酔酒の刃と空飛ぶギロチン 作:黄金収穫有限公司
(まぁ、なんか途中からそんな気がしてたんだよねー)
店の主人に何度も頭を下げ、4人は店を後にする。結局、弁償の方は老人が
「まっ、色々あったが手間も省けたし、儂の方から今回の任務を説明しよう」
老人は腕を組み、ぞんざいな態度で口を開いた。
「とその前に、自己紹介がまだじゃったな。儂の名は
聞いてねーよ。あと、話なげーな。
三者三様に突っ込みたい気持ちが顔に表れるが、大先輩の手前、我慢しなければならない。
「という訳でな、日本で鬼殺隊に入ってから去年でようやく定年退職したというわけじゃ。んで、今は育手としてのんびりと10人の前途有望な若者を預かり、弟子共が訓練で四苦八苦する様を眺める悠々自適の毎日よ」
「最低だ、このじーさん……」
思わず心の声が漏れてしまう善逸。自分の師匠(爺ちゃん)は厳しかったが、そういう趣味は無かったはず。
「まっ、とりあえず儂の道場に案内しよう。付いて来い」
***
「よし、そろそろ着くぞ」
一行が町はずれの村にある小さな道場の前に到着したのは、そこから更にたっぷり3時間歩いた後だった。とっくに日は暮れており、遠くには横浜の街の光が見える。
「なんだってこんな遠くに……」
「中国人商館じゃないのかよ」
「町の中心地に道場があるわけないじゃろ」
炭治郎と伊之助のぼやきを、ばっさりと切り捨てるフェイフォン。言われてみればその通りなのであるが、だったら道場の方で直接待ち合わせにすればいいのに、という善逸の正論に対しては一言。
「だって儂、街で飲みたかったんだもん。こういう理由でもないと道場離れられないじゃろ?」
「「「……」」」
とりあえずこの人が育手じゃなくて良かった、と3人は心の底から思うのであった。
そうこうしている内に道場の正門前にまで到着する。正門はかなり立派な作りで、4人の身長の倍ぐらいはあろうかという巨大な扉と、その上には瓦葺の屋根と『葉問道場』と書かれた看板が掲げられている。
「儂じゃ! 扉を開けい!」
どんどん、と取っ手を扉に打ち付けるようにしてフェイフォンが帰還を知らせる。鉄製の重厚な扉に、同じく鉄製の取っ手がぶつかって鈍い金属音が重く響き渡っていく。
「わーしーじゃー! 早く出てこんか!」
「ちょっとフェイフォンさん、近所迷惑ですよ!」
炭治郎の制止も聞かず、フェイフォンは夜中であるにもかかわらず大音量で叫び続ける。
一方で生真面目な炭治郎と違い、善逸と伊之助は関わっても面倒が増えるだけと判断したのか、ちょっと離れて道場の周りを散策していた。
「しっかし立派な道場だなー」
善逸が見る限り、道場の周りは日本ではあまり見ない土を固めた壁で作られており、漆喰で塗り固められている。どこかの華族のお屋敷であると言われても納得してしまえるほど、立派な道場であった。
「……あの滅茶苦茶なじーさんには勿体ないな」
「ああ、まったくだぜ」
伊之助と意見が一致する。珍しいこともあるもんだなと善逸が思っていると、不意に伊之助の動きが止まった。
「伊之助?」
「おい、これ見ろよ」
そう言って伊之助が指で指し示したのは、道場の壁だった。より正確には道場の壁の地面である。そこにあったのは。
「藤の……花?」
鮮やかな紫色の花。それが地面に無造作にうち捨てられ、何度も踏まれたように土と泥にまみれている。
酷い、という風流な感想が出てきたのはまだ善逸に普通の人間だったころの感覚が残っているからなのだろう。だが、それとは別に鬼殺隊員としての感覚が別の警戒心を呼び起こす。
藤の花といえば、鬼が日光、日輪刀に次いで嫌うものだ。鬼は藤の花の香りを嫌い、近づく事さえできない。だから鬼殺隊の入隊試験が行われる藤襲山は一年中藤の花が咲いており、中に閉じ込めた鬼の逃走を阻む自然の結界となっている。
(ひょっとして、鬼除けのために道場の周りに藤の木を……?)
善逸も心がざわつくのを感じた。伊之助はじっと動きを止めたままだ。表情はイノシシの被り物で伺い知れないが、恐らく考えていることは一緒だろう。
(いや、それだけじゃない。この道場は―――)
静か過ぎる。
これだけの広さを持つ屋敷であれば、それなりの人数がいてもっと色々な音が聞こえてくるはずなのだ。
たしかに日は暮れているがまだ寝静まるような時間ではないし、フェイフォン老人は弟子が10人はいると言っていた。全員が訓練に耐え兼ねて脱走したのか、あるいは――。
「ねぇ、これって……」
善逸が刀に手を当てた時には既に、伊之助は二振りの刀を抜いて高く飛び上がっていた。そのまま驚異的な跳躍力で塀の上に飛び乗り、道場へと消えていく。
「え、ちょ」
そして次の瞬間、爆発でも起こったかのような轟音が周囲一帯に響いた。
タイトルの道場の名前である「葉問」は「イップ・マン」から。ドニー・イェン主演で映画化もされた実在のカンフーの達人です。