酔酒の刃と空飛ぶギロチン   作:黄金収穫有限公司

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第12話:黄飛鴻 vs 封神無忌

 ぐびっ、と瓢箪に入っていた最後の一杯を飲み干したフェイフォンは、封神無忌の攻撃に備えて身構えた。

 対する封神無忌もまた、得体の知れぬ笑みを浮かべたまま、背中から隠し持っていた武器を取り出す。

 

 

 血滴子…………別名『空飛ぶギロチン』とも呼ばれるこの一風変わった武器は、清の雍正帝が秘密裏に敵対者を排除すべく結成した暗殺集団を起源に持つと伝えられている。

 

 鎖の先には伸縮する大きな帽子のようなカゴがつけられており、このカゴを敵の首に被せてから紐を引っ張ると、被せた帽子状のカゴの首元に仕込まれている刃が飛び出して、首を胴体から斬り落とすという恐怖の武器である。

 

 

 ここまでの説明で多くの者が想像する通り、実はこの武器、相当に使い勝手が悪い。単に首を切り落としたいのなら、普通に剣でも薙刀でも持ってきて、ぶった斬った方がどう考えても早いし確実だ。

 

 

 だが、裏を返せばわざわざそんな七面倒くさい武器を使うということは、その使い手が相当な手練れであることを意味する。

 

 事実、空飛ぶギロチンの使い手たる封神無忌はフェイフォンの知る弟弟子たちの中でもひときわ高度な訓練を受けており、彼の操る空飛ぶギロチンは百歩離れた場所からでも、百発百中で標的を捉えていた。

 ひとたび封神無忌が空飛ぶギロチンを投げたのなら、もはや回避姿勢や通常の武器防具で回避することは不可能であり、それはそのまま標的が斬首刑となることを意味する。

 

 

 フェイフォンと封神無忌は、互いの武器を構えたまましばし睨み合う。

 

 そして数秒の静寂の後、先に動いたのは封神無忌の方だった。

 

 

 

 ドギューン!ピューン!

 

 

 空飛ぶギロチンの不吉な音が風を切り裂き、とっさに構えたフェイフォンの刀とぶつかり合う。封神無忌は無駄な力比べや鍔迫り合いをするでもなく、一撃で仕留められぬと悟やすぐにギロチンをヨーヨーのように回収した。

 

 

「まだまだァッ!」

 

 立て続けに、封神無忌の攻撃が繰り出される。円状のギロチンがギュルンギュルンと唸り声を響かせ、もの凄い勢いで加速しながら回転していく。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 封神無忌がブーメランのように腕を振り上げてギロチンを飛ばすと、甲高い風切り音を立てながら弧を描いてフェイフォンの首へと刃が迫る。

 

 がん!と大きな音がしてフェイフォンがギロチンを弾き返すも、封神無忌はその反動を活かしてギロチンを大きく空に舞い上げてから再び首を狙う。何度か打ち合いが続くも、一向に決着がつかない。

 

 

 だが、この状況で有利なのは明らかに封神無忌の方だった。フェイフォンが生身ひとつで空飛ぶギロチンを交わしているのに対して、封神無忌はかなり離れた安全な場所から一方的にアウトレンジ攻撃をしかけているのだから。

 

 もちろんフェイフォンも可能な限り距離を詰めようとしているのだが、掠っただけでも首を持っていかれそうな空飛ぶギロチンの威力を前にしては、下手にリスクを冒して飛び込むことも出来そうにない。

 

 

 封神無忌はギロチンを閃かせながら、その髭面に愉悦の表情を浮かべた。

 

「どうしたフェイフォン。かかって来ぬのか?」

 

「やかましいわい」

 

 酒が足りんな、と毒づいてフェイフォンは額に浮かんだ汗を軽く衣服で拭き取った。齢のせいもあってか、既に息が上がり始めている。

 

 対して封神無忌は同じ老人の風貌こそしているが、その実態は鬼である。人間であったころの全盛期と同等、いやそれ以上の恐るべき体力と腕力で連発される必殺のギロチン攻撃は、かわしきれぬほどに素早く、また受けとめきれぬほどに重い。

 

(ならば……!)

 

 続けて繰り出されたギロチンの一撃を前にして、フェイフォンは躱すことと受け止めることの両方を諦めた。

 

 

(全集中――――っ!)

 

 

 フェイフォンが呼吸を整えると、体中の血管という血管にアルコールが染み渡っていく。アルコールによって活性化された細胞が限界まで反応し、フェイフォンは目にも止まらぬ速さで空飛ぶギロチンを掴んだ。

 

 

「なにッ!?」

 

 

 一瞬、封神無忌の目が驚愕に見開かれるも、すぐにそれは嘲りへと変化する。フェイフォンは酔いの呼吸によって得られた爆発的なエネルギーを使ってギロチンを受け止めるでもなく、かといって回避運動に使うでもなく、ただギロチンを掴んだだけだったからだ。

 

 真剣白刃取りの真似事でもしたいのか知らないが、馬鹿には相応の報いを受けてもらおう。

 

「せいっ!」

 

 封神無忌は加速されたギロチンの運動エネルギーをそのまま活かして、フェイフォンごとギロチンを壁に激突させた。轟音と共に壁が吹き飛んで大穴が開き、衝突したフェイフォンの身体は見るも無残な姿で地面に崩れ落ちた。

 

 

 

 やがて土煙が晴れたとき、そこにいたのは満身創痍の老人がただ一人。

 

 

「うぅ……」

 

 フェイフォンは何度も立ち上がろうとするが、その度に足を滑らせて地面に転倒する。その姿に元とはいえ鬼殺隊“柱”としての威厳はどこにもなく、控えめに見てもただの酔っ払った老人でしかなかった。

 

 

 だから、何故その姿に違和感を感じたのか、封神無忌にも最初は分からなかった。

 

「どうしたフェイフォン! そんな千鳥足で拙僧と戦えるとでも!?」

 

「うんにゃ。千鳥足だから、じゃよ」

 

 焦点の合わない目で、顔を真っ赤にしたフェイフォンが答える。その姿はまさしく正真正銘の酔っ払い……だが、既にフェイフォンの瓢箪の中にあった酒は切れたはずだ。

 

 

「……まさか」

 

 

 封神無忌は、今しがた自分がギロチンごとフェイフォンをぶつけた場所に目を凝らす。そこには何十本もの割れた工業用アルコール瓶が転がり、地面には工業用アルコールの池が出来ていた。さらによく見れば、そこかしこに密造酒の瓶まである。

 

 何故そんなものが……と頭に一瞬だけ疑問が思い浮かぶが、すぐに封神無忌はこの倉庫が地元ヤクザ「片腕会」の密造酒工場であったことに気づく。

 

(フェイフォンの狸め、最初からこれが狙いだったか―――)

 

 見れば工業用アルコールの池の中心には、見るからに酩酊したフェイフォンが浮かんでいる。何度も立とうとしては転倒し、その度に池のアルコールをかぶ飲みしている。

 

 

 ――酔えば酔うほど、よく斬れる。

 

 

 かつてフェイフォンの“酔いの呼吸”を見て、他の柱たちはそう評したという。 

 

 

 **

 

 

「おのれ――――!」

 

 

 再びギュルンギュルンと甲高い金切り音を立てて、空飛ぶギロチンがフェイフォンに迫る。だが、そのカゴが首にすっぽりと嵌る寸前、フェイフォンは膝をついてギロチンの魔手からすっぽりと抜け逃げた。

 

「うい~~、ヒック」

 

 間の抜けた、呂律の回らぬ状態のフェイフォン。フラフラとあっちへ行ったりこっちへ行ったりと足取りはおぼつかず、時おり転倒すらしているほどだ。

 

 だが、何故か立て続けに繰り出される封神無忌のギロチンは当たらない。どれだけ複雑で回避不能な動きをさせようとも、まるでギロチンの方が回避しているのでは錯覚するほどに、するっとそれが当然であるかの如く、攻撃がことごとくすり抜けていく。

 

 フェイフォン自身は半ばトランス状態にあって意識こそしていないが、その身体に張り巡らされたアルコールによって活性化されたフェイフォンの肉体は、完全に空飛ぶギロチンの動きを見切っていた。

 

「ほいっとな」

 

 複雑な軌道を描く空飛ぶギロチンを、身ひとつでひらりと躱す。ゆっくりと、だが着実に安全地帯にいるはずの封神無忌へと近づいていく。

 

 

「っ……!」

 

 封神無忌の顔に、焦りの色が浮ぶ。

 

 この空飛ぶギロチンという武器は、早い話が初見殺しの武器である。ヨーヨーの原理と同じで使い手が好きなタイミングで好きな長さに間合いを調節できるのが大きな強みであるが、基本的には物理法則に従っているためしっかりと観察していれば軌道は予測できる。

 

 封神無忌の場合、鬼となっている上に血鬼術の影響で多少強化されているため、物理法則は超越しているものの、武器としての限界までは超える事が出来なかった。自らの身体と違って武器である以上、動きにはワンテンポのラグが生じる。

 

 もっとも、こうした時間のズレは必ずしも不利に結びつくものとは限らない。むしろそのラグを利用して、相手が攻撃を予測しづらい状況を作り出すことで空飛ぶギロチンはその真価を発揮してきた。

 

 

 ―――しかし、相手が元“酔柱”のウォン・フェイフォンともなれば話は別である。

 

 

 フェイフォンの操る“酔いの呼吸”は、複雑怪奇かつ予測不能な動きをその神髄とする。空飛ぶギロチン以上に変則的でトリッキーな動きにより、逆に翻弄されてしまったのは封神無忌の方であった。

 

 

 結論からいえば、封神無忌は奇策でフェイフォンを攻めるべきではなかった。ただ純粋に鬼のパワーとスピードを生かして、正面から正々堂々と挑んでいればまだ万に一つぐらいは勝ち目もあったかもしれない。

 

 

 だが、トリッキーな技の比べ合いでは、フェイフォンに一日の長があった。“酔いの呼吸”を使ったフェイフォンの動きは酔えば酔うほど、研ぎ澄まされていく―――。

 

 

「逃がさんぞい!」

 

 叫んで、フェイフォンは倒れ込むようにして、一気に封神無忌に接近した。迎え撃たんと、封神無忌がギロチンに加えて手榴弾を投げる。

 

 どぉおおおおおんんッ!と派手な爆発音が響き、煙がもくもくと立ち上る。封神無忌が手榴弾を投げたのは攻撃の為でもあるが、同時に爆炎と爆煙によってフェイフォンを遠ざける防御の意味合いもあった。

 

 

 しかし、爆発の速度以上の速さでフェイフォンはひらりひらりと躱していく。それどころかキャッチボールでもするかのように投擲された手榴弾を掴むと、封神無忌に向かって笑顔で投げ返す。

 

 余裕が失われるにつれてどんどん真顔になる封神無忌と、酔いのせいか焦点の定まってない笑みをニコニコと浮かべるフェイフォン。二人の距離が一歩づつ詰められていくと、まるでそれが封神無忌に残された寿命のように感じられた。

 

 

 そしてようやくフェイフォンの刀と拳が封神無忌に届く距離まで近いづいた時。

 

「馬鹿め! これを喰らえ!」

 

 封神無忌が仕込み刀をフェイフォンに向かって突きだす。しかしその切っ先がフェイフォンの肉体を貫くことは無く、右の脇でまるで白羽取りのようにがっちりと受け止められてしまった。目を見開く封神無忌に対して、フェイフォンはニッコリと笑いかける。そして――。

 

 

 がっ!

 

 

 フェイフォンは手首に括り付けられていた瓢箪を、封神無忌めがけて強く投げつけた。瞬間、封神無忌の意識がそちらに向く。

 もちろん瓢箪ごときがぶつかった所で致命傷が与えられるはずもない。だから封神無忌はすぐさま意識をフェイフォンに戻して次の攻撃に備えようとする。

 

 しかし、その一瞬の意識の隙でフェイフォンには十分だった。

 

 

「勝負あり、じゃな」

 

 

 ぽつりとしたフェイフォンの言葉が、封神無忌の耳に入ったかどうかは定かではない。だが、次の瞬間に封神無忌の首は、フェイフォンの袖から伸びた短刀サイズの日輪刀によって刎ねられていた。 

           




 空飛ぶギロチンこと「血滴子」、実際にあった武器だそうです(実用性は眉唾モノですが)
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