殺隊の移動には好都合だった。道行く人々も余所者には慣れているのか、巨大な木箱を背負った少年と金髪の少年にイノシシの被り物をした少年という奇妙な3人組を見ても、見なかったことにして過ぎ去っていく。
いざ鬼と戦いになれば大騒動になるのは分かり切った事とはいえ、炭治郎にしても余計な騒動は極力避けたかった。
「炭治郎いまの見た? 金髪の美人さん!」
だが同行者の善逸はというと、初めて見る大都市・横浜に圧倒されているようで、先ほどからずっと炭治郎に話しかけてくる。
「髪の毛の色、俺と一緒だよ! これって運命じゃない!?」
「いや、止めといた方がいいと思うよ。そもそも善逸って外国語しゃべれたっけ?」
「愛し合っていれば、会話なんかしなくても目で通じるって!たぶん!」
納得がいかない顔で善逸はなおも食い下がったが、炭治郎もそれ以上は聞き流すことにした。仲間は一人でも多い方が心強いのだが、ちょっとばかり今回は自信を失いかけている。見るもの全てを珍しがるお喋りな同期のせいで、気が散って仕方がないのだ。
3人(と禰豆子)に任務が下ったのは、つい4日前のこと。那田蜘蛛山の一件の後、回復した炭次郎たちに与えられたのは次なる任務であった。
「――東!東! 三人で横浜に行け!」
いつもの喋る鴉(名を天王寺松衛門という)から今回の任務を告げられた任務は、目的が告げられず行先だけが告げられるという奇妙なものであった。
「――目的地は中国人商館! 中国人商館へ向かえ!」
横浜には中国人も多い。横浜港が開港すると外国人居留地が造成され、欧米人とともに多数の中国人商人が香港や広東からやって来た。流石に辮髪の風習は廃れたが、着物とは違った身体にフィットする民族衣装のおかげで何となく見分けはつく。
問題は、街が広すぎることだ。昼には市街地に入ったものの、かれこれ4時間近くも街中をずっと探索中である。既に日も暮れ始め、夕日が空を赤く染め上げていく。
「まいったな……このままじゃ日が沈んじゃう」
任務の開始自体は明日からなので別に遅れるようなことはないのだが、それまでに中国人商館を見つけて鬼殺隊の関係者に会わなければ野宿する羽目になってしまう。
広場を歩いていくうちに、大きな建物に突き当たった。赤や金の派手な装飾が目立つ2階建ての楼閣で、デカデカと『七福楼』と書かれた大きな看板が掲げられている。
「なんか美味そうな臭いだな」
伊之助がすんすんと鼻をひくつかせる。それもそのはず、彼らの目の前にあったのは横浜名物の中華料理店だったからだ。
「よし、入ってみようぜ」
「いや、任務が……」
渋る炭治郎だったが、伊之助はさっそく食欲という本能的欲求に負けていた。
「ちょっとぐらいいじゃねぇか。な、紋逸も興味あるよな?」
「誰だそれ! 俺は善逸だ! それはそうとして、この店には興味あるけど!」
「善逸まで……」
はぁ、と溜息をついて降参とばかりに両手を上げる炭治郎。
(まぁ、朝からずっと歩きづめで昼ごはんもちゃんと食べてないし。せっかくだから食事のついでに店員に中国人商館までの道でも教えてもらおう)
うっきうきで先を急ぐ二人に続いて、炭治郎も中華料理店に足を踏み入れた。
**
「お、美味しい……!」
「うめぇな! 何だおいコレ! めっちゃうめぇぞ!」
「あ~~~、生きてて良かった~」
炭治郎、伊之助、善逸は初めて食べる中華料理に舌鼓をうつ。正直、何の食材かよく分からない肉やら野菜やらがゴロゴロと入っているが、とりあえず旨い。日本料理ではあり得ないぐらい大量の油と香辛料がふんだんに使われ、唐辛子と花椒がピリッと舌を刺激する。
「辛い! でも美味い! なに使ってるのか全く分からないけど!」
「旨けりゃ何でもいいじゃねぇか!」
「いやー、お客さん良い食べっぷりですねぇ! もしよかったら、ウチの看板商品の豚角煮とかどうです? 頼んでくれたら、サービスで
出っ歯の店員に勧められるがままに、ついつい他にも燒鵝腿(ローストチキン)やら油鸡鹵味(焼き豚)、蒸条老石斑(揚げ魚)に虾球面(エビそば)といったよく知らない料理を注文してしまったが、とりあえず今のところ後悔は無い。
騒ぎが起こったのは、その時だった。
「おいこらテメェ、イカサマしやがったな!」
炭治郎が耳につく声にふと目を向ければ、自分とは少し離れた席で4人の男が揉めていた。5、6人ほどのガラの悪い男たちが、奥の席にいる酔っ払いを取り囲むようにして詰め寄っている。詳しい内容は分からないが、どうやら賭け事がトラブルの原因らしい。こうした食堂ではよくある風景だ。
「おいジジイ! 聞いてんのかコラ!」
「やかましいのぉ。第一、儂がイカサマした証拠でもあるのか? 負けて悔しいからって難癖付けていいのは小学校までじゃ。 ほれ、さっさと賭け金を渡さんか」
場慣れしていのか、あるいは酔っているだけなのか。酔っ払いの方も怯むことなく、明らかに堅気ではなさそうな男たちを煽っている。
男たちは互いに顔を見合わせ、おもむろに懐から手斧を取り出した。それを見て、さっと周囲の客が青ざめる。
「オイオイオイ、死ぬわアイツ……」
この街で手斧は特別な意味を持つ。
急発展した大都市の例に漏れず、横浜にも大規模な歓楽街がある。こうした金と女が行きかう派手な街を牛耳っているのが、『片腕会』という新興のヤクザだった。気性が荒いことでも有名で、構成員は手斧を武器にライバルの殺戮でのし上がってきた武闘派の暴力組織だ。
「おいジジイ、悪いことは言わねぇからとっとと金出して余所へ行きな。この斧を見て、俺たちが誰だか知らねぇとは言わせねぇぞ?」
「うんにゃ、木こりかのぉ」
「このクソジジイ――」
ついに堪忍袋の緒が切れた男の一人が酔っ払いに斧を振り下ろそうとした、その時だった。
ぽん。
男の肩に、炭治郎の手が置かれた。
「なんだァ? てめぇ」
ドスを利かせた声で、男はぎろりと炭治郎を睨む。対して炭治郎は柔和な表情を浮かべ、殺気立った表情を作る男たちに向かって一言。
「落ち着いて。弱い者いじめは良くないよ」
次の瞬間、炭治郎の顔に男の右ストレートがめり込んだ。
鬼滅の刃×B級香港カンフー映画
需要があるのか謎なのですが、なんか思いついたので書いてみました。ご笑覧いただければ幸いです。
タイトルの元ネタは『七福星』から。