鉄の意志を5ミリくらいは引き継げればいいなっていう男の話   作:藤涙

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text19:猫だと思って飼ってた動物が成長したら虎になったような気持ち

 

 

その先生に初めて会ったのは、2年生2学期初めのこと。

いつも高いテンションをさらに跳ね上げた波動ねじれは、はしゃぎつつ通形ミリオと天喰環の手を引っ張った。目指すのは職員室。お目当ての教師がいるところ。前の時間と次の時間どの学年にも授業は入っていないはずなので、必ずいつもの定位置にいるはずだ。

 

「ちょっ、波動さん…!! そんないきなり行っても…!!」

「そうだよ、こういうのはちゃんとアポをとってだね…!!」

「いーのいーの!! いちいち怒る先生じゃないからっ!!」

 

そういうことじゃない…!! と今にも死にそうな顔で呟いたのは天喰だ。波動から「わ、すごーい。メンタルがノミみたい」と言い切られたダメージがまだ残っている。小心者、いや、朴訥な彼にとっては、波動にこうして引き摺られているこの状況も、いきなり初対面の教師に引き合わされるという今後も受け入れ難い。

よく言うと天真爛漫で好奇心旺盛、悪くいうと天然で移り気。そんな彼女が天喰の意見を聞くわけがなかった。女性に手荒なことはできず、連れられるがままの通形と天喰を──通形は春先の体育祭で起こしたある出来事のおかげで名前と顔が有名なので少し違うかもしれないが──3年の先輩や1年の後輩達が見て笑っている。

 

波動が職員室のドアを開けて「失礼しまーす」と伸び伸びと言った。何人かの教師が顔を上げて、波動の両手が引っ掴んでいる男ふたりを見て怪訝そうに眉をひそめる。

ずんずんと迷いなく、その場所に進んだ波動はこれまた元気よく叫んだ。

 

「アント先生ーー! おはよう〜〜! 起きて、ねえ起きて、朝だよ。お昼だよ。起きてよ、ねえねえねえ」

「………」

「ねえねえ、前言った子達。連れてきたよ? 起きてよ、ねえねえ」

 

波動がソファに寝転ぶ、というか寝ている先生を勢いよく揺する。寝心地が良さそうな柔らかい3人がけのソファに胎児のように身体を丸めて眠っていたその先生は、若干の呻き声を上げながら薄目を開けた。

 

猫っ毛というか、巻き毛というのか。癖のついた茶髪は寝癖も相まってクシャクシャになっている。耳にはたくさんのピアス。顔立ちは若い、20代半ばというところだろう。

教師には見えない、街中にいるイマドキの若者といった体の青年は、波動と目を合わせて3秒。堪忍して…と関西弁で抗議しながら、寝返りを打って枕に顔を押し付けた。

 

「ええ〜〜先生、起きてよ。ねえ、ねえ、」

「ねむい…」

「ちょっとーー!!」

 

───確か麗日茶ノ丸、先生。

物理教科の先生だ。1年生の入学式で、そう挨拶されていたのを覚えていた。通形も天喰も、1年次も2年前半も物理は選択していなかったのでその人となりは知らない。それでも印象に残っていたのは───廊下ですれ違うたび、彼の周りにはいつも笑顔で溢れていたからに他ならない。

 

枕で頭を防御し完全に寝に入る姿勢を見せる茶ノ丸先生に、波動はむぅ…と眉を寄せ、

 

「ちょっ!! 波動さん?!」

 

「ぐええ何……………なんなん波動やめぇーや…」

 

先生の上に馬乗りになって声をかけ始めた。これには通形と天喰もびっくり。職員室にいた他の教師もぎょっと目を剥いている。茶ノ丸先生は馬乗りなられながらも「終わった」「社会的死」「捕まる…」と寝起きのテンションの低さながらしっかり涙目になっていた。なかなかのカオスである。

 

ついに自分の髪の捻れた部分で茶ノ丸先生を攻撃し始めた波動に見かねたのか、ミッドナイト先生が彼女の脇に手を差し込んで抱き上げる。

 

「こら、波動さん? 何をやっているのかしら…?」

「アント先生起こしてました!」

「うん。ありがとう〜でもそういう事じゃないわ」

 

仰向けになり──もう目は覚めているようだ──涙目になる茶ノ丸先生にも「教師が生徒に鳴かされるんじゃないわよ」と若干ニュアンスがおかしい叱責をしながら、ミッドナイト先生は自分の席に戻って行った。

茶ノ丸先生はLEDの照明を眩しそうに見上げると、やっと身を起こす。細身で男性にしては華奢だが、しっかりと筋肉はついている。と通形はいつものクセで分析してしまうことに苦笑した。

整っている顔立ちを歪めて、一瞬窓の外に目を向け、最後に口をへの時にしながら波動を見やった。時にして3秒程。寝ているところを叩き起された茶ノ丸先生と、いつも通りの可愛らしい笑みで先生を見上げる波動。両者の見つめ合いは、波動に軍配があがったようだ。はァ、と茶ノ丸先生の口から痛切なため息が漏れる。同級生が申し訳ない。

 

「…なに? 波動」

「うふふ、あのね。一学期末の授業で、面白い子達いるって言ったよね? ほら、この子達! 連れてきたの、全裸とノミくん!!」

「ノミ………」「あ、天喰ーー!!」

 

一切の邪気は無い、100パーセントイノセンスな笑顔でそう言いきった波動に、思わぬ流れ弾を食らった天喰は丸まるようにしゃがみこんで地面にのの字を描き始めた。彼もさすがに言葉の刃は喰えない。

茶ノ丸先生は気だるげに頬杖をつきながら、白手袋に包まれた指で頬をとんとんと叩く。通形と天喰の顔を交互に見て、「ああ、体育祭の」と短く呟いた。

 

「そう! 全国生放送でポロリしちゃった子! 先生1年生担当だったのによく知ってるね?」

「いや、あれ普通に放送事故やから。あかんやつやから。教師は把握しとるで、うん」

 

そう波動と会話しながら、茶ノ丸先生は通形をじっと見ている。見つめられてわかるのは、この人波動と同じタイプの目で通形を見る人ということ。新種の生物を観察するような目だ。目の前の人物の全てを、解き明かそうとする目。

 

「で、 なんの用で来たん?」

「あ、そう! この子達、次の授業から物理に出られないかな〜って」

「えっ!!!」「えっっっ!!!」

 

波動の言葉に──節々から感じられる絶望度は違えど──驚愕の声を出した通形と天喰に、茶ノ丸先生は片眉を上げた。

ほーん、と、気の抜けた声も口から出ている。本気にはしていないようで天喰は内心ほっとした。今でも選択授業は慣れないのに、今から変わるとなると死んでしまう。

 

「生徒の如何は先生の自由なんでしょ先生。雄英は自由な校風がウリじゃん…ダメ?」

「いやダメ言うか…お前この子ら無理矢理連れてきとるじゃん。そういうのはさ、もっとさ、お互いに意見をすり合わせて…」

 

身を乗り出してくる波動をどうどうと手で抑えながら茶ノ丸先生はそう言った。むぅ、と眉をしかめた波動は無言で通形と天喰を突っついた。天喰はもう死にそうである、いやもう死んでるかも。

 

「はいはい、いじめるのやめーや波動。で、この2人のどっちが面白くて連れてきたん?」

「えーっとね、こちら通形ミリオさん! 天喰さんは反応が面白くて連れてきた!!」

「ナルホドー」

 

天喰が死んだ。

 

茶ノ丸先生は哀れさが滲む目線を2人に向けると、溜息をひとつついて自分の机を漁った。2年生ヒーロー科と書かれているファイルと、数枚の紙、そしてペンを持って戻ってくる。

 

「通形、個性は? 透過?」

「は、はい」

「どんなものでもすり抜けるん? …へえ、ウケる。すり抜けた先が地中とか水中だったらどうなんの?」

「弾かれます、なぜか」

「なぜか」

「はい」

「ほ〜〜ん…」

 

ウケる、とは口にするものの顔は一切笑っていない。多分口癖のようなものなんだろう。

 

「すり抜けた先にある何かしらと重なる個性じゃないんや。まあそうなると重なった部分はどこいった? ってなるもんな……これもバグやな、面白い」

「はあ…」

「速度は? 透過して地中に落ちたときの速度。体感でいいわ、重力加速度と一緒?」

 

丸い瞳がぱちくりと瞬きをする。通形は少し思い返して───頷いた。

ふーん、と鼻から声を出した茶ノ丸先生は白紙にペンで計算式を書き始めた。

 

「例えば……ボールを投げるとするやん。ニュートン力学では“いつ、なにが、どこに”あるかを知ることができればその時点を現在として、物体の未来を見事に言い当てることが出来るんやけど…

野球ボールを地面から45°の角度で投げたとき、投げたボールがどのような軌道を描くかはボールが手を離れた瞬間にはすべて決まってるんやで」

 

コイントスとか、確率的なものでもこれは応用できるよ。と茶ノ丸先生はコーヒーで唇を濡らして言った。

静かな目がこちらを見やる。思わず姿勢を正した。

 

「投げられたコインが表と裏、どちらに落ちるかは、いつから決まっていると思う?」

「? さっき言いましたよね? 投げられた時…」

「もっと前からやったら? そうやな、例えばコインを手に取った時。そこからもう未来は決まっているのかも」

 

その言葉に3人とも首を傾げる。総スカンだ。茶ノ丸先生は愉快そうに眉を上げて、「決定論やで」と言った。

 

「このように俺達の身の回りで起きる全ての出来事が過去、もしくは現在の出来事のみによって決定しているとする立場を決定論っていうんや。わかる?」

「えっと、それが、俺とどんな関係が?」

「これはお前の個性にも言えるやろ」

 

白手袋に包まれた細い指がとんとんと通形の胸を叩く。その言葉でさらに───頭から煙が出そうなほど混乱した通形は折れそうなほど首を傾げている。

 

「“手順”の個性ではなく、“法則”の個性。うん、ウケる。おもろいわ。弾かれる、ええなあ。ふふ、予測はしやすいがされやすいのも難点やけど…モノにできれば強くなるな…」

「???」

 

独り言のようにぶつぶつと呟く茶ノ丸先生に、通形の首は限界の悲鳴をあげていた。そろそろ鳴ってはいけない音が出そう。

目の前に座る生徒たちのそんな様子にやっと気づいたのか、茶ノ丸先生は気を取り直すように咳をひとつした。

 

「通形くんさあ、透過して解除して飛び出した時に、たまに失敗してふっとぶことあるでしょ」

「!! あります…!!! なんでわかったんですか?!」

「俺は身体やモノのサイズを変える個性。だいたい限度は今のところ1.5cmから20mまで。移動しながら178cmから1.5cmになり、また178cmに戻るっていう時に速度や重力、そういう要素がバグを起こしてクラッシュする…っていうのを学生時代俺もやったし」

 

まあ、お前の個性は中学物理で計算できるけどな。と式を書き上げて、しげしげと眺めて紙はそのまま通形に渡してきた。

 

「どうー? 通形面白いでしょっ!!!」

「うん、個性がゲームみたいで面白い。想像したらウケる」

 

アンニョイな表情のまま、茶ノ丸先生は前髪をかきあげた。重めの前髪から現れた目は榛摺を思わせる茶。理性の目だ、と通形は思う。樫の木のようにどっしりと。ゆっくりと成長できない代わりに、幹は硬く強くなる、そんな人だ。

 

「お前の個性、面白いなあ…“手順”で発動じゃなくて、“法則”で発動する。難しいし、怖かったやろ。でも使い方次第でメチャ強やん? 物理無効はヤバい」

「あ、いつもの感じになってきた」

 

ぱっと表情が急に華やかになる。今までかなり眠かったらしい。茶ノ丸先生の隣に座っていた波動が、ケラケラと笑った。

 

「まあ、どんな個性も使い方次第やし、使えば使うほど強力になっていくのはどんな個性でも一緒や。お前のその予測ができないデメリット、中学物理で無くせるで。コントロールはできとるっぽいし」

「えっっっ!!! 物理行きます!!!」

「やったーー!!!」「えっ……!!!」

 

天喰は死に体に蹴り入れられた心地だ。

喜ぶ波動と意気込みを顕にする通形の間に挟まれて2人の顔を交互に見つめる。ここから静かに逃げ出すことは可能だろうか、否。波動が逃がさない。

 

「あ、ついでにこの人も物理に移動で」

「波動さん…!!!?」

 

雄英はそこらへんも寛容だ。

まさに校風は自由。2年の2学期から選択を変えても許される。天喰に逃げ場はなかった。

 

「まあ、そこら辺は担任の先生に言うて。まあ今年2年は定員割れしてないし、多分OKやとは思うけど」

「ヤッター!!!」

 

沈んだ天喰、ガッツポーズを浮かべる波動、紙の計算式を見ながら面白い表情をしている通形…と三者三様の反応を見つつ、茶ノ丸は額を指でかいた。

 

その後無事物理に移り、ヒーロー仮免試験に受かった3人は、インターン先の事務所のことで茶ノ丸の胃を痛めることになるのだが、それはまた別のお話だ。

 

 

行動も、個性も、呼吸の間合いさえ知られていた。

肉薄する拳は避けられ、実体化した身に軽く触れられた───心臓の位置、これが実戦なら死んでいる。

 

「本気で打って、くださいよッ!!」

「ええ、だって俺怪我人やし。お前二週間後に体育祭やし、治るいうても怪我させるわけにはいかんやろ…」

 

自然な体重移動で仰け反り、顔面に向けられた拳を避ける。いや酷い、我が生徒ながら酷い。人の顔面に向けて拳を放つなんて───人の頭上にタンクローリー投げたり故意でバイクを突っ込ませている人間が決して言っていい言葉ではない気がするが。

 

「で、どうなん進捗は。サー・ナイトアイ先輩ンとこで煮詰めてきた?」

「先生とサーから計算と予測という概念をいただいて、自信はあります!!!」

 

右脇腹に向けられた鋭い蹴りを膝で受ける。明らかに腹の怪我狙いのそれに思わず笑って、左手に触れた蟻数匹を巨大化してけしかける。

───弱点をつくのはとてもいいことだ。こんな性根の男ならなおさらのこと。

 

蟻達は茶ノ丸の命令に従順だ。キシキシと見事なチームワークで中央、左右から攻め立てる噛み付き攻撃は当然ながら透過で避けられる。ぶつかるべきターゲットがいなくなった彼らは、混乱する思考の中お互いの体にぶつかって転がっていった。

 

地中に沈んで数秒。これから導き出される浮上予測地点と速度は───

 

「……!!! ぃだぁ?!」

「あいっかわらずカウンターには弱いやんな…天喰あたりはここらへん突っ込んでくるやろうし気をつけねや…」

 

浮上した通形の顔に、バランスボール大の硬い何かしらが直撃する。脳を揺らす衝撃に堪らず通形はノックダウン。鼻頭の痛みにのたうちまわる。

 

「今の…なに…」

「ミルキーはママの味〜〜」

「嘘でしょ…」

 

包装紙に包んだままだったので中身は無事である。右手で元に戻して寝転ぶ通形の口の中に放り込んだ。

 

「…どうしたん? なんか焦ってる?」

 

通形とは2年次2学期から、つまりは半年の付き合いだが、1ヶ月に1回の頻度でこういう試合、組手のようなものをしている。

茶ノ丸とばかりそういうことをすると変な癖がつくよ、とは毎回言っているのだが、「トリッキーな動きをするヴィランにも対応できるように」とは通形の談だ。

 

「…今年で最後、と思うとどうしても。今年こそは優勝して、サーの期待に応えたいので…」

「逸るのもわかるけど、通形は一番冷静でいないとあかんやつやろ。クールに、クールに、相澤先生レベルに〜〜…いや、あの人が増えると嫌やな…」

 

サー・ナイトアイが増えても嫌だが。心の中でも小声で言う。

半身を起こした通形に、水の入ったペットボトルを差し出した。

 

自分もペットボトルの蓋を開けながら───ビックスリーが決まるの、そういえばこの時期か…と思い浮かべる。

 

毎年3年の体育祭で上位に入った3人は、その年の“ビックスリー”と呼ばれる。一種の勲章のようなものだ。

だから3年の体育祭は盛り上がる。

 

「お前はいつも通りでいいよ。だって───」

「?」

 

その先の言葉は言わずに、笑いながら通形の頭を撫でた。

そろそろ生徒は学校から去る時間だ。さっさと帰さなければミッドナイトに怒られる……と青ざめつつ、茶ノ丸は通形を伴いロッカールームに戻るのだった。




蟻達「コノヤロー!」「クッテヤルー!」「ガオー!」
通形「(透過)」
蟻達「アーーレーー?!」「ドウシテー!!」「ブツカルー!!」
「「「ウワーーー!!!((ゴロゴロゴロ」」」


茶ノ丸くん「次回予告!!

やめて! ミッドナイトの鶴の一声で体育祭の実況解説になんて回されたら、両腕の怪我で他の仕事ができない相澤の精神まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないで相澤!あんたが今ここで倒れたら、茶ノ丸やマイクとの約束はどーーなっちゃうのーー? 逃げ道はまだ残ってる。ここを耐えれば、解説なんてやらずにすむんだから!

次回、「相澤、解説」。デュエルスタンb」
相澤センパイ「…」
茶ノ丸くん「あ(死)」
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