鉄の意志を5ミリくらいは引き継げればいいなっていう男の話   作:藤涙

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text11:焙じ茶ラテは神の飲み物なのでコンビニとかにいつも置いておくべき

 

 

春先の電車は楽園(パラダイス)だ。

 

男はそう思う。朝方の通勤・通学ラッシュ、混雑した車内。目の前に制服姿の女の子が来る。この制服は恐らく────雄英高校のものだろう。この電車であと二駅で降りていくはずだ。

少女の首筋から香る匂いにクラクラする。柔軟剤かな、それとも部屋の匂いだろうか? 香ってくるのだから不可抗力だ。蕩けた顔で笑う。

 

自分の個性なら、絶対にバレない。

小さな音を立てて関節が外れる。男には腕の関節が5つある。それが個性だ───主要3つを残して2つを外す。これでも常人の2倍の腕の長さになる。

瞳の中にあるのは昏い欲望。目の前の少女何かを感じたのか身動ぎをした。

 

蜘蛛の糸のように狡猾に。

男が邪な手を伸ばそうとした刹那、

 

「あ、ごめ。足が滑ったァ」

 

飛んできたのは長い脚。

後頭部を思いっきり蹴られ、優先席という緑の文字を間近で見ることになった男は、当然ながら混乱する。

現在進行形で男の頭をスニーカーを履いた脚でグリグリと強化ガラスに押し付けている青年は意外そうに眉をあげた。

 

「お? 意外と抵抗するね?」

「な、何を言ってるんですか? 僕は何もしてないですよ…」

「ほーーん?? まあ、しらばっくれるよな。でも自分ヒーローやさかい、公的な場所での個性使用は取り締まらんとあかんねん。詳しいことは駅降りてから聞こな」

 

違う、だの、やってない、だの。

まだやってないの間違いやろ、と呆れる。

 

セットされた茶髪。柔和そうな顔に今日は黒縁メガネをかけている。紺色無地のセットアップ、具体的に言うと教師というより現代の若者らしくなった茶ノ丸だ。

 

「あっ、こっからはな? おにーさんの独り言なんやけど……春先って変な人多いやん? 特に電車はな〜生徒を狙う痴漢とかそういうの多いんやって〜」

「……」

「そういうのから生徒守るために、交代交代で電車乗ってたりするんよ〜。雄英のプロヒーロー」

 

ガラスがミシミシと音を立てて軋む。

メガネの奥にある目は緩やかな曲線を描いているが、明らかに笑っていない。

その言葉に抵抗をやめて大人しくなった男に、茶ノ丸は足を退かす。

 

「まあそういうことやでオジサン。大人しくついてきてな?」

 

そのまま最寄り駅で降りて、駅で待っていた警察に渡す。簡単な事情聴取を受けて、茶ノ丸は駅から出てぐっと手を伸ばた。

朝っぱらからクソ野郎の相手していて本当疲れる。少しは自重して欲しい。

 

普段はバイク通勤なので、風を感じたくてしょうがない。毎日のルーティンが崩されるとなんか調子乗らなくない? 乗る? ああそう。

バイク自体は小さくして持ってきてるので──こういう時はめちゃくちゃ便利だなと思う──ここからでもいいから乗ろうかな。

ポケットの中の懐中時計を開けば、まだかなり時間はある。

 

スマホがあるのになぜ懐中時計持ってるんだ、とか言われそうだが、単純に好きなのである。古いものには品がある、ということだ。家にある家具はほとんどアンティーク家具。前時代のスポーツカーとかめちゃくちゃ好き。1台持ってる。どちゃくそ高くて買うの迷ったけど。相澤にやっと買えたー!って報告したら機能性がなくて合理的じゃないと言われたので普通に喧嘩した。あれが二人でした喧嘩の中で1番くだらないものだったと記憶する。

 

「あ」

 

そんなことを思案しているうちに、近くの歩道に見慣れた紅白頭が歩いているのを見つける。ちょっと迷って、声をかけることにした。

 

「轟くん! おはよう〜、早いな?」

「…アント先生、おはようございます」

 

確か彼のお家、結構近かったはずなので電車通学ではなかった。恐らく徒歩通学。左右で白と紅に色の別れた特徴的な髪、顔立ちは整っているが、左目周りに痛々しい火傷跡がある。一年A組轟焦凍、推薦枠の生徒で、とあるプロヒーローの息子さん。

 

「普段からこんな早いん?」

「はあ、まあ…」

「俺はもうちょっと遅いわ、普段はバイクなんやけど、今日は電車やったから」

 

轟の隣について歩く。あらやだこの子かなり歩くの早い。しかも口数が少ないので喋るのはほぼ茶ノ丸。彼は頷くだけだ。別に苦じゃないのでいいけど。

そのまま歩いていると、右手にコンビニがあるのが見える。一度立ち止まる。あっ食べたいなって思うと止められない。

挙動が止まった茶ノ丸を、横で立ち止まって怪訝に見上げる轟。

 

「轟クン」

「?」

「アイス食べよ」

「は?」

「ダッツ」

 

頭にはてなマークが3つくらい浮かんでいる轟の制服の袖を引っ張り、強引に入店する。アルバイトのやる気のないいらっしゃーせーを聞き流し、そのまま真っ直ぐアイスコーナーに向かった。

 

「轟クンなにがええ? 俺ほうじ茶ラテ」

「……あずき」

「え? あずき? めっちゃ渋いね? ダッツにないから抹茶にしようや」

「はぁ…」

 

アイスコーナーではしゃぐ27歳児と困惑する15歳。お菓子コーナーではママの味がするミルキーな飴、会計の時にホットコーヒーを二つテイクアウトした。

 

「飲める? コーヒー」

「飲める」

「轟クン凄いなあ、俺最近になってやっと砂糖もミルクも入れずに飲めるよーなったわ」

 

外で待っててくれた轟にコーヒーを手渡す。春先といえどまだ月前半。羽織りが一枚ないと寒い時期だ。少し冷えていた指先にコーヒーの温かさが心地いい。

 

「あの。お金、」

「あン? あーええよ〜。轟くんええ子やな、俺が高一んときは体育祭で優勝したらダッツ奢って貰ってたんに」

「…それとこれとは違ぇだろ」

 

敬語が崩れたのを見てお? となる。少し行儀が悪いがコンビニの車侵入防止用のポールの上に腰掛けてコーヒーを啜る。

控えめな笑い方をする子だ。クツクツと小さな声で笑っている少年の横で、茶ノ丸は口の中に飴を転がした。ダッツ系のアイスは少し置いたほうが美味しい。

 

「なんか、すんません」

「え? なんで?」

「いや、敬語…仮にも教師に…」

「えーーええよ敬語とか。ほッッとんどの生徒は俺に対して敬語とか使わんし…」

「はァ…」

 

ほうじ茶ラテ味のダッツはめちゃくちゃ美味いのでぜひ食べてほしい。有り得んほどの美味さ、飲むほうのほうじ茶ラテも美味かったし。いや〜ミルクとほうじ茶って合わなさそうって思っていたが、紅茶とミルクが合う時点で神の采配の組み合わせなのだった。

 

「あれやって、俺さ。雄英の中じゃ1番若いから」

「何歳なんだ?」

「27歳!」

 

たぶん年齢がどうとかの問題ではなく、恐らくその気さくすぎる性格のせいでは。と轟は思ったものの、口には出さなかった。HR終わりの放課後、何かの部活の顧問でもやっているのか数人の先輩に引きずられて行くのをよく見かけるし、休み時間はだいたい周りに生徒がまとわりついている。気さくで朗らかで明るくてものすごく、喋る。自分とは真反対だ。

 

「もう学校には慣れたん?」

「はい、まあ。他の奴らと馴れ合うつもりは…ない、けど、です」

「ありゃー…」

 

なんだかこの一匹狼感に既視感を感じて遠く空を見る。

あれ、この感じ身に覚えがあるなァ───?

 

「まあ学生時代のコネクションがそのままプロになった時に役立つことってあるよ。えーっと、マニュアルとか、シンリンカムイとか、知っとる? あいつら同じ学年で同クラやったんやけど、今でも仲ええし、たまにチーム組むし、よく飲み行くわ」

「…あんたはなんというか、誰とでも仲良くやれそうだけどな」

「わからんよー? 俺あいつ苦手、最近めちゃくちゃ人気のホークス。たまに会うと煽りあいになるわ」

 

顔を思い出してしまってケッと眉を寄せる。

子供のような怒り方をする茶ノ丸に、轟は思わず笑った。

 

「まあ相澤先生…学校じゃないからええか。センパイとも最初から仲良かったわけじゃないし、まあゆっくりとな、それでええで」

「? 仲良さそうに見えるけどな…です」

「さっきからなんなんそれ?」

 

ふはは、と喉を晒すように笑う茶ノ丸は、横から見ると本当にどこにでもいそうな若者に見える。横髪からチラチラと覗く多くのピアスと、幼い顔立ちが妙にアンバランスだ。

 

「…そろそろ行こか、ちょうどええ時間やし」

「…おう」

 

コンビニのゴミ箱にアイスカップを捨てて、茶ノ丸は立ち上がる。

いつの間にか敬語は抜けていた。




次回! 四万字を超えてのやっと戦闘! デュエルスタンバイ!!!

ヴィジランテを読み始めたんですけど雰囲気はDCよりなのかな?? 師匠が凄い蝙蝠男
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