目が覚めたら妖精さんになっていたけど母艦が加賀だから許せるし、めちゃくちゃ楽しそう 作:ROGOSS
無機質な部屋。簡素なベッドと執務机、申し訳なさげに本棚には書籍が並べてあるがよく見るとどれも同じ作者の作品だ。昔この部屋を使っていた者が好んでいた作者の作品なのだろう。
だがしかし、今の私には娯楽に現を抜かす時間などない。執務机に向かい、置いてある無線機の周波数を調整する。数度ダイヤルをいじると応答があった。
『こちら呉鎮守府、秘書官の鈴谷です』
「加賀です。提督はいらっしゃいますか?」
『加賀さん! 任務お疲れ様です! 提督なら執務室にいらっっしゃいますので、呼んできますねー!』
軽い口調の返事がくる。
呉鎮守府秘書官鈴谷。着任からわずか半年で前秘書官の後釜として据えられた艦娘。秘書官という現場とはかけ離れた役職に興味はない。しかし、鎮守府内では鈴谷の秘書官着任に黒い噂が立っていた。一番酷噂では、鈴谷が体を代価として現場からほど遠い秘書官の役職を手に入れたのではないかというものだった。
たしかに提督はどうしようもない人だ。与えられている任務にはどこまでも完璧を求め続ける人物であり、上層部からの評価は高い。だが女関係にだらしがないところが見られている。かくゆう私も提督に夜の誘いを受けたことがあったが、つっぱねているとしだいに誘いはなくなっていった。あの頃から激戦地への派遣が増えた気がするが気のせいだろう。
『加賀か』
無線機から提督の声がする。加賀は急いでマイクを手にした。
「お疲れ様です。現在、敵補給艦の撃沈、敵補給線の分断のために一時スターリン湾に帰投しています。補給完了次第、任務に再度出撃致します」
『……予定よりも2日遅れている。いつまで待たせるつもりだ』
「申し訳ありません。主要艦隊である比叡、霧島、利根、筑摩の到着の遅れと予想以上の敵の制空権獲得能力に手間取ってしまい……」
『ご託はいらない。いつまでに完了する』
「……あと4、5日いただければ」
『それでは遅すぎる。あと3日以内に仕留めろ。戦場はそこだけではない。MO作戦の準備もあるんだ。急げ』
「了解致しました」
通信が乱暴に切られる。独特な機械音がヘッドホンから聞こえ、加賀の耳を痛めた。
色々思うところはあるが、提督の言っていることに間違いないのも事実だ。主要攻撃艦隊の到着の遅れや予想以上の敵戦力などは現場で判明する些細な事象でしかない。問題なのは、艦娘という存在が提督の命令を遵守できていないという事実だけだ。例え何があろうとも、提督がカラスは白といえば艦娘達は白というように命令は絶対だ。前秘書官も提督の機嫌を損ねるようなことをいわなければ、解体されることもなかっただろう。
命の駆け引きをしながら、提督のご機嫌取りもしなくてはいけない。
「艦娘も簡単な仕事ではないのね……」
深呼吸ついでに大きくため息をついた。
艦娘になる前、戦争の影響で貧しい生活を余儀なくしていた。艦娘としての適正を見初められ、私は妹達と両親を養うために軍へ入隊した。過酷な試験を乗り越え、最も位の高い正規空母加賀の名前と艤装を手に入れることができた。思えば、辛い出来事は多くあったがあの頃が一番生きている実感がわいていたかもしれない。誰にも咎められず、ただ自分の修練に没頭していたあの頃は何よりも幸福だった。
加賀が回顧録を振り返っていると部屋の扉が乱暴に開かれた。そのまま足音が部屋の中へと続く。
「これを見てどう思うッ!」
目の前に乱暴に書類が置かれる。
そこに書かれているのは鎮守府を出航してからの戦いと被害状況だ。その中の妖精さんという項目に鉛筆で必要に丸をつけられている。加賀の被害数が群を抜いて数が多くなっていた。
「貴女は……どうしてもっと妖精さんを大切に扱えないのッ!」
「そうね。今では妖精さんの練度も落ちているというし、熟練パイロットには何としても生還してもらえるようにしなくてはいけないわね」
「そういうことを言っているんじゃないッ!」
瑞鶴が机を叩く。コップがバランスを崩し床に落ちた。パリンというガラスの割れる音がし、中の水がぶちまけられる。
「妖精さんも生きているの。新米だろうが熟練だろうが妖精さんの命を大切に扱うことも私達空母の役目のはずよ! それなのに……正規空母の貴女が一番大事な部分を軽視しているとはどういう了見よッ!」
「軽視しているわけではない。ただ、私が思うに妖精さんは戦闘機と同じ消耗品。負ければ死に、勝てば生きる。この数は死んでいった者の数ではない。戦争という脅威に敗北した者の数だ」
「貴女って人は……!」
「瑞鶴ッ!」
瑞鶴が加賀の胸ぐらを掴み殴ろうとした時、翔鶴が慌てたように入ってきた。瑞鶴と加賀を無理矢理引き離し、瑞鶴の両脇をがっちりとホールドして憲兵を呼ぶ。その間も瑞鶴は加賀に向けて様々な罵詈雑言を投げつけていた。しばらくすると憲兵が騒ぎを聞きつけやってきた。翔鶴が簡単に事情を聞くと、彼女に並ぶように瑞鶴を部屋から引きずり出していった。部屋を出る際、翔鶴は加賀に向かって「ごめんなさい」と残して扉を閉めた。
急に静寂が部屋を支配した。
「妖精さんは消耗品」
私の言っている事は間違っているのだろうか?
否、間違っているわけがない。理由は単純明快だ。かくゆう私も消耗品なのだから。