酔酒の刃と空飛ぶギロチン   作:黄金収穫有限公司

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第7話:封神無忌

       

「久しいな、ウォン・フェイフォン」

 

「お主、まさか封神無忌なのか……!?」

 

 

 鬼を見るなりフェイフォンの目が見開かれ、驚愕の表情を隠せないでいる。その様子をみて、封神無忌の髭に埋もれた唇が吊り上がった。肉食獣が牙を剥くような笑顔と共に、部屋中に強烈な血の匂いが充満する。

 

「驚いたか、フェイフォン。かつて貴様が殺した男が目の前にいるのだ。無理もないだろうがな」

 

「儂は……」

 

「安心しろ。貴様の弟子どもに手を付けてはいない。かつて“酔柱”として我々を使い捨てにして貴様と違ってな!!」

 

 

 最後の方は不快感もあらわに、封神無忌は口元を歪ませて叫ぶ。その剣幕に圧倒される炭治郎たちに、封神無忌の顔が向けられる。

 

 

「1、2、3人……一般の隊士だな。一人は二刀流で、あとは水と雷の流派か。3人ともまだ若いが、うち2人は筋は良さそうだ」

 

 視覚が失われた分、聴覚と嗅覚は鋭くなっているのだろう。盲目であるのがウソのように、封神無忌は驚くほど正確に炭治郎たちの特徴を当ててきた。

 

 封神無忌の首がぐるりと回り、焦点定まっていない盲眼が炭治郎たちを見据える。

 

「哀れなものだな……鬼への憎悪を煽られて、柱の露払いとして使い捨てにされてゆく。10人の一般隊士が死のうとも一匹の鬼が狩れれば良い―――それが鬼殺隊の一般隊士に対する扱いの現実だ」

 

 鬼気迫る封神無忌の剣幕に、炭治郎がはっとする。

 

「貴方は、まさか……」

 

 

「貴様の想像通りだよ。拙僧もかつては、鬼殺隊であった。そこの“酔柱”と共に十二鬼月を狩りに向かったのが人間としての最後の任務だった」

 

 

 封神無忌の独白に、フェイフォンの顔が曇る。

 

 

 酔柱………聞いたことのない柱の名前だ。少なくとも、そんな流派が存在していたことを炭治郎は知らない。

 

 

 ――というより。

 

 

「フェイフォンさんって“柱”だったんですか!?」

 

 

 炭治郎が驚愕の表情を浮かべる。善逸と伊之助も「嘘だろ……」と内心の声が顔に書かれているような顔で、思わずフェイフォンの方を見た。

 

「……昔の話じゃ。『酔いの呼吸』という、『水の呼吸』から派生した呼吸の一種を儂は師匠から受け継ぎ、鬼を退治しながら無駄に年月を重ねただけのこと。儂は……ただの一匹も十二鬼月を倒しておらぬ」

 

 返ってきたのは、まるであまり自分が柱だった過去に触れてほしくないと言わんばかりの、憮然とした声だった。

 誇るようなものは何もない、とフェイフォンはらしくなく自嘲する。

 

 

「柱になる方法は“十二鬼月を倒す”ことだけではない。もう一つ基準があってな、“鬼を50体倒す”ことでも柱になれる。儂は後者でな、ただ運よく長生きしただけじゃ。家族を鬼に殺されたわけでもなく、辛亥革命で故郷を追われて食いつめた流れ者が行き場を失い、鬼殺隊に入ってもなるべく危険を避けながら漫然と任務をこなしていたら、ある日に鬼の討伐数が50を超えていた」

 

 その頃には既に、ウォン・フェイフォンは40代後半であった。ただの一人の十二鬼月を倒したこともない自分が、若くて新進気鋭の柱たちと同じ敬意の目で見られることは重荷でしかなく、新しい柱候補が現れるとすぐに席を譲ったという。

 

 

「この封神無忌は、儂の弟弟子じゃ。儂の柱としての初任務で共に鬼の討伐に向かい、儂だけが生き残った……」

 

 

 ある日、フェイフォンたちに討伐隊の命令が下された。理由は「鬼が徒党を組んでいる」というものであり、フェイフォンをはじめ封神無忌たちを含めて10名ほどからなるチームが結成される。結束や連携を重視したのか討伐隊のメンバーは全て同門の出身者からなり、当初は順調に任務が進行していたという。

 

「鬼の首領はなかなか姿を見せず、襲い掛かってくるのはまだ鬼になりたての者ばかりじゃった。そこで儂は一計を案じて隊を二手に分け、片方が雑魚の相手をしている間に残った方が鬼の首領を探すことにした」

 

 雑魚の相手をするのは、最年長で経験豊富なフェイフォンが担当した。首領の捜索は数が多い方が効率がよいこと、多少強力な鬼であっても密に連携をとって9人がかりで集中攻撃すれば勝算も上がこと、等を考慮すれば悪い判断ではなかった。むしろ1人で複数の手下鬼の相手をするフェイフォンの負担の方が心配されたほどだ。

 

 

 ――だが、思わぬ誤算が生じる。

 

 

「別動隊が見つけた鬼の首領というのはな、鬼舞辻無惨そのものじゃった」

 

 フェイフォンが駆け付けたころには既に鬼舞辻無惨は立ち去っており、後には無残な姿となった討伐隊の死体が残されていた。

 

 

 しかし、ひとつだけ例外があった。

 

 

「それが目の前にいる、封神無忌じゃ。奴はあろうことか鬼殺隊を裏切り、自らも鬼となった!」

 

 わずかに怒気を含んだフェイフォンを見て、封神無忌がせせら笑う。

 

「あのお方を前にして、そこらの一般隊士が戦って勝てるとでも? 生きるには鬼になるしかなかった!」

 

 

 客観的に見れば運が悪かった、としか言いようがないだろう。そこに鬼舞辻無惨がいるなどと予想できたはずもなく、誰に落ち度があるわけでもなかった。

 

 だが、だからといって「素直に自分の不幸受け入れて、戦って死ぬ」という自己犠牲を誰もが選べるわけではない。そして幸か不幸か、封神無忌が出くわしたのは自らの血で人を鬼に変えることの出来る、鬼舞辻無惨であった。

 

 その鬼舞辻無惨から「死ぬか、鬼になるか」と問われた時、封神無忌は迷わず後者を選んだ。

 

「フェイフォン、貴様との一件だけではない。似たような経験は何度も味わってきた。柱が投入される時は、決まって一般隊士が先遣隊として捨て駒同然の偵察を命じられる」

 

「そんな事は……!」

 

 無い、とフェイフォンに断じることは出来なかった。

 

 実際、柱が投入される任務は危険度が高く、相対外の危機に陥る事も少なくないため、どうしても増援が到着するまで一般隊士の犠牲でもって時間稼ぎを行う必要がある。そのつもりはなくとも、結果的に一般隊士が柱の露払いとして犠牲になっている側面は否定できまい。

 

 

「小僧ども、貴様らにも経験はあるだろう?」

 

「っ……!」

 

 封神無忌の問いに、那多蜘蛛山での一件が炭治郎たちの脳裏に浮かぶ。結果論かもしれないが、十二鬼月である累は下弦とはいえ、炭治郎たち一般隊士の手に余る強さだった。村田さんなど一部を除いて隊員のほとんどが殺され、実質的な役目は水柱である冨岡義勇と蟲柱である胡蝶しのぶが到着するまでの時間稼ぎでしかなった。

 

 

「拙僧が憎いのは、鬼殺隊という不条理な組織そのものだ。その復讐の第一歩としてまずはフェイフォン、貴様に拙僧の仲間たちが味わったのと同じ苦しみを与えてやろう」

 

 

 そして次の瞬間、封神無忌の身体が幾つにも分裂する―――。

 

 

「分身した!? これが、奴の血鬼術……!」

 

「その通り! これぞ我が必殺の血鬼術――“分身”!」

 

 

「こっちも名前そのまんまだ!?」

 

 炭治郎のツッコミには答えず、封神無忌はニヤリと笑う。

 

 否、正確には“封神無忌たち”と呼ぶべきだろうか。そこにいたのは、異形の集団だった。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 分裂した封神無忌たちを見て、フェイフォンが驚愕する。封神無忌が分裂したことに、ではない。分裂した異形の“封神無忌たち”一人一人を見て、ショックを受けたような表情だった。

 

 

「モナシン、ナイマン、ミー、長谷川、坂田、それにフーまで……!」

 

「いや誰だよ」

 

 

 知らない名前のオンパレードに思わず突っ込む善逸。

 

「じーちゃん、この国際色豊かな人たちと知り合いなの?」

 

「うむ、かつての討伐隊メンバーじゃ。モナシンはヨガ使いのインド人、二谷は沖縄カラテの師範でな、長谷川と坂田は彼の弟子じゃ。ナイマンとミーの兄弟はムエタイ使いで、フーはチベット=禅=ボクシングの使い手じゃ」

 

 

 剣士じゃないじゃん、とか突っ込んではいけない。

 

 

「その通りだフェイフォン! かつて貴様が見殺しにした仲間たちで、貴様に復讐してやる! 拙僧の血鬼術において分身能力はあくまで従、主は食った相手の能力を取り込む力だ!」

 

 

 地味に強力な能力ではある。が、能力を取り込む人選を若干ミスったんではなかろうか。

 

 どうせ取り込むならもっとマシな相手が他にいなかったのか……と、かなり失礼なことを思いながら、善逸も渋々と刀を抜く。

 

「炭治郎、伊之助、禰豆子ちゃん……」

 

 

「分かってる。――行くぞ!」

 

 炭治郎の掛け声を合図に、5人の鬼殺隊が一斉に斬りかかった―――。

   

         




にわかに語られる敵の悲しい過去ッ!!(大嘘)

次回、国際色豊かな外国人鬼軍団がかまぼこ隊に襲い掛かるッ!!
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