酔酒の刃と空飛ぶギロチン   作:黄金収穫有限公司

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第11話:竈門炭治郎 vs チベット=禅=ボクシングの達人鬼・フー大師

 

 幾度となく繰り出した剣閃は一向に衰えを見せず、炭治郎は飽きることなく渾身の力を込めて斬撃を繰り返す。

 チベット=禅=ボクシングの達人・フー大師との戦いは熾烈を極めていた。

 

 

「はぁぁぁぁッ!」

 

 

 炭治郎が放った斬撃は、既に100をゆうに越えるだろう。しかし、敵はいっこうに倒れる気配を見せない。必殺の攻撃を何度も加え、技を変え力を変えて打ちのめしたというのに、目の前にいる僧侶風の老人は未だ平然と立っている。

 

(どうしてだ! なぜアイツは平然と立っていられるんだ!?)

 

 どんなに攻撃を与えても、どんなに切り裂いても、どんなに渾身の一撃を与えても目の前のチベットから来たというラマ僧侶(自称)は倒れない。否、傷を負っている素振りすら見せはしない。

 

 恐らくはそれが敵……ラマ僧のフー大師の血鬼術なのであろう。戦いが始まるや否や、フー大師は即座に何かを唱えて体を膨らませた。防御力を向上させる類の血鬼術らしく、相手の攻撃はそれほど脅威ではないが恐ろしく硬い。

 

「くっ――――」

 

 自分の攻撃が通っていない。何か得体の知れない不気味さを感じながらも炭治郎が今、分かることは一つだけ、この攻撃を決して中断してはいけないという直感のみ。

 

「はああああああッ!」

 

「無駄なことを」

 

 今度こそ、ついに炭次郎は身体は僧侶――フー大師の張り手で軽く吹っ飛ばされる。

 

「が、は……っ」

 

「警告したはずだ、儂は鍛錬によって急所を消し去ったと。儂の言葉を信じて、早く逃げていれば無駄な殺生をせずに済んだというのに」

 

 

 瞬間、再び距離を詰めてきたフー大師の掌底が炭治郎の鳩尾に突き刺さる。

 

「ッ―――!?」

 

 そのまま服をつかまれ、投げ捨てられる。勢いよく天井に激突し、落下しながらも炭治郎は日輪刀を構えなおす。

 

 

「それでもッ! 俺はッ! 諦めないッ!」

 

 

 何度も斬りつける。ただの一撃でフー大師に致命傷を与えられないのは百も承知だ。だが、だからこそ炭次郎は斬撃繰り返す。

 

(いくら硬くたって、無限に硬いわけじゃない。どれだけ硬い岩だって、何度も斬りつけていればいつかは割れる―――!)

 

 炭治郎はそう信じて、何度も何度も繰り返し攻撃し続ける。どれだけ気の遠くなるような作業であろうと、決して手を抜く気はない。いつか必ず、道は開けると信じて斬り続ける。

 

 

「学習力に乏しい少年よ。なんと哀れな」

 

 フー大師は再び、炭次郎を殴りつける。防御力に比べて攻撃力はそれほど強化されていないのか、炭次郎は何度も打ち据えられているものの、未だ致命傷には至っていない。だが、この我慢比べが続ければ恐らくフー大師に軍配が上がるだろう。

 

 

「それとも少年、もしや血鬼術の連続使用による体力切れを狙っているのかね?」

 

「だったら何だと言うんだ!?」

 

「無駄なことよ。修行を積んだラマ僧に体力切れは無い。心を無にし、心頭滅却すれば火もまた涼し」

 

 フー大師の言葉を無視し、炭次郎は再び日輪刀を強く握りしめる。

 

「無駄かどうかは、貴方が決めることじゃない!」

 

 深くかがんでフー大師の張り手を交わすと、そのまま地面を蹴った反動で突っ込む炭次郎。だが、渾身の斬撃はまたもや軽く防がれた。

 

 

「まったく、単調な攻撃だ。さっさと音をあげると思っていたのだが。どうやら、貴様の愚かさを侮っていたようだ」

 

「ああ、そうだとも! 俺は優秀じゃないから、努力する事しかできない! でも、それを無駄とは思っていない!」

 

 

 再び、炭次郎は刀を構え直す。

 

(相手に隙が無いのなら、作るまでッ!)

 

 それには、相手の意表を突かねばならない。それほどの隙を作るのであれば、こちらにも相応の覚悟が必要だ。

 炭次郎はジャンプしてフー大師から初めて距離をとる―――そして。

 

 

「全集中、水の呼吸――――」

 

 必殺の一撃を繰り出すべく、意識を集中させる炭治郎。これから放つは、水の型で最強の技――。

 

 

「拾ノ型、生生流転ッッ!!!」

 

 

 うねる龍の如く刃を回転させながらの連撃。一撃目より二撃目の、二撃目より三撃目の威力が上がっていく。それを何度も何度も、フー大師に叩きつける。

 

「うぉぉおおおおおッ―――!」

 

 炭次郎が荒ぶる嵐と化し、猛然とフー大師を巻き込んでいく。余力など一つも残さない。水の型の特徴である変幻自在の歩法が使えなくなるほどに、全ての力をここで出し切る。文字通り、捨て身の特攻だ。

 

 だが、しかし。

 

 

「哀れなり」

 

 

 無機質に、フー大師の言葉が響く。そして次の瞬間。

 

 

「ぐ、はぁッ―――!」

 

 いつの間にか側面に回り込んだフー大師の腕が炭次郎を捉え、そのまま万力のようなパワーで炭次郎を地面に叩きつけた。全集中の呼吸が止まり、肺から空気が一気に吐き出される。

 

「っ――――」

 

 もはや声にならない悲鳴をあげる炭次郎。彼は全ての力を使い、余力を振り絞って戦い……そして勝負に負けたのだ。今度こそ、完全に力が抜ける。

 

 崩れ落ちる炭次郎を見て、フー大師がほくそ笑む。

 

 ついにトドメの時だ。

 

「勝負あり、だな」

 

「それは……こっちの台詞だ!」

 

 振り下ろした拳を紙一重で躱され、フー大師は驚きを隠せない。

 

「なにっ」

 

 炭次郎の勝負は総ての余力を使い、フー大師に全てが終わったと錯覚をさせた後。わずかに血鬼術に乱れが生じた、その瞬間を叩く。

 

 勿論それだけの体力が残っているのか分からないし、フー大師が最後まで気を抜かないかもしれない。だからそれは文字通り、命懸けの賭けだった。全身全霊の一撃を凌ぎ、ゼロからの二撃目を放つ。

 

 

「うぉおおおおおッーーー!」

 

 

 フー大師が体勢を立て直すより早く、炭次郎の刀が突き出される。その刃はついに、無敵のラマ僧の鎧を突き崩す―――――……事は無かった。

 

 

 がつん、と大きな音を立てて炭次郎の刃が弾かれる。気合いを込めた炭次郎渾身の一撃は失敗に終わったのだ。

 

 

「なっ……!?」

 

「ふんッ!」

 

 驚愕の表情を浮かべる炭次郎をフー大師は再び張り手で突き飛ばし、大きな笑い声をあげた。

 

「はっはっはっはっは! 面白い! 面白いぞ子憎! よくぞ儂をここまで楽しませてくれた! 人間であるのが惜しいぐらいだ!」

 

 今の一撃は危なかった、とフー大師はひとりごちる。もう少し彼に運があれば、致命傷だったかもしれない。だが、天は信仰を欠かさぬ自分に味方した。

 

「愚直な努力家の少年に、心からの称賛を。誇るべきその魂よ、永遠なれ」

 

 全てを終わらせるべく、フー大師が突撃する。今度こそ、この戦いに幕を引くと己に誓いを立てて。

 

 この無敵の防御を誇る血鬼術を得てから、久しくスリルというものを感じたことはなかった。久々にそれを感じさせてくれた少年に敬意を示し、フー大師はとどめの一撃を与えるべく矢のように飛んでいく。

 

 そして―――。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 苦悶の声を上げたのは、フー大師の方だった。

 

 

「はぁ……はぁ………」

 

 肩で息をつく炭治郎の前には、脇腹からどくどくと血を流すフー大師の姿。

 

「そうか……あの一撃で、我の急所を見切ったか……」

 

「はい」

 

 鬼の問いに、炭次郎が答える。彼が拾ノ型:生生流転を使ったのは、フー大師を仕留めるためではない。全ての力を出し切った大技を繰り出すことで、鬼の急所を探るのが真の狙いだった。

 

(あの時、フー大師はとっさに腕で右脇の下を庇った。恐らくはそこが唯一の急所……俺の予想は当たっていた……!)

 

 そして急所が分かれば後はそこを狙えばいい……というほど単純な話でもない。フー大師がとっさに身の危険を案じるほどの大技ともなれば、それを繰り出した炭治郎も無事では済まない。現に炭次郎の意識は朦朧としており、フー大師に突きの一撃を加える力すら残っていなかったほどだ。

 

 だから炭次郎はとっさに、日輪刀の柄を地面で固定し、フー大師が突撃してくるエネルギーを利用することでその急所を突き刺した。否、そうしなければ出来なかった。

 

 その動きでさえ、半ば脊髄的な動きによるものだ。数々の幸運と偶然に頼った勝利でしかない。

 

 ……だが、それでも。

 

 

「これで終わりです、フー大師」

 

 

 最後の力を振り絞って、炭治郎は刀を横薙ぎに振う。血鬼術を破られたフー大師の首は、驚くほどあっさりと炭次郎の刃を受け入れた。長年、多くの日輪刀を弾いてきたフー大師の首はついに胴から永遠に別たれたのであった。

 

 




 別にフェイフォンが都合よく秘孔を教えてくれるとか、そうはなりません(ジミー・ウォンからそっと目を逸らす)

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