酔酒の刃と空飛ぶギロチン 作:黄金収穫有限公司
「チクショー、なんだありゃあ!」
禰豆子の戦場からやや離れた場所では、伊之助が激しい悪態をついていた。二振りの刀を振るう肩はぜいぜいと息が上がっており、これまでの激しい動きを物語っている。
それに対峙する形で伊之助と対面しているのは、文字通り牙を剥いた柔道家風の男とごく普通の柔道家風の男であった。
キレ気味の伊之助と同様に、こちらの二人も激しい怒りの表情を湛えている。
よくよく見れば両者の間には、一人の斬られた鬼の亡骸が転がっていた。既に半分ほど消えかかっており、伊之助が斬り伏せたばかりのようだ。
「このイノシシ頭、よくも高橋を!」
普通の柔道家風の男が叫ぶ。
どうやら彼らの憤りは、同門を殺されたことに起因しているらしい。意外に仲間思いである点は、心優しい炭治郎あたりであれば多少の動揺を引き起こしていた可能性もあるのだが、あいにく伊之助はそうした繊細な感傷とは無縁な戦士である。
「うっせぇ! 斬られたくなかったら人様を3対1で取り囲むとかセコい真似すんじゃねえ!」
「なんだと!? 二谷師匠の名乗りをロクに聞こうともせず、いきなり斬りかかってくるような無礼者に礼節を尽くす義理など無いわ! 獣畜生の如く怯えて今夜の人間鍋の材料になるがいい!」
「上等だコラァ! テメェこそ今夜の鬼鍋にしてやんよ!」
ちなみに牙を生やしているのが沖縄空手の師範:二谷太郎であり、伊之助と挑発し合っているのが一番弟子の長谷川、既に完全消滅した鬼が二番弟子の坂田である。
一応、謎の外国人軍団の中では沖縄出身とはいえ日本人であるはずなのだが、牙を生やしていたりと一体どこの日本なのかは不明だ。いや、単に鬼だから牙を生やしているのは当然なのだが、どうやら目の前の鬼たちは生前の姿を模しているらしく、だとすれば生前から牙を生やしていることになる。
まぁ、今更封神の持つ謎の人脈についてツッコミを入れるだけ野暮というもの。伊之助は考えるのを止め、長谷川との罵倒合戦に注力する。
そうしてしばらく安い挑発合戦を繰り広げていた二人であったが、やがて長谷川の方が意を決したように表情を改めた。
(………来る!)
伊之助がそう感じた次の瞬間、戦闘の火蓋は静かに切って落とされた。
長谷川と二谷が共に動き出す。同時に、ではないのは訓練不足のためではなく絶妙な連携の賜物であり、道着を風になびかせることで巧みに伊之助の防御の隙を突こうとしてくる。
いかに二刀流で刀は二つあるにしても、頭はひとつしかない。絶妙な時間差で攻撃してくる二人に注意が追い付かず、ヒヤリとした場面は一度や二度ではない。
(見えた―――!)
だが、伊之助とて伊達に死線をくぐってきたわけではなかった。振り下ろされた二谷と長谷川の必殺の一撃を刀で受け止めると、同時に力を込めて一気に二人ごと力技で弾き返す。そのまま二谷を蹴り飛ばした反動を利用して長谷川に急接近すると、二振りの刀で斬りかかった。
「なんのこれしき――――ぐぁ!?」
両腕で伊之助の二刀流を受け止めた坂田に対して、伊之助は躊躇なく頭突きを喰らわせた。
斬りつけからの頭突きは炭次郎が得意とする技であり、炭次郎の石頭ほどの威力は無いにしても長谷川を昏倒させるには十分な威力だった。
「ぎゃああーーーっ!」
倒した相手を伊之助は全く容赦なく殴り倒し、日輪刀に力を込めて心臓を突き刺した。そのまま体を真っ二つにするように、縦に刀を移動させて首のところで横薙ぎに振うと、憐れな悲鳴と共に長谷川が絶命する。
「おのれ……坂田のみならず、長谷川まで!」
二谷が怒りに口元に生えた牙を震わせ、一気に伊之助との距離を詰める。そのまま鋭く伸びた爪を、伊之助の刀が高らかな金属音と共に弾いた。
伊之助が摺足でじりじりと間合いを計ろうとすると、二谷もまた足を動かした。相対的な位置を変えないまま伊之助から少し距離を取る。
「はあっ!!」
気合の声を発し、二谷が走り出してきた。
「おらァっ!」
ヒュッと風を切って迫る二谷の攻撃に、伊之助は剣で斬りかえした。鋭い音を立てて金属と爪がぶつかり合う。二谷は間髪を入れずに伊之助の死角を狙うように残る片方の腕で迫ってくるも、伊之助もまた別の手に持った日輪刀で受け止める。
そのまま二合、三合と撃ち交わし、伊之助の目は二谷の動きの一瞬の隙を見出す。
「せあぁッ!!」
気合一閃、全力を込めて振り抜いた剣の一撃は、見事、二谷の腕を刎ねた。
「くっ……」
二谷の痛恨の声が上がる。切り飛ばされた腕は宙を舞ってくるくると弧を描き、さくりと地面に刺さった。だが、それしきのことで怯む二谷ではない。
「ぬんッ!」
気迫の声と共に、二谷が腕に力を込めると一瞬で切り落とされた腕が再生する。
「チッ……やっぱこのぐらいじゃ死なねぇか」
「無論だ!」
二谷は再び構えをとると、再び伊之助に対峙した。腕の再生で体力を消耗したような気配は一切見られず、意気軒昂なようだ。
対して伊之助の方はというと、残念ながら無事では済まなかった。二谷の腕を切り落とした際、左腕にダメージを追ってしまったのだ。辛うじて刀を握りしめてはいるが、腕の骨は完全に折れている。もはや刀を振るうことは出来まい。
―――だが、それでも。
「おおおっ!」
伊之助は残ったもう一本の日輪刀を刺突の構えに保持し、受け身を取る二谷に向かって疾走した。
目の前にいる鬼は強い。筋力も自分と互角かそれ以上。しかも、鬼特有の回復力まで持っている。長期戦になれば振りなのは人間である自分の方だろう。こうなった以上、出来る限り早く短期決戦で始末するより他はない。
しかし伊之助がが想像していたよりも、ずっと速い速度で二谷の腕が唸った。
「うおっ!?」
豪快に突きだされた拳を前にして、伊之助は回避運動を取らざるを得なかった。しかし体勢を立て直す間もなく、そこへ追加の一撃が迫る。
(速い―――!)
伊之助は、二谷の体術を素直にそう評価した。
「でも、俺の方がもっと早ぇええんだよぉおおおッ!!」
伊之助は大きく叫ぶと、腕の筋肉に力を込めた。そして、更に筋肉へ力を込める。もっともっと、最大限に、限界まで力を込める。
二人はほとんど同時に腕と刀をぶつけ合い、鍔迫り合いとなった。これまでのところ二人の力は同程度、千日手とならぬように賭けに出るにはリスクが大きすぎるが、かといってこのまま延々と戦い続ければ共倒れは免れないだろう。
「うぉおおおおおおおッ!」
「おらぁああああああッ!」
二谷と伊之助が同時に叫ぶ。まるで気合が勝る方が勝つと言わんばかりの勢いで、あらん限りの空気を吸い込んで叫ぶ。
「ああああああああああああああッ!」
「おおおおおおおおおおおおおおッ……ぉッ!?」
騒がしく張り合っていた二人の争いに変化が訪れたのは、唐突であった。二谷の声のトーンがふいに墜ちると、次の瞬間には二谷の首が宙を舞う。二谷の全身から力が抜け、その体は不自然に傾いた。
「へっ?」
素っ頓狂な声を上げた二谷が首だけのまま目線を伊之助に向けると、折れたはずの伊之助の左腕で握りしめられた日輪刀に自分の血がべっとりと付いていた。
「貴様、骨が折れていたはずでは……!? いつの間に―――」
「気合だ! 痛いけど頑張った! 筋肉でどうにかした!」
「馬鹿な! そんなバカな話があって堪るか―――!?」
べちょ、と力なく崩れ落ちた二谷を伊之助は一瞥してから、動ける方の腕でガッツポーズを決める。
「俺の、勝ちだぁぁああああああッ!!」
結局、片腕ドラゴンの沖縄空手の人の牙って何なんだろ・・・