鉄の意志を5ミリくらいは引き継げればいいなっていう男の話 作:藤涙
普段はバイク通勤なので所定地にバイクを停車し、通学路を歩く。「あ、アント先生だー! おはよう」と挨拶をしてくれる生徒達に挨拶を返しながら歩いていると───
「(マッジでしつこいやっちゃなあマスコミ)」
2年3年は比較的こういう出来事に慣れているので捌く技術も見事だが、1年生だとそうはいかない。茶ノ丸の目の前では緑谷出久がマスコミに囲まれてあたふたしてる。
茶ノ丸は溜息をつくと、テンションを切り替えた。
「オールマイトの授業はどんな感じですかー?」
「えっ!! えっと、保健室に行かないといけないので…」
「あーはいはい、ちょっとアナウンサーのおねーちゃん。困るわぁ、ほんと勘弁して」
緑谷とアナウンサーの間に割り込み、にこにこと笑いながら緑谷の背を押した。眉間に皺を寄せるアナウンサーを後目に、緑谷をぽんぽんと押す。意図が通じたのか緑谷が軽快に駆けていく。
「出ましたね!!! 雄英のよくわからない警備員的な人!!! またマスメディアの邪魔をするんですか!!!」
「教師や言うとるやろーが!!! 1年生は入学したてでまだ慣れてへんから、しつこく取材するのやめてー言うとるやろ」
ばしばしと背中を叩いてくるアナウンサーに、茶ノ丸は眉をしかめながらそう叫ぶ。オールマイトが雄英に着任した、というニュースは瞬く間に広がり、こうしてマスコミが朝っぱらから押し寄せる事態へと発展している。勘弁して欲しい。
「ならオールマイトに───!!!」
「オールマイト先生は今日非番です〜。残念でした〜。ほらほら、ここに居座っても何もないから。さっさと帰って他のネタでも探しとき」
いかにも若そうなアナウンサーを挑発することに少しゴメンナサイと思いながらも、一歩踏み出したアナウンサーににっと笑いかける。校門のセキュリティがピピッと鳴ったのを確認して素早く構内に入った。
「ちょっと!! その言い方は───!!!」
「あ、バカ」
「ばいばーい」
轟音をたてて閉じるセキュリティの門の向こうで驚愕するアナウンサーにひらひらと手を振った。
門の向こうから何やら聞こえるが茶ノ丸にはまっったく聞こえない。
「(今日は4時間目に三年の物理やな〜。それまでに書類整理と、あと宿題作成と、小テストの問題……終わるかこれ)」
今日も天気はいいが、なにか不穏な気配を感じ茶ノ丸は門を振りかえる。相変わらず騒がしいが……少しちりつくように痛んだ首をさすり、茶ノ丸は首を傾げる。
「…なんもないとええんやけど」
蟻達に門前の監視を強化。そう命じて、茶ノ丸は学校内に入った。
◆◆◆
「ねえねえー、先生、1年生どんな感じ? どんな子がいるの? 面白そうな子いる? ねえー」
「波動ちょ、待、多い!!!」
4時間目の授業───三年生20人弱の授業は無事に終わった。大半の子達はお昼を食べに食堂へ行ったが、教卓周りに集まって教師に絡む生徒が三名残っている。あとは……教室の後ろの端っこでちょこんと座っている女子生徒も一人。
「なんなんお前らさっさと食堂行けや、腹すいとるやろ?」
「アント先生今年も1年の副担任になって、お忙しくなったじゃないですか…。波動さんも寂しいんですよ…」
まとわりついてくる波動を相手しつつ、黒板に向かって何やら呟いている天喰をフォローし、通形とは会話をする。忙しくて目眩がする。いや、原因一人だな…。
「進路相談するにもお前らほとんど進路決まっとるやんけ!なんか言うなら担任にしろ担任にぃ!! もしくはミッドナイト」
「むぅ!! 嫌!!!」
「嫌やないわ!!!」
知ってる…? このやり取り、2年ちょい続けているのである。彼女、天然というかお子ちゃまというか…自我芽生えたての幼児のようなものなので振り回されるのが常だ。こういうのをなぜなに期というのだろう、子育ては大変だ。お茶子にもそういう時期はあったが、波動は幼児ではない。立派な17歳児だ、今年高校三年生の。
「はいはい話は纏めてどっかの機会に聞いてやるから。さっさと食堂行きなさい」
「むむぅ、そこで教師っぽくなるのずるい!」
「教師っぽく、じゃなくて教師やわ! 通形、天喰、ちゃんとこう、この子、なんとかして…」
波動の背を押して教室から追い出そうとする。足を踏ん張って抵抗しているが、子供の遊びのようなそれだ。顔がにやけている。
「え〜〜!!! なら、今年の体育祭は三年生見に来てくれる?? ね? ね? いいでしょ?」
「ええ…………と、途中からなら…………」
「やった〜!! ねぇ約束ね、指切りしよ? 4人で指切り!」
絡まれていたのもなんだかんだこれを約束させるためなのかもしれない。と、その考えが浮かんだ時には指切りは切られていた。日程は知っているが、自分がどう動いてどこに配置させられるのかはわからないので………まあちょっと抜け出すくらいなあまあ、というところだろう。
「じゃーねー! アント先生」
「また訓練してくださいよ!!」
騒がしい波動と通形をしっしっと見送り、二人に遅れてのっそりと動き出した天喰の肩を叩く。
自分と同じくらいの背のはずだが猫背のせいでほんの少し低く見える陰気な顔がこちらを見上げる。
「…なんですか? なにかあります…?」
「いや、そんな顔せんといてや…怖いで?」
「子供によく泣かれます…ああ、辛い…!!」
「うーん、とにかく通形見習ってみたらどうや? ほら、スマイルスマイル……うーん、無理そう」
相変わらずのテンションに茶ノ丸は思わず半目になった。三つ子の魂百までとかなんだのいうが、きっとこの子の場合生まれた時からこんな感じだったんだろうなあ、と感じる。
「いや、なに。あの二人の話ばーっか聞いて、天喰の話聞いとらんかったから。最近どうやー? ちゃんと食べてる?」
「はい…インターンは、少し辛いんですけど…」
「えっ、インターン辛い?! お前ファットガムんとこやろ?? あいつ同じ関西圏で、しかも同期なんやけど………」
天喰がファットガムの事務所行きますって言った時に、口には出さなかったものの「合わなさそうだな…大人だからなんとか…できないか」なんて思ったことは心の中にしまっておこう。
「まあいくらノm…じゃなくて、お前朴訥なやつやから、慣れへんこともあるやろうけど」
「…………」
「まあノミだかダニだか知らんけど、
「それ褒めて…ます…?」
頭にはてなマークをたくさん浮かべる天喰に、茶ノ丸は歯の隙間から漏れ出すように笑った。やがて挨拶をして彼も出ていき、教室は静かになる。
「
「!!」
「もう宿題やっとるん? はやない?」
「…」
窓からの風にカーテンが膨らむ。
茶ノ丸が靴音を鳴らして近づくと、少女はプリントから顔を上げた。
そして夢を見るような表情で微笑む。
“遅い、待ってた”
トントンと、少女が広げていたルーズリーフを叩く。一行目には辛辣な言葉が書かれており、思わず茶ノ丸は目を逸らした。
◆◆◆
少女の名前は声響 あのね。六月の紫陽花のような優しい紫色の髪はふわふわで柔らかそう。肌は陶磁器のように真っ白で滑らか、お人形のような顔立ちの可愛らしい少女だ。長いまつ毛の奥にはそれはそれは大きな瞳があり、色は髪色と同じ。
瞳はどこか、夢を見るようにぽやんととろんとヴェールを被っているようだ。
雄英高校の普通科、三年の女の子である。
「今日はどしたん? なんか話したいことでもあるん?」
“あのね、”
彼女の向かいに座り、そう問いかける。声響の指がそれだけ書いて、止まった。
──彼女の喉からは声が出ない。
“そろそろ、進路相談をしたいな…って思って。みんな、やりたいこととか行きたい大学とか、聞いてると決まってて、焦ってる”
「そかそか」
“やりたいことは、なんとなくあるんだけど…”
「えっマジ?! 聞かせて聞かせて!!」
大きな瞳をこれでもかとキラキラと輝かせてこちらを見る教師に、声響は照れて顔を背けた。今ここで言ってしまうのも恥ずかしいので、話を逸らすことにする。
“1年生の副担任になったの? だから最近あんまり顔を見なかったんだね”
「せやで〜、1年生、初々しいよ」
“波動さんの真似じゃないけど、私も寂しい”
「ほーーん?? 今日はエラい素直やん??」
“うるさいからやっぱりもうしばらく来ないで”
「うぉい!! ちょぉ…!!」
いつもそうやって、余計なことを言うから!! と口を動かそうとして、思い出す。そうだ、私の声は出ないんだった。
4年前からずっと声は出ない。少し出そうとして喉が痛むだけだ。馬鹿みたい。あれだけ無くなってしまえと星に願った個性が、今になって惜しい。
「どうしたん?」
トントンと気を取り直すようにペンを机に叩く。
“そういえば、今日テンション高くない? そっちこそどうしたの?”
「あー? そんなに高く見える?」
“うん。普段より暑苦しい”
「声響は普段より手厳しいな…?!」
その後しぶしぶ語りだした彼によると、長年離れていて気まずい思いをしていた妹と昨日ついに連絡先を交換したらしい。
“連絡先を交換しただけ? まだRINE送ってないの?”
「えっ、いや、なに送ってええのかわからんくて…」
“ばっかみたい”
「ええ…」
ルーズリーフに書かれる言葉はどれも辛辣だ。その事に茶ノ丸は苦笑する。まあ、正直波動通形天喰や声響と同じように喋れるかって言ったら否だ。昨夜はRINEを送ろうと思って──何を送っていいのかわからなかった。あの言いようもない気まずさは相変わらずだ。
トントン、とペンが机を打つ。
“ひとは、誤解し合うから”
「うん?」
“その妹さんが思うほど貴方は完璧な人ではないし”
「ちょっと」
“貴方が思うほど、妹さんは子供じゃないわ”
最後の文字に素早く2重線が引かれる。
じっと睨みつけるように見上げられて、胸が詰まった。
“お互いに、お互いの姿が最後に会った時のまま止まってるんじゃない? だから昔のまま接しようとする”
「なるほど…」
“あと、貴方逃げているように見えるわ。妹さんのほうがよっぽど立派”
「うぐ…」
眉を顰めて窓の外に視線をうつす横顔を見ている。茶ノ丸先生と、ミッドナイト先生は、1年の時から気にかけてくれた先生だ。
この浅はかな夢も、身の程知らずな目標も、もしかしたら笑わずに聴いてくれるかもしれない。
“先生、”
「?」
“あのね…”
その時だ。ジリジリと耳障りな、避難訓練以外では聞いたことの無い警報が鳴り響いたのは。
即座に目の前の男の顔が、教師のものからヒーローのものへと変化する。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください』
「セキュリティ3…? 侵入者…!」
聞き慣れないけたたましい音と、無機質なアナウンスに若干パニックになる声響。涙目になりながらヒーローを見上げる。その視線に気づいたヒーローは、安心させるようにニッと口角をあげた。
「大丈夫、一緒に行こ。歩ける?」
その“大丈夫”に、一体今までどれだけの人が救われたのだろう。真っ暗闇の中に射し込むような月明かりのよう。迷い人達の道標。私のヒーロー!!
こぼれかけた涙を飲み込み、声響はこくこくと必死に首を振った。
荷物はそのままでいい。
ただでさえ体が小さい普通科の声響とヒーローである茶ノ丸の運動能力は違いすぎるので、茶ノ丸は迷うことなく声響の体を抱き上げた。
「ここからやと三年の教室近いな、弁当の子もおるやろうし、拾ってこっか」
「アント先生ー!」
そう言って廊下に出た途端、茶ノ丸を呼んだのは波動だ。彼女の後ろに通形と天喰、そして三年生ヒーロー科の生徒5名ほどがいる。
「教室にいた三年ヒーロー科生徒は俺達だけです!」
「おん、ちょうど行こうと思ってたわ。引率は俺がするから、途中途中生徒拾いつつグラウンド行こう」
校内は嫌な騒がしさだ。どこもかしこもパニックになっているに違いない。恐らくお昼時の混雑した食堂は───頬を噛む。ともかく、今この場にいる生徒達の無事は保証しなくては。
この警報が鳴ったことは、ここ三年間ない。雄英のセキュリティを破る“なにか”なんて───考えたくないな。
怯える少女を揺すりあげて、茶ノ丸は生徒達とともに走った。
声響 あのね -Anone seikyo-
所属:雄英高校普通科 三年生
個性:愛の言葉(エコーズ)
誕生日:6月20日
身長:145cm
好きなもの:勉強、本
紫陽花色の髪と瞳、お人形のような可愛らしい目鼻立ちのちんまりとした少女。
“声”にまつわる個性を持っているが、心因性ストレスによってもうここ4年ほど声は出ていない。
普段は筆談により会話。教室ではずっと本を読んでいるため基本的にぼっち。