酔酒の刃と空飛ぶギロチン 作:黄金収穫有限公司
「「ほう、モナシンを倒したか」」
倒れたモナシンを横目で見て、双子らしきタイ人の鬼が同時に言う。彼らの目の前に立ちはだかるは、同じ鬼である禰豆子だった。
呑気に他人の心配をしている余裕がどこから生まれているのかと言われば、実のところこちらの組合せはまだ戦闘には至っていない。
何故なら双子の鬼――兄のナイマンと弟のミーは鬼となってなお、ムエタイ使いの誇りを忘れずワイクーを舞っていたのだから。
ちなみにワイクーというのは師と両親に礼を示す舞であり、自己の競争心を高めて戦いの神に無事と勝利を祈るというムエタイの伝統だ。また、実利的な側面としては、屋外で戦うにあたって地面の状態を確かめるという意味合いもある。
その隙に禰豆子から奇襲攻撃を受けてもおかしくない状況ではあったのだが、元は鬼殺隊であり、幹部への復讐のために鬼になったという経歴に加えて、生前の風習を守るという律儀さが禰豆子をして敵認定を遅らせたのかもしれない。ワイクーを舞っている間、禰豆子は実に大人しく首をかしげながら不思議なものを見るように双子を眺めていた。
しかし、ワイクーを舞い終えて双子のタイ鬼が戦闘態勢に入るや否や、禰豆子も目の前にいるのが「敵」であることをはっきりと認識した。爪が伸び、瞳孔が開き、血管が太く浮き上がる。
「せいっ!」
「やぁッ!」
「―――ッ!」
双子の鬼が跳びかかるのと、禰豆子が動いたのはほぼ同時であった。
「ミー! 今だ!」
「はいよっ!」
ナイマンが合図をすると、ミーが短い返事と共に地面を蹴り上げる。蹴り上げられた大量の砂が宙を舞い、大きく見開かれた禰豆子の瞳に突き刺さった。
「んッ―――!?」
砂による目潰しという実に単純な技だが、いかに鬼といえども視覚を奪われては戦えない。思わず顔をしかめた禰豆子に対して、双子は息の合ったコンビネーションで次々に打撃を与えていく。ひとつひとつの攻撃はさほど致命傷にならないが、目も止まらぬ速さで繰り出される連係プレーに禰豆子は防戦一方となっていた。
「はははは! どうした? 貴様の力はこの程度か!?」
「同族の癖に情けないな! ぺッ」
嘲るように禰豆子をなぶりつつ、唾を吐いたりとやりたい放題のムエタイ使い兄弟。このまま一方的になぶり殺しにすれば終わりそうだなと考えていた矢先、弟のミーが何気なく引っ掻いた爪によって禰豆子の白い柔肌は大きく切り裂れる。異変が起こったのは、その直後だった。
「「!?」」
油断していたわけではないのだろうが、双子が予想もしていなかった場所から、禰豆子の反撃が始まった。
ずどん!!
大きな爆発音と共に、禰豆子の血が爆ぜる。その発生源は、禰豆子を切り裂いたミーの爪や腕に付着していた血。それが突如として、驚異的な回復力を持つ鬼の細胞をもってすら再起不能なほどのダメージを与えたのだった。
血鬼術『爆血』――。
それは自らの血を爆熱させる事により、血が付着した対象を焼却あるいは爆裂させる術。その火力は鬼舞辻無惨の直属である十二鬼月、塁の鋼糸すら滅却せしめたものだ。
轟音と共に見開いた目のまま倒れたミーは、恐らく今自分が何をされたかも気づかなかっただろう。
「ふーっ、ふーっ」
禰豆子の方も、まだ使い慣れていないのか大きく肩で息をしている。
この攻撃は禰豆子としても不本意なものであった。基本的に彼女はエネルギー消費の大きい血鬼術を避けて可能な限り体術で戦おうとする傾向がある。
だが、傷つけられて噴き出した自分の血を無駄遣いせず、即興で有効活用しようとする程度には現実的な戦闘センスがあった。
ほぼ思いつきで発動された『爆血』を予想できるはずもなく、完全にノーマークだったムエタイ使いの兄弟はその片割れを失ってしまう。残されたナイマンは茫然としていたが、すぐに恐怖心を顔に滲ませて逃げようとする。
「ひっ」
慌てて背を向けて逃亡を図るナイマンであったが、そうは禰豆子が卸さない。
「フッ! フッ!」
今の不意打ちで味を占めたのか、禰豆子は自らの爪で己の体に傷をつけ、手首にスナップをきかせながら爪先についた血をナイマン目掛けて飛ばしていく。逃げようとするナイマンの逃走進路を塞ぐように禰豆子の血が爆発し、哀れにもナイマンの周囲は必殺の炎で囲まれてしまった。
「わーッ!? 熱い! あちッ! 焼け死ぬゥッ!」
「…………」
ナイマンの周囲は炎に覆われ、苦しげな声が響いてくる。それは相手が人食らった鬼であると知っていても思わず憐れみを催さずにはいられないほどであったが、敵である鬼を滅ぼすべく禰豆子は沈黙を以てナイマンの悲鳴に答えた。
「ん」
10秒後――さすがに不憫に思ったのか、せめて苦しみを長引かせず一息に終わらせてあげようと禰豆子は判断したらしく、爪先にやや多めに血をとってからナイマン目掛けて投擲した。
どんッ!と大きな爆発音が炎の中心から響き、それまで聞こえていた鬼の悲鳴や地面を転がり落ちる音が静まり返る。後には鬼の肉を焼くパチパチという小さな音と、特に香ばしくもない焦げた匂いがあたりに漂う。
「………」
こうして禰豆子の戦いはあっさりとケリがついた。内心で「血鬼術を積極的に使ってみるのも悪くないな」と思っているのかどうだか知らないが、彼女は自らの腕に付着した血を、しばらくの間じっと眺めていた。
ムエタイ使いは炎で倒すに限るんだよなぁ・・・・・・。