鉄の意志を5ミリくらいは引き継げればいいなっていう男の話 作:藤涙
あれだけ大口叩いて本当に申し訳ないのだが、“脳無”とヴィランに呼ばれた黒衣の脳丸出しの巨躯の相手は難しいかもしれない。
あれ、なんかこれ、うん? なんか、強くない??(震え声)
さっきのブラフってことにしといてくれないかな。こう全力で嫌がらせ────足止めするからさ。元々そっちのほうが得意だし。
「(打撃は効かない)」
大ぶりのボディーを縮小化して避けながらそのままの勢いで脳天に回転かかと落とし。特に効いた様子はなく、そのまま脚を掴まれかけたので後退した。
「(人体の急所への攻撃、反応無し)」
顎、鳩尾、股間、弁慶の泣き所。
それぞれ蹴り叩き込んだがダメ。
動じている様子無し。
「(切り傷───血っぽいものは出るもののすぐ塞がってる…?)」
サバイバルナイフで腕の靭帯を深く傷つけてみる。赤黒い液体が出たが、サバイバルナイフのほうが負けた。刃の半ばでボッキリと折れたので、そのままの流れで掌仮面のヴィランに投げる。
黒靄のヴィラン───確か黒霧に止められたものの、悪意はたっぷり乗せている。
「(頚椎、ダメ。折れない)」
元のサイズに戻ったアントマンを握り潰そうと思ったのか伸ばされた腕に縮小化して乗る。そのまま黒い腕の上を駆けて元のサイズに戻り、脳剥き出しの頭を引っ掴んで首に膝蹴り。手応えナシ、自分の膝が痛いだけだ。
「(ただ速いだけ、技は大ぶり、避けれないわけじゃない…
思考は冷静に、身体は熱く。
掌仮面と黒霧は呑気に観戦中だ。気を配ってないわけがないが、こちらに意識を割けれるっていうのはありがたい。舐められているということなんだろうが、アントマンは世間体を気にしないタイプだ。
「(うーん、なんやろ。なんの個性かな、切り傷治したとこみると治癒系とか…? でもこの丈夫さは…)」
ああ、やばい。
舌がムズムズする。
なにか話したくてたまらない。
「(あーーこれなんなんやろ。一切反応無いし人間とは思えないんやけど…センパイ、は今難しそうやしなあ…)」
自分じゃ膂力が足りない。
このまま時間稼ぎをすることはできるが、倒し切ることは不可能だ。マスクの中で眉をしかめる。考えながら肋骨の下、人体の中では柔らかめの部分に2本目のナイフを突き立てるが──お、ちょっと沈んだ───!!
「(つまり打撃には強いが切り傷には弱い…!! なんの個性だコイツ…!!!?)」
一撃離脱。先程負わせた傷がみるみるうちに回復しているのを見て、少し呆れた。人体の急所はそのまま。1.5cm大のアントマンのことはほとんど見えていない。いることはわかっているようだがその攻撃は闇雲だ。それでも注意が必要だが……
ならば─────
「(細い針かなんかを臓器周辺に突き刺して、そのまま大きくしたら死にはしなさそうだけど足止めにはなる…?)」
この治癒能力、幾分か雑そうだ。破れた衣服からチラチラ覗く皮膚が引き攣っている。貫かれた武器そのまま巻き込んで治癒してくれると動きが鈍るだろうし、大変ありがたいのだが。
イレイザーは蟻達が運び出してくれていた。
生きているのは、蟻達が心音から判断してくれていたので知っている。園内外の情報は逐一リアルタイムで耳に入ってきている。
「……よし!!」
未だ無傷だが度重なる個性使用によって体力はすり減り続けている。
元のサイズに戻って、ひとつ息を吸う。
「(めっっっちゃ嫌がらせしたろ!!!!)」
◆◆◆
レッグバッグからお目当てを手繰り寄せる。
元のサイズに戻ったアントマンに気づいた脳無が右大ぶりのボディー。当たったら肋骨折れるどころじゃすまないな……と冷や汗を垂らしながら一瞬だけ縮小化して避け、脳無の真横に着地する。
生身で武器もなにも持たないままヒグマの前に立ちはだかる気分だ。震えが止まらなくて、ひどく興奮する。アドレナリンはどばっどば。頭の中真っ白。死の危険が身に迫ると人は笑うんだ。今にも高笑いしそうなのを必死に堪える。
そのまま空いた脇に予備のインダストリアルピアスを突き刺して────左手で触った。
突き刺したのは脇の下。人間で言うと脾臓の位置。左脇腹にある造血とリンパの器官。ここから出血すると割とマジでやばいので良い子の皆さんはここを狙わないようにな! 普通のヴィランは死ぬ。
そのままピアスは長く太く、巨大化していく。恐らくあるだろう心臓に到達、肺を貫き、太い動脈が通っている脇を通過し上腕を突き破った。
「?!」
大きな目をギョロつかせる脳無。胴体と腕を貫かれれば上手く動かせない。これで右腕は封じた。
「ええピアスやろ? かっこいいわあ、もう一個開けたるさかい、おとなしゅうしとって」
ピアスって人体に付けるものだから結構丈夫だ。特にここ最近のはあらゆるニーズに対応しているため素晴らしい耐久性を誇っている。
抜こうと思っても無理だ。治癒力が邪魔をする。死にそうになったら一番
なんてくすくす笑っていると、残っている左腕で叩き潰そうと単調な振り下ろし。
「おーこわ」と言っているものの、くるりと回って避けてみせる。
「ええ、オキャクサマ。痛かったですか? そりゃあ開け始めって痛い言いますし、そんなに怒らなくてもぉ…」
何故か今転生前のあのデビルチック天使の顔が浮かんだ。いやもう27.8年経っているので顔はもう朧気だが。なんでだろう、口調がそれっぽいからかな。ものすごくムカつく。
「やっぱり左右対称じゃないとちょーっとダサいいうか、気持ち悪いと思うんですわ。だから右脇腹もがんばりまひょ? めちゃくちゃ痛いと思うけど…どひゃあ!」
一方的なキャット&マウスゲームはもう終わり。これぞ窮鼠猫を噛むというやつだ。右腕が使えず胴に縫い付けられているので体重移動が覚束無い。自分の一振りで体が振り回されているのを見るのは滑稽だ。
────そして次第に焦りの見える掌ヴィランも。
「(これ自体に意思はないんだろうなあ…右脇腹を守る様子がない。筋肉だけの木偶人形…ってところやなぁ、
もう見境が無くなってきたのか、鉤爪のように開いた掌での薙ぎ払いがマスクスレスレに紙一重。当たったら首が飛んでいってグロいやつだ。遅れて来る風圧にゾクリと背骨が戦慄く。
ちらりと入口を見れば、生徒達がこちらを見ている。マスクがあってよかった。
瞳孔かっぴらいてるのでこの顔は見せられない。
「───あら、今になってお助け?」
「このまま黙って見ているわけにも行かないでしょう?」
「二対一はスポーツマンシップ的な意味でもあれじゃない?」
「
「あんたと気
背後に闇が広がる。
正面からは迫ってくる脳無。
逃げ場がないな、どうしよう?
「(まあええわ、マスクは買い直そう)」
鋭い音を立てて飛ぶヘルメットマスクの残骸、生徒の悲鳴、破片で傷ついた眉間から垂れる血───!!!
「なんという幸運…!!!」
「まあ安全装置で取れるようになってるわな、ということであらよっと!!!」
黒霧に向けてレザーバックから取り出したなにか───
ただひとつ、頭に置いてはあったが体が対応できない───!!! 飴ちゃんとか投げているうちに脳無はもう二手目に移っていた。
着地点を予測されている。小さくなって時間を稼いでも無駄だ。黒霧が加勢に出てきているので、先程よりも不利な状態で戦うことになる。ここでやるしかない……!!!
巨大な手の掌底がアントマンに迫る。
痛いんだろうなあ、と。それだけを思って、左手にピアスを摘んだ。
「…………!!!!」
「ぃっづ…?!?!?! …………!!!」
無防備になった腹に指を立てられた掌底が打ち込まれる。
薄い皮膚と脂肪を突き破って───退かない。
太い指が腹筋をこじ開ける───退かない。
脳無の親指と人差し指が左右の肋骨を砕く───退くものか!!!
右手で脳無の左腕を掴んで自分の体を固定する。喉奥から血が溢れる───胃に……!!!
「─────お兄ちゃん…!!!!」
不思議だ。
今まで何も聞こえなかったのに。
その声だけは耳に届くんやなあ。
声だけでわかる。
泣かせてしまっている。
悔しさとか自分への怒りとか諸々の感情でこっちも泣き出しそうだ。
最後の気力を振り絞って、伸ばした手で人間でいう広背筋にピアスを突き刺した。広背筋を抜け、肝臓と胃に穴を開け、そのまま体外へ突き抜けて────アントマンへ向けて突き出された二の腕を貫いた。
生理的反応だろうか────脳無の左腕の指がビクリと震え握られる。体の中が掻き回される感覚にアントマンは声にならない悲鳴をあげようとして……、それすらも堪えた。
ダメだ、耐えろ、逃げるな、退くな…!!!
「ああ、やっぱさ、左右対称じゃないと、かっこ悪いで……暴れるから歪になっても、たやん…」
「……!! この…!!」
ピアスと筋肉が癒着する。
もう腕を振り回せないのを確認して、アントマンは脳無の体を蹴って離れる。貫いた指が外れた腹からはとめどなく血が流れているが、必死に立ち上がる。喉から血と胃液が混じった内容物がせり上がってきて吐き捨てた。
固定された脳無の姿はまるで磔だ。
我ながら可哀想。こんな死に方絶対ヤだ。
「どうや、まだやる? か〜〜っこいい盾さんもう使えんで? ゲーム感覚で攻め込んだみたいやけど、ここは現実やしコンテニューもできんのやって。いや〜〜最近の子供のゲーム脳って深刻なんやな〜〜〜…!!!」
「ペラペラ喋る割に今にも死にそうじゃんか…!!!」
「ええ? そう見える? マジ?
───まあそれでもお仲間いっぱいでイキってるクソガキ仕留めるのには充分やと思うで?」
や、こうは言ってるもののやばい。
正直フラッフラ。掌ヴィランの個性なんだろう。相性いいといいな……発動に限定があるものだといいんだけど。縮小化して避けられるから。黒霧とかイレイザーみたいに発動がノータイムだったり条件達成が容易かったりするとキツイよね。やばい痛い無理。
息をするのも辛い。痛みのショックで体が震えているがそれを隠すために鼻息が荒くなっている。
ボタボタと血が溢れては落ちていく。胃液の酸で喉が焼ける。
「“お兄ちゃん”、か。妹がいるのか?」
「見たら殺す。視線を向けるな。こっちをまっすぐ見て手は頭の上に。跪け、クソガキ。もう勝ち目はないってわかっとるやろ?」
「シスコンってやつかよ…怖いな…。でもお前は殺せる」
アントマンに影が覆う。
「脳無にはまだ足があるぜ?」
「────先生!!!!!!」
「やめてぇ!!!!!!」
死ぬ間際になると走馬灯が見えるって本当だったんだな、って場違いなことを思っていた。
巨大な脚がアントマンに迫る。もう指を動かす気力もない。スローモーションのようにゆっくりな世界で、ただ脳無の足の裏を眺めているだけだ。
あ、やだなあ。最期に見る景色がこれって嫌だ。まあ人生こんなものだ。お茶子が見たい、と思ったものの、妹に死にゆく兄と目があった経験はさせたくない。どうか、目を逸らしていてほしい。
前世は死ぬ瞬間っていうのを知らなかったし貴重な経験だ。もしかしてあのデビルチック天使にまた会うんだろうか? いや会いたくないわあ、二度と会いたくない。デビルチック天使と言えばちゃんと猫のことやってくれたんかな。好きなものは猫可愛がりしてしまうから(猫だけに)、ずっと、12歳の時から気にかけている。あの2匹、嫉妬深いから、今世では猫と縁がなかった。帰りがけに野良猫と遭遇しただけでへそを曲げる猫、可哀想、俺が。
平気だ、怖くない。大丈夫、もうすぐで他の教師が助けに──────
ゆっくり瞼を閉じようとしたその瞬間、脳無が真横に吹っ飛んで行って「……?」と頭にはてなマークが浮かぶ。
「もう大丈夫…!!!」
「…?? ? ……???」
「私が来た!!!!」
「……?????」
「「「オールマイトぉ!!!」」」
風圧でアントマンも尻もちを着く。
ぼんやりと働かない頭で、その姿を見上げた。
「あ、こんにちはオールマイトさん…随分と遅い登場で……もう授業終わるで……?」
「ナイスファイトだアントくん…!! ここからは私に任せたまえ…!!!」
「胃、胃が
「えっ寒…!!! 割と元気そうだね…?」
「無理です、死にます」
尻もちをついた衝撃で正直意識が飛びそうだった。いや飛ばしたい。死にそうだから飛ばしたい。しかもさっきから考えていた洒落寒いって言われて泣きそう。泣いていいかな。意識飛ばへんかなさっさと…
いや、せめて、迷惑が、かからない、ところに…
「どっけ邪魔だ!!!」
爆発音がする。
もう眼球を動かすほどの体力もないので予測だが、たぶん要注意生徒の片割れだろう。あ、もう一方の声がした。
何しとんねん。
お馬鹿な生徒やな、はよォ逃げればええのに。
キシキシと耳元で音がした。歩兵として放った働きアリだ。
脚が数本欠けている。触覚が半ばで切れていた。頑張ったんやな、と頭を撫でて、腕に力をかけて蟻の上に乗る。
「まァ、それも、ヒーローの資質かな……」
瞼が重い。