酔酒の刃と空飛ぶギロチン 作:黄金収穫有限公司
「マジかよ……」
驚愕の表情を浮かべる善逸の視線の先には、木端微塵に粉砕された鉄扉の残骸があった。炭治郎に聞けば、事態の緊急性を悟ったフェイフォンが拳ひとつで吹き飛ばしたという。
だが、問題はそれどころではなかった。
「戦闘の跡だな」
靴底で削られた地面に膝をつき、観察していた伊之助が立ち上がるなり呟いた。薄い下草がこそぎ取られたのはつい先程といった様子であるし、そこに真新しい血痕まで確認できるとあればもはや疑う余地もないだろう。
「これ、血痕だよね……」
無論、そんなものを見ただけで、それが誰のものかであるかなど善逸に分かるはずはない。だが、この場で間違いなく襲われた人間と、襲った何者かがいるはずだった。
「あっ」
炭治郎が何かに気づき、道場の庭に生えていた木に走り寄っていく。太い桃の木に刺さっていたのは、片手で持てるサイズの手斧だった。
「これって昼間の……!」
「片腕会じゃな。あやつらめ、さっそく復讐に来たか」
フェイフォンが呟く。今までの破天荒な姿は鳴りを潜め、静かで落ち着いた声だった。
フェイフォンは大きく息を吸うと、炭治郎たちが聞いてもいない道場と片腕会の因縁の経緯を語り始める。
「片腕会と儂らの因縁は今に始まったことではない。あやつらは長い間、この道場の土地を狙っておった。この村は将来的に、国が勧める鉄道計画で駅が近くに建設される予定じゃ」
早い話が地上げ屋である。この時代、鉄道のもたらす経済効果は莫大なものがあり、横浜駅から伸びる路線の駅が近く敷設されるともなれば地上げによって大きな利益が期待できるだろう。
フェイフォンによればこの道場はもともと、地元の地主の土地だったらしい。家族を殺された跡取り息子が鬼殺隊に入り、引退した後に育手として道場を立て、以後は遺言により鬼殺隊の育手が道場として使用しているという。
「じゃが、今回ばかりは片腕会のチンピラ共の仕業ではないようじゃな。あんな連中に倒されるほど、儂は弟子をヤワに育ててはおらん」
「まさか……」
「ああ、そのまさかじゃ――――これは鬼の仕業じゃな」
何の迷いも無く、きっぱりとフェイフォンは告げた。悔しそうにぎりっと歯を食いしばる。
「お主たちを横浜に呼んだのは、この街に住む鬼を討伐するためじゃ。だが、奴らに先手を打たれた」
フェイフォンによれば、先週にも近くにいた鬼殺隊員を集めて討伐部隊を編制したものの、一人も戻ってこなかったという。そのため現役を退いたばかりの育手であったフェイフォンが急きょ動員され、横浜の街の治安維持にあたっていたのだ。
(なんだ、ただ飲んでいただけじゃなかったのか)
3人のフェイフォンに対する評価が少しだけ上がる。もっとも、ほんの少しだけであるが。
「儂が街へ出向いている間、念のため道場の周りには藤の花の匂い袋を配置して備えていたんじゃが、まさか片腕会と組むとはな」
悪知恵の回る奴め、とフェイフォンが渋い顔をする。
たしかに鬼は藤の花が苦手だが、普通の人間であればどうという事は無い。地上げのためにフェイフォンたちを追い出したいが武力では敵わない片腕会と、藤の花が邪魔で道場を襲撃できなかった鬼……その両者が手を組めば、片腕会のチンピラが藤の花を撤去した後で鬼が乗り込んでフェイフォンの弟子たちを制圧することも可能だろう。
「恐らく片腕会の連中は完全に利用されているだけじゃろう。だが、それでもこの可能性を予測できなかったのは儂の失態じゃ」
感情の抜けたフェイフォンの声。表情こそ穏やかであるが、秘めた怒りを残る3人は敏感に感じ取っていた。
「フェイフォンさん……」
不幸中の幸いと呼べるものがあるとすれば、片腕会が関わったおかげで弟子たちが襲撃の場で殺されてなかったことか。鬼だけであればその場で弟子たちを皆殺しにしていたであろう。
しかし、殺してしまっては交渉が出来なくなる。片腕会は弟子たちを人質にとることで、フェイフォンに土地を立ち退くよう暗に告げているのだ。そうであれば、弟子たちはまだ生きている可能性が高い。
「ッ―――」
それでも、炭治郎が全身に感じる寒気は止まらなかった。危機に対する恐怖ではない。入隊後の短い期間の中でこのような危険な状況にそう何度も陥ってきたわけではなかったが、それでもは大抵のものであれば克服できるという自負があった。
だが、いま炭治郎が感じている悪寒は、気温の所為でも恐怖の所為でもない。その寒気の発生源は、すぐ真横にあった。
まるで那田蜘蛛山の戦いの後、柱と対峙した時のような。一瞬でも気を抜けば即座に刀で斬り落とされそうな、張りつめた緊張感がフェイフォンから伝わってくる。
「よし、任務変更じゃ。今夜、鬼を討伐に向かう」
まさに即断即決、といった切り替えの早さである。
本音をいえばずっと歩き詰めだったので少しぐらいは休みたい気もするが、誘拐された弟子たちのことを考えればそうも言っていられない。炭治郎たちが急速をとっている間に、いつ危害が加えられるか分からないからだ。
自由気ままなフェイフォン老人には振り回されっぱなしだが、こういうさっぱりした部分は炭治郎たちも嫌いではなかった。
フェイフォンはすっくと立ち上がると、じっと炭治郎を見据える。
「それからお主、炭治郎といったな。その背中に背負っている鬼も出しておけ」
「き、気づいてたんですか?」
炭治郎が驚いた表情を浮かべる。
「これだけ近くにいれば、鬼の気配ぐらい犬でも分かるわい」
そういえば犬って鬼の気配を察するんだろうか。ふと頭に浮かんだ素朴な疑問をよそにやり、炭治郎は慎重に言葉を選ぶ。
「……禰豆子のこと、聞かないんですね」
やや警戒の色を滲ませながら、フェイフォンをじっと見つめる炭治郎。これまで会った鬼殺隊員は、善逸を除けば皆が禰豆子を殺そうとしてきたのだから無理もない。
だが、フェイフォンはあっさりと肩をすくめるだけだった。
「役に立てばそれでよし。もし襲ってきたら、その場で儂が斬る。 どうやって手懐けたか知らんが、猛獣使いのようなもんだと思えば問題はなかろう」
「猛獣……」
炭治郎はぐっと拳を握りしめる。
鬼になったとはいえ、妹を猛獣扱いされるのは本意ではない。だが、それ以上の理性を持った人間の味方だと、この場でフェイフォンを納得させられるだけの材料を炭治郎は持ち合わせていないことも理解している。
辛うじて、なんとか言葉を絞り出す。
「禰豆子は……俺の妹です」
「……そうか」
フェイフォンも何か炭治郎に思うところがあることを察したらしい。それ以上追及しようとはせず、すっくと立ち上がる。
――何はともあれ、今は弟子たちの救出が最優先だ。
「ちょ、ちょっとじーさん! 方向そっちなの?」
何の迷いも無く足を踏み出すフェイフォンを見て善逸が問うと、帰って来たのは実にシンプルな回答。
「片腕会が根城にしている場所なら分かっておる。何か所かあるが、ハズレでも世直しだと思って全て潰せばいい」
「わー、発想が悪い意味で体育会系だー」
そうして善逸が減らず口を叩いている間にも、フェイフォンの背中はかなりのスピードで遠ざかっていく。慌てて善逸たちは駆け足で追いかけるが、まったく距離が縮まらない。
「あー、やっぱりじーさん怒ってるでしょ! ちょっと待ってよ~」
ちょっとでも感覚の鋭い鬼殺隊員が見れば、どう穏やかに取っても怒り狂っているとしか言えない雰囲気を放ちまくっているフェイフォンを、炭治郎、善逸、伊之助、そして禰豆子の4人は全速力で追いかけて行った。
香港映画あるある道場の土地を狙って道場破り