酔酒の刃と空飛ぶギロチン   作:黄金収穫有限公司

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第6話:酔いの呼吸

 

 ―――師曰く、酒は男を磨く水。

 

 

 ―――師曰く、酒は心の穢れを落とす水。

 

 

 ―――師曰く、酒は百薬の長。

 

 

 

(えーっと、あと何だっけ?)

 

 なるべく相手を傷つけないよう迫りくるチンピラを峰撃ちしつつ、炭治郎はフェイフォンの教えを反芻する。

 

(滅多に無い機会だし、勉強させてもらおう!)

 

 その熱心さに感心したのか定かではないが、フェイフォンの方もチンピラ相手に戦う合間にそれっぽい台詞を伝えている。

 

「空は屋根、大地は寝床じゃ!」

 

「はい!」

 

 含蓄の深いような、単にそれっぽくカッコつけてるだけのような、そんなフェイフォンの教えを頭の隅に置きながら、目の前で大暴れしている当のフェイフォン本人の動きと合わせて見て覚える炭治郎。

 

 

 眼を見張るべきは、その戦い方だった。

 

 

 フェイフォンは一時たりとも酒から手を離さず、隙あらば実に美味しそうに飲んでいるのが、それでいて敵を一方的に倒している。

 

「なんなんだよ、あれ……」

「すげぇな、あのジジイ!」

 

 ほぼ一人でチンピラの大群相手に無双するフェイフォンを見て、炭治郎ばかりでなく善逸や伊之助たちも絶句する。

 

 

 通常、全集中の呼吸には何かしらの“型”がある。それは変幻自在をモットーとする水の呼吸でさえ例外ではなく、複数の歩法を組み合わせてることで攻撃を繰り出すのが基本だ。それゆえ強い剣士とは単純に力や素早さに秀でた者だけでなく、そうした複数の剣戟からなる戦術構築が巧みな者であるとも言える。

 

 しかし、フェイフォンのそれは根本から異なっていた。

 

 有体にいえば、これといった戦術が無い。どう考えても酔っているとしか思えないふらついた足取りで、行き当たりばったりに動いているだけのように見える。

 

(いや、酔っているように見えるんじゃない! あれは実際に酔っているんだ……!)

 

 炭治郎は初めて見るウォン・フェイフォンの動きに魅せられていた。

 

 今まで見た事ない歩法だが、どちらかといえば自分や冨岡義勇の使う水の呼吸に似ている。どんな形にもなれる水のように、変幻自在な歩法で如何なる敵にも対応する。

 

 だが、酔っ払ったようなフェイフォンの動きは、まるで次の一手が読めない。一人で複数人を相手にしているはずなのに、いいように翻弄されているのはチンピラたちの方だった。非常に変則的で予測困難な動きが次々に攻撃が繰り出されるため、敵からすれば戦いにくい事この上ないだろう。

 

 しかも、フェイフォンが酒を飲めば飲むほど、動きにトリッキーさが増していく。

 

 

「よーく見ておけ、これぞ秘儀“酔いの呼吸”じゃ!」

 

(名前になんの捻りもないッ……!?)

 

 見たまんま、そのまんまのネーミングセンスである。4人とも初めて聞く呼吸法だが、実際に見た通りの奥義なのだろう。

 

「儂に見惚れるのも良いが、弟子たちの解放は終わったか!?」

 

「あとちょっとです!」

 

 炭治郎が答える。チンピラはほとんどフェイフォンが一人で相手をして、しかも殺すことなく峰討ちか拳で昏倒させていた。

 

 数があるといっても所詮はチンピラ、さほど苦もなく作業は進んでいる。もっとも斧頭会の腕っぷしが弱いという事ではなく、喧嘩には慣れているだろうが集団で戦うための訓練を積んでいないチンピラたちは、フェイフォンの動きに翻弄されて一人、また一人と倒されていった。

 

 酩酊状態のフェイフォンはふらふらと千鳥足に引きずられているように見えるが、よく観察するときちんと地形を選んでいる。なるべく広い空間を避け、一度に何人もが突撃できないような狭い場所で敵の各個撃破していく。

 

 さらにフェイフォンは、足場の悪い場所を積極的に選んで移動しているように見えた。足元がぐらつく場所で戦っていると、不思議なことに酔っているはずのフェイフォンの方に謎の安定感がある。フェイフォンに倒される以前に、勝手にバランスを崩して転げ落ちたり、密集している味方にぶつかって自滅する敵の方が多いぐらいだ。

 

 

 

 気づけば、片腕会で動ける男たちは炭治郎と同じ数まで減っていた。

 

「ひっ……!?」

 

 怯んだのか、リーダー格の男が逃亡を試みる。だがその際、相手の意識に隙ができたのをフェイフォンは見逃さなかった。飛び込むようにして、一気に男たちの中に踏み込む。

 

「……っはぁッ!」

 

 ともすればそれだけで相手を竦ませてしまう程の気迫を呼気と剣に乗せ、フェイフォンは腕を風に唸らせる。無謀にもその一撃を剣で受けようとしたリーダーは、骨のひしゃげる嫌な音と共に崩れ落ちた。

       

 

 

 ***

 

 

 

「――ほう、まだ腕は衰えていないようだな」

 

 

 声が響いたのは、チンピラの最後の一人がぶちのめされたタイミングとほぼ同じだった。

 

 

 いつからそこにいたのか。

 

 

 気づけば、炭治郎たちの背後には、僧侶のような姿をした一人の老人が立っていた。

 

(いつからそこに……!? まったく気づけなかった……)

 

 本能的な警戒心に従い、炭治郎はさっと後ずさる。

 

 

 ――およそこの場には似つかわしくない風貌の男だった。

 

 

 剃り上げた頭に、腰まで伸びる真っ白な髭。瞳は盲いているようで焦点が定まっていなかったが、その老人から放たれる陰鬱な雰囲気だけで、盲目程度では到底ハンデにすらならないことが伝わってくる。

 

「阿弥陀佛(ウー ミィー トゥオ フォー)」

 

 老人は手を合わせると、ゆっくりとした中国語で念仏を唱えた。実にゆったりとした優雅な動きだが、救済や浄化といった尊みが感じられることは一切なかった。

 

 例えるなら、人間が動物を食べる時に「いただきます」と手を合わせるようなものに近い。生きるために殺生を行っている自覚はあれど、それが当たり前になり過ぎて形式的な習慣だけが残ったような、そんな感覚だ。

 

 

 ――この老人は、鬼だ。

 

 

 それも、ただのはぐれ鬼ではない。何人もの人間を食らった、強力な血鬼術の使える鬼だ。炭治郎たちの間にぞわっと悪寒が走る。

  




オリジナル設定:酔いの呼吸
 
 水の呼吸の派生形。酒を飲みながら酩酊状態のまま戦う。酔っ払い特有のトリッキーで予測不能な動きが特徴。酔えば酔うほど強くなるが、酒が切れると実力を十分に発揮できない。

以上、雑な解説でした。
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