鉄の意志を5ミリくらいは引き継げればいいなっていう男の話 作:藤涙
「ええ…!! もう退院するんですか?!」
「ええ…だってもう歩けるし…」
「歩けるしって…あなた心臓止まったのでは…?!」
「ついでに呼吸も止まったらしいで?」
痛む腹は鎮痛剤で抑えている。
とりあえずお茶子はフルーツを持てるだけ持たせて帰している。塚内警部が来たタイミングだったので、警察の覆面パトカーに乗せてもらったそうだ。帰りを心配していたのでありがたい。
リカバリーガールにボッキボキになった肋骨弓を治していただき、彼女は来てそうそう帰った。痛みはかなり引いている。
「まあ、ともかく胃以外は元気やし。あと腹」
「はあ…なるほど」
「センパイが退院して復帰しとるのに
まあ起きれない程ではないし、歩けない程ではない。ヒーローとしての見栄、というやつだ。退院を渋る担当の医師を説き伏せ、首に包帯を巻き直し、数週間分の鎮痛剤を処方してもらった。
とりあえずフルーツや花は持ちきれないので輸送で送った。食べれるのが楽しみである。
「───さすがだなあ、雄英ヒーロー。あなた達のおかげで犠牲者も出なかった。ありがとうございます」
「いやいや、俺はただドンパチ殴ってただけやで」
「……タンクローリーぶっぱなすのは、少しやりすぎですよ」
「ふは、バレてら」
そういえばあのタンクローリー、パワーローダー先生が直してくれたらしい。だいぶ派手に落として燃やしていたが…。13号からはさっさと持って帰れとメールが来た。B組もレスキュー訓練をするが、そのための修繕作業をしたいのに邪魔らしい。「吸い込んでいい?」とメールが来たので、「それ俺の給料数ヶ月分」と返しておいた。数ヶ月分が消えるのはちょっと…。
パワーローダー先生からも「バイクで人に突っ込んだならさっさと持ってこい。」という趣旨の連絡が来たので、今日雄英に寄る予定。ちなみにバイクは脳無との戦いの前に縮めておいたので無事だ。
「警察側の捜査の内容は明日報告予定なのですが────」
「その話を
「はい、では」
「じゃあなー塚内警部。送ってくれておおきに」
ハンドサインをして車を閉める。
茶ノ丸はさすがに今の状態ではバイクにも車にも乗れないため、塚内警部に送ってもらった。優しい。さすが市民の味方。
家の前で降ろされたものの、まだ家には帰らない。塚内の車を見送ったあと、茶ノ丸は道のりを歩き始める。
目的地は電車を乗り継いで、都内ではあるものの森や畑、田んぼが目立つ、いわゆる牧歌的な風景になっていた。そこからさらに郊外、タクシーに乗り辿り着いた森の入口で、タクシーの運転手は「本当にここでいいの?」という視線を茶ノ丸に向ける。いいんだよここで、こういうとこに住む人に会いに来たんだ。
森の中を道なりに進んで約3キロ。肋骨折っている人間に歩かせる道じゃねえ…! と恨めしくその屋敷を見上げた。
雑草などは一切生えていない、整えられた薔薇の庭。茨が屋敷の壁を伝い、近づくと吐き気を催しそうなほど濃い薔薇の香りがした。それほど茂っている。屋根にも伝う薔薇は、屋敷全体を覆い隠しまるで────眠り姫のお城のよう。
まあそれも、言い得て妙だ。ここいら近くの子供達には心霊スポットとして、「魔女の屋敷」とも呼ばれているらしい。こちらも言い得て妙。
一応形式としてノックする。ドアの鍵はいつでも空いているし、ノックしたって出ないんだから無駄なのでは? とはいつも思うものの、そういう
ノックを3回、沈黙が10秒、よし入ろう。
ドアを開けたそこには、茶ノ丸にとってはいつもの、初めて入る人間には全く異質の光景が広がっていた。
靴箱、観葉植物、来客用のスリッパ、時計、家族の写真等、玄関に置かれるだろうもの、その全てがない。全部ベッド。
正しくは玄関と隣接された円形のホールの中にそれまた行儀よく並べられた8つのベッドが鎮座している。
迷路のように曲がりくねったベッド(絶対要らねえ)、ジッパー付きのベッド(窒息しないのか)、宙に浮いたベッド(不安定そう)、固定型ベッド(寝返りできないのでは)、折りたたみ屋根付きベッド(これは欲しい)、ボートベッド(可愛い)、馬車の形を模したベッド(子供が好きそう)、宙に浮いたネストレスト(うん…)。
正直見慣れた光景なので、茶ノ丸はそのことごとくを無視した。ベッドメイキングはされている。白いシーツにはシワひとつないが、この屋敷の主人は果たしてこのベッド達で寝たことあるのか…。
あの出不精な人がこの屋敷を維持できるとは到底思えないし、その出不精からメイドが数人いるとは聞いていた。とは言っても会ったことはない。ここ12年ずっと通っているものの、気配すら知らない。
階段から2階に上がり、多くの部屋を通り過ぎたが(中にあるのは当然ベッドだ)、茶ノ丸は慣れた様子で屋敷の1番奥。ヴィクトリアン調の屋敷の中で一際立派な両開き扉を開け、一歩踏み出して────沈んだ。
何しろこの部屋、部屋全体がベッドなのである。床全体がベッド、低反発のトゥルースリープ。足を取られて転びかけながら、数多のクッションを掻き分け進む。この部屋には眠たくなりそうなクラシック音楽が流れ、漂う香りはリラクゼーションアロマだ。この部屋にいると瞼が重い。
もう数えることも億劫なほど散乱したクッションとタオルケット、動物の人形や毛布を超えて辿り着いたのはこれまたクッションの山。
人一人分の高さはあろうかという山の中から、白い脚が一本突き出ているのを確認し、茶ノ丸は盛大に舌打ちした。
───マジで四六時中寝とんの、なんとかならんのか。
「ミーーセーースーー、ミセス!! 起きぃ、おい、こら、バク!!!」
「……むにゃむにゃ、今いいところ〜〜」
「いいところやない!! どーせガキの頭の中入り込んで夢喰っとるんやろ、さっさと起きぃ。俺も忙しい!!!」
ほっそい足の足首を握り引っ張り出す。亀を甲羅から出すみたいだ。
ネグリジェ姿の女性が、まるで産まれたばかりの赤ん坊のように顔を顰める。温かく柔らかなクッションの
夜の闇のような黒髪は長く美しい。踝にも届こうかというところなのに、軋みも枝毛もない。むしろさらさらでツヤツヤ、天使の輪が見える。白い肌は透き通るようで、肌荒れやシミひとつない。
顔は───年齢を感じさせないミステリアスな美しさとも言っておこうか。12年前から変わらない、貴婦人の微笑みを浮かべている。
まあ髪自体は日常生活に支障を来すレベルで伸びているがしっかり整えられているし、いつも見ても前髪は眉にかかるところで切りそろえられている。爪も伸びっぱなしではないので、誰かがやっているのだろう。誰かが。
「────おや、来たのか茶ノ丸。随分早いな…もう少しあとだと思っていたのだが」
「こんにちは、
「いや、いい。まったく、いきなり来ては人を叩き起すなんぞ失礼なやつめ…」
ずりずりと欠伸をしながら起き上がった貴婦人は、ネグリジェという格好のままだらだらと歩き出した。ベッドの部屋から出て、屋敷の地下へ。
ヴィクトリアンスタイルの屋敷からは想像もつかないほど、最先端の機材が置かれた空間がそこには広がっていた。それに複数のガラスケージには蟻塚が1個ずつ形成されている。大画面のモニターは何かしらの記録を刻んでいたし、ロボットアームが掃除をしていた。
「うん、たしか、ああ…蟻だな。新しい。遺伝子組み換えでちょっとカプリアビダス・メタリダランスという細菌とやってみてな。これが面白いんだ…毒性のある鉱物を食べ、分解し小さな金の糞をするんだ。面白いだろう?」
「はあ、まあ」
「うんうん、そうだろうそうだろう。それで、やってみた結果がコレだ」
夢見の貴婦人の本名は知らない。
12年前から、というか具代的に言うと茶ノ丸が雄英の体育祭で優勝した時から。お世話になっているが、彼女の素性はほとんど知らないのだ。
知ってるのはすっっげー頭のいい学者ということと、個性が「夢喰い」だということ、そして口癖が「眠い」ということだけだ。
彼女の細い指がコツコツとガラスケージを叩く。ガラスの奥の蟻塚の中には、鈍色の蟻達がうぞうぞと蠢いていた。
「つまり、金属を食べる蟻っていうことですか?」
「まあそれもあるが、本質は違う。今までの蟻は耐久性に欠けていたが───」
「あー金属を食うことで体が金属に…?」
「
キシキシと小さな鳴き声が聴こえる。ガチガチと鳴っているのは顎だ。体つきも立派で重そう。
「これ…」
「重そう、だろう? まあ機動力はないが耐久力はある。金兵というところだな」
「ふーん…」
蟻塚の中には凡そ50匹程。到底群れとは言えない数だが、遺伝子操作された蟻なので充分だ。10匹ほど試験管にとってレッグバッグに突っ込む。
「で、スーツはどうする、前のままで直すか?」
「変に装備付けると機動力落ちるんやろ?」
「そうだな。今のスーツが黄金律だ」
ズダボロになったスーツを掲げる。
原子物理学、量子物理学をおさめ、サポートアイテムの開発
「まあだが、多少装備を足すくらいなら許容範囲だ。お前が努力すればいい話だし」
「えーーならビーム出し…」
「却下」
「全身ロボスーツ」
「多少って聞いてたか?」
そんなことを言いながらも、ビーム、ビームねえ…と設計図を書いてくれている。ぶつぶつと呟き始めて、茶ノ丸は手持ち無沙汰になって椅子に座った。机に散乱しているレポートを読む。
一応物理の先生なので、大学で習う範囲内なら物理学は理解出来る。でもまあ、こういうタイプの人が考えることって基本理解と納得は別だったりする。
「…こんなの研究して、“無駄”だって言われへんの?」
「うん? どうしてそう思う」
「物理なんて、“個性”が出てきて一番ダメージ食らった学問やん」
ペラペラと紙を振ると、穏やかな視線が放られて来た。
「───世界のルールは変わらないさ。こんな時代になっても変わらず林檎は地面に落ちるし、太陽の周りを巡る星々は美しい距離を保っている。ただそこに少しだけ、バグが増えただけ。お前のようにな」
「…夢喰い
「ふふ」
設計図に書いたものをモニターに投写してロボットアーム達に作らせる。掌全体と腕半ばまで覆うアーマーのようなものだ。
前世で見た例のアレ───もう記憶も朧気なのだが───鉄のスーツの男が着ていたものに似ている気がする。掌の中央に「ここからなにか発射します」と言うようにあからさまな別素材が使われており、今から完成が楽しみだ。
今となっては、この“個性”でよかった。と思っているが。
───最小だからやれることって多いのだ。それが善いことでも、悪いことでも。
「…ミリの壁はまだ超える気にならないか?」
「…」
ああ、やはり呼ばれた理由はそれか。
黒と銀に塗装されていく篭手を見ながら、口を噤む。
───12年、彼女がやってきた研究だ。茶ノ丸がおっ死ぬ前に一度でも多くやりたいのだろう。自分の体を
キリキリと痛み出した胃を抑えて眉を顰める。ケガとは全然関係なさそうな痛みだった。
「…まだちょっと、怖いっす」
「そうか、ゆっくりでいい。ただ、うん……。いや、なんでもない」
ロボットアームから投げ渡されたスーツと篭手を持って、茶ノ丸はその場を後にする。
薔薇の庭は夕日に染まって殊更見事だ。
あ、篭手の説明聞くの忘れてた……と真顔になりつつ、茶ノ丸は行きと同じ道を歩くのだった。しんどい。
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もしくは夢喰い獏
所属:???
個性:夢喰い
誕生日:???(???)
身長:172cm
好きなもの:睡眠
伸びすぎているが整えられている見事な黒髪。伏せ目がちの黒目のミステリアス美女。年齢不詳。ただ外見は12年前から何も変わってない。
物理学者であり、いろいろといじくるのが好き。例えば遺伝子とか、装備品とか。
一日の大半(18~20時間)を睡眠に費やしている。世俗に疎く出不精、ダメな大人の典型。起きている時間はほとんど研究に費やすので、本当に人間的な生活ができていない。
個性は「夢喰い」。夢を作ったり食べたり閲覧したりする。子供の夢が大好物、氏いわく想像力が違うとか。どこかで悪夢を見ている子供がいたら(少し楽しんで)食べてあげたりしている愉快犯。
あと3話ぐらいしたら体育祭に移れるかな…?
先生側はやることいっぱいでたいへんだあ…!(書く側もおめ目ぐるぐる)
なんかこう、そういうやつに(名前が出てこない)、色がついたみたいで…! ありがとうございます! 感想などもしっかり読ませていただいてます! 誤字報告も本当にありがたいです…! 圧倒的…感謝…!